BrokenWorld~黒鉄の装着者~ 作:半笑いの妖精
相手が動いたのは、その日の昼を少し回った頃だった。
兵器群の一つから短い通知音が届く。
【監視対象、移動開始】
【進行方向:公民館周辺】
【推定人数:34】
【隊列:前衛突出、中央密集、後衛散開】
「……来たか」
小さく呟き、即座にバイザーの視界共有を開く。
映像に映るのは、崩れた商店街跡を出てこちらへ向かってくる連中の姿。
人数は昨日見た時より少し絞られていた。全員で押しかけるのではなく、先遣隊か、あるいは交渉と威圧を兼ねた中核だけを出してきたらしい。
先頭を歩くのは、長身の男。
年は三十半ばくらいか。髪を後ろへ撫でつけ、黒いジャケットを羽織っている。今の世界では珍しくもない雑な装いだが、立ち姿だけで周囲との格の違いが分かった。
こいつが頭か。
その左右には武器持ち。
金属バット、鉄パイプ、鉈。
中には拳銃らしきものまで見える。
「銃まであるのか……」
面倒さが一段増した。
とはいえ、兵器群の監視映像越しに見る限り、動きは素人の集団そのものだ。
統率があるようでいて雑。前衛が前へ出すぎているし、後衛の間隔も広い。
とはいえ雑でも、数と暴力で押してくるなら十分脅威だ。
俺はそのまま会議室へ向かった。
◆
兵器群の報告と映像を共有すると、会議室の空気が一気に張り詰める。
「想定より早いですね……」
葛西さんの低い声。
「向こうも周辺を探っていたんでしょう。で、使えそうな建物を見つけた」
「まだ一直線に突撃してくる隊列ではないです。威圧と様子見が混じってる感じですかね。このまま近づけば公民館の存在は確実に掴まれます」
杉原君が歯噛みするように言った。
「どうします」
「予定通りにいきましょう」
俺はバイザーの地図を開き、机の上へ簡易投影する。
「第一段階。外にいる人間を全部引っ込める。見張りも下げる。公民館が人の拠点だと一目で分かる痕跡を減らす」
「第二段階。交渉に出る人間を絞る。数は少なく、だが戦える面子を控えさせる」
「第三段階。相手が踏み込む気配を見せたら、即座に退避準備へ移る」
そこまで言うと、能力持ちの一人が口を開く。
「交渉って、誰が出るんです?」
視線が自然と葛西さんへ向く。
だが、俺は首を横に振った。
「葛西さんは出ない方がいい」
「……やっぱり、ですか」
「能力が食料系だと知られたら厄介です。避難所の中核を最初から表へ出す理由がない」
なら誰が出るか。
少し間を置いてから、自分を指す。
「俺が出ます」
会議室が静まる。
「あの手の連中相手に一番効くのは“舐めたら不味い”って最初に分からせることです」
変に弱そうな人間を出しても足元を見られるだけ。
かといって大人数で出て睨み合えば、そのまま衝突の口実になる。
「ですので私が一人で出ます。後ろに少数だけ控える形がいい」
俺自身の戦力は秘匿したい。
だが、多少の威圧は必要だ。
パワードスーツはそもそも異様だし、今の強化したメインスーツならなおさら見た目の圧がある。
「兵器群は?」
葛西さんが聞く。
「見せません。少なくとも最初は」
「向こうが何を持ってるか分からないうちは隠すべきです。兵器群には監視継続と、もしもの時の奇襲迎撃に回す」
バイザー上で青い反応が動く。
【各小隊、迂回配置】
【公民館周辺外周へ分散】
【交戦許可:保留】
【優先任務:監視・救援・退路確保】
受理音が返る。
外では、偵察ドローンが高度を取り直し、小型浮遊砲台と防護重盾機が建物の陰へ散っていく。
直接見せず、だが必要なら一瞬で噛みつける位置取りだ。
「問題は、交渉の内容です」
地図を閉じて、今度は机を見回す。
「向こうが欲しいのは拠点か、物資か、女か、あるいは全部かもしれない」
その言葉に何人かの顔が険しくなった。
「ただ、最初から全部を奪いに来るならもっと数を連れてきてるはずです。今回は偵察の可能性が高い」
「それに対してこちらは強気で対応します」
「この避難所にお前らに渡す物は何もないぞ、と」
「田村さん一人で、足りますか」
「足りなければ足すだけです」
そのために兵器群を隠しておくのだ。
交渉が破綻し、向こうが踏み込んだ瞬間に、外周配置した小隊で殴りつける。
さらに必要ならヘビースーツを切る。
ただ、そこまで行く前に引かせたい。
しばらくのやり取りの末、役割はまとまった。
交渉役は俺。
後方控えに杉原と、能力持ち二人。
葛西さんは避難民側の統制と、退避準備の中核。
他の戦える連中は持ち出し物資と一般人の誘導役へ分散。
「……よし」
立ち上がる。
もう時間がない。
監視映像では、相手はじわじわ距離を詰めていた。
「行きます」
そう言って会議室を出る。
◆
公民館の前庭は、数分前までと様子が変わっていた。
人影が減っている。
資材も目立つものは引っ込められ、外から見れば“かろうじて人が潜んでるかもしれない古い建物”程度に見えるはずだ。
悪くない。
門の外まで歩き、そこで止まる。
後方には杉原たち。
さらにその外周には、建物の陰へ溶け込んだ兵器群。
そして前方。
半グレじみた連中の先頭集団が、こちらへ見える位置まで来ていた。
先頭の長身の男が、公民館を一瞥し、それから俺を見る。
「へぇ……」
口元が歪んだ。
「案外、マシそうなのが出てきたじゃねぇか」
第一声からそれだ。
下品だが、むしろ分かりやすい。
俺は一歩も動かず、淡々と返す。
「こちらに何か御用ですか?」
男は肩をすくめた。
「用ってほどでもねぇさ。ただ、この辺じゃ見ねぇ建物に明かりがあったんでな。挨拶に来てやった」
後ろの連中がニヤつく。
全員、こっちを舐めるつもりで来ている顔だ。
「ご挨拶が目的なら済みましたね。お帰りください」
即座にそう切ると、空気が少しだけ止まる。
向こうも、まさかここまで素っ気なく返されるとは思っていなかったらしい。
だが次の瞬間、男の目が笑った。
「威勢がいいな、兄ちゃん」
「俺らは見ての通り、寄り合い所帯でよ。この辺で食い扶持探してんだわ」
「…それでここを見つけたと」
「ああ」
そこで男は一歩、こちらへ出る。
「人が住める屋根付き。しかも女やガキもいそうだ。食い物の匂いもする。そりゃ気になるだろ?」
言外どころか、ほぼ答えをそのまま言った。
やはりろくでもない。
後方で杉原たちの気配が強張る。
だが、まだ動かない。動かせない。
俺は男を真っ直ぐ見返した。
「ここは先に使ってる人間がいます」
「ああ、だろうな」
「他を当たってください」
「それを決めるのはお前か?」
「少なくとも、あんたじゃない」
数秒、沈黙。
次の瞬間、後ろの連中の一人が吹き出した。
「コイツ、イキってやがる」
「一人で何とかなると思ってんのか?」
嘲りが飛ぶ。
だが、先頭の男だけは笑っていなかった。
じっと俺のスーツを見ている。黒い外装。青いライン。バイザー。
得体の知れなさを測っているのだろう。
「……そのスーツは能力の産物か?」
「さぁ、どうでしょう」
「そうでなきゃ、その態度は無理だろうな」
男はそこで、ようやく少しだけ真面目な顔になる。
「あー。俺は面倒事が嫌いでな…。単刀直入に言うぜ…痛ぇ思いしたくねぇなら、大人しく寄越せ」
「一応聞くが…何を?」
「食い物。寝床。女。あと働けるやつ──つまりは全部だ」
後ろで誰かが息を呑む。
こっちとしては予想の範囲内。
だが改めて口にされると、胸の奥に冷たいものが落ちる。
俺は、少しだけ首を傾げた。
「断ったら?」
男が笑う。
「今言ったろ?とんでもなく痛ぇ思いをする事になる」
空気が切り替わった。
向こうの数人が武器を握り直す。
こちらも後ろに控える戦闘員たちの体勢が変わる。
まだ誰も踏み込んでいない。だが、ほんの少しの切っ掛けで始まるだろう。
俺は静かに、バイザーの端へ意識を向けた。
【兵器群、交戦準備】
【射線確保】
【防護位置固定】
【命令待機】
青い反応が、夜ではなく昼の街で静かに牙を剥く位置へ移る。
そして俺は、目の前の男へ向かって、できるだけ平坦な声で言った。
「…一つだけ教えてやろう」
「あん?」
「痛ぇ思いをするのは手前ぇ等だ」
その瞬間。
商店街跡から付いてきていた後方の男の足元へ、見えない角度から青白い光弾が突き刺さった。
爆発。
石畳が弾け、男が悲鳴を上げて後ろへ転がる。
「なっ──!?」
向こうの視線が一斉に散る。
どこから撃たれたのか分からない。
それで十分だった。
俺は一歩だけ前へ出る。
「今のは警告だ。だが次は警告じゃ済まねぇかもな」
石畳を抉った威嚇砲撃の余韻が、まだ乾いた音を立てている。
後方で転がった男は尻餅をついたまま、何が起きたのか理解できていない顔で辺りを見回していた。
どこから撃たれたのか分からない。
何が撃ったのかも分からない。
分からないが一番効く。
前に立つ長身の男だけが、即座に目を細めた。
視線が左右へ走る。建物の陰、崩れた塀、二階の窓、電柱の影。
こちらの背後ではなく、周辺全体を見ている。
「……面白ぇな」
低く、男が言う。
後ろの連中はざわついていた。
「どこから撃たれた!?」
「狙撃!?」
「いや、銃弾じゃなかったぞ今の!」
だが男は手を上げてそれを制した。
無駄に怒鳴らない辺り、やはりただのチンピラ頭ではないらしい。
「今のは能力の一つか?兄ちゃん」
「さぁ、たまたまどこかから飛んできただけかもな」
淡々と返す。
向こうの目が細くなる。
笑っているようで、笑っていない。獣が距離を測る時の目だった。
「…くはっ!…面倒事は嫌いだが、こういうのは嫌いじゃねぇ」
男は自分の胸を親指で指した。
「俺ぁ、阿瀬景義って言う」
阿瀬。
名前だけ覚えておく。
「そっちは?」
「…田村だ」
最低限だけ返す。
すると阿瀬は、口元だけで笑った。
「田村、ね」
そのまま一歩、また一歩と前へ出る。
今度はさっきより露骨だった。こっちがどこまで下がらずにいられるかを試している。
俺も動かない。
阿瀬は門の外、ほんの数歩手前で止まった。
「さっきの威嚇、普通なら良い手だ」
「それはどうも」
「ただな」
そこで声色が変わる。
「事、俺に関しちゃ悪手だったな」
阿瀬の視線が遮蔽に隠れている兵器群を正確に捉えた。
「俺の能力の前では、お前の隠し球は俺の力になる……!」
次の瞬間だった。
背後で、空気が震える。
隠していた小隊の一つが、威嚇砲撃に合わせて次射準備へ入っていたのだろう。
建物の陰から浮かび上がる青いライン。
偵察ドローン。
小型浮遊砲台。
防護重盾機。
本来ならまだ見せるつもりはなかった。
阿瀬の言動に反応して戦術管制ユニットが交戦直前と判断したらしい。
「チッ……」
舌打ちが漏れる。
その瞬間、バイザーに赤い警告が弾けた。
【召喚兵器:通信遮断】
【召喚兵器:命令リンク不安定】
【召喚兵器:反乱の恐れあり】
「──は?」
思わず声が出た。
何が起きた。
戦術管制ユニットの反応が乱れる。
リンク中だった偵察ドローンの一機が、ぴたりと空中で停止。
浮遊砲台の砲口が本来狙っていた阿瀬たちではなく、横方向へ向き、防護重盾機の一体が避難所を庇う位置から外れた。
「おい……!」
即座に再命令を飛ばす。
【全兵器、リンク再接続】
【指揮権固定】
【敵対認識:正面集団】
返ってきたのは、鈍いノイズだけだった。
信号が通らない。
いや、通ってはいるが、途中で何かにかき乱されている。
阿瀬が、そこで初めて喉の奥で笑った。
「お前、面白ぇもん使ってるな」
ぞくりと背筋が冷える。
能力か。
詳細は分からない。
だが、向こうの能力がこちらの召喚兵器へ干渉しているのは間違いなかった。
「……全部隊、帰投」
即座に命じる。
最悪、リンクを切ってでも引かせる。
だが、偵察ドローンの一機がその場でくるりと向きを変えた。
小型浮遊砲台も遅れて旋回する。
砲口が、こちらへ向いた。
「っ、下がれ!」
叫ぶ。
杉原君たちが反射的に身を引くのと同時、防護重盾機の残り一体がぎりぎりでこちら側へ滑り込み、シールドを展開した。
次の瞬間、浮遊砲台から光弾が放たれる。
シールドへ着弾。
爆ぜる。
衝撃で防護重盾機が弾かれ、石畳に深い亀裂が走る。
「……マジかよ」
背中に嫌な汗が伝う。
奪われた。
完全ではないが、少なくとも小隊の一部が向こうの干渉を受けている。
阿瀬は満足げに笑っていた。
「言っただろ」
低く、愉しむように。
「お前の隠し球は俺の力になるってな」
後ろの連中がどよめく。
さっきまでの得体の知れない相手への警戒が、一気に優越へ変わっていくのが分かった。
「阿瀬さん、やっちまえますよ!」
「すげぇ……あの変な兵器、寝返ったぞ!」
「やっぱ阿瀬さんの能力ヤベぇな!」
名前が飛ぶ。
だが、能力の詳細まではまだ分からない。
分からないが、十分だ。
少なくともこちらの召喚兵器やリンク兵器を、そのままぶつけるのは危険。
戦術管制ユニット前提の戦い方は、相性最悪かもしれない。
なら。
「全兵器、強制停止」
再び命じる。
【停止命令:拒否反応】
【一部兵器、外部干渉下】
【戦術管制ユニット:再接続不能】
駄目だ。
切れない。
その間にも、阿瀬の横で半グレどもが一斉に武器を構え始める。
向こうは、もう試しを終えた顔だった。
俺は一歩下がる。
その動きに合わせて杉原君たちも半歩引いた。
「田村さん……!」
背後から緊張した声。
だが振り返る暇はない。
ここで分かったことは一つ。
こいつは危険だ。
数が厄介なのではなく、能力の相性が最悪だ。
こちらの兵器群運用を軸にした戦い方を、そのまま崩してくる。
しかも今は、小型兵器だけだ。
中型以上まで同じように干渉できるなら、兵器召喚の運用思想そのものが根元から揺らぐ。
阿瀬が顎をしゃくった。
「さて、兄ちゃん。心して選べよ」
寝返った浮遊砲台と偵察ドローンが、こちらへ照準を定める。
その背後には、三十人超の略奪者。
正面には阿瀬景義。
得体の知れない、兵器干渉系の能力持ち。
「頭下げて従うか」
男が一歩前へ出る。
「ここで惨めったらしく死ぬか」
空気が、ぴんと張り詰める。
兵器群はもう使えない。
少なくとも、この場では。
なら答えは一つだ。
「……杉原君」
「は、はい」
「今すぐ中へ戻れ。退避準備を回せ」
「でも──」
「いいから行け!!」
怒鳴るように言うと杉原君は一瞬だけ迷いを見せた後、歯を食いしばって頷いた。
背後の能力持ち二人も、すぐに理解したらしい。こちらを気にしつつも、公民館側へ駆け戻っていく。
それを見て、阿瀬が笑う。
「見捨てられたくねぇなら、さっさと膝つけよ」
「勘違いするな」
俺は静かに答えた。
「巻き込まれないように下げただけだ」
阿瀬の笑みが、少しだけ深くなる。
「へぇ」
なら見せるしかない。
兵器群が奪われるなら、兵器群に頼らない札を切る。
外部兵器が駄目なら、自分の外装そのものだ。
召喚兵器じゃない。
リンク兵器でもない。
俺自身に着込むタイプの兵装なら、少なくともそう簡単には奪えないはずだ。
「……来い」
低く呟く。
次の瞬間、青い光が全身を走った。
腕。
肩。
背。
脚。
追加装甲が展開され、黒い本体スーツの上から重厚な兵装が噛み合っていく。
ヘビースーツ。
それを見た略奪者どもの顔から、余裕が少しだけ消えた。
阿瀬だけが、まだ笑っている。
「いいねぇ」
愉快そうに、心底愉快そうに。
「そういうのを待ってた」
昼の公民館前。
交渉は、完全に終わった。
次に始まるのは、モンスター相手とはまた別の、最悪に面倒な人間同士の殺し合いだった。
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