BrokenWorld~黒鉄の装着者~   作:半笑いの妖精

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第二十九話:拠り所

 

 腹ごなしを兼ねた軽い試運転。

 そのつもりだったのだが、気が付けば随分と熱が入ってしまっていたらしい。

 

「……やりすぎたな」

 

 ぽつりと漏らし、夜空を見上げる。

 空は曇天。

 月も星もほとんど見えず、辺りは完全に夜の帳に沈んでいた。

 暗視を切れば、冗談抜きで三寸先すら怪しいだろう。

 草木の輪郭も、瓦礫の起伏も、全部が一様に黒へ溶けている。

 その闇の中で、青いラインを走らせた兵器群だけが静かに浮かんでいた。

 偵察ドローン。

 小型浮遊砲台。

 防護重盾機。

 そして、それらを束ねる戦術管制ユニット。

 数そのものはまだ小隊と呼ぶにも足りない程度だ。

 だが、こうして夜闇の中へ並ぶのを見ると、既にただの“便利な道具”ではなく、ひとつの戦力として成立し始めているのがよく分かる。

 

「まだやりたいことはある、が…」

 

 小型の運用精度。

 中型兵器との相性確認。

 マキナ・フレームの試運転。

 気になることは山ほどある。

 だが、別に全部を今日中にやる必要はない。

 無理やり詰め込んでも良いことはないだろう。

 明日に回せるものは明日でいい。

 

「……帰るか」

 

 小さく息を吐き、視線を兵器群へ向ける。

 召還させてもいいが…。

 せっかくなら実地運用を兼ねて、周辺の索敵と雑魚処理を続けさせた方が得だろう。小銭稼ぎにもなるしな。

 

「各隊、周辺警戒を継続。敵性反応を発見した場合は、危険性の高いほうを優先的に排除。無理はするな。勝率が50%を切る様な相手がいた場合は接敵せず報告し、その場で監視をしろ」

 

 かなり複雑な命令を飛ばすが、戦術管制ユニットは理解できた様で単眼が淡く光り、各兵器群へ指示が流れる。

 偵察ドローン二機が高度を分けて散開。

 小型浮遊砲台はその後ろへ。

 防護重盾機はやや前寄りに位置取りを変え、夜闇の中へ滑るように進み始めた。

 実に自然だ。

 前なら、この難度の命令を下すにはこと細かな補足が要っただろう。

 だが今は違う。

 ざっくりとした命令だけで後は勝手に判断して動いてくれる。

 頼もしい。

 

「本当に楽になったな……」

 

 ぽつりと呟く。

 思考の負担が減る。

 戦場での呼吸一つ分、一瞬の思考の隙が生死を分けるのだから。

 後は小隊へ任せる。

 俺は踵を返し、公民館の方角へ向かって歩き出した。

 暗視越しの世界は相変わらず単調だ。

 崩れた塀。

 傾いた電柱。

 放置された車。

 終わった街の景色ばかりが続く。

 だが、今日はどこか見え方が違った。

 自分の手札が増えたからか。

 それとも、ようやくこの世界でどう戦うかの輪郭が見えてきたからか。

 背後では、兵器群が夜の中へ溶けるように動いている。

 偵察ドローンが先行し、砲台が追い、重盾機が守る。

 小さな部隊。

 けれど確かに、自分の意思で夜を狩る戦力だった。

 その事実が、妙に心強い。

 公民館までの道を歩きながら、ふと考える。

 森林迷宮を攻略した。

 探索隊の件も終えた。

 兵器召喚も進み、超大型の切り札まで手に入れた。

 

 なら次は、何を攻略する?

 

 新拠点候補の整備。

 兵器群の増強。

 中型兵器の本格導入。

 それとも、次のダンジョンか。

 

「……いやいや、焦るな」

 

 自分へ言い聞かせるように呟く。

 強くなる道筋は見えた。

 だからこそ、ここからは一つずつ確実に積み上げるべきだ。

 慢心せず。

 着実に。

 だが、躊躇もせず。

 そうしているうちに、公民館の灯りが遠くに見えてきた。

 

 夜の冷たい空気の中、俺は一度だけ後ろを振り返る。

 暗闇の向こうでは、兵器群の青いラインが微かに瞬いていた。

 

「……任せたぞ」

 

 誰に聞かせるでもなく、そう呟く。

 返事はもちろんない。

 だが、その直後、戦術管制ユニットから小さな受理音が返ってきて、思わず口元が少しだけ緩んだ。

 それから今度こそ前を向き、俺は公民館へと戻っていった。

 

 

  見張りの男二人に戻ったことを伝えて、自室へ戻る。

 扉を閉めると、公民館の中に満ちていた人の気配が一気に遠のいた。

 静かだ。

 とはいえ、完全な無音ではない。

 廊下の向こうで誰かが歩く音。

 どこかの部屋で小さく咳き込む声。

 壁の向こうから微かに響く食器の触れ合う音。

 人が生きている音だ。

 それを聞きながら、ふと立ち尽くす。

 明日には、攻略済みの森林迷宮の探索が本格的に始まるだろう。

 まずは外周の安全確認。

 その後に内部の整理、物資の運び出し、使える部屋の選別。

 やることはいくらでもある。

 そして、その流れの中で自然と自分も巻き込まれていくはずだった。

 

「……そろそろ、考えないとな」

 

 ぽつりと漏れる。

 この避難所での、自分のスタンスを。

 崩壊する前から、俺は人との繋がりを極力断っていた。

 面倒だから。

 疲れるから。

 期待されるのも、頼られるのも、逆に誰かへ頼るのも、全部煩わしかった。

 だから定職にも就かず、アルバイトを転々として。

 深く関わらないようにして。

 そうやって生きてきた。

 この世界になってからも、最初は同じだった。

 拠点を作る。

 物資を確保する。

 スーツを強化する。

 全部、自分一人で完結させるつもりだった。

 人と関わるのも、葛西さんたちと接触したのも、元を辿れば食料目的の打算だ。

 食料を生み出せる能力。

 それが欲しかった。

 それだけの話だった。だが…

 

「……救われた部分も、あったんだよな」

 

 小さく、独り言のように呟く。

 それは否定できない。

 温かい飯。

 人の話し声。

 見張りがいて、役割があって、最低限でも共同体の形を保っている場所。

 それら全部が、自分の中のどこかを確かに軽くしていた。

 一人でいる方が楽だ。

 それは今でもそう思う。

 だが、一人でいる方が“良い”かと言われると、もう素直には頷けなかった。

 森林迷宮から帰ってきた時。

 探索隊の件を報告した時。

 夕食の場で向けられた視線。

 あの空気を思い出す。

 あからさまな敵意ではなく、恐怖一辺倒でもなく。

 感謝や、期待や、尊敬に近いものまで混じっていた視線。

 

「……重いよなぁ」

 

 苦笑が漏れる。

 正直、居心地が良いとはまだ言えない。

 ヒーロー扱いなんて尚更だ。似合わないにも程がある。

 だが、だからといって完全に線を引いて「俺は関係ない」とも言いづらくなってきている。

 この公民館の人間たちは、少なくとも今のところまともだ。

 葛西さんも、杉原も、他の連中も、ただぶら下がるだけの無責任な集団ではない。

 なら、自分はどうするべきか。

 

「完全に所属する気は……まだない」

 

 そこははっきりしていた。

 今の俺の力は、一個人が持つであろう武力をあまりにも逸脱している。

 スーツ。追加兵装。ヘビースーツ。ビークル。兵器召喚。

 手札を全部開示する気はないし、避難所の一員として完全に縛られるのも違う。

 かといって、完全な一匹狼に戻るのも違う。

 だったら答えは、中間だろう。

 協力者。

 あるいは外部戦力。

 必要な時に手を貸し、必要な時に距離を置ける立場。

 

「……その辺が妥当か」

 

 自分の中で、一つの形が定まっていく。

 ここを拠点候補の一つとして扱う。

 食料の供給ルートとしても維持する。

 必要なら防衛や探索にも協力する。

 ただし、自分の最終判断と手札は自分で握る。

 冷たいと感じるかもしれないが、今の自分にはそれが一番自然だった。

 そこで、ふと別の考えがよぎる。

 もし今後、この公民館へ大群が押し寄せたら?

 B級が来たら?

 クラウド・エンペラーみたいな理不尽が近くへ降りてきたら?

 その時、自分はどうする。

 見捨てて逃げるのか。

 それとも守るのか。

 

「……」

 

 しばらく答えが出ない。

 だが、出ないこと自体がもう答えに近い気もした。

 前の自分なら即座に切り捨てていただろう。

 関係ない。自分が生き残る方が先だと。

 それが今は、少なくとも迷う。

 迷っている時点で、たぶんもう少しだけ深く関わってしまっているのだ。

 

「……面倒くさいな、本当に」

 

 独り言のように言ってから、息を吐く。

 けれど、不思議と嫌な感じはしなかった。

 寝具を収納から取り出し、簡易マットを床へ敷く。

 毛布も広げる。

 今日はもう、十分だ。

 兵器群の試運転。

 戦術管制ユニットの導入。

 超大型兵器の取得。

 それに、避難所での立ち位置の整理までした。

 頭を使いすぎたせいか、体より先に思考の方が疲れている気がする。

 毛布の上へ腰を下ろし、壁にもたれながら最後にもう一度だけバイザーの表示を開く。

 兵器群は、まだ外で警戒を続けている。

 戦術管制ユニットの指揮下で、偵察ドローンと浮遊砲台と重盾機が夜の街を巡回しているのが、小さな表示の中で分かった。

 

「……ちゃんと働いてるな」

 

 少しだけ口元が緩む。

 小さな軍勢。

 まだまだ未完成。

 それでも確かに、自分の力としてポイントを稼ぎながら夜を狩っている。

 

 それを見て自分も頑張らないとな、と思う。

 

 森林迷宮の整備。

 新拠点の見極め。

 避難民達との距離感。

 兵器群のさらなる拡充。

 やることは多い。

 

「……着実に、だな」

 

 そう呟いて、表示を閉じる。

 灯りの消えた部屋で毛布へ潜り込み目を閉じる。

 

 人との距離。

 戦い方。

 強くなる道筋。

 思い浮かぶそれらはまだまだ完璧には程遠い。

 しかしだからこそ、次に何を積み上げるべきかが見えている。

 遠くに聞こえるモンスターの鳴き声。

 それを聞きながら、俺は静かに意識を沈めていった。

 




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