【WEB版】極めて健全な美少女レベルアップ   作:佐伯凪

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第57話 残念、ショートパンツを履いています

 

 

 トントントン。軽快な包丁の音が響く。あれ、今日は実家に帰って来てたんだっけ。そんな風に寝ぼけながら目をこすると、視界に映るのは見慣れた天井。なんてことはない、俺の部屋だ。

 昨日、由良ちゃんが俺の部屋に押しかけて来た記憶があるけど、多分夢だったんだろう。あの人気アイドルの由良ちゃんが俺の部屋なんかに来るわけないし。

 

「ふんふ~ん。ふ~ん♪」

 

 いや夢じゃなかったわ。部屋に漂って来るお味噌汁の香りと、キッチンに立っている由良ちゃんの姿。どうやら由良ちゃんが朝食を作ってくれているようだ。

 それにしてもおかしい。

 確かに昨日、由良ちゃんが俺の家に来て、何故かそのまま泊まることになった。だから由良ちゃんが朝から俺の家にいるのはおかしくない。いややっぱりそれもおかしいけど。

 しかし、もっとおかしいのは由良ちゃんが味噌汁を作っているという事だ。料理なんて全然しないって言ってたし、何より味噌汁を作る食材が無いはずだ。味噌なんてもの冷蔵庫に入ってなかったし。

 エプロンもつけずに台所に立っている由良ちゃんの姿は、それはそれは良いものである。昨日は着替えを持ってきていなかったから、来ているのは俺のシャツだ。何故かズボンは履いていない……。履いていない!? 確かにジャージを渡したはずなんだが……

 いわゆる『彼シャツ』である。いや俺は彼氏じゃないから彼シャツとは言わないかもしれないけど。俺のシャツなのでもちろん由良ちゃんにはブカブカで、裾は太ももまであるからおパンツはもちろん見えないけど。動くたびにひらひらと裾が舞い、チラチラと太ももが見える。

 

「すっげぇ、良いな……」

 

 全日本の男子が、いや全世界の男子が夢見る光景が、この部屋に存在している。

 由良ちゃんはお(タマ)でお味噌汁の味を確認すると、満足したのか小さくガッツポーズした。そしてこちらを一度チラリと見て、慌てたように二度見してきた。

 

「た、達哉くん起きてたの?」

 

「おはよう由良ちゃん。うん、さっき目が覚めて」

 

「も、も~。起きたなら声かけてよ。恥ずかしいなぁ。おはよ、達哉くん」

 

 由良ちゃんが少し顔を赤くして口を押える。料理しながら鼻歌を歌っていたことが恥ずかしいのだろうか。それよりもそのシャツから覗くまぶしい太ももの方を恥ずかしがった方が良いと思うけど。いや、隠さなくていいよ? もっと見たいから。

 

「えっと、朝ごはん作ってくれてるの?」

 

「そうだよ? 女の子に和食作ってもらうの好きって、達哉くんが言ってたから」

 

「うーん、なんか曲解されてる気がするけど……まぁいいや。でもさ、食材無かったよね?」

 

「うん。だから昨日達哉くんが寝た後に遅くまで開いてるスーパーに行って買って来たよ?」

 

「え、結構遠かったと思うけど……」

 

「食後の運動にちょうど良かったから」

 

 片道30分はするはずなんですけどね……

 

「えっと、でも料理したことないって言ってなかった?」

 

「うん。ほとんどしたことないよ。だから昨日の夜スマホで調べて覚えたんだ」

 

 料理ってそんなにすぐ覚えられるものなの? 由良ちゃんのスマートフォンって、もしかしてワザマシンか何か?

 

「もう少しで出来るから、顔洗って待っててね」

 

「あ、はい」

 

 何故だろうか。母親に何万回と言われたセリフと同じなのに、由良ちゃんに言われてると胸がキュンキュンするんだけど。

 心を落ち着けるために、お湯ではなく水で顔をあらう。早春の冷たい水道水を頭から浴びると、少しだけ心が落ち着いた。

 髪を乾かしてから戻ると、テーブルの上にはすでに朝食が用意されていた。ご飯、味噌汁、焼きジャケ、だし巻き卵、キュウリの浅漬け。朝食として申し分のないラインナップである。

 

「すごいね。ちゃんとした朝ご飯だ。旅館の朝食みたい」

 

「達哉くんに喜んでほしいなって思って頑張ったんだ。それじゃ、いただきます」

 

「いただきます」

 

 とりあえずお味噌汁に口を付ける。寝起きで乾いた体に、程よい塩分の温かい味噌汁が染みわたっていき、ホッと心が落ち着いた。

 インスタントの味噌汁では味わえない、素朴だからこその贅沢な味わいだ。

 

「おいし……」

 

「本当!? うれしいっ」

 

「うん、すっごく美味しいよ。どうやって作ったの?」

 

「そんなに手の込んだことはしてないよ。昆布と鰹節で出汁を取って、食材を淹れて煮ただけだし」

 

「いや、『出汁を取る』って言葉は料理初心者から出なくない?」

 

「ふふふ、作ってみると意外と簡単だったよ? これなら毎日でも作れると思う」

 

「あっ。そ、そうなんだ。ふーん」

 

 もしかしてこれからも毎日朝食を作るご予定ですか?

 

「このだし巻き卵も作ったの?」

 

「もちろん。それは顆粒出汁にお醤油とお塩とちょこっとだけお砂糖を入れて作ったよ。達哉くん担々麵が好きって言ってたし、喫茶店でもコーヒーをブラックで飲んでたから甘いのよりもしょっぱい方が好きかなって思ったから、しょっぱめのだし巻き卵にしてみたの。どうかな?」

 

「すごくおいしい……」

 

 すごくおいしい。だけど、俺の何気ない行動や言葉から俺のことを推察するのはちょっと怖いからやめてほしい。由良ちゃんの方に視線を向けると、とてもうれしそうにニコニコとしていたので、とてもではないけどそんなことは言えないけど。

 

「達哉くんが気に入ってくれて良かった。本当はお弁当も作ってあげたかったんだんだけど、お弁当箱が無かったから……ごめんね。今日は明日持っていくお弁当箱も買っておくね。あ、そういえば達哉くんのシャンプーも切れそうだったから買ってこようと思うんだけど、私と同じので良いかな? 今使っているのに拘りはある?」

 

「いや、別に拘りは無いけど」

 

「良かった〜。じゃあ買ってくるね。えへへ、達哉くん、私と同じ香りになっちゃうね」

 

 自分の白く輝く髪の毛を指でいじりながら、嬉しそうに微笑む由良ちゃん。かわいい。美少女と同じシャンプーを使うのって何だか照れくさい様な嬉しい様な……ってそうじゃなくて。

 

「あの、お弁当も作るの?」

 

 俺が問うと、由良ちゃんは困ったような悲しんでいるような表情になった。

 

「あ、いやだったら、その、もちろん作らないよ? ごめんね、余計なお世話だったかな……」

 

「いやいやいやいや! 全然! 朝ごはんも俺好みの味だったし! でもほら、由良ちゃんが大変じゃないかなって思って!」

 

 慌てて否定すると、由良ちゃんは安堵したようにほっと息を吐いた。

 

「良かった~。でも、おいしくなかったらすぐに言ってね。私、達哉くんの好みの味で作れるように頑張るからっ」

 

 由良ちゃんはふんすっと気合を入れるように両手をぐっと握った。こんなの断れるわけないじゃん。

 

「達哉くんが学校に行ってる間にお掃除とお洗濯もやっちゃうね。少しお部屋のお片付けもしちゃおうかなって思うんだけど、触られたくない物とかないかな?」

 

「えーっと、その。俺の肌着とかは……」

 

「私の洗濯物と一緒に洗っちゃっていい?」

 

「え、あ、うん。由良ちゃんが嫌じゃなければ」

 

「ふふふ、変なの。嫌なわけないよ。エッチな本とか見つけても怒ったり軽蔑したりしないよ? 私、そういうのちゃんと理解できるから! むしろ達哉くんが言ってくれれば私がなんだって……」

 

「あーっと! そうだ! 冷蔵庫の一番上の箱はそのままにしておいてほしいかなっ! それ以外は特にないよ! うん!」

 

 冷蔵庫の一番上には、白銀等、世界樹の飴、不死鳥の半綿羽を入れた箱がある。別に触られても何の問題もないけれど、会話が変な方向に流れそうだったのであえてそう言っておいた。

 何が入っているかと聞かれるかと思ったけれど、由良ちゃんは特に何も聞いてこなかった。

 

「冷蔵庫の一番上だね。かしこまりっ」

 

 ピシッと手をおでこに当てて、敬礼のポーズでウィンクする由良ちゃん。かわいすぎて心臓がキュってなった。これが胸キュンってやつか。

 

「あ、お話してたらこんな時間だっ。達哉くん高校に行かなきゃだよね?」

 

「あー、そろそろ準備して行かないと……」

「制服は埃を取ってあそこに掛けてあるよ。シャツもアイロンかけて用意しておいたけど、あのシャツで良かったかな? 勝手に時間割見て今日必要な教科書はカバンに入れておいたからそのまま持って行っても大丈夫だと思うけど、念のために一度確認しておいてね。今日は体育が無いみたいだったから、一度体操服は歯ブラシで叩き洗いしておくね。泥汚れが落ちてなかったから。あ、歯ブラシは少し毛が開いちゃってたから、新しいのに交換しようと思うんだけど、私と同じ歯ブラシの色違いのものを買って置いたからそれを使ってね。ピンク色が私で水色が達哉くんだよ。体操服はちゃんと明日の朝には乾くようにしておくから安心してね。えっと、達哉くんは蒼國學院高校だよね? 制服が蒼國のだったから。玄関に自転車の鍵があったから自転車通学だよね? なら8時20分に出れば8時40分のSHRには間に合うよね。でもあんまり急ぐと危ないから余裕をもって8時10分には出たほうが良いかも。一緒にいられる時間が少なくなっちゃうのは悲しいけど、それよりも達哉くんの安全が大切だもんね。私そのくらい我慢できるよ。もし買って来てほしい物とか晩御飯のリクエストとかがあったらいつでも連絡してね。あ、でも今日は担々麵はだめだよ? ゴミ箱に担々麵の空き袋があったから昨日も一昨日も担々麵食べたでしょ? あんまり口うるさく言いたくないけど達哉くんの健康の為だから、心を鬼にして言ってるんだからね?」

 

「すうぅぅぅぅぅ…………っとぉ……」

 

 怖くて心臓がギュってなった。これも胸キュンなのか? 遠隔式心臓マッサージかよ。

 いや、俺のことを理解してくれるのはうれしいんだけど。けどなんか、推察力というか推理力というか、そういうのが高すぎない? 美少女に甲斐甲斐しくされているというのに、探偵に追い込まれた犯人みたいな気持ちになるのは何でだろうね?

 

「達哉くん、どうかした?」

 

「あ、いや、なんでもないよ。ありがとう由良ちゃん、すごく助かるよ」

 

「ふふふ、私がしたいからしてるだけだよ? お礼なんていらないのに。でも、どういたしまして」

 

 とても良い笑顔で言う由良ちゃん。顔面偏差値が高すぎて、もうどうだって良くなってしまう。

 それに冷静に考えて、こんなにかわいい子がこんなに良くしてくれるなんて、幸せ以外の何でもないじゃないか。そうだ、そうに決まってる。

 

「それじゃ、行ってきます」

 

「はい、行ってらっしゃい。気を付けてね」

 

 最高に美味しい朝食を食べ、綺麗になった制服を着て、無理やり自分を納得させながら、俺は学校へ向かった。

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