BrokenWorld~黒鉄の装着者~   作:半笑いの妖精

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第二十二話:森林迷宮再び

 

 潤沢になったエネルギーにものを言わせ、空を往く。

 脚部噴射。

 背部スラスター。

 必要に応じて浮遊支援機の補助も織り交ぜながら、俺は一直線に森林迷宮を目指した。

 少し前までは燃費を気にして避けていただろう。

 だが今は違う。

 高出力エネルギージェネレーター。

 強化した回復速度。

 増設された兵装系統。

 それらのお蔭でただの移動に空を使えるようになった。

 

 眼下を流れる終わった街並み。

 崩れた住宅地。

 人の気配を失った道路。

 遠くに伸びる瓦礫の列。

 それらを一気に置き去りにしながら飛ぶこと数分。

 前方に、見覚えのある建物の輪郭が見えてきた。

 森林迷宮。

 外見は公的施設めいたまま。

 だが中身は、空と森を抱えた異界。

 前に見た時と同じく、入口の向こうには建物の内部とは思えない緑の気配が広がっている。

 中なのに外。

 見れば見るほど、頭がおかしくなりそうな光景だ。

 ゆっくりと着地する。

 地面へ足をつけた瞬間、自然と呼吸が深くなる。

 ここから先は、またあの森だ。

 前回は死にかけた。

 茨の軍勢に追われ、出口を塞がれ、ヘビースーツの重火力でようやく脱出した。

 だからこそ、油断は一切しない。

 

 意識をヘビースーツへ向ける。

 次の瞬間、追加装甲が光の粒子を伴って展開され始めた。

 肩。

 腕。

 胸。

 脚。

 背部。

 黒と青の重厚な装甲が現在のスーツの上から次々と噛み合い、両腕には大型主砲、背部にはミサイルポッド兼スラスター、脚部にはマイクロミサイルポッドが増設される。

 視界のバイザー表示も、即座に重武装仕様へ切り替わった。

 

【ヘビースーツ:装着完了】

【主砲ユニット:チャージ済み】

【背部ミサイルポッド:チャージ済み】

【脚部マイクロミサイルポッド:チャージ済み】

【高出力エネルギージェネレーター:稼働中】

 

 ずっしりと重い。

 だが、その重さは頼もしさの証明でもある。

 さらに支援機系統も確認する。

 

【浮遊支援機:待機】

【攻撃支援機:待機】

【防御支援機:待機】

 

 問題なし。

 高機動戦闘ビークルは流石に最初から使わない。火力や機動力はヘビースーツで十分なのは前回で分かっているから。しかし必要になればいつでも呼び出せるようにはしておく。

 切り札も増えた今の俺は前回の時とは別物だ。

 

「……よし」

 

 低く、自分へ言い聞かせるようにそう言う。

 探索隊の捜索。

 森林迷宮の再攻略。

 そして、できれば奥の構造把握と迷宮核の有無の確認。

 目的は多い。

 だが、焦っても仕方がない。

 まずは入口周辺の安全確保。

 前回と地形や敵配置がどの程度変わっているかの確認。

 その上で、少しずつ奥へ進む。

 気合いを入れるように一度だけ拳を握り、俺は境界線の前へ立った。

 目の前には、偽物の空を抱えた森。

 迷宮と現実の境目を越える。

 足を踏み入れた瞬間、ひんやりと湿った空気がヘビースーツの装甲を撫でた。

 土の匂い。

 葉擦れの音。

 遠くで流れる水音。

 相変わらず、外見だけなら穏やかだ。

 だが、それは偽りの平穏だと分かっている。

 バイザーの地図機能の表示を少し拡大し、熱源感知や反応検知は必要に応じて切り替えられるよう待機。

 支援機も、いつでも飛ばせるよう内部で展開準備を整える。

 そして俺は、ゆっくりと最初の一歩を踏みしめた。

 森林迷宮、二度目の侵入。

 今度は、逃げるためじゃない。

 攻略…じゃなかった。行方不明になった避難所の探索隊を探すために、俺は再びこの魔境を往くのだ。

 

 もちろん本来の目的を忘れるつもりはない。

 探索隊の捜索。

 それが今回の大義名分であり、依頼の中核でもある。

 もっとも内心ではもう壊滅している可能性の方が高いと思っていた。

 西上彰の強さを聞いた上でなお、三日戻らない。それも、あの森林迷宮の構造と茨の軍勢を見た後だ。楽観はできない。

 だが、それでも依頼は依頼だ。

 バイザー上へ探索隊の想定進路を重ねる。

 葛西さんたちから聞いた情報。

 入口からの進入方向。

 西上が壁役の鎧騎士を先行させる癖があること。

 物資担当、索敵担当、回収担当の役割分担。

 メモ機能に入れていたそれらの情報を地図機能へ反映しつつ、俺は森の上空を進んでいく。

 前回の逃げるための飛行とは違う。

 今は最初からヘビースーツを纏い、高度も取り、火力も惜しまず使っていく。

 バイザーによるとトレントがいるらしいので周囲の木ごとやる。

 脚部マイクロミサイルを発射する。

 マッシュムーヴの群れを地面ごと吹き飛ばす。

 主砲を一発。

 赤黒い光が森を裂く。

 モンスターを見つける度に兵器を解き放ち、地表へ雨のように降り注ぐ。

 爆音。

 爆炎。

 吹き飛ぶ木々。

 抉れる地面。

 そして光の粒子へ変わるモンスターたち。

 

『討伐ポイントを入手しました』

『討伐ポイントを入手しました』

『討伐ポイントを入手しました』

 

 電子音声はもはやBGMに変わっている。…重なりすぎてちょっと鬱陶しくなってきたので音量を半分に下げる。

 

 ジェネレーターのおかげで、これだけ派手にぶっ放してもエネルギー切れを心配しなくていい。

 それが実に気分が良かった。

 

「……最高だな、これ」

 

 本音が漏れる。

 脱出したときは主砲を撃つたびにエネルギーゲージを見ながら運用していた。

 だが今は違う。消費と同時に再チャージが入る。まるで──いや正に──弾薬無限のチートを使っている気分だ。

 戦術演算も、それを前提に効果的、効率の良い選択肢をどんどん提示してくる。

 

【推奨:上空制圧継続】

【推奨:対地広域殲滅により探索効率上昇】

【備考:敵群反応増大】

 

「来るか」

 

 そう呟いた、次の瞬間だった。

 木々の奥、霧の向こう、地上の黒い領域だった部分へ赤い反応が次々と灯り始める。

 ひとつやふたつじゃない。面だ。

 前にも見た、茨の兵士たち。

 ソーンソルジャー。

 ソーンガーディアン。

 ソーンソーサラー。

 だが、今回はそれだけでは終わらなかった。

 バイザーが新しい解析ウィンドウを次々と展開する。

 

モンスター名:ソーンアーチャー

ランク:C+

詳細:鋼鉄のワイヤーと同等の強度を持つ茨で編まれた弓士。強靭な茨で作られた矢は城壁ですら容易く貫く。

討伐P:2500

 

 木々の上、半ば樹冠に溶け込むように立つ細身の兵士。

 腕の動きに合わせて、茨の弓がしなり、矢じりが不気味な光を帯びている。

 

モンスター名:ソーンランサー

ランク:C+

詳細:鋼鉄のワイヤーと同等の強度を持つ茨で編まれた槍兵。突撃力及び突破力がかなり高い。

討伐P:2500

 

 地上の前列。

 長大な茨の槍を構えた個体が何列も並ぶ。

 まるで騎兵の代わりに森の中へ槍衾を作ったような威圧感だった。

 そして、最後。

 

モンスター名:ソーンサウルス

ランク:C+

詳細:兵士種以上に強靭、強固な茨で編まれた怪獣。特別な能力こそ持っていないが、その戦闘力はC級屈指。

討伐P:5000

 

「……でっか」

 

 思わず声が漏れる。

 怪獣。

 そうとしか言えないものが、森を踏み分けて現れた。

 巨大だった。

 トラック数台分はある胴体。

 四肢は太く、首は短く、全身を覆うのはより太く、より密に編まれた強靭な茨の体躯。

 爪も尾もある。だが、それ以上に質量で潰すという圧が凄まじい。

 ソーンサウルスは一体だけじゃない。

 二体。

 三体。

 木々の奥から、さらに影が見える。

 

「増えすぎだろ……!」

 

 前回は、ソルジャー、ガーディアン、ソーサラーだけだった。

 それでも軍勢だったのに、今回は弓使い、槍使い、怪獣まで増えている。

 編成が強化されている。

 いや、違うな。たぶんこれが本来の規模で、前回はその一部しか見ていなかったのだろう。

 視界の端で、戦術演算が再計算を始める。

 

【脅威評価:大規模軍勢】

【構成:前衛/盾兵/遠距離支援/突撃兵/大型突破兵】

【推奨:制空維持優先】

【警告:ソーンアーチャーの対空斉射に注意】

【警告:ソーンランサーの跳躍突撃確認】

【警告:ソーンサウルスの体当たりはヘビースーツでも危険】

 

「……ようやく本気って感じか。丁度良い…歯応えがなかった所だ」

 

 吐き捨てながらも、口元は少しだけ吊り上がる。

 恐怖がないわけじゃない。

 だが、それ以上に攻略対象としての輪郭がはっきりした。

 茨の兵士だけじゃない。

 軍勢として完成されている。

 なら、こちらも本気で蹂躙するだけだ。

 ソーンアーチャーたちが一斉に弓を引く。

 ソーンランサーが地面を抉るように槍を構える。

 ソーンサウルスが低く咆哮し、森全体が震えた。

 その全部を見下ろしながら、俺は両腕の主砲をゆっくりと持ち上げる。

 背部のミサイルポッドも展開。

 攻撃支援機と防御支援機が左右へ散開し、浮遊支援機がさらに高所の足場制御を始める。

 探索隊の捜索もある。

 依頼は依頼だ。

 きっちりこなす。

 だが、そのためにはまず、この茨の軍勢を蹴散らして森を進める状態へ戻さなければならない。

 

「邪魔だ」

 

 低く、そう告げる。

 そして次の瞬間には、森林迷宮の空へ再び暴虐の火力が解き放たれようとしていた。

 

 

 時間にして十数分。

 だが、体感ではもっと長かった。

 茨の軍勢は、まるで底なしだった。

 ソルジャーを吹き飛ばし、ガーディアンを砕き、ソーサラーを焼き払っても、次から次へと木々の奥から湧いてくる。

 アーチャーが空を矢で埋め、ランサーが地を裂いて突撃し、サウルスが森ごと踏み潰しに来る。

 正直、ここまで長引くとは思っていなかった。

 

「…っ、はぁ…ふぅ…」

 

 荒く息を吐く。張り詰めた神経の糸の維持はやはりかなり消耗する。

 

 こんなに長引いた戦闘はオーガ・メイジの時以来だ。

 損害は出ている。

 まず、浮遊支援機が一機。

 ソーンアーチャーの放った茨の矢が、運悪くクリーンヒットした。

 防壁展開も姿勢制御も間に合わず、機体の中央を貫かれて機能停止。今は後方で修復モードへ入っているが、戦線復帰にはまだ時間が掛かる。

 攻撃支援機二機も、動きに支障はない。

 だが、近づいて見るまでもなく細かな傷が目立ってきていた。

 弾体を擦り、蔓を切り裂き、盾代わりに前へ出たせいで、外殻へ細い裂け目や焦げ痕が増えている。

 そして俺自身。

 ヘビースーツの装甲はまだ保っている。

 だが、避け切れなかった茨の槍や矢を何発も受けて、脚部に四つあるマイクロミサイルポッドのうち二つが沈黙していた。

 

【脚部マイクロミサイルポッド:2/4 使用不可】

 

 バイザーの表示が、静かに現実を突きつける。

 無傷と言えるのは、防御支援機だけだ。

 あれだけの乱戦の中で、バリア、シールド、対点防御、遮蔽、本体盾運用まで全部やってのけて、なお健在。

 頑丈さだけで言えば、想像以上の当たり機能だった。

 

「……ようやく、か」

 

 空中で小さく呟く。

 視界の先。

 木々の隙間。

 地面の反応。

 それら全部を総合すると、ようやく茨モンスターの増援に陰りが見え始めていた。

 ソルジャーの密度が落ちている。

 アーチャーの射線も、さっきまでほど濃くない。

 ランサーの突撃も間隔が空き、ソーサラーの魔術光も遠のいた。

 終わるのか。

 そう思った、次の瞬間だった。

 地面が揺れた。

 

「……?」

 

 前方。

 左右。

 さらにその奥。

 木々を押し倒しながら、巨大な影がいくつも現れる。

 ソーンサウルス。

 一体、二体──いや。

 

「十体……!」

 

 思わず眉をひそめる。

 十体同時。

 ソーンサウルスが、まるで最後の切り札みたいに一斉に姿を現したのだ。

 森の中でそれだけの巨体が並ぶと、地形そのものが変わったみたいに見える。

 だが、それを皮切りに、逆に他の茨モンスターの出現が薄れていくのが分かった。

 ソルジャーも。

 ガーディアンも。

 アーチャーも。

 ソーサラーも。

 まるで迷宮そのものが、「これで終わりだ」と言わんばかりに最後の大駒を並べてきたような感覚。

 なるほど。

 最後の足掻き、というわけだ。だが──

 

「バカが」

 

 口元が吊り上がる。

 

「まとめて出せば押し潰せるとでも思ったのか?」

 

 今の俺にとっては、良い的でしかない。

 もしこれがソーンサウルス一、二体と、他の兵科がきっちり混ざった状態なら厄介だった。

 だが、十体まとめて前へ出してくるなら話は違う。

 デカい。

 遅い。

 固いだけ。

 つまり、面制圧火力の餌食だ。

 両腕の主砲をゆっくりと持ち上げる。

 バイザーの表示が切り替わる。

 

【主砲ユニット:最大出力準備】

【高出力ジェネレーター:接続維持】

【蓄積エネルギー:使用許可】

 

 主砲二門。

 それぞれへ、溜め込んだエネルギーを容赦なく流し込む。

 砲身内部の青いラインが、途中から赤黒い光へ染まり始めた。

 空気が震える。

 森の葉が、圧だけでざわめく。

 ソーンサウルスたちもそれを察したのだろう。

 十体が一斉に前傾し、地面を割りながら突進姿勢へ入るが、遅い。

 

「合計二十万エネルギーの砲撃だ」

 

「消し飛べ」

 

 撃ち放つ。

 次の瞬間、森が消えた。

 左右の主砲から解き放たれた二条の赤黒い奔流は、もはや“砲撃”の範疇を超えていた。

 光の洪水。圧縮された破壊の塊。

 それが真正面からソーンサウルスの群れへぶつかる。

 着弾。

 爆ぜる。

 潰れる。

 裂ける。

 十体の巨体が、まとめて呑まれた。

 強靭な茨の装甲なんて関係ない。

 存在そのものが一瞬で蒸発し、前列のソーンサウルスが消失する。

 後列も巻き込み、地面ごと抉り、木々も空気もまとめて焼き裂きながら砲撃は森の奥まで貫いていった。

 光の中で、ソーンサウルスたちの輪郭がばらばらに崩れる。

 巨大な胴が消える。

 四肢が吹き飛ぶ。

 尾が蒸発する。

 断末魔すら、轟音へ呑まれて聞こえない。

 遅れてやってきた衝撃波が、周囲の木々を根元から薙ぎ払った。

 

「くははッ!」

 

 自分で撃っておいて、流石に視界が白飛びする。

 だが、止まらない。

 砲撃は十体を呑み込みきった後もなお、奥へ、奥へと貫いていく。

 地面に巨大な溝が刻まれ、左右の森が丸ごと吹き飛び、偽物の空すらひび割れたかのような錯覚を覚えた。

 そして、数秒後。

 ようやく光が引いた時、そこにあったのは何もない空間だった。

 ソーンサウルス十体が並んでいたはずの場所。

 その一帯が、森ごと更地みたいに削り取られている。

 

『討伐ポイントを入手しました』

『討伐ポイントを入手しました』

『討伐ポイントを入手しました』

 

 電子音声が、何度も何度も響く。

 十回。

 それだけで終わらない。

 巻き込まれていたソーン系の残党までまとめて消し飛んだらしく、ポイント加算の音が重なり続けた。

 爆煙の向こう。

 もう、茨の気配はほとんど残っていない。

 

「……終わりか」

 

 低く呟く。

 無限に思えた増援。

 だが、それもようやく尽きたらしい。

 森を埋めていた敵意が、はっきりと薄れていくのが分かる。

 地図上の赤点も、一つ、また一つと消えていく。

 代わりに残ったのは、熱と、煙と、抉れた大地。

 それから、砲身内部にまだ残る鈍い振動だけだった。

 長かった。

 本当に、長かった。

 オーガ・メイジ戦以来の濃密さ。

 いや、物量と継続時間だけならそれ以上かもしれない。

 

「まだ、本題はここからだ」

 

 ゆっくりと砲口を下ろし、俺は深く息を吐いた。

 茨の軍勢は蹴散らした。

 だが、本来の目的は探索隊の捜索だ。

 

 砲撃で切り開かれた森の奥。

 そこには今まで見えなかった、さらに深い迷宮の気配が口を開けていた。

 

 

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