BrokenWorld~黒鉄の装着者~   作:半笑いの妖精

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第四十三話:凍雪妖女郎

 

 ひっきりなしに湧いてくるモンスターを相手にしていたら、流石にキリがない。

 面鬼を斬り、影狗を踏み潰し、針髪女の髪を焼き、吊骨坊を梁から叩き落とす。

 その度に討伐ポイントは入る。

 だが、それ以上に時間が食われる。

 しかも、この屋敷の構造を考えれば、雑魚を律儀に片付けるのは悪手だ。

 広すぎる。

 部屋数が多すぎる。

 空間そのものが伸びている以上、どこまで行っても湧き場所には事欠かない。

 

「……相手してたら負けだな、これ」

 

 低く呟く。

 門番二体の時とは違う。

 あいつらは明確な障害だった。

 しかし屋敷内の連中は違う。

 こいつらは足止め、あるいは消耗させたり削るための群れ。

 迷わせるための雑音。

 つまり、本命じゃない。

 なら、付き合う必要はない。

 撃破を前提にしなければ、ネメシス・ムーンに作らせるべき兵装も変わる。

 火力でも、貫通でも、殲滅でもない。

 

「ネメシス・ムーン。防御特化をくれ」

 

【敵性対象:多数】

【戦況評価:消耗誘導型群体妨害】

【推奨殲装:防御・突破・継続移動特化仕様】

 

 その瞬間、兵装が変わる。

 肩部から大きくせり出す偏向防壁。

 前腕部には展開面積を優先した大型シールド殻。

 脚部は踏み止まりではなく、接触を無視して前進するための衝撃分散構造へ再構成。

 背部には推進翼ではなく、全身の姿勢を支える補助安定環。

 頭部周辺には迎撃用の小型偏向板が幾重にも浮かび、細かな飛び道具を弾く準備を整える。

 攻撃力は目に見えて落ちた。

 その代わり、前へ進むことだけに関しては明らかに最適化されている。

 

「よし」

 

 考え方を切り替える。

 倒すんじゃない。

 進む。

 障害は受け流し、弾き、無視する。

 核か、主か、もしくはそれに繋がる場所へ向かう。

 そういう探索だ。

 

 …もっとも、最初からこの形に行き着いたわけじゃない。

 最初に考えたのは、もっと単純で荒っぽい方法だった。

 屋敷そのものを破壊して、上から進む。

 この広さと湧き方を見た瞬間、内部の構造へ真面目に付き合うのは面倒だと思った。

 なら、壁でも天井でもぶち抜いて、ビークルか飛行補助で上から核心部へ行けばいい。

 そう考えるのは自然だった。

 実際、一度試している。

 ネメシス・ムーンへ構造物破壊寄りの兵装を要請し、廊下の柱と壁を狙って撃った。

 すると、ある程度の備品は壊せた。

 障子。

 扉。

 欄間。

 飾り柱。

 屏風。

 花瓶。

 天井から吊るされた装飾具。

 そういった屋敷の中身に該当するものは、普通に破壊できた。

 だが、本命は違った。

 主柱。

 屋敷を支える壁。

 梁。

 天井の基礎構造。

 床を構成している核になる部分。

 それらへ攻撃した瞬間、手応えが消える。

 見えない何かに阻まれたように、衝撃そのものが飲まれる。

 塀の上に張られていた障壁と、感触が同じだった。

 

「……こっちもか」

 

 舌打ち混じりにそう漏らしたのを覚えている。

 見栄えのための備品は壊せても、構造の骨格は破壊不能。

 屋敷という迷宮の形そのものは守られているのだ。

 故に上からの突破は断念した。

 天井を抜けない。

 壁も抜けない。

 なら、素直に中を通るしかない。

 そうして今の、防御特化探索へ行き着いたわけだ。

 

 

 方針を決めてからの動きは早かった。

 最初の曲がり角で、また障子が破れる。

 面鬼が二体。影狗が三体。

 さらに奥の部屋から針髪女が髪を持ち上げる。

 だが、今の俺はそっちを見ない。

 大型シールド殻を前へ。

 偏向防壁を斜めに展開。

 細かな髪針や爪撃を“受ける”のではなく、流す角度を維持したまま前進する。

 影狗が脚へ噛み付こうとしてくる。

 脚部外装の衝撃分散構造が、接触の勢いそのものを逃がしてくれる。

 噛み付かれても浅い。

 面鬼が横から能面を軸に突っ込んでくる。

 肩部偏向板が滑らせ、体勢を崩させる。

 

【複数接触】

【装甲表層:軽微損耗】

【進行継続を推奨】

 

 進む。

 ひたすら進む。

 有機循環強化を維持し、呼吸と回復を優先。

 有機神経補助網は索敵寄りに絞り、デカイ一撃だけは避ける。

 有機筋繊維補強は切っておく。今は殴り返すための出力より、長く動けることの方が重要だった。

 廊下を抜ける。

 中庭へ出る。

 渡り廊下を走る。

 障子を蹴り破って最短の部屋を横断する。

 湧いてくるモンスターは増え続け、新しい個体まで混ざってくる。

 

モンスター名:襖隠し

ランク:C

詳細:襖や壁面へ溶け込むように潜み、通り過ぎた獲物の背後から刃状の腕を突き出して襲う擬態型モンスター。直接戦闘力は高くないが、不意打ち能力が高い。

討伐P:4000

モンスター名:提灯火童子

ランク:C

詳細:赤黒い提灯を頭部に吊るした小鬼型モンスター。浮遊しながら獲物を追尾し、近づくと爆ぜる鬼火を撒き散らす。群れると視界妨害と熱源撹乱が厄介。

討伐P:3000

 

「本当に、際限がないな……!」

 

 思わず吐き捨てる。

 襖が裂ける。

 天井が軋む。

 床下が鳴る。

 提灯火童子の鬼火が視界の端を赤く染める。

 いちいち相手にしていたら、本当に一日が終わる。

 しかも、この屋敷のどこかに本命がいるはずなのに、そこへ辿り着く前に削り殺されかねない。

 だから無視する。

 シールドを正面へ。

 偏向板で鬼火を逸らす。

 襖隠しの腕は前腕殻へ流し、足元の影狗は踏み砕かずに蹴散らすだけ。

 吊骨坊の骨腕に引っ掛けられそうになれば、短噴射で位置をずらし、針髪女の広範囲射撃は曲がり角そのものを盾にして抜ける。

 撃破は考えない。

 必要な最低限しか返さない。

 

 

 しばらく進んだところで、ふと気付く。

 

「構造が変わってる…?」

 

 同じような廊下。

 同じような障子。

 同じような庭。

 

 そう見えていたが、少しずつ変わり始めていた。

 柱は太く、彫刻は精緻になり、床板はより艶を増している。

 ただ広いだけだった屋敷が、奥へ進むにつれて“格式を増していく”のだ。

 まるで外縁から中心へ近づくごとに、建物の格そのものが上がっていくようだった。

 そして、それに比例するようにモンスターの圧も濃くなる。

 数の多さは相変わらず。

 だが、個体の気配が微妙に重い。

 同じ面鬼でも、湧いてくる速度や踏み込みに余裕がある。

 針髪女の髪針も、さっきより貫通力が増しているように感じる。

 

「中心に近づいてる証拠、か」

 

 悪くない。

 少なくとも、道を間違えている感じはしない。

 それならこのまま押し通るだけだ。

 長い渡り廊下を走り抜け、次の中庭へ出る。

 池を囲う回廊。

 赤い橋。

 その向こう、ひときわ大きな建物。

 明らかに、今まで通ってきた棟とは格が違う。

 屋敷の本殿か、あるいはそれに相当する場所。

 そこから漂う圧も、今までとは明確に別だった。

 自然と足が止まりそうになる。

 だが、止まらない。

 ここまで来て雑魚に足を取られるつもりはない。

 

「もうすぐだな……」

 

 そう呟き、偏向防壁を少しだけ狭める。

 防御特化で押し通ってきたが、次は多分、そうも言っていられない。

 ここから先に待っているのは、門番二体みたいな明確な壁だ。

 そんな予感があった。

 背後ではまだ和風のモンスターたちがざわめいている。

 障子の向こうで面鬼が爪を鳴らし、天井裏で吊骨坊が這い、鬼火がちらついている。

 だがもう、そいつらは背景に過ぎなかった。

 俺は本殿めいた巨大建物を見据えたまま、一段深く息を吸う。

 この屋敷迷宮は広い。

 外から想像できないほどに広い。

 そして、その空間の奥へ行くほど、明らかに濃く、重く、危険になっていく。

 なら、間違いなく次がある。

 門番二体を越え、群体の足止めを押し切った、その先に待つ次なる壁が。

 

 中庭に降りた瞬間、空気が変わった。

 

 それまで耳障りなほどに満ちていた物音が、嘘みたいに消える。

 障子の軋みも、鬼火の揺らめきも、床下を這う気配も、全部が一度に途絶えた。

 シン、と。

 音のない静寂が、中庭全体を包み込む。

 

「……っ」

 

 反射的に足を止める。

 何だ。

 そう思うより先に、背後へ気配を向けた。

 さっきまでひっきりなしに湧いてきていた和風モンスター達――面鬼、影狗、針髪女、吊骨坊、襖隠し、提灯火童子。

 その連中が、ことごとく動きを止めていた。

 いや、止めているんじゃない。

 平伏している。

 中庭へ続く廊下。

 柱の陰。

 梁の上。

 襖の向こう。

 あらゆる場所で、和風モンスター達が一様に頭を垂れ、身を低くし、こちらではなく中庭の中心へ服従するような姿勢を取っていた。

 

「……そういうことか」

 

 低く漏らす。

 つまり、今までの連中はここまでの前座。

 足止めであり、削り役であり、この中庭へ辿り着いた者をそれの前へ差し出すための雑兵に過ぎない。

 異様な光景だった。

 だが同時に、背筋を這う冷たさとは別の感情も湧く。

 これから現れる何か。

 その格。

 その圧。

 それを前にして、確かに自分は冷えている。

 それなのに、その先を少し楽しみに思っている自分がいた。

 

「……は」

 

 我ながら、少し驚く。

 恐怖だけで竦んでいた頃とは違う。

 危険だと分かった上で、そこへ踏み込む準備をしてきた。

 その実感が、こんな感情へ変わったのかもしれない。

 そう思っていると、ソレは現れた。

 中庭の池。

 水面が、音もなく白く変わる。

 凍る、というより、世界そのものへ白銀が染み出していくような変化だった。

 池だけじゃない。

 橋。

 石灯籠。

 苔むした岩。

 植え込みの葉。

 白砂。

 空気中の水分すら、微かな光を帯びて凍結していく。

 中庭の中心に、雪が降り始めた。

 いや、舞っているのはただの雪じゃない。

 冷気そのものが花びらみたいに可視化されている。

 その中から、ゆっくりと女が姿を現す。

 長い白銀の髪。

 氷を編み込んだような和装。

 白い肌。

 細い指先。

 足元に広がる霜の紋様。

 美しい。

 だがその美しさは、命あるものの延長線上にはない。

 雪原に打ち捨てられた死体の静けさを、そのまま女の形へしたような、あまりに冷たい存在感だった。

 バイザーの解析が走る。

 

モンスター名:凍雪妖女郎(グレイシアス・コールドレディ)

ランク:B+

詳細:周囲を白銀世界へと変える雪女。彼女の一挙手一投足で万物は停止し、彼女を飾り立てる氷の彫像と化す。

討伐P:5000万P

 

「……B+」

 

 小さく息を吐く。

 門番二体より格上。

 そして厄介なタイプだな、と即座に判断する。

 高耐久型の門番はまだ分かりやすかった。

 硬い。重い。速い。

 そういう物理的な圧なら、対処は組み立てやすい。

 だがこいつは違う。

 冷気という不可視の力を駆使して戦場の環境そのものを支配して、自分に有利な環境へ変える相手。

 

 既に白砂の一部が凍り、池の表面は鏡面めいて光を返している。

 息を吐けば白い。

 有機性強化外装の表面にも、薄く霜が降り始めていた。

 

【周辺温度:急低下】

【外装表層:凍結進行】

【有機循環強化:推奨】

【ネメシス・ムーン:対寒冷・機動維持仕様を推奨】

 

 演算の提案に応じる。

 

「ネメシス・ムーン。対寒冷機能を。また、防御と機動優先の装備もくれ」

 

【敵性対象:凍雪妖女郎】

【敵性特性:広域凍結・環境支配(冷気)】

【最適装演算開始】

 

 兵装が変わる。

 前腕シールドはより滑らかな曲面へ。

 装甲の隙間に走るラインが青から白銀寄りに変わり、熱循環用の細かな発光脈が増える。

 脚部には氷上での滑走を抑えるための逆位相制動爪。

 背部には推進翼というより、冷気を裂いて姿勢を維持するための偏流板。

 同時に、有機循環強化を起動。

 植物性の循環補助が体の内側で回り、熱と回復のラインを無理やり維持する。

 

「……よし」

 

 だが、その短い一言が終わるより早く、凍雪妖女郎が指先をひとつ動かした。

 それだけだった。

 それだけのはずなのに、中庭の空気が砕けるような音を立てた。

 

「ッ!?」

 

 次の瞬間、地面から氷柱が生える。

 池からではない。

 白砂から。

 石畳の隙間から。

 橋の下から。

 俺の足元を含め、視界の中のあらゆる場所から、一斉に。

 回避。

 脚部の逆位相制動爪を蹴り込み、横へ飛ぶ。

 だが遅い。

 足首を掠める。

 脛の外装表面に氷が走る。

 触れた瞬間に凍結が広がるのが分かった。

 

【右脚部外装:凍結付着】

【運動阻害:軽微】

 

「面倒な…!」

 

 舌打ちしながら、左腕のシールドで飛んでくる氷片を払う。

 ただの氷ではない。

 石弾じみた質量と、刃物みたいな鋭さを両立している。

 凍雪妖女郎は動かない。

 中庭の中心に立ったまま、ただこちらを見ている。

 その眼差しには殺意すら薄い。

 まるで、雪が降るのと同じ程度の自然さでこちらを凍らせるつもりらしい。

 

 強い。

 

 明らかに今までのB級とは質が違う。

 門番二体も確かに厄介だった。

 だがあれは戦えば戦うだけ普通に削れる相手だった。

 対して目の前の雪女は、戦場へ立った時点で既にこっちを不利へ追い込んでいる。

 その上で、本人はまだ本気で動いてすらいない。

 中庭の端で、平伏していた和風モンスター達がさらに身を低くする。

 その様子が、かえってこいつの格を際立たせていた。

 

「……いいね」

 

 小さく漏れる。

 冷気の中で、自分の声だけがやけに熱を持って聞こえた。

 やっと来た。

 そういう感覚があった。

 この迷宮の壁。

 真正面から踏み越えるべき敵。

 門番二体や雑兵の群れではなく、この屋敷の空気そのものを変えてしまう支配者格。

 怖い。

 危ない。

 下手をすれば、ここで詰む事もありえる。

 それでも、心の奥では確かに高揚があった。

 ネメシス・ムーンが静かに脈打つ。

 有機性強化外装が体温を維持しようとしぶとく熱を回す。

 白銀へ変わっていく中庭の中央で、俺はゆっくりと重心を落とした。

 凍雪妖女郎は、相変わらず微笑みすら浮かべないまま、静かにこちらを見ている。

 その細い指が、また僅かに持ち上がる。

 次の一挙手一投足が、この中庭をさらに致死的な白銀世界へ変えるのだと、直感で分かった。

 

「来い」

 

 低く、そう吐く。

 白砂は既に霜へ沈み、池は完全な鏡面となり、屋敷全体が凍てつく気配を帯びていた。

 この一戦は、門番二体とはまるで違う。

 耐久を削る戦いではない。

 この女が支配する白銀の世界へ、どう割り込むか。

 

 周囲は開けた中庭。

 門前や屋敷内の回廊と違い、空間に余裕がある。

 ならば出し惜しみは不要だ。

 

「ヘビースーツ、展開」

 

 念じた瞬間、有機性強化外装の上へ重装外殻が重なる。

 さらに、意識をネメシス・ムーンへ向ける。

 

「攻撃支援機と防御支援機に追加武装を付けてくれ」

 

【支援兵装再構築開始】

 

 空気が震えた。

 転送。

 中庭の左右に待機していた攻撃支援機と防御支援機へ、青白い光が走る。

 攻撃支援機は元の流線型フレームの上から、氷雪環境対応の増設砲塔と収束翼が追加されていく。

 通常の実弾やエネルギー弾だけではなく、冷気の壁を貫くための高熱穿孔ユニットまで付いているらしい。

 背面には多層の推進板。

 細かな氷片の舞う中でも機動を失わないための再姿勢制御機構だ。

 防御支援機はもっと露骨だった。

 表面装甲が厚くなり、前面へ広い偏向障壁発生板が重なる。

 さらに外周へ冷気を逸らすための円環状フィールド発生子が幾つも浮き、単なる盾ではなく局所的な暖域を保つ要塞へと変わっていく。

 

 ネメシス・ムーンは、本当に相手を見て装備を寄越してくれる。

 しかし凍雪妖女郎は一連の対策を見てもなお、表情ひとつ動かさない。

 細い指先が、静かに持ち上がる。

 その瞬間、中庭の気温が一段落ちた。

 体感ではない。

 外装の内部温度管理が一気に出力を上げたのが分かる。

 皮膚の上を、冷たい刃でなぞられるような感覚が走る。

 

【環境温度:急低下】

【熱循環負荷:上昇】

【凍結危険域接近】

 

「来るッ!」

 

 叫ぶのと同時に、防御支援機が前へ出た。

 広い偏向障壁が展開される。

 だが、次の瞬間、それすら押し流すように巨大な氷柱群が地面から噴き上がった。

 池から。

 白砂から。

 石畳の下から。

 屋根の軒先からさえ。

 ただ生えるんじゃない。

 空間そのものを食い破るように、鋭く、太く、速く突き上がる。

 防御支援機の障壁が何本かを止める。

 攻撃支援機は上へ逃げながら、氷柱の発生源らしき地面へ高熱弾を撃ち込む。

 だが全部は防げない。

 右から一本、嫌な角度で走った。

 

「っ!」

 

 避ける。

 だがヘビースーツの重量が、ほんの僅かに反応を遅らせた。

 次の瞬間、右腕へ衝撃が抜けた。

 鈍く、重く、そして冷たい。

 視界が一瞬だけ白く飛ぶ。

 

「がっ……!」

 

 氷柱が、右腕を貫通していた。

 肘からやや上。

 前腕ではない。

 右上腕装甲を正面から突き破り、そのまま斜め後ろへ抜けている。

 火花。

 氷結。

 軋むフレーム。

 有機組織が切れた感触。

 全部が一気に流れ込む。

 

【右腕:重損傷】

【上腕装甲:貫通】

【駆動出力:大幅低下】

【有機自己修復:修復開始、進行阻害あり】

 

「くそっ……!」

 

 咄嗟に左腕で氷柱を掴み、外へへし折る。

 抜けた瞬間、右腕から凍った血のような光が散る。

 有機性強化外装が損傷部位を塞ごうと蠢くが、凍雪妖女郎の冷気がそれを邪魔しているのが分かった。

 修復が遅い。

 いや、遅いどころか凍って止まりかけている。

 凍雪妖女郎が、そこで初めて少しだけ指を揺らした。

 それだけで、中庭の氷面が波打つ。

 波ではない。

 氷の鏡面そのものが持ち上がり、薄く鋭い氷刃となって何十枚も飛んでくる。

 

「防御支援機!」

 

 命令と同時に、防御支援機が前面へ滑り込む。

 円環状フィールドが回転し、偏向障壁へ角度をつけて氷刃を逸らす。

 何枚かは受け切った。

 だが残りが左右を抜ける。

 ヘビースーツの肩。

 脇腹。

 脚部外装。

 浅く、だが確実に裂け目が増えていく。

 

【複数軽中損傷確認】

【総耐久:低下中】

 

 細かい被弾。

 だがこの相手はそうやって削り逃げ場を無くした上で本命を通してくるタイプだ。

 攻撃支援機が反撃へ出る。

 高熱穿孔弾。

 収束砲。

 さらに上空からの急降下斬撃。

 だが凍雪妖女郎は、それすら大きく動いて避けない。

 ただ袖を揺らすだけ。

 その所作に応じて、空中へ氷の薄壁が何重にも生まれ、攻撃支援機の火力を受け流す。

 熱は通る。

 確かに霜は溶ける。

 だが本体へ届く頃には威力が大きく削がれている。

 

「面倒な防御まで持ってるのかよ……!」

 

 吐き捨てながら、ネメシス・ムーンへ再演算を要請する。

 

【敵性対象:凍雪妖女郎】

【状況:右腕重損傷・環境支配継続】

【要求:冷気突破・局所高火力】

 

 兵装が変わる。

 右腕は壊れかけたままだが、その上から補助フレームが強引に固定される。

 左腕には高熱収束刃。

 肩部には短時間だけ熱域を作るための放熱杭。

 背部は推進重視へ再構成。

 行くしかない。

 遠距離でやり合えば、こっちが先に凍る。

 この中庭そのものが、向こうの武器だからだ。

 脚を踏み込む。

 白砂ではなく、もう氷面だ。

 滑る。

 だがヘビースーツの脚部固定爪が無理やり噛み付く。

 前へ。

 凍雪妖女郎が、そこでようやくこちらへ明確な敵意を向けた。

 白い睫毛の奥の瞳が、氷の底みたいに冷たく光る。

 次の瞬間、視界そのものが白く染まった。

 吹雪だ。

 中庭の一部ではない。

 俺の周囲だけを切り取るように、局所的な極寒の嵐が発生する。

 前が見えない。

 上も下も分からない。

 熱が奪われる。

 外装の表面だけじゃなく、内側へまで冷気が染み込んでくる。

 

【内部温度低下】

【熱循環:限界接近】

【凍傷危険域】

 

「……っ、まだだ!」

 

 叫ぶが、声すら凍りそうだ。

 有機循環強化が暖を回す。

 だが、それを上回る速度で冷気が熱を奪っていく。

 ヘビースーツの耐久許容量を越え始めていた。

 指先の感覚が薄れる。

 右腕は貫通損傷の上に冷気が入り、ほぼ痺れている。

 頬。首。耳。

 露出していないはずの皮膚に、焼けるような冷たさが走る。

 これはまずい。

 単なる外装損傷じゃない。

 中身まで凍り始めている。

 凍傷。

 その言葉が頭を過る。

 戦闘中にそんなものを意識したのは初めてだった。

 熱い傷とは違う。

 痛いのに、感覚が消えていく。

 自分の肉体が自分のものじゃなくなるような恐怖があった。

 

【左手指先:感覚低下】

【顔面表層:凍傷進行】

【体表循環:維持困難】

 

「防御支援機、暖域を寄越せ!」

 

 命令。

 即座に防御支援機が吹雪の縁へ入り込み、円環フィールドの出力を変える。

 完全な防御ではなく、周囲の冷気を押し返して局所的な熱循環域を作る運用だ。

 助かる。

 だが十分じゃない。

 攻撃支援機も外周から撃ち続けているが、凍雪妖女郎は吹雪の向こうで静かに立っているだけだった。

 まるでこの局所吹雪そのものが、自分の手足だと言わんばかりに。

 

「……止ませるなら本体か」

 

 歯を食いしばる。

 目が痛い。

 肺が冷たい。

 右腕は死んだように重い。

 だが、まだ動ける。

 有機循環強化へさらに陽光ポイントを注ぎ込み、無理やり熱を作る。

 外装の脈動が一段強くなる。

 焼けるような苦しさと引き換えに、ほんの僅かだけ感覚が戻る。

 

「ネメシス・ムーン……突破手段をくれ」

 

【要求受理】

【局所突破兵装、生成】

【転送開始】

 

 左腕の高熱収束刃がさらに伸びる。

 背部推進が一点突破型へ再調整。

 足裏固定爪が砕けても構わないとでも言うように、出力が上がる。

 この吹雪の中を、一直線に抜ける。

 凍雪妖女郎の本体へ届かなければ、ジリ貧だ。

 細かい被弾どころの話じゃない。

 このままでは、スーツごと中身が凍って終わる。

 

 凍傷で感覚の鈍い右腕を半ば諦め、左を前へ。

 ヘビースーツの重装甲に有機性強化外装の熱循環を無理やり噛ませたまま、俺は吹雪の中心を睨む。

 白銀世界の中。

 細い和装の影が、変わらず静かに立っている。

 そこへ届くまで、あと何歩か。

 だがその何歩が、今の中庭では死ぬほど遠かった。

 

 

 演算し、攻撃し、防がれる。

 再び演算する。

 角度を変える。

 出力を変える。

 踏み込むタイミングを変える。

 それでも、防がれる。

 凍雪妖女郎との戦いは、そういう繰り返しになっていた。

 高熱収束刃を滑らせても青白い氷壁が立つ。

 攻撃支援機の穿孔弾を撃ち込んでも、その軌道上へ分厚い氷の板が割り込む。

 回り込もうとすれば、足元から氷柱が噴き上がる。

 遠距離へ下がれば、吹雪の濃度が増し、冷気がこちらの足を止める。

 徹底している。

 

「……鉄壁、ってやつだな」

 

 息を吐きながらそう漏らす。

 どんな攻撃にも反応する。

 それも生半可な受けじゃない。

 一針すらも通させないと言わんばかりの絶対防御。

 雪女本人は大きく動かない。

 ただ必要な場所へ、必要な厚さの氷壁を生やす。

 その精度と速度が異様だった。

 普通の防御なら、薄い。

 遅い。

 あるいは受け流しきれない隙が出る。

 だがこいつは違う。

 攻撃が来る。

 凍る。

 防ぐ。

 それを、息をするのと同じくらい自然にやる。

 だが、だからこそ見えてくるものもあった。

 

「徹底してるそれを利用してやる」

 

 どんな些細な攻撃にも、分厚く青白い氷壁で応じる。

 細い牽制にも。

 本命の斬撃にも。

 支援機の射撃にも。

 防御の質は完璧に近い。

 だが、その完璧さゆえに必ず壁を出すという反応が固定されている。

 それなら。

 そこを逆手に取る。

 意識をネメシス・ムーンへ向ける。

 攻撃支援機の兵装構成を見直し、更に高出力のユニットを連結させる。

 

【攻撃支援機:兵装追加要請】

【要求:単発超高出力・短時間集中】

【警告:使用後、小時間のリチャージ発生見込み】

 

「構わない」

 

 即答する。

 恐らく、この一撃で攻撃支援機はしばらく使い物にならなくなる。

 リチャージ。

 あるいは兵装そのものの冷却と再構成。

 どちらにせよ、継続運用はできないだろう。

 だがその一撃で十分。

 必要なのは、倒すことじゃない。

 意識を引き剥がすこと。

 凍雪妖女郎の絶対防御を、一瞬でも大味にさせること。

 それだけでいい。

 

「……やるぞ」

 

 足を止める。

 吹雪の中。

 氷柱と氷刃が舞う中。

 ヘビースーツの重装甲に凍傷の痛みがじわじわと滲みている。

 右腕の貫通損傷も完全には戻っていない。

 だが、まだ動く。

 まだ刺せる。

 まずは俺が撃つ。

 ネメシス・ムーンへ高火力兵装を一時的に要請。

 左腕へ収束砲。

 肩部へ出力安定用の補助翼。

 背部推進を後方固定。

 照準。

 凍雪妖女郎の胴体中央。

 撃つ。

 轟、と空気が押し潰される。

 高耐久の門番二体を焼き抜いた時ほどではない。

 だが、防御に振っていないB+級へ通すための一撃としては十分重い。

 案の定、凍雪妖女郎は反応した。

 指先が揺れる。

 その前へ、今までで一番分厚い氷壁が立つ。

 青白い絶対防御。

 中庭の空気そのものを凝縮したような壁。

 砲撃を受け止め、衝撃を殺し、熱を食い止める。

 

「そこだ」

 

 その背後で、攻撃支援機が待っている。

 追加連結された高出力兵装。

 砲口の周囲で、熱と光が限界まで絞られていく。

 通常運用なら絶対に撃たせないレベルの負荷。

 だが今だけは関係ない。

 

「撃て」

 

 放たれた。

 超高出力の光が、先の砲撃で立った氷壁の真横から凍雪妖女郎へ襲い掛かる。

 しかもこれは、角度が違う。

 さっきまでとは別方向。

 壁一枚で受け切るには位置が悪い。

 凍雪妖女郎の瞳が、ほんの僅かにそちらへ向いた。

 その瞬間。

 予想通り、氷壁がまた立つ。

 だが今度の壁は明らかな大味だった。

 速さ優先。

 角度補正を焦った厚い一枚板。

 確かに高出力射撃は止める。

 だが、細かな内側の制御までは行き届いていない。

 

「行ける!」

 

 脚部推進を全開。

 有機筋繊維補強を一気に噴かし、白銀の地面を蹴る。

 吹雪を裂き、氷面を滑り、横合いから一気に潜り込む。

 右手へ兵装転送。

 高周波ブレード。

 右腕はまだ重い。

 だが、刺す一撃だけなら十分間に合う。

 凍雪妖女郎の胴体。

 和装の薄い腹部。

 

 そこへ、渾身の一刺しが──

 

 届く数歩手前。

 瞬く間もない刹那。

 そこに、透明な氷壁が現れた。

 

「な……」

 

 思考が止まる。

 青白く分厚い壁じゃない。

 さっきまで見せていた分かりやすい防御じゃない。

 限りなく透明。

 薄い。

 だが、恐ろしく硬い。

 高周波ブレードの切っ先が、その見えない氷へ数mmだけ突き刺さり、止まった。

 呆気に取られた次の瞬間。横合いから激しい衝撃が飛んできた。

 

「がッ!?」

 

 見えなかった。

 何か巨大で重いものが、横から全力で殴りつけてきたような衝撃。

 ヘビースーツごと体が吹き飛ぶ。

 床を、いや氷面を何度も跳ねる。

 回転。

 視界が乱れる。

 辛うじて地面へ手を付き、脚部補助を噴かして受け身を取る。

 それでも十数メートルは持っていかれた。

 

【左側面装甲:中損傷】

【衝撃蓄積:大】

【右腕兵装:一時不安定】

 

「……ぐっ、今のは……!」

 

 顔を上げる。

 凍雪妖女郎は、変わらず中庭の中央。

 少しも動いていない。

 ただ、さっきまでと違うものがその左右に立っていた。

 氷の鬼。

 身の丈はヘビースーツを纏った俺より一回り、いや二回りは大きい。

 青白い氷塊を無理やり人型へ削り出したような体。

 筋肉の代わりに層状の氷板が重なり、関節には霜の靄が渦巻いている。

 顔は鬼そのもの。

 額から伸びる角。

 口元の牙。

 眼窩の奥で光る冷たい蒼。

 バイザーが解析を走らせる。

 

モンスター名:雪原従氷鬼(グレイシアス・サーバント)

ランク:B

詳細:凍雪妖女郎に付き従う氷でできた鬼。氷点下によってできた氷の肉体は頑強かつ堅牢であり、その絶対零度の肉体に触れた武器、防具は凍てつき破壊される。

討伐P:4000万P

 

「……は」

 

 思わず、乾いた声が漏れた。

 B。

 しかも二体。

 絶望的な援軍の登場だった。

 ただでさえ凍雪妖女郎の防御は抜けず、戦場全体は白銀世界へ沈んでいる。

 その上で、横槍を入れてきたのがB級の従者二体。

 門番のB-級二体どころじゃない。

 雪原従氷鬼は、一歩前へ出るだけで中庭の氷面を軋ませた。

 重い。

 だが鈍くはない。

 横合いからの一撃だけで十分理解できる。

 しかも触れた武器、防具を凍てつき破壊するという説明。

 面倒どころの話じゃない。

 右腕の高周波ブレードを見れば、さっきの透明氷壁へ触れた時点で表面へ霜が走り始めていた。

 あの鬼にまともに斬り結べば、武器も外装も無事では済まないだろう。

 最悪の盤面。

 そう表現して差し支えなかった。

 だが、ここで立ち尽くくわけにもいかない。

 凍雪妖女郎は相変わらず中庭の中央。

 まるで、従者の到着まで全部計算済みだったと言わんばかりの静けさでこちらを見ている。

 

 その視線は冷たい。

 

 息は白い。

 右腕は重い。

 体表は痛いほど冷え、凍傷の気配も消えていない。

 それでも、まだ終わっていない。

 敵が増えたなら、やり方をまた組み直すだけだ。

 視線を三体へ向け直しながら、俺はゆっくりと重心を落とした。

 雪女。

 その従者たる氷鬼二体。

 中庭は今やただの戦場ではなく…凍雪妖女郎の玉座そのものになっている。

 そしてその玉座の前に立たされた今、もう削り合いや小細工だけの突破では済まないと、嫌でも分かった。

 

 

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