天ヶ崎さんと氷見さんが危ない状況に陥っていて、さらに今から由良ちゃんとそういう行為をしようとしているのに、俺の頭の中は妙に冴えていた。冷蔵庫の一番上の箱を開けて、中に入っているものを取り出す。女の子から貰ったものを、他の女の子に渡すのは少しだけ罪悪感があるけれど、今はそうも言っていられない状況だ。
ついでに先ほど飲み損ねたので、お茶を一口。思考とは裏腹に体は緊張しているらしく、カラカラに乾いていた口の中に潤いとカテキンの渋みが広がった。火照った体の中に冷たい液体が流れる。焼け石に水。すぐに体が熱を取り戻す。
口に飴を放りキッチンから部屋に戻ると、一糸まとわぬ姿の由良ちゃんがベッドに座っていた。
俺がお茶を飲んでいる間に電気を消したのだろう。薄暗い部屋の中では由良ちゃんの姿はあまりよく見えない。垂れ流されたテレビが白い映像を映し出すたびに、その光に照らされた由良ちゃんの身体が微かに見える。
「……『罪と、罰』」
どこか虚ろな瞳で、由良ちゃんが唐突につぶやいた。
「由良ちゃんは罪なんて犯してないよ。罰を受ける必要もない」
「……『饗宴』」
「……由良ちゃん?」
「『硝子戸の、中』、『虚子君へ』、『列車』」
訳の分からない言葉の羅列。ショックで壊れてしまったのかと不安になる。
手で前を隠すこともせず、惜しげも無くその白い身体をさらしながら、まるで思い出すように言葉を綴る。
由良ちゃんがこちらに顔を向けて、クスリと微笑んだ。
「ふふ、そういう事だったんだね。『一夜』、『伝説の時代』、『雀』そして、『鼠坂』。思い出した。達哉くんって、結構ロマンチストだったんだね」
「何の事? 大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。意識も、記憶も、はっきりしてる。覚えていないのは達哉くんの方だよ」
良く分からない事を言いながら由良ちゃんは立ち上がり、一歩こっちに近づいた。
「ねえ、いつまでそこに立ってるの? 私、風邪ひいちゃうよ?」
形の良い胸を見せつけるかの様に、由良ちゃんが両手を広げる。
「あ、ごめん」
俺が由良ちゃんに近づくと、手をグイと引かれた。由良ちゃん共々ベッドに倒れ込む。俺を押し倒すような形になった由良ちゃんが、上から俺を見下ろしてくる。白い髪がさらさらと砂時計の様に流れた。美しすぎて、まるで人間ではない、別の生き物の様だ。
「ねぇ、達哉くん。ちゃんと伝えておくね? 私ね、『死んでもいいわ』」
「……俺は由良ちゃんに生きていて欲しい」
「もー。そうじゃないんだけどなぁ」
俺の回答が不満だったのか、由良ちゃんが可愛らしく唇を尖らせた。
「由良ちゃん。これ、付けておくね」
俺は由良ちゃんの髪の毛に、不死鳥の半綿羽を輪ゴムで括り付ける。白に赤橙色が映える。
「これは?」
「不死鳥の半綿羽。由良ちゃんは死なせない」
「わ、すごいレアアイテムだね。ふふふ、これで思いっきり、ヤれるね?」
妖艶に、にやりと笑う。チロリと出された赤い舌。美しい白蛇に、飲み込まれそうだ。
「覚悟してね? 私、達哉くんが壊れても、止まれないかも」
「由良ちゃんが先に壊れちゃうよ。だからこれをあげる」
「何を……んぷ」
由良ちゃんの口を、俺の口で塞ぐ。甘い甘い飴を、口移しで食べさせる。
「んぁっ……達哉くんって、こういうのが好きなんだね。……あれ? 身体が……熱い?」
「世界中の樹液で出来た飴。多分これで、少しはもつよね? 白銀桃もあるから、後で食べよう」
「ふふふ、準備万端だ」
「ゴムは用意してないんだけど……」
「いらないよ、そんなの」
由良ちゃんの手が、足が、俺の身体に絡みつく。白蛇に飲み込まれていく。由良ちゃんの滑らかで吸いつくような肌に、俺の身体が溶けて融合するような、そんな錯覚。
吐息が熱い。匂いが甘い。淫靡な白蛇の毒に、俺の身体が侵されていく。
「達哉くんの経験値も、身体も、未来も、全部私が貰うから」
由良ちゃんの顔が降りてきて、コツリと、おでことおでこがくっついた。あぁ、俺は由良ちゃんに食べられるんだなって、どこか他人事の様に思った。
なんの躊躇いもなく、由良ちゃんが唇を寄せてくる。
「んむ……ちゅぶ……んぁ…………ぁ…………」
深く、熱い口吻。舌が溶け合うように絡む。
「ん…………ぷぁ…………あは、もう、やめられないね……。達哉くん、いただきます」
そして、俺と由良ちゃんは――――――
本編 完
カクヨムに番外編置いてます。