BrokenWorld~黒鉄の装着者~ 作:半笑いの妖精
腹ごなしを兼ねた軽い試運転。
そのつもりだったのだが、気が付けば随分と熱が入ってしまっていたらしい。
「……やりすぎたな」
ぽつりと漏らし、夜空を見上げる。
空は曇天。
月も星もほとんど見えず、辺りは完全に夜の帳に沈んでいた。
暗視を切れば、冗談抜きで三寸先すら怪しいだろう。
草木の輪郭も、瓦礫の起伏も、全部が一様に黒へ溶けている。
その闇の中で、青いラインを走らせた兵器群だけが静かに浮かんでいた。
偵察ドローン。
小型浮遊砲台。
防護重盾機。
そして、それらを束ねる戦術管制ユニット。
数そのものはまだ小隊と呼ぶにも足りない程度だ。
だが、こうして夜闇の中へ並ぶのを見ると、既にただの“便利な道具”ではなく、ひとつの戦力として成立し始めているのがよく分かる。
「まだやりたいことはある、が…」
小型の運用精度。
中型兵器との相性確認。
マキナ・フレームの試運転。
気になることは山ほどある。
だが、別に全部を今日中にやる必要はない。
無理やり詰め込んでも良いことはないだろう。
明日に回せるものは明日でいい。
「……帰るか」
小さく息を吐き、視線を兵器群へ向ける。
召還させてもいいが…。
せっかくなら実地運用を兼ねて、周辺の索敵と雑魚処理を続けさせた方が得だろう。小銭稼ぎにもなるしな。
「各隊、周辺警戒を継続。敵性反応を発見した場合は、危険性の高いほうを優先的に排除。無理はするな。勝率が50%を切る様な相手がいた場合は接敵せず報告し、その場で監視をしろ」
かなり複雑な命令を飛ばすが、戦術管制ユニットは理解できた様で単眼が淡く光り、各兵器群へ指示が流れる。
偵察ドローン二機が高度を分けて散開。
小型浮遊砲台はその後ろへ。
防護重盾機はやや前寄りに位置取りを変え、夜闇の中へ滑るように進み始めた。
実に自然だ。
前なら、この難度の命令を下すにはこと細かな補足が要っただろう。
だが今は違う。
ざっくりとした命令だけで後は勝手に判断して動いてくれる。
頼もしい。
「本当に楽になったな……」
ぽつりと呟く。
思考の負担が減る。
戦場での呼吸一つ分、一瞬の思考の隙が生死を分けるのだから。
後は小隊へ任せる。
俺は踵を返し、公民館の方角へ向かって歩き出した。
暗視越しの世界は相変わらず単調だ。
崩れた塀。
傾いた電柱。
放置された車。
終わった街の景色ばかりが続く。
だが、今日はどこか見え方が違った。
自分の手札が増えたからか。
それとも、ようやくこの世界でどう戦うかの輪郭が見えてきたからか。
背後では、兵器群が夜の中へ溶けるように動いている。
偵察ドローンが先行し、砲台が追い、重盾機が守る。
小さな部隊。
けれど確かに、自分の意思で夜を狩る戦力だった。
その事実が、妙に心強い。
公民館までの道を歩きながら、ふと考える。
森林迷宮を攻略した。
探索隊の件も終えた。
兵器召喚も進み、超大型の切り札まで手に入れた。
なら次は、何を攻略する?
新拠点候補の整備。
兵器群の増強。
中型兵器の本格導入。
それとも、次のダンジョンか。
「……いやいや、焦るな」
自分へ言い聞かせるように呟く。
強くなる道筋は見えた。
だからこそ、ここからは一つずつ確実に積み上げるべきだ。
慢心せず。
着実に。
だが、躊躇もせず。
そうしているうちに、公民館の灯りが遠くに見えてきた。
夜の冷たい空気の中、俺は一度だけ後ろを振り返る。
暗闇の向こうでは、兵器群の青いラインが微かに瞬いていた。
「……任せたぞ」
誰に聞かせるでもなく、そう呟く。
返事はもちろんない。
だが、その直後、戦術管制ユニットから小さな受理音が返ってきて、思わず口元が少しだけ緩んだ。
それから今度こそ前を向き、俺は公民館へと戻っていった。
◆
見張りの男二人に戻ったことを伝えて、自室へ戻る。
扉を閉めると、公民館の中に満ちていた人の気配が一気に遠のいた。
静かだ。
とはいえ、完全な無音ではない。
廊下の向こうで誰かが歩く音。
どこかの部屋で小さく咳き込む声。
壁の向こうから微かに響く食器の触れ合う音。
人が生きている音だ。
それを聞きながら、ふと立ち尽くす。
明日には、攻略済みの森林迷宮の探索が本格的に始まるだろう。
まずは外周の安全確認。
その後に内部の整理、物資の運び出し、使える部屋の選別。
やることはいくらでもある。
そして、その流れの中で自然と自分も巻き込まれていくはずだった。
「……そろそろ、考えないとな」
ぽつりと漏れる。
この避難所での、自分のスタンスを。
崩壊する前から、俺は人との繋がりを極力断っていた。
面倒だから。
疲れるから。
期待されるのも、頼られるのも、逆に誰かへ頼るのも、全部煩わしかった。
だから定職にも就かず、アルバイトを転々として。
深く関わらないようにして。
そうやって生きてきた。
この世界になってからも、最初は同じだった。
拠点を作る。
物資を確保する。
スーツを強化する。
全部、自分一人で完結させるつもりだった。
人と関わるのも、葛西さんたちと接触したのも、元を辿れば食料目的の打算だ。
食料を生み出せる能力。
それが欲しかった。
それだけの話だった。だが…
「……救われた部分も、あったんだよな」
小さく、独り言のように呟く。
それは否定できない。
温かい飯。
人の話し声。
見張りがいて、役割があって、最低限でも共同体の形を保っている場所。
それら全部が、自分の中のどこかを確かに軽くしていた。
一人でいる方が楽だ。
それは今でもそう思う。
だが、一人でいる方が“良い”かと言われると、もう素直には頷けなかった。
森林迷宮から帰ってきた時。
探索隊の件を報告した時。
夕食の場で向けられた視線。
あの空気を思い出す。
あからさまな敵意ではなく、恐怖一辺倒でもなく。
感謝や、期待や、尊敬に近いものまで混じっていた視線。
「……重いよなぁ」
苦笑が漏れる。
正直、居心地が良いとはまだ言えない。
ヒーロー扱いなんて尚更だ。似合わないにも程がある。
だが、だからといって完全に線を引いて「俺は関係ない」とも言いづらくなってきている。
この公民館の人間たちは、少なくとも今のところまともだ。
葛西さんも、杉原も、他の連中も、ただぶら下がるだけの無責任な集団ではない。
なら、自分はどうするべきか。
「完全に所属する気は……まだない」
そこははっきりしていた。
今の俺の力は、一個人が持つであろう武力をあまりにも逸脱している。
スーツ。追加兵装。ヘビースーツ。ビークル。兵器召喚。
手札を全部開示する気はないし、避難所の一員として完全に縛られるのも違う。
かといって、完全な一匹狼に戻るのも違う。
だったら答えは、中間だろう。
協力者。
あるいは外部戦力。
必要な時に手を貸し、必要な時に距離を置ける立場。
「……その辺が妥当か」
自分の中で、一つの形が定まっていく。
ここを拠点候補の一つとして扱う。
食料の供給ルートとしても維持する。
必要なら防衛や探索にも協力する。
ただし、自分の最終判断と手札は自分で握る。
冷たいと感じるかもしれないが、今の自分にはそれが一番自然だった。
そこで、ふと別の考えがよぎる。
もし今後、この公民館へ大群が押し寄せたら?
B級が来たら?
クラウド・エンペラーみたいな理不尽が近くへ降りてきたら?
その時、自分はどうする。
見捨てて逃げるのか。
それとも守るのか。
「……」
しばらく答えが出ない。
だが、出ないこと自体がもう答えに近い気もした。
前の自分なら即座に切り捨てていただろう。
関係ない。自分が生き残る方が先だと。
それが今は、少なくとも迷う。
迷っている時点で、たぶんもう少しだけ深く関わってしまっているのだ。
「……面倒くさいな、本当に」
独り言のように言ってから、息を吐く。
けれど、不思議と嫌な感じはしなかった。
寝具を収納から取り出し、簡易マットを床へ敷く。
毛布も広げる。
今日はもう、十分だ。
兵器群の試運転。
戦術管制ユニットの導入。
超大型兵器の取得。
それに、避難所での立ち位置の整理までした。
頭を使いすぎたせいか、体より先に思考の方が疲れている気がする。
毛布の上へ腰を下ろし、壁にもたれながら最後にもう一度だけバイザーの表示を開く。
兵器群は、まだ外で警戒を続けている。
戦術管制ユニットの指揮下で、偵察ドローンと浮遊砲台と重盾機が夜の街を巡回しているのが、小さな表示の中で分かった。
「……ちゃんと働いてるな」
少しだけ口元が緩む。
小さな軍勢。
まだまだ未完成。
それでも確かに、自分の力としてポイントを稼ぎながら夜を狩っている。
それを見て自分も頑張らないとな、と思う。
森林迷宮の整備。
新拠点の見極め。
避難民達との距離感。
兵器群のさらなる拡充。
やることは多い。
「……着実に、だな」
そう呟いて、表示を閉じる。
灯りの消えた部屋で毛布へ潜り込み目を閉じる。
人との距離。
戦い方。
強くなる道筋。
思い浮かぶそれらはまだまだ完璧には程遠い。
しかしだからこそ、次に何を積み上げるべきかが見えている。
遠くに聞こえるモンスターの鳴き声。
それを聞きながら、俺は静かに意識を沈めていった。
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