BrokenWorld~黒鉄の装着者~ 作:半笑いの妖精
戦闘が可能な者だけを集めた会議室は、思ったよりも空気が重か
った。
人数は多くない。
杉原君をはじめ、見張りに立っていた若い連中。
武器を扱える者。
能力持ちが数人。
それに葛西さん。
避難民全体から見ればごく一部だが、この避難所で戦う側に立てる人間はほぼ全員集まっているのだろう。
長机を挟んで向かい合う形になる。
全員の視線がこちらへ集まった。
その視線に気圧されることはなかったが、気楽でもない。
今から話すのは、ただの注意喚起ではなく、この避難所の今後を左右する話だ。
「まどろっこしい前置きは抜きにして単刀直入に言います」
そう切り出すと、会議室のざわめきがすっと消えた。
「この避難所の近辺で人間の集団を発見しました。規模は数十人。昨日までこの周辺で確認されていなかった連中です」
そこで一拍置いて、バイザーの簡易共有を出す。
高所から捉えた映像。
崩れた商店街跡に集まる連中の姿。
反応はすぐに出た。
「……なんだ、こいつら」
「チンピラ……?」
「いや、もっと質が悪そうだ……」
誰かが小さく呟く。
そう。
見た目からして穏便に済むような相手ではない。
それを俺は、そのまま言葉にした。
「映像を見れば分かる通り、お世辞にもまともな集団には見えません。半グレ、あるいはヤクザ崩れに近い。少なくとも、礼儀正しく交渉して終わるタイプではないと思われます」
数人の顔が強張る。
だが、ここで曖昧にしても意味がない。
相手を過小評価する方が危険だ。
「して、その戦力の詳細はまだ分かっていません」
そう続ける。
「能力者が何人いるのか、どの程度の武装を持っているのか。そこまではまだ断定できません。ただ──」
「あの人数の集団を維持できている時点で、戦力が低いとは考えにくい」
静かな沈黙が落ちる。
「今の世界で数十人が固まって動けるってことは、それだけで一種の暴力です。食料の確保、拠点の維持、周辺モンスターへの対処。全部を回してきたってことですから」
「つまり、ただ人数が多いだけの烏合の衆ではない可能性が高い」
誰も反論しない。
皆、その意味は分かっているのだろう。
この世界では生き残っていること自体が、ある程度の強さの証明になる。
まして集団で、となれば尚更だ。
「結論から言います」
視線を順に見回しながら、はっきり告げる。
「現状、この避難所がその連中と正面から戦えば、無事では済まないと思ってください」
それを聞いた瞬間、会議室の空気が一段重くなった。
ショックを受けた顔。
奥歯を噛む顔。
不安を隠しきれない顔。
無理もない。
モンスター相手ならまだ人間じゃない分だけ割り切れる。
だが、同じ人間の集団が脅威として近づいているというのは、また別種の嫌さがある。
杉原が先に口を開いた。
「……田村さんがいても、ですか」
真っ直ぐな問いだった。
少しだけ迷ったが、変に期待を持たせる方が危ない。
「私だけなら勝つことはできる…かもしれません。しかし、此処に居る全員を守りながらとなると難しいと言わざるを得ません」
そもそも相手に能力者が居るのかも不明な状態で、勝てるかどうかの問答はあまり意味が無い。
俺の強化外装を筆頭に、葛西さんの豊穣の女神、西上の鎧騎士を召還する能力。得てして能力者というのは規格外の戦力を秘めている可能性がある。
ぶつかる可能性があるのなら回避するのが賢い選択だろう。
この避難所には戦える人数が限られており、戦力という意味でもこの集団より劣っている。小隊の数を増やせば戦力差は補えるかもしれないが…全部俺が解決するのも違うだろう。
あくまで俺は外部協力者という立ち位置だ。
頼りにされるのは良いが、依存されるのはごめんだ。
だからこそ、ここで変な幻想は持たせない方がいい。
「誤解しないでほしいのは、私が手を貸さないと言ってるわけじゃありません」
そう前置きしてから、改めて全員を見回す。
「戦う必要が出たなら戦います。迎撃も、防衛も、やれることはやる。ですが、私が何とかするから自分たちは何もしなくていいという前提で動かれると困る、という話です」
そこははっきり線を引く。
「この避難所はこの避難所で、自分たちの防衛と退避と判断の準備をしてください。私はその上で協力する側です」
数人が小さく頷く。
反発は出なかった。少なくとも、ここに集まっている連中は現実が見えているらしい。
「今の段階で必要なのは三つ」
指を立てる。
「一つ。警戒の強化。見張りの人数と時間を増やす。特に夜間と明け方」
「二つ。避難民の単独行動禁止。水汲みでも物資運びでも、最低二人以上で動くこと」
「三つ。退避準備。最悪ここを捨てて動く可能性も含めて、持ち出すものと人の流れを決めておく」
そこで、能力持ちらしい男が口を開いた。
三十手前くらいか。以前見た時は、金属バットを持って見張りへ出ていた男だ。
「戦うのを避ける方向なのは分かりました。ですが、向こうがこっちを見つけて踏み込んできたら?」
「その時は段階で分けます」
「まず接触前に気づけるなら、こちらの規模と中身を見せない。見張りを引っ込める、外に痕跡を残さない、必要なら周辺の物資を一時的に隠す」
「それでも見つかったら?」
「交渉の余地を見ます。ただし、相手が武力で押してきた場合は、防衛しながら退避です」
言い切ると、何人かの顔が険しくなる。
「公民館を守り切る、ではなく?」
杉原君がそう聞く。
「建物そのものに拘る必要はないからです」
俺は静かに答えた。
「この公民館は拠点としては悪くない。しかし、籠城には向いていません。囲まれたり、火を放たれたり、能力者に崩されたら終わりです」
「であれば、人員を生かして引く方がいい」
「これは攻略済みの森林迷宮という逃げ先があるから提示できる手段でもあります」
そこまで言うと、葛西さんが小さく頷いた。
「……私は賛成です」
彼女の一言は大きかった。
食料面の中核である葛西さんがそう言うなら、退避前提の話も現実味を持つ。
別の若い男が不安げに口を開く。
「でも、逃げるにしても相手の方が人数多いんですよね。追われたら……」
「だから準備が要るんです」
そこで、バイザーの簡易図を出す。
公民館周辺。
森林迷宮。
商店街跡。
主な道路。
遮蔽物の多いルート。
退避候補の経路。
「向こうの位置が分かってる今なら、まだ主導権はこっちにあります」
「兵器群で監視を続けます。相手の移動方向と規模変化は追える」
映像と地図を重ねながら説明する。
「その上で、こちらは“いつでも分散して動ける形”を作る。全員で一塊になって逃げるんじゃなく、先導、中央、殿を分ける。戦える人間は護衛位置を決める」
「そこまでやれば、奇襲されてもマシになる」
ふむ、と誰かが低く唸る。
完全な安心には程遠い。
だが、どうにもならない話でもないと伝わり始めたようだった。
そこで今度は葛西さんが、少し迷うようにしてから聞いてきた。
「……田村さんは、どこまで協力してくれますか」
会議室の視線がまた集まる。
そこが一番聞きたいところなのだろう。
当然だ。
俺は少し考えてから、答えた。
「監視は継続します。接触前の情報収集もやる。防衛線を張る必要があるなら、その設置も手伝う。逃げる際の護衛も出しましょう戦闘になった場合も、迎撃には入る」
ここで一度区切る。
「ただし、判断の主体はそっちで持ってください」
「私が全部決めるつもりはありません。この避難所をどうしたいかは、ここにいる人間が決めるべきです」
それは本音だった。
外から来た俺が、力があるからといって全部を握るのは違う。
責任も覚悟もここで生活している連中のものだ。
「……分かりました」
それから、彼は周囲を見回した。
「じゃあ、まずは見張り強化と行動制限からですね」
「あと、他の人たちにどう伝えるかも決めましょう」
会議室の空気が、ようやく会議らしく回り始める。
誰がどの時間の見張りに入るか。
どの程度まで一般の避難民へ伝えるか。
森林迷宮の探索と並行できるか。
持ち出し物資の優先順位。
話はすぐにはまとまらない。
だが、少なくとも全員が“自分ごと”として考え始めていた。
その様子を見ながら、俺は一歩引いた位置で黙る。
これでいい。
全部を俺が決める必要はない。
必要な情報を出して、現実を見せて、選択肢を整理する。そこまでが今の俺の役割だ。
少しして、葛西さんが改めてこちらを見た。
「兵器群の監視、引き続きお願いします」
「分かりました」
「それと……相手が動いたら、すぐ教えてください」
「もちろんです」
短く答える。
会議室の外では、まだ朝の光が弱く差しているだけだ。
だが、この避難所にとっては、もう一つ夜が明けたようなものだった。
モンスターだけを見ていればよかった段階は終わり。
次からは、人間の悪意も計算へ入れなければならない。
面倒だ。
厄介だ。
そして、だからこそ油断できない。
俺は静かにバイザーの端へ意識を向ける。
遠方では兵器群がまだ監視を続けている。
その小さな青い反応を確認しながら、次に相手がどう動くかを待った。
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