BrokenWorld~黒鉄の装着者~ 作:半笑いの妖精
森林迷宮を進むにつれ、トレントの出現率は目に見えて上がっていった。
最初はぽつりぽつりと混ざっていた程度だったのに、十数分も歩けば事情が変わってくる。
周囲の木々の中に、明らかに怪しい一本が増えたのだ。
いや、怪しいと分かるのはバイザーがあるからであって、肉眼だけなら見分けなんてまずつかない。
実際、熱源感知と反応探知、それに解析機能がなければ、とっくに何本かの枝鞭を食らっていてもおかしくなかった。
「……解析には助けられっぱなしだな」
そう呟きながら、また一体。
少し左手前の木に見せかけたトレントの胴をエネルギー弾で撃ち抜く。
擬態を解く間もなく幹の中心を抉られたモンスターは、耳障りな軋み声だけを残して光の粒子へ変わった。
『討伐ポイントを入手しました』
500P。
ゴブリンやスライムよりも利率は良いから嬉しくはあるのだが、森の中で木に見せかけて潜伏している敵を一体ずつチェックしながら進むのは、思った以上に神経を削る。
しかも地形はなだらかなようでいて微妙に高低差があり、根や岩が足場を悪くしていた。
ホームセンターダンジョンのような洞窟型とは、攻略の方向性がかなり違う。
こっちは正面からの戦闘というより、索敵と不意打ち対策の比重が大きい。
そんなことを考えながら進んでいた時だった。
今度は木ではない。
バイザーの視界下方、少し先の茂みの陰に、小さな反応がいくつも映る。
「……ん?」
視線を凝らす。
最初は落ち葉の塊か何かにしか見えなかった。
だが、次の瞬間、そのうちの一つがぴょこんと跳ねた。
茸だ。
傘の付いた、茸。
しかも二本足のような茎でぴょこぴょこ動いている。
「……なんだそりゃ」
思わず本音が漏れる。
見た目だけなら、どこか間抜けですらある。
丸い傘。短い胴。ちょこまかした動き。
ファンタジーのお約束みたいな姿だ。
だが、バイザーの解析ウィンドウはそんな呑気な印象を即座に打ち消した。
▼
モンスター名:マッシュムーヴ
ランク:D
詳細:動く茸型モンスター。獲物を見つけると加速し、体当たりを仕掛けてくる。
討伐P:200
▲
「マッシュムーヴ……」
名前の響きが軽い。
だが、モンスターである以上、油断は禁物だ。
そう思った直後、向こうもこちらに気づいたらしい。
茂みの影にいた茸どもが一斉にこちらを向く。
目も鼻もないのに、見られたと分かるのが妙に不気味だった。
次の瞬間。
加速した。
「ぅおっ、速っ」
小さな体で弾むように走り出したかと思えば、その速度は予想以上だった。
ただ跳ねてくるだけの雑魚だと思っていたら、地面すれすれを滑るように詰めてくる。
戦術演算が即座に反応する。
【推奨:密集前に範囲牽制】
【推奨:下段横薙ぎ/蹴撃でも可】
なるほど。
数で押してくるタイプか。
左手を向け、最小出力のエネルギー弾を地面へ一発。
着弾した光弾が小さく炸裂し、土と落ち葉が跳ねる。その衝撃で先頭の二体が一瞬バランスを崩した。
そこへ踏み込む。
右手の短剣を低く構え、腰の高さで横薙ぎに振るう。
刃が茸の胴を次々となぎ払い、三体まとめて真っ二つになった。
だが、残りは止まらない。
脇を抜けようとした一体が脚へ体当たりを仕掛け、別の一体が膝の高さへ飛び込んでくる。
見た目の間抜けさに反して、狙いは悪くない。数が多ければ普通に足を取られそうだ。
「面倒だな……!」
脚部噴射を短く吹かし、半歩だけ後退。
その勢いを乗せて今度は蹴りを放つ。
ゴッ、と鈍い音。
踏み込んできた一体が弾け飛び、後ろの二体へぶつかってまとめて転がった。
そこへ追撃の短剣。
根元から断ち切り、残った一体へは浮遊支援機の閃光弾で視界を乱してから、足元ごと最小出力で吹き飛ばす。
『討伐ポイントを入手しました』
複数回、電子音声が響く。
静かになった地面には、茸の残骸すら残らない。
ただ光の粒子が舞って、それがこちらへ吸い込まれていくだけだ。
「……200か」
ポイントは低い。
なのに動きはかなり厄介だ。
単体ならどうということはない。
しかし数が増えれば、足元へ潜り込む雑魚としてかなり鬱陶しい。トレントみたいな固定砲台型と組まれたら面倒なことになりそうだ。
しかも、この森の地形と相性が悪い。
木の根や傾斜で足場が乱れたところへ、こういう小型高速の突進持ちが混ざると、思わぬ事故になりかねない。
「……この森林迷宮、思ったより嫌らしいな」
ホームセンターダンジョンが難解な構造で攻撃してくる迷宮だったのに対し、こっちは絶え間ない波状攻撃という感じが強い。
木に擬態したトレント。
茂みに紛れるマッシュムーヴ。
この先、まだ何が出てくるか分かったものじゃない。
だが同時に、敵の傾向は見えてきた。
隠れる。
紛れる。
不意を突く。
そして地形を利用する。
なら、対策も立てやすい。
反応探知と熱源感知をこまめに切り替え、浮遊支援機の片方を少し先行させる。
地図機能も着実に森の輪郭を描き始めていた。
まだ浅い。
だが、確実に攻略の糸口は掴みつつある。
俺は静かに短剣を構え直し、次の反応へ視線を向ける。
森の中は、一見するとただ静かなだけだ。
けれど、その実、あらゆる場所に敵意が潜んでいる。
ならこちらも、遠慮なく刈っていくだけだ。
◆
森林迷宮は、奥へ進むほど露骨に牙を剥いてきた。
入口付近では、まだ森に擬態した雑魚を処理する程度で済んでいた。
トレントを見抜き、マッシュムーヴを蹴散らし、地図を埋めながら慎重に進む。そんな攻略が通用していた。
だが、それも長くは続かない。
少し奥へ入ったあたりから、空気そのものが変わり始めた。
木々は密度を増し、下草は深くなり、地面の起伏も激しくなる。
霧のような湿気が薄く漂い、視界は徐々に狭まっていった。
そして何より──
モンスターの種類と強さ、物量が、加速度的にどんどん増加していく。
「……っ、は!」
横合いから伸びた枝鞭を切り払い、その勢いのまま前方のマッシュムーヴを蹴り飛ばす。
直後、着地点の根元からトレントの枝が唸りを上げて襲いかかってきた。
もう、息を吐く暇さえない。
トレントが木立に紛れて待ち伏せし、マッシュムーヴが足元を乱し、その隙へ別の反応が差し込んでくる。
敵の個々の強さだけなら対処可能だ。だが、森林という地形と組み合わさることで、嫌らしさが倍増していた。
【推奨:足場確保優先】
【推奨:後方高所へ短距離離脱】
「了解……!」
脚部噴射で後方へ跳び、浮遊支援機が生成した光の足場を踏んで一段上の岩場へ移る。
下では、さっきまで俺がいた場所へ枝が叩き込まれ、地面が抉れていた。
そこへさらに、新しい反応が加わる。
最初に見えたのは、茨だった。
木の根や蔦が絡み合って立ち上がったような、人型の影。
だが、ただの植物人形じゃない。全身を構成する茨の一本一本が異様に密で、月光──いや、このダンジョンの偽りの空から差す光を受けて鈍く光っている。
バイザーが解析を開く。
▼
モンスター名:ソーンソルジャー
ランク:C
詳細:鋼鉄のワイヤーと同等の強度を持つ茨で編まれた兵士。全身に触れるだけで傷を与える茨を持つ。
討伐P:1500
▲
「C……!」
雑魚ではない。
しかも、一体だけじゃなかった。
木々の間、左右、正面。少なくとも三体。いや四体。
全員が、無言のままこちらへにじり寄ってくる。
武器らしい武器は持っていない。
だが、その必要もないのだろう。全身そのものが刃だ。触れるだけで裂傷になるなら、接近戦の難易度は一気に上がる。
しかも、その後ろ。
さらに巨大な影が二つ、木立の奥から現れた。
人型。だが、肩幅が広い。
全身を編み上げる茨はソーンソルジャーよりさらに太く、両腕には肉体よりも強固に編まれたような大楯を装備している。
▼
モンスター名:ソーンガーディアン
ランク:C+
詳細:鋼鉄のワイヤーと同等の強度を持つ茨で編まれた守護者。肉体よりも強固に編まれた茨の大楯を両手に持つ。
討伐P:2000
▲
「面倒くさいの来たな……!」
吐き捨てるのと同時に、さらに奥で緑色の光が灯る。
枝葉の隙間。
木の幹を背にして立つ、細身の人型。
他のソーン系よりも輪郭が細く、頭部の周囲には触手のような蔦が漂っていた。
バイザーが最後の解析を開く。
▼
モンスター名:ソーンソーサラー
ランク:C+
詳細:鋼鉄のワイヤーと同等の強度を持つ茨で編まれた魔術師。植物系魔術に特化しており、対策をしていれば討伐は容易。
討伐P:2500
▲
「対策をしていれば、ね……!」
解析文の最後に思わず苦笑する。
今この瞬間、その“対策”を即座に組み立てろということだ。
だが、幸いなことに、今の俺には戦術演算がある。
【脅威優先順位:ソーンソーサラー>ソーンガーディアン>ソーンソルジャー】
【理由:地形支配・拘束補助・遠隔攻撃による包囲完成率上昇】
【推奨:高機動突撃による後衛排除】
【警告:正面突破時、ガーディアン2体により阻止される確率高】
【代替案:左側樹上経由ルート推奨】
「左上……!」
視線を走らせる。
確かに、左側には根上がりした大木があり、その幹を使えば一時的に高さを取れる。
ソーンガーディアンの楯は正面には強いが、上や横への対応は遅れる可能性が高い。
次の瞬間、ソーンソーサラーが両手を広げた。
地面が蠢く。
土の下から、茨の槍が何本も突き上がってきた。
「うおっ!?」
咄嗟に脚部噴射を吹かし、横へ滑る。
さっきまで立っていた場所を、鋭い茨の杭が貫いた。一本一本が鉄線の束みたいな硬質音を立てて震えている。
あれに捕まれば終わりだ。
「支援、前方撹乱!」
浮遊支援機へ命じる。
二基のドローンが左右へ散開し、一基がソーンガーディアンの視界へ閃光を弾けさせ、もう一基が左側の樹上へ足場を生成する。
その足場へ踏み込み、さらに幹を蹴って上へ。
空中姿勢制御補助が働き、体が思った以上に素直に回る。
下ではソーンソルジャーが腕を振り、茨の鞭じみた一撃を放ってきた。
だが、半拍遅い。
樹上の枝へ一瞬着地し、そのままソーンソーサラーへ向けて一直線に跳ぶ。
【推奨武装:投擲短槍/次点:細剣型】
「オラァ!」
右手に細身の短槍を生成。
空中からそのまま投擲する。
青い軌跡を引いて飛んだ槍は、ソーンソーサラーの胸を貫いた。
だが、そこで終わらない。植物系ゆえか、致命傷になり切らないのか、ソーンソーサラーは体を捩ってさらに魔力を練ろうとする。
「しぶといな……!」
着地と同時に距離を詰め、近接武器生成Ⅱの片刃短剣へ切り替える。
蔦で編まれた喉元へ斜めに一閃。
さらに返す刃でもう一撃。
中心部を断ち切られたソーンソーサラーは、ようやく崩れるように光の粒子へ変わった。
『討伐ポイントを入手しました』
2500P。
高い。
だが、喜んでいる暇はない。
ソーサラーを落としたことで、逆に前衛の意識がこっちへ集中した。
ソーンガーディアン二体が楯を構えながら前進し、その左右をソーンソルジャーたちが塞ぐ。
しかも、トレントまで混ざっていた。
木立の一本が不意に裂け、枝の鞭が背後から唸る。
「っ、後ろもか!」
浮遊支援機の一基が薄い防壁を展開。
枝がそこへ叩きつけられ、光膜が軋む。その間に前転し、位置をずらす。
もう本当に、休む暇がない。
息を吐く。
その瞬間には次の攻撃が来る。
判断を一つ間違えれば、茨か枝か突進に絡め取られる。
【推奨:正面ガーディアン左膝内側破壊】
【推奨:楯の開きに合わせ右肩関節部切断】
演算が走る。
なら、その通りに。
脚部噴射で低く滑り込み、最前列のソーンガーディアンの膝内側へ短剣を差し込む。
ワイヤーみたいな茨の束が悲鳴じみた軋みを上げ、片膝が沈む。
その瞬間、楯がわずかに開く。
そこへ体をひねり込み、右肩の接合部へ二撃目。
切れる。
以前の近接武器では厳しかったかもしれないが、生成Ⅱの刃はC+級の植物装甲にも十分通った。
だが、一体に集中しすぎればすぐ囲まれる。
左側のソーンソルジャーが全身の茨を鞭みたいにしならせて薙ぎ払い、別の一体は正面から抱きつくように距離を詰めてくる。
触れるだけで傷を負う相手に密着を許すわけにはいかない。
「最小出力、散らせ!」
左手からエネルギー弾を地面へ連射。
威力ではなく衝撃重視。土と葉と小石を巻き上げ、進路を乱す。
その隙へ、浮遊支援機の足場を踏んで縦へ逃げる。
空中から見下ろせば、ガーディアン二体が楯を寄せて壁を作り、その背後にソルジャーが広がるように動いていた。
「モンスターが連携までしてくんじゃねぇよ……!」
ただの群れじゃない。
明らかに編成されている。
前衛が壁を作り、中衛が接近制圧、後衛が魔術支援。
森林という地形も相まって、下手な人間の部隊よりよほど面倒だ。
だが、後衛は落とした。
今なら崩せる。
【推奨:右ガーディアン頭上通過→背面脊柱切断】
【推奨:続けて左ガーディアン楯腕切断】
【成功時、残敵統率低下】
「行く!」
背部噴射を短く吹かし、空中から一気に急降下。
右のソーンガーディアンの頭上を掠め、その背へ片刃剣を叩き込む。
茨の束が弾け、中心の編み目が裂ける。
追撃でさらに深く斬り込み、背面の構造を断つ。
巨体が崩れる。
直後、左側へ転がるように移動し、もう一体の楯腕へ切断狙いの斬撃を入れる。
硬い。
だが、切れないわけじゃない。
浮遊支援機が側面から小型光弾を撃ち込み、一瞬だけ編み込みが緩んだところへ、最後の一閃。
楯ごと腕を断ち切る。
『討伐ポイントを入手しました』
『討伐ポイントを入手しました』
続けて電子音声が鳴る。
ソーンガーディアン二体が落ちたことで、残るソーンソルジャーたちの動きが露骨に雑になった。
やはり統率役がいたらしい。
なら後は、各個撃破だ。
茨の鞭をいなし、関節を断ち、中心部を断つ。
トレントの枝は浮遊支援機の防壁で一拍ずらし、マッシュムーヴの体当たりは踏み台代わりに蹴り返す。
気づけば、俺は本当に息を吐く暇もなく戦い続けていた。
森全体が、少しずつこちらへ敵意を寄せてくる。
木々の間から新しい反応がちらつき、地図の黒い領域はまだまだ広い。
だが、それでも。
「……面白くなってきたじゃねぇか」
荒い呼吸の合間に、そんな言葉が漏れた。
苦しい。
忙しい。
面倒くさい。
けれど、攻略の手応えはある。
森林迷宮は、確かにホームセンターダンジョンより遥かに厄介だ。
だがその分、こっちの強化がどう噛み合うかを試すにはうってつけでもあった。
青いラインを走らせた強化外装が、森の薄明の中で静かに光る。
その周囲を浮遊支援機が巡り、バイザーには反応探知と地図、戦術演算が重なっている。
休む暇はない。
だが、止まる理由もなかった。
俺はさらに奥から現れつつある新たな反応へ向けて、刃を構え直した。
次の瞬間だった。
バイザーの視界いっぱいに、ウィンドウが重なって開いた。
一枚。
二枚。
三枚──いや、そんな数じゃない。
十。
二十。
三十。
数えようとした時点で無意味だと悟るほど、解析ウィンドウが次々と重複表示され、視界の一部を埋め尽くしていく。
「──っ、は?」
思考が一拍遅れる。
嫌な予感が、背筋を冷たく撫でた。
反射的にウィンドウを消去。
視界をクリアにして、その先を見た瞬間──乾いた笑いが漏れた。
「……はは」
視界を埋め尽くす数の、茨のモンスター。
木々の合間。
根の陰。
枝の上。
霧の奥。
そこら中に、いた。
ソーンソルジャー。
ソーンガーディアン。
そして、その後方には複数のソーンソーサラー。
森そのものが、兵士を吐き出したみたいな光景だった。
道なんて最初からなかったのだとでも言うように、前方の空間が全部“敵”で埋まっている。
数十では利かない。下手をすれば百に届く。いや、木立の奥まで含めればもっといるかもしれない。
これは、群れなんてものじゃない。
軍勢だ。
楽しくなってきたってのは前言撤回だ。
「……無理だろ、こんなん」
乾いた声でそう零れる。
勝てる勝てない以前の問題だ。
さっきまでの戦いは、せいぜい部隊規模。
目の前にあるのは、明確に侵入者を磨り潰す物量だった。
その認識と同時に、体がもう結論を出していた。
撤退。
噴出口へ一気にエネルギーを回す。
脚部と背部のノズルが青く光り、地面を蹴るより先に体が上へ持ち上がった。
空へ逃げる。
茨の軍勢が一斉にざわめく。
ソーンソーサラーたちが腕を掲げ、地面と木々の枝葉が不気味に脈動した。
「はっ、付き合ってられるか!」
吐き捨てながら高度を取る。
あれは無理だ。
今の俺がどうこうできる量じゃない。
このダンジョンは、まだ俺には早かったらしい。
バイザー上の地図を展開。
入り口までの最短ルートを青い線が示す。
その瞬間、右脇を何かが掠めた。
「っ!」
茨の槍。
細く、長く、鋼線みたいな硬質さを持つそれが、高速で飛来してきたのだ。
ソーンソーサラーの魔術だろう。一本じゃない。二本、三本、四本。次々と樹上や地上から撃ち上がってくる。
空へ逃げたのは正解だったが、完全な安全圏ではない。
「チッ……!」
高度を上げすぎず、木々の上を滑るように飛ぶ。
上下左右へ不規則に軌道を変え、直線的な狙撃を外す。
浮遊支援機の一基が後方へ回り、薄い防壁を展開。
そこへ茨の槍が二本突き刺さり、光膜を軋ませた。
速い。
しかも追ってくる。
下ではソーンソルジャーやガーディアンの群れが、森を揺らしながら追走していた。
全員が同じ速度ではないが、こちらを見失わないように広がりながらついてきている。
逃げの一手。
それだけを徹底する。
地図を頼りに、木々の切れ目と高低差を縫うように飛び、最短で入り口を目指す。
途中、何度も茨の槍が飛び、枝の壁がせり出し、木の幹ごと道を塞ごうとしてきた。
だが、構っていられない。
最小限の回避だけで抜ける。
そうして数分後──いや、体感ではもっと長く感じたが、とにかく全力で飛び続けた末、ようやく入口が見えた。
「見えた……!」
森と施設の境界。
あの入口さえ抜ければ、一旦は外だ。
だが、その瞬間。
入口を覆うように、茨の壁がせり上がった。
「……は?」
心の中で舌打ちを打つ。
出入口封鎖。
やられた。
ソーンソーサラーの魔術か、それともこの迷宮自体の防衛機構か。ホームセンターダンジョンでは攻略までノンストップだったからな…。
いや、理由はどうでもいい。とにかく逃げ道を塞がれた。
壁は分厚い。
無数の茨が何層にも絡み合い、まるで巨大な堤防のように入口全体を覆っている。
隙間はない。遠回りする時間もない。
後ろからは追っ手。
時折、茨の槍も飛んでくる。
「こじ開けるしかねぇか…!」
左手を入口へ向ける。
今まで温存していた最大出力のエネルギーを、一気に収束させる。
青いラインが脈打つ。
背部ユニットが震える。
バイザーの警告が一瞬点灯するが、無視。
ここで出し惜しみして死ぬよりはマシだ。
「吹き飛べぇぇぇッ!!」
最大出力のエネルギー弾を放つ。
轟光。
入口前の茨壁へ、青白い奔流が真正面から突き刺さる。
衝突と同時に眩い閃光が森の中を焼き、遅れて凄まじい衝撃波が吹き抜けた。
茨の壁が大きく抉れる。
中心部が消し飛び、焼け、裂け、絡み合っていた蔦がちぎれ飛んでいく。
一瞬、穴が開いた。
通れる。
そう思った、次の瞬間。
「……は?」
抉れたはずの茨が、逆再生みたいに蠢いた。
ちぎれた蔦が伸びる。
裂けた部分が這い寄る。
焼け焦げたはずの断面から新しい茨が芽吹き、瞬く間に穴を埋めていく。
修復。
それも、信じられない速度で。
まるで最初から壊れてなどいなかったかのように、入口の壁が再生していく。
「ざけんなよ……!」
思わず悪態が漏れる。
大きく抉れた。
確かに破壊はできている。
だが、それ以上の速度で修復されるなら意味がない。
背後から再び茨の槍が飛来し、横を掠めた。
浮遊支援機の一基が被弾し、バランスを崩しかける。
時間がない。
追っ手も迫っている。
出口は閉ざされた。しかも再生する。
最悪だ。
入口前で急制動をかけながら、俺は歯を食いしばる。
このダンジョンは、思っていた以上に“逃がす気がない”。
ホームセンターダンジョンのような素直な迷宮じゃない。
森林そのものが意思を持って侵入者を捕まえ、追い込み、仕留めるために動いているようだった。
後ろでは、茨の軍勢がもう木々の向こうまで迫っている。
ソーンガーディアンの楯が揺れ、ソーンソルジャーの全身の茨がざわめき、ソーンソーサラーたちの周囲には新たな魔力の光が灯り始めていた。
逃げ道は塞がれた。
追撃は止まらない。
胸の奥が冷える。
だが、同時に思考も冴える。
まだ終わっていない。
茨壁が再生するなら、その再生速度を上回る手段か、あるいは別の突破口を見つけるしかない。
問題は、そのための時間をどう作るかだ。
入口前で旋回しながら、俺は迫り来る茨の軍勢と、逆再生のように蠢く出口とを睨みつけた。
このままでは、確実に押し潰される。
今話獲得機能:無し