「あー、窮屈だったー」
俺の家に上がるなり、由良ちゃんが帽子を脱いでウィッグを外した。由良ちゃん本来の白く輝く髪がサラリと流れるように落ちる。
オーバーサイズのモッズコートも脱ぎ去ると、その下はベージュのニットワンピースであった。袖は長く指先しか見えて居ないのに、肩は丸見えで裾も膝上までしか無い。艶めかしい鎖骨と生足。もこもこなのに、露出が多いという矛盾。
「……っ!」
あまりにも可憐過ぎて息が詰まった。男性の庇護欲と独占欲と性欲を一気に掻き立てるような格好である。油断しているところに、この大変身はとても効く。
「ん? どーかした?」
思わず見入ってしまった俺に、由良ちゃんが小首を傾げて聞いてくる。狙ってんのかその仕草はかわいすぎるだろ。何だか部屋の空気が一瞬で甘くなったような気がする。
「なんっ……でもない。ご飯食べよ、ご飯」
こんなに甘い空気を吸い続けていたら俺の理性は早々に崩壊してしまうだろう。さっさと買ってきたカツカレーをレンジで温めて、スパイシーな香りで上書きしてしまおう。
カツカレーを温めると、幾分か由良ちゃんの美少女フェロモンをかき消すことに成功した。
「達哉くんって高校生になってから一人暮らしを始めたんだよね? お料理はしないの?」
「全然やってないよ。一人暮らしを始めたときは料理するぞって思ってたけど、いざやろうと思っても面倒くさくて。食材を買いに行くのだるいし、レシピ覚えるのも面倒だし。実家にいるときは何も思わなかったけど、毎日ご飯を作ってるお母さんってすごいなって思ったよ。ほんと、感謝してる」
「ふふふ、達哉くんらしいね」
「俺ってそんなに面倒くさがりに見える?」
「ううん、そうじゃなくて、素直にお母さんに感謝できるところ。私、達哉くんのそういうところ好き」
「お、おぉん」
唐突な『好き』発言にキョドってしまった。流石アイドル。普段大勢に対して『愛してる』だなんて叫んでいるだけある。『好き』発言のハードルが低い。
「そういう由良ちゃんは料理するの? ていうか一人暮らし?」
「私も一人暮らしだよ。最初は実家から通ってたけど、人気が出て来てからは流石に難しくなっちゃって。高校生になってからアイドル事務所の近くで一人暮らししてるんだけど、料理する暇なんて全然ないよ」
「そりゃそうだよね。俺なんて高校と週に二、三回のバイトだけなのに忙しいだなんて思ってるもん。高校に行きながらアイドルもやるなんて考えられないや」
「あ、でもね。高校を辞めてからは大分時間に余裕が出来るようになったんだよ」
「高校やめちゃったの?」
「うん。だけど高卒認定は合格したから、大学には行くつもり」
「由良ちゃんハイスペック過ぎない?」
アイドルやってダンジョンダイバーやって、高校2年生なのに高卒認定も取得して。その上顔面偏差値が99くらいある。何か大きな欠点でも抱えてないとおかしい。
「そんなことないよ。達哉くんを探す時間が欲しかったから少しがんばったら取れちゃっただけだし」
あったわ。でかすぎる欠点が。俺に対して妙な執着を持っているところ。
「ふーん、でもそっかー。達哉くん料理出来ないんだ。料理は女のやるものだーとかって思う?」
「いやいやいや、流石にそんな昭和の男みたいな考えは持ってないよ。今はほら、共働きの時代じゃん? 料理は手が空いた方がすればいいし、どっちも忙しいなら外食でもお惣菜でもデリバリーでもなんでもあるし。自由で良いと思うよ。あ、でも料理が出来る女の人っていいよね。彼女がエプロン姿で台所に立ってるところとか憧れるかも」
「そうなんだ。彼女に作ってほしい料理とかあるの?」
「んー。やっぱり肉じゃがとか野菜炒めとかカレーとか、そういう家庭的な料理がいいかな」
「へー、家庭的なご飯が好きなんだね」
「いや、一番好きなのは担々麵。だけどさ、彼女が部屋に来て担々麵作ってたらなんか変じゃない? 頭に白いタオル巻いて腰に手を当てて、中華鍋で強火で肉みそジャッジャって炒めてる彼女ってなんか違う気がする」
「あはははは! なんでそんなに本格的なの? 頭のタオルと腰に手を当てる必要ないじゃん!」
ウケ狙いで言ってみたら由良ちゃんは素直に笑ってくれた。こういう素直な反応がかわいくて好きだったんだよなーなんて、小学生時代を思い出してしまう。
「どっちがご飯作るとかじゃなくてさ、和食は奥さんで、中華は旦那さんが作るみたいなさ、そういう家庭って幸せそうだよね。たまに洋食が食べたくなったらちょっと背伸びしてフレンチ食べに行ったりみたいな」
「わ、それってすごく素敵だね! 私、頑張って和食覚えないと!」
ん? それってどういう意味だろうね? 由良ちゃんもそういう家庭に憧れがあるっていう意味であってるかな?
言葉の端々に引っ掛かりを覚える発言はあるものの、由良ちゃんとの会話はすごく楽しくて、時間はあっという間に過ぎていった。時計を見ると、もう午後四時を回っている。
「由良ちゃん、時間は大丈夫?」
「私は大丈夫だよ。高校も行かなくていいし、アイドル活動も休止中だから。あっ、でもそっか、あんまり長居すると邪魔だよね……ご、ごめんなさい、たのしくてつい……私、また達哉くんに迷惑かけちゃった……」
由良ちゃんは寂しそうな顔をしてうつむいた。今にもその綺麗な瞳から透明な雫がこぼれそうだ。そんな表情をされると罪悪感で胸が押しつぶされそうになる。
「ぜ、全然そんなことないよ! 俺もすっげー楽しかったし! なんだったらいつまで居ても良いくらい……」
「本当っ!?」
「なんだけど…………え?」
由良ちゃんはパァッと大輪の花が咲いたような笑顔で顔を上げた。
「私もね、ずーっと一緒に居たいって思うくらい楽しかった! 達哉くんも同じように思ってくれてるなんて、すっごくうれしい!」
「ん? いや、えっと、うん?」
ルンルンとした表情で、由良ちゃんはビニール袋から物を取り出し始める。歯ブラシ、シャンプー、化粧品。まるでお泊りセットだ。
「いつまで居てもいいなら、ちっちゃいのじゃなくておっきなシャンプー買えばよかったかなー。お風呂場ってあそこだよね? お邪魔しまーっす♪」
「………………うん」
俺の家に、今日買って来たもろもろのものを設置し始める由良ちゃん。確かに俺は『いつまで居ても良い』と言った。だけど、本当にいつまでもいるとは思わないじゃん?
その日から、部屋に由良ちゃんのいる生活が始まった。