BrokenWorld~黒鉄の装着者~   作:半笑いの妖精

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第二十四話:痕跡

 

 現れた道は、緩やかに下る坂だった。

 ソーンエンプレスとの激戦を終えたばかりの体には、その緩さはかなりありがたかった

 もっと急勾配だったり、階段だったら途中で膝をついていた事だろう。

 森の奥に口を開けたその道は、さっきまでの戦場の名残を嘲笑うように静かだった。

 木々はもう蠢かず、毒々しい茨も襲ってこない。

 ただ湿った土の匂いと迷宮の底へ続いていくような冷たい空気だけが流れている。

 この道は確実に迷宮核のある部屋へ続いている。

 そう分かっていても、足取りは重かった。

 何も強化していない二号スーツの補助では、誤魔化しきれない疲労がある。

 全身が鉛みたいに重い。

 ソーンエンプレスとの戦いで蓄積した衝撃と緊張と消耗が、今になってどっと返ってきていた。

 

「……おっとと……」

 

 何度かよろめき、壁代わりの土手へ手をつく。

 それでも止まるわけにはいかない。

 ここまで来て報酬を取り逃すなんてあり得ない。

 体を引きずるようにしながら、坂を下っていく。

 合間に休憩を挟みながらしばらく進んだところで、トの字型に道が分かれていた。

 正面には見覚えのある意匠をした、迷宮核の存在する部屋への扉が静かに佇んでいる。

 悩むまでもない。

 扉の方へに行こうとして──右に分岐する通路の手前。キラリと何かが光った。拾ってみるとそれは…。

 

「鉄片…いや鎧の欠片か…?」

 

 そう呟いて、思い出す。

 一度放り投げた本来の目的である探索隊の捜索。

 西上彰たちの行方の確認。

 

「……行ってみるか」

 

 暫く進むと左の壁面に裂け目があった。

 

 近づくと、裂け目の奥から微かに風が抜ける音がした。

 手をかけ、押す。

 すると、木の根で編まれたような壁が音もなく退き、細い通路が現れた。

 嫌な予感がする。

 だが、それはたぶん正しい予感でもある。

 狭い通路を進む。

 

 その先には小部屋が一つあった。

 

「……っ」

 

 息が詰まる。

 

 まず目に入ったのは、壊れた全身鎧。

 いや、鎧騎士の残骸だろう。人の入っていた鎧ではなく、能力で召喚されたものらしい、空っぽの甲冑がいくつも砕けて転がっている。

 壁際には深い斬痕。

 床には紫に焼けた劇毒の跡。

 何かが暴れた形跡が、生々しく残っていた。

 そして、その奥。

 根のようなものへ半ば呑まれるようにして、数人分の遺体が倒れていた。

 

「……ああ」

 

 乾いた声が漏れる。

 見つかった。

 探索隊だ。

 全員かどうかまでは分からない。

 だが少なくとも、ここまで辿り着いた者たちはいた。

 衣服。

 装備。

 体格。

 葛西さんから聞いていた特徴と、いくつか一致する。

 その中で、一番奥にいた男だけは少し離れていた。

 周囲に壊れた鎧騎士の残骸が集中している。

 最後まで前へ出ていたのが誰か、嫌でも分かった。

 

「……西上、彰か」

 

 返事はもちろんない。

 遺体は酷く損傷している。

 

 故に最後まで戦ったということだけは嫌になるほど伝わった。

 小部屋の反対側には、濃紫の茨が何重にも食い込んでいる。

 

 なんとなく理解した。

 

 西上率いる探索隊は茨の兵士の軍勢を退け、俺と同じく茨の女皇と戦うことになった。しかし、明らかに格の違う女皇には敵わず撤退。偶然見つけたこの小部屋へ退避したが、追撃があったのか、それとも毒でやられたかしてここで力尽きた…と言う感じだろう。

 

「せめて、安らかに…」

 

 目を閉じ黙祷を捧げる。

 

 しばらくそうしていたが、俺も限界が近い。心の中で謝罪を浮かばせながら出来る範囲で遺留品を確認した。

 持ち物はそのほとんどが壊れていた。

 

 その中でも身元の確認に使えそうなもの、葛西さんたちへ返せる小物類は幾つか見つけた。

 ポイントを使って2号スーツにも収納機能をアンロックし、収納する。

 

「流石に…連れて帰るのは無理か」

 

 遺体の損傷も酷いし、ここから全員を運び出す余力はない。収納には入るようだったが…それはなんとなく避けた。

 二号スーツの今の状態では尚更だ。

 せめて、確認できるものだけでも持ち帰るしかない。

 

 再び黙祷を捧げ、小部屋を後にする。

 

 

 分岐路まで戻ってきた所で扉の方へ進む。

 扉の前に立つと音もなく左右へ開いた。

 室内は静かで、薄明るい。

 そして中央には欲して止まない球体が浮かんでいた。

 前回とは大きさが明らかに違う。

 

「……でかいな」

 

 思わずそう漏れる。

 ホームセンター迷宮で見た核は、拳ほどの大きさだった。

 今、目の前に浮かんでいるそれはバスケットボール大程。

 透明感のある球体の中へ、濃い緑、紫、青、金の光が複雑に渦巻いている。

 内側の輝きも、前回よりずっと強い。

 ただの綺麗な宝石球じゃない。圧倒されるような、存在感そのものが違う。

 

「……やっぱり格が上か」

 

 ソーンエンプレスがB-級。

 出現する雑魚もC+級が平然と混ざる森林迷宮。

 ホームセンター迷宮より上位であることは道中の時点で十分、分かっていた。

 

 あれだけの軍勢と、あの女皇だ。

 報酬が同じな筈がない。

 ゆっくりと期待に震える手を伸ばす。

 前回と同じなら触れた瞬間に吸収が始まる。

 

 指先が核へ触れた瞬間、予想通りそれは光の粒子へ崩れ始めた。

 冷たい感触。

 直後に流れ込んでくる膨大な何か。

 

「……っ」

 

 前回以上に圧倒的な情報と力の流入が脳髄の奥まで一気に押し寄せてくる。

 迷宮核は外側からではなく触れた一点から一気に粒子化し、その全てが腕を伝って体の中へ吸い込まれていく。

 骨の奥。

 血の流れ。

 神経の一本一本。

 そこへ光そのものを注ぎ込まれているような感覚。

 大きさが大きい分、前回より明らかに量も多い。

 吸収しきるまでの数秒が、妙に長く感じた。

 そして、全てが俺の中へ消えた瞬間。

 あの無機質な電子音声が脳裏へ響く。

 

『迷宮核の吸収を確認しました。能力が強化されます。新カテゴリ【兵器召喚】が追加されました。5000万Pが残高に追加されました』

 

「……五千万」

 

 一度経験しているおかげか、冷静さを保つ事ができた。ソーンエンプレスの2800万を先に見ていると言うのもある。

 

「……兵器召喚、ね」

 

 座り込みたいほど疲れている体をどうにか支えたまま、バイザーの表示を開く。

 追加されたカテゴリは、思っていたよりも分かりやすかった。

 

【兵器召喚】

 

 項目を開くとさらに五つに細分化されている。

 

【超小型】

【小型】

【中型】

【大型】

【超大型】

 

 内容をざっと見ていく。

 

 超小型は人型かそれ以下のサイズの兵器が並んでいた。浮遊砲台、近接自律兵器、偵察用ドローン、強襲ポッド等々。

 

 小型は単車サイズの兵器。単車型兵器、走行砲台、軽装甲突撃機等。

 中型には車両サイズの兵器が。装甲車、戦車、自走砲、輸送車両。

 大型には家屋サイズの兵器。移動砲台、要塞車両、重装機構兵器。

 そして超大型には──

 

 戦隊モノに出てくるような巨大ロボに始まり、機械の巨獣、戦艦、果てには衛星軌道兵器、なんてのもあった。

 

 追加兵装があくまで自分、スーツ自体を強化する手段だとしたら今回の兵器召喚はスーツ以外の戦力を得る手段と言うことだろう。

 

 発想そのものが変わる機能だ。

 スーツを強化する。

 外装を増やす。

 兵装を増設する。

 

 もちろん、今すぐ全部使えるわけじゃない。

 大型以上はチラッと見えた召喚に必要なポイントは文字通り桁が違った。

 だが、それでも。

 このカテゴリの存在そのものが、今後の戦い方を根本から変えかねない。

 超小型で随伴兵器。

 小型で機動力。

 中型で制圧戦。

 大型以上は、もはや対軍、対都市、対怪獣サイズの世界だ。

 

 選択肢の広がり方が凄まじい。

 

「……落ち着け」

 

 自分へ言い聞かせる。

 襲ってくる興奮を努めて言い聞かせ落ち着かされる。

 

 まず今やるべきなのはこの迷宮の攻略完了と脱出だ。新能力の吟味はその後でいい。

 

 …とはいえ、気になるのはどうしようもなかった。あれだ、子供の頃、お年玉を貰って買える物の範囲が変わったあの感覚に近い。

 

 指先で空中の表示をなぞるようにしながら、超小型の最初の数項目だけをざっと確認する。

 自律戦闘機。索敵端末。小型砲台。補助兵装群。

 小型は高速単車型、飛行ユニット型、軽戦闘車両型。

 中型では主力兵器の顔つきになり、大型以上となれば必要ポイントは、億に近いいまの所持ポイントですらまともにアンロックできない桁が表示されるような超兵器。

 

「……本当に、別ゲーになってきたな」

 

 ぽつりとそう漏らす。

 迷宮核を一つ吸収するごとにスーツは明らかに段階を飛ばして進化していく。

 今回でそれを骨身に染みるほど理解した。

 ホームセンター迷宮の迷宮核で【追加兵装】。

 森林迷宮の迷宮核で【兵器召喚】。

 次にまた核を吸収したら、どこまで行くのか想像もつかない。

 だが今は、それを考えるのは後だ。

 大きく息を吐き、脳内表示を一旦閉じる。

 バスケットボール大の迷宮核は、もう跡形もない。

 その力は、今確かに俺の中にある。

 そして、その報酬に見合うだけの死闘だった。

 静かな報酬部屋の中で、二号スーツ越しに自分の手を見る。

 だが、その内側には五千万ポイントと、新たな兵器カテゴリを得た能力がある。

 世界はとっくに終わっている。

 それでも、自分だけはどんどんと攻略する側へと掛け上っている気がした。

 

「……よし」

 

 短く息を吐き、壁へ手をつく。

 浮かれたい気持ちは大いにある。

 五千万ポイントに新カテゴリ【兵器召喚】。

 頭がおかしくなるほどの報酬の余韻を味わっていると足元に淡い光が走る。

 

「ん?」

 

 見ると魔方陣が描かれていた。

 

「…ああ、帰還用のあれか」

 

 ソーンエンプレス撃破と迷宮核吸収。

 条件を満たしたことで、出口へ戻す機能が起動したのだろう。

 前も思ったがこの仕様は本当に助かる。

 今の体でこの長い坂を戻るのは、正直かなりきつかった。

 

 探索隊の痕跡も持って帰れたし、この迷宮に長居する理由もない。

 収納した遺留品を再確認し、呟く。

 

「……報告はちゃんとしよう」

 

 誰に向けたものともつかない言葉を残し、踵を返した。

 魔方陣の中心へ立つ。

 光が強まる。

 足元から身体が浮くような感覚。

 そして次の瞬間、視界が白に染まった。

 

 

 気がつけば、森林迷宮の入口に立っていた。

 外の空気。

 崩れた施設の外観。

 そして、まだ昼へ届ききらない白い陽光。

 

「……帰って来れたか」

 

 小さく呟く。

 無事に出られた。

 迷宮核も吸収した。

 探索隊の確認も終えた。

 依頼は完了だ。

 だが、心は晴れない。

 迷宮を攻略した高揚感はある。

 ポイントも新機能も手に入れた。

 しかし、小部屋に転がっていた壊れた鎧と、動かない人影の光景が脳裏にこびりついている。

 

「……戻るか」

 

 体は限界に近い。

 二号スーツも頼りない。

 ここで休む気にもなれない。

 だから、今は公民館へ戻る。

 葛西さんたちへ伝えるために。

 依頼の結果を、ちゃんと持ち帰るために。

 森林迷宮の入口を背に、俺はゆっくりと歩き出した。

 吸収したばかりの迷宮核の力と、収納した探索隊の遺留品の重み。その両方に抱えながら。

 

 




今話獲得能力:1

能力名:兵器召還
ランク:固有派生
能力詳細
・討伐ポイントを消費することで機械兵器を召還可能。召還可能な兵器はサイズや性能に応じた【超小型】【小型】【中型】【大型】【超大型】以上五つのカテゴリに分けられる。
消費ポイントの価格帯は
【超小型:1万~50万P】
【小型:50万~100万P】
【中型:100万~500万P】
【大型:500万~1000万P】
【超大型:1000万~1億P】
強化外装を介して召還を行うが維持には必要ないため、一度召喚したら送還するまで存在し続ける。




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