BrokenWorld~黒鉄の装着者~   作:半笑いの妖精

41 / 80
第四十一話:番像

 

 危険だと分かっている場所に、出し惜しみをする意味はない。

 門の前で一度だけ深く息を吸い込み、意識を空へ向ける。

 目には見えない。

 だが、そこにある。

 大気圏上層に浮かぶ鋼鉄の月。

 直径百メートル級の超大型兵装衛星【軌道適装衛星(ネメシス・ムーン)】。

 

「ネメシス・ムーン、起動」

 

 次の瞬間、頭上遥か高空で何か巨大なものが静かに目を覚ました感覚があった。

 圧が降りてくる。

 音ではない。

 光でもない。

 だが、自分の外装と空の彼方にある本体とが、一本の見えない線で繋がったのが分かる。

 

【軌道接続:確立】

【敵性対象:未設定】

【汎用兵装フレーム生成開始】

【優先条件:防御性能・機動性能】

 

 青白い光が全身を走る。

 有機性強化外装の上から、転送された兵装が瞬時に噛み合っていく。

 肩部には流線型の防御殻。

 背部には高機動用の可変推進翼。

 前腕には面制圧用ではなく、瞬間展開型の小型シールド発生器。

 脚部は細く鋭く再構成され、踏み込みと跳躍、急制動に特化した構造へ変わる。

 重武装ではない。

 だが、軽くもない。

 防御と機動を極限まで高次元で両立させたような、実に嫌らしい構成だった。

 

「……よし」

 

 今の欲しいのは初見の出来事に対応し、生き残るための兵装だ。

 火力ではない。

 未知へ踏み込み、状況に合わせて即応できる柔らかさ。

 ネメシス・ムーンは、それを正確に理解しているらしい。

 門の前へ立つ。

 渦巻く光は相変わらず静かに回転している。

 あまりに穏やかで、逆に腹が立つくらいだった。

 

「……行くぞ」

 

 そう呟き、手を伸ばす。

 触れた瞬間、吸い込まれた。

 

 

 景色が反転する。

 光が縦に裂け、上下が入れ替わり、胃が一瞬だけ浮く。

 次に足裏へ感じたのは、硬い石畳の感触だった。

 

「──っ」

 

 すぐに身構える。

 だが、転移直後に襲撃はない。

 代わりに、妙な静けさが広がっていた。

 見上げる。

 空がある。

 だが本物ではないと直感できた。薄曇りのように見える天蓋が、どこか不自然に均一だ。

 周囲は広い庭園めいた空間だった。

 門の内側。

 左右には石灯籠。

 奥へ伸びる白砂の道。

 遠くに見える巨大な日本屋敷。

 池。

 枯山水。

 松や紅葉めいた植栽。

 それら全部が、あまりに整い過ぎている。

 迷宮というより、異常なほど完成された箱庭。

 綺麗ではなく得体の知れない不気味さが勝つ。

 

 景色への視線を切って背後の門を確認する。退路の確認はマスト。森林迷宮での経験がそうさせる。

 渦巻く光へ振り返った瞬間、眉をひそめる。

 

「……何?」

 

 回っていた渦が固まっている。

 半透明の鉱石か、凍った水晶か、そんな風に見える壁となって、門の内側を完全に塞いでいた。

 試しに手を当てる。

 冷たくも熱くもない。

 ただ、向こう側へ通れないという事実だけが確かにある。

 

「ふむ……」

 

 すぐにネメシス・ムーンへ兵装変更を要請。

 今度は貫通と破壊力重視。

 

【敵性対象:構造物】

【優先条件:破砕・穿孔・出力集中】

【換装開始】

 

 タイムロスなく装備が変わる。

 右腕に重質量破城杭。

 左腕に収束打撃補助。

 背部推進翼は短距離突撃用に再構成。

 

「開け…ゴマ!ってな」

 

 助走は短く。

 だが、出力は十分。

 脚部推進を噴かし、門の封鎖面へ破城杭を叩き込む。

 轟音。

 衝撃波。

 石畳が砕け、砂が舞う。

 それでも。

 

「……傷もなしか」

 

 表面に痕一つ残らない。

 塀の上空にあった障壁と同じだ。

 これは破壊できない類のギミックらしい。

 なら、考えを切り替えるしかない。

 

「戻る道は無し、か」

 

 小さく舌打ちしながら兵装を再び防御機動寄りへ戻す。

 今は出口をこじ開けるより、内部の情報収集が先だ。

 屋敷の方へ視線を向け、一歩踏み出したその時だった。

 砂を踏む音。

 いや、それより重い。

 石を砕くような足音が、左右から同時に近づく。

 今の騒音を聞き付けたのか。

 

「来るか」

 

 構える。

 白砂を巻き上げながら、二つの巨影が姿を現した。

 一体は狼。

 一体は虎。

 ただし、生き物ではない。

 石像だ。

 巨大な狼を象った動像。

 巨大な虎を象った動像。

 それぞれが屋敷の守護像であるかのような威容を持ち、だがその全身は硬質な鉱物質の光沢を帯び、眼だけが怪しく光っている。

 バイザーへ解析が走る。

 

 ▼

 モンスター名:守護巨狼動像《ギガントウルフ・バリアスタチュー》

 ランク:B-

 詳細:巨大な狼を象った動く像。極めて耐久性が高く、生半可な攻撃ではかすり傷一つ付くことはない。超質量と高い敏捷性から繰り出される攻撃は鋼塊すら粉砕するほど。

 討伐P:2500万P

 ▲

 

 ▼

 モンスター名:守護巨虎動像《ギガントタイガー・バリアスタチュー》

 ランク:B-

 詳細:巨大な虎を象った動く像。極めて耐久性が高く、生半可な攻撃ではかすり傷一つ付くことはない。超質量と高い敏捷性から繰り出される攻撃は鋼塊すら粉砕するほど。

 討伐P:2500万P

 ▲

 

「……門番、ってか?」

 

 思わず漏れる。

 B-級が二体。

 しかも極めて耐久性が高いと来た。

 いや、むしろ丁度いい。

 ネメシス・ムーンの本領を試すには、これ以上ない相手だ。

 高耐久。

 高質量。

 高機動。

 しかも二体同時。

 

「ネメシス・ムーン」

 

 視線を左の狼像へ固定しながら、低く呼ぶ。

 

【敵性対象:守護巨狼動像・守護巨虎動像】

【敵性特性:超高耐久・高質量・高機動・近接圧殺型】

【最適兵装演算開始】

 

 その瞬間、二体が同時に地を蹴った。

 重い。

 だが速い。

 狼像は低く滑るように。

 虎像は弾丸めいた跳躍で上から。

 前後左右ではなく、上下を混ぜて圧を掛けてくる辺り、単なる石像ではない。明らかに戦い慣れた動きだ。

 直後、兵装が切り替わる。

 右腕の防御殻がほどけ、関節部へ高出力の慣性制御リングが追加。

 左腕には大型の振動刃ではなく、白熱する細身の貫通杭。

 背部推進翼は格闘戦用に短く圧縮され、代わりに脚部へ瞬間的な踏み替え補助ユニットが増設される。

 

【換装完了】

【高耐久突破型・近接破砕仕様】

 

「ッ、はは!」

 

 狼像の突進が先に来る。

 今までなら、真正面から受けるか避けるかの二択だった。

 だが今は違う。

 脚部補助が点火。

 半歩だけ位置がずれる。

 それだけで狼像の牙が肩を掠め、致命の軌道を外れる。

 外れざま、左腕の貫通杭を横から関節部へ叩き込む。

 鈍い感触。

 硬い。

 だが確かに通る。

 

「グォォッ!」

 

 狼像が吠える。石の癖に、咆哮だけはやけに生々しい。

 その背中へ今度は虎像が落ちてくる。

 上。

 神経補助網が視界の端で軌道を拾う。

 右腕の慣性制御リングが一瞬だけ輝き、体を不自然なほど滑らかに捻らせる。

 虎像の前脚が紙一重で空を切る。

 そこへ、背部推進翼の短噴射。

 真横へ回り込み、膝裏へ白熱杭を突き立てる。

 石片が飛ぶ。

 

「……いけるな」

 

 初撃の手応えで確信する。

 硬い。

 確かにB-級らしい硬さだ。

 だがネメシス・ムーンが選んだこの兵装は、真正面から外殻を割るのではなく、関節と可動の要を狙い潰す思想らしい。

 納得だった。

 この手の石像は、本体の強度そのものを割ろうとすれば時間が掛かる。

 だが動けなくするだけなら話は別だ。

 狼像が片脚を引きずりながら距離を取る。

 虎像は逆に前へ出る。

 二体でカバーし合う動きだ。

 

「面白い」

 

 笑みが漏れる。

 ここまでは、想定通り。

 むしろ、ここからだ。

 この二体がまだ奥の屋敷の門番。先触れに過ぎないのだとしたら、この迷宮の難度は考えるまでもない。

 だがだからこそ、ここで確実に勝てなければ話にならない。

 ネメシス・ムーンの高耐久突破型兵装を纏ったまま、俺は白砂の上で低く姿勢を落とす。

 

「来い!」

 

 挑発するまでもなく、二体は同時に唸りを上げた。

 日本屋敷の門前。

 退路は封鎖済み。

 初戦からB-級二体。

 だが、不思議と恐怖はなかった。

 危険なのは分かっている。

 ここから先が死地だということも。

 それでも今の俺には、一月積み上げた準備と、空に浮かぶ機械の月がある。

 次の瞬間、白砂を爆ぜさせて、三つの影が再びぶつかった。

 

 最初に動いたのは、狼だった。

 守護巨狼動像(ギガントウルフ・バリアスタチュー)は、巨大な石像らしからぬ低さで身を沈めると、そのまま白砂を抉りながら一直線に滑り込んでくる。

 跳ぶのではない。

 走るのでもない。

 あれはもう、砲弾に近い。

 直後、虎も動いた。

 守護巨虎動像(ギガントタイガー・バリアスタチュー)は、狼の突撃に半拍遅れて跳躍した。

 だがそれが厄介だった。

 前から狼。

 上から虎。

 どちらも同じB-級、それも耐久へ大きく寄せた個体。真正面から受ける選択肢は無い。

 

「ネメシス・ムーン、継続支援」

 

【敵性対象:高耐久近接圧殺型×2】

【現行適装:高耐久突破型・近接破砕仕様】

【補助演算:継続】

 

 白砂の上で半歩だけ体を沈める。

 有機神経補助網が視界の輪郭を研ぎ澄まし、狼の踏み込みと虎の落下軌道を二重に切り分けて見せる。

 まず狼。

 真正面から来る巨体を、ギリギリまで引き付ける。

 口を開いた石の狼。牙の一本一本が槍みたいに太く、そのまま噛み砕かれればスーツ越しでも無事じゃ済まないのが分かる。

 だが、避ける。

 というより、流す。

 踏み込みに合わせて腰を捻り、脚部補助で半身だけずらす。

 狼の顎が右肩を掠めた。

 鈍い衝撃。

 装甲の表面が削られ、火花とも石片ともつかないものが散る。

 

【右肩装甲:軽損傷】

 

 浅い。

 だが軽くはない。

 触れただけでこれだ。

 そのまま狼の首筋側面へ、左腕の白熱貫通杭を叩き込む。

 狙いは胴ではない。関節。噛み付きの要になる首の回転軸だ。

 重い感触。

 

「……っ、硬い!」

 

 通る。

 確かに通る。

 だが、刺さった感覚の次に来るのは“そこで止まる”感覚だった。

 普通の高耐久なら、ここで亀裂が走る。

 少なくとも可動を阻害するだけの損傷は入る。

 だがこの狼像は違った。

 外殻が分厚いだけじゃない。

 内部まで石塊めいた高密度構造で詰まっている。

 刺さっても、砕けず、裂けず、押し広がらない。

 その僅かな手応えの悪さが、次の隙を生む。

 虎が落ちてきた。

 空気が裂ける音。

 見上げた時にはもう近い。両前脚を揃えたまま、圧し潰すためだけの落下。

 

「ッ!」

 

 貫通杭を引き抜くのを諦め、右腕の防御殻を展開。

 真正面ではなく斜め上へ向けて滑らせる。

 激突。

 地面が沈んだ。

 白砂と石畳が爆ぜ、視界が土煙で濁る。

 受け流したつもりだった。だが、質量差があまりにも大きい。完全には殺しきれない。

 衝撃が右腕から肩、胸、腰へ一気に抜ける。

 骨そのものは問題ない。

 だがスーツ越しでも、内側の筋肉が強張るほどには重い。

 

【右前腕装甲:中損傷】

【胸部フレーム:安定】

 

 致命傷ではない。

 だが、確実に削られている。

 虎像は着地と同時に前脚を払うように薙いできた。

 そこへ狼像が、首を半ば抉られたまま再加速して横から噛み付いてくる。

 

「おいおい……もう動くのかよ!」

 

 思わず吐き捨てる。

 さっきの一撃は、間違いなく入っていた。

 首の可動軸に白熱杭をねじ込んだのだ。普通の相手なら、最低でも一瞬は動きが鈍る。

 だがこの守護巨狼動像は、首筋から石粉を噴きながらなお速度を落とさない。

 それどころか、壊れた可動を無理やり噛み合わせて走っているような異様さがあった。

 しぶとい。

 それも、生物的なしぶとさじゃない。

 痛覚も怯みもない壊れながら押してくる兵器としての嫌らしさだ。

 右から狼。

 左から虎の払撃。

 両方は避けられない。

 瞬時に判断し、狼側へ踏み込む。

 前に出ることで虎の薙ぎを浅くする。

 その代わり狼の圧は真正面から来る。

 脚部補助を最大噴射。

 狼像の懐へ潜り込み、今度は下顎の付け根へ収束打撃補助を乗せた拳を叩き込む。

 石の牙が砕け、顎がわずかに跳ね上がる。

 だが、その瞬間に虎の爪が背中を掠めた。

 装甲板がめくれ、火花が走る。

 

【背部外装:軽損傷】

【推進翼ユニット:出力微低下】

 

「……くっ!」

 

 浅い。

 致命ではない。

 だが、確実に嫌な場所を削ってくる。

 門番二体は、ただ重いだけじゃない。

 連携している。

 片方が大振りで圧を掛け、もう片方が削る。

 それを、B級の質量と耐久でやってくる。

 だから一体一体の攻撃は即死級ではないものの重い。

 そしてその重い攻撃が、何度も積み重なる。

 白砂を蹴り、距離を取る。

 だが門番二体も間を置かない。

 狼は円を描くように回り、虎は正面から圧を掛ける。

 完全にこちらを挟み込む形だ。

 

「ネメシス・ムーン、演算更新。こいつら、思った以上に止まらない」

 

【敵性対象:高耐久補正更新】

【損壊許容値:高】

【推奨:一点突破ではなく累積破砕】

 

「累積、ね……!」

 

 その意味はすぐに理解できた。

 一撃で砕けないなら、積むしかない。

 関節。可動部。視覚器官。足運び。そういう“戦闘に必要な細部”を削り続け、最終的に戦闘能力ごと潰す。

 面倒だが、確かに合理的だ。

 虎が先に動く。

 今度は低く、素早く、前脚ではなく肩ごと突っ込んできた。

 真正面からの体当たり。避けても余波で持っていかれそうな質量。

 右へ跳ぶ。

 完全には逃げ切れない。肩口がぶつかり、横腹の装甲が軋む。

 

【左脇腹装甲:軽損傷】

【有機装甲自己修復:稼働中】

 

 鈍い痛みが走る。

 そこで終わらない。着地した先へ、狼像が既に滑り込んでいた。

 

「っ、読んでやがる……!」

 

 噛み付きではなく、今回は前脚だ。

 岩塊めいた爪が横薙ぎに来る。

 左腕の貫通杭で受け流し、衝突角を逸らす。

 だがそのせいで腕が跳ね、体勢が少し崩れた。

 そこへ虎の尾。

 石の塊とは思えない速度でしなり、脚を払う。

 膝が浮く。

 やばい、と思った瞬間には狼がもう口を開いていた。

 反射的に背部推進を短噴射。

 半ば転ぶように後ろへ飛ぶ。

 顎が胸部を掠めた。

 金属が削れる不快な音。

 胸装甲の表面に深い溝が走る。

 

【胸部外装:中損傷】

【内部機関:無事】

 

 細かく。

 重く。

 確実に削られる。

 その一方でこっちの攻撃も入っているはずなのに止まらない。

 狼の首にはまだ穿孔痕が残っている。

 虎の膝裏にも亀裂が走っている。

 顎は砕け、牙は折れ、外殻も削れている。

 それでも、動く。

 しかも鈍らない。

 多少の損壊など最初から計算に入っているかのように、同じ圧で押してくる。

 

「耐久寄りのB級ってのは……こういうことか」

 

 喉の奥で呟く。

 アースメイル・ワイバーンも、ソーンエンプレスも厄介だった。

 だが、目の前の二体はまた別種の嫌らしさがある。

 再生するわけじゃない。

 魔法を撃ってくるわけでもない。

 ただひたすら、壊れにくく、止まりにくく、重い。

 だから一発のミスがそのまま致命傷になるタイプではない代わりに、ジリジリと圧殺される未来が見える。

 狼が再び低く走る。

 虎がそれに合わせて斜め後ろを取る。

 今度はこちらから出る。

 待てば削られるだけだ。

 脚部補助を噴かし、狼像へ正面から踏み込む。

 向こうも当然迎え撃つ。

 顎が開く。前脚が振り上がる。

 その前脚を、敢えて浅く受ける。

 左肩から腕へ衝撃。

 装甲が軋む。火花が散る。だが折れはしない。

 その代わり、距離を得た。

 

「通れッ!」

 

 狼像の右前脚、その肘関節へ白熱杭を全力でねじ込む。

 今度は刺すだけじゃない。背部推進の噴射と収束打撃補助を全部一点へ重ねる。

 石が砕けた。

 肘関節の一部が弾け飛び、巨狼の体勢が初めて大きく崩れる。

 

「よし!」

 

 叫ぶ間もなく、虎が来る。

 横から。

 ぶちかましの軌道。

 避ける。間に合わない。

 なら、逆に使う。

 崩れた狼像の胴を盾代わりに押し出す。

 虎の肩と狼の側頭部が正面衝突し、重い激音が庭園に響いた。

 石片の雨。

 白砂が吹き飛び、灯籠が砕ける。

 どちらも止まらない。

 だが、一瞬だけ絡まる。

 そこへ、右腕の収束打撃補助を起動。

 虎像の首筋へ、渾身の拳を叩き込む。

 石の外殻がめり込み、首の回転がわずかに狂う。

 だがそれでも、止まらない。

 虎像は首を半ば砕かれたまま、前脚を振り下ろしてくる。

 防御殻を展開して受ける。衝撃が全身へ抜ける。

 狼像は片脚を壊されたまま、噛み付きではなく体当たりで押してくる。

 重い。

 ひたすら重い。

 ジリジリと削られる。

 こちらの攻撃も通る。だが、向こうの戦闘能力を完全に奪うまでには至らない。

 細かい被弾が増えていく。

 肩。

 脇腹。

 背中。

 太腿。

 脚部装甲。

 どれも致命的ではない。

 だが一つ一つが確実に重い。

 有機装甲自己修復が微細な損傷を塞いでいく感覚が無ければ、もっと精神的にきつかっただろう。

 削られても、表面の裂け目が少しずつ閉じる。

 

「……まだ足りないか」

 

 息を吐く。

 守護巨狼動像(ギガントウルフ・バリアスタチュー)

 守護巨虎動像(ギガントタイガー・バリアスタチュー)

 どちらも耐久へ大きく寄せたB-級。

 しぶとい。

 とにかくしぶとい。

 首が砕けても来る。

 脚が壊れても止まらない。

 顎を割っても、関節を穿っても、戦闘不能にならない。

 そのしぶとさが、ただ頑丈という一言で済まないレベルに厄介だった。

 普通の強敵なら、痛打を与えた瞬間に流れが生まれる。

 だがこいつらにはそれがない。

 攻撃が入っても、だからどうしたと言わんばかりに圧を掛け返してくる。

 門番に相応しい。

 そう認めざるを得なかった。

 

「……なら、もっと丁寧に壊すしかないな」

 

 白砂の上で低く構え直す。

 狼は片前脚を僅かに引きずりながら円を描く。

 虎は首筋をひしゃげさせたまま、なお真正面から圧を掛けてくる。

 どちらも、まだ殺気が衰えていない。

 だったら。

 こっちも、もう一段ギアを上げるしかない。

 ネメシス・ムーンの高耐久突破型兵装を纏ったまま、俺は改めて二体を見据えた。

 初戦からこれだ。

 この迷宮は、やはり甘くない。

 だが逆に言えば、ここを越えられないなら先へ進む資格もないということだ。

 息を整え、重心を落とす。

 細かい傷は増えた。

 装甲も削れている。

 それでも、致命には届かせていない。

 

 削り、削られ、また削る。

 

 戦いは一瞬の決着とは程遠かった。

 守護巨狼動像(ギガントウルフ・バリアスタチュー)の片前脚はすでに大きく砕け、踏み込みのたびに白砂へ深い傷跡を刻んでいる。

 守護巨虎動像(ギガントタイガー・バリアスタチュー)も首筋と膝裏へ何発も叩き込まれ、動きの滑らかさは明らかに落ちていた。

 それでも、止まらない。

 狼は砕けた顎から石粉を撒き散らしながらなお噛み付きに来る。

 虎はひしゃげた首を無理やり戻すように捻り、圧し潰すための突進を止めない。

 こっちも無傷じゃない。

 肩。

 脇腹。

 太腿。

 背中。

 細かい損傷が積み重なっている。

 致命ではない。

 だが、有機装甲自己修復で塞げる範囲を超えれば、いずれ動きが鈍る。

 だから、どこかで決める必要があった。

 

「……そろそろだな」

 

 低く呟く。

 狼の動きは片脚の損傷でわずかに外へ流れ始めている。

 虎はまだ正面圧が強いが、膝の可動が狂ったせいで踏み込みの“溜め”が長くなった。

 どちらも、少しずつズレてきていた。

 そしてそのズレが、ついに噛み合う瞬間が来る。

 狼が右へ回り込もうとして足を引きずる。

 虎がそれを埋めるように真っ直ぐ押し込んでくる。

 結果、二体の位置が一瞬だけ並ぶ。

 これだ。

 

「ネメシス・ムーン」

 

【敵性対象:守護巨狼動像・守護巨虎動像】

【戦況分析:高耐久低下傾向】

【好機判定:成立】

【要求:火力特化武装】

 

 その瞬間、兵装が変わる。

 防御重視だった外装が、音もなくほどける。

 肩部の防御殻が後方へ展開し、代わりに高出力収束砲の補助フレームへ変形。

 前腕の貫通杭は消え、両腕そのものが砲身めいた構造へ再構成される。

 背部の推進翼は大きく開き、翼というより放熱板と照準安定翼に近い形になる。

 脚部の補助も変わった。

 回避や急制動ではない。

 撃つために踏み止まる。

 そのための固定杭と出力安定機構。

 

【換装完了】

【高耐久複数対象・同時討伐仕様】

【出力集中開始】

 

「ふぅ」

 

 息を吐く。

 狼が先に気付いたのか、低く身を沈める。

 虎も真正面から殺気をぶつけてくる。

 だがもう遅い。

 脚部固定杭を白砂へ撃ち込み、腰を落とす。

 背部安定翼が展開。

 両腕砲身の中心へ、緑と青が混じる光が収束していく。

 有機性強化外装の補助が、その出力を無理やり支えていた。

 筋繊維が軋む。

 神経補助網が狙いを固定する。

 循環強化が、焼けるような負荷をどうにか全身へ散らす。

 

「まとめて──」

 

 狼が飛ぶ。

 虎が地を砕いて踏み込む。

 二体の軌道が、わずかに重なる。

 

「消し飛べ」

 

 放つ。

 轟音ではない。

 それ以上の何かだった。

 空気が押し潰され、白砂が蒸発し、一直線の焼滅光が門前の庭園を貫く。

 狼と虎、その中間を狙ったはずの一撃は、出力の余りで二体をまとめて呑み込んだ。

 石が溶ける。

 砕ける。

 砲撃ではない。

 存在そのものを削り落としていくような、暴力的な光の奔流。

 巨狼の胸が消えた。

 巨虎の首から肩にかけてが、まとめて抉り取られる。

 白砂の庭園と石畳ごと一直線に蒸発し、背後の築山まで抉れて吹き飛んだ。

 爆ぜる。

 砕ける。

 それでも、なお。

 

「……くそっ、まだか!」

 

 B級の耐久寄りは伊達じゃない。

 狼像は胴を半ば失いながらも、残った前脚でなお地を掻く。

 虎像も首から上をほとんど消し飛ばされながら、慣性だけで突っ込んでくる。

 だがしかしさっきまでのしぶとさとは違う。

 今のこれは、止まる寸前の足掻きだ。

 

「終わりだ!」

 

 固定杭を引き抜き、残った推進を前へ回す。

 焼滅砲を捨てるように解除し、右腕を高密度貫通槍へ再構成。

 まず狼。

 砕けた胴の中心、残された核らしき高密度部位へ突き込む。

 今度は手応えがある。割れた感触。

 守護巨狼動像(ギガントウルフ・バリアスタチュー)が、ようやく全身へ亀裂を走らせた。

 次の瞬間、石の巨体は内側から崩れ、白い粒子へ変わって散る。

 

『討伐ポイントを入手しました』

 

 続けて虎。

 首が消え、胴だけでなお迫ってくる異様な像。

 だが動きはもう雑だ。

 膝裏と肩軸が焼かれている以上、真正面からの一撃しか残っていない。

 半歩だけ横へ流し、その巨体をすれ違わせる。

 直後、脇腹から胴体内部へ槍をねじ込み、残った全推進を叩き込む。

 内部から裂ける音。

 鈍い破砕音。

 そして守護巨虎動像(ギガントタイガー・バリアスタチュー)もまた、限界を迎えた。

 崩壊。

 巨体がその場でほどけるように割れ、無数の光の粒子へ変わって消えていく。

 

『討伐ポイントを入手しました』

 

 門前に、静寂が戻った。

 白砂は焼け、庭園は抉れ、石灯籠は幾つも砕けている。整っていた風景はどこにもない。

 B-級二体。

 しかも耐久へ大きく寄せた門番。

 確かに厄介だった。

 

 だが、その分厚い壁を耐久をネメシス・ムーンの火力特化武装が最後にまとめて焼き抜いた。

 

「……はぁ」

 

 深く息を吐く。

 気付けば、全身が少し重い。

 致命傷はない。

 だが、細かい損傷と緊張の積み重ねで、肉体疲労が確かに蓄積していた。

 

「有機循環強化」

 

 起動。

 緑の脈動が装甲の隙間を走り、熱を持った筋肉と神経の奥へ染み込んでいく。

 呼吸が少し楽になる。

 全身へ回っていた乳酸の重さが、ゆっくり引いていく。

 便利だ。

 こういう戦い終わった直後に次へ移るための回復こそ、有機側の真骨頂だろう。

 門前に残る二体の消滅跡を一度だけ見下ろす。

 

「門番からこれか」

 

 小さく漏らす。

 そして視線を上げる。

 巨大な日本屋敷。

 静まり返った玄関。

 開いたままの入り口。

 奥から漏れてくる、あの嫌な圧。

 ここまでは前庭に過ぎない。

 本番はここからだ。

 ネメシス・ムーンの兵装を一度、防御寄りへ戻す。

 高火力のまま突っ込むのは危険だ。

 次に何が出るか分からない以上、初動は生存優先でいく。

 

「……行くか」

 

 白砂を踏み、屋敷の玄関へ向かう。

 門番二体を倒したことで、かえって静けさが濃くなった気がした。

 靴底が石段を踏む音だけが響く。

 巨大な引き戸めいた入り口は、近づくと自然に開いていくようにも見えた。

 その暗がりの奥へ一歩踏み込む。

 冷たい空気。

 広い土間。

 磨かれた板張り。

 そして、外の庭園とはまた違う、重く湿った異質さ。

 屋敷の入り口をくぐった瞬間、俺は本当にこの迷宮の内側へと足を踏み入れたのだと理解した。

 




今話獲得機能:無し
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。