「由良ちゃん、俺の方こそごめんね。多分、その、混乱してて、間違って着信拒否しちゃったんだと思う。だから気にしなくていいよ」
「本当? 私、迷惑じゃない、かな?」
「全然迷惑なんかじゃないよ! ていうか、こっちから連絡しなくてごめんね。西村さん経由ででも連絡しておけばよかったね」
「ううん、ありがとう。達哉くんはやさしいね」
由良ちゃんの綺麗な顔で儚げに微笑まれて、罪悪感で胸が締め付けられた。
「でも、由良ちゃんに偶然会えてよかったよ。誤解させたままになるところだった。声をかけてくれてありがとうね」
「私も勇気を出して声をかけて良かった。見つけたときは、運命かと思っちゃったな」
「運命って、なんだか大げさじゃない?」
「大げさじゃないよ、運命だよ。だってこんなに広い日本でまた会えたんだよ?」
由良ちゃんが小首を傾げて微笑みながら言う。こんなにかわいい子に運命だなんて言われたら、ちょっと勘違いしてしまいそうだ。
「本当に偶然会えてよかった。最初は偶然会えないかなって思ってがむしゃらに探してたんだけど、達哉くんがどこに住んでるかも分からないのに、偶然会えるわけもなくて……。それでね、この前ネットニュースを見たの。手を握るだけでレベルが上がるほどの経験値を持つ人がいるって。あれを見た時に、達哉くんだってすぐに分かったんだ。経験値量ももちろんだけど、手の色とか大きさとか、浮き出た筋とか血管も似てるなって。だからね、横浜にも探しに行ったんだよ? 多分、あいにゃんってDTuberの子の動画で使われてた部屋って、横浜のアップルホテルだよね? エグゼクティブスイートクラスの。背景は壁だけだったからどこのアップルホテルかは分からなかったけど、動画に入ってる音と少しだけ部屋に反射してる色で横浜ベイにあるアップルホテルだって分かったんだ。だからもしかしたら達哉くんが横浜にいるんじゃないかって。ダメ元でホテルに宿泊者の情報を聞いてみたけど教えてくれなかったからそれ以上分からなかったけど。そのあとにね、もしかしたら居場所がばれないようにわざわざ遠くのホテルに行ったのかもって思いついて。あいにゃんの過去の動画を見てたらね、達哉くんの声が少しだけ入ってるところがあってね。もしかしてあいにゃんって子の近くに住んでるのかなーって。あいにゃんの動画で流れてる外の音を頑張って拾ってみたら東京周辺っぽくてね。でもあいにゃんはDTuberで渋谷ダンジョンに潜ってるんだから渋谷の近くに住んでるに決まってるよね。私ったらちょっと抜けてるよね。それでだったら達哉くんも渋谷の近くにいるのかもって思って。今度はあいにゃんの部屋の作りと同じ作りのマンションが無いか調べて不動産屋さんで内覧させてもらったりして、ようやくあいにゃんの部屋と同じつくりの部屋を見つけたんだ。もう空室になってたけど壁の傷が同じだったから、あいにゃんはもうどこかに引っ越したのかな? 妹さんと一緒に住み始めるために多分引っ越ししたんだろうな。それで達哉くんも近くにいるのかなっておもってあいにゃんがいたマンションの近くをずっと歩いてたら、今日偶然会えたんだ。すごい偶然だよね。これって、運命だよね?」
おっとっと。流れが変わったぞ?
どうやら俺の辞書と由良ちゃんの辞書では偶然という単語の意味が違うみたいだね?
思わず飲もうとして手に持ったコーヒーカップをテーブルに置いて、由良ちゃんの顔を見る。相変わらず綺麗な顔でニコニコと笑いながらこっちを見ているけれど、その瞳には光が無い。
「いくつもの偶然が重なりあって、またこうやって達哉くんに会えた。多分、神様が協力してくれたんだと思う」
俺はそんなに推理と努力とごり押しが重なり合った偶然なんて知らない。そんな偶然があってたまるか。神様も急に共犯者にされてびっくりしてるよ多分。
「ふふふ。私って、本当に運が良いね」
運じゃなくて全部由良ちゃんの力だよそれは。
「あ、あははは。な、なんか偶然っていうより、必然って感じがするね?」
俺の言葉を聞いた由良ちゃんは、少し顔を赤らめてうつむいた。
「そんな、必然だなんて……。でも、そっか、そうだよね。私たちが出会うのって、偶然じゃなくて、必然だよね。多分、惹かれ合ってるんだ、私達」
俺の精一杯の抗議の言葉は、残念ながら違う意味を持って由良ちゃんの耳に届いてしまったらしい。
どうしようもないので何とか話題を変えよう。
「そ、そういえばさ、アイドル活動を休止してるんだよね? 体調が悪いっていう報道もあったし、大丈夫?」
「体調? 全然平気だよ? アイドル活動を休止してるのは達哉くんを探しに行くためだったから。流石にアイドル活動続けたまま横浜まで探しに行くのは難しいよ。これでも私、そこそこ人気のアイドルなんだよ?」
話題変わんなかったんだけど。
俺はカラッカラに乾いた口の中をコーヒーで潤す。乾きすぎて喉が張り付くかと思った。
「お、俺を探すためだけにアイドル活動を休止してるの?」
「そうだよ? だってもともと達哉くんを探すためにアイドルになったんだもん。アイドルをやってるせいで達哉くんを探せないんじゃ、本末転倒だよ。ふふふ、達哉くんったら変なの」
「あ、あはは。俺、変かなー?」
「ふふふ、変だよー」
変なのはどう考えても由良ちゃんだと思うけど、そんなこと口が裂けても言えない。相変わらずの美しく可憐な顔で微笑む由良ちゃんを見ていると、間違っているのは俺なんじゃないかという錯覚に陥ってしまう。
「そ、そういえば! 髪の毛黒くしたんだね! なんだか昔の由良ちゃんみたいで、懐かしいなぁ。その髪も似合うね」
「あ、これ実はウィッグなんだ。達哉くんを探し回ってる時に、白髪だとどうしても目立っちゃうからウィッグ被ってるの。でも、達哉くんが似合うって言ってくれるならいっそ真っ黒に染めちゃ……」
「ううんいやいやいやいややっぱりゆらりんって言えば輝くような白い髪だよね! うん! どっちも似合ってるけどいつもの由良ちゃんが一番可愛いよ!」
「本当? 可愛いっていって貰えると、すごくうれしいな。ありがとう、染めるのはやめておくね」
駄目だ。どうがんばっても話題が変わらない。そして俺の一言だけでチャームポイントの白い髪を染めようとしないで欲しい。
「あーっと、えーっとぉ……そ、そういえばさ、由良ちゃんってVRゲームとかやったことある? 最近やってみる機会があってさ、すごく面白くて!」
「VRゲームはやったことないな。私、ゲームは苦手だから。そんなに面白いの?」
「面白いよ! ゲームって言っても、RPGとか格ゲーみたいなやつだけじゃなくてさ、ただ猫をかわいがるだけっていうゲームもあるんだ!」
「そうなんだ。私も猫は好きだから、ちょっと興味あるかも」
話の流れも何もかも断ち切って、無理やり話題を変えた。あまりにも不自然な話題転換だったけれど、由良ちゃんは特に疑問に思わずに話に乗って来てくれた。
◇
「――でさ、その人が獲って来たのがガチョウだったんだよ! まぁでも俺も最初は鶏だと思ってたからなー。七面鳥なんてスーパーでも見ないからなー」
「ふふふ、ほんとにね。私も今まで鶏だと思ってたもん」
「でもその人のおかげで、好きなだけフォアグラを……って、ごめん、めちゃくちゃ話しちゃった!」
無理やり話題を変えたVRゲームの話から、気が付けば最近あった面白いことをいろいろと話し込んでいた。由良ちゃんがニコニコと笑顔で聞いてくれるものだから、つい楽しくなってしゃべりすぎた様だ。
喫茶店の壁に掛けられた古ぼけた時計を確認すると、ちょうど12時を告げる音が鳴り響いた。
「なんか、小学生の時に戻ったみたいな感じがしちゃって……ごめんね、こんなに長時間話しちゃって」
「ううん、私も達哉くんといろいろおしゃべり出来て楽しかったよ」
「最初にも言ったけど、今日は話しかけてくれて本当にありがとね。お礼じゃないけど、ここは俺に払わせてよ。といっても飲み物代だけだけどさ」
「え、そんな、悪いよ。私もちゃんと払うよ」
「良いって良いって、かっこつけさせて。まぁ、絶対由良ちゃんの方が稼いでるだろうからかっこつかないけどさ」
何と言っても由良ちゃんは人気アイドルなのだ。週に2,3回バイトに入っているだけの俺の稼ぎの何倍、何十倍と稼いでいるだろう。
「そんなことないよ、かっこいいよ。ありがとう、達哉くん」
由良ちゃんは少しはにかんで言った。その表情がとても可愛らしくて、流石アイドルだなぁなんて他人事のように思った。
お会計を終えて外に出ると、買い物に行こうとしていたことを思い出した。おなかも空腹だったことを思い出したのかキュルルとなった。
「俺、買い物に行く途中だったんだ。それじゃ由良ちゃん、また……」
「達哉くんはこの後は買い物以外の予定はあるの?」
別れの言葉を口にしようとしたら、由良ちゃんに言葉を遮られた。
「いや、スーパーで買い物して、午後は家でダラダラしようかなって思ってただけだけど」
「本当? 私、まだしゃべり足りないから、良かったら達哉くんの家に行ってもいい?」
「えっと、部屋あんまりきれいじゃないけど、それで良ければ良いよ」
先ほどの会話が楽しくて、俺は特に何も考えずにそう答えてしまった。最初の由良ちゃんのヤンデレっぽい雰囲気のことなど忘れて。
「あーっと、でもめっちゃ汚いからやっぱり今度に……」
「ありがとう! スーパーでお菓子も買ってから行こ! 楽しみだなー!」
「……あ、はい。それじゃ、行きましょうか」
慌てて撤回しようとした俺の言葉は、由良ちゃんの勢いの良い言葉にかき消された。
仕方なくスーパーに向けて歩き出すと、後ろから着いて来た由良ちゃんがぼそりとつぶやいた。
「………………もう、逃がさないから」
「……」
流石にそのセリフには、聞こえないふりをするしかなかった。