BrokenWorld~黒鉄の装着者~   作:半笑いの妖精

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第四十二話:屋敷内部

 

 屋敷の内部は、外からは考えられないほど広かった。

 一歩踏み込んだ瞬間から、空気の質そのものが変わる。

 ただ広いのではない。

 空間そのものが無理やり引き延ばされているような感覚だった。

 外から見た屋敷の規模なら、せいぜい大きな日本屋敷か、小城郭を兼ねた豪商の屋敷程度。

 だが内部は違う。

 土間一つ取っても広すぎる。

 玄関から廊下へ続くまでの距離が長い。

 柱の間隔も、天井の高さも、部屋の奥行きも、全部が“屋敷”の常識を僅かに外れていた。

 

「……空間拡張か」

 

 迷宮なのだから不思議ではない。

 だが、実際に体感すると気味が悪い。

 板張りの床を踏む。

 乾いた音が響き、その反響が妙に遠い。

 目の前の廊下も、左右へ伸びる渡り廊下も、障子の向こうに見える部屋も、どれも“広さの感覚”が狂っている。

 視界の端に見える庭でさえそうだった。

 外から見た時よりも、明らかに広い。

 池も、石橋も、植栽も、ひとつひとつが奥へ引き延ばされている。

 嫌な感じだった。

 ただの大屋敷ではない。

 ここは「日本屋敷に似せた別の何か」だ。

 そう思わせるには十分すぎる異質さがある。

 すぐにバイザーへ簡易地図を展開する。

 兵器小隊は外周にしかいない。

 つまりこの内部の把握は、自分でやるしかない。

 

「ネメシス・ムーン。近接迎撃と防御重視、索敵補助寄りで」

 

【敵性対象:未確認】

【環境:閉鎖空間・広域内部構造】

【推奨殲装:近接迎撃・防御・感知補助仕様】

 

 タイムロスなく装備が切り替わる。

 前腕部へ薄い防御殻。

 肩部へ迎撃用の小型偏向板。

 背部には大出力砲ではなく、狭所用の姿勢制御翼。

 頭部補助として、索敵と反応補強のサブセンサー群。

 いい。

 今はこれでいい。

 廊下の中央に立ったまま、意識を集中する。

 静かだ。

 外の庭で門番二体を相手に暴れた後とは思えないほど静かだった。

 だが、この静けさは安全の証明ではない。

 むしろ逆だ。

 この広すぎる空間のどこに、何が潜んでいてもおかしくない。

 天井裏。

 障子の向こう。

 廊下の角。

 庭の池。

 床下。

 全部が怪しい。

 

「……歓迎はしてくれないらしいな」

 

 誰に向けるでもなくそう言って、ゆっくりと最初の一歩を踏み出す。

 廊下は長い。

 右手側には連なる障子戸。

 左手側は開けた中庭が見える構造だが、その中庭すら外から見た時より一回り、いや二回りは広く見える。

 歩きながら、一定間隔で床や柱を軽く叩いて反響を探る。

 有機神経補助網を薄く起動し、音と振動の返り方を拾う。

 普通の屋敷なら、部屋の大きさも壁の厚みもある程度想像できる。

 だがここは違う。

 叩いた反響が、時々不自然に遅れる。

 あるいは逆に、近すぎる場所から返ってくる。

 空間そのものが素直じゃない。

 

「面倒な造りしてやがる……」

 

 舌打ちしかけた、その時だった。

 微かに。

 何かが擦れる音がした。

 畳か。

 いや、もっと乾いている。

 木の上を硬いものが引きずられるような、細い音。

 止まる。

 音も止まる。

 静かだ。

 だが間違いなく、何かいる。

 視線を動かさず、バイザーの感知を広げる。

 熱源は薄い。

 生体反応も曖昧。

 だが、右手側三つ目の部屋、その障子の向こうにごく僅かな質量反応が引っかかる。

 

「……そこか」

 

 低く呟く。

 

 瞬間、障子が内側から弾け飛んだ。

 白い紙片と木枠が散る。

 そこから飛び出してきたのは、人型だった。

 いや、人に“似せた”何か。

 和装の形をした細身の影。

 顔には能面めいた白い仮面。

 だがその四肢は関節が異様に長く、袖の下から覗く手指は刃物のように細く尖っている。

 バイザーへ解析が走る。

 

モンスター名:面鬼

ランク:C+

詳細:不気味な能面を被った和風の鬼型モンスター。鋭い手指で獲物を切り刻む。C級モンスターの中でも高い攻撃性と耐久性を誇るが、弱点の能面を破壊すると容易に撃破可能。

討伐P:8000

 

「……面か」

 

 弱点が分かっているなら話は早い。

 面鬼は着地と同時に、床板を滑るように低く駆けた。

 速い。

 C+級らしく、ただの雑魚とは明らかに違う踏み込みだ。

 しかもこの閉鎖空間では、その速さが余計に厄介だった。

 右から来る。

 有機神経補助網を薄く起動。

 視界の端で伸びてくる刃のような指先を捉え、半歩だけ体を流す。

 空振った指先が柱を掠める。

 硬い木材が紙みたいに裂けた。

 

「ほう……」

 

 威力も悪くない。

 そのまま面鬼はすれ違いざまに体を捻り、二撃目へ移る。

 だが、さっきの一撃で軌道は見えた。

 左腕の防御殻で軽く払い、懐へ潜る。

 近い。

 能面の白が、目の前にある。

 

「なら、そこだ」

 

 短剣を生成。

 逆手に持ち替え、能面の中央へ真っ直ぐ突き込む。

 硬い感触。

 だが一瞬だけ。

 次の瞬間、能面へ蜘蛛の巣状の亀裂が走り、面鬼の全身が止まった。

 そのまま内側から崩れるように光の粒子へ変わって消えていく。

 

『討伐ポイントを入手しました』

 

 静かになった廊下へ、紙片だけがひらひらと落ちた。

 

「……分かりやすい弱点で助かるな」

 

 小さく呟きながら、短剣を解除する。

 だが同時に、気も引き締まる。

 今のはC+級。

 しかも初見で弱点が見抜けたから楽に終わっただけだ。

 この広すぎる屋敷の内部に、こういう個体がまだ幾らでもいる可能性が高い。

 

 そう考えた直後。

 廊下の奥。

 中庭。

 天井の梁。

 開かずの障子の向こう。

 面鬼の撃破を皮切りに次々と和風のモンスターが姿を現し始める。

 廊下の先。

 曲がり角の向こう。

 中庭へ面した渡り廊下の天井。

 障子の奥。

 ありとあらゆる場所から、気配が増えていく。

 静かな屋敷だったはずなのに、今は違う。

 どこかで板が軋み、どこかで畳が擦れ、どこかで低い唸りが響く。

 音は小さい。

 だが確実にこちらへ寄ってきている。

 

「……歓迎会にしては随分と趣味が悪いな」

 

 小さく吐き捨てる。

 その瞬間、左手側の障子が一斉に破れた。

 白い紙が吹き飛び、そこから細身の影が三つ、四つと躍り出る。

 来たのは面鬼だけじゃない。

 中庭の石灯籠の陰から、低い体勢で走る影。

 天井の梁から逆さにぶら下がる影。

 奥の大広間の暗がりから、ゆらりと揺れながら歩いてくる長身の影。

 バイザーの解析が一気に走る。

 

モンスター名:影狗

ランク:C

詳細:影のような黒い毛並みを持つ犬型モンスター。床や壁際の暗がりを滑るように移動し、獲物の死角から喉笛を狙う。単体性能は高くないが、群れでの奇襲性能が高い。

討伐P:3500

モンスター名:針髪女

ランク:C+

詳細:長い黒髪を無数の針のように硬質化させる女型モンスター。射出、拘束、刺突を同時に行えるうえ、髪の一部は囮や盾としても機能する。耐久は高くないが攻撃範囲が広い。

討伐P:9000

モンスター名:吊骨坊

ランク:C+

詳細:梁や天井に潜み、細長い骨腕で獲物を吊り上げる骸骨僧型のモンスター。奇襲性が極めて高く、関節を無視した伸縮で死角から首や四肢を狙う。

討伐P:8500

 

「……数が多いな」

 

 単純な感想だが、それが一番正しかった。

 個々の格で言えば、門番二体には遠く及ばない。

 B-級二体と比べれば、CやC+の群れだ。

 だが、狭い屋敷の廊下と部屋と中庭を使って四方八方から来られると話が違う。

 しかも、役割分担までしている。

 前へ出るのは面鬼。

 死角を取るのは影狗。

 中距離で広く制圧するのが針髪女。

 上から絡め取るのが吊骨坊。

 いやらしい。

 実にいやらしい編成だった。

 

「ネメシス・ムーン」

【敵性対象:複数】

【敵性特性:近接奇襲・中距離制圧・立体挟撃】

【推奨殲装:近中距離多目標迎撃仕様】

 

 即座に兵装が切り替わる。

 右腕の防御殻が薄く展開し、偏向シールド寄りへ。

 左腕には短刃と小口径収束砲が一体化した多用途兵装。

 肩部へは自動迎撃用の小型展開板。

 背部推進は天井や柱を避けるため、短噴射重視の室内機動型へ。

 タイムロスはない。

 それどころか、こっちが状況を認識した頃には、もう切り替わっている。

 

「まずは」

 

 面鬼が来る。

 三体同時。

 正面と左右。

 能面の白が、不気味に揃っていた。

 だが、一体ずつなら対処は知っている。

 左の個体へ半歩寄り、真ん中の一体をわざと死角へずらす。

 そこへ右からの個体が指を振るうが、防御殻で流す。

 金属音。

 指先が外装を削る。

 

【右前腕装甲:軽損傷】

 

 そのまま左腕短刃で最左の能面を横薙ぎに砕く。

 一体消滅。

 返す手で、小口径収束砲を中央の面へ撃ち込む。

 白い仮面が弾け、二体目も光になる。

 残る一体が懐へ入る。

 だが、そこで上から骨腕が落ちてきた。

 

「っと!」

 

 吊骨坊。

 細長い骨の腕が、首を引っ掛けるように伸びる。

 後ろへ引くのでは遅い。前へ出る。

 面鬼の肩へ踏み込み、すれ違いざまにその面を肘で砕く。

 三体目、消滅。

 だがその直後、足元の影が動いた。

 影狗だ。

 床板の暗がりを走っていた黒い塊が、膝裏めがけて飛び出す。

 反応は間に合う。

 だが避けきれない。浅く脚へ噛み付かれた。

 鈍い衝撃と共に外装表面が裂ける。

 

【右脚部外装:軽損傷】

【有機装甲自己修復:稼働中】

 

「鬱陶しい……!」

 

 踏み下ろす。

 影狗は一体、床へ叩き潰して消滅。

 だが二体目、三体目がすでに壁際を走っている。

 そこへ、針髪女が髪を射出してきた。

 黒い髪の束が空中で無数の針へ変わり、廊下を埋める。

 正面から避ければ背後の中庭へ落ちる。

 なら受けるしかない。

 肩の迎撃板が開き、数本を弾く。

 右腕の偏向シールドで前面を逸らす。

 それでも全部は防げない。

 頬。

 脇腹。

 太腿外側。

 何本かが浅く突き刺さり、外装へ細かな穴を穿つ。

 

【複数軽微損傷確認】

 

 細かい。

 だが、鬱陶しい。

 門番二体のような一撃の重さはない。

 代わりに、数で削ってくる。

 しかも屋敷の構造を熟知している動きだ。

 面鬼が前へ。

 影狗が足元。

 針髪女が通路を制圧。

 吊骨坊が上。

 正面だけ見ていたら死ぬ。

 

「ネメシス・ムーン、迎撃優先順位更新。上と中距離を先に潰す」

 

【優先撃破対象:吊骨坊・針髪女】

【補助照準更新】

 

 視界の隅に、微かな誘導線が走る。

 それに従って体が動く。

 まず上。

 短噴射で柱を蹴り、天井近くまで跳ぶ。

 吊骨坊が二体、梁から逆さに揺れていた。

 一本の骨腕を伸ばしてきた方へ、小口径収束砲を連射。

 骨の肘と肩の接続部を順に撃ち砕く。

 関節が壊れた吊骨坊は、吊られていた姿勢のままほどけるように落ち、光の粒子へ変わった。

 もう一体は回り込もうとしたが、短刃で頭蓋を縦に裂く。

 

『討伐ポイントを入手しました』

 

 着地と同時に、髪針がまた来る。

 だが今度は線が見える。

 針髪女の肩。

 首。

 髪の束が集まる基点。

 そこへ偏向シールド越しに一歩踏み込み、小口径収束砲を三連射。

 髪束の制御点ごと焼き切る。

 針の雨が止まる。

 距離を詰め、最後は短刃で喉元を断つ。

 針髪女の体がゆっくり仰け反り、そのまま崩れて消えた。

 これで、中距離と上はかなり楽になった。

 

「残りは前と足元か」

 

 言い終わる前に影狗が二体、左右から跳ぶ。

 低い。

 だがもう見える。

 右脚を引き、左脚で踏み換え、片方を空振らせる。

 すれ違いざまに短刃で首筋を裂く。

 もう片方は肩の迎撃板が小さく展開し、跳躍軌道をずらした所へ蹴りで叩き落とす。

 そこへ面鬼が四体、列を乱さず来た。

 

 だがもう、初見の混乱はない。

 能面が弱点と分かっている以上、こいつらは面を壊せば消える雑魚でしかない。

 廊下を前に詰める。

 最初の一体の爪撃をシールドで流し、真横へ潜り込んで面を砕く。

 二体目は踏み台にして飛び越え、後頭部側から小口径収束砲を叩き込んで面を貫く。

 三体目と四体目は並んで来た。だったらまとめてだ。

 短刃を解除。

 左腕兵装を一瞬だけ高出力へ振る。

 

「散れ」

 

 至近距離の横薙ぎ収束波。

 面鬼二体の能面がまとめて砕け、同時に光へ変わって消えた。

 廊下に、また静けさが戻る。

 紙片。

 砕けた木枠。

 掻き乱された白砂。

 その中で、俺は一度だけ浅く息を吐いた。

 

「……際限ないな」

 

 呟く。

 今ので終わりではない。

 分かる。

 屋敷の奥から、まだ気配が増えている。

 この迷宮は門番を越えた瞬間からこうやって物量で獲物を疲弊させ殺しに来る構造なのだろう。

 

 やってることは森林迷宮と同じ仕組みだが…。 

 

 広すぎる空間。

 多すぎる部屋。

 死角だらけの廊下と中庭。

 隠す場所が多いとそれだけ思考の負担が倍増する。

 

 これは長々と続けていられない。肉体疲労は何とかなるが、精神疲労はどうしようもない。

 

 それならばと、湧いてくる敵を片付けながら、道を作る。

 さっさと屋敷の中心へ進み、迷宮核か、主か、それに類するものを見つけて叩き潰す。

 

 視線を上げる。

 奥へ続く長い廊下。

 その先の大広間。

 さらに向こうの渡り廊下。

 庭園の奥に見える別棟。

 外からは考えられない広さの日本屋敷。

 空間そのものが拡張された迷宮の中で、俺は改めて姿勢を落とした。

 次はどこから来る。

 そう考えた時にはもう、次の障子が、天井が、床板が、ゆっくりと軋み始めていた。

 

 




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