BrokenWorld~黒鉄の装着者~ 作:半笑いの妖精
夜中の轟音で目が覚めた瞬間、心臓が嫌な跳ね方をした。
反射的に上体を起こし、まだ寝惚けた頭のまま周囲へ意識を巡らせる。
三階の仮眠室。薄暗い室内。扉前に積んだ棚。窓の隙間から差し込む月光。
とりあえず、この部屋のすぐ外に何かがいる気配はない。
だが、警戒を解くには早い。
「……襲撃、か?」
小さく呟いた直後、再び轟音が鳴り響いた。
今度はさっきよりもはっきり分かる。
この近くじゃない。だが遠すぎるわけでもない。地面の奥底を揺らすような低い衝撃が、夜気を震わせながら届いてくる。
方向は――以前探索に行った大型デパートの方角だ。
「……何が起きたんた?」
眠気は既に吹き飛んでいた。
こういう音を、見ないふりはできない。
近場で何かとんでもない事が起きているなら、拠点に引き籠もっていても意味がない。むしろ知らないまま巻き込まれる方が危険だ。
急いでスーツを装着し、最低限の状態確認だけ済ませる。
武器生成、噴射口、浮遊支援機、収納機能。どれも問題なし。
仮眠室を出て、物音を立てないようにビルを抜ける。
飛行機能を全開にすればあっという間だろう。だが、そんな目立つ動きはしたくない。
何がいるのか分からない。
だから飛行は最小限に抑え、民家の屋根から屋根へ伝うようにして移動する。
脚部噴射で短く跳ぶ。
着地。
次の屋根へ。
月光の下、音を殺して夜の街を進んでいく。
大型デパートが視界へ入る距離まで近づいたところで、ようやく轟音の正体が見えた。
「……は?」
思わず、そんな間抜けな声が漏れた。
目を疑う光景だった。
ひとつは、鬼。
だが、オーガの延長線上みたいな生易しいものじゃない。
五メートルを越える体躯。
極度の肥満体型。
灰色の肌。
その全身へ、ありとあらゆる武器や兵器を無理矢理くっ付けたような異形。
肩には砲塔。
背中にはミサイルポッド。
腕には機関砲めいたもの。
腹や脚にすら金属装甲と火器が埋め込まれ、もはや生物なのか移動兵器なのか分からない。
バイザーが自動で解析を開く。
▼
モンスター名:アーマード・トロル
ランク:B
詳細:全身をあらゆる武装で包んだ巨大な鬼型モンスター。武器や兵器を潤沢に使った戦闘方法はB級でも屈指の強さを誇る。
討伐P:3900万
▲
「……B?」
喉がひくつく。
だが、目を奪われたのはそいつだけじゃない。
その相手。
アーマード・トロルよりさらに巨大な影が、デパートの横合いで翼を広げていた。
岩石のドラゴン。
全身を覆うのは、岩盤を削り出したみたいな重厚な鱗。
首も胴も太く、四肢と翼は巨大で、ただそこにいるだけで地形の一部みたいな圧を放っている。
バイザーの解析ウィンドウが続けて開く。
▼
モンスター名:アースメイル・ワイバーン
ランク:B-
詳細:岩石のような重厚な麟に身を包んだ亜竜。防御力はミサイルの直撃すら耐える程頑強。また、やっとの思いで破ったとしても竜の生命力や回復力によって瞬く間に修復されてしまう。また、大地の力を操り周辺地形の操作やマグマの力を付与した熱線を放つ。正面戦闘に限ってはB級中位を凌駕するものの、動きは(B級の中では)鈍重であり、逃げる事は可能である為B級下位に位置している。
討伐P:3500万
▲
言葉を失った。
B級。
しかも二体。
しかも、ぶつかり合っている。
大型デパート周辺は、すでに半ば戦場と化していた。
アーマード・トロルの砲撃が外壁を吹き飛ばし、アースメイル・ワイバーンの尾が地面を薙いで駐車場をクレーターへ変えている。
崩れた鉄骨とコンクリートが花火みたいに飛び散り、そのたびに夜空へ火花と土煙が上がった。
「……いや、冗談だろ」
まるで災害だ。
モンスター同士が戦っている、なんて言葉で済ませていい光景じゃない。
街の一区画そのものが、巨大怪獣映画の撮影現場みたいに破壊されていく。
それでも、少しでも情報を得ようと身を低くして見物を続ける。
今後のためだ。B級がどれだけのものか、知っておいて損はない──そんな考えが頭の隅にあった。
だが、その判断が甘かったと、次の瞬間に思い知らされる。
アースメイル・ワイバーンが、ふいに動きを止めた。
「……っ?」
首を引き、胸を膨らませるような姿勢。
胸殻が、朱く、暗く、脈打つように光り始める。
嫌な予感。
それはもう、嫌な予感なんて言葉じゃ足りない。
本能が、全力で逃げろと喚いていた。
そして一拍の後。
ワイバーンが、口を開く。
放たれたのは、熱線。
ビームなんて可愛いものじゃない。
トンネルのような太さを持つ灼熱の奔流。
赤黒く輝くそれが、夜の空間ごと捻じ切るように一直線へ奔った。
「──ッ!!」
言葉にならない。
アーマード・トロルは、その図体に見合わない俊敏さで横へ跳んだ。
だが、避けられた熱線はそのまま大型デパートへ直撃する。
容易く貫いた。
いや、貫いたというより、そこにあったという事実が無くなった。
外壁も。
鉄骨も。
商品棚も。
全部まとめて溶融し、蒸発させながら、熱線はさらに地平へ向かって伸びていく。
その進路上にあったビルの残骸や道路や街路樹までもが、一切の抵抗なく赤熱し、溶け、消えていった。
月明かりの下に、一条の灼熱が都市を切り裂いている。
それを見た瞬間、頭の中で何かが切り替わった。
理解した。
ここはもう駄目だ。
この場も。
今の拠点も。
全部、危険圏内だ。
「逃げよう」
即決だった。
迷いなんてなかった。
廃ビルには、気に入っていたソファベッドがある。
収納へ入れていない細かな小物もある。使い込んだ生活用品も、整理途中の資材も、ちょっとした拠点らしさを感じ始めていた空間そのものもある。
だが、そんなものに未練を引きずっている場合じゃない。
戻っている間に、あの熱線がもう一発飛んでくる。
あるいは戦場がこっちへ流れてくる。
その時点で終わりだ。
「無事だったら、また回収に来る……!」
誰に言うでもなく吐き捨てる。
まずは全速力でこの場を脱する。
何事も命あっての物種だ。
しかし──
「また、拠点を失うのかよ……」
思わず苦笑いが漏れた。
ようやく廃ビルが使える場所になってきたところだったのに。
仮眠室を整え、物資を集め、戦える基盤もでき始めていたのに。
それでも、幸いなことはある。
大事な食料や物資の大半は収納に入っている。
水。
保存食。
工具。
寝具類の一部。
回収した本。
最低限の生活に必要なものは、かなりの割合で持ち出せる状態だ。
全部失うわけじゃない。
「……最初よりはまだマシか」
自分に言い聞かせるように呟き、踵を返す。
次の瞬間、背後でまた轟音が鳴った。
振り返るまでもない。見ている時間が惜しい。
脚部噴射を吹かし、屋根から屋根へ飛ぶ。
今度は目立たないように、なんて言っていられない。飛行機能も織り交ぜながら、とにかく最短距離で戦場から離脱する。
風を切る。
瓦屋根を蹴る。
夜の街を裂くように駆ける。
背後では、B級同士の戦闘がまだ続いている。
砲撃音。爆炎。熱線。崩落音。
そのどれもが、さっきまでの自分の生活圏を紙切れみたいに踏み潰している。
悔しさは、ある。
拠点を捨てる無念もある。
だが、それ以上に冷静な自分もいた。
今は逃げるしかない。
戦う段階じゃない。見物する段階ですらなかった。
B級。
その意味を、嫌というほど見せつけられた。
夜の風がスーツを叩く。
青いラインを走らせた強化外装の中で、俺は歯を食いしばる。
失ったなら、また作ればいい。
拠点も。物資も。環境も。
生きていれば、やり直せる。
だから今は、ひたすら距離を取る。
月が高く輝く夜空の下、全速力で飛び込んでいった。
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