BrokenWorld~黒鉄の装着者~   作:半笑いの妖精

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第二十三話:茨の女王

 

 ようやく一息つける。

 そう思って、高度を落としかけた瞬間だった。

 迷宮が、鳴動した。

 

「──ッ!?」

 

 空気が変わる。

 いや、空気だけじゃない。

 大気そのものが震え、地面が低く唸り、森全体が不気味に軋み始める。

 次の瞬間、足元の大地が流動した。

 土が波打つ。

 木々が揺れる。

 そして、周囲一帯の樹木が、見えない渦へ吸い込まれるように中央へ流れ始めた。

 

「……マジ?」

 

 目の前で起きている現象が、一瞬理解できない。

 木々が螺旋を描く。

 地面から根が引き剥がされるのではなく、最初からそうなるのが当然だったみたいに、幹も枝も葉も、全部が一点へ向かって収束していく。

 音がする。

 ぎち、ぎち、ぎち、ぎち、と。

 何千本もの木が編まれ、捻じれ、無理矢理ひとつの形へ押し固められていくような、背筋を引っ掻かれるような音だった。

 

「……っ、来るか」

 

 そう呟いた時には、もう分かっていた。

 これは最後の足掻きじゃない。

 真打ちの登場だ。

 森の中央。

 木々と茨と大地が集まり、ゆっくりと形を取っていく。

 まず見えたのは下半身。

 人の脚ではない。

 無数の樹木の根が絡み合い、束ねられ、まるで巨大な樹根の柱がそのまま生き物になったような構造だった。

 地面へ深く食い込みながら、それ自体が大地と一体化している。

 次に、胴体。

 刺々しく、毒々しい、濃い紫。

 ただの茨ではない。見るからに毒を宿した異質な色。

 それらが幾重にも編み込まれ、人型の胴を形作っている。

 腕は二本──では済まない。

 両腕は途中から無数に分かれ、触手のように蠢いていた。

 太いもの、細いもの、槍のように尖ったもの、鞭みたいにしなるもの。

 それら全部が同時にうねり、獲物を探す蛇の群れみたいに空中を這っている。

 最後に、顔。

 息を呑むほど整っていた。

 切れ長の目。高い鼻梁。薄く笑う唇。

 女王と呼ぶに相応しい美貌。

 だが、それを形作っているのもまた、濃紫の茨だった。

 美しいのに、見ているだけで本能が“近づくな”と絶叫するような、そんな異様な顔だった。

 バイザーが解析を始めるより先に、分かった。

 こいつはB級だ。

 理屈じゃない。

 発している威圧感だけで理解する。

 オーガとも違う。

 ソーンサウルスとも違う。

 もっと格が上で、もっと根本的に森そのものの支配者に近い気配。

 

「……女王、ってか?」

 

 頬がひきつる。

 そして遅れて、バイザーがウィンドウを開く。

 

モンスター名:ソーンエンプレス

ランク:B-

詳細:偉大なる茨の女王。その身を象る茨は劇毒を滴らせ、その毒は万物を腐食し崩壊させる。あらゆる茨系モンスターの母であり、全ての茨系モンスターの能力を十全以上に行使可能。

討伐P:2800万

 

「……はは」

 

 乾いた笑いが漏れる。もはやポイントに関してはなにも言うまい。

 あらゆる茨系モンスターの母。

 全ての茨系モンスターの能力を十全以上に行使可能。

 つまり、何だ。

 ガーディアンの防御。

 ソーサラーの植物魔術。

 アーチャーの矢。

 ランサーの突撃。

 サウルスの怪力と装甲。

 そして万物を腐食させる毒。

 それを全部、こいつ一体でやるってことか。

 

「ふざけた能力だな……!」

 

 吐き捨てながらも、体はすでに戦闘態勢へ入っていた。

 休憩?

 そんなものは消し飛んだ。

 地上へ降りるつもりだった高度を維持し、むしろ少し上へ取る。

 攻撃支援機、防御支援機、浮遊支援機を再配置。

 主砲の再チャージ状況を確認。

 背部ミサイル。脚部ポッド。高出力ジェネレーター。全部を一瞬で頭の中へ並べる。

 ソーンエンプレスは、そんなこちらを見上げていた。

 美しい顔。

 だが、その口元がゆっくりと吊り上がる。

 次の瞬間、地面から濃紫の茨が一斉に突き上がった。

 

「ッ!」

 

 反射でさらに上へ離脱。

 さっきまで俺がいた高度を、槍のような茨が何十本も貫く。

 しかも、それだけじゃない。茨の先端から粘つく液体が滴り、それが触れた木々や地面をじゅうじゅうと音を立てて腐食させていた。

 説明文にあった劇毒だ。

 

「防御支援機、毒液接触警戒!攻撃支援機は固まらずに散開!」

 

 命令と同時に、支援機がばらける。

 防御支援機が俺の左右へ付き、広めのシールドを展開。

 攻撃支援機は高低差をつけながら女王の周囲へ回り込む。

 ソーンエンプレスの触手じみた腕が、一斉にこちらを向いた。

 嫌な予感。

 

「来る──!」

 

 茨の矢が放たれる。

 いや、矢だけじゃない。

 矢。

 槍。

 鞭。

 蔓。

 さらに下方からはランサーめいた高速突き出し。

 全部が同時だ。

 

「チッ……!」

 

 防御支援機のシールドへ何本も突き刺さる。

 火花ではなく、紫の毒液が弾けた。

 シールド表面がじゅう、と沸き立ち削れていく。

 

「エネルギーまで腐んのかよ……!」

 

 浮遊支援機が一瞬足場を出し、そこを蹴って横へ抜ける。

 空中姿勢制御補助がなければ、とっくに軌道を失っていただろう。

 その間にも、ソーンエンプレスの下半身──樹根の塊が地面と一体化しながら蠢き、周囲一帯の森を自分の延長みたいに動かしていた。

 木々の根が持ち上がる。

 土が波打つ。

 倒れたはずの茨の残骸まで再利用されるように、女王の周囲へ吸い寄せられていく。

 

「……迷宮そのものと繋がってるのか…?」

 

 もしそうなら大分厳しい。

 倒すなら本体だけじゃ足りないかもしれない。

 少なくとも時間をかけるほど向こうが有利なのは間違いない。

 

【脅威評価:高】

【ソーンエンプレス:複合能力確認】

【推奨:上空制圧を維持しつつ、本体中心核の探索】

【警告:長期戦は不利】

 

「だろうな!」

 

 演算の表示へ返事しながら主砲を向ける。

 まずは試す。

 どの程度通るか。

 再生するのか。

 装甲はどこが薄いか。

 中出力寄りで一発。

 赤黒い光弾が一直線に飛び、ソーンエンプレスの肩口へ着弾した。

 爆ぜる。

 茨が千切れ、紫の毒液が飛散する。

 確かに抉れた。

 だが次の瞬間、周囲の茨と木々が蠢き、その欠損を埋めにかかる。

 

「当然ように再生する、と……!」

 

 しかもただの再生じゃない。

 森そのものから材料を補充している。

 なら、削り合いは不利。

 ソーンエンプレスが、そこで初めて声を上げた。

 女の笑い声みたいに聞こえた。

 

 それと同時に、周囲の森から新たな反応がいくつも浮かぶ。

 

「また湧くのかよ……!」

 

 ボス戦で取り巻きはセットって訳だ。単騎で戦ったオーガ・メイジを見習えよ…!

 

 尽きた筈の茨の残党。

 もしかしたらソーンエンプレスがいる限り、いくらでも生み出せるのかもしれない。

 

 で、あれば…。

 

「本体を叩くしかない、ってことだなぁ…!」

 

 低く呟く。

 

 本来の目的である探索隊の調査はまだ終わっていないが──もう、良いだろう。…そもそも入って3日も音沙汰無い時点で期待するべきじゃない。

 というか、それを気にしながら女王(こいつ)と戦うなんて無理だ。

 

 メインミッションを早々に切り捨て、改めてこのモンスターについて考える。 

 

 B-級。

 討伐P二千八百万。

 派手に、そして厄介だ。

 だが、勝てないと決まったわけでもない。

 ヘビースーツの主砲。

 攻防支援機。

 高出力ジェネレーター。

 高機動戦闘ビークル。

 そして何より、今の俺自身。

 全部を総動員する価値がある相手だ。

 ソーンエンプレスの毒々しい美貌を真っ直ぐ見据えながら、俺はゆっくりと呼吸を整えた。

 休憩は消えた。

 次に始まるのは、森林迷宮の支配者との戦争だった。

 

 ソーンエンプレスが笑った。

 女のように艶やかな、けれど耳にした瞬間に本能が拒絶する笑い声。

 それが森全体へ染み込んだ瞬間、地面の下で何かが蠢いた。

 

「──来る!」

 

 戦術演算が警告を表示するより先に、背筋が凍る。

 即座に上昇。

 脚部噴射と背部スラスターを同時に吹かし、木々の梢よりさらに高く跳ね上がる。

 直後、さっきまでいた空間を濃紫の茨が貫いた。

 一本や二本じゃない。

 大地そのものが牙を剥いたみたいに、数十、数百の茨槍が一斉に突き出し、森の一角をまるごと串刺しにしている。

 しかも終わらない。

 突き出した茨はそのまま曲がり、今度は鞭のようにしなってこちらを薙ぎ払おうとしてきた。

 

「防御支援機、前!」

 

 命令と同時に二基の防御支援機が滑り込み、重なるようにシールドを展開する。

 バギィィンッ、と甲高い衝撃音。

 濃紫の茨鞭がシールドへ叩き付けられ、紫の毒液が飛び散る。シールド面がじゅうじゅうと音を立て、腐食するように明滅した。

 

「くっ、普通の防御じゃ押し切られる……!」

 

 愚痴る暇もなく横へ飛ぶ。

 空中に出現した光の足場を蹴り、さらに軌道を変える。今度は正面から、矢が来た。

 ソーンアーチャーのものとは比べものにならない。

 矢の形をしているだけで、その実態は圧縮された毒茨の杭だ。速度も重さも桁違いで、射線上の空気が歪んで見える。

 

「攻撃支援機、迎撃!」

 

 二基の攻撃支援機が左右からエネルギー弾を放つ。

 一本は空中で相殺。もう一本は逸らしきれず、防御支援機の本体が盾代わりに前へ出て受け止める。

 ドン、と重い衝撃。

 高耐久を誇る防御支援機の装甲へ深々と毒茨が食い込み、機体が大きく弾かれた。

 

「……あれを本体に食らったら笑えないな」

 

 ソーンエンプレスは笑みを崩さない。

 樹根のような下半身を大地へ深く食い込ませたまま、その全身を構成する毒茨が生き物のように波打っている。顔立ちは美しいのに、近づくほど生物というより災害のような圧を感じる。

 

 両腕から分かれた無数の触手じみた茨が一斉に広がる。

 右の群れは槍へ。左の群れは弓へ。背後で蠢く太い束は、盾や鞭に形を変えていく。

 

「冗談にも程があんだろ…!」

 

 ソルジャーの接近戦。

 ガーディアンの防御。

 アーチャーの狙撃。

 ランサーの突撃。

 ソーサラーの魔術。

 サウルスの怪力。

 

 そのどれもが、ソーンエンプレスという一体の中へ統合されている。

 愚痴っても仕方がない。

 主砲を上げる。両腕へ最大に近い出力を流し込み、今度は左右へ散らすように撃ち放つ。

 赤黒い奔流が二条。

 一つは本体の肩口へ。もう一つは地面に絡みつく樹根の束へ。

 着弾。

 爆ぜる。

 毒茨の束が千切れ、濃紫の液体が霧のように撒き散らされる。肩部の人型を成していた部分も半ば抉れ飛び、切れ目の美貌が一瞬ぐらりと傾いだ。

 

「まずは一発!」

 

 だが、その歓喜は一拍で消えた。

 地面が蠢く。

 周囲の樹木がきしむ。

 吹き飛ばしたはずの部位へ向かって、森そのものが材料を差し出すみたいに茨と根が集まり、傷が埋まっていく。

 

「再生早過ぎんだろ……!」

 

【推奨:局所破壊では不十分。中枢調査】

 

 戦術演算が冷徹に告げる。

 つまり、削っても効果が薄い。なにか弱点を見つけて叩かない限り、森、あるいは迷宮を吸収して何度でも蘇りかねない。

 

 まずは近づいて探るしかない。

 

「攻撃支援機は右上から撹乱。防御支援機は前面固定で俺を守れ!浮遊支援機は足場!」

 

 命令を重ね、一気に間合いを詰める。

 攻撃支援機が実弾とエネルギー弾を交互にばら撒き、たまに爆弾を用いてソーンエンプレスの顔面と上半身へ絶え間なく牽制を入れる。防御支援機は俺の正面へ分厚いシールドを重ね、毒茨の弾幕を押し返すように進む。

 浮遊支援機の足場が空中へ連続で展開される。

 それを蹴って、蹴って、さらに蹴る。

 螺旋を描くように高度を変え、正面からの射線をずらしながら本体の横腹へ滑り込む。

 近接武器生成Ⅱ。大太刀ではなく、今回は刺突重視の長槍を選ぶ。

 光が収束し、右手へ黒い槍が現れる。

 ヘビースーツの膂力を乗せ、全速のまま突き込んだ。

 

「お、ッらぁぁぁぁッ!!」

 

 穂先が、濃紫の茨装甲を裂いた。

 硬い。

 オーガの骨に近い、いやそれ以上の抵抗。

 だが、通らないわけじゃない。槍は分厚い茨の編み込みを裂き、その奥へ届く。

 瞬間、ソーンエンプレスの表情が初めて大きく歪んだ。

 そこだ。

 手応えが違う。

 ただの外装じゃない。内側に、他の部位とは密度の違う“何か”がある。

 

「中に……」

 

 言いかけた瞬間、全身の茨が一斉に逆巻いた。

 

「しまっ──」

 

 遅い。

 触手のような茨腕が何十本も収束し、槍を中心にこちらを絡め取ろうと迫る。

 咄嗟に槍を手放し、背部スラスターを吹かすが間に合わない。肩、腰、脚へ数本が絡みつき、そのまま毒を滴らせながら締め上げてくる。

 

「ぐぅっ……!」

 

 じゅう、と嫌な音。

 ヘビースーツの装甲表面が腐食を始め、警告表示が点滅する。

 

【装甲侵食警告】

【毒性腐食進行中】

 

「防御支援機、切断補助! 攻撃支援機、至近爆弾!」

 

 命令に従い、防御支援機の一基が自分の側面へ体当たりするように滑り込み、本体を盾代わりに毒茨の束をこじ開ける。攻撃支援機は至近距離へエネルギー結晶爆弾を撃ち込み、半ば自爆みたいな爆発で拘束をまとめて吹き飛ばした。

 衝撃で体が弾かれる。

 だが、自由にはなった。

 そのまま後方へ離脱しようとする。

 ここは一旦引いて、核の位置を整理して、距離を取って──

 そう考えた瞬間、森全体が低く唸った。

 

「……っ?」

 

 周囲の木々が、一斉に持ち上がる。

 いや、持ち上がったんじゃない。

 地面や木々から無数の濃紫の茨が伸び、それぞれが空中へ向かって弧を描き始めたのだ。

 東西南北の四方八方から伸びた茨が空中で繋がり、あっという間に巨大なドームを形作っていく。

 

「──結界か!?」

 

 外周へ向かって全力で飛ぶ。

 防御支援機を前面へ。攻撃支援機も左右へ展開。主砲を外周へ向ける。

 だが、完成が速い。

 森の上空を覆うように、濃紫の茨が何重にも編み上がり、逃げ道を塞いだ。

 目の前で閉じる。

 

「クソがぁッ!」

 

 主砲を撃つ。

 赤黒い砲撃が結界へ直撃し、大穴を穿つ。だが次の瞬間には、周囲の茨が生き物みたいに蠢いて、その穴を埋めるように再生を始めた。

 追い打ちで背部ミサイルをばら撒く。

 連続爆発。

 結界の一角が大きく裂ける。

 だが、やはり埋まる。

 森そのものから材料を引き出しているのか、破壊した先から次の層がせり上がってくる。

 

「……っ、逃がす気はねぇって事か…!」

 

【警告:高濃度結界領域】

【逃走成功率:低】

【推奨:対象撃破による結界解除】

 

 戦術演算が無慈悲に告げる。

 つまり、逃げるのは無理だ。

 ソーンエンプレスを倒すしかない。

 薄く絶望が胸を撫でる。

 だが、それを噛み潰すように歯を食いしばる。

 

「上等だ……!」

 

 逃げる選択肢がないなら、叩き潰すまでだ。

 ソーンエンプレスは、中央で静かに微笑んでいた。

 自分の庭の中へ獲物を閉じ込めた、とでも言いたげに。

 なら、その顔ごとぶち壊す。

 主砲の再チャージを待つ間、攻撃支援機を前へ出し、防御支援機に広域バリアを張らせる。浮遊支援機は回復と足場生成に専念。俺自身は高所を取りながら、敵の攻撃の癖と核の位置を絞り込む。

 数度の交錯の中で、確信が強まっていく。

 核は胸ではない。頭でもない。

 下半身──樹根の塊と胴体の接合部、その奥だ。

 吸収した森のエネルギーを本体へ繋ぎ送る心臓みたいな部分がある。

 

【推奨:高貫通一点突破】

【代替案:高機動戦闘ビークル形態による強行突入】

 

「…ふぅ、オーケー…!」

 

 息を吐く。

 触手茨と毒槍の密度が高すぎる。

 主砲で削るだけでは再生に追いつかない。

 それなら力を集中させた一点突破。それしか無いよな。

 

「ビークル、起動!」

 

 次の瞬間、ヘビースーツの装甲が唸りを上げて組み替わる。

 人型だった輪郭が崩れ、再構築され、低く長い重装甲の機動兵器へ変形していく。

 黒と青の機体。重厚な前面装甲。左右へ展開する武装ユニット。背部大型スラスター。

 

【高機動戦闘ビークル:空戦闘形態】

【兵装自動構築:完了】

 

 直後、ソーンエンプレスが結界内全域へ茨を走らせる。

 地面から。木々から。空中から。

 全方向へ向けた迎撃。

 

「防御支援機、最大出力シールド前面! 攻撃支援機、左右分断から最大火力!」

 

 防御支援機二機が前へ張り付き、シールドを多重に展開。攻撃支援機は左右へ飛び、弾幕と爆弾で茨の束を僅かでも薄くする。

 

 スラスター全開。

 世界が引き延ばされる。

 前面シールドへ茨の槍が突き刺さり、毒液が弾け、視界の端で警告表示が踊る。

 それでも止まらない。

 ビークル形態の推力は、その全てを正面から押し潰すように森の中心へ突っ込んでいく。

 ソーンエンプレスが腕の群れを収束させ、巨大な毒茨の槍を一本形成する。

 それを真正面から放った。

 衝突。

 凄まじい衝撃が機体全体を揺らす。

 防御支援機の一基が、その一撃を真正面から受けて爆ぜた。もう一基もシールドを展開したまま弾かれ、警告表示が赤く染まる。

 だが、その一瞬で十分だった。

 ビークル形態の先端が、ソーンエンプレスの下半身──樹根と胴の接合部へ突き刺さる。

 

「通れぇぇぇぇッ!!」

 

 主砲連動。

 機首下に自動構築された貫通砲が咆哮し、接合部の奥を抉る。

 同時に背部ミサイルも零距離で叩き込み、攻撃支援機が残った爆弾を内部へねじ込む。

 森が悲鳴を上げた。

 今までの女めいた笑いではない。

 大地と木々と茨の全部が一斉に引き裂かれたような絶叫。

 接合部の奥で、濃紫の光が脈打つ。

 核だ。

 間違いない。

 

「そこか……!」

 

 だが、ギリギリだった。

 毒茨の触手がビークル形態の側面を絡め取り、装甲を無理矢理引き剥がしにかかる。

 脚部に相当する後部ユニットが軋み、右側武装が半壊。

 攻撃支援機の一基が触手に巻かれて砕け、浮遊支援機も回避に追われて支援が追いつかない。

 さらに、ソーンエンプレス自身が暴走覚悟で周囲の森を全部取り込み、核の再生を始めようとする。

 

「させるかァァッ!!」

 

 ビークル形態を無理矢理前進。

 あと数メートル。数十センチ。

 だが、その数十センチが遠い。

 機体各所に茨の杭が突き刺さり、視界が警告だらけになる。

 推力低下。

 装甲侵食。

 武装エラー。

 本当にギリギリだ。

 もう一押しが足りない。

 その瞬間、修復を終えかけていた浮遊支援機が一機、戻ってきた。

 ボロボロの機体が、最後の足場を作るようにソーンエンプレスの核直前へ滑り込み──そこで自爆し光を放つ。

 

「っ……!」

 

 その一瞬の空白へ、ビークル形態の先端をねじ込む。

 機首砲、出力最大。

 残った推進力、全開。

 そして、最後の一撃を核へ叩き込んだ。

 濃紫の光が、弾けた。

 次の瞬間。

 結界が止まる。

 茨の再生が止まる。

 森を満たしていた敵意が、一斉に途切れた。

 ソーンエンプレスの美貌が歪む。

 ゆっくりと、信じられないものを見るように目が見開かれる。

 

「……終わりだ」

 

 掠れた声でそう吐いた瞬間、核が完全に砕け散った。

 大爆発。

 毒々しい濃紫の光と赤黒い砲光。そして森を構成していたエネルギーそのものがまとめて吹き上がる。

 ビークル形態ごと後方へ弾き飛ばされ、木々を何本もへし折りながら地面を転がる。

 視界が回る。

 衝撃で一瞬、何も見えなくなる。

 もはや制御の欠片も利かない機体をどうにか止めて顔を上げた先で──ソーンエンプレスは、崩れていた。

 核のあった接合部から上下へ向かって、全身が光の粒子へ変わっていく。

 触手のような腕。

 濃紫の茨の胴。

 樹根の下半身。

 全部が音もなく崩れ、粒子となって宙へ舞い上がる。

 

『討伐ポイントを入手しました』

 

 電子音声が響く。

 その数字の大きさを確認する余裕はなかった。

 ただ、勝ったのだと、そこでようやく理解する。

 結界も消えていた。

 空を覆っていた茨の檻が、嘘みたいに霧散していく。

 

「……は……ぐっ」

 

 息を吐こうとして、喉の奥が焼けるように痛む。

 ビークル形態を解除しようとしたが、半壊した装甲が思うように動かない。

 攻撃支援機は二基とも消失。防御支援機も一基大破、もう一基は沈黙寸前。浮遊支援機も一機しかまともに残っていない。

 俺自身も、スーツ越しに分かるほどボロボロだった。

 衝撃で全身が軋み、腕も脚も重い。ヘビースーツとビークル形態を合わせた総力戦の代償が、一気に押し寄せてくる。

 

「……ギリギリ、すぎるだろ……」

 

 笑うしかなかった。

 高機動戦闘ビークルを切ってなお、辛勝。

 少しでも判断が遅れていたら。

 浮遊支援機の最後の足場がなかったら。

 核の位置を読み違えていたら。

 今ここで崩れていたのは、間違いなく俺の方だった。

 それでも、勝ちは勝ちだ。

 毒紫の女王が消えた森は、さっきまでの狂気が嘘みたいに静まり返っていた。

 残っているのは抉れた大地と、焦げた木々と、無数の戦闘痕だけ。

 そして、その静寂の奥。

 今まで女王の陰に隠されていたさらに深い迷宮の道筋が、ゆっくりと姿を現し始めていた。

 

 このままでは動けない。

 

 装甲はひしゃげ、バイザーに表示された各所の機能は警告だらけ。

 傷が付いてない所を見つけるのが困難な位だ。

 

「……はぁ」

 

 短く息を吐く。

 勝った。

 ソーンエンプレスは倒した。

 だが、その代償は軽くない。

 今のまま無理に動けば、途中で本当に止まる可能性がある。

 特にこの迷宮の中では、それはそのまま死に繋がる。

 だから、迷わず判断した。

 

「解除」

 

 念じた瞬間、半壊した外装が光の粒子へ崩れていく。

 肩。

 腕。

 胸部。

 脚部。

 最後にバイザーが消えた瞬間、全身へじわりと生身の感覚が戻ってくる。

 

「っ……」

 

 思わず顔をしかめる。

 やはり痛い。

 重い装甲越しに誤魔化されていた疲労と衝撃が、一気に現実味を増して襲ってきた。

 だが、オーガ・メイジ戦の後ほどではない。まだ動ける。まだ立てる。

 そして何より、手がないわけじゃない。

 

「こんな時のためだ」

 

 小さく呟き、意識を別のスロットへ向ける。

 追加外装。

 以前取得した、もう一つのスーツ。

 強化は最初から。

 メイン外装の成長を引き継がない、予備の二号機。

 あの時はいざという時の保険として取った。

 そして今がそのいざだった。

 

「二号、装着」

 

 光が走る。

 次の瞬間、黒い機械装甲が再び全身を包み始めた。

 肩、胸、腕、脚、背中。

 組み上がっていく感覚そのものは、メイン外装と何も変わらない。

 だが、装着し終えた瞬間に分かった。

 

「……軽いな」

 

 思わず苦笑する。

 頼りない。

 今まで散々強化を重ねたメインスーツと比べると、二号スーツは明らかに素の性能が低い。

 身体強化の乗り方も浅いし、装甲の厚みも、バイザーの機能表示も簡素だ。

 便利な機能の多くがない。

 ヘビースーツも、ビークルも、強化された支援機群も当然使えない。

 最初期のパワードスーツそのまま。

 それでも。

 

「……まあ、無いより百倍マシか」

 

 生身でこの迷宮の奥を歩く気にはなれない。

 弱くても、薄くても、スーツがあるだけで安心感が違う。

 少なくとも、今の俺に必要なのは戦闘を続ける力ではなく、“ここから帰るだけの力だ。

 その意味では十分すぎる。

 バイザーへ最低限の表示が立ち上がる。

 耐久値。

 簡易的なエネルギー残量。

 武器生成も最低限は生きている。

 確認を終えて、視線を前へ向ける。

 ソーンエンプレスが消えたことで、さっきまで塞がれていた森の奥の道がはっきりと開いていた。

 そこには、女王の最期によって露わになった“報酬部屋”めいた気配がある。

 迷宮核。

 ソーンエンプレス級のボスを倒した以上、あるはずだ。

 そして、ここまで手を掛けたんだそれを取り逃す気はない。

 

「……貰えるものは、貰っておかないとな」

 

 低く呟く。

 足を踏み出す。

 二号スーツの頼りなさに苦笑しつつも、俺は迷宮の奥へ現れたその道を進んでいく。

 木々はもう動かない。

 毒茨も、矢も、槍も飛んでこない。

 あるのは、戦い終えた後の静けさだけだった。

 それが逆に不気味なくらいだったが、今は構っていられない。

 胸の奥にはまだ荒い鼓動が残っている。

 体も重い。

 だが、その疲労の奥で、別の感覚がじわじわと湧いていた。

 勝った。

 B-級の女王を、ギリギリであれ倒し切った。

 その事実と、これから手に入るであろう迷宮核の予感。

 それが、足を止めずに前へ進ませる。

 森の奥。

 女王が守っていた最深部。

 俺は頼りない二号スーツに身を包んだまま、もう一つの報酬を貰いに、その先へ向かって歩き出した。

 




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