夜に由良ちゃんにご満足いただけるようになっても、由良ちゃんの視線は変わらなかった。なぜかいつも首筋にチリリとした痛みを感じるほどに見られているが、特に害があるわけでは無いので気にしないようにしている。あんな美少女に熱烈に見つめられるのは気分が悪くないし。
あと気になるのが毎回毎回最後に、俺の首筋に噛み付いてくることだ。よっぽど首筋フェチなのだろう。まぁ、噛み付いた途端に意識を失って満足そうに寝ているから良しとしよう。
「達哉くんって、彼女いたことあるの?」
土曜日の朝、由良ちゃんの作ってくれた朝食に舌鼓を打ちながら情報番組を見ていると、由良ちゃんがそんなことを聞いて来た。
テレビで『この春に行きたいデートスポット5選!』というコーナーが流れているからだろう。
「いや、まったく。学校だと経験値量隠してるからモテるわけないし、それに誰かと付き合ったとしても満足に交際できそうにないしね。ほら、相手が俺だと人前で手をつなぐことだって出来ないじゃん? 昔は俺もさ、『彼女が出来たら、手を繋いでデートしたい』とか思ってた時期があったなー。叶わぬ夢として散って行っちゃったけど」
「ぁ。そ、そっか。ごめん、嫌なこと聞いちゃって」
由良ちゃんが申し訳なさそうな顔でうつむいた。
「気にしなくていいよ、ただの事実だし。もうとっくの昔に諦めてるしね」
そう言ったあと、俺は自分の手のひらを見つめる。中学のあの日、由良ちゃんに触れてしまったときから、俺はもう恋愛を諦めた。触れただけで女の人を殺してしまうと思ったからだ。まぁでも、結果としては由良ちゃんは生きていてくれたんだけど。
「……達哉くん」
「ん? どうしたの?」
名前を呼ばれて顔を上げると、由良ちゃんが真剣な顔で俺を見ていた。まるで切腹前の武士の様な、覚悟を決めた目だ。
「私、達哉くんがやりたいことなら、なんだってしてあげたい」
「えっと、うん。ありがとう」
「だから、やろう」
「何を?」
「手を繋いで、デート」
「……まじで?」
こうして急遽、由良ちゃんとのデートが決定した。
◇
「それじゃ、行こうか」
「うんっ。楽しみだね!」
俺が隣に立つ欧米美少女に話しかけると、彼女は流暢な日本語で楽し気に答えた。もちろんこの欧米美少女は由良ちゃんなんですけど。
ブロンドのウィッグに青いカラーコンタクト、そしてがっつりと化粧を施した由良ちゃんはもはや日本人とは思えない。メイクに合わせたのか、服装はベレー帽にどこか葡萄踏みの少女を思わせる服装だ。由良ちゃんがスウェーデンに産まれていたらこんな美少女になっていただろう。葡萄踏みの少女ってイタリアだっけ? まぁ由良ちゃんがかわいいからどうだっていいか。
ちなみにまだ手は繋いでいない。由良ちゃんの右手は俺の服の袖をちょこんと摘まんでいるだけだ。
「手を繋ぎたくなったら、いつでも繋いでいいからね? 遠慮しちゃヤだよ?」
俺の顔を覗き込むように前かがみになって見上げてくる由良ちゃん。そんな由良ちゃんが可愛すぎたので、少しだけ由良ちゃんの手に触れてすぐに離す。
「……♡ ね、大丈夫でしょ? 行こ!」
由良ちゃんは少しだけピクリとしたものの、大きな反応も見せずに笑顔を浮かべた。楽しいデートの始まりである。
急遽決まった今日のデートのプランは、水族館に行くというものである。それ以外は特に決まっていない。
地下鉄に乗り、水族館に買い、チケットを買い、入場する。その間、俺は一度も由良ちゃんに触らなかった。水族館の中を歩き回り、少し疲れたので飲み物を買ってベンチに座る。
「水族館なんて小学生の頃に家族と行ったきりだったけど、結構楽しいね。綺麗な魚とか珍しい生き物とかいっぱいいて全然飽きないや! 真下から見るオニイトマキエイは圧巻だったなー! あとさ、ネコザメ! 可愛かったよね! あとさあとさ、チョウザメがサメじゃないの初めて知ったよ! 名前詐欺だよねー!」
「そ、そう、だね……」
「あ、そうそう、水族館に行った後にお寿司を食べたくなるのって、日本人くらいらしいよ? なんでか知ってる?」
「へ、へぇ~。そうなんだ。な、なんでだろ?」
「実はひっかけ問題なんだけど、正解はそもそもお寿司は日本人くらいしか日常的に食べないからでしたー! あはは、ちょっと意地悪なクイズだよね!」
「ね、ねぇ……達哉くん?」
俺のちょっと意地悪なクイズにもあまり反応することなく、由良ちゃんは濡れた瞳で俺を見上げる。何故かもじもじとしていて物欲しそうな雰囲気だ。
「わざと、なの……?」
「えっと、何が?」
「私の手を握らないの。手繋ぎデートしたいっていうから心構えして待ってるのに、いつまで経っても触ってこないんだもん……。ねぇ、焦らしてるの?」
「あ。いや、そういう訳じゃないけど……」
正直、外で女性と手を繋ぐという事が俺にとっては異次元すぎて、なかなか踏み出せないまま水族館に来てしまって、水族館が楽しくてすっかり忘れてしまっていた。由良ちゃんはいつ来るかいつ来るかと身構えていたのだろう。
「由良ちゃんとのデートが楽しすぎて忘れちゃってたや。あははは、ごめんね?」
俺が素直に謝ると、由良ちゃんは長くため息を吐いた。
「はぁ~~~~。もう、達哉くんらしいって言えば達哉くんらしいけど。気が抜けちゃったや。ちょっとお手洗いに行ってくるね」
そう言って由良ちゃんは立ち上がった。何だか悪いことをしてしまった気がしたので、お手洗いに行こうとする由良ちゃんの手をそっと握った。
「……ぉ"っ♡」
ビクリと体を震わせて、由良ちゃんが立ち止まる。
由良ちゃんがゆっくりとこちらを振り返った。頬を赤く染め、恍惚とした表情で、その口の端からツゥとよだれを垂らしながら。
「だ、大丈夫?」
「……い、今のは、酷いよ。散々焦らして、い、一番油断してるタイミングで……。ねぇ、もしかして、達哉くんってドSなの?」
どうやらタイミングがとても悪かったらしい。
「ごめん! そんなつもりはなかったんだけど!」
由良ちゃんは手の甲でグイと口元を拭うと、妖艶な顔で口を開く。
「いいよ。私の覚悟が甘かっただけ。いつでもいいから。達哉くんがしたいなら、帰るまでずっと、手を繋いでてもいい。私、耐えて見せるから」
「由良ちゃん……」
手を離そうとしたら、逆に強く掴まれた。
「っ♡……お手洗いも、行かない方がいい?」
「行ってきて行ってきて! そんな身体に悪そうなことさせたくないよ!」
「ふふ、ありがと。やっぱり達哉くんは優しいね」
由良ちゃんは一度、俺の手が折れそうなほど強く握ってから手を離し、お手洗いに行った。
なぜか、由良ちゃんに火をつけてしまったらしい。