BrokenWorld~黒鉄の装着者~   作:半笑いの妖精

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第十二話:再び

 

 月が照らす暗闇の中をひたすら駆ける。

 もうエネルギーの節約なんて考えていられなかった。

 脚部噴射。

 背部スラスター。

 浮遊支援機の補助。

 使えるものは全部使って、とにかくあの怪獣大戦争から距離を取ることだけを優先する。

 後ろを振り返る気にはなれない。

 見たところで安心材料になるわけでもないし、何よりあの熱線の光景が脳裏に焼き付いて離れなかった。

 デパートを貫き、そのまま地平へ向かって全てを溶かし蒸発させた灼熱。

 あんなものが飛び交う戦場の近くに居続けるなんて、自殺願望でもなければあり得ない。

 噴射口を吹かすたびに、夜の街並みが背後へ流れていく。

 屋根を飛び越え、塀を越え、道路を跨ぎ、時には建物の壁面すら蹴って強引に進路を取る。

 無茶だ。

 かなり無茶をしている。

 だが、それは承知の上だった。

 エネルギーが切れたとしても、スーツそのものの身体強化補助までは消えない。

 それは今までの戦闘や移動で確認済みだ。

 だからこそできる無理だった。

 生身なら絶対に壊れるような速度と負荷で、それでもなお止まらず進み続ける。

 背中側のエネルギー表示が、みるみるうちに減っていく。

 浮遊支援機は途中で収納し、飛行補助も最低限の推進に絞った。

 それでも、完全に飛ぶような移動を優先すれば消耗は避けられない。

 

「……っ、まだ……!」

 

 歯を食いしばり、さらに一段噴かす。

 夜風がバイザーを叩き、耳元で低く唸る。

 月明かりに照らされた街が、もはや見慣れた景色ではなくただの障害物みたいに過ぎ去っていく。

 どれだけ飛んだか、自分でもよく分からなくなった頃。

 ついに、バイザーのエネルギー表示が底を突いた。

 

【エネルギー残量:0】

 

【高出力機能停止】

 

【飛行補助停止】

 

 背部と脚部の推力が、すっと消える。

 

「……来たか」

 

 短く吐き捨てる。

 だが、想定の範囲内だ。

 着地の衝撃を膝で吸収し、そのまま前傾姿勢で走りへ移行する。

 飛行が消えても、スーツのアシストそのものは残っている。脚力も、筋力も、防御もゼロにはならない。

 だから止まらない。

 今度は足を使ってさらに往く。

 夜の道路を蹴る。

 住宅街の隙間を抜ける。

 草地を横切り、崩れた塀を飛び越え、時には車のボンネットを踏み台にして加速する。

 飛行ほどの速度は出ない。

 だが、それでも常人の全力疾走とは比べものにならない速さだった。

 それでも、流石に限界は近づいてくる。

 スーツのアシストを越えた運動を続けたせいで、徐々に息が上がってきた。

 肺が熱い。脚が重い。喉も乾く。

 身体強化があっても、中身の肉体まで無限になるわけじゃない。

 

「……はっ、は……っ」

 

 呼吸が荒くなり始めたところで、ようやく速度を落とす。

 周囲を確認する。

 人気はない。モンスターの気配も今のところ濃くない。

 少なくとも、直ちに死ぬような危険はなさそうだった。

 

「……一旦、確認するか」

 

 足を止め、壁の残った建物跡の陰へ身を寄せる。

 地図機能を展開。

 バイザー上に現在地が表示され、これまでの移動軌跡が夜の地形へ重なって浮かび上がる。

 そこに示された数字を見て、思わず目を細めた。

 

「……12キロ?」

 

 想像以上に離れていた。

 デパート周辺から、実に12km。

 夜中に、しかも怪物同士の戦闘から逃げるためだけに、ここまで一気に距離を稼いだことになる。

 流石にここまで離れれば安心だろう。

 もちろん、B級の化け物同士が本気で暴れたらどこまで余波が飛ぶかなんて分かったものじゃない。

 だが、少なくともさっきまでのいつ熱線が飛んできてもおかしくない距離ではない。

 

「……少し、やりすぎたかもな」

 

 乾いた笑いが漏れる。

 正直、自分でもそう思う。

 12kmはやりすぎだ。

 普通に考えれば、もっと手前で止まっていても良かったかもしれない。

 だが、相手はB級。

 しかも、ただ強いだけじゃない。

 片方はデパートを蒸発させる熱線を撃ち、片方は全身に兵器を積んだ怪物だ。

 あんなもの相手に「この辺なら大丈夫だろう」と適当な線引きをする方がどうかしている。

 

「……用心するに越したことはない、よな」

 

 誰に言うでもなく呟く。

 そう。

 今は慎重すぎるくらいでちょうどいい。

 問題は、ここからだ。

 拠点は失った。

 戻る場所は、今はない。

 収納の中に物資はある。だが、それを下ろして休める安全な場所を新しく探さなければならない。

 幸い、12kmも離れたなら、あの戦場の影響圏からはかなり外れたはずだ。

 なら、この辺りで一時的にでも身を潜められる場所を探すべきだろう。

 バイザー上の地図をさらに広げ、周囲の建物や地形を確認する。

 夜はまだ深い。無理に動きすぎるのも危険だ。

 だが、屋外で朝を待つ気にはなれない。

 少しでもマシな遮蔽物。

 少しでも籠もりやすい建物。

 少しでも逃げ道のある場所。

 そうした条件を頭の中で並べつつ、俺は荒くなった呼吸を少しずつ整えていく。

 

 月明かりに照らされた住宅街は静かだった。

 静かすぎる、と言った方が正しいかもしれない。

 人の気配はない。

 車の音もない。

 生活の匂いもない。

 あるのは、風が擦れる音と、遠くで何かが鳴く声。それから時折、瓦礫の影や崩れた塀の向こうから現れるモンスターの気配だけだ。

 最初に出くわしたのは、二体のゴブリンだった。

 コンビニ跡の前で何かを漁っていたそいつらは、こちらに気づくと濁った声を上げて駆けてくる。

 だが、今の俺にとっては足止めにもならない。

 

【推奨:左個体先行排除→右個体の武器腕切断】

 

 戦術演算の表示に従い、戻ってきたエネルギーを消費して脚部噴射で斜め前へ出る。

 浮遊支援機の一基が短く閃き、左のゴブリンの視界を狂わせた隙に、近接武器生成Ⅱの短剣で喉を断つ。

 すれ違いざま、右の個体の手首を斬り落とし、返す刃で首筋を裂く。

 あっけない。

 

『討伐ポイントを入手しました』

 

 電子音声を聞き流しながら、周囲の建物へ視線を向ける。

 一軒目。

 木造二階建て。玄関は無事。窓も大きな破損はない。

 

「……悪くなさそうに見えるんだけどな」

 

 そう呟きつつ中へ入った直後、鼻を突く腐臭に顔をしかめる。

 

「うっわ……」

 

 廊下の先。

 リビングらしき部屋の床で、何かが散らばっていた。

 いや、散らばっているのは家具じゃない。

 人間だったものの一部だ。

 腕。

 脚。

 胴。

 原形を辛うじて留めているのは服だけで、中身はほとんど食い荒らされていた。

 壁にも床にも黒ずんだ血痕が飛び散り、ハエのような小さな羽虫までたかっている。

 腐臭が鼻を突き、反射的に口元を押さえた。

 

「……駄目だな」

 

 すぐに踵を返す。

 寝泊まりの候補以前の問題だ。

 仮に構造が無事でも、こんな場所で休めるわけがない。

 二軒目。

 鉄筋三階建ての小型アパート。

 見た目はそこそこマシだったが、内部へ入ってすぐ理由が分かった。

 階段の一部が崩れ、二階への動線が潰れている。

 天井にも大きな亀裂。地震とその後の何かで、骨組み自体がかなり傷んでいるらしい。

 さらに一階の奥には、スライムの這った跡のようなぬめった汚れがびっしり残っていた。

 今は気配がないが、巣にされていた可能性が高い。

 

「ここも無しだな……」

 

 三軒目。

 元は税理士事務所兼住居だったらしい建物。

 外壁は比較的まともで、窓も少なく、防御には向いていそうだった。

 だが入ってみれば、中は半壊していた。

 奥の部屋が丸ごと崩れ、外からは見えなかった側面がぱっくり裂けている。

 しかもその崩落部には、ニードルマンの群れが潜んでいた。

 

「面倒くせぇな……!」

 

 四体。

 狭い室内で一斉に突きが来るのは鬱陶しいが、戦術演算が示した回避線へ沿って噴射口で体を滑らせる。

 

【推奨:後退せず左壁沿い侵入→各個頭部破壊】

 

 浮遊支援機の防壁で一本を受け、二本目の腕を切断。

 三本目を壁へ誘い、刺さった瞬間に近づいて頭部を叩き割る。

 最後の一体は最小出力のエネルギー弾で足を止め、そのまま蹴り飛ばして壁へ叩き付けた。

 

『討伐ポイントを入手しました』

 

 静かになった部屋で改めて辺りを見回すが、やはり駄目だ。

 崩落部から夜風が吹き込み、守れる空間になっていない。

 そんなふうに、一軒一軒、ひとつずつ当たっていく。

 だが、中々条件に合う物件は見つからなかった。

 ある建物は見た目こそ無事でも、中へ入れば床が抜けかけている。

 またある建物は階段や屋上へ繋がる導線が潰れていて、逃げ道がない。

 さらに別の場所では、モンスターに食い荒らされた腐乱死体が転がっている。

 夜の静けさの中で、そういう痕跡だけがやけに生々しい。

 途中、小型スーパーの裏口近くではヒルクライム二体と鉢合わせた。

 暗がりの中からぬるりと現れたそいつらを処理して倉庫裏へ回ると、そこにも食い散らかされた死体があった。

 おそらく、物資を漁りに来た人間だろう。

 袋麺の破れた袋や水の段ボールが散乱しており、そこへ血と内臓が混じっている。

 こういう場所を見つけるたびに、胸の奥が冷えていく。

 

「……本当に、終わってるな」

 

 ぽつりと漏らしながら、血のついた壁から視線を外す。

 自分もほんの少し運が悪ければ、こうなっていた。

 強くなった今でこそどうにかなっているが、運命の女神の掬う掌からこぼれ落ちていたらと思うと…想像もしたくない。

 

 歩く。

 探す。

 倒す。

 また歩く。

 屋根へ上がって周囲を見渡し、良さそうな建物を見つけては近づき、駄目なら次へ向かう。

 その繰り返しだ。

 そうして何度目かの移動の途中。

 古いマンションの外階段を上がり、屋上へ出たところで、ふと風が変わった。

 少し高い位置から見渡す夜の街。

 月光に照らされた住宅地の向こう、さらに先。

 そこに、他より少しまともに見える建物群があった。

 

「……あれは」

 

 住宅街から少し外れた、小規模な文教施設のような区画。

 周囲より敷地が広く、外壁で囲われている。建物も横長で、窓の配置が規則的だ。

 

 学校……ではないか。

 

 いや、もっと小さい。

 研修施設か、職業訓練校か、何かそんな類かもしれない。

 ここからでは細部までは分からない。

 だが、少なくとも半壊した民家群よりはマシそうに見える。

 

「……次、あそこ行ってみるか」

 

 小さく呟き、屋上の縁から視線を切る。

 まだ安心はできない。

 表面は良さそうに見えても内部はモンスターの巣になっている可能性だって十分ある。

 それでも今まで見てきた中では一番マシに見えた。

 スーツの青いラインが、夜の中でかすかに明滅する。

 浮遊支援機が静かに左右へ展開し、周囲を警戒していた。

 寝る場所がない。

 落ち着ける場所もない。

 だが、まだ終わってはいない。

 生きていて、動けるなら、次を探せる。

 そう自分に言い聞かせながら、俺は再び月下の街へ飛び降りた。

 

 

 目的の施設へ近づくにつれ、足が少しずつ重くなった。

 理由は単純。

 前に似た感覚を味わっていたからだ。

 

「……まさか」

 

 小さく呟く。

 遠目には、比較的綺麗に見えていた。

 周囲の半壊した住宅や崩れた小型ビルに比べれば、明らかに形を保っていて、外壁も整っているように見えた。

 だが、近づけば近づくほど、その綺麗さが逆に不自然に思えてくる。

 あまりにも崩れた様子がなさすぎる。

 そして何より、空気の質が周囲と微妙に違う。

 どことなく重い雰囲気を感じる。

 

 嫌な予感が、じわじわと強くなる。

 

 前に感じた違和感。

 ホームセンターの前で立ち止まった、あの時と同じ感覚。

 

「……やっぱりか」

 

 バイザー越しに施設全体を見上げながら、吐き捨てるように言う。

 どうやらここも、ダンジョン化しているらしい。

 外観だけを保ったまま、中身が別の空間へ変質している。

 前回のホームセンターと同じ現象。

 そう考えれば、この整い方にも説明がつく。

 慎重に入口まで近づく。

 建物の自動ドアは半ば開いたまま止まっていた。

 だが、その向こうに見えているものがすでにおかしい。

 

「……は?」

 

 思わず、間抜けな声が漏れる。

 中を覗いた瞬間、脳が一拍遅れた。

 森林。

 そこに広がっていたのは、施設の廊下でもロビーでも教室でもなかった。

 木々だ。

 太い幹を持つ木が何本も生え、下草が広がり、苔むした地面が奥へ続いている。

 枝葉の隙間からは柔らかな光が差し込み、どこかで水の流れる音すら聞こえた。

 ホームセンターの時は、洞窟だった。

 岩壁と結晶と湿った土に侵食された、典型的な迷宮空間。

 だが、今回は違う。

 中なのに、外だった。

 

「いや……意味分かんねぇだろ……」

 

 バイザー越しに上を見上げる。

 そこには、空があった。

 暗くもなく、夜でもない。

 薄青く澄んだ、昼とも夕方ともつかない空。

 白い雲まで浮かんでいる。

 建物の中に空。

 しかも、その下には森。

 入口のすぐ向こうから、完全に別世界が始まっていた。

 境界線が狂っている。

 建物の外側は、相変わらず月夜の終わった街。

 だが、一歩中へ踏み込めば、そこは空と森を持つ異空間。

 意味が分からない。

 ホームセンターダンジョンは建物の形をした洞窟だった。

 ならここは建物の形をした森林迷宮なのだろう。

 境界のすぐ手前で立ち止まり、俺はしばらく中を観察した。

 風が吹いている。

 木々が揺れる。

 葉擦れの音がする。

 鳥の鳴き声に似た何かまで、遠くから聞こえる。

 それなのに、足元には割れた自動ドアのレールがあり、入口の外側には崩れたコンクリートと街灯の残骸が転がっている。

 現実感があまりにない。

 

「……中なのに外、って何だよ」

 

 呟きながら、地図機能を開いて周辺を確認する。

 現在地は入口。

 中はまだ当然未踏だ。真っ黒な空白が広がっている。

 前回のダンジョンと同じなら、見た目に騙されると危険だ。

 森に見えても、単なる森じゃない。

 何が棲んでいて、どこまで広がっていて、どんな法則で動いているかも分からない。

 しかも、こういう環境変化型のダンジョンは厄介だ。

 洞窟と違って見通しが利くようで利かない。木々や茂みが視線を遮り、上空まである分、敵の接近方向も増える。

 

 総評としては

 

「前より面倒そうだな……」

 

 率直にそう思った。

 だが同時に、胸の奥で別の感情も動く。

 興味。

 警戒と同じくらい、あるいはそれ以上に、知りたいという欲があった。

 森林型ダンジョン。

 空を持つ迷宮。

 前回とはまるで違う環境。

 なら、得られるものも違うかもしれない。

 棲んでいるモンスターも、迷宮核の性質も、報酬も。

 オタク的な直感が、またしても面倒な囁きを始める。

 

「……いや、入るなら慎重にな」

 

 自分で自分を制しながら、小さく息を吐く。

 前回は勢いで踏み込んだ。

 その結果、ボス部屋まで行って死にかけた。

 今回は同じ轍を踏まない。

 まずは入口周辺の観察。

 地図作成機能の起動。

 必要ならすぐ撤退できる準備。

 浮遊支援機も索敵寄りに使う。

 そう頭の中で順序を組み立てながら、俺は境界の前で一度立ち止まる。

 月の輝く夜の街。

 そのすぐ先に広がる、空と森を抱えた異界。

 中なのに外。

 建物なのに森林。

 理屈なんてどこにもない。

 ただひとつ確かなのは、この施設もまた、完全にダンジョンへ変質しているということだ。

 

 




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