BrokenWorld~黒鉄の装着者~   作:半笑いの妖精

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第二十五話:帰還

 

 帰路に着こうとした、その直前だった。

 遠くから、不気味な鳴き声が響く。

 反射的に足が止まる。

 森の奥ではない。外の方角だ。

 だが距離がある分、余計に嫌な響き方をしていた。何かの獣とも鳥ともつかない、濁って歪んだ叫び。

 そこでようやく思い出す。

 

「あ」

 

 今、自分が纏っているのは二号スーツだ。

 メイン外装でもなければ、ヘビースーツでもない。

 何も強化していない、ほぼ初期状態のままの予備外装。

 さっきまで迷宮の最深部にいて、ソーンエンプレス撃破後は周囲のモンスター反応がほとんど消えていたせいで、完全に意識から抜け落ちていた。

 

「さすがに、今のまま帰るのは危険だな」

 

 迷宮の外も安全ではない。

 ハーピーの群れが公民館を襲ってきたように、今の街では何がどこから現れてもおかしくない。

 しかも、こっちは探索隊の遺留品を持っている。

 公民館へ戻る途中で足を止められたり、不意打ちを食らったりするのは避けたい。

 幸いなことに、ポイントは潤沢だった。

 ソーンエンプレス本体の討伐Pである二千八百万。

 その道中で蹴散らした茨の軍勢。

 さらに迷宮核による五千万。

 今ここで初期機能の増設をしたところで、誤差でしかない。

 

「……ちゃちゃっとやるか」

 

 意識を向けると、バイザー上に二号スーツ用の増設一覧が開く。

 メイン外装で何度も見た初期系統の項目群。だが今見るとその価格は安すぎるくらいだった。

 まずは基礎強化。

 

【身体強化率上昇】

【耐久値増加】

【装甲強化】

 

「取得」

 

 連打して取得していく。

 

『機能【身体強化率上昇】が強化されました』

『機能【耐久値増加】が強化されました』

『機能【装甲強化】が強化されました』

 

 何段階か取ったところで、スーツの感触がいつものスーツに近くなった。

 軽かった外装に芯が通り、行動補助も掛かるようになる。

 

 …もっと早く思い付いていれば必死こいて迷宮核を取りにいかなくて済んだのにな。強敵を倒した達成感と目先のご褒美、探索隊を見つけた衝撃のトリプルパンチで完全にその発想が飛んでいた。

 

「よし」

 

 次は火力。

 

【エネルギー弾】

【エネルギー総量増加】

【エネルギー回復量増加】

【エネルギー回復速度上昇】

 

 これらを全部取っていく。

 二号スーツに足りないのは近接性能だけじゃない。

 そもそもまともな攻撃手段がないまま街を横断するのは不安が大きすぎる。

 

「取得」

 

 掌側へ熱のような感覚が走り、前腕内部へ新しい系統が通る。

 さらにエネルギーゲージ周辺の表示が更新され、回復速度の刻みが滑らかになっていくのが見えた。

 

 次は便利系。

 

【地図作成機能】

【周辺反応探知】

【情報解析/モンスター】

【視界強化/暗視】

【視界強化/遠望】

【視界強化/熱源感知】

 

「この辺も一通りっと」

 

 機能を追加するたびに、バイザーが賑やかになる。

 暗視表示。熱源感知切替。反応探知の円。解析ウィンドウ。

 どんどんメイン外装に近づいていく。

 

 最後に近接武器だ。

 

【近接武器生成】そして【近接武器生成Ⅱ】

 

「……一旦これで切り上げるか」

 

 ひとまず区切りをつけ、全体状態を確認する。

 

【二号外装:強化済み】

【身体強化:向上】

【装甲:向上】

【耐久:向上】

【エネルギー弾:使用可能】

【地図/探知/解析:使用可能】

 

 良し。

 少なくとも、さっきまでの初期スーツはもういない。

 多少の、まぁオーガ位C-級までのモンスターなら問題なく捌けるし、帰路での不意打ちにも十分対応できる。

 合計で1万近く使ったが、本当に誤差の範囲だ。

 五千万という数字を見た後では、初期系統の強化なんて端数整理みたいな感覚すらある。

 

「……本当に、感覚狂うな」

 

 苦笑しつつ、手を握る。

 強化された二号スーツの補助が指先まできちんと伝わる。

 頼りなかったはずの装甲も、今はちゃんと身を守るものとして存在感を持っていた。

 それでようやく、帰る準備が整った。

 森林迷宮の入口を背にし、改めて公民館の方角を地図へ表示する。

 幸い、今のところ大きな反応はない。

 だが、油断はしない。

 探索隊の確認。

 迷宮核の吸収。

 ソーンエンプレスの討伐。

 その全部を終えた今、あとはこの成果を持ち帰るだけだ。

 

 

 じわじわと強まっていく疲労感を、どうにか誤魔化しながら歩く。

 迷宮核を吸収した高揚感も、ソーンエンプレスを倒した達成感も、流石にここまでくると薄れていた。

 残っているのは、全身の重さと鈍い痛み、それから「早く横になりたい」という切実な願望だけだ。

 それでも足は止めない。

 帰路の途中で現れた雑魚モンスターは、地図と探知で早めに察知して、遠距離から処理していく。

 ゴブリン。

 ニードルマン。

 時折混ざるスライム系。

 どれも今の二号スーツなら脅威ではない。

 近づかれる前にエネルギー弾で頭を飛ばし、あるいは足を止めてから短く処理する。

 

『討伐ポイントを入手しました』

 

 その電子音声すら、今はもう眠気を誘う子守歌みたいだった。

 歩く。

 撃つ。

 また歩く。

 そうして数十分。

 ようやく、見覚えのある建物が視界の先へ現れた。

 

「……見えた」

 

 ぽつりと漏れる。

 公民館。

 補強された窓。

 簡易バリケード。

 外壁の修復跡。

 それら全部が、今の俺には妙にありがたく見えた。

 心なしか足取りが早まる。

 門をくぐった瞬間、肩の奥に溜まっていた緊張が少しだけ抜けた。

 まだ完全に安全だと断言できる場所じゃない。だが少なくとも、野外や迷宮の中よりはずっとマシだ。

 正直、このまま貸してもらっている部屋へ直行して、寝具を出して、その上へぶっ倒れたかった。

 体も頭も、もう限界に近い。

 

「……いや、義理は通さないとな」

 

 依頼の結果報告が先だ。

 探索隊は壊滅していたこと。

 そこで遺留品を持ち帰ったこと。

 そして、森林迷宮を攻略したこと。

 それを伝えずに寝るわけにもいかない。

 公民館の前庭では、早朝のハーピー襲撃の際に壊れた設備の修復がまだ続いていた。

 板を打ち付け、金具を締め直し、散らばった資材を運ぶ音がする。

 その中の一人、確か朝に治療をした若い男へ声を掛ける。

 

「すみません」

 

 呼ばれた男が振り返る。

 一瞬、こちらの顔とスーツを見て目を見開いた。

 

「……っ、田村さん!?」

 

 驚くのも無理はない。

 あの森林迷宮に行った俺が、また戻ってきたのだから。

 

「葛西さん、どこにいます?」

 

 余計な前置きは抜きでそう聞く。

 男はまだ少し呆然としていたが、すぐに我へ返ったらしく公民館の中を指さした。

 

「奥です。たぶん調理室か、会議室の辺りにいらっしゃると…」

 

「ありがとうございます」

 

 短く礼を言い、そのまま中へ入る。

 廊下を歩くたびに、体の重さが増していく気がした。

 もう本当に休みたい。

 だが、それでも今はまだ倒れない。

 人の気配を辿り、奥へ。

 目的は一つ。

 葛西さんに、依頼の結果を伝えること。

 そのためだけに、俺はどうにか足を前へ出し続けた。

 

 公民館へ入ってすぐ、奥の調理室から葛西さんが出てくるのが見えた。

 エプロン代わりなのか、汚れてもいいような上着を羽織っていて、手にはまだ布巾のようなものを持っている。

 配給用の料理でも作っていたのだろう。廊下の方まで、薄く煮炊きの匂いが流れてきていた。

 

「……あ」

 

 俺の姿を認識した瞬間、葛西さんの動きが止まる。

 驚いたように目を見開き、それから慌てたようにこちらへ歩み寄ってきた。

 

「田村さん……!? もう戻ってきたんですか?」

 

「ええ、なんとか」

 そう答えたものの、そこで立ったまま話を続ける気力は正直ほとんど残っていなかった。

 歩いて戻ってきた分の疲労。

 迷宮攻略の余韻。

 それらが一気に肩へ乗ってきている。

 

「すみません。思ったより消耗してまして、座って話をしたいのですが…」

 

 そう正直に言うと、葛西さんは一瞬だけ息を呑み、それからすぐに頷いた。

 

「……そうですよね。すみません、ではこちらの部屋で」

 

 廊下を歩き、昨日の応接室も通り過ぎて、突き当たり。一番奥の会議室へ案内された。

 応接室よりも広く、長机と折り畳み椅子が並ぶ部屋だ。窓は板で塞がれているが、最低限の灯りはあって、話をするには十分だった。

 

「ここなら大丈夫です」

 

「助かります」

 

 椅子へ腰を下ろした瞬間、全身が重力を思い出したように沈んだ。

 背もたれはないが、それでも立っているより何倍も楽だ。

 葛西さんも向かいへ座る。

 だが、その表情はさっきまでの驚きから、だんだんと別のものへ変わっていた。

 期待。

 不安。

 怖れ。

 聞きたいのに、聞きたくない。そんな顔だ。

 

「……結果を聞いても、いいですか」

 

 静かな声だった。

 俺は一度だけ目を閉じて、ゆっくり息を吐く。

 ここで濁しても仕方がない。

 持ち帰ったのは、良い話ばかりではないのだから。

 

「まず結論から言います」

 

 そう前置きしてから、葛西さんをまっすぐ見る。

 

「森林迷宮は攻略しました」

 

 その一言に、葛西さんの目が大きく開く。

 

「攻略……」

 

「はい。かなり危なかったですけど、なんとか」

 

 ここで全部を細かく説明するつもりはない。

 重要なのは、迷宮そのものが片付いたという事実だ。

 

「だから、少なくともあの森林迷宮に関しては、もう前みたいな危険はかなり薄れてるはずです」

 

 葛西さんは、言葉もなく数秒黙った。

 嬉しいはずだ。

 新拠点候補だった場所の危険が消えた。

 それだけでも避難所にとっては大きい。

 だが、彼女が今一番聞きたいのはそこじゃない。

 

「……探索隊は」

 

 やはり、そこだった。

 俺は頷き、収納へ意識を向ける。

 

「これを見つけました」

 

 テーブルの上へ、少しずつ遺留品を出していく。

 壊れた装備の一部。

 個人を特定できそうな小物。

 身につけていたと思われる品。

 葛西さんの顔色が、目に見えて変わった。

 

「これ……」

 

「迷宮の最深部に近い隠し部屋みたいな場所です」

 

 説明は簡潔にする。

 

「西上彰さんを含むと思われる探索隊の亡骸がありました。最後まで戦った形跡と一緒に」

 

 そこで、ほんの一瞬だけ言葉を選ぶ。

 

「……生存者はいませんでした」

 

 静寂。

 会議室が、急に遠く感じるくらい静かになる。

 葛西さんはしばらく何も言わなかった。

 テーブルの上の遺留品を見つめたまま、ただ呼吸だけが少しずつ浅くなっていくのが分かる。

 泣き崩れるわけでも、叫ぶわけでもない。

 それが逆に重かった。

 

「……そう、ですか」

 

 ようやく出た声は、とても小さかった。

 

「はい」

 

 俺も余計な慰めは言わない。

 ここで「残念でしたね」だの「仕方なかった」だの、そんな軽い言葉を足す気にはなれなかった。

 西上彰はこの避難所のリーダーだった。探索隊の連中だって、葛西さんにとっては仲間だったのだ。

 数秒、あるいはもっと長かったかもしれない沈黙の後。

 葛西さんはゆっくりと手を伸ばし、テーブルの上の遺留品の一つ──高耐久が売りの腕時計──へ触れた。

 

「……これは西上さんのですね」

 

「分かるんですか?」

 

「ええ、いつも持ってたので」

 

 その返事に、また言葉が詰まる。

 葛西さんはしばらく目を伏せていたが、やがて小さく息を吸って、どうにか顔を上げた。

 

「教えてくれて、ありがとうございました」

 

 無理に整えたような声。

 だが、それでもちゃんと礼を言った。

 強い人だな、と少し思う。

 食料能力者だからとか、避難所の中核だからとか、そういう肩書き抜きにして。

 

「依頼はこれで完了、と言うことで」

 

 そう確認するように言う。

 葛西さんはゆっくり頷いた。

 

「はい。……約束した報酬も、きちんと用意します」

 

「急がなくていいです。なにせ私ももう限界が近いので」

 

 苦笑混じりにそう言うと、葛西さんもほんの僅かだけ苦く笑った。

 それで、少しだけ空気が戻る。

 俺は椅子にもたれたい衝動をどうにか堪えつつ、最後に補足を入れる。

 

「あとこれは忠告なんですが、迷宮の危険度は本当に高かったです。今後あの場所を使うにしても、まず中身がどう変わっているかの確認をしてからの方が良いでしょう。私も攻略済みの迷宮がどう変化するのか分かっていないので…」

 

「分かりました」

 

「ただ迷宮の機能そのものは停止している筈です。内部の安全確認と物資の持ち出しは段階を踏めば可能だとも思います」

 

 それは事実だ。

 ソーンエンプレスを倒し、迷宮核も吸収した。

 核と言うくらいだしエネルギー源みたいなものだろう。

 だから今後は、少なくとも前みたいに茨の軍勢が無限に湧く状態ではない…筈だ。どうしても推測の域を出ないが。

 葛西さんはその言葉を噛みしめるように頷いた。

 リーダーは失った。

 探索隊も戻らない。

 それでも、新拠点の可能性だけは残った。

 今の避難所にとっては、それが唯一の前向きな材料なのかもしれない。

 

「……今日は、もう休んでください」

 

 葛西さんが静かに言う。

 

「田村さん、本当にギリギリなんでしょう?」

 

「バレました?」

 

「その様子を見れば分かります」

 

 そりゃそうか、と内心で苦笑する。

 ここまでどうにか気力で立ってきたが、流石にもうごまかしが利かない。

 瞼は重いし、体の芯はきしむし、二号スーツの補助がなかったらこの椅子に座るまでに膝をついていたかもしれない。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 そう言って、ようやく少しだけ肩の力を抜いた。

 依頼の報告は終わった。

 結果は重い。

 だが、伝えるべきことは伝えた。

 後は本当に、倒れるように休むだけだった。

 




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