BrokenWorld~黒鉄の装着者~ 作:半笑いの妖精
▼
モンスター名:オーガ
ランク:C-
詳細:生木の幹をへし折る膂力と強靭な肉体を兼ね備えた鬼型のモンスター。獲物への執着心が強く、犬より優れた嗅覚と聴覚で獲物をしつこく追跡した後捕食する。また、種族特性として暴威の魔眼を所持している為注意が必要。
討伐P:1000
▲
街灯が落ち、月の光だけが世界を照らしている。
そんな頼りない明かりの下でも、暗視機能付きのバイザーはソイツの姿をはっきりと映し出していた。
赤銅色の肌。
天に反り返る額から生えた二本の剛角。
まるで荒く削り出した岩壁のような筋骨隆々の肉体。
3メートルを超える巨体と、それに見合う大きさの巨大な棍棒。
一目見ただけで理解した。
コイツは、ヤバい。
本能が全力で警鐘を鳴らす。
家を壊されたことへの怒りなど、一瞬で吹き飛んだ。
代わりに脳裏を埋め尽くしたのは、逃げの一手だけだ。
まだ気づかれていない今のうちに──
「──っっっっ!」
オーガの、血のように赤い瞳孔と目が合った。
その瞬間、全身の血が凍りついたような感覚に襲われる。
心臓を鷲掴みにされたような圧迫感。背筋を氷の杭で貫かれたような悪寒。
そして次の瞬間には、指先ひとつ動かせなくなっていた。
ヤバいヤバいヤバいヤバい……!!
焦り、逸り、喚き散らす思考とは裏腹に、体はまるで他人のものみたいに言うことを聞かない。
これが……暴威の魔眼……!
オーガはゆっくりと立ち上がる。
その動作には、無駄な力みが一切なかった。狩る側の絶対的な余裕。獲物が逃げられないと知っている捕食者だけが持つ、圧倒的な確信があった。
巨体がわずかに沈む。
足に力が込められた、その次の瞬間。
ドン、と空気が爆ぜた。
視界が追いついた時には、もう目の前まで迫ってきていた。
速すぎる──そう思う間もない。
人外の膂力を乗せた棍棒が、胴を薙ぎ払うようにぶち当たった。
轟音。
直撃の瞬間、スーツ越しにも分かるほどに空気が圧縮され、衝撃が全身を貫いた。
体がくの字に折れ曲がり、抱えていたボストンバッグが弾け飛ぶ。中身が夜の道路へぶちまけられ、水のボトルや缶詰が乾いた音を立てて転がった。
俺の体はそのまま砲弾みたいに吹き飛ばされる。
横のブロック塀を粉砕。
破片を散弾のように撒き散らしながら突き破り、勢いのまま奥の民家の壁へ激突する。
壁が悲鳴のような音を立てて陥没し、遅れて土埃と瓦礫が雪崩れ込んできた。
「ッカハ……ッ!!」
肺の中の酸素が一気に押し出され、掠れた息が漏れる。
視界が明滅し、耳の奥でキーンという耳鳴りが鳴り続ける。
来る。
次の瞬間、全身を引き裂く激痛が来る──そう身構えた、が。
「……あれ?」
痛みは、確かにある。
全身に重たい鈍痛。四肢には痺れるような熱と痛み。頭もガンガンする。
だが、それだけだ。
もちろん無傷ではない。
だが、あの一撃をまともに食らったにしては、あまりにも軽い。
指先までちゃんと動く。
腕も上がる。足も曲がる。呼吸も乱れてはいるが、意識ははっきりしている。
少なくとも、死に直結するような損傷はどこにも見当たらない。
途端に、胸を締め上げていた恐怖が薄れていく。
代わりに戻ってきたのは、熱が引いたあとのような妙に冴えた冷静さだった。
スーツの耐久値を確認する。
……一割。
たった、それだけしか減っていない。
あの一撃は、家屋ひとつを容易く倒壊させられる威力だった。
それを真正面から受けて、たったの10パーセント。
「はは……!」
喉の奥から笑いが漏れた。
改めて思い知る。
このスーツは化け物だ。
そして、その化け物じみた力を今、自分が操っている。
恐怖の残滓を押し流すように、全身の内側から高揚感がせり上がってくる。
そうだ。
ビビる必要なんてない。
耐えられる。
なら、倒せる。
瓦礫の中に埋もれた俺の様子を確認しに来たのか、オーガがこちらへ近づいてくる。
重い足音が一歩ごとに地面を震わせた。
その巨体が月明かりを塞ぎ、影が覆い被さる。
赤い双眸は油断なく細められているが、そこに焦りはない。まだ俺を、自分に逆らえる相手だとは思っていないのだろう。
──絶好の反撃チャンスだ。
出し惜しみはしない。
エネルギー消費、1000。
意識を向けた瞬間、スーツ全身を走る青いラインが一際強く輝き始める。
発光は脈動するように明滅し、まるでスーツそのものが咆哮しているみたいだった。
腕部へ莫大なエネルギーが集束していく感覚がある。熱ではない。もっと鋭く、危うく、触れたもの全てを分解してしまいそうな暴力の塊だ。
オーガもそれを脅威と察したのか、咄嗟に後方へ飛び退いた。
だが、遅い。
「消し飛べ……!」
叫ぶと同時、突き出した両手の掌から、バランスボール大のエネルギー弾が二つ放たれた。
放たれた瞬間、夜気が震えた。
青白い光弾は空気を焼きながら一直線に突き進み、その軌跡に残光を引く。
二つの光弾はオーガの目前で互いに干渉し、激しく唸りながら融合した。
膨れ上がった光は一瞬で球ではなく奔流へと変わり、牙を剥く津波のような密度でオーガを呑み込む。
「グ……オォ……!」
オーガが初めて苦悶の声を上げた。
その巨体が光の奔流の中で軋み、削れ、消えていく。
赤銅色の肉体が、岩を砕くようにではなく、存在そのものを上書きされるみたいに内側から薄れていく。
棍棒が砕け、腕が消え、胸郭が呑まれ、鬼のような貌が断末魔と共に崩壊する。
凄まじい光量に、暗視越しでも視界が白く染まった。
遅れて衝撃波が押し寄せ、周囲の瓦礫を吹き飛ばす。砕けたブロック片やガラス片が乾いた音を立てて跳ね回った。
残ったのは足首から下だけだった。
だが、それすらも数瞬遅れて光の粒子へと変わり、夜の中へ溶けるように消えていく。
静寂が戻った。
さっきまでそこにいたはずの巨鬼の気配は、もうどこにもない。
『討伐ポイントを入手しました』
無機質な電子音声が、戦いの終わりを告げた。
討伐ポイントの表示が、バイザーの端で無機質に明滅している。
1000。
たった今、自分はあの化け物を消し飛ばした。
家を瓦礫に変えた鬼を、真正面から殺したのだ。
「……は、はは」
笑いが漏れる。
だが、その声にはさっきまでのような高揚だけではない、妙な掠れが混じっていた。
強敵を倒した達成感。圧倒的なポイントを手に入れた興奮。
それらは確かに胸の内にある。
けれど、それ以上に目に入ってくるものがあった。
瓦礫の山。
ひしゃげた鉄骨。砕けたコンクリート。崩れた壁材。潰れた階段。
俺が昨日まで寝起きし、雨風を凌ぎ、僅かながらも生活を積み重ねていた場所の成れの果て。
もう、戻る部屋はない。
夜勤明けで倒れ込んだベッドも。
安物のカーテンも。
積みっぱなしにしていた服も、洗剤も、歯ブラシも、鍋も。
あの狭い空間を満たしていた、自分の生活の痕跡がまるごと消えていた。
物の価値なんて大したことはない。
失くなったところで泣くような高級品があったわけでもない。
だが、それでも。
「……クソ」
喉の奥から漏れた悪態は、自分で思っていたよりずっと重かった。
家がある、帰る場所がある。
それだけのことが、どれだけ心を支えていたのか。失って初めて分かる。
夜の冷気が、瓦礫の隙間を吹き抜ける。
ついさっきまでは何とも思わなかった風が、今はやけに冷たかった。
スーツの性能が高かろうが、ポイントがあろうが、それだけじゃ駄目だ。
この世界で生き残るには、戦う力だけじゃ足りない。
拠点。
まずはそれだ。
眠れて、物を置けて、外敵を防げる場所。
今日みたいに、寝ている間に化け物一匹に粉砕されるような脆い場所じゃなく、もっと堅牢で、簡単には壊されない拠点が必要だ。
そう考えた瞬間、脳裏によぎった場所があった。
「……あそこか」
町の外れ。
去年倒産した中小企業の中型ビル。一度単発バイトで働いた事があるから覚えている。
確か三階建てか四階建てだったはずだ。
工業部品を扱う会社で、事務所と倉庫が一体になったような構造をしていた。敷地の周囲はフェンスで囲まれ、入口には大きめの門。窓は多いが、アパートみたいに木造でもなければ、ただの住宅より壁も分厚い。
少なくとも、今までのボロアパートよりは遥かにマシだ。
それに、あそこは立地も悪くない。
町の中心から少し外れている分、人もモンスターも流れ込みにくい。
最悪、正面入口を塞げば侵入経路はかなり限られるだろう。
倉庫部分が無事なら、物資の保管場所にも困らない。
屋上があれば周辺警戒にも使える。
給水設備や非常電源なんかは期待できないかもしれないが、それでも今の俺には十分すぎる。
「……次の拠点は、あそこだな」
口に出すと、不思議と実感が湧いてくる。
もう失ったものを見て立ち尽くしている場合じゃない。
この世界は、止まった奴から死ぬ。
なら、動くしかない。
バイザーに視線を走らせ、現在のポイントと機能一覧を呼び出す。
1000Pという数字は、今までとは一桁も二桁も違う重みを持って目に映った。
これだけあれば、かなりの強化ができる。
火力をさらに上げるか。
耐久値を底上げするか。
索敵機能や防御機構、あるいは物資運搬向けの増設を取るか。
考えることは山ほどある。
だが、今すぐ全部を決める必要はない。
重要なのは、次の目的が定まったことだ。
あのビルを確保する。
使えるように整える。
そして、今度こそ簡単には壊されない拠点にする。
そのために必要な物は何か。
脳内で優先順位を組み立てる。
まずは移動。
次に現地の安全確認。
内部にモンスターが巣食っていた場合は排除。
出入口の構造確認。籠城に使えそうなフロアの選定。
その後で、デパートから運び出した物資のうち無事だったものを回収できるだけ回収する。
……いや。
今のこの瓦礫の有様じゃ、散らばった物資の回収は後回しだ。
夜も深い。視界は暗視でどうにでもなるが、周囲の危険はむしろ増している。
ここに長居するのは得策じゃない。
何より──
オーガみたいな化け物が一体だけとは限らない。
そう結論づけた瞬間、背筋を薄い冷気が撫でた。
さっきの勝利で感覚が麻痺しかけていたが、冷静に考えればこの世界は始まったばかりだ。
あの怪物ですらC-。上にはまだいくらでもいる。
たまたま勝てたからといって、自分が無敵になったわけじゃない。
浮かれすぎるな。
調子に乗るな。
死にたくなければ、慎重に動け。
自分に言い聞かせながら、瓦礫の影から周囲を見回す。
今の大技でかなり派手に騒いだ。近くのモンスターが寄ってくる可能性は高い。
実際、遠くの路地の奥から、何かが擦れるような音が聞こえ始めていた。
鳴き声ではない。足音でもない。だが、確実に何かが動いている。
「……さっさと行くか」
低く呟き、散乱した荷物へ目をやる。
ボストンバッグは三つのうち一つが大きく裂け、中身が半分以上飛び出していた。
もう一つは潰れてはいるが使えそうだ。背負っていた分も擦り傷だらけだが無事らしい。
缶詰、水、袋麺、レトルト、菓子。
使える物を手早く拾い上げ、無事なバッグへ詰め直す。
この作業をしている間にも、耳は周囲の気配を拾い続けていた。
遠くでガラスが割れる音。
どこかで響く、甲高い鳴き声。
そして、時折混ざる、人間だったものの末路を連想させるような湿った咀嚼音。
もう、いつもの日常はどこにもない。
バッグを担ぎ直し、最後に瓦礫の山を一瞥する。
感傷に浸っている暇はない。
分かってはいる。分かってはいるが、それでもほんの一瞬だけ、胸の奥がズキリと痛んだ。
「……またこんな事にならないように」
誰に聞かせるでもなくそう言って、踵を返す。
向かう先は、町の外れ。
去年潰れた中小企業の中型ビル。
今の俺に必要なのは、安心して眠れる場所だ。
戦って、稼いで、強くなるための土台。
奪われても、壊されても、次を作れるだけの余力を持つための拠点。
夜の道路へ踏み出す。
青いラインを走らせた強化外装が、月明かりの下で静かに輝いた。
背後には壊された過去。
前方には、これから奪い取る新しい拠点。
足を止める理由は、もうどこにもなかった。
今話獲得機能:無し
裏ステータス:1→2