『そしてついに、彼女たちは500階層へと足を踏み入れた。前人未踏の500階層、ニューヨークダンジョンはどのような表情で彼女たちを出迎えるのだろうか。彼女たちは、生きて帰ることが出来るのだろうか』
「へー、500かー。レアなアイテムとか美味しい食材とか、たくさんあるんだろうなぁ」
土曜日の深夜。ダンジョンに関するドキュメンタリー番組をダラダラと眺める。
どうせ自分が入ることは出来ないのだからと、あまりダンジョンに興味を持つことは無かったが、こうやって見てみると結構面白い。宇宙に関するテレビ番組と同じようなワクワク感がある。
今放送されているのはニューヨークダンジョンの攻略チームに密着取材したドキュメンタリーだ。10人組のパーティで、メンバーの中には地理学研究者や鍛冶師などの非戦闘員も含まれている。非戦闘員と言っても、余裕でレベル300は越えているが。ちなみにカメラマンもパーティメンバーらしい。
パーティーのリーダーは27歳のアメリカ人女性。鼻が高く、堀が深く、ザ・ハリウッド美人といった感じの風貌だ。金属の鎧に身を包みメンバーを引率するその姿はジャンヌダルクを彷彿とさせる。ジャンヌダルクはフランス人だけど。
ボロボロになりながらも歩みをすすめ、500階層へと続く洞窟のような穴を進んで行き、ついにその視界が拓けた。
「うわ、すっご」
テレビに映し出された光景に思わず声を上げる。
山肌を穿つ様にぽっかりと開いた穴から顔を出すと、眼下に広がるのは一面の緑と青。森と川と、湖。太陽など無いはずなのに、空は明るく青い。その風景を見たパーティメンバー達は歓喜で大声を上げ、発狂しているのではないかというほどに喜ぶ。
ダンジョンには安地と呼ばれる階層があるらしい。その名の通り、安全な土地。凶悪な魔物はおらず、水や食料、資源が豊富な階層だ。ゆっくりと体を休めることができる貴重な場所である。
ニューヨークダンジョンの499階層は、5メートルを超える巨大生物がうじゃうじゃいて、さらに強烈な風と砂埃が吹き付ける劣悪環境だった。そこを抜けての安地である。喜びも
「めっちゃワクワクするなぁ」
日本のマンションの一室。暗い部屋でベッドに寝っ転がっている俺とは全く無縁の世界である。まぁ男の時点でどうあがいても無縁なんだけど。
テレビCMが挟まったため、何か飲み物でもと思い冷蔵庫を開け、ペットボトルのお茶を手に持ったところで、家の扉がドンドンと鳴った。
「え、何? 誰? こわ。もう夜の1時過ぎてるんだけど……」
流石に寝たふりをしようかと思い物音を立てずにいると、扉の方からかすれた声が聞こえた来た。
「……やくん、達哉、くん!」
「由良ちゃん!?」
聞き覚えのあるその声は、間違いなく由良ちゃんの物だった。急いで扉を開けると、全力でここまで駆けて来たのか、息も絶え絶えな様子の由良ちゃんがいた。恰好を見るに、ダンジョンから帰って来たところだろう。
「はぁ……ぜぇ……っ……萌々香ちゃんと……ごほっげほっ! 凛、ちゃんが……っ! トラップを踏んで……ごほっ! それで……っ! 私の、私のせいでっ!!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて! とりあえず入って! あ、これ飲んで!」
肩で呼吸をし、咳き込みながらも無理やり話をしようとする由良ちゃんにお茶を渡し、背中を押して部屋の中に入れる。部屋の電気をつけると、由良ちゃんの服に赤い液体が付いて居ることが分かった。様子を見る限り、由良ちゃんの血ではななさそうだ。
俺に誘導されるがままベッドに座った由良ちゃんの背中をさすっていると、ようやく呼吸が落ち着いて来た。しかし、由良ちゃんの顔色は悪い。
「なんとなくダンジョンでヤバいことが起こったっていう事は分かったけど、詳しくわからないとどうしようもないから。一回、落ち着いて話をして。状況整理をしよう。ね?」
「う、うん……うん……」
由良ちゃんは小刻みに何度も頷き、自身の身体をきつく抱きながら、少しずつ言葉を綴る。
「さ、三人で、レベル上げようって、ついでに、レアアイテム集めしようって、思って、ダンジョンに、潜ってて……。いつもは、222階層近くで、活動してるんだけど、もうちょっとがんばろうって、話になって……」
「……うん。それで?」
「私のレベルも上がってたから、危ないこともなくて、これなら、もっと先に行けるねって、250階層付近で頑張ろうって話になって、探索しつつ進んでたの。気を付けているはずだった、注意しているはずだった、だけど、だけど多分、どこか、油断してたんだ。私、自分が強くなったって、うぬぼれてたんだ……」
由良ちゃんは震える両の手のひらを眺める。目は開いたまま、透明な雫があふれ出す。
「249階層で、襲い掛かって来たグリフォンに気が付かなくて、凛ちゃんが、私を庇って、怪我をしちゃって……。急いで逃げて、隠れられる場所に足を踏み入れたら……絶対値エレベーターを踏んじゃって……」
「絶対値エレベーター……」
どこかで耳にした単語だ。確か愛七が言っていたダンジョントラップだ。
「片方が上の階層に、もう片方が下の階層に飛ばされるって奴、だっけ?」
身体を振るわせながら、由良ちゃんはゆっくりと頷いた。
「わ、私は、気が付いたら、地上に、いた。一人で、立ってた……。萌々香ちゃんと、凛ちゃんが、下層に飛ばされた……」
由良ちゃんの震えが強くなる。ガタガタと、顔面蒼白で震える。絶対値エレベーターは、片方が上に飛ばされた分だけ、もう片方は下に飛ばされる。
つまり、今天ヶ崎さんと氷見さんがいるところは……
「498階層……ってこと?」
由良ちゃんが249階層から一気に地上まで飛ばされたのだとしたら、天ヶ崎さんと凛さんはその倍、498階層にいるという事になる。
しかし、由良ちゃんは首を横に振った。
「少なくとも、498階層……。絶対値エレベーターは、上がる方は、地上より上は無いから……。いくら片方が下層に飛んでも、上がる方は地上までしか上がらない……。だから。498階層、以下。どこまで跳んだかは、分からない……」
「そんな……」
「片方が地上に飛ばされたときの、もう片方の生存率は、1パーセント以下……どうしよう、どうしよう……私のせいで、私のせいで二人が、萌々香ちゃんと凛ちゃんが、死んじゃう……死んじゃう! 死んじゃうよぉ!!」
そこまで言うと、由良ちゃんは顔を覆って、声を上げて泣き始めた。
俺には由良ちゃんにかける言葉が見つからなかった。ついこの前までこの部屋に来てダベっていたあの二人が、死んでしまうなんて。想像もしたくなかった。
非常な現実。
俺はダンジョンというものを甘く考えていたのだろう。ちょっと危険だけど資源が豊富な場所で、強くなった女性なら問題なく攻略できるような。まるでゲームでもやっているかのようなものだと思っていた。
しかし、そんなことはない。実際には死と隣合わせなんだ。
女性たちは心安らげる場所も無いダンジョンに挑み、命がけでレベルを上げているのだ。
「心安らげる場所……」
その単語に、俺はつけっぱなしだったテレビに目を向ける。500階層の安地と呼ばれる階層で、疲れた体を癒しているダンジョンダイバーたちを。
「もし、もしも天ヶ崎さん達が飛ばされたのが安地と呼ばれる場所だったら……、まだ生きてるかも知れない、よね?」
「……うん、その可能性は、ある、かも」
「だったら……」
498階層より下の安地に行けば、もしかしたら天ヶ崎さんと氷見さんに合流できるかも知れない。
帰ることもできなくなった彼女たちが、生き延びて助けを待っているかも知れない。
しかし、そんなところに助けに行くためには、生半可な強さでは無理だ。ニューヨークダンジョンの500階層に到達したテレビの中の彼女たちは、ほとんどが500レベルを超えている。それほどの強さが必要だ。
由良ちゃんがすぐにそんな強さを手に入れる方法は、一つだけ。かなりの確率で命にかかわるその方法を、俺から彼女に提案することは憚られる。
しかし、その方法は彼女の方から迷いのない口調で告げられた。
「達哉くん、お願い。私を抱いて」
「……死んじゃうよ?」
「構わない。萌々香ちゃんと凛ちゃんを見捨てるくらいなら、死んだほうがマシだもん。それに……」
由良ちゃんは一度言葉を切る。少しだけ目を瞑り、再び開く。意志の強い彼女の瞳に、意識が吸い込まれた。その潤んだ綺麗な瞳から目が離せない。
「達哉くんに抱かれて死ねるなら、私に未練なんて無い」
彼女の震えと涙は、もう止まっていた。
◇
渋谷のど真ん中にポッカリと空いた大穴。男子禁制のその穴の近くに立ち、大穴を取り囲むように立ち並ぶビルの、その壁に設置された大型ディスプレイを見上げる。
『それでは歌っていただきましょう。奇跡のアイドルダイバー、TrinitySpark(トリニティスパーク)の皆さんで、『もし、生きて会えたなら』』
ディスプレイに写っているのはもちろん、由良ちゃん、天ヶ崎さん、氷見さんの三人だ。
由良ちゃんと重なり合ったあの日、由良ちゃんは一度死んだ。不死鳥の半綿羽が無ければ、そのまま帰らぬ人となっただろう。
しかし、由良ちゃんは帰ってきた。目を覚ました由良ちゃんの身体を覆うオーラは、それまでと比にならないほどだった。
行為の余韻に浸るまもなく、由良ちゃんは飛んで行った。
文字通り、『飛んで行った』。
背中から真っ白に輝く半透明の翼を生やして、空を駆けて行ったのだ。
あの後調べてみたがそんな魔法の情報は無かったため、レベルの上がった由良ちゃんが世界で一番最初に覚えた魔法なのだろう。
一体何レベルまで上がったのかは分からないが、一人で五百階層まで潜り、天ヶ崎さんと氷見さんを探し出し、守りながら帰ってこれるほどの強さであることは間違いない。多分、千とかそこら辺だろう。
ディスプレイの中の由良ちゃんが、サビに合わせて翼を広げ、観客が盛り上がる。
美しく舞い踊る由良ちゃんに目を奪われていると、女性の泣き声を耳が拾った。
「……うぅっ……私が……私がもっと強ければ……」
ダンジョンの入り口の前で、地面にへたり込み涙を流す女性。彼女も大切なもののためにダンジョンに潜り、大切なものを失おうとしているのだろう。
俺は、その女性に声をかける。
「ねぇ、お姉さん」
「グスッ……誰?」
涙で濡れた顔で見上げる彼女に、俺は手を差し出す。
「力が欲しい? 俺で良ければ、あげるよ。もしかしたら、死んじゃうかもしれないけど。死ぬほどの快楽に抗う覚悟はある?」
大切なもののために戦う彼女達に、力をあげよう。多分それが、俺の存在意義だから。