BrokenWorld~黒鉄の装着者~ 作:半笑いの妖精
まるで子供に掴まれた玩具の様だった。
マキナ・フレームがぴくりとも動かない。
全駆動を回している。
脚部アンカーも、腰部フレームも、肩部出力も、何もかも限界まで使っている。
掴まれている。
他でもないアドヴェント・ヒューマライトに。
「……っ、ぐ……!」
視界の端から端まで、警告が埋め尽くす。
【現象解析:超高圧念動拘束】
【駆動系出力:抵抗不能】
【フレーム保持率:低下】
【状態:全関節部へ異常負荷】
【回避不能】
【回避不能】
【回避不能】
数字も、表示も、もう意味をなしていなかった。
重さ数百トンは下らないマキナ・フレーム。
その巨体が、空のペットボトルのように持ち上げられる。
浮く、という表現ですら軽すぎた。
重量を無視して、質量を否定して、世界の法則すらをねじ曲げて持ち上げられている。
そんな感覚だった。
足元から地面が離れる。
公民館の屋根が下がる。
瓦礫の街が一瞬で俯瞰へ変わる。
そして──投げられた。
「──────ッ!!」
次の瞬間、目の前に壁が現れたような錯覚を覚える。
いや、違う。
世界そのものへ叩き付けられたのだ。
凄まじいGが機体全体を襲う。
マキナ・フレームの衝撃緩衝。
スーツの補助機能。
強化された身体。
その全部を、易々と踏み潰して貫いてくる。
胸骨がきしむ。
背骨が悲鳴を上げる。
脳が頭蓋の内側で暴れる。
腕も脚も、今どっちを向いているのかすら分からなくなる。
景色が回る。
空と地面と瓦礫と光が、全部ひとつになって潰れていく。
激しい痛みが全身を貫いた。
神経の一本一本へ直接、焼けた鉄杭を打ち込まれるような痛み。
それと同時に、バイザーへ最悪の表示が浮かぶ。
【マキナ・フレーム耐久値:0】
【外装維持不能】
【強制解除移行】
【操縦者保護優先】
「──」
声にならない。
終わる。
そう理解した瞬間、意識の端で反射的に叫んでいた。
サブスーツ。
薄れかけた思考の、その最後の一片で呼ぶ。
強制解除されるマキナ・フレームの内側へ、予備外装が滑り込む。
光。装甲。最小限の防護。
それらが、崩れゆく超大型機兵の残骸の隙間へ無理やり噛み合う。
そして──世界が黒に包まれた。
◆
耐え難いほどの激痛に、意識が引きずり上げられた。
「……っ、ぁ……!」
息を吸った瞬間、肺の奥で何かが裂けるような感覚が走る。
喉の奥に鉄臭い液体が上がってきて、反射的に咳き込んだ。
血だ。
それだけは、すぐに分かった。
まともに体を動かせない。
指先一つ動かすだけでも、全身のどこかが悲鳴を上げる。
けれど、意識はある。視界もある。
サブスーツの簡易バイザーが、今の状態を容赦なく映していた。
【全身状態:重篤】
【血管系:多数損傷】
【筋組織:広範囲断裂】
【骨格:多発骨折】
【内臓:重大損傷】
【出血量:危険域】
【生体回復機能:最大稼働中】
【即時安静推奨】
【即時安静推奨】
【即時安静推奨】
「……は、はは……」
乾いた笑いが漏れる。
普通なら死んでいる。
いや、普通じゃなくても死んでいる。
これでまだ意識がある方がおかしい。
生きている理由は、はっきりしていた。
まず、マキナ・フレーム。
最後の最後まであの巨体が盾になってくれた。外装そのものは鉄屑と化しても、操縦者保護の機能だけは仕事をしきったのだろう。
次に、ギリギリで装着したサブスーツ。
衝撃耐性。最小限の外装防護。
そして、生体回復機能。
それら全部が重なって、どうにか命だけを繋いでいる。
喉の奥に上る血の味を噛み締めながら、理解する。
あれが。
あれこそが、この世界の理不尽だ。
B級を倒せる。
森林迷宮を攻略できる。
兵器群を揃え、超大型機兵まで出せる。
そんなものですら、歯牙にも掛けない。
というより、最初から戦う対象としてすら見ていないのかもしれない。
子供が気まぐれに玩具を掴んで投げた。
それだけ。
その程度の扱いで、マキナ・フレームは潰れ、俺の体はこの有様だ。
「……く、そ……」
悔しさとか恐怖とか、そういう言葉では追いつかない。
ただ、格が違いすぎる。
クラウド・エンペラーを見た時も思った。
アースメイル・ワイバーンやアーマード・トロルを遠目に見た時も、理不尽だとは感じた。
だが今、目の前で実際に食らったそれは、その比じゃなかった。
S級。
文字や遠くで隠れ見るのと、対面するのとでは訳が違う。
「……遊び道具かよ」
自嘲めいた声が漏れる。
B級を倒せる俺ですら、その程度。
なんなら、ちょっと頑丈な玩具として振り回されただけだ。
それが、現実だった。
バイザーの片隅で、生体回復機能がじわじわと正常へと押し戻している。
微量。
しかし確実に、死から一歩ずつ遠ざけてくれている。
周囲の景色は全くの新天地。検討も付かない。
瓦礫。粉塵。折れた鉄骨。
一体どれほど投げ飛ばされたのだろうか。
公民館からどれだけ離れたかも分からない。
ただ一つだけ、はっきりしていることがある。
今、あの“光”ともう一度まともに向き合えば終わる。
マキナ・フレームが駄目だった。
ヘビースーツどころか、超大型機兵ですら、あれには玩具同然だった。
なら、今取るべき行動は一つしかない。
「……生き、残る」
掠れた声でそう呟く。
悔しさも、怒りも、全部後回しだ。
今ここで見栄を張って死んだら、何も残らない。
あの理不尽を越えるには、まだ積み上げが足りない。
まだ、全然足りない。
だったら今は、生きて帰るしかない。
そのために、まず状況確認だ。
震える指先をどうにか動かし、バイザーの外部映像と広域反応探知を開く。
視界が滲む。
吐き気がする。
それでも、見なければならない。
アドヴェント・ヒューマライトはどこにいる。
公民館はまだ無事か。
阿瀬は。
ギガンペット・ビーストは。
自分が今どれだけ終わりに近い場所へいるのか、それを把握しない限り、次の一手すら打てない。
血の味を飲み込みながら、俺は震える視界の向こうへ、再びこの世界の地獄を見ようとした。
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