BrokenWorld~黒鉄の装着者~   作:半笑いの妖精

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第十八話:交渉

 

 葛西さんは一度だけ呼吸を整えると、感情を抑えるように静かな口調で話し始めた。

 

「まずはこの避難所の現状から話していきますね」

 

 俺は黙って頷く。

 杉原も壁際で姿勢を崩さず、視線だけを葛西さんへ向けていた。 

 

「今、この公民館で生活しているのは全部で二十七人です」

 

「二十七……」

 

 思っていたより多い。

 公民館という規模を考えれば、詰め込めなくはない。

 だが、食料、水、寝場所、見張り、衛生、全部を考えるとかなり重い人数だ。

 葛西さんは続ける。

 

「元々は八人から始まった集団でした。近場で生き残った人たちが集まって、ここを拠点にして……最初の頃は、それで何とか回ってたんです」

 

 八人。

 そのくらいなら、意思疎通も統率もまだしやすいだろう。

 だが避難民が増えれば話は変わる。

 

「でも、時間が経つにつれて避難してくる人が増えました。助けを求めて来る人を、全部追い返せるような状況でもなくて……気づいたら、三十人を越えていました」

 

 苦笑めいたものが口元に浮かぶ。

 だが、その中身はたぶん笑いではない。

 人が増える。

 それ自体は悪いことじゃない。

 だがこの世界では守る人数がそのまま重荷になる。

 

「食料や物資の問題が、大きくなった」

 

 そう言うと、葛西さんは小さく頷いた。

 

「はい。私の能力である程度は補えます。でも、人数が増えると限界が見えてきます。水も、医薬品も、寝具も、全部足りない。ここも公民館だから、ずっと大人数で暮らすには限界があって……」

 

 やはりそうか。

 食料をどうにかできる能力は強い。

 だが、それだけで二十四人を長期的に支えるのは無理があるのだろう。

 しかもある程度という言い方からして、万能じゃない。

 

「もっとゆとりのある所に移ろうと、新拠点を探すことになったんです」

 

 話が、核心へ近づいていく。

 

「それで、あの森林迷宮ですか」

 

「……はい」

 

 葛西さんの表情が少し硬くなる。

 

「あの施設の周辺は、他と比べて状態が良かったんです。外から見た限りでは、まだ使えそうに見えた。もちろん危険なのは分かってました。でも、人数が増えた避難所を支えるには、もう少し広くて、物資も期待できる場所が必要で……」

 

 そこで迷宮化を知り、探索隊を出した。

 そういう流れなのだろう。

 

「探索隊は何人で?」

 

「六人です」

 

 少なくない。

 むしろこの規模の避難所にとっては、かなり思い切った人数だ。

 

「戦える人を中心に出しました。私は止めたんですけど……」

 

 その声音に、少しだけ個人的な感情が混ざる。

 止めたのに行った。

 そして、帰ってこなかった。

 重い空気が落ちる。

 

「その中にはリーダー的な人も?」

 

「はい」

 

 葛西さんはゆっくり頷く。

 

「西上彰(にしがみあきら)。ここをまとめていた人です」

 

 名前を聞きながら、頭の中で組み立てる。

 八人から始まった集団。増えた避難民。公民館の維持。見張りと当番の仕組み。

 その全部を回していた中心人物が、その探索隊に参加し、戻っていない。

 それは、この避難所にとってかなり深刻な損失のはずだ。

 

「西上さんはこの避難所で一番強かったんです」

 

 葛西さんの言葉に、杉原がわずかに視線を落とす。

 たぶん、それはこの場にいる全員の共通認識なのだろう。

 

「オーガなら余裕で討伐していました」

 

 余裕で。

 その表現に、少しだけ興味が動く。

 オーガを倒せる、ではなく。

 余裕で倒せる。

 それなりの上位能力者だ。

 

「どんな能力だったんですか?」

 

 自然な調子で聞く。

 だが、内心ではかなり重要視していた。

 森林迷宮へ入って戻らなかった男。

 その強さがどの程度だったかで、あのダンジョンの危険度の見積もりも変わる。

 葛西さんは少しだけ迷ってから、答えた。

 

「鎧騎士を複数召喚できる能力、です」

 

「鎧騎士」

 

「はい。全身鎧を着た騎士みたいな召喚体を何体も出せて、それぞれがちゃんと戦うんです。前衛にも壁にもなって……西上さん本人も、その後ろから指示を出したり、自分でも戦えたりして」

 

 なるほど。

 単純に強いだけじゃない。

 数を出せるタイプ。しかも前衛を複数展開できるなら、集団戦や防衛戦に向いている。

 避難所のリーダーとしても、確かに理にかなった能力だ。

 壁を作れて、戦力を並べられて、守る人数が多い場面で強い。

 

「それでオーガを余裕で、か」

 

「はい。少なくとも、私たちから見たら……あの人が負けるところなんて想像できませんでした」

 

 葛西さんはそう言って、ほんの少しだけ視線を伏せた。

 その言葉が本当なら、森林迷宮はやはりかなり危険だ。

 今の俺が見た茨の軍勢を思い返せば納得はできる。

 西上彰。

 複数の鎧騎士を召喚できる能力者。オーガを余裕で討伐可能。

 そんな男ですら戻らなかった。

 つまり、探索隊はただ迷ったとか手こずったとか、そういう段階ではない可能性が高い。

 

「……その、西上さんらが迷宮に入ったのは、いつ頃です?」

 

「三日前です」

 

 三日か……。

 

 正直生存は絶望的だろう。ヘビースーツを得た今の俺ですらあの迷宮で3日過ごすのは厳しいと言わざるを得ない。

 西上の能力を直接見ていないからなんとも言えないが…中々確率の低い話な気がする。

 

 とは言え、もしかしたら奥の手でまだ生きている可能性もある。閉じ込められていたり、動けない状況にいるだけの可能性もなくはないだろう。

 それでも、状況は相当悪い。

 

「それで、私に声を掛けたと」

 

「……はい」

 

 葛西さんがようやく真正面から俺を見る。

 

「あなたがあの森林迷宮に入って、帰ってきたからです」

 

 まっすぐな理由だった。

 分かりやすい。

 そして重い。

 

「助けに行って欲しい。そういう事ですね」

 

 確認のために口にする。

 葛西さんはすぐには答えなかった。

 代わりに、一度だけ両手を握って、それから静かに言う。

 

「正直に言えば、そうです」

 

 杉原も、横で何も言わずにこちらを見ている。

 敵意はない。

 だが、期待と緊張はある。

 この避難所の二十四人。

 増えた難民。

 食料能力者。

 そして、帰らない探索隊と失われたリーダー。

 ようやく、話の輪郭がはっきりしてきた。

 俺はマグカップの残りを一口だけ飲んで、静かに息を吐く。

 森林迷宮は、さっき自分で逃げ帰ってきたばかりだ。

 茨の軍勢。塞がる出口。重武装群でようやく突破。

 あれを思えば、軽々しく頷ける話ではない。

 だが同時に、俺しか知らない情報もある。

 あの迷宮の入口構造。内部の敵傾向。危険度。

 それらを、この公民館の連中は持っていない。

 

 そして何より──

 

 西上彰という能力者がどこまで潜り、どこで消えたか。

 それがもし迷宮核や追加兵装級の何かに繋がるなら、無視もしづらい。

 俺は葛西さんを見返しながら、次に何を聞くべきかを頭の中で整理していった。

 

 少しだけ間を置いてから、俺は口を開いた。

 

「……あの迷宮に行くこと自体は、吝かではないです」

 

 その一言に、葛西さんの表情がわずかに動く。

 安堵しかけたのが分かった。だからこそ、そのまま続ける。

 

「ただし、その前にいくつか整理しておきたい」

 

 声の温度を少し落とす。

 

「まず、自分だけが動くのはあまりにメリットが薄い」 

 

 杉原の眉がわずかに寄る。

 だが、構わず言葉を重ねる。

 

「俺があの迷宮に入って探索隊を探し、生きてたら助け、死んでたら確認して、場合によっては奥まで踏み込む。そこまでやるならこっちにも相応の理由と見返りが必要になる事はご理解下さい」

 

 冷たく聞こえる言い方だとは分かっている。

 だが、ここを曖昧にしてはいけない。

 善意だけでダンジョンに潜るほど、今の世界は甘くない。

 特にあの森林迷宮は、さっき自分が死にかけてやっと這い出てきた場所だ。

 

「……それは、そうですね」

 

 葛西さんはすぐには否定しなかった。

 むしろ、覚悟していた返事のようにも見える。

 俺は頷く。

 

「それと、これは酷な話になりますけど」

 

 一拍置く。

 

「リーダーと探索隊の生存は、かなり絶望的だと思ってください」

 

 部屋の空気が、はっきりと変わった。

 杉原がわずかに身じろぎする。

 葛西さんの指先が、膝の上で小さく強張った。

 それでも、言わなければならない。

 

「三日前に入って戻ってない時点で厳しい、っていう一般論もあります。でも、それ以上に問題なのは、迷宮の中身です」

 

 俺は見たものを、そのまま言葉に変えていく。

 

「入口近くの時点で、木に擬態したトレントや、数で押してくる茸型のモンスターが出ます。そこまではまだいい。厄介ではあるけど、話に聞く鎧騎士の能力なら対処は可能でしょう」

 

 葛西さんたちは黙って聞いている。

 だから、さらに踏み込む。

 

「問題はその先です。奥へ進むと、茨でできたモンスターが出る」

 

 頭の中で、あの光景が蘇る。

 森を埋めた茨の兵士。楯持ち。魔術師。

 

「ソーンソルジャー。C級…オーガがC-に位置するモンスターですのでオーガよりも強いモンスターですね。全身が鋼鉄ワイヤー級の茨でできた兵士です。普通の人間なら触れるだけでも深い切り傷ができる事になりますね。

 ソーンガーディアン。C+級…今の兵士よりも強く厄介な相手です。体よりも強固な茨でできた大楯を持った守護者です。前衛で壁を作り攻撃を防いできます。

 ソーンソーサラー。C+級。植物系魔術…と言えば良いでしょうか…。地面から茨の槍を生やして投擲したり茨の壁を作ってきたりします」

 

 杉原が息を呑む音が、小さく聞こえた。

 

「それが単体とか数体の話じゃない」

 

 そこで少し言葉を切る。

 

「視界一面を埋め尽くす数がいました。群れとか部隊とか、そういうレベルじゃない。軍勢です」

 

 残ポイントから雑に逆算しても100体は下らない数がいたのだ、

 

 今度は、はっきりと沈黙が落ちた。

 葛西さんの顔から、希望に近い色が少しだけ引いていくのが見えた。

 それでも彼女は、目を逸らさない。

 

「俺はあの軍勢に追われて、出口まで逃げました。しかし出口は茨の壁で塞がれてた。壊しても壊しても再生する壁です」

 

「……そんな」

 

 葛西さんの声は、掠れていた。

 

「そこで私はかなり無茶をしました。新しく取った能力の一つ…葛西さんと最初に会った時のアレですね。アレで軍勢ごと茨の壁を吹き飛ばして、ようやく脱出が叶った、というわけです」

 

 そこまでは、まだぼかしている。

 ヘビースーツの詳細までは出さない。

 だが、普通のやり方では無理だったことは伝わるはずだ。 

 

「だから、正直に言います」

 

 俺は二人を順に見た。

 

「西上彰って人が、オーガを余裕で倒せる能力者だったとしても、あの迷宮の中で軍勢に捕まってるなら、生存率はかなり低い。三日経ってるならなおさらです」

 

 杉原が口を開きかけ、だが何も言わずに閉じた。

 感情としては反発もあるだろう。

 リーダーを、仲間を、他人にもう無理だと切り捨てられているように感じるはずだ。

 だから、少しだけ言い方を緩める。

 

「ゼロとまでは言いませんが…」

 

 それは本当だ。

 ダンジョン内で閉じ込められているだけ、負傷して潜伏しているだけ、その可能性も理屈の上ではある。

 

「でも、期待値だけで動ける状況でもない。俺が行くなら、救助というより確認及び回収を含めたものになると思ってください」

 

 葛西さんは、しばらく黙っていた。

 視線を落とし、両手を組んだまま何かを整理しているようだった。

 その沈黙の間に、俺はさらに言う。

 

「それでも行く気はあります」

 

 二人が同時に顔を上げる。

 

「ただし最初に言った通り、俺だけがあの迷宮に入るのはメリットが薄い。こっちが命を懸けるなら、そちらも同価値の情報、物資、今後の関係を含め、なんでも良いのでちゃんとしたご提示をお願いします」

 

 これが本題だった。

 善人ぶるつもりはない。

 だが見捨てるともまだ言っていない。

 

「今の話を聞いて、もしまだ私に頼むというのであれば確認したいことがあります」

 

 俺はマグカップをテーブルへ置き、少し前へ身を乗り出した。

 

「西上さんたち探索隊の構成。能力者が何人いたか。装備は何を持っていったか。最後に連絡が取れたなら、その時どこまで進んでたか。

 それから、ここの避難所が今後どうしたいのか。私を一時的な戦力として欲しいのか、それとも継続的な協力関係を考えてるのか等々…お聞かせ願いたいです」

 

 葛西さんはゆっくりと頷いた。

 ショックは受けている。

 だが、話を切り替える理性はまだある。

 

「……分かりました」

 

 声は静かだった。

 それでも、さっきより少しだけ硬い芯がある。

 

「聞かれたことには、できるだけ答えます」

 

 杉原もそこで初めて口を開く。

 

「こちらもタダで助けてもらえるとは思ってません」

 

 短いが、はっきりした言い方だった。

 

「……ただ、もし本当に行ってくれるならできることはやります」

 

 俺は小さく頷く。

 少なくとも、感情だけで無理を押し通そうとする相手ではなさそうだった。

 それなら、まだ話はできる。

 部屋の空気は重い。

 探索隊の生存が絶望的だと告げられた直後なのだから当然だ。

 そんな重い空気の中、交渉は続く。

 




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