BrokenWorld~黒鉄の装着者~ 作:半笑いの妖精
俺の
公民館前の崩れた路上で、二つの怪物が相対していた。
サイズはほぼ同格。
威圧感も、発する圧も、互いに一歩も譲らない。
だが、それでも僅かな差はあった。
純粋な威力。
スピード。
防御力。
破壊力。
その四つに限れば、こちらが上だ。
マキナ・フレームは単純な決戦兵器としての完成度が高すぎる。
踏み込みの速度も、拳の質量も、装甲の堅牢さも、阿瀬の傀儡装獣より一段上を行っていた。
問題はそれ以外だ。
瓦礫兵の生成。
機械兵器やマキナ・フレームへの干渉。
周囲の物質全てを自分の手足として使える能力。
そういった周囲環境全体を自分のものとして扱う能力が阿瀬にはある。
故に戦況は分かりやすく優勢劣勢へ傾かない。
殴れば削れる。
だが削った端から操った周辺物質を傀儡装獣に取り込ませ修復する。
阿瀬側の攻撃は、単発の威力だけ見れば俺の方が圧倒的に上だ。
それでも干渉と攪乱。その細かな損耗の積み重ねによって、確実にこちらを削ってくる。
「──ッ、らぁぁぁぁッ!」
マキナ・フレームの右腕を振り抜く。
巨腕打撃機構を限界まで回し、肩部と腰部の捻りを乗せたフック気味の一撃。
音ではなく衝撃が先に空間を裂き、ギガンペット・ビーストの頭部側面へ叩き込まれる。
直撃。
金属質な外殻と、生物じみた継ぎ接ぎの肉片めいた装甲がまとめて弾け飛ぶ。
牙の並ぶ顎がひしゃげ、片側の複眼めいた赤い発光器官が砕ける。
「グ、ォォォォオオオッ!!」
阿瀬のものとは思えない咆哮。
ギガンペット・ビーストそのものが吠えているのか、それとも阿瀬の悪趣味な演出か。
どちらにせよ、反撃の余地を与える気はなかった。
返す左腕で前足を払う。
巨獣の巨体が僅かに傾いだその隙に、胸部収束熱線兵器【ブレイク・ハート】を展開。
胸装甲が左右へ割れ、内部から収束光が膨れ上がる。
「穿て──ッッ!」
放たれた一条が、ギガンペット・ビーストの胸部を真正面から貫いた。
爆ぜる。
外殻がめくれ、内部で複雑に組み上がっていた金属骨格と有機的な筋繊維のようなものが露出する。
明らかに致命傷級。普通の相手ならこれで終わっている。
だが。
「はははっ、痛ぇなぁ!」
阿瀬の声が、むしろ愉快そうに響いた。
ギガンペット・ビーストが大きく仰け反った、その背後。
さっきまで吹き飛ばした瓦礫兵の残骸。
寝返らされたまま撃墜していた小型浮遊砲台の破片。
砕けた防護重盾機の外殻。
路上に散らばった鉄骨やブロック塊。
それらが一斉に持ち上がる。
「……またか!」
胸の穿孔部へ向かって、それらが吸い込まれていく。
金属は金属、瓦礫は瓦礫、見えない糸で無理やり編み込まれ、補修材として取り込まれる。
しかも単純な補修ではない。
元の外殻より、ほんの僅かに厚く。
元の継ぎ目より、より複雑に。
回復のたび、ギガンペット・ビーストは局所的に“適応”していくように見えた。
「生意気に学習までしてやがるのか……!」
「周り全部が餌でありエネルギーであり武器なんだよぉ!俺とこいつにとってはな!」
阿瀬が笑う。
次の瞬間、ギガンペット・ビーストの背部が開く。
鱗とも装甲板ともつかない部分が跳ね上がり、中から無数の鋼片が射出された。
針。
いや、矢か。
金属と骨の継ぎ接ぎみたいな細長い杭が雨のように飛ぶ。
両腕をクロスし、マキナ・フレームの前腕装甲で受ける。
いくつかは弾き、いくつかは装甲へ食い込む。
直撃の威力はそこまでじゃない。
だが、一本一本に見えない糸のような干渉が混じっている。
【警告:外装制御へ微弱干渉】
【警告:駆動系へ遅延発生】
「チッ」
嫌らしい。
ダメージそのものより、こっちの動きを鈍らせることを主眼に置いている。
しかもギガンペット・ビーストの巨体で殴り合いながら、それを並行してやってくるのだから性質が悪い。
ギガンペット・ビーストが、砕けた顎を鳴らしながら突っ込んでくる。
その速度は見た目から想像するより遥かに速い。
前足で地を掻き、後ろ脚の筋繊維めいた駆動部を爆ぜるように収縮。
まるで大型肉食獣そのものの身のこなしで、巨体を滑らせる。
迎撃。
右腕で拳を作り、真正面から振り下ろす。
巨獣の左肩口へ命中。
同時に相手の前足の爪がこちらの脇腹装甲を抉る。
相打ち。
マキナ・フレームの打撃はギガンペット・ビーストの肩関節をごっそり削り取った。
だが向こうの爪もまた、こちらの脇腹装甲に深い裂傷を刻んでいた。
【右脇腹装甲:損傷】
【内部フレーム露出率:8%】
微々たるもの。
数値だけ見れば致命傷には程遠い。
だが、問題は蓄積だ。
阿瀬側の攻撃は、一発一発で見ればマキナ・フレームを倒し切る程ではない。
それでも確実に通る。
確実に傷が増える。
確実に干渉が積もる。
そしてこちらは、上回る火力で叩き潰しているはずなのに、瓦礫と兵器を喰って回復される。
「っ……」
このままだと不味い。
じわじわとこちらが不利になっていく千日手。
攻撃しては回復される。
向こうの攻撃は小さいが、細かな干渉と傷が確実に残る。
長引けば長引くほど、消耗戦になる。
決着させるには【ブレイク・ハート】の高出力連射か、腕部大型粒子砲【バースト・コイル】の二門同時最大解放が必要だろう。
しかしそれには相応の溜めがいる。
そして、そんな溜めを見逃すほど阿瀬は甘くない。
「悪巧み中かぁ?兄ちゃん!」
ギガンペット・ビーストの尾が地を薙ぐ。
機体を半歩引き、膝を折ってギリギリで回避。
そのまま左腕で尾を掴む。
重い。
だが掴める。
掴んだ瞬間、尾の装甲が裂け、中から細い腕めいた節が何本も飛び出した。
蠢く。絡みつく。
まるで生きた鞭の中へ、更に傀儡兵が仕込まれているみたいな悪趣味さだった。
「どこ見てんだぁ!?」
阿瀬の声。
ギガンペット・ビーストの背中から、今度は瓦礫兵が射出される。
腹から生まれるのではない。外殻の隙間、胸部の裂け目、肩口の補修材がほどけて、そのまま人型の傀儡へ変質して飛び出してくる。
「……ッ!」
近い。
近すぎる。
瓦礫兵自体は大した脅威ではない。
しかし、マキナ・フレームの視界と関節へ絡みつくには十分だった。
頭部カメラにしがみつく。
肩関節へ噛みつく。
膝裏へ鉄骨を差し込む。
まるで巨人に群がる蟻だ。
鬱陶しい。
そして、今の状況では致命的だった。
「邪、魔だぁぁッ!!」
全身を震わせるようにエネルギーを流し、表面装甲へ衝撃波を走らせる。
まとわりついていた瓦礫兵が弾け飛ぶ。
その一瞬を逃さず、ギガンペット・ビーストが頭突きのように突進してきた。
回避不能。
両腕を前へ。
正面衝突。
ビル同士がぶつかったような衝撃で、周囲の窓ガラスが一斉に割れ、公民館の壁に亀裂が走る。
背後で誰かの悲鳴が聞こえたが、もう意識を向ける余裕はなかった。
押し合いになる。
こちらの拳と腕部フレーム。
向こうの頭蓋装甲と肩部の塊。
互いの出力が地面へ伝わり、足元の石畳ごと沈んでいく。
マキナ・フレームの方が、出力は上。
少しずつ、少しずつ押し返せる。
だが、その間にギガンペット・ビーストの周囲では、また瓦礫が持ち上がる。
補修。補強。増殖。
「……
「そんな褒めてもなにも出ねーよ!」
阿瀬の声が、獣の腹の底から響いてくるみたいに不快だった。
押し合いを捨てる。
腰を落とし、右へ半回転。
ギガンペット・ビーストの突進を逸らし、その勢いのまま背後を取る。
背部多目的重砲ユニットを至近距離で展開、背面へ向けて面制圧砲撃。
爆発。
装甲板がめくれ、内部の補修材が吹き飛ぶ。
返す動きで高周波振動刃【フレーム・エッジ】を展開。前腕から鈍く光る黒い刃が伸び、背骨めいた中軸へ叩き込まれる。
切れた。
確かに切れた。
ギガンペット・ビーストの背面フレームが斜めに割れ、そこから有機部と金属部の混ざった中身が噴き出す。
体勢が崩れ、膝をついた。
絶好のチャンス。
【ブレイク・ハート】を再展開。
チャージの溜めの一拍。
その一拍が──甘かった。
ギガンペット・ビーストの崩れた背中、その裂け目の中から、阿瀬の糸が直接飛ぶ。
数十、いや数百。
バイザーの干渉警告が真っ赤に染まった。
【超高密度外部干渉】
【マキナ・フレーム駆動系へ侵入】
【兵装制御権限:競合】
「──っっっ!」
胸部砲のチャージが乱れる。
主砲展開が止まる。
右脚が一瞬、勝手に膝を折ろうとする。
阿瀬はここを狙っていたのだ。
自分の傀儡装獣を餌にしてでも、チャージの硬直へ干渉を差し込む。
それができると読んでいた。
「一度見た大技は見逃さねぇよ」
ギガンペット・ビーストが、こちらの胸へ噛みついてくる。
顎が閉じる。
分厚い装甲が悲鳴を上げる。
噛み合った牙の一本一本にも、阿瀬の糸が通っているのか、物理だけでない嫌な抑え込みが乗っている。
まずい、マズイ、不味い──!
このままでは胸部中枢砲を封じられたまま、じわじわ削られる。
なのに打開策へ手を伸ばそうとした、その時だった。
「──っ!?」
反射で顔を上げる。
いや、上げたのは俺だけじゃなかった。
阿瀬もだ。
ギガンペット・ビースト越しに感じていた阿瀬の意識が、明確にこちらから外れる。
動きが止まる。
俺を殺すために積み重ねていた圧力が、干渉が途切れた。
阿瀬は正面の俺を気にすることなく後ろを振り向く。
何がある。
そう思うより先に、空気そのものが歪んだ。
熱ではない。
冷気でもない。
もっと純粋で、もっと理不尽な何かがこの一帯へ降ってきた。
空が、白んでいる。
陽光とは別種の極光が後方から差し込んでいた。
それは眩しいのに暖かさがなく、清浄なはずなのに底知れない暴力の匂いしかしなかった。
マキナ・フレームのバイザーが、今までにない速度で解析を始める。
エラー混じりの警告。
異常な演算負荷。
ランク判定不能からの、強制表示。
そして、そこに現れたのは。
▼
モンスター名:
ランク:S
詳細:超災害級の念動能力を持つ人型の光。その力は大地を浚い、海を割断し、星を落とす。討伐するなら不可視かつ不可知の一撃が推奨される。さもなければ空間を歪める程の怒りが襲うだろう。
討伐ポイント:12億
▲
「……は?」
声が漏れたのは、俺だったのか阿瀬だったのか分からない。
そこには、かつて見た絶望と同じ種類のものがあった。
だが、まったく別の形をしていた。
人型。
そう呼ぶしかない輪郭。
頭、胴、腕、脚。
全体のシルエットは人間に近い。
なのに、その内側は全て光だった。
白金とも、太陽とも、雷光とも違う。
凝縮され、押し固められ、どうにか人の形へ留められているだけの災害そのもの。
足は地に着いていない。
浮いている。
いや、周囲の空間そのものを歪めて、立つという概念を無視しているように見えた。
その周囲数十メートルだけ、空気が凹んでいる。
重力が狂っている。
石ころが浮き、瓦礫が砕け、粉塵が渦を巻いて天へ吸い上げられる。
ただそこにいるだけで、周囲の世界を別の法則で書き換えている。
「超級にやべぇな……こりゃ」
阿瀬が、珍しく本音の調子でそう漏らした。
さっきまでの余裕がない。
ギガンペット・ビースト越しに伝わる気配が、明らかに変わっていた。
冗談でも虚勢でもなく、危険だと認識している。
それもそうだ。
S級。
討伐ポイント12億。
数字もヤバいが、実際に目の前に現れた存在感の方がもっとヤバい。
クラウド・エンペラーですら遠くからしか見ていない。
今回のこれはその場にいるだけで、身体の内側を直接掴まれているみたいな圧がある。
アドヴェント・ヒューマライトは、こちらを見るでもなく、しかしこの場の全てを認識している様な気がした。
光でできた顔に目鼻はない。
だが、視線を確実に感じる。
最悪だ。
阿瀬との死闘。
マキナ・フレームと傀儡装獣の拮抗。
そこへS級乱入。
笑うしかない状況だが、口角一つ持ち上がらない。
その時だった。
ギガンペット・ビーストの巨体が、ふっと軽くなる。
「……おい?」
阿瀬の気配が、消えた。
本当に、忽然と。
さっきまでマキナ・フレームへ干渉し、ギガンペット・ビーストを動かし続けていた阿瀬景義の手触りが、まるで最初からそこにいなかったかのように消失する。
「逃げやがった……!?」
思わず声が出る。
完全な戦線離脱。
ギガンペット・ビーストにはまだ残滓のような動力があるが、操縦の芯が抜けた。
阿瀬は、あの怪物を置き土産のように残して、自分だけ姿を消したのだ。
「ざけんなよ……!」
だが、それに構っている余裕はない。
目の前には、阿瀬なんか比較にもならない災害が降臨している。
アドヴェント・ヒューマライト。
そいつがゆっくりと腕を上げる。
たったそれだけの動作で、地面がめくれた。
公民館前の石畳が、何十メートルもの幅で紙みたいに剥がれ上がり、空中へ巻き上がる。
瓦礫も車も門柱も、まとめて浮く。
マキナ・フレームのバイザーが悲鳴じみた警告を吐き散らす。
【現象解析結果:超高出力念動反応】
【回避推奨】
【回避推奨】
【回避推奨】
推奨?
無茶を言うな。
避けられる規模じゃない。
目の前の傀儡装獣。
背後の公民館。
空間ごとめくり上げるS級。
状況はもう、阿瀬との戦いどころではなくなっていた。
それでも、俺はマキナ・フレームの拳を握る。
今この場にいる限り、逃げるにしても、守るにしても、何かを決める必要があった。
阿瀬は消えた。
だが、残された戦場はもっと最悪な形で書き換わってしまったのだ。
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