――ピンポーン
愛七が呼び鈴を押してしばらくすると、ドアホンから声が聞こえて来た。
『はーい。どなたですか?』
愛七にとても良く似た、しかし落ち着きのある声。紗奈さんだろう。
「さーにゃん! 私! 愛七!」
『え? お姉ちゃん? お帰り、急だね。鍵忘れたの?』
「あ。そっか。鍵あるから普通に入ればよかったじゃん」
『ふふ、へんなお姉ちゃん。まぁいいや。今開けるね』
ドアホンが切れて、足跡が近づいてくる。かちゃりとドアが開いた。
「おかえり、お姉ちゃん」
「ただいま、さーにゃん」
出てきたのは愛七によく似た風貌の少女だ。黒髪をミディアムボブで肩口で切りそろえてあり、もちろんインナーカラーなど入っていない。愛七とよく似た鼻と口。しかし、目のところには鉢巻の様に黒い布を巻いていた。
「えっと、そちらの方は?」
目が見えないというのに、紗奈さんはこちらに顔を向けて聞いて来た。
「前ちょっと電話で話したよね? アパートの隣の家の人だよ。ほら、メタフォーカスの」
「あ、パソコンが無いのにメタフォーカスを買ったって言ってた人かな?」
どうやら俺の過ちが電話で共有されていた様だ。やめて欲しい。
「初めまして。無良達哉です。えっと、いきなりで失礼なんですけど、見えてないんですよね?」
「あ、ごめんなさい。見えてないですよ。でも、衣擦れの音がしたので誰かいるのかなと思って。初めまして。愛七の双子の妹の紗奈です。いつも姉がお世話になっております」
紗奈さんはぺこりと丁寧にお辞儀をした。愛七の双子の妹とは思えない程いい子だ。
「立ち話もなんですから、どうぞ上がってください。お茶淹れますね」
「あ、どうも。ありがとうございます」
紗奈さんは時々確認するかの様に壁に手を触れながらも、全く危なげの無い様子で部屋の奥に入っていく。
「愛七コンポタ飲みたい!」
「お前……」
盲目の妹に全く遠慮することない愛七に少し呆れるが、これがこの姉妹の日常だったのだろう。
愛七についていきリビングのソファに座る。
紗奈さんは見えていないとは思えない程スムーズにお湯を沸かし、湯呑とマグカップを準備し、お茶とコーンポタージュスープを淹れ、テーブルへと持って来た。
それぞれ一口飲んだところで、紗奈さんが口を開く。
「それで、今日は突然どうしたの? 無良さんとお付き合いすることになって、その報告とか?」
紗奈さんの発言に愛七が
「げほっげほっ! さ、さーにゃん変なこと言わないでしょ! そんなわけないじゃん」
「んーと、この状況だとそうとしか思えないんだけど……」
紗奈さんの言うことはもっともだ。突然家に帰ってきて、隣には見たことのない同年代の男。交際相手の紹介としか思えない。
「えっとね。今日はさーにゃんにプレゼントを……あ、達にい。カメラお願い」
「了解」
「え? カメラ? 録画するの?」
困惑する紗奈さんをよそに、俺は立ち上がってカメラを構え、録画ボタンを押す。
「こほん。さーにゃん。目が見えないのにいつも我儘なお姉ちゃんに付き合ってくれてありがとう。そんなさーにゃんへの感謝の気持ちを表すために、プレゼントを用意しました。受け取ってください」
「ふふふ、かしこまって、変なの。でも、ありがとう。すっごく楽しみ」
愛七は立ち上がると、ソファに座る紗奈さんの後ろに立つ。そして手に持った『
「あ、めちゃくちゃびっくりすると思うけど、取り乱さないでね? 絶対暴れないでね? 多分痛いとかは無いと思うから」
「え? え? ちょっとまって、私何されるの? お姉ちゃん? 大丈夫だよね? ちょっと怖いんだけど。多分って何? お姉ちゃん?」
先ほどまで微笑んでいた紗奈さんが真顔になって狼狽え始めた。そりゃそうだ。何も見えない中で何をされるか分からない状況なんだからビビるに決まっている。
そんな紗奈さんを無視して、愛七が『
「ひゃっ! ……え?」
「じゃーん! どう? どう!? 視えて来た!?」
「………………」
「さーにゃん?」
『
「お、おい愛七……大丈夫なんだよな? アーティファクトに使用レベル制限とかないよな?」
「え、え、う、うん。それはないはずだけど……。さ、さーにゃん? さーにゃん大丈夫?」
「……………………………………して」
「え?」
「……………………………………はず……………………して…………」
「え、あ、うん!」
愛七が急いで『
「さ、さーにゃん!? 大丈夫!?」
「大丈夫じゃ……ないよ……」
覆った両手の隙間から、ぽたりぽたりと透明な雫が落ちる。
「い、意味が、分からないよ……急に、急に世界が、広がるんだもん……すごく綺麗で、鮮やかで……。ねぇ、すごすぎて、うれしすぎて、もう、訳が分からないよ……驚いていいのか……喜んでいいのかも……何もわかんなくなっちゃったよ……流石に、サプライズでやっていいことの、範囲を超えすぎてるよ……取り乱さないなんて、無理に決まってるよ……」
「さ、さーにゃん……?」
紗奈さんはしばらく泣いた後、ようやく身体を起こして言う。
「ごめん、お姉ちゃん。もう一回、着けて貰っていい?」
「う、うん」
愛七がためらいがちに、再度『
「………………すごい。すごいすごいすごい、すごい! ねぇお姉ちゃん! これが世界なの!? ねぇ、すごく綺麗! すごくごちゃごちゃしてる! ねぇ! これが白!? これが青なの!? 家ってこんな色なんだ! 空ってあんなに遠いんだ! すごい! 透き通ってる! 空気って本当に見えないの!?」
紗奈さんが急に立ちあがってはしゃぎ始めた。俺には目が見える様になる感覚なんて全く理解できないけど、嬉しいという事だけは確かだろう。さっきまでの落ち着いた雰囲気は無く、まるでクリスマスプレゼントをもらった小さな子供の様な喜び方だ。
ひとしきりはしゃいだ後、紗奈さんは愛七の方を勢いよく振り向いた。手を伸ばして、愛七の顔を、身体を、全てをぺたぺたと触る。確かめる様に、何度も何度も。
「お姉ちゃん!? これがお姉ちゃんだよね!? 私の、私のお姉ちゃんだよね!?」
「あはは、くすぐったいよさーにゃん! うん! これが愛七だよ! さーにゃんのお姉ちゃん!」
そのまま紗奈さんは愛七に抱き着き、愛七も抱き返す。
「あははははは! お姉ちゃん! 【はじめまして】だね! はじめまして、お姉ちゃん!」
「うん、【はじめまして】! さーにゃん!」
産まれて16年間、ずっと一緒に育ってきた双子の姉妹が、この日ようやく出逢った。