BrokenWorld~黒鉄の装着者~   作:半笑いの妖精

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第二十話:血塗れの早朝

 

 探索隊について一通り聞き終えた頃には、もう夜もかなり更けていた。

 西上彰の能力のより詳細な情報にその他の能力者の情報。

 同行者の性別や役割。

 持ち込んだ装備及び格好。

 森林迷宮内での大まかな進路。

 全部が全部、決定打になる情報ではない。

 だが、断片としては十分に価値がある。

 話を区切ったのは葛西さんだった。

 

「今日はもう遅いですし……続きは明日にしませんか?」

 

 そう言われて時計代わりに時刻表示を見ると、確かに今からさらに詰める話でもない時間だった。

 こっちもダンジョンから逃げ帰り、B級の戦闘圏から離脱し、さらに新しい拠点候補との交渉まで続けてきた身だ。気力はあっても、集中力はじわじわ削れている。

 

「了解です。実はもう眠気が…」

 

 軽く笑いながら頷く。

 応接室での一幕は、それでお開きになった。

 案内されたのは、公民館の奥にある空き部屋だった。

 何もないただの小部屋。

 備え付けの机となんにも入ってない棚があるくらいで、他には本当に何もない。

 

「……すみません。今使ってない部屋はここくらいで。ちゃんとした寝具もなくて……」

 

 葛西さんが申し訳なさそうに言う。

 

「いやいや、十分です」

 

 本音だった。

 屋根がある。

 鍵が掛かる。

 四方が壁で囲われている。

 それだけで今の世界では相当な寝床だ。

 葛西さんが去った後、扉を閉め、内側から鍵を掛ける。

 念のため、耳を澄ませる。廊下の気配は遠い。誰かが張り付いているような感じもない。

 

「……よし」

 

 小さく呟き、収納から寝具を取り出す。

 毛布。

 簡易マット。

 枕代わりのクッション。

 収納機能があるおかげで、こういう時の立て直しは本当に楽だった。

 床へマットを敷き、毛布を広げたところで、どっと疲労が押し寄せてきた。

 

「……おっと」

 

 体が休めると判断したらしい。

 今まで感じていなかった睡魔が一気に襲ってくる。

 本当なら、このまま寝る前にスーツの強化を整理しておきたかった。

 茨の軍勢を吹き飛ばして得たかなりのポイントもある。ヘビースーツへのエネルギーチャージや迷宮再突入前の微調整だってしておきたいが…。

 

「……まぁ、いいか」

 

 欠伸を噛み殺しながら、スーツの外装一覧を閉じる。

 強化は時間さえあればいつでもできる。

 今、無理に眠い頭でやるよりもスッキリした思考でやる方が良いだろう。ないとは思うが取得し間違えたりするかも知れないしな。

 

 眠気に従う。

 久方ぶりにスーツを解除し、毛布の中へ潜り込む。

 いつものソファーベッドではない喪失感を覚えつつ、毛布を被った瞬間、意識が急速に遠のいていく。

 公民館の静けさ。

 遠くのかすかな物音。

 寝具の重み。

 それら全部が、眠りの方へ背中を押してくる。

 明日。

 強化。

 森林迷宮。

 探索隊。

 頭の中でそんな単語が浮かびかけては、途中で霧散する。

 そして、そのまま──

 

 

 次の日。

 起こされたのは、悲鳴に近い叫び声だった。

「──っ!」

 反射で目が覚める。

 飛び起きるより先に、体が動いていた。

 毛布を蹴り飛ばし、意識を装着へ向ける。

 黒い機械装甲が一瞬で展開され、全身を覆う。

 バイザーが下り、視界へ各種表示が立ち上がる。

 寝具はそのまま床へ置いておく理由がない。

 収納、と念じてまとめて回収。元の何もない状態にしてから鍵を外し、廊下へ飛び出す。

 公民館の中は、すでに騒然としていた。

 人の叫び声。物が倒れる音。泣き声。怒鳴り声。

 その全部が朝の空気の中へ混ざり合い、ひどく不穏なざわめきを作っている。

 

「何だ……!?」

 

 そのまま外へ出た瞬間、言葉を失った。

 死屍累々。

 そこに広がっていたのは、まさしくその一言だった。

 公民館の前庭。

 玄関前の階段。

 簡易バリケードの周辺。

 そこかしこに、人が倒れている。

 まだ動いている者もいる。呻いている者、這っている者、泣き叫んでいる者。

 だが、動かない者もいた。

 血。

 羽のように鋭く切り裂かれた傷。

 抉られた肉。

 散らばる即席武器。

 昨夜まで生活圏としてどうにか維持されていた公民館の前が、まるで屠殺場みたいな有様へ変わっていた。

 

「……何が起こった?」

 

 原因を探して、即座に視線を巡らせる。

 地上にはいない。

 だったら──上だ。

 空を見上げた瞬間、それはいた。

 鳥人。

 だが、美しいなどと感じるのは、たぶん一瞬だけだ。

 細身の女のような上半身に、猛禽類めいた巨大な翼。

 羽根の一枚一枚が刃物のように鋭く光り、手足の鉤爪も鎌みたいに長く湾曲している。

 顔立ちすら整っているが、その口元に浮かぶ笑みがすべてを台無しにしていた。

 愉しんでいる。

 人を殺し、傷つけ、追い立てることを、明らかに愉しんでいる顔だ。

 バイザーの解析結果が開く。

 

 ▼

 モンスター名:シャープネス・ハーピー

 ランク:C-

 詳細:刃のような鉤爪と羽を持つ鳥人型モンスター。美麗な見た目とは裏腹に性格は残忍で獲物とした生物を散々にいたぶった後に捕食する。

 討伐P:1000

 ▲

 

「シャープネス・ハーピー……」

 C-。

 ランクだけ見ればオーガと同格。

 だが、空を取る相手という時点で厄介さの質が違う。

 しかもこいつは、ただ襲ってくるだけじゃない。

 説明文通りなら、いたぶること自体を目的にしている類だ。

 現に、ハーピーは公民館の屋根上からこちらを見下ろし、愉快そうに小首を傾げていた。

 さっきまで地上で暴れ回っていたのだろう。被害状況がそれを物語っている。

 その瞬間、視線が合う。

 ハーピーの唇が、ゆっくりと吊り上がった。

 俺を見つけた。

 いや、たぶん新しい玩具を見つけたという顔だった。

 

「……悪趣味な野郎だ」

 

 低く吐き捨てながら、右手へ近接武器生成Ⅱの刃を呼び出す。

 公民館の前には負傷者が多い。

 ここで長引かせるのは不味い。

 空中戦なら、今のスーツには噴射口も浮遊支援機もある。

 やれる。むしろ、以前よりずっと相性はいいはずだ。

 地上の悲鳴と、屋根上の怪鳥人。

 平穏だったはずの朝は、たった一体の飛翔型モンスターによって無惨に引き裂かれていた。

 そして次の瞬間には、その惨劇の矛先が、完全にこちらへ向けられようとしていた。

 

 …重武装スーツは使わないでおこう。

 

 ここには人の目がありすぎる。

 公民館の前には負傷者も、避難民も、見張り役もいる。ここでヘビースーツを出そうものなら能力の手札を一気に晒すことになるし、そもそも攻撃範囲が広すぎてハーピー以外を巻き込まない自信がない。

 

 通常スーツのまま、右手へ細身の片刃剣を生成する。

 左手は最小出力のエネルギー弾。

 浮遊支援機は二基とも展開。

 脚部と背部の噴射口も待機状態。

 それで足りる。

 戦術演算を起動。

 バイザー上の、シャープネス・ハーピーの飛行軌道予測と接近角度が重なる。

 

【推奨:対象より上方を取り、位置的優位の取得】

【推奨:斜め左上へ短距離上昇→右翼基部切断】

【警告:鉤爪の初撃は囮の可能性】

 

「了解」

 

 返事と同時に、ハーピーが笑った。

 翼が大きく広がる。

 次の瞬間には、風切り音と共に一直線に落ちてきた。

 速い。

 だが、前回のレイザーバットや今までの空中戦を経た今なら、対処不能な速さじゃない。

 脚部噴射を吹かし、演算通り斜め左上へ滑り上がる。

 同時に浮遊支援機の片方が、一瞬だけ光の足場を形成。

 その足場を蹴り、さらに高度を取る。

 ハーピーの鉤爪が、さっきまで俺がいた空間を切り裂いた。

 空振り。

 そのまま背中側へ回り込む。

 

「遅い」

 

 低く吐き捨て、片刃剣を振り抜く。

 狙いは右翼の付け根。

 刃が肉を裂き、骨を断つ感触。

 青い発光線を引きながら振り抜かれた一閃で、ハーピーの翼が半ばから断ち切られた。

 

「ギィァァァッ!?」

 

 初めて悲鳴が上がる。

 空中でバランスを失ったハーピーが地面へ落ちかける。

 だが、そこで終わらせない。

 背部噴射を短く吹かし、落下軌道へ追いつく。

 体を捻り、今度は首筋へ横薙ぎ。

 刃が美貌ごと頸を断ち切った。

 頭部と胴体が別々の方向へ飛び、次の瞬間には両方とも光の粒子へ変わっていく。

 

『討伐ポイントを入手しました』

 

 着地。

 地面へ降りた瞬間、周囲の人間たちから息を呑む音が漏れたのが分かった。

 だが、感心している暇はない。

 

「……まだ来る」

 

 バイザー上に灯った新しい反応をみて呟く。

 上空。

 左右。

 公民館の屋根の向こう。

 電柱の上。

 周囲の建物の陰から。

 

 次々と姿を現したのは同じく鳥人型モンスターのハーピー。

 

 それが一、二、三──

 

「六体か」

 

 さっきの一体で終わりではなかったらしい。

 翼の影が月光の中を滑り、公民館の上空へ散開する。

 シャープネス・ハーピーが、さらに六体。

 地上の避難民たちにざわめきが走る。

 悲鳴を上げる者もいた。無理もない。さっき一体暴れただけでこの惨状だ。六体追加となれば絶望して当然だった。

 だが、俺の中には別の感覚があった。

 

「……なるほど」

 

 口元がわずかに吊り上がる。

 向上した空中戦闘スキルの、発揮しどころだろう。

 逃げる必要はない。

 守るべき場所も、相手の数も、ちょうどいい。

 公民館の屋根上へ一気に飛び上がり、少し高い位置を取る。

 浮遊支援機も左右へ散開。

 視界には六つの飛行軌道。バイザーには予測線と推奨行動が重なっていく。

 

【対象数:6】

【推奨:低空域へ引きずり下ろし、各個撃破】

【優先目標:右旋回中個体→中央後方個体→左上昇個体】

【備考:連携未熟。急襲タイミングにばらつき有】

 

「群れだけど、統率は甘いってことか」

 

 それならやりやすい。

 一体目が正面から来る。

 二体目は半拍遅れて右上。

 三体目は上から急降下。残りはその後ろで包囲を狙う形。

 演算の補助と今までの経験が、まるで手に取るように相手の癖を浮かび上がらせる。

 

「支援、右翼側を牽制」

 

 浮遊支援機の一基が右へ回り、小型光弾を放つ。

 右上から来ていた個体が視線をそちらへ持っていかれる。

 その隙に、正面の一体へ。

 脚部噴射で迎え撃つように前進。

 すれ違いざまに片刃剣を振り上げ、左翼を切断。

 地上へ落ちる前に、背後から追いついて喉元へ二撃目。

 一体撃破。

 

『討伐ポイントを入手しました』

 

 間髪入れず、今度は上から急降下してきた個体が羽の刃で首を狙ってくる。

 浮遊支援機の足場を一歩だけ使い、ほぼその場で垂直に位置をずらす。

 刃が空を裂く。

 空振ったハーピーの真下へ入り込み、逆手短剣を生成。

 顎下から脳天へ突き上げる。

 二体目。

 だが、そこで足を止めない。

 残り四体がもう包囲を狭めていた。

 

「いいね……!」

 

 思わず声が漏れる。

 視界。

 高度。

 軌道。

 全部が噛み合っている。

 今までは地上戦の延長でしかなかった空中機動が、今は完全に“戦闘技術”として馴染んでいた。

 左からの個体へ最小出力のエネルギー弾を撃ち、軌道を乱す。

 その反動で半回転し、後ろへ回った個体へ背部噴射で急接近。

 翼の付け根を断ち、そのまま蹴り飛ばして下の地面へ叩き落とす。

 さらにもう一体。

 浮遊支援機の防壁で一瞬視界を遮り、横を抜けるように飛び込んで首筋を裂く。

 空中での位置取りが、もう怖くない。

 むしろ分かる。どこにいれば有利か、どう動けば相手の死角へ潜れるかが。

 残る二体は、仲間が瞬く間に落とされたことでわずかに動揺したらしい。

 距離を取ろうと上昇する。

 

「逃がすか」

 

 脚部噴射。

 背部も補助で吹かす。

 一気に高度を合わせ、上昇途中の一体へ追いつく。

 片刃剣を大振りに見せかけ、途中で収納。

 代わりに細身の投擲短槍を生成して投げる。

 槍はまっすぐ、翼の間を貫いた。

 体勢を崩したところへ、最後の一体が慌てて離脱しようとする。

 だが、もう遅い。

 

【推奨:右下から左上へ斬り抜け】

 

「終わりだ」

 

 演算通りの軌道で滑り込み、翼と首をまとめて断ち切る。

 六体目。

 七体目。

 最後の光の粒子が夜空へ散った時、公民館の上空はようやく静かになった。

 

『討伐ポイントを入手しました』

 

 連続して響く無機質な電子音声の中、俺はゆっくりと高度を下げる。

 着地した瞬間、公民館前の全員がこちらを見ていた。

 驚愕。

 安堵。

 それに、戦慄めいたものまで混ざっている。

 そりゃそうだ。

 C-級七体を、ほぼ一方的に空中戦で処理したのだ。普通の感覚なら化け物を見る目にもなる。

 

 …まぁ仕方ないか。

 

「怪我人の確認をお願いします!」

 

 呆然としている人々にそう声を掛ける。ハッとして手を動かし始める人々。

 見せつけたつもりはない。

 だが結果として、かなり派手なものを見せてしまったのは確かだった。

 屋根。

 前庭。

 階段。

 まだ血の跡や匂いが残っている。負傷者も多い。

 俺はまだ消えきらない戦闘の余韻の中で、静かに息を吐いた。

 空中戦闘スキルの向上は、目に見えて感じられたしそれは良かったのだが。

 

 この公民館の連中に対して、俺がどう見られるかもまた、一段階変わったのだと嫌でも分かった。

 

 流石にこのままでは印象が悪い。

 

 いや、悪いどころではないかもしれない。

 夜明け前に現れた見知らぬ能力者が、空を飛ぶ怪物をまとめて斬り落としたのだ。助かったとはいえ、頼もしいより先に恐ろしいが来るのは当然だろう。

 そこで少しでも暴力的なイメージを払拭するために、俺は浮遊支援機へ回復支援を開放した。

 

「支援機、怪我人の回復」

 

 そう命じると、二基のドローンが淡く発光しながら負傷者の周囲へ散っていく。

 柔らかな光が傷口へ降り注ぎ、裂けた皮膚や出血の酷い箇所へじわじわと作用していく。

 劇的ではない。切断面が一瞬で塞がるような都合のいいものではない。

 だが、それでも血が止まり、痛みが和らぎ、意識の朦朧としていた者の呼吸が少しずつ整っていくのが分かった。

 

「す、すご……」

 

「これ……治ってる?」

 

 周囲から、戸惑い混じりの声が漏れる。

 俺自身も、回復支援をここまで大人数へ同時に回したのは初めてだった。

 できることは限られている。あくまで応急処置寄りだ。

 それでも何もしないよりは遥かにマシだし、少なくとも怪我人を見捨てない姿勢は見せられる。

 負傷者の一人へ膝をつき、深めに裂けた腕の傷を見下ろしながら、支援機の光量を少しだけ上げる。

 じわじわと血の勢いが弱まり、表情が苦悶から少し和らいだ。

 

「……大丈夫とは言えないですけど、少しはマシになるはずです」

 

 そう声を掛けると、相手は呆然としながらも小さく頷いた。

 その時だった。

 

「田村さん!」

 

 聞き慣れた声が、やや切羽詰まった調子で飛んでくる。

 振り返ると、葛西さんが焦った表情のままこちらへ走ってきていた。

 息が少し上がっている。

 顔にも汗が滲んでいて、明らかにさっきまで別の場所にいた様子だった。

 

「……葛西さん?」

 

「すみません、戻るのが遅れて……!」

 

 そう言って、周囲の惨状を見た瞬間、彼女の顔がさらに険しくなる。

 

「これは…モンスターの襲撃ですか」

 

「ええ。シャープネス・ハーピーというオーガクラスのモンスターが七体来ました。既に全部処理済みです」

 

「七体も……」

 

 葛西さんが短く息を呑む。

 

「そういえば、姿が見えませんでしたね」

 

 昨夜の時点では、この公民館の中核にいる印象だったのに、襲撃の時にはいなかった。

 能力的にも重要人物だ。普通ならすぐ表へ出てきてもおかしくない。

 葛西さんは苦い顔で頷いた。

 

「豊穣ポイントを稼ぐために、ここから少し離れた山の方に行ってたんです」

 

「山?」

 

「はい。朝日がよく当たる場所がありまして……日が昇る前から待っておくと効率がいいので」

 

 なるほど、と内心で頷く。

 道理で姿が見えなかったわけだ。

 【暁に輝く豊穣の女神】は、太陽光を浴びることでポイントを生む能力。

 なら、日照条件のいい場所へ定期的に出向く必要があるのも自然だ。

 しかも、公民館周辺は建物が多い。

 朝一番の光を確保するなら、少し高い山側へ行く方が効率がいいのだろう。

 

「戻る途中で、こっちの騒ぎに気づいて急いだんですけど……」

 

 そう言いながら、葛西さんは前庭の負傷者たちと、その傷を治している支援機を見て、わずかに表情を変えた。

 

「……助かりました。本当に」

 

 その声音には、昨夜よりもずっと素直な感謝が混じっていた。

 俺は軽く肩をすくめる。

 

「力持つ者として当然の事をしたまでですよ」

 

 葛西さんは一瞬だけ笑いかけて、それからすぐに気持ちを切り替えた。

 

「被害の確認をします。杉原くん、武藤さん、動ける人を集めて負傷者の搬送を。重傷者から中へ」

 

「了解です!」

 

「分かりました!」

 

 杉原と武藤が即座に動き出す。

 周囲の空気も、少しずつ混乱から対処へ変わり始めていた。

 それを見ながら、俺は支援機の回復対象を切り替えていく。

 全員を一度に完治させるような真似はできない。だから重傷者優先で、血が多く出ている者、意識の薄い者から順に光を当てていく。

 葛西さんがその合間に、少しだけ近くへ寄って小声で言った。

 

「昨日言ってた話ですが…今のを見た後だとかなり現実味が変わりますね」

 

「どっちの意味で?」

 

「勿論良いほうに、です」

 

 葛西さんはそれだけ言うと、負傷者の方へ戻っていった。

 

 公民館の前庭は、まだ血の匂いが濃い。

 しかしさっきまでの死屍累々とした光景が、少しずつ元の風景へ戻りつつある。

 支援機の柔らかな光が傷を照らし、避難所の面々が慌ただしくも秩序を取り戻していく。

 その中で、俺はふと空を見上げた。

 ハーピーの影は、もうない。

 代わりにあるのは、薄明るくなり始めた空と、終わった世界の一日の始まりだった。

 




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