BrokenWorld~黒鉄の装着者~   作:半笑いの妖精

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第二十六話:ヒーロー

 

 バイザー越しに差し込んでくる夕日の赤に、ゆっくりと意識が浮かび上がった。

 

「…んん……」

 

 浅く息を吐き、目を開ける。

 見慣れた天井。

 貸してもらっている公民館の一室。

 起き抜けで少しぼやけた視界に、オレンジ色の光が斜めに差し込んでいる。

 体を起こしながら、自然とスーツを呼び出す。

 黒い外装が音もなく展開し、全身を包み込んだ。

 そこまでしてから、ようやくバイザーの時間表示へ意識を向ける。

 

「……うわ」

 

 思わずそんな声が漏れる。

 どうやら、久し振りに丸一日寝ていたらしい。

 森林迷宮の再攻略。

 ソーンエンプレスとの死闘。

 帰還報告。

 そこまでやった時点で、肉体的にも精神的にも限界だったのだろう。

 むしろ、途中で目を覚まさなかったことに驚くべきかもしれない。

 

「そりゃまあ、あんだけやればな……」

 

 苦笑しつつ、他の表示にも目を向ける。

 そこには、寝ている間に処理された通知がいくつか並んでいた。

 

【メインスーツ:修復完了】

【ヘビースーツ:修復完了】

【高機動戦闘ビークル:修復完了】

 

「お、全部直ったか」

 

 かなりありがたい。

 ソーンエンプレス戦で受けた損傷は、正直かなり深刻だった。

 ヘビースーツもビークル形態も、しばらく使えなくなる可能性まで考えていたくらいだ。

 それが丸一日寝ている間に修復完了している。

 自動修復機構か、それともスーツそのものの復元能力か。どちらにせよ、助かったのは間違いない。

 今身に着けているのは二号スーツ。

 昨日までならそれでも十分だったが、もう予備で我慢する必要はない。

 

「……戻すか」

 

 二号スーツを解除し、今度はメインスーツを呼び出す。

 光の粒子が一瞬だけ視界を満たし、次の瞬間には、馴染み切ったあの外装が全身を覆っていた。

 肩。

 腕。

 胸。

 脚。

 背中。

 何度も強化と修復を重ねてきた、自分の本命。

 

「……あー」

 

 装着し終えた瞬間、思わず変な声が漏れる。

 着心地そのものは、そこまで劇的に違わない。

 二号スーツも最低限のラインまでは引き上げていたし、装着感という意味では似たようなものだ。

 それでも。

 

「なんだろな……」

 

 懐かしい、と思った。

 たった一日しか使っていなかった二号スーツから戻しただけなのに、妙な安心感がある。

 長く着ていた服へ袖を通した時みたいな、あるいは使い慣れた工具を握り直した時みたいな感覚。

 馬鹿らしいと分かっていても、苦笑が漏れた。

 

 だがそれくらいこのメインスーツはもう装備以上の、肉体の一部になっているのだろう。

 最初に手に入れて、何度も命を救われて、強化し続けてきた相棒みたいなものだ。

 バイザーの表示をざっと流す。

 耐久値。

 エネルギー。

 支援機各種。

 ヘビースーツ。

 ビークル。

 兵器召喚カテゴリ。

 全部が正常に並んでいる。

 

「……よし」

 

 小さく息を吐く。

 体の方も、だいぶ回復していた。

 全快とは言わない。まだ芯に鈍い疲労感はある。

 だが、昨日の“倒れ込んだらそのまま意識が飛ぶ”状態からは完全に抜け出している。

 丸一日寝た価値は大きい。

 そこで、ようやく頭が次を考え始める。

 森林迷宮は攻略した。

 探索隊の件も報告した。

 迷宮核も吸収し、新カテゴリ【兵器召喚】まで手に入れた。

 そして今、自分は公民館の一室で目を覚ました。

 

「……まずは腹か」

 

 最初に浮かんだのがそれだったのは、我ながら少し笑える。

 だが実際、空腹は誤魔化しようがない。

 迷宮核吸収の高揚感も、死闘の余韻も、寝て起きれば最後に残るのは腹の減りだ。

 それと同時に、葛西さんたちの反応も少し気になった。

 探索隊の件で空気は重かったはずだ。

 だが新拠点候補として森林迷宮の施設が使える可能性も出た。

 その後、公民館の中がどう動いたのかは確認しておきたい。

 

「……出るか」

 

 立ち上がる。

 夕日の差し込む部屋を一度見回してから、扉へ向かった。

 寝具はすでに収納してある。

 スーツもメインへ戻した。

 体調も最低限は戻った。

 なら、後は今の公民館の空気を見に行くだけだ。

 手をかけて扉を開く。

 夕方の静かな光が廊下へ伸びていて、昨日までとは少し違う一日の気配がそこにあった。

 迷宮をひとつ攻略しても、世界は終わったままだ。

 それでも、自分の側だけは確実に先へ進んでいる。

 そんな奇妙な実感を抱きながら部屋を出た。

 

 夕日が差し込み、オレンジの線が縦断した廊下。やけに人の気配が薄い。外庭にも人影が無い。何かあったのか?そう考えるより先に賑やかな笑い声が聞こえた。

 

 それを頼りに二階の大広間へ向かう。

 階段を登るにつれて、人の気配が少しずつ濃くなっていく。

 鍋の蓋が触れる音。食器の擦れる音。

 

「……夕食か」

 

 扉の手前でそう呟く。

 時間帯を考えれば当然だ。

 夕日で目が覚めたのだから、今が夕食時でも不思議じゃない。

 大広間へ足を踏み入れると、案の定そこは配給の時間だったらしい。

 長机がいくつか並べられ、簡易的な食事が順に配られている。

 匂いは薄いが、温かいものを用意しているのが分かる。

 人数は思っていたより多く、避難所にいる連中の大半がここへ集まっているようだった。

 

 中に入った瞬間、視線が集中した。

 

「……ん?」

 

 思わず足が止まる。

 避難民たち。

 見張り役らしい若者。

 子どもではないが、まだかなり若い顔もあれば、疲れ切った中年の顔もある。

 その全員が、一瞬だけ話を止めてこっちを見た。

 

 恐怖や警戒を含んだ距離感。

 昨日の空中戦や、早朝のハーピー掃討で見せた力を考えれば、そちらの方が自然だと思っていたのだが──

 

 尊敬、あるいは感謝?

 

 そこに浮かんでいた感情はそれに近かった。

 驚き。

 安堵。

 そして憧れにも似た色。

 意外だった。

 もっと恐れられるかと思っていたのだが。

 いや、まったく怖がられていないわけではないだろう。だが少なくともあからさまな忌避や萎縮は感じない。

 不思議に思っていると、俺の姿を確認した葛西さんがすぐにこちらへ歩いてきた。

 

「起きたんですね」

 

「ええ。ちょうど夕食の時間みたいで」

 

「そうなんです。勿論、田村さんの分もありますので良かったら」

 

 そう言いながら、葛西さんは少しだけ周囲へ目をやった。

 つられてこちらも見ると、会釈が返ってきた。

 

「……なんか、思ってたより空気が柔らかいですね」

 

 率直にそう言うと、葛西さんは小さく笑った。

 

「皆さん、田村さんに感謝してるんですよ」

 

「早朝のハーピーの件もありますし、その後の迷宮のこととか」

 

「田村さんはここのヒーローなんです」

 

 ヒーロー。

 

 その単語に、思わず眉が動いた。

 

「……やめてくださいよ、柄じゃないんですから」

 

 苦笑混じりに返すと、葛西さんは柔らかく笑ったまま首を横に振る。

 

「でも、本当にそうなんです」

 

 そこで彼女は少しだけ声を落とした。

 

「朝の襲撃で助かった人、かなり多かったので。あのまま何もなかったら、もっと亡くなってました」

 

「……それに、田村さんが帰ってきてくれた事も大きいです」

 

「帰ってきた?」

 

「はい。探索隊の結果は辛い話でしたけど、森林迷宮そのものは攻略できたって。あの施設が使える可能性が出たって伝えたら、皆さん少しだけ前を向けたみたいで」

 

 なるほど。

 つまり言葉は悪いが、俺個人を見ているというより、俺が持ち帰った結果を見ているのだろう。

 それなら納得できる。

 助けた。

 帰ってきた。

 迷宮をひとつ潰した。

 新しい拠点候補まで確保した。

 確かに避難所側から見れば、状況を動かした人間には違いない。

 

「……まあ、役に立てたなら何よりです」

 

 そう返しながら、改めて大広間を見回す。

 長机の上には簡素な夕食。

 量は多くないが、温かい物があるだけでも随分違う。葛西さんの能力による野菜類に、手に入った他の物資を組み合わせているのだろう。

 避難民たちの顔色も、昨日見た時より少しだけマシに見えた。

 もちろん疲れや不安が消えたわけじゃない。だが、完全に沈み切っていた空気に比べれば、確かに僅かな熱が戻っている。

 

「田村さん、こちらへ」

 

 葛西さんに促され、空いている席へ向かう。

 途中ですれ違った若い男が、少し緊張した顔で頭を下げてきた。

 

「あの、昨日はありがとうございました」

 

「いえいえ」

 

 短く返すと、今度は別の年配の女性が会釈をくれた。

 やはり、感謝の空気は本物らしい。

 

「……なんか、むず痒いですね」

 

 小さく漏らすと、隣を歩いていた葛西さんが少しだけ笑う。

 

「慣れてください」

 

「無茶言いますね」

 

 席へ着くと、すぐに配給が運ばれてきた。

 野菜を中心にした温かい煮込み。

 少量のふかし芋。

 それに素材の味が強いスープ。

 豪華とは程遠い。

 けれど、今の世界でこれだけ食事が出てくること自体が贅沢だった。

 

「……いただきます」

 

 小さく呟いて口へ運ぶ。

 温かい。

 塩気は薄いが、ちゃんと味がする。胃が驚くくらい素直に反応し、二口、三口と進めるうちに体の芯へようやく戻ってきた感覚が染みていった。 

 

「空腹の方は満たせそうですか?」

 

 向かいへ腰を下ろした葛西さんがそう聞いてくる。

 

「ええ、かなり」

 

「それは良かったです」

 

 彼女も自分の分を持ってきて、ようやく一息ついたらしい。

 そこで少しだけ空気が落ち着いたのを見て、俺は小声で聞く。

 

「俺が寝てる間に何か変化はありました?」

 

 葛西さんは匙を置き、考えるように視線を上げた。

 

「大きいところだと、やっぱり森林迷宮を新拠点候補として本格的に考え始めたことですね」

 

「もう動いてる?」

 

「まだ準備段階です。いきなり全員で移るのは危ないので。まずは戦える何人かで外周の安全確認をして、それから中の確認を段階的に進めようって話になってます」

 

「それが良いです」

 

「はい。田村さんの話がなければ、もっと無茶な意見も出てたと思います」

 

 それは少し意外だった。

 

「無茶な意見?」

 

「すぐ大人数で入って住めるようにしよう、っていう話です」

 

「ああ……」

 

 確かに避難民の立場なら、使えそうな施設が見つかった時点で飛びつきたくもなるか。

 だが、ダンジョンはダンジョンだ。

 核を処理しても、内部の構造崩壊や残留モンスターの可能性はある。安全確認を段階的にやるのが正しい。

 

「後は……西上さんの件で、皆さんかなり落ち込んでましたけど」

 

 葛西さんはそこで少しだけ言葉を切った。

 

「それでも、ちゃんと前に進まないといけないって空気にはなってます」

 

 その表情には疲れもあったが、同時に覚悟も見えた。

 リーダーを失った。

 探索隊も失った。

 それでも避難所は残っていて、生きている人間がいる以上、止まるわけにはいかない。

 

「……そうですか」

 

 それだけ返し、もう一口食べる。

 温かい食事。

 夕方の光。

 人の話し声。

 終わった世界の中で、それでもここにはまだ“共同体”の形が残っている。昨日よりも少しだけ、それが鮮明に見えた。

 そしてその中に、自分の居場所めいたものがほんの僅かでも生まれつつある。

 それは、悪くない感覚だった。

 

「田村さん」

 葛西さんがふと、声を潜めた。

 

「食べ終わった後、少しだけ時間もらえますか?」

 

「内容次第ですけど」

 

「そんなに重い話じゃないです。ただ、今後のことを少し」

 

 今後。

 その言葉に、自然と意識が切り替わる。

 

「分かりました」

 

 頷いてから、ふと大広間の空気をもう一度見渡す。

 こちらを見る視線はまだある。

 

 ヒーローなんて大袈裟なものじゃない。

 

 だが少なくとも、ここでは頼られる側の人間として見られている。

 その事実を、少しだけくすぐったく思いながら、俺は残りの夕食へ箸を伸ばした。

 

 




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