BrokenWorld~黒鉄の装着者~   作:半笑いの妖精

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第十七話:案内

 

  案内されるまま歩き出してしばらくしてから、ようやく互いに簡単な自己紹介を交わした。

 とはいっても、本当に表面だけだ。

 俺は田村勇二(たむらゆうじ)という名前とフリーターであった事だけ。

 向こうも名前と、今は難民を抱えた拠点の世話をしているという程度。

 能力の詳細も、拠点の規模も、どこまで信用していいのか分からない話ばかりだ。

 それでも、完全な無言よりはマシだった。

 当たり障りのない会話を続けながら、俺は女性──葛西美香というらしい──の少し後ろをついていく。

 距離は詰めすぎず、離れすぎず。

 いつでも全体を見渡せる位置を意識した。

 葛西さんは道をよく知っているようだった。

 壊れた車道を避け、見通しの悪い路地を避け、モンスターの気配が濃い方向を自然に外していく。

 単に勘がいいのか、それとも慣れているのか。

 たぶん、後者だろう。

 

「この辺り、結構危なそうですね」

 

 表面上は軽くそう振ると、葛西さんは苦笑した。

 

「危なくない場所の方が少ないです。最近は少しずつ、強いのも増えてきてる気がしますし」

 

「……そうですね」

 

 それは本当にそうだ。

 B級同士の怪獣大戦争なんてものまで見た後だと、もう何が出てもおかしくない気がしてくる。

 そうして話しながら進んでいた時、横手の民家跡からゴブリンが飛び出してきた。

 続けて、電柱の影からニードルマンも一体。

 反射的に腰を落とし、手を武器生成へかける。

 助ける必要があるかと葛西さんの方へ視線を向けた、その瞬間だった。

 

「そのままで大丈夫です」

 

 落ち着いた声。

 次の瞬間、彼女の足元から植物の蔓のようなものが複数、生え上がった。

 

「……っ?」

 

 細い。

 だが、ただの蔓じゃない。

 節ごとに硬質な膨らみがあり、その先端がわずかに開く。

 まるで植物と銃口を無理矢理混ぜたような、不自然な構造だった。

 そしてそこから、弾丸のような何かが射出される。

 パンッ、と乾いた破裂音。

 空気を裂いて飛んだ種子めいた弾体が、ゴブリンの眉間へ突き刺さった。

 続けざまにもう一発。ニードルマンの頭部を正確に撃ち抜く。

 どちらも、あっけないほど簡単に崩れ落ちた。

 

 俺は少しだけ目を細めた。

 戦闘能力は低い。

 彼女は自分でそう言っていた。

 だが、今のはどう見ても何もできない支援要員の動きじゃない。

 近距離戦には不向きなのかもしれない。正面から殴り合う能力ではないのかもしれない。

 それでも、少なくとも自衛ができないレベルではない。

 

「……それ便利そうですね」

 

 あえて軽めに言う。

 葛西さんは少しだけ視線を逸らしながら肩をすくめた。

 

「これくらいしかできないですけどね。大鬼…オーガでしたっけ、あんなのと正面から戦えるような能力じゃないですし」

 

 謙遜だな、と内心で思う。

 いや、本人基準では本当にそうなのかもしれない。

 オーガやダンジョンのボスみたいな上位相手には通じない、と言いたいのだろう。

 だが、少なくともゴブリンやニードルマン程度を難なく処理できる時点で、十分に戦闘向きの枠へ片足を突っ込んでいるだろう。

 

 いや、考えてみれば当然か。

 

 食料を供給する最重要人物が、護衛もつけずに危険だと分かっているダンジョン近くまで来られるわけがない。

 最低限どころか、ある程度の自衛力を持っていて当然だ。

 そして今の一幕は、単なる実力行使以上の意味を持っていた気がする。

 自分の有用さを見せる。

 こちらに侮らせない。

 必要なら自分も戦えると分からせる。

 たぶん、示威も含んでいる。

 それは悪いことじゃない。

 むしろ、初対面同士なら自然なやり方だった。

 

「なるほど」

 

 それ以上は追及せず、俺も軽く流す。

 向こうが能力の一端だけ見せたように、こっちも踏み込みすぎない。

 その距離感のまま、俺たちはまた歩き出した。

 その後も、数回モンスターに襲われた。

 二体のゴブリン。

 背の高い茂みからはヒルクライム。

 さらに、夜道を徘徊していたディム・スライムまで混ざる。

 だが、そのたびに葛西さんは足元から植物を展開し、正確な射撃で敵を処理していく。

 しかし俺が手を出すまでもない場面も多かった。

 

 数が増えれば俺も前へ出て、近づく前に片付ける。

 彼女が後ろから撃ち、俺が前を掃く。そんな形が自然にできていた。

 それがまた、妙にやりやすかった。

 連携というほど大袈裟じゃない。

 だが、最低限足を引っ張らない程度には噛み合っている。

 そうして複数回の襲撃を乗り越えた末、案内された先にあったのは公民館だった。

 

「……公民館?」

 

 思わずそのまま口に出る。

 建物は、いかにも地域の集会所といった感じの平たい造りだ。

 派手さはない。だが、意外なほどしっかりしている。

 外壁の損傷は比較的少ない。

 窓には内側から板や家具で補強した痕跡があり、出入口周りも簡易ながらバリケードが組まれている。

 発電機でも動かしているのか、はたまたそういう能力者か、完全な暗闇ではなく、内部から微かな灯りが漏れていた。

 

 この世界にしては、整備されてる。

 

 口に出さずに内心そう呟く。

 

 少なくとも、俺がこれまで見てきたボロアパートや廃ビルよりはずっと人が住んでいる場所だった。

 そして、見張りもいる。

 ガラスドアの両脇に、簡素な装備を纏った若い男女が立っていた。

 防具と呼べるほど立派なものではない。スポーツ用のプロテクターや金属板を流用したような即席装備だ。

 それでも、金属バットや手製の槍なんかの武器はきちんと持っているし、立ち方にも最低限の警戒が見える。

 難民拠点という話は少なくとも嘘ではなさそうだった。

 俺たちに気づいた男の方が、すぐに表情を緩めて声を掛けてくる。

 

「葛西さん!お帰りなさい。無事で──」

 

 そこで、俺に気づいたらしい。

 声が少し止まり、視線に緊張が混ざる。

 当然だ。見知らぬスーツ姿の男を夜中に連れて帰ってきたのだから。

 その反応を横目に見ながら、俺は静かに周囲を観察した。

 入口の構造。

 退路。

 見張りの練度。

 内部の人数の気配。

 公民館という建物の特性上、ホールや会議室があるはずだ。難民を入れるには悪くないが、防衛には工夫がいる。

 情報は多い。

 だが、少なくともひとつだけは確かだった。

 ここは、今まで俺が拠点にしてきた場所とは違う。

 人がいて、見張りがいて、役割分担がありそうな“集団の拠点”だ。

 葛西さんは男へ向かって軽く手を挙げる。

 

「ただいま。それと……少し話したい人を連れてきたの」

 

 その言葉と共に、若い男の視線が改めて俺へ向けられた。

 警戒。

 好奇心。

 そして、品定めするような色。

 公民館の前で、俺は静かに息を整えた。

 ここから先は、モンスターとの戦いとはまた別の意味で気を張る必要がありそうだった。

 

 見張りの男女ともその場で軽く自己紹介を交わした。

 男の方は杉原匠(すぎはらたくみ)。歳は22とのこと。

 体格はガッチリとしていて、聞くと元々ラグビー部だったらしい。

 女の方は斎藤亜希菜(さいとうあきな)。歳は19歳。実年齢よりも若く見え、正直高校生…いや、中学生ぐらいにしか見えない。警戒心が強そうな子だった。

 

 どちらも能力者かどうかまでは分からないが、夜間の見張りを任されている以上は少なくとも何もできない避難民ではなさそうだった。

 俺も名前と経歴だけを名乗り、能力はぼかす。

 向こうもそこを深掘りする気はないらしく、表面上は物腰柔らかく、だがきちんと警戒は残したままという応対だった。

 

「立ち話もなんですし、こちらへどうぞ」

 

 そう言われ、公民館の中へ通される。

 ガラスドアの内側には、想像していた以上に生活の跡があった。

 廊下の端には畳んだ毛布。

 壁際には水の入ったポリタンクや段ボール。

 掲示板には手書きの当番表らしき紙が貼られている。

 薄暗いながらも最低限の照明が点いており、外の終わった世界とは別に、ここだけはまだ人間の生活圏が続いているように見えた。

 だが、その空気は決して明るくない。

 静かだ。

 時刻が時刻というのもあるのだろうが、話し声はほとんどなく、どこか遠慮がちな物音だけが奥から微かに聞こえてくる。

 葛西さんが小声で言う。

 

「この時間は、基本要員は寝てます。見張りと夜番だけ起きてる感じですね」

 

「なるほど」

 

 そりゃそうか。

 この世界でまともに回すなら、睡眠と警戒の当番は必須だ。むしろその辺りをちゃんとやっているだけ、ここの統率はかなりまともだと言える。

 案内されたのは、応接室だった。

 元々は地域の来客対応か会議用に使っていた部屋なのだろう。

 ソファとローテーブルが置かれ、壁際には棚。窓は内側から板で補強されているが、部屋そのものは比較的綺麗に保たれている。

 

「失礼します」

 

 とりあえず腰を下ろす。

 もちろん、完全に脱力はしない。座る位置も、入口と窓の両方が視界に入る場所を無意識に選んでいた。

 葛西さんも向かいへ座り、一緒に着いてきてくれていた見張りの杉原君が扉の側に控える。

 しばらくして戻ってきた時には、湯気の立つマグカップを二つ持っていた。

 

「白湯ですけど」

 

「……十分です」

 

 本音だった。

 こうして人が淹れた温かいものを受け取るのが、妙に久し振りな気がした。

 バイザーを一時的に解除して口元を出し、慎重に一口飲む。

 温かい。

 ただそれだけのはずなのに、張っていた神経が少しだけ緩む。

 

「お疲れでしょうし、今日はもう休んでからでもいいんですけど」

 

 葛西さんがそう切り出す。

 気遣いか、それとも今のうちに印象を良くしておきたいのか。

 たぶん両方だろう。

 

「いや、大丈夫です。こういう話は先にした方がいい」

 

 俺がそう返すと、葛西さんは小さく頷いた。

 その後、二、三言だけ世間話めいたものを挟む。

 この辺りも最近は危険なモンスターが増えていること。

 夜中に遠くでとんでもない音がしていたこと。

 物資集めが日に日に厳しくなっていること。

 当たり障りのない内容だ。

 だが、そういう薄い会話の中でも分かることはある。

 葛西さんは人当たりが柔らかい。

 杉原君は口数こそ少ないが、こちらの一挙一動をよく見ている。

 そしてこの拠点は、少なくとも話の通じる人間だけで回っている場所ではありそうだった。

 その確認が取れたところで、空気が少しだけ変わる。

 葛西さんがマグカップをテーブルへ置き、改めてこちらを見た。

 杉原君も壁際で腕を組みつつ、明らかに聞き手の姿勢へ入る。

 いよいよ本題、というわけだ。

 

「……それでは、改めて」

 

 葛西さんが静かに口を開く。

 

「田村さんに声を掛けた理由から話します」

 

 俺は軽く頷いた。

 向こうが何を求めているのか。

 この拠点がどんな状況なのか。

 そして、俺にとってここが利用価値のある場所なのか、それとも関わるべきでない厄介事なのか。

 それを見極める時間が、ようやく始まろうとしていた。

 




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