BrokenWorld~黒鉄の装着者~   作:半笑いの妖精

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第十六話:初邂逅

 

 森林迷宮からどうにか脱出し、ようやく肺の奥まで空気を入れられた時だった。

 

「……あの」

 

 不意に、人の声がした。

 久しく聞いていなかったそれに、一瞬だけ思考が止まる。

 反射で肩が跳ね、危うく主砲へ手が伸びかけたのを無理矢理抑え込んだ。

 内心ではかなり驚いていた。

 モンスターの唸り声でも、電子音声でもない。間違いなく、人間の声。

 ゆっくりと、声のした方へ顔を向ける。

 そこにいたのは、二十代後半くらいの女性だった。

 痩せすぎてもいないが、今の世界に放り出された人間らしく多少の疲労は見える。

 服は実用重視の動きやすい格好でまとめられており、汚れや擦れ跡はあるものの、致命的に追い詰められている雰囲気ではない。

 そして何より、その表情。

 驚き。

 それに加えて、少しの希望。

 その二つが混ざったような顔をしていた。

 今の世界を思えば、その“希望”だけがわずかに異質だった。

 普通なら他人を見つけても、まず警戒か絶望が先に来る。

 それなのに、彼女の目には“見つけた”という色がある。

 怪しい。

 そう思う。

 だが同時に、久し振りの他人であることも確かだった。

 だからこそ、表には出さない。

 ヘビースーツは既に解除していたが、初期スーツはそのまま。

 バイザー越しに相手の挙動を見ながら、口調だけは柔らかく整える。

 

「……何か御用ですか?」

 

 にこやかに、とまではいかないが、少なくとも敵意は見せない声音を意識する。

 すると彼女は一瞬だけほっとしたように息を吐き、それから慎重に距離を保ったまま口を開いた。

 

「ごめんなさい、急に声をかけて。……その、あなたがあの森の中に入っていくのを見たんです」

 

 森林迷宮の方へちらりと目をやる。

 続けて、俺の全身を確認するように視線を滑らせた。

 

「それで……出てきたから。しかも無事で」

 

 言葉の最後に、驚きが強く混じる。

 無理もない。

 あの茨の軍勢を見た上で、出口をこじ開けて帰ってきたのだ。まともな感覚なら、化け物扱いされてもおかしくない。

 

「仲間が……能力者が一人、あの中に入っていったんです。でも、帰ってこなくて」

 

 その一言で、彼女がなぜここにいたのかが少しだけ見えた。

 見張っていたのか。

 待っていたのか。

 あるいは、助けを求める誰かを探していたのか。

 どちらにせよ、森林迷宮の近くに人間がいる理由としては十分だった。

 

「私は、戦闘向きじゃない能力で……今は拠点で難民の保護をしてます」

 

 そこまで言って、彼女は少しだけ口をつぐむ。

 言いすぎたとでも思ったのか、あるいはこっちの反応を探っているのか。

 難民の保護。

 拠点。

 能力者。

 かなり大きい情報だ。

 だが、それをそのまま信用するほど俺も甘くはない。

 

「なるほど…」

 

 曖昧に相槌を打つ。

 嘘ではないかもしれない。

 だが、全部本当とも限らない。

 今の時代、人間相手だからといって無条件で信用するのは自殺行為だ。

 それでも、気になる単語はあった。

 

「戦闘向きじゃない能力っていうのは?」

 

 できるだけ軽く聞く。

 すると彼女は一瞬だけ視線を泳がせた。

 明らかに躊躇いがある。

 

「……詳しくは、ちょっと」

 

 やはり、そこはぼかされた。

 当然と言えば当然だ。こっちだって初対面に能力の手の内を全部晒す気はない。

 だが、続けて出た言葉に、内心で眉が動いた。

 

「でも、食料をどうにかできる能力です」

 

「……食料?」

 

「はい。量とか効率とか、色々制限はありますけど……少なくとも、何もないところからある程度は」

 

 喉から手が出るほど欲しい能力だった。

 表面上は変えない。

 だが、内心ではかなり大きく反応していた。

 食料。

 この終わった世界で、それをどうにかできる能力。

 それだけで価値が跳ね上がる。戦闘力以上に、人を囲える力だ。

 難民保護という話も、そこだけ切り取れば筋は通る。

 食料を供給できるなら、人は集まる。能力者拠点の核にもなり得る。

 危険でもある。

 その能力を持つ人間は、狙われる。

 

「……それはすごい能力ですね」

 

 なるべく素直に聞こえるよう返す。

 半分は本音だった。

 彼女は少しだけ困ったように笑った。

 

「便利ではあります。……でも、そのせいで色々ありますけど」

 

 色々。

 その一言の中に、人が集まる苦労も、守る難しさも、奪われる危険も全部入っていそうだった。

 そこで今度は、彼女の方から俺を見る。

 

「あなたも……能力者、ですよね?」

 

 まあ、そうなる。

 森林迷宮に入って、生きて帰ってくる。

 普通の人間扱いする方が無理だ。

 だが、こっちも全部を話す気はない。

 

「ええ、見ての通り」

 

「どんな能力なんですか?」

 

 まっすぐ来た。

 だからこちらも、まっすぐには返さない。

 

「見たまんまの戦闘向きな能力ですよ」

 

 それだけ言って、一拍置く。

 彼女の反応を見ながら、もう少しだけ情報を足した。

 

「そうですね…街に出る大鬼型のモンスター。オーガって言うですけど。…あれを倒せる程度ですかね」

 

 完全な嘘ではない。

 むしろ控えめなくらいだ。

 詳細は伏せている。

 見た目からしてパワードスーツやこのヘビースーツに関しては無理だろうが、収納機能、迷宮核については全部伏せたまま。

 

 能力の輪郭だけを渡す。

 

 それを聞いた彼女の表情が、わずかに変わった。

 驚き。

 次いで、明確な安堵。

 そして、ほんの少しの計算。

 今の一言で、俺がただの雑魚能力者ではないと理解したのだろう。

 同時に、自分の拠点にとって有用かもしれないとも思ったはずだ。

 そういう顔だった。

 

「……あのモンスターを?」

 

「ええ、何度か」

 

 わざと軽めに言う。

 実際には二体まとめて首を飛ばしている。だが、そこまでは言わない。

 沈黙が一瞬落ちる。

 夜風が吹き、森林迷宮の入口からはまだ微かに草と土の匂いが流れてきていた。

 目の前の女は敵意を見せていない。

 だが、警戒が消えたわけでもない。

 向こうも同じだろう。

 互いに能力者。

 互いに手の内を隠している。

 それでも、今の世界では人間と会話できるというだけで大きい。

 特に、拠点と食料の話が絡むなら尚更だ。

 彼女は口を開きかけて、少しだけ迷うような顔をした。

 それから、慎重に言葉を選ぶように続ける。

 

「……あの。もし、良ければなんですけど」

 

 恐らくは勧誘か。

 同行の提案か。

 少なくともそれに近い話だろう。

 バイザーの内側で、俺は静かに目を細めた。

 久し振りの他人。

 食料をどうにかできる能力者。

 難民を抱えた拠点。

 魅力はある。

 だが、怪しさも十分ある。

 それでも話を聞く価値くらいはあるだろう。

 

「……ちょっと失礼」 

 

 彼女の言葉の続きが出る前に一言そう前置いてヘビースーツの解除を念じる。

 会話を続けるにしても、このままじゃ少し具合が悪い。

 ヘビースーツを纏った状態の俺は、もはや人型兵器そのものだ。

 装甲は分厚く、輪郭は一回りどころか二回り近く膨れ、両腕や背部の追加武装も相まって圧が強すぎる。

 しかも、目の前の女性との頭身差があまりにもひどい。

 威圧するつもりがなくても、これでは話し合いというより脅しになってしまう。

 

 重厚な追加装甲が光の粒子へと分解され、肩のミサイルポッドが、両腕の大型砲が、脚部のポッド群が順に消えていく。

 スラスターの重みが抜け、輪郭がすっと細くなった。

 残るのは、いつものスーツを装着した俺。

 それでも十分に異様な見た目だが、さっきまでの戦場からそのまま歩いてきた重武装要塞よりはだいぶマシだ。

 背中側の重みが消えたところで、軽く肩を回す。

 ついでにバイザーの隅へ目をやり、ヘビースーツの改善点を軽く考える。

 

 エネルギー残量は、やはり気になる数字だった。

 森林迷宮からの突破でだいぶ使った。

 ヘビースーツの主砲、ミサイル、脚部マイクロミサイル。それに飛行と回避。

 回復を強化したとはいえ、さすがに無限じゃない。

 今すぐ枯渇するほどではない。

 だが、このまま無駄に消耗したくもない。

 そして、ポイント。

 茨の軍勢を倒して手に入った、かなりの額。

 本来だったら今すぐ機能増設画面を開いて、さらに強化へ回したいところだ。

 装甲を上げるか。

 噴射出力を伸ばすか。

 あるいはヘビースーツ関連の派生を取るか。

 考えるだけで選択肢はいくらでも出てくる。

 と、つい考え込んでしまった。

 今はこの女性との会話が優先だな。

 強化は後でできるんだし。

 

 目の前のこの女性との話は、今この瞬間の判断が重要だ。

 食料をどうにかできる能力者。

 難民を抱えた拠点。

 そして、俺が森林迷宮から帰ってきたことを見て声を掛けてきた相手。

 無視するには情報価値が高すぎる。

 ヘビースーツを解除して輪郭が落ち着いた俺を見て、彼女の肩からも少しだけ力が抜けたのが分かった。

 やはり、さっきの姿はだいぶ威圧感があったらしい。

 

「さて、改めてお話をどうぞ」

 

 できるだけ穏やかな口調でそう言う。

 もちろん、警戒は解かない。

 解除したのはヘビースーツだけで、初期外装はそのままだ。浮遊支援機も待機状態へ戻しただけで、すぐに動かせる。

 それでも、少なくとも話すつもりがあるという姿勢くらいは見せておく価値がある。

 彼女は一瞬だけ目を丸くして、それから少しほっとしたように頷いた。

 

「ありがとうございます。……でもその、できれば落ち着いて話せる場所で」

 

 ほう、そう来るか。

 拠点へ誘う。

 あるいは、その近くへ。

 表情は柔らかい。声色も敵意はない。

 だが、だからといって丸ごと信用する理由にはならない。

 むしろ、こういう時こそ慎重になるべきだ。

 

「…場所というのはどちらに?」

 

「えぇと、近く……ではないですけど、ここからそう遠くはないです」

 

 曖昧な言い方。

 だが、いきなり全部の位置情報を晒す気がないのは向こうも同じらしい。そこはむしろ自然だった。

 俺は少しだけ考える。

 今の俺は、拠点を失った直後。

 移動続きで消耗している。

 エネルギー残量も万全ではない。

 けれど、相手が本当に食料供給系の能力者で、しかも難民保護をしている拠点持ちなら、接触する価値は大きい。

 少なくとも、今後の行動方針に関わる。

 

「一応聞きますけど」

 

 そこで一歩だけ踏み込む。

 

「その拠点、戦える能力者は何人います?」

 

 まぁ、森林迷宮から帰還した能力者が居ないらしいし、それなら襲い掛かられたとして対処は出来るだろう。エネルギー残量が心許ないとは言えヘビースーツもまだ動くしな。

 

 彼女は少しだけ目を伏せ、それから観念したように口を開いた。

 

「多くはないです。何人かはいますけど……強い人は、減りました」

 

 減った。

 その一言に、今の世界の重さが滲んでいた。

 あの森林迷宮へ入って帰らなかった仲間も、その一人なのだろう。

 あるいは、それ以外にも何人も失っているのかもしれない。

 追及はしない。さすがに酷だろう。

 

「そう、ですか…」

 

 そう答えつつも、内心ではいくつかの線を引いていく。

 ついていくにしても、丸腰では行かない。

 ルートは地図に刻む。

 途中でおかしな動きがあれば即座に離脱。

 拠点を見せてもらうにしても、入口から先の出入り口、人数、武装、退路は全部確認する。

 久し振りの他人だからこそ、慎重に。

 

「分かりました。話を聞きたいので案内をお願いしても?」

 

 そう言うと、彼女はほっと息をついた。

 その顔には、まだ警戒も残っている。

 だが、同時に希望も確かにあった。

 この終わった世界で、人が人へ希望を向ける。

 それ自体が、少し不思議だった。

 俺はバイザーの表示を最小限へ整理し、残エネルギーと戦術演算だけはすぐ見える位置に残す。

 ポイントの使い道を考えるのは後だ。強化も後回し。

 今はまず、この女性が何者で、どんな拠点を持ち、そこにどんな価値と危険があるのかを見極める。

 それが先決だった。

 




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