BrokenWorld~黒鉄の装着者~ 作:半笑いの妖精
森林迷宮の入口を前にして、俺はそこでようやく足を止めた。
前回のホームセンターダンジョンでは、オタク心に背中を押されるまま勢いで踏み込んだ。
その結果、死ぬほど痛い目を見た。
迷宮核は手に入ったし、追加兵装や五万ポイントも得た。
結果だけ見れば大勝利だ。
だが、あれは綱渡りだった。
もう少し何かが噛み合わなければ、今こうしてここに立っていない。
だから今回は、先に装備を整える。
拠点を失った直後というのは嫌なタイミングだが、逆に言えば、動けるうちにやっておくべきことでもあった。
バイザー上へ残ポイントを表示する。
【残ポイント:12068P】
なんやかんやで周辺の雑魚狩りやオーガ二体の討伐、それから迷宮核の時の余りも含めてまだ一万二千以上残っている。
十分だ。
何でも取れる訳ではないが、それでも結構な強化は可能だ。
「まずは、エネルギーだな」
迷わずそう呟く。
エネルギー総量増加の機能を取得したのはだいぶ前だ。
それ以降特にエネルギーに困る事がなく、すぐに強化しなきゃいけないものという認識まではなかった。
だが、今は違う。
ダンジョン。
飛行機能。
浮遊支援機。
戦術演算。
武器生成。
エネルギー弾。
使う機能の数も質も以前とは比べものにならない。
しかも今回みたいにいつ何時、大量消費の逃走や長期戦を強いられるか分からない以上、リソースの回復を軽視するのは悪手だ。
だから、まず必要なのはエネルギーの回復量と回復速度。
一覧を開く。
【エネルギー回復量増加:5P】
・エネルギーの回復量が増加する。
【エネルギー回復速度上昇:5P】
・エネルギーの回復速度が上昇する。
「……安っ」
思わず本音が漏れた。
いや、最初期の俺ならこの数値ですら重かった。
だが、今の残高から見れば冗談みたいな値段だ。
もちろん、これで一回きりの取得とは限らない。
強化段階がある可能性も高い。
だが、今は遠慮する理由がない。
「取得」
まず回復量増加。
続けて回復速度上昇。
さらに、一覧が更新された直後、同じ項目へもう一度視線を向ける。段階式らしい。
説明文は同じまま、ポイントだけが少しずつ上がっていた。
「……取れるだけ取るか」
念じるたびに、無機質な電子音声が短く鳴る。
『機能【エネルギー回復量増加】が強化されました』
『機能【エネルギー回復速度上昇】が強化されました』
数回繰り返したところで、さすがに表示される必要ポイントが跳ね上がり始めた。
そこで一旦手を止める。
次の瞬間、バイザー上のエネルギーゲージが明らかに違う速度で動き出した。
「お……」
みるみる内に、減っていたゲージが回復していく。
さっきまで底を尽きかけていたはずのエネルギー残量が、目に見えて戻っていくのだ。
じわじわ、なんて生易しいものじゃない。目に見えて増えていると実感できる速度だ。
「マジかよ……」
思わず見入る。
一割。
すぐにそこを越えた。
しかも、まだ勢いが落ちない。
「この調子なら…三分もあれば全快しそうだな」
前までゼロからマックスまで五時間以上必要だったことを考えれば、劇的な改善と言っていい。
いや、劇的どころじゃない。もはや別物だ。
エネルギー切れ=長時間の機能停止、という感覚が、かなり薄れる。
もちろん高出力兵装や連戦を続ければ限界はあるだろう。エネルギー消費中は回復しない仕様だし。
だが、少し感覚を空ければまた動けるというだけで運用思想そのものが変わる。
「……もっと早く取っとけば良かったな」
苦笑が漏れる。
今まで何をそんなに渋っていたのか。
必要性が見えづらかったとはいえ、これは想像以上に便利だ。
ダンジョン攻略でも、逃走でも、継戦でも、全部の土台になる。
燃費と回転率は、やはり正義だった。
しばらくゲージの回復を眺めてから、意識を切り替える。
まだポイントは十分に残っている。
「さて……他はどうするか」
追加兵装と既存機能の一覧を開き直し、改めて全体を見ていく。
まず目に付いたのは、防御系だ。
オーガ・メイジ戦では、最後の自爆まがいの爆発で一気に耐久値を削られた。
強い相手ほど、一撃が重い。
回復があっても、そもそも受けるダメージを減らせるならその方がいい。
【装甲強化:5P】
・スーツの装甲が強化され、受けるダメージが軽減される。
【耐久値増加:5P】
・耐久値が増加する。
【追加装甲:15P】
・スーツの装甲が追加され、受けるダメージが軽減される。
【装甲展開:50P】
・追加された装甲を周囲に展開し、攻撃を防ぐ。
【炎熱耐性強化:100P】
・炎熱に関するダメージが軽減される。
【水冷耐性強化:100P】
・水冷に関するダメージが軽減される。
【雷撃耐性強化:100P】
・雷撃に関するダメージが軽減される。
【衝撃耐性強化:100P】
・瞬間的な物理ダメージが軽減される。
・
・
・
【緊急防御機構:15000P】
・致命的なダメージを受ける時、エネルギーを全て消費して自動的バリアを展開する。
「緊急防御機構は無理か……」
今提示される防御系の中で最高額の機能。
欲しい。かなり欲しい。
だが今の残高では届かない。
なら、現実的なのは装甲強化と耐久値増加の底上げだ。
次に気になるのは索敵と情報面。
森林型ダンジョンは見通しが悪い。
ホームセンターダンジョンの洞窟型とは違って、木々や茂みで視線が切られやすい。
上空もある分、接近方向が増える。
なら、索敵補助か感知系が欲しい。
一覧を流すと、近いものがいくつかあった。
【周辺反応探知:300P】
・周辺の動体反応を感知し、バイザーに表示する。
【視界強化/遠望:50P】
・遠距離の視認性が向上する。
【視界強化/熱源感知:800P】
・視界内の生体熱源を視認可能にする。
「……周辺反応探知は取るか」
迷宮内ではかなり有用だ。
索敵は命に直結する。
熱源感知も森林では強いかもしれないが、相手が植物系や非生体寄りだと意味が薄い可能性もある。
とはいえ800Pなら十分現実的だ。
そのまま、移動系も見る。
噴射口増設は見えた瞬間に取った。
【噴射口増設:1500P】
・前腕部、足底部に噴射口を増設する。
だが、その派生として推力強化や空中制御補助らしき項目も並んでいた。
【噴射出力強化:200P】
・噴射口の出力が向上する。
【空中姿勢制御補助:150P】
・飛行中および跳躍中の姿勢制御を補助する。
「これも欲しいな……」
もっと本格的に空中機動へ寄せるなら、こういう補助は効いてくる。
ただ、欲しいものを全部取っているときりがない。
だから優先順位を切る。
回復は入れた。
なら次は、森林型ダンジョン対策として索敵。
その次が、防御の基礎底上げ。
残った分で機動の補助を取る。
そう決めた瞬間、判断は早かった。
「取得」
【周辺反応探知】
【視界強化/熱源感知】
【装甲強化】を数段階。
【耐久値増加】も同じく数段階。
【空中姿勢制御補助】
【噴射出力強化】
電子音声が次々と流れ、スーツ各部へ細かな変化が走る。
バイザーの表示が少し整理され、視界の端に反応探知用の半透明な円が追加された。
熱源感知はオンオフが可能らしく、意識を向ければ表示を切り替えられる。
装甲強化と耐久値増加は見た目の変化こそ大きくないが、密着感と重量バランスがわずかに変わった。
守りが厚くなったことを、着ている側がなんとなく理解できる。
噴射出力強化と空中姿勢制御補助も、試しに軽くジャンプしてみると違いが分かった。
体がより素直に動く。
以前より空中でブレない。
「……いいね」
自然とそう漏れる。
残ポイントを確認する。
【残ポイント:4018】
まだ余裕はある。
だが、今はこれ以上欲張らなくていい気がした。何も全て使わないといけない訳じゃないし、保険として残しておきたくもある。
とはいえ、今の時点でもかなり万全に近い。
回復、索敵、防御、機動。
森林ダンジョンへ潜る前の準備としては十分に整っている。
あとは、実際に使ってみて足りないものを把握する段階だ。
ゆっくりと顔を上げ、入口の向こうに広がる森を見つめる。
中なのに外。
建物なのに森林。
空まで存在する、理屈の壊れた異界。
だが、今の俺は前回よりずっと落ち着いていた。
勢いだけじゃない。
準備をした。強化もした。逃げる手段も、回復も、索敵もある。
「……よし」
短く息を吐く。
ここから先は、また未知だ。
だが、未知だからこそ攻略しがいがある。
バイザーの青い光が、月夜の現実と、入口の向こうの昼の森とを同時に映していた。
準備は整った。
あとは踏み込むだけだ。
俺はゆっくりと、森林迷宮の入口へ向かって歩き出した。
地面は柔らかい土。
空気はしっとりと湿っていて、外の夜の街とはまるで別物だ。
頭上には枝葉が重なり、その隙間から偽物じみた青空が覗いている。
見上げれば外。
足元は森。
なのに、背後を振り返れば施設の入口がある。
相変わらず意味の分からない空間だ。
だが、そんな感想に浸っている暇はなかった。
バイザーが、いきなり反応したのだ。
視界の端に赤い輪郭が浮かび上がる。
前方、少し右。大木の一本。
「……ん?」
ぱっと見た限り、ただの木にしか見えない。
幹は太く、根は土から盛り上がるように張り出し、枝葉も他と変わらず生い茂っている。
だが、解析ウィンドウがはっきりと告げていた。
▼
モンスター名:トレント
ランク:D+
詳細:樹木に擬態したモンスター。獲物が近くに来ると擬態を解き、強靭な枝の鞭を浴びせて殺し、養分とする。
討伐P:500
▲
「……マジか」
思わず小さく漏らす。
一見するとただの木。
いや、解析がなければ絶対にそのまま通り過ぎていた。
こういう環境型のモンスターは厄介だ。
しかも森の中となれば尚更だろう。木が全部敵に見えてきたら精神がもたない。
とはいえ、態々攻撃を食らいにいく訳もない。
枝の鞭、という説明からして、近づいて嬉しい相手じゃない。
なら、やることは決まっている。
左手を静かに持ち上げる。
狙いは幹の中心、少し低め。
コストを考えなくて良くなった為、中出力のエネルギー弾を一発。
パシュッ、と乾いた射出音。
青白い光弾が一直線に飛び、大木の胴へ着弾する。
次の瞬間、それは木ではなくなった。
擬態していた樹皮が内側から裂け、節くれだった顔めいたものが露わになる。
枝葉が一斉に蠢き、太い枝が鞭のようにしなる。だが、遅い。
着弾したエネルギー弾は幹の中心を深く抉り、内側を破壊していた。
トレントは苦鳴のような軋みを上げ、枝を数度震わせた後、その巨体ごと光の粒子へ変わっていく。
『討伐ポイントを入手しました』
無機質な電子音声が静かに響いた。
「……500か」
悪くない。
D+というだけあって、ゴブリンやニードルマンよりは高い。
しかも、こういう擬態型なら、自分から動くことは無いだろうし、こうして距離がある状態で見破れさえすれば安全に狩れる部類だ。
だが、逆に言えば。
「この森、こういうのが普通に混ざってるってことだよな……」
少しだけ、気が重くなる。
視界に映る木々の一本一本が、急に信用できなくなった。
今のトレントは入口近くだから一体だけだったのかもしれない。奥へ進めば、もっと密集していてもおかしくない。
だからこそ、準備してきた索敵強化が生きる。
周辺反応探知を少し強めに意識すると、バイザー上の簡易円に淡い反応がいくつか浮かんだ。
まだ遠い。だが、何もいないわけじゃない。
熱源感知も切り替えてみる。
すると生きた森の中に、不自然な輪郭がいくつか浮かび上がった。
熱を持たない木が大半。
だが、その中にほんの僅か、違う揺らぎを持つものがある。
「……なるほど。こんな感じに見えるのか」
感心しつつ、もう一度周囲を見回す。
森は静かだ。
鳥のような鳴き声。葉擦れ。遠くで水の流れる音。
見た目だけなら穏やかですらある。
だが、今の一体で分かった。
ここはやはり、見た目に騙される場所だ。
ホームセンターダンジョンが分かりやすく危険だったのに対して、こっちは自然に紛れた危険というタイプらしい。
「……慎重にな」
自分へ言い聞かせるように呟く。
地図機能を起動。
未踏の森林が黒い領域として広がり、その一角に今立っている現在地が青く灯る。
まずは入口周辺の把握。
トレントのような擬態型を警戒しつつ、少しずつマッピングしていく。
無理に深くまでは入らない。今日は地形と敵傾向の確認が優先だ。
そう整理してから、俺は新たに見つけた反応へ視線を向けた。
木々の隙間。
少し奥。
またしても、ぱっと見ではただの森の一部にしか見えない場所。
静かにスーツの青いラインを走らせながら、俺は森林迷宮のさらに奥へと足を進めていく。
今話獲得機能:9
機能名:エネルギー回復量増加
消費ポイント:1275(5+10+20+40+80+160+320+640)
機能等級:1
機能詳細:エネルギーの回復量が増加する。
機能名:エネルギー回復速度上昇
消費ポイント:1275(5+10+20+40+80+160+320+640)
機能等級:1
機能詳細:エネルギーの回復速度が上昇する。
機能名:噴射口増設
消費ポイント:1500
機能等級:2
機能詳細:前腕部、足底部に噴射口を増設する。
機能名:周辺反応探知
消費ポイント:300
機能等級:1
機能詳細:周辺の動体反応を関知し、バイザーに表示する。
機能名:視界強化/熱源関知
消費ポイント:800P
機能等級:1
機能詳細:視界内の生体熱源を視認可能にする。
機能名:装甲強化
消費ポイント:1275(5+10+20+40+80+160+320+640)
機能等級:1
機能詳細:スーツの装甲が強化され、受けるダメージが軽減される。
機能名:耐久値増加
消費ポイント:1275(5+10+20+40+80+160+320+640)
機能等級:1
機能詳細:耐久値が増加する。
機能名:噴射出力強化
消費ポイント:200
機能等級:2
機能詳細:噴射口の出力が向上する。
機能名:空中姿勢制御補助
消費ポイント:150
機能等級:2
機能詳細:飛行中および跳躍中の姿勢制御を補助する。