BrokenWorld~黒鉄の装着者~   作:半笑いの妖精

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第三十七話:更地

 

 完全に痛みが抜けたのは、それから五日後のことだった。

 もっとも、ただ寝ていただけではない。

 体が鈍りきらないよう、動ける程度まで回復した三日前から軽いストレッチや可動確認は続けていた。とはいえ何もしないよりはマシという程度でしかないが。

 生体回復機能のおかげで、骨の噛み合わせがズレているとか、筋肉が変な方向へ固まっているといったことはなかった。

 

 だが、戦闘の勘は別だ。

 踏み込みの間合い。

 躱す時の重心移動。

 咄嗟の切り返し。

 そういったものは、やはり実際に動かしてみなければ戻らない。

 だから俺は、瓦礫の洞穴を出てからしばらくの間、肩慣らしに時間を使った。

 

 最初はメインスーツ。

 基本の身体強化と近接武器生成、エネルギー弾、索敵補助を一通り使って、まずは動きそのものを確かめる。

 

 次にヘビースーツ。

 追加装甲の重量感、高出力兵装の反動、主砲とミサイルの展開速度、重装状態での回避。

 

 最後に、ビークルモード。

 高速移動中の姿勢制御。

 急制動。

 旋回。

 短距離の高出力加速。

 そして、そのまま流れるように戦闘形態へ移る感覚。

 そこまでやって、ようやく問題ないと判断した。

 

「……戻ろう」

 

 短く呟く。

 向かう先は、公民館。

 避難所だった場所。

 S級が顕現したあの地。

 B級を倒せる俺が文字通り手も足も出なかった怪物の遊び場。

 考えなくても、碌な光景は待っていないだろう。

 分かっている。

 分かっていても、確かめずにはいられなかった。

 正直に言えば葛西さんたちが無事だとは思っていない。

 それでも、もしかしたら。

 そのもしかしたらを捨て切れない程度には、俺の中であの避難所は大きなものになっていた。

 気持ちを切り替えるように、ビークルモードを起動する。

 黒い機体が組み上がり、地を蹴って空へ出る。

 機動力に優れた形態の利点を活かし、地上の障害物も、崩れた都市も、壊れた道路もまとめて置き去りにして飛ぶ。

 県にして三つ。

 そのくらい離れた位置から戻ってきたのだが──

 

「…な、あ…?」

 

 思わず、声が漏れた。

 

「更地……?」

 

 あまりに変わり果てた景色に、地図を二度見し、それでも足りず三度見する。

 だが位置情報が示す現実は非情だった。

 ここが避難所のあった場所だと。

 公民館があった地点だと。

 葛西さんたちがいた場所だとはっきり示している。

 なのに、そこにはもう何もなかった。

 建物が崩れた、などという話ではない。

 壊された、でもない。

 そんな生易しいものじゃなかった。

 消えている。

 公民館も。

 周囲の住宅も。

 道路も、塀も、街路樹も。

 全部まとめて削り取られたみたいに、巨大な盆地じみた地形へ変わっていた。

 土が剥き出しになっている。

 いや、土ですらない場所もある。

 地層が捲れ、岩盤が露出し、表面には何かに押し潰され、抉られ、持ち上げられた痕が無数に残っていた。

 自然災害の跡じゃない。

 戦争の跡とも違う。

 ただ純粋な暴力で、そこにあった“街”という概念ごと捻り潰したような痕跡だった。

 

 ビークルモードを解除し、瓦礫──いや、瓦礫と呼べるものすら少ないその地へ降り立つ。

 足音がやけに大きく響く。

 周囲に人工物の壁がないせいで、音の跳ね返り方まで変わっていた。

 

「あぁ……」

 

 誰に呼びかけるでもなく、声が漏れる。

 返事があるはずもない。

 それでも、歩く。

 削り取られた地面の上を。

 かつて人がいて、食事の匂いがして、話し声がしていたはずの場所を。

 ほどなくして、見つけた。

 最初は、それが何なのか分からなかった。

 白いもの。

 赤黒いもの。

 布切れ。

 砕けた骨。

 肉片。

 それらが、まるで誰かが玩具箱をひっくり返したみたいに、地面のあちこちへ散らばっている。

 

「……っ」

 

 理解した瞬間、視界が一瞬だけ揺れた。

 人だ。

 避難所の連中だ。

 逃げようとした者。

 その場で潰された者。

 引き裂かれた者。

 持ち上げられて叩きつけられた者。

 死に方は一様ではない。

 だが共通しているのは、どれもまともな死に方ではないということだった。

 アドヴェント・ヒューマライトは、ただ殺したんじゃない。

 遊んだのだ。

 大地ごと持ち上げ、落とし、潰し、散らし、砕いて。

 その結果が、この更地と、この凄惨な残骸の群れだ。

 

「……くそ」

 

 血が逆流するような感覚。

 吐き気。

 眩暈。

 それでも、目を逸らすことはできなかった。

 見つけてしまったからだ。

 半ば千切れた上着。

 見覚えのある色。

 見覚えのある布地。

 葛西さんだった。

 

「──」

 

 声が出ない。

 すぐには、顔も分からなかった。

 体の形すら辛うじて、そうだったと分かる程度に壊れている。

 それでもあの上着、腕に巻いていた布、腰の辺りに残った小さなポーチの存在が彼女だと告げていた。

 その事実は思っていたよりもずっと重かった。

 葛西美香という存在は、俺が考えていた以上に大きくなっていたらしい。

 食料をくれる能力者。

 避難所の中核。

 便利な取引相手。

 そんな乾いた言葉では、もう足りなかったのだと、この死体を前にしてようやく分かる。

 指先が震える。

 

「……まじかよ」

 

 掠れた声が漏れる。

 数歩、ふらつくように離れる。

 だがその先で、また別の残骸が目に入る。

 若い男。

 体格。

 服の残り方。

 腰に引っ掛かった金属バットの破片。

 杉原君──だろう。

 以前から見張りや会議で顔を合わせていた、あの若い男のものだった。

 こちらはもっと分かりやすかった。

 最後まで戦おうとしたのだろう。

 片腕が千切れ、頭部も半ば潰れているのに、足元にはバットの残骸が落ちていた。

 逃げなかったのか。

 逃げられなかったのか。

 そのどちらかだ。

 息が詰まる。

 悲しい、と一言で片付けるには生々しすぎた。

 怖い、と言うにはもう遅い。

 ただ、胸の内側へ鈍い重みが落ち続ける。

 

「……全員殺されたのか」

 

 見渡す限り、人の痕跡は死の形でしか残っていない。

 生き延びた者がいたとしても、ごく僅かだろう。

 少なくとも、この場にいた避難所勢力は、壊滅したと見ていい。

 そしてその認識が固まった時、胸の奥に別の感情が芽を出した。

 怒り。

 最初は薄い熱だった。

 だがそれは葛西さんの残骸を見て、杉原君の残骸を見て、周囲の無残な死体が見える度に確かに形を持ち始める。

 アドヴェント・ヒューマライト。

 あの光の人型。

 S級の怪物。

 理不尽そのもの。

 あれに対しては怒りより先に絶望があった。

 どうしようもない。

 理解の外。

 そういう存在として飲み込むしかないと思っていた。

 だが、違った。

 こうして後を見せられると、そうも言っていられない。

 

「……ふざけんなよ」

 

 ぽつりと漏れる。

 怒鳴るほどの力はない。

 吼えるには、まだ喉が乾いている。

 それでも確かに、胸の底で火が点いていた。

 アドヴェント・ヒューマライトは、ただ強かっただけじゃない。

 ただ災害だっただけじゃない。

 こいつは、こうして人間を玩具みたいに壊していく。

 葛西さんを。

 杉原君を。

 避難所の人達を。

 好き勝手に踏み潰していった。

 

「……殺す」

 

 小さく、だがはっきりと口に出る。

 今は無理だ。

 今の俺じゃ、どうにもならない。

 マキナ・フレームですら玩具扱いされたのだから、真正面から挑んでも二の舞…いや今の俺にはマキナフレームがないから文字通り瞬殺される事だろう。

 

 故にいつか、必ず。あの理不尽を、殺せるだけの力を手に入れる。

 

 風が吹く。

 更地になった大地の上を、土埃が転がっていく。

 かつて人がいた場所。

 温かい飯があり、話し声があり、避難所としての形があった場所。

 その全てが失われた今、そこに立っているのは俺一人だけだった。

 あまりにも静かだ。

 静かすぎて、かえって耳鳴りがする。

 俺はしばらく、その場に立ち尽くした。

 葛西さんの残骸。

 杉原君の死体。

 他の避難民たちの凄惨な死。

 それらを前に、何も言えないまま。

 やがて、ゆっくりと拳を握る。

 怒りは消えなかった。

 悲しみも消えない。

 そしてそのどちらも、今後の自分にとって確実に何かを変えるだろうと分かった。

 今までは、生き残るために強くなっていた。

 もっと便利に。

 もっと安全に。

 もっと効率よく。

 だが、もうそれだけじゃ足りない。

 アドヴェント・ヒューマライト。

 あの光の災害を、いつか確実に殺す。

 そのための力が要る。

 更地となった避難所の真ん中で、俺は静かにその誓いを胸へ刻み込んだ。

 

 そしてせめて、死後の安寧くらいは。

 そう思って、避難民たちの遺体を探しては墓を作った。

 ただの自己満足なのかもしれない。

 今さら俺が何をしたところで、死んだ人間は戻らない。

 葛西さんも、杉原君も、他の人々も、あの光人に嬲られるように殺されたという事実は変わらない。

 それでも、やらずにはいられなかった。

 崩れたコンクリート片をどける。

 土を掘る。

 布切れや板切れで目印を作る。

 見つけた遺体を運んで、土を掛ける。

 それを、ひたすら繰り返す。

 こんな時でもモンスターは平然と襲ってきたが全部、汎用変形機兵に任せた。

 機人型で警戒、見つけ次第機獣形態へ変形して飛び込み、砲撃で雑魚を焼き払う。

 背後で戦闘音がしても、俺は振り返らなかった。

 今は墓作りが優先だ。

 墓を一つ作るたびに、決意が固まっていく。

 あの光人を倒す。

 いつか必ず。

 何年掛かろうと、どれだけ遠かろうと、あの理不尽に報いを受けさせる。

 土を掘る手に、自然と力が入った。

 

 

 ぶっ続けで墓を作ること数時間。

 早朝の涼やかな気温はいつの間にか消え、空気は暖かな陽気に変わっていた。

 日が高い。

 汗が首筋を伝い、土と埃で汚れた手がじっとりと湿る。

 そして、最後に残ったのが葛西さんだった。

 俺はしばらく、その場で立ち尽くした。

 穴は掘ってある。

 運ぶ準備もできている。

 それでも、すぐには手を伸ばせなかった。

 あの人の死体の前に立つと、胸の奥が嫌に静かになる。

 悲しいとか、苦しいとか、そういう感情はもうとっくに通り過ぎて、代わりにぽっかりと穴が空いたような感覚だけが残っていた。

 

「……守れなくて、すいませんでした」

 

 ぽつりと、謝罪が零れる。

 誰に聞かせるでもない。

 遅すぎるし、勝手すぎる言葉だと分かっていた。

 それでも口にしないと、次へ進めなかった。

 手を合わせる。

 短く目を閉じる。

 それから作業に移ろうと、葛西さんの遺体へ触れた──その瞬間だった。

 

「……っ?」

 

 手応えが、変わる。

 指先が冷たさを感じた次の刹那、葛西さんの遺体がふっと光を帯びた。

 淡い粒子となって崩れ始め、その光は土にも、風にも散らず、まっすぐ俺の体へ吸い込まれてくる。

 

「な……!?」

 

 反射的に手を引く。

 だが遅い。

 光の粒子はスーツをすり抜け、皮膚も筋肉も骨も無視するみたいに、直接肉体の奥へ流れ込んだ。

 次の瞬間、脳裏に無機質な電子音声が響く。

 

『未所有の固有能力:【暁に輝く豊穣の女神(ア・ドーン・オブ・デメテル)】を認識しました。吸収し、固有能力を獲得します』

 

「……は?」

 

 思考が止まる。

 何を言っている。

 今、何が起きている。

 葛西さんの能力が、俺の中へ入ってきている?

 理解する間もなく、電子音声は続く。

 

『……既存の固有能力:【強化外装(パワードスーツ)】の存在を確認しました。固有能力の獲得を中止し、既存の固有能力と統合を開始します』

 

「統合……!?」

 

 次の瞬間、全身に熱が走った。

 痛みはない。

 骨格の内側へ新しい回路を押し込まれ、血流に別の法則を混ぜられるような、そんな異様な感覚。

 視界が白く明滅する。

 バイザー表示が乱れ、新規項目が開いては閉じる。

 外装の定義そのものが書き換わっていくのが分かった。

 

『固有能力:【強化外装】が【有機性強化外装(バイオテック・パワードスーツ)】に進化しました』

 

 表示が、確定する。

 

能力名:有機性強化外装

ランク:固有

詳細:身体能力全般を強化する有機性の外装を自在に脱着可能。耐久値が無くなると強制解除され、24時間が経過するまで発動不可となる。モンスターの討伐ポイントを消費する事で外装の強化や機能の増設が可能。陽光を吸収することで得られる陽光ポイントを消費する事で有機的性能を強化可能。

 

「……有機性、強化外装」

 

 呆然と、その文字を読む。

 バイオテック・パワードスーツ。

 名前の時点で、今までの機械一辺倒だった能力とは方向性が違う。

 しかも内容も明らかだ。

 討伐ポイントによる従来の強化。

 そこへ、葛西さんの能力由来の陽光ポイントが追加されている。

 つまりこれは。

 単純な能力追加ではなく、葛西さんの固有能力が俺のスーツへ組み込まれた ということだ。

 

「……そんな、ことが」

 

 呟きながら、改めて手元を見る。

 葛西さんの遺体は、もう跡形もなかった。

 残っているのは、土と、衣服の切れ端だけ。

 嬉しいとか、得したとか、そういう感情にはなれない。

 葛西さんという存在が、死後に能力だけを残して消えた。

 その結果、自分の力が進化した。

 事実だけ見ればそうだが、素直に呑み込めるものではなかった。

 

 

 しばらくその場に立ち尽くした後、俺はようやく息を吐いた。

 まずは確認だ。能力が進化したと同時に解除されたスーツを呼び出す。

 

「……装着」

 

 次の瞬間、いつものように外装が展開され──なかった。

 いつも通りの光の粒子、それに混じって蔓のような細い線が皮膚の近くを走る。

 機械装甲が組み上がるその隙間を、まるで筋繊維か植物の根のような有機的な組織が補うように這っていく。

 

 思わず息を呑む。

 見た目のベースは今までのスーツに近い。

 だが各部のラインが以前より柔らかく、滑らかで、僅かに生き物めいた印象を持っていた。

 黒い装甲。

 その隙間を走る青い発光ライン。

 そこへ薄く、葉脈のような緑の補助光が混じる。

 まるで機械と植物が共生しているみたいなデザインだった。

 

【陽光ポイント:0】

【有機性能強化:未実行】

【有機再生補助:待機】

【外装適応性:向上】

 

 新しい項目がいくつも増えている。

 

「……なるほどな」

 

 戦い方がまた変わる。

 今までの俺は、討伐ポイントを稼いで機械的に強化していた。

 そこへ新たに、陽光を溜めて有機性能を強化するルートが加わった。

 たとえば生体回復。

 適応。

 再生。

 あるいは有機系統の兵装や補助機能。

 どう転ぶかはまだ分からない。

 だが、少なくとも純粋な上位互換に近い変化ではある。

 

「……」

 

 バイザーを閉じずに、空を見上げる。

 真昼の太陽。

 暖かな陽光。

 今まではただの明るさでしかなかったそれが、別の意味を持ち始めているのが分かった。

 吸収できる。

 力へ変えられる。

 そう、本能に近いところで理解できる。

 そして同時に、もう一つ理解してしまう。

 この力は、葛西さんの死があって初めて手に入ったものだ。

 だから、無駄にはできない。

 絶対に。

 

「……使わせてもらいます」

 

 小さく、そう呟く。

 謝罪ではない。

 感謝でもない。

 今はまだ、そのどちらにも整理しきれなかった。

 ただ確かなのは、この進化した力を持って、さらに先へ進むしかないということだけだ。

 葛西さんの墓へ、最後に土を掛ける。

 小さな墓標を立てる。

 それが終わってから、俺はゆっくり立ち上がった。

 避難所は滅びた。

 仲間になりかけていた人たちは死んだ。

 その死が、自分をまた一段進化させた。

 皮肉だ。

 最悪だ。

 だが、それがこの世界のルールなら、飲み込んででも進むしかない。

 アドヴェント・ヒューマライトを倒す。

 その決意は、さっきよりも一段深く、重くなっていた。

 今の俺はまだ足りない。

 だが、確実に変わった。

 機械だけではない。

 有機の力まで取り込んだ新たな外装。

 その進化の先に何があるのかは分からない。

 それでも一つだけはっきりしている。

 あの光人を殺すための道が、また少し伸びたのだと。

 




今話獲得能力:1

能力名:有機性強化外装
ランク:固有
能力詳細
身体能力全般を強化する有機性の外装を自在に脱着可能。耐久値が無くなると強制解除され、24時間が経過するまで発動不可となる。モンスターの討伐ポイントを消費する事で外装の強化や機能の増設が可能。陽光を吸収することで得られる陽光ポイントを消費する事で有機的性能を強化可能。
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