BrokenWorld~黒鉄の装着者~   作:半笑いの妖精

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第十九話:成功報酬

 

 こちらの要求は、最初から決まっていた。

 食料。

 金も地位も、今の世界では意味が薄い。

 拠点も、その気になればまた探して作れる。

 だが、食料を安定して得られる手段だけは別だ。

 特に葛西さんの能力が本当に食料をどうにかできる類なら、その価値は計り知れない。

 

「こちらの要求は、やはり食料です」

 

 俺ははっきりそう告げた。

 

「依頼の報酬としていただきたい。探索隊の確認でも救助でも、俺が動く対価として。葛西さんが提示可能なものの中で、一番実用的なのはそこだと思ってます」

 

 葛西さんは小さく頷いた。

 やはりそこを求められるか、という顔だった。

 杉原も横で小さく息を吐く。

 この避難所にとっても、食料は一番重い資源なのだろう。

 だから俺はさらに言葉を足す。

 

「もちろん、無理な量を最初から、という話ではありません。この避難所の維持が崩れたら意味がない」

 

「なので量については後で詰めるとして、少なくとも報酬として提示できるものの種類については、きちんと知っておきたい」

 

 少し間を置いて、問いをまっすぐ返す。

 

「報酬として何を出せるのか、具体的に教えていただけますか?」

 

 部屋が静かになる。

 葛西さんはすぐには答えなかった。

 膝の上で組んだ指先が、わずかに強くなる。

 逡巡しているのが分かった。

 能力の詳細はぼかしていたのだ。悩んで当然だろう。自分の命綱について、まだ関係の薄い相手にベラベラ喋る者は居ない。

 やがて、彼女はゆっくりと顔を上げた。

 

「……分かりました」

 

 その声は静かだったが、腹を括った響きがあった。 

 

「私の能力は──」

 

 そう言って、葛西さんは自分の能力名を口にする。

 

「【暁に輝く豊穣の女神《ア・ドーン・オブ・デメテル》】」

 

 名前の時点で、かなりそれっぽい。

 だが、肝心なのは中身だ。

 葛西さんは一つずつ、簡潔に説明していく。

 

「太陽光を浴びることで生成される豊穣ポイントを消費して、植物を生成できます」

 

「それとは別に、モンスターを討伐することで得られるポイントを消費することで、生成できる植物の種類を増やしたり……全く新しい植物の新種を創造できます」

 

 思わず黙る。

 かなり強い。

 しかも、想像していた以上に発展性がある能力だ。

 太陽光を浴びて独自ポイントを生成。

 そのポイントで植物を作る。

 さらに討伐ポイントを使えば、新種の植物を創造できる。

 

「……なるほど」

 

 思った以上の強能力。

 頭の中で思考を巡らせ、この能力の先を考える。

 単純な野菜や果物だけじゃないかもしれない。

 薬草。

 木材になる植物。

 蔓。

 繊維。

 油。

 場合によっては、戦闘用の植物すら作れるのではないか。

 いや、さっき見た足元から生やす射撃植物らしきものなんて、まさしくそれだろう。

 つまり葛西美香という能力者は、食料係なんて軽いものじゃない。

 生産、補給、防衛、もしかしたら医療資源にまで関われる、極めて重要な能力持ちだ。

 

「……太陽光ポイントっていうのは、毎日ある程度溜まるんですか?」

 

 俺はまず、運用面から確認する。

 

「はい。天気や日照時間で多少変わりますけど、基本的には昼に外へ出て光を浴びていれば生成されます」

 

「討伐ポイントは?」

 

 葛西さんが少し首を傾げる。

 

「……というと?」

 

「失礼、考えが先走って言葉が足りませんでした」

 

 軽く詫びてから続ける。

 

「討伐ポイントを使用する項目について教えてほしい。もちろん、かなり重要な情報ですし、教えたくないのであればそれで構いません」

 

「ああ、いえ。ええと……まずは種類についてご説明しますね」

 

 葛西さんは記憶を辿るように話し出す。

 

「一般的に普及している植物であれば1Pで解禁されます。毒とかの特異性……例えばトリカブトだったりすると、増加して2P~10Pくらいになります」

 

「新種の創造では、詳細まで自由に設定できます。さっき避難所に案内する時に使った銃砲エンドウなんかがそれに当たります」

 

「現実から掛け離れれば掛け離れるほど消費ポイントは増加していきます。ゴブリンとか、あの棒人間みたいな弱いモンスターを倒せる植物なら100P程度で創造できますが、オーガくらい強いモンスターを倒せる位になってくると1000Pとか掛かってしまいます」

 

「……討伐ポイントについては以上になります」

 

 なるほど。

 聞けば聞くほど応用というか、自由度がある。

 植物という括りこそあるものの、ポイントさえあれば幾らでも便利に、強くなれる能力だ。

 

「今まで作った植物の、大まかな種類を教えてください」

 

「トマトとかきゅうりとか、そのままで食べられる野菜類がほとんどですね。他には芋や豆、穀物、果実類が少々……という感じです」

 

「一日にどれくらいの量を生成可能でしょうか?」

 

「生成物によって豊穣ポイントの消費量も変わってくるので、一概には言えませんが……例えばトマトであれば、一日に100kgは余裕を持って生成可能です」

 

「……100kg」

 

 思わず復唱していた。

 多い。

 想像以上に多い。

 とはいえ、トマトだけ100kg作っても栄養バランスの問題はあるし、保存や調理の都合もある。

 だが、二十四人規模の避難所を維持するだけの現実味は十分に感じられた。

 少なくとも、何もないところから飢え死にを遠ざけられるだけの力がある。

 

「それだけ作れるなら、食料に関しては心配要らないですね」

 

 そう言うと、葛西さんは少しだけ苦い顔をした。

 

「食料だけ、ですけどね」

 

「ふむ……他が足りない、と」

 

「はい」

 

 即答だった。

 

「水、塩、油、調味料、調理をするならその燃料、保存の手段……それに寝具や医薬品、衣類も。能力である程度誤魔化しは効きますが、それでも全員分を補える訳ではないので……」

 

 素直に頷く。

 

「あと、同じものばかりだと当然飽きますし、体調を崩す人も出ます。穀物系や豆類を増やしたくても、豊穣ポイントが足りなくて後回しになっているものもあります」

 

「ふむ」

 

 ある程度の量なら、食料供給能力としては破格。

 だが、それでも万能じゃない。

 太陽光ポイントは日照依存。

 討伐ポイントは戦闘依存。

 さらに生成物の種類や量にも限界がある。

 無限に何でも作れるわけではないからこそ、逆に信頼できる話でもあった。

 

「……さて」

 

 そこで一度区切り、俺は本題へ戻す。

 

「こちらの要求は、やはり食料の供給です」

 

 葛西さんは黙って聞いている。

 杉原も口は挟まない。

 

「もちろん、避難所の維持が崩れるほどの量を持っていくつもりはありません。再三言うようですが、そちらが生き残れなければ意味がありませんしね」

 

 そこは明確に宣言しておく。

 

「それを報酬としていただけるのなら、次の話に移りましょう。具体的な内容についてです」

 

 指を二本立てる。

 

「一つ。俺が森林迷宮へ再突入する対価として、一定期間、食料を優先的に供給してほしい」

 

「一定期間……」

 

「詳細な期間としては、まず一週間は確約してもらいたい。食料の内容は日持ちするもの中心でお願いします」

 

 葛西さんが小さく頷く。

 

「もう一つ」

 

 そこで少しだけ声を低くする。

 

「探索の成否に応じて、報酬の条件を分けて頂きたい」

 

 二人の表情がわずかに動いた。

 

「どういうことでしょうか?」

 

 葛西さんの問いに順を追って説明する。

 

「まず、俺が単独で森林迷宮へ入り、探索隊の痕跡確認を行う。そこで生死を問わず、発見できた場合は、相応の追加報酬が欲しい」

 

「追加報酬……」

 

「簡単なのは、食料の優先供給期間の延長ですかね。そこは要相談でいきましょう」

 

 とはいえ、正直に言えば、ほぼ死んでいる可能性が高い。

 だからこの条件は、救助成功の前提というより、確認任務に対する上乗せに近い。

 

 葛西さんはしばらく考え込んだ後、ゆっくり口を開いた。

 

「……食料の優先供給は可能、だと思います。一人分の継続供給なら……今の在庫と私の能力の生成量を調整すれば、何とか」

 

「期間については?」

 

「……田村さんのご提示通り、一週間で大丈夫です」

 

「ありがとうございます」

 

 頭を下げるほどではない。

 だが、礼はきちんと言っておく。

 

 …正直に言えば、この頼みの報酬としてはあまり釣り合っていない。

 命を賭けた迷宮探索の対価として、一週間分の食料だ。

 この避難所からすると高いのかも知れないが、俺の基準から考えれば安い。

 安すぎると言っても良い。

 ならなぜ、この話を受ける方向で考えているのか。

 理由は単純だった。

 この葛西美香という能力者との繋がりを得たいからだ。

 食料を生み出せる能力。

 しかも、今後さらに発展する可能性まである。

 そんな相手と関係を持てるなら、一週間分の食料以上の価値がある。

 それに、二十四人を抱えるこの公民館拠点そのものも無視できない。

 俺一人では得られない情報網。見張り。最低限の共同体。

 利用価値、という言い方は露骨だが、そういう現実的な旨味がある。

 だからこそ、ここで繋いでおきたい。

 俺は椅子へ背中を預けるでもなく、少し前傾のまま続けた。

 

「条件…というか改めての取り決めとしてもう一つあります」

 

 葛西さんが姿勢を正す。

 杉原の視線もこちらへ戻る。

 

「迷宮の中で得たものについては、原則として俺の取り分にしたい」

 

 部屋が静かになる。

 

「もちろん、探索隊の私物や、避難所のものだと明確に分かる物は別です。そういうのはお返しします」

 

「でも、迷宮そのものから得た素材、アイテム、ポイントに繋がるようなもの、そういう迷宮攻略に類するものは、基本的にこちらが優先して確保する。その点は最初に確認しておきたい」

 

 今までの例からしてモンスターと迷宮核以外に存在しないだろうが、一応な。そもそも探索に行くのは俺だし文句は言われないと思うが…。

 

 葛西さんは静かに言った。

 

「その条件で大丈夫です」

 

 杉原も小さく頷く。

 完全に納得しているかは分からない。

 だが、少なくとも今の避難所にとっては、それでも頼る価値があると判断したのだろう。

 

「分かりました」

 

 そこで俺はようやく少しだけ肩の力を抜いた。

 交渉の土台はできた。

 あとは細部だ。

 

「それじゃあ次は、探索隊の情報をもう少し詳しく聞かせてください。なんでもいいです。最後に入った時の装備、どこを目指していたのか、誰が何を担当していたか。あとは簡単にで良いのでどんな能力者が参加していたのか。それが分からないと、探すにしても効率が悪い」

 

 葛西さんは深く頷く。

 外は相変わらず終わった世界の夜だ。

 だが、この応接室の中だけは、ようやく次の行動へ向けた現実的な話が形になり始めていた。

 




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