遥か昔。
フリーレンが
フランメの弟子になってから四年後。
ある都市の近郊。
フリーレンがいつものようにフランメに連れられ、買い出しに出た帰り道でのことだった。
「こんなところで珍しいな……エルフだ」
フランメの視線の先には、一つの人影。
尖った耳の少女で、平民達と同じようなキトンを纏い、布袋を背負っている。
エルフ。魔族が根絶を掲げた種族。
数を減らし続け、フランメでさえ出会ったエルフの数は片手で数えられるほど。
ふと視線を向けていると、向こうもフランメ達に気づいた。
「……おお、ゼーリエ以外にエルフを見たのは久しぶりだ」
ゼーリエ。
突如として出たフランメの師匠であるエルフの名前に、フランメは驚く。
「……
「
「ああそうだ」
「なるほど……あいつも随分弟子を育てるのが好きだな」
「随分
「ちょっとした昔馴染みだからな」
「あぁなるほど……ったく長生きし過ぎだな。これだからエルフは」
長らく仮にも弟子として過ごしてきたフランメだったが、途中からあまり会わなくなったのもあり、ゼーリエという存在について詳しくはなかった。
性格、癖、そういうものは分かるが、生い立ちや背景については無知も同然だった。
「改めて自己紹介を、俺の名はベトス。しがない魔法使いだ。よろしく、フランメ」
「魔法使いだと?……その魔力量、まさか魔力を隠蔽しているのか?」
フランメの目に映る光景。
ベトスと名乗ったエルフの少女の魔力はとても少なく、弟子であるフリーレンに比べたら路傍の石程度と言わざるを得ない。
「ん、まあそこそこ。あまり魔力を垂れ流していると魔族がストーカーしてくるんだよ」
「……珍しいな。エルフのあんたがそんなことをするなんて」
「だろうな。そのせいで昔仲間からは異常者扱いされたよ。魔法使いの風上にも置けないってな。ま、放浪人である俺には丁度良い待遇だったかもしれんが」
ベトスが苦笑しながら肩を竦める。
「そりゃ違いないな」
奇しくもフランメの考えることと一致した発言。
魔力制限。
それは魔法士としては奇妙そのものの行為だ。
フランメもつれて苦笑した。
「だがそれで魔族からの追っかけがなくなったのなら上々だろうな」
「ああ。それで、そちらの無表情エルフは?」
ベトスの視線がフランメの隣へと移る。
視線を受けたフリーレンは特に表情を変えることも、何かを言う事もない。
「フリーレン。私の弟子だ」
己の弟子の無反応さに苦笑しつつも、フランメは紹介する。
「そうか、フリーレンか。フリーレン、君の故郷はどこだ?」
「……もう魔族に滅ぼされてないよ」
「そうか。エルフの村はどんどんと数を減らしているな」
フリーレンの素っ気ない回答に、特に驚いた表情を見せずに言うベトス。
生存したエルフはほとんどが故郷を喪失している。勿論、あるものの手によって。
「魔族の仕業だ。フリーレンの村にも態々将軍が来ていたくらいさ。殊勝な心掛けだな」
「確かにな…しかしフリーレンが生き残ったということは、勝ったのか」
「最近ってほどじゃねぇがそういうことだ」
フランメが言うと、ベトスは納得したように一人で頷いた。
「やったのはフランメか?」
「いいや、フリーレンだ。私が来た時には決着がついていたさ。真正面からの戦いで勝ったんだ」
肩を竦めながらフランメが言う。
「ははは、まぁ勝てたのならいいじゃないか」
ベトスは苦笑した。
「結局のところは勝者が正義なのは間違いないからな、昔からの格言だ」
「違いねぇな」
ククククと笑うフランメ。つられて、ベトスもフッと笑った。
「ところでゼーリエがどこにいるのか知らないか?フリーレンと会ったことで久しぶりに会いたくなった」
「ん?
突然連れていかれることが決定したフリーレンがフランメをじっと見る。
だがフランメは一向に気にしなかった。
「今は買い物の帰りだから一旦家まで付いて来てくれ」
返事を聞く前にフランメが歩き出し、フリーレンもベトスを一瞥してから無言でそれに続く。
ベトスは何故か喜ばしそうに二人の後を追った――――――
勇者ヒンメルの
死から二八年後
北側諸国
グラナト領内街道
「――――――ねぇ、そろそろ起きて。ねぇ」
身体を揺すられベトスが重い瞼を持ち上げる。
「んあ……」
「あ、やっと起きた。フェルン!シュタルク!起きたよ!」
フリーレンがしょぼんとした表情で叫ぶ。
「あぁ、おはようフリーレン」
「おはようじゃないよ。もうおやつの時間だよ。何を見ていたらそうなるの?」
「いや、少し昔の夢を見ていただけだ」
「……そう」
ん~と背伸びするベトスに、フリーレンはしょぼくれたまま盛大な溜息を吐いた。
「漸く起きられましたか、ベトス様」
フェルンがやってくる。その後ろから、シュタルクもやってきた。
起きたてのベトスと違い、既にいつもの服装で準備万端だった。
「まさかフリーレン様よりも寝坊する方がいるとは思いませんでした」
「……私が基準なの?」
「フリーレン様も十分遅いです。これで分かりましたか?起こす大変さを」
「うん……次からはなるべく早く起きるから……頑張るからその簪直してぇ……」
しょぼくれるフリーレンと、簪を手に満足気に頷くフェルン。
「ではベトス様、早く着替えてください」
「……ああ」
「返事は“はい”だけです」
「……はい」
「ところで、その変わった杖は何なの?」
漸くの舗装道を一足先に歩くフリーレンがふと振り返る。
視線の先には、ベトスが手に持つ銃剣のような形状をした細長い杖。
「これか?最近ドワーフの力を借りて開発した杖だ。遠近対応できる」
「剣なんて魔法士にはあってないようなものだよ」
「暇人の嗜みで多少は使える。それにこの杖はそれだけじゃない」
「他に何があるの?」
「今は秘密だ」
ベトスが不敵な笑みを浮かべながら杖を一振りする。
杖は本来軽い設計であるはずが、鳴るのは空気を切り裂く金属のような重い音。
そんな重い杖に使い道はあるのだろうか、とフリーレンは思った。
歩く度に響くパキ、と枝の割れる音。
背後にはシュタルクとフェルンが並んで付いてきている。
「結構歩いたな……そろそろ次の街じゃないか?」
シュタルクが問いかけると、フェルンは僅かに考える素振りを見せた。
「もうすぐグラナト伯爵領の街だと思います」
「よし、じゃあ着いたら早速魔法店梯子しよう」
「フリーレン様、前の街で十分に梯子をしましたよね?」
「……でもさ、もしかしたらグラナト領にしかない魔導書があるかもしれないからさ……」
「何だその謎の拘りは。フリーレン、君はそんなに魔法が好きだったか?」
フェルンに対しやけに小さな声で弱弱しく反論するフリーレンに、ベトスが意外そうな表情をする。
「……そこそこだよ。魔法は」
静かに答えるフリーレン。
「そうか」
淡泊に答えるベトス。
それと同時に、視界に大きな壁が入った。
「あれがグラナト領の城下町……」
「おお、結構デカいな。それに城壁が随分堅牢だ」
感嘆の言葉を漏らすフェルンとシュタルク。
「あの街には先生の結界が張られているんだ」
フリーレンが城下町の周りを覆う、光り輝く結界を指さす。
「ああ、あれはフランメが張った結界なのか。どおりで恐ろしいわけだ」
「先生はいつもそうだよ」
千年を超えた今でも変わらない結界。
それは確かに、城下町を守り続けている。
「取り敢えず行きませんか?」
フェルンが冷静に、されど裏腹では興奮を抑えきれない様子で言う。
きっと食べ物を探すんだろうな。フリーレンは微笑んだ。
「そうだね。私も早く魔法店に行きたいよ」
「じゃ、とっとと入ろう」
北側諸国。
その一つであるグラナト伯爵領の城下町。
「衛兵が多いですね、何かあったのでしょうか?」
フェルンがあちこちに立っている鎧姿の衛兵を見ながら言う。
「一々気にしていたら埒が明かないぞ」
街だからか杖を直したベトスが苦笑する。
だが周囲からどこかピンと糸が張ったような緊張感がありありと伝わって来ているのだ。
「取り敢えず買い出し当番決めようぜ」
シュタルクが空気感を知ってか知らずか明るく話しかける。
だが突然フリーレンがピタリと止まると、手からトランクが滑り落ちた。
ドサ、と確かな音を鳴らす。
突然のことに、誰も理解が追いつかない。
だがフリーレンは既に杖を取り出し構えていた。
その表情はいつもより更に冷酷さを増し、氷のようだった。
「フリーレン様、街中ですよ」
フェルンが窘める等に言うが、フリーレンの視線はその先。。
「魔族だ。」
少し先の曲がり角。
一人の貴族らしき偉丈夫が歩いている。
その後ろにいたのは美青年と、その従者らしき少女と青年。
だがその頭部からは禍々しい角が二本、自己を主張するように生えていた。
人間であるように見え、その実欺くために人の姿に似せた存在。
人々は魔族と呼んだ。
フリーレンが間断なく杖に魔力を込める。
キキ、と魔法が構築されていく音。
「貴様!!何をやっている!!」
発射される寸前、フリーレンは周囲の衛兵に取り押さえられた。
地面に抑えられるも、フリーレンは冷たい視線をずっとその美青年へと向けている。
美青年が初めてフリーレンを見た。
「……グラナト伯爵、貴方の指し金ですか?」
「リュグナー殿、確かに儂は魔族を殺したいほど憎んでいる。だが、街中で堂々と和睦の使者を手に掛けるほど馬鹿ではないわ」
「……和睦の使者?」
グラナト伯爵と呼ばれた男から飛び出た言葉にフェルンが首を傾げる。
隣ではベトスが無言で成り行きを静観している。
だがその瞳はしっかりと、リュグナーと呼ばれた美青年とフリーレンに向かっていた。
「……そういうことにしておきましょう」
抑揚なく言ったリュグナーがフリーレンの前に屈む。
「……冷静で殺意の籠った、冷たい目だ」
フリーレンとリュグナーの視線が交わる。
「私達を憎んでいるこの町の住民でさえ、私を見る時は怯えながらも“人を見る目”をしている。だが、君の目はまるで猛獣でも見ているかのような目だ」
「実際にそうでしょ?お前たち魔族は人の声真似をするだけの、言葉の通じない猛獣だ」
冷えた物言いに、リュグナーは興味深そうに微笑んだ。
「中々面白いエルフだ。それに、二人もいるのも珍しい」
リュグナーの視線がフリーレンからベトスへと移る。
「君もまた、私達を“人”とは見てないようだ。だが、こちらのエルフと違い同情、憐みの視線だ」
「……そりゃ魔族だからだ」
ベトスが肩を竦める。
リュグナーはやはり、面白そうに微笑むだけだった。
「屋敷の地下牢に入れておけ」
グラナト伯爵の声で、フリーレンは衛兵に連行されていった。
To be continued.