「えっと、由良ちゃんはお昼ご飯どうする? 俺は適当にお惣菜で済ませちゃおうと思うんだけど」
「じゃあ私もそうしようかな。他にも買うものがあるから、買い物が終わったらスーパーの入り口で待ってるね」
由良ちゃんと一度別れ、スーパーの総菜売り場へと向かう。一人になると思い出すのが、あの尋常じゃない由良ちゃんの雰囲気だ。
笑顔なのに、目が笑っていないというか、目から光が消えているというか。良く漫画で見るいわゆる『ヤンデレ』という状態が合致していた。
以前、渋谷ダンジョンの前で再開したときの由良ちゃんにはそんな雰囲気は全くなかった。カラオケの個室で迫られはしたけれど、病んではいなかったはずだ。
そんな由良ちゃんが病んでしまったのだとすると、原因はやはり……
「俺が間違って着信拒否しちゃったから、だよなぁ……」
今を時めくアイドルダイバーの由良ちゃんが、こんな一介の男子高校生に執着するだなんて思い上がりも良いところかもしれない。しかし、おそらく原因は俺の持つ膨大な経験値だろう。
俺は服の上からそっと右腕の二の腕を摩る。
由良ちゃんは俺の無量大数という経験値による快楽の、最初の被害者である。そしてそのまま4年も放置された。そしてやっとの思いで再開したのに、気絶してしまって起きたときには俺はどこにもいなくて、何とか連絡を取ろうとしたら着信拒否されていた、と。
「もしかして、俺って最低な奴……?」
いろいろ不幸な事故が重なったとは言え、トドメが着信拒否されたことなのは間違いないだろう。
今でこそ遠い人となってしまった由良ちゃんであるが、もともとは俺の初恋の人だ。由良ちゃんが欲しがるのであれば、いくらでも俺の経験値を上げよう。そして早く正常な状態に戻ってもらおう。
じゃないとその内、由良ちゃんのファンにバレてボコボコにされてしまいそうだ……。
それに、喫茶店で話をしていた時も、最初こそ怪しい雰囲気はあったけど、後半は普通に楽しくおしゃべり出来たのだ。もしかしたら俺の考えすぎかもしれないし。
「大丈夫大丈夫。少し話せば由良ちゃんも元通りになるよ。そしたら普通の友達関係になれるはず。うん、絶対そうだ」
自分を納得させるように何度も頷き、買い物の支払いを終わらせてスーパーの入り口へ。由良ちゃんはもう既に買い物を終えているようで、大きなビニール袋を右手に持って待っていた。
「ごめん、待たせちゃったね」
「ううん。大丈夫。私もさっきお会計が終わったところだから」
「結構いっぱい買ったんだね? 何買ったの?」
「あっ。だめだよ達哉くん。女の子が買ったものをのぞき見しちゃ!」
俺が由良ちゃんの手元に視線を向けると、由良ちゃんはビニール袋を持っている手を隠すように背中に回した。
「ご、ごめんね。そんなつもりはなかったんだけど。重かったら俺が持とうかなって思って」
「ふふふ、大丈夫。それに私の方が力強いんだから」
「あはは、それもそうだね」
由良ちゃんと笑い合いながら歩く。普通に会話しながらも、俺の頭には一つの疑問が浮かんでいた。
先ほど視線を向けた由良ちゃんの持つビニール袋、その中から覗いていた、歯ブラシ。友達の家に遊びに行くだけなのに、歯ブラシって必要なのだろうか。
いや、でも由良ちゃんはアイドルだし、歯には人一倍気を使っているだけなのかもしれない。芸能人は歯が命だって言うし。
「あっ」
歩いている途中で、由良ちゃんのビニール袋からポロリと何かが落ちた。
「えっと、由良ちゃん。それは何?」
「これ?」
由良ちゃんはそれを拾い、顔の横に掲げる。それはトラベル用に作られた小さなヘアシャンプーとトリートメントのセットだった。
「シャンプー? なんで?」
「ほら、私の髪って白髪でしょ? だから普通の髪よりも癖が付きやすくて。だからシャンプーとトリートメントはこだわりがあるの」
「え、あ、ふーん。そうなんだ」
いや、違う違う。なんでそのシャンプーを買ったかじゃなくて、なんで今シャンプーを買ったのかを聞きたかったんだけど。しかもトラベル用の。
不穏な気配を感じつつ歩き、マンションに到着する。
「あ、ここってあいにゃんとおんなじマンションだよね? 近くに住んでるのかなーとは思ってたけど、まさか同じマンションだとは思わなかったよ。灯台下暗しだね」
テヘ、と笑いながら言う由良ちゃん。かわいい。その可愛さに騙されて、何でも許してしまいそうだ。
「ここが俺の家。汚いけど、どうぞ入って」
「ふふふ、達哉くんの家に遊びに来るのって小学生以来だね。まさか一人暮らししているところにお邪魔するなんて、当時は想像もしなかったなー。ただいまー」
「はーい、おかえりなさーい。……ん?」
ん? 今ただいまって言った? 普通はお邪魔します、じゃないかな?