BrokenWorld~黒鉄の装着者~ 作:半笑いの妖精
それから暫くの間、ひたすらポイントを稼ぎ続けた。
小隊から援護要請が上がれば向かい、C+級のモンスターを処理する。
その合間にも樹海の地図は少しずつ埋まっていき、危険地帯と安全地帯の輪郭が明確になっていく。
順調だった。
ポイントの増加。
拠点の拡張。
有機建材の扱いにも慣れ、拠点内部の整備も進み、付近の湧水から浄水機へのラインも構築できた。
小隊の再召喚と増設も並行で進め、樹海全体に自分の手を伸ばしていく。
そうして、順調にポイントを稼いでは拠点を整備する生活を続けていた、ある日だった。
小隊の一つから、少し毛色の違う報告が上がる。
【未確認建造物発見:迷宮の可能性大】
「……迷宮?」
思わず表示を開く。
視界共有へ切り替えると、そこに映っていたのは、樹海にはあまりにも似合わない建造物だった。
巨大な屋敷。
樹々の海の中に、ぽっかりと異物のように存在している。
白でも黒でもなく、古びているようでいて古さを感じさせない、奇妙な質感の外壁。
高く伸びた屋根。
幾重にも重なる窓。
そして、その全体を囲う塀。
大きい。
規模だけなら、一つの洋館というより、小さな城か貴族の館に近い。
しかもただの建物じゃないのは、見た瞬間に分かった。
空気が歪んでいる。
映像越しでも分かるほど、周囲の樹海とは明らかに場の質が違った。
以前のホームセンター迷宮や森林迷宮でも感じた、あの違和感。
空間そのものが別物へ接続されているような感覚。
小隊へ指示を飛ばす。
「塀の内側を確認しろ」
偵察ドローンが高度を取り、塀を越えようとする。
だが次の瞬間、見えない何かへ弾かれた。
【未確認障害有】
【侵入不可】
「…なに?」
何度か角度を変えて試させる。
だが結果は同じだ。
塀の上空一帯に、見えない障壁のようなものが張られているらしい。
目には見えないが、確かに存在する。ドローンは押し返され、砲台も近寄れず、防護重盾機は塀に阻まれる。
「へぇ……」
感心半分、警戒半分。
いままでの迷宮と比べて異質だ。
無理に押し入る意味はない。
一旦諦めて入り口に戻らせる。
すると、屋敷の規模に相応しい巨大な門の正面に、明確な異常があった。
門の内側。
その中央に、光が渦巻いている。
ただの発光じゃない。
空間そのものがねじれ、回り、向こう側へ道を開いているような、SFじみたワープゲートのような状態だった。
「……入口はここだけか」
意図が露骨だ。
塀を越える上からの侵入は不可。
正規ルートとして、あの門を通れと言っている。
嫌な感じしかしない。
だが、同時に興味も湧く。
これは実際に自分の目で見ておきたい。
◆
距離にして五キロほど離れた位置。
ビークルモードを起動し、道中のモンスターを掃討しながら向かう。
樹海の中とはいえ、今の機動力なら数分だ。
木々を裂き、枝葉を掠め、時に上空を抜け、時に地表すれすれを滑る。
遭遇したD級やC級下位はそのまま蹴散らし、ポイントだけを回収して先を急ぐ。
そうして辿り着き、実際にその屋敷を目の前にした瞬間。
「……っ」
言葉が途切れた。
映像越しとは比べものにならない。
ひしひしと感じる危険な圧。
門の向こう側。その先にある何かの重圧がこちらへ滲み出てきているのだろう。
これは間違いなく格が違う。
あの森林迷宮よりも確実に上。
そう確信する。
空気の重さ。
門の向こうから伝わってくる、深淵を覗くような得体の知れない不安感。
この迷宮は一筋縄ではいかない。
そんな予感が全身に走る。
それどころかここで不用意に首を突っ込めば呆気なく死ぬ事になる。そんな予感すら見える。
「…命令変更。この迷宮を監視しろ。監視中は迷宮を刺激しないように近辺でモンスター討伐は禁止」
この迷宮を発見した小隊へ指示し、命令を更新する。
【命令更新】
【対象:未確認迷宮】
【内容:監視継続】
【優先:接近者確認・門周辺異常観測】
【備考:交戦禁止】
受理音が返る。
小隊はそのまま周辺へ散り、目立たない位置で監視へ移行した。
これで最低限、異変や出入りの有無は追える。
「……一回戻るか」
そう呟いて、俺は撤退を決めた。
今ここでやるべきは偵察ではない。
準備だ。
◆
拠点へ戻る道中、頭の中では既に計算が始まっていた。
現在の討伐ポイントは3800万。
拠点の整備に、小隊の増設。
それらを同時並行で進めていたせいで、思ったほどは貯まっていない。
だが、逆に言えばそこまで悪くもない。
一旦、拠点の拡張や整備の優先順位を下げる。
代わりに小隊の増設と樹海の調査を進め、迷宮の攻略への準備に重点を置く。
「一日の収益は…大体200万前後……」
口の中で呟く。
最近の収支はそのくらいだ。
小隊の夜間狩り。
自分のC+以上処理。
樹海のモンスター密度。
大体、日次で二百万程度。
もちろん多少の上下はある。
だが、極端に外さなければ目安にはなる。
なら。
「1ヶ月」
明日から数えて、一月後。
単純計算だがその頃には6000万前後が上乗せされる。
今の3800万に足せば、残高は一億を越える事だろう。
そこまで行けば、前々から購入しようと思っていた兵器に手が届く。
【
・特殊兵装製造軌道支援兵器。購入後大気圏上層にて召還される。スーツからの解析結果を元に専用の兵装を高速製造し、転送する。転送された兵装は直接換装されるためタイムラグが存在しない。
マキナ・フレームの2倍超の価格を誇る超兵器。
「……これを取って、挑む」
自然と声に出た。
マキナ・フレームですら、S級相手には玩具扱いだった。
なら、次はもっと上を用意するしかない。
正面戦闘能力。
殲滅力。
突破力。
持久戦に耐える有機性補助。
それら全部を積んだ上で、あの屋敷迷宮に入る。
1ヶ月それが今の俺に必要な時間だった。
焦って死ぬくらいなら、確実に積み上げる。
◆
拠点へ戻ると、すぐに予定を組み直した。
まず、拠点整備は最低限維持に留める。
大きな増築は停止。
小隊の追加召喚も停止。
既存戦力と現設備だけで回す。
その代わり、翌日からの行動はすべて迷宮攻略準備へと寄せる。
一、日次二百万以上の安定確保。
二、高ランクモンスターとの戦闘精度向上。
三、陽光ポイント系統の戦闘運用最適化。
四、ネメシス・ムーン取得後の即応試運転。
五、迷宮突入用の編成再構築。
そこまで書き出して、ようやく少しだけ息を吐いた。
「……悪くない」
今の自分の状況と、目標の危険度を考えれば、これくらい明確な準備期間を置くのが正解だろう。
有機建材で組まれた壁に背を預ける。
外では兵器小隊が夜の樹海を巡回している。
未確認屋敷迷宮の周辺では、監視小隊が門を見張り続けている。
今すぐ入れないことへの焦りは、当然ある。
あの屋敷の奥に何があるのか。
どれほどの迷宮核が待っているのか。
想像するだけで喉が乾く。
だが、今回はその渇きに従わない。
「一月後」
静かにそう言って、自分へ言い聞かせる。
遠くない未来、ネメシス・ムーンを取得する。
それが俺をまた一段上へ押し上げる。
そして、挑む。
あの屋敷迷宮に。
確実に、侵略するつもりで。
夜の樹海の音を聞きながら、俺は次の一月を力を積み上げるための時間として使い切ることを、改めて心に決めた。
◆
最初の一週間は、ひたすら樹海への順応と拠点の基礎固めに費やした。
樹海の朝は遅い。
外が明るくなっても、木々の密度のせいで地表へ光が落ちてくるまでに少し時間が掛かる。
それでも、樹海拠点だけは意図して半開放の地形へ置いたおかげで、陽光の入りは悪くなかった。
まずは起床後、外装を起動。
その状態で、拠点の外周を一周する。
有機建材の壁に手を触れ、根の張り方、表面硬度、夜間の湿気具合、感知杭の情報ログを確認する。
その後に戦術管制ユニットから夜間報告を受け取り、兵器小隊のロスト状況と討伐ポイントを回収する。
この時点で、樹海全体へ撒いた兵器群は以前よりずっと数が多く、役割も明確に整理されていた。
偵察ドローン四十。
小型浮遊砲台四十。
防護重盾機四十。
戦術管制ユニット二機。
それらを二十小隊へ分割し、北東、西、南、上空待機とエリア別に振り分けて運用している。
夜間は確実に勝てる相手だけを狩るを徹底させていたため、大きな損耗は少ない。
少しずつだが、樹海は俺の手の届く場所へ変わり始めていた。
朝の確認を終えた後は、自分で動く。
C+級以上。
小隊だけでは損耗の出やすい個体群を優先的に叩く。
以前の森林迷宮で嫌というほど思い知らされたが、兵器群だけで何でも解決する考え方は危うい。
だから兵器が削り、自分が仕留めるという役割分担を徹底した。
樹海で戦うための感覚も、日を追うごとに変わっていく。
最初は、有機神経補助網、有機筋繊維補強、有機循環強化の三種をまとめて起動していた。
だが、それでは陽光ポイントの維持効率が良くない。
真昼の快晴下でも、全開運用を続ければじわじわ減る。
だから切り替えた。
初動だけ有機神経補助網。
踏み込みや瞬間火力が必要な時だけ有機筋繊維補強。
長引くと判断した時か、もしくはダメージが重なってきた時だけ有機循環強化。
そうやって機能を細かく出し入れしていくと、戦闘の流れそのものが変わった。
今まではエネルギーやポイントを注ぎ込んでいた感覚がある。
だが有機性強化外装は、もっと自然だった。
自分の体と外装の境界を曖昧にしながら、必要な瞬間に必要な部分だけを育てるような使い方になる。
例えば、樹海の枝を蹴って一瞬で進路を変える時は、神経補助網だけで十分だ。
狼型の群れへ飛び込んで頭を叩き潰す時には筋繊維補強。
大型虫系と鍔迫り合いじみた押し合いになるなら循環強化を重ねる。
この切り替えが瞬間的にできるようになると、陽光ポイントの管理と戦い方が綺麗に噛み合い始めた。
以前よりも息切れしにくい。
以前よりも軽傷で済む。
そして、戦いながら損傷を塞いでいける。
派手さでは討伐ポイント側の兵装に劣る。
だが継戦能力という一点だけで言えば、有機側の進化は凄まじかった。
拠点の方も、日ごとに姿を変えた。迷宮攻略に向けて優先順位を落としたとは言えなにもしない訳じゃない。
最初の仮シェルターは、あくまで雨風を凌ぐための箱に過ぎなかった。
だがそこへ有機性建材を継ぎ足し、壁を二重化し、さらにその外側へ低い遮蔽壁を巡らせる。
入口はひとつ。
そこだけは厚く。
内側へ入る通路はわざと少し折り曲げ、一直線に見通せない構造へする。
次に地下区画。
有機建材は置けば自然と根を張り、地盤へ食い込む。
それを利用して傾斜路を囲い、土砂崩れを防ぎながら地下へ下る。
最初は小さな保管庫程度だった空間が、二週間もすると人が数人籠もれるくらいの退避区画へ広がった。
浄水生成機と食料生成機は、地上区画の奥へ固定。
屋根へ雨水導線を組み込み、集水から浄水までを半自動で回す。
余剰水は簡易貯留槽へ落とし、有機培養床へ回す。
培養床にはまず芋と豆、それに成長が早い葉物を試験投入した。
生成機に比べれば圧倒的に遅い。
だが、それでも自分の拠点で回り始めている生活基盤という存在は大きかった。
設備も少しずつ増やした。
兵器再召喚用の簡易整備区画。
有機建材と金属支柱を混ぜた保管ラック。
地図投影用の情報壁。
予備武装置き場。
そしてマキナ・フレーム級の超大型兵器の運用を前提にした発進・展開スペースまで見越した地上平坦化。
全部を一気にはやらない。
だが一つずつ、確実に足していく。
かつてのビル拠点はあるものを使っていただけだった。
今の樹海拠点は違う。
ゼロから、自分の能力と意思で構築し運用する。
その違いは、見た目以上に大きかった。
◆
兵器群の運用も、ただ数を増やすだけでは終わらなかった。
有機機能をどこへ優先付与するか。
どの小隊を狩り用へ、どの小隊を探索用へ回すか。
そして阿瀬のような干渉系能力者に再び当たった時、どうやって被害を抑えるか。
それを何度も考えた。
結局、全機へ均一に有機機能を与えるのではなく、役割ごとに差を付ける方が効率がいいと分かった。
まず戦術管制ユニットへ光合成補助炉。
こいつらが落ちると全体の思考が鈍る。
だから最優先で維持性能を上げる。
次に防護重盾機へ有機装甲自己修復。
前線で被弾前提のこいつらは、軽傷をその場で塞げるだけで継戦時間が一気に伸びる。
小型浮遊砲台には余裕がある時だけ補助炉。
偵察ドローンはそもそも戦闘運用しないのが前提なので後回し。
こうして役割ごとに差を付けると、同じ数でも手応えが変わった。
以前なら夜間狩りの後に細かい損耗が積み重なっていた編成が、今は翌朝にはかなり戻っている。
兵器群が徐々に使い捨ての道具から、成長していく戦力へと変わっていく感覚は中々に心強い。
そして一月の準備期間を通して最も重要だったのが、屋敷迷宮の監視だ。
あの樹海屋敷迷宮は、初めて見た時からずっと異質だった。
昼の樹海にぽつんと現れた、日本屋敷。
周囲を囲う高い塀。
上空を塞ぐ見えない障壁。
そして門の中央で渦巻き続ける光の入口。
監視小隊は決して無理をしない。
上からも入らない。
門にも近づきすぎない。
ただ、外から見続ける。
監視してて分かった事は二点。
一つ。
障壁は全域を包むように常時展開されている事。恐らくこれは外敵から守るバリア的なものではなく、ゲームでいう進入禁止エリア的なものなのだろう。
二つ。
屋敷からは生物やモンスターが忌避するような重圧が漏れ出している事。
これは監視任務を与えた小隊がついぞ交戦どころかモンスターの姿すら発見できなかった為だ。
音も姿もない。
だが何かが内部にいるとしか思えない存在感。
しかも、その圧は森林迷宮より明らかな格上。
準備不足のまま入った人間は死ぬ。
それはもう嫌というほど経験している。
だから考え付く全ての準備をやり尽くす。
そう腹を括って、残高が一億へ届くまでの時間を、徹底的に積み上げへ使った。
◆
月の半ばを過ぎる頃には樹海での一日の流れもほぼ固定されていた。
朝、夜間報告の確認。
午前、陽光が強くなるまで拠点整備と農場確認。
昼前から夕方前まで、自分で高ランク帯を狩る。
夕方、兵器群の再配置と夜間モードへの移行。
夜、設備点検と拠点増築。
単調と言えば単調だ。
単調な作業が続くと思い出すのはあの日の出来事。
思考の根底にはいつもアドヴェント・ヒューマライトがいる。
光人型のS級モンスター。マキナ・フレームすら玩具扱いした理不尽の顕現。
目の前の樹海屋敷迷宮がそいつと直接繋がっているわけではない。
だが今の自分の全ては、結局そこへ繋がっている。
届かせる。
次は牙を。そして喉笛を食い千切り殺してやる。
そのための階段を、一段ずつ作っていくしかなかった。
◆
そして、月末の三日前。
討伐ポイント残高が9500万を越えた。
そこから先は、意識して加速した。
普段なら小隊へ任せるようなC級中位の密集帯も、積極的に踏み込んで掃討する。
ヘビースーツやビークルモードの比率を上げ、短時間で面制圧を繰り返す。
昼の陽光が強い時間帯だけを狙って高負荷運用し、夜間は小隊へ任せて自分は回復と整備へ徹する。
焦りはない。
だが、明確な前進はあった。
そして、月末前日の夕刻。
ついに、その瞬間が来た。
【討伐ポイント残高:100,284,913P】
バイザーに表示された数字を、しばらく無言で見つめる。
一億。
ようやくそこまで来た。
長かったような、あっという間だったような、不思議な感覚だった。
葛西さんたちの墓を作り、瓦礫の洞穴で回復していた頃の自分から見れば、ここまで来るのにもっと長い時間が必要だと思っていたかもしれない。
だが来た。
積み上げた。
「……取るか」
小さく呟き、兵装カテゴリの深層へ潜る。
そこに、ずっと表示され続けていた項目がある。
【
空に浮かぶ機械の月。
相対する敵へ最適化された専用殲滅兵装をその場で生成し、装着端末へ転送し、換装する超大型兵装システム。
「取得」
躊躇いなく念じる。
次の瞬間討伐ポイントが一気に消える。
そして同時に、全身の外装系統へ膨大な情報が流れ込んできた。
熱い。
重い。
だが以前マキナ・フレームを得た時とは感触が違う。
あの時は巨大な外装を纏い操る方法が脳へ叩き込まれる感覚だった。
今は違う。
もっと広い。
もっと遠い。
自分一人の装備ではなく、空の上まで含めた“兵装系そのもの”が頭の中へ繋がる。
視界の奥。
雲の向こう。
もっと高い場所。
そこに、ある。
見えない。
まだ肉眼では確認できない。
それでも、確かに存在を感じる。
巨大な鋼鉄の塊。
直径百メートル級の機械の月。
ネメシス・ムーン本体。
『【
『既存兵装との適合を開始します』
『有機性強化外装との連動調整を開始します』
同時に、バイザーへ新しい表示が幾つも無数に追加される。視界が埋め尽くされない様に表示を全て消す。
【軌道接続:確立】
【兵装生成ライン:待機】
【兵装転送系:正常】
【対敵解析補助:有効】
【即時換装タイムロス:極小】
「……っ」
息を呑む。
これが、ネメシス・ムーン。
地上で纏う装備は端末に過ぎない。
本体は空にある。
敵を見て、解析し、その相手を殺すための兵装を即時生成。
投下ではなく転送。
故に換装にタイムロスがない。
相手に合わせて、その場で殲滅兵装を組み替える。
そういう兵装だ。
ぞくりと背筋が震えた。
強い。
まだ使ってもいないのに、感覚だけで分かる。
これは、マキナ・フレームとは違う。
あれは巨体と出力を正面から叩きつける決戦兵器だった。
ネメシス・ムーンは、もっと冷たい。もっと合理的だ。
目の前の敵をどう殺すのが最適か。
その答えを空の上から即時送りつけるための兵装。
それが本質だ。
◆
初起動は、その夜のうちに行った。
大規模な試射は危険だ。
だが、感覚だけで本番へ入るのは論外だった。
樹海拠点から少し離れた、上空の開けた空間へ出る。
夜。
雲は薄く、星も見えている。
空のどこか高いところに、見えないままネメシス・ムーンが浮いているのだと思うと、妙な実感があった。
外装を起動。
有機性強化外装の上から、ネメシス・ムーンとの接続を意識する。
「……起動」
その瞬間、空気が変わった。
真上の高空。
何も見えないはずの空に、圧だけが生まれる。
月が一つ増えたみたいな、重く冷たい存在感。
直後、外装へ青白い光が走りネメシス・ムーンと接続された事を告げる。
【軌道接続:起動】
【敵性対象未設定】
【汎用兵装生成:開始】
周囲の空間が歪む。
降ってくるわけではない。
上から落ちる気配もない。
ただ装着者たる俺の周囲へと直接現れる。
肩部。
腕部。
背部。
脚部。
ネメシス・ムーン本体で生成された兵装が、地上端末へ直接転送され、その場で換装されていく。
無音に近い。
だが静かではない。
空間ごと組み替わるような異質感と共に、装備が一瞬で噛み合っていく。
「……これが」
思わず漏らす。
見た目の規模は重武装スーツと同程度。
しかし中身は全く別物だった。
背には高密度の翼状推進器。
右腕には収束砲。
左腕には高速追尾用の薄刃状兵装。
肩部には対高速迎撃用の小型自律迎撃子群。
背面の光輪めいたリングは、兵装転送の中継制御か何かだろう。
既に相当な暴力を秘めていそうだが、真価は更にその先。
相手によって最適に換装される兵器。それによる最適解での圧殺がこのネメシス・ムーンの真骨頂だ。
試しに樹海の中で最も近いC級反応をひとつ捕捉する。
「対敵設定。樹上高速型」
【解析開始】
【最適兵装再構築】
その瞬間、左腕の薄刃がほどけ、代わりに短距離高機動用の噴射爪へ変わった。
背部リングの一部が折り重なり、照準補助へ回る。
速い。
体感として切り替えたというより、最初からそういう装備だったと錯覚するくらい自然だ。
「……タイムロスがないって、こういうことか」
マジで隙がない。
敵に合わせて最初から最適な武装を纏っていたかのように変わる。
これがネメシス・ムーンの真価だ。
そのままC級モンスターを処理し、試験を継続する。新兵器を体に馴染ませる為に。
◆
翌朝。
挑戦の日の朝は、妙に静かだった。
いつものように起きる。
浄水生成機で水を確かめ、食料生成機で軽く腹を満たす。
夜間小隊の報告を確認し、監視小隊からの異常がないことを確認する。
そして、その異常のなさが逆に緊張を煽った。
樹海屋敷迷宮は今日も変わらずそこにある。
門は開いたまま。
障壁も変化なし。
内部の圧も不明なまま。
つまり、あとは俺が行くだけだ。
装備を確認する。
メインスーツ。
ヘビースーツ。
ビークルモード。
有機機能各種。
兵器群。
戦術管制ユニット。
そして、ネメシス・ムーン。
全部揃っている。
拠点の中央で一度だけ、深く息を吐く。
外壁に手を当てる。
有機建材の内側から返る微かな脈動が、妙に拠点の返事みたいに感じられた。
「……留守を頼む」
誰に聞かせるでもなくそう言い、全小隊へ命令を更新する。
樹海拠点周辺の防衛優先。
監視小隊はそのまま屋敷迷宮外周へ。
俺が突入した後は、門周辺の監視と外周確保を継続。
【命令受理】
【防衛優先へ移行】
【監視継続】
【外周確保準備】
よし。
そこまで済ませてから、ビークルモードを起動する。
有機性を帯びた外装が変形し、黒と青に緑の脈動を混ぜた機体が組み上がる。
以前よりも静かで、滑らかで、しぶとい。
樹海拠点の発進スペースから地を蹴り、空へ出る。
樹海を裂くように加速。
木々の間を縫い、時に上空へ抜け、時に地表すれすれを滑る。
道は、もう何度も監視映像で見ている。
だが自分の足で向かうとなると、その重みはまるで違った。
風が装甲を撫でる。
陽光が緑のラインを脈打たせる。
心拍は速い。
だが、その速さは恐怖だけじゃない。
緊張。
焦燥。
警戒。
そして、ほんのわずかな高揚。
一月。
たった一月。
だが、その一月を全力で積み上げて、ようやくここまで来た。
やがて、樹海の木々が途切れる。
視界の先に、巨大な塀。
その奥にそびえる日本屋敷。
そして門の中央で渦巻く光。
樹海屋敷迷宮。
視界共有で毎日見ているのに圧倒される。
濃厚な危険の匂い。
ここまで準備してもなお楽には攻略できないそんな予感が激しく警鐘を鳴らしている。
監視小隊が周辺から退き、監視位置を更新する。
門前の空間へ降り立ち、ビークルモードを解除する。
人型へ戻った外装のまま、ゆっくりと門を見上げる。
塀の上空を覆う見えない障壁。
近寄るだけで肌が粟立つような圧。
そして門の奥で渦を巻き続ける光の入口。
間違いない。
ここから先は、今までより一段深い場所だ。
装備は完璧に準備をした。
後ろへ下がる理由は、もうない。
あとは前へ出るだけだ。
俺は一歩、門へ近づいた。
光の渦が、わずかに明るさを増す。
まるでこちらの接近を待っていたかのように。
そこで最後に一度だけ、バイザーの表示を確認する。
全機能正常。
陽光ポイント十分。
討伐ポイント残高は最低限確保。
兵器群は外周展開中。
ネメシス・ムーン接続待機。
有機機能待機。
準備は終わった。
「行くか……!」
そう決意を口に出し、俺は樹海屋敷迷宮の門へ向かって静かに足を踏み出した。
今話購入兵器:
【軌道適装衛星】
消費ポイント:1億
・特殊兵装製造軌道支援兵器。購入後大気圏上層にて召還される。スーツからの解析結果を元に専用の兵装を高速製造し、転送する。転送された兵装は直接換装されるためタイムラグが存在しない。