BrokenWorld~黒鉄の装着者~   作:半笑いの妖精

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第三十五話:超常なる児戯

 

 まるで子供に掴まれた玩具の様だった。

 マキナ・フレームがぴくりとも動かない。

 全駆動を回している。

 脚部アンカーも、腰部フレームも、肩部出力も、何もかも限界まで使っている。

 掴まれている。

 他でもないアドヴェント・ヒューマライトに。

 

「……っ、ぐ……!」

 

 視界の端から端まで、警告が埋め尽くす。

 

【現象解析:超高圧念動拘束】

【駆動系出力:抵抗不能】

【フレーム保持率:低下】

【状態:全関節部へ異常負荷】

【回避不能】

【回避不能】

【回避不能】

 

 数字も、表示も、もう意味をなしていなかった。

 重さ数百トンは下らないマキナ・フレーム。

 その巨体が、空のペットボトルのように持ち上げられる。

 浮く、という表現ですら軽すぎた。

 重量を無視して、質量を否定して、世界の法則すらをねじ曲げて持ち上げられている。

 そんな感覚だった。

 足元から地面が離れる。

 公民館の屋根が下がる。

 瓦礫の街が一瞬で俯瞰へ変わる。

 そして──投げられた。

 

「──────ッ!!」

 

 次の瞬間、目の前に壁が現れたような錯覚を覚える。

 いや、違う。

 世界そのものへ叩き付けられたのだ。

 凄まじいGが機体全体を襲う。

 マキナ・フレームの衝撃緩衝。

 スーツの補助機能。

 強化された身体。

 その全部を、易々と踏み潰して貫いてくる。

 胸骨がきしむ。

 背骨が悲鳴を上げる。

 脳が頭蓋の内側で暴れる。

 腕も脚も、今どっちを向いているのかすら分からなくなる。

 景色が回る。

 空と地面と瓦礫と光が、全部ひとつになって潰れていく。

 激しい痛みが全身を貫いた。

 神経の一本一本へ直接、焼けた鉄杭を打ち込まれるような痛み。

 それと同時に、バイザーへ最悪の表示が浮かぶ。

 

【マキナ・フレーム耐久値:0】

【外装維持不能】

【強制解除移行】

【操縦者保護優先】

 

「──」

 

 声にならない。

 終わる。

 そう理解した瞬間、意識の端で反射的に叫んでいた。

 サブスーツ。

 薄れかけた思考の、その最後の一片で呼ぶ。

 強制解除されるマキナ・フレームの内側へ、予備外装が滑り込む。

 光。装甲。最小限の防護。

 それらが、崩れゆく超大型機兵の残骸の隙間へ無理やり噛み合う。

 そして──世界が黒に包まれた。

 

 

 耐え難いほどの激痛に、意識が引きずり上げられた。

 

「……っ、ぁ……!」

 

 息を吸った瞬間、肺の奥で何かが裂けるような感覚が走る。

 喉の奥に鉄臭い液体が上がってきて、反射的に咳き込んだ。

 血だ。

 それだけは、すぐに分かった。

 まともに体を動かせない。

 指先一つ動かすだけでも、全身のどこかが悲鳴を上げる。

 けれど、意識はある。視界もある。

 サブスーツの簡易バイザーが、今の状態を容赦なく映していた。

 

【全身状態:重篤】

【血管系:多数損傷】

【筋組織:広範囲断裂】

【骨格:多発骨折】

【内臓:重大損傷】

【出血量:危険域】

【生体回復機能:最大稼働中】

【即時安静推奨】

【即時安静推奨】

【即時安静推奨】

 

「……は、はは……」

 

 乾いた笑いが漏れる。

 普通なら死んでいる。

 いや、普通じゃなくても死んでいる。

 これでまだ意識がある方がおかしい。

 生きている理由は、はっきりしていた。

 まず、マキナ・フレーム。

 最後の最後まであの巨体が盾になってくれた。外装そのものは鉄屑と化しても、操縦者保護の機能だけは仕事をしきったのだろう。

 次に、ギリギリで装着したサブスーツ。

 衝撃耐性。最小限の外装防護。

 そして、生体回復機能。

 それら全部が重なって、どうにか命だけを繋いでいる。

 喉の奥に上る血の味を噛み締めながら、理解する。

 あれが。

 あれこそが、この世界の理不尽だ。

 B級を倒せる。

 森林迷宮を攻略できる。

 兵器群を揃え、超大型機兵まで出せる。

 そんなものですら、歯牙にも掛けない。

 というより、最初から戦う対象としてすら見ていないのかもしれない。

 子供が気まぐれに玩具を掴んで投げた。

 それだけ。

 その程度の扱いで、マキナ・フレームは潰れ、俺の体はこの有様だ。

 

「……く、そ……」

 

 悔しさとか恐怖とか、そういう言葉では追いつかない。

 ただ、格が違いすぎる。

 クラウド・エンペラーを見た時も思った。

 アースメイル・ワイバーンやアーマード・トロルを遠目に見た時も、理不尽だとは感じた。

 だが今、目の前で実際に食らったそれは、その比じゃなかった。

 S級。

 文字や遠くで隠れ見るのと、対面するのとでは訳が違う。

 

「……遊び道具かよ」

 

 自嘲めいた声が漏れる。

 B級を倒せる俺ですら、その程度。

 なんなら、ちょっと頑丈な玩具として振り回されただけだ。

 それが、現実だった。

 バイザーの片隅で、生体回復機能がじわじわと正常へと押し戻している。

 微量。

 しかし確実に、死から一歩ずつ遠ざけてくれている。

 

 周囲の景色は全くの新天地。検討も付かない。

 瓦礫。粉塵。折れた鉄骨。

 一体どれほど投げ飛ばされたのだろうか。

 

 公民館からどれだけ離れたかも分からない。

 ただ一つだけ、はっきりしていることがある。

 今、あの“光”ともう一度まともに向き合えば終わる。

 マキナ・フレームが駄目だった。

 ヘビースーツどころか、超大型機兵ですら、あれには玩具同然だった。

 なら、今取るべき行動は一つしかない。

「……生き、残る」

 掠れた声でそう呟く。

 悔しさも、怒りも、全部後回しだ。

 今ここで見栄を張って死んだら、何も残らない。

 あの理不尽を越えるには、まだ積み上げが足りない。

 まだ、全然足りない。

 だったら今は、生きて帰るしかない。

 そのために、まず状況確認だ。

 震える指先をどうにか動かし、バイザーの外部映像と広域反応探知を開く。

 視界が滲む。

 吐き気がする。

 それでも、見なければならない。

 アドヴェント・ヒューマライトはどこにいる。

 公民館はまだ無事か。

 阿瀬は。

 ギガンペット・ビーストは。

 自分が今どれだけ終わりに近い場所へいるのか、それを把握しない限り、次の一手すら打てない。

 血の味を飲み込みながら、俺は震える視界の向こうへ、再びこの世界の地獄を見ようとした。

 

 




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