BrokenWorld~黒鉄の装着者~ 作:半笑いの妖精
その周囲に侍るのは、氷冠鳳凰、聖氷麒麟、過冷霊亀、暴雪応龍。
いずれもB+級。
しかもただの強個体ではない。
四霊獣を模した、極寒零妖妃の氷雪能力を特化、拡張したような従属存在。
四体それぞれが違う役割を持ち、違う形でこの中庭を支配している。
氷冠鳳凰は上空から氷雪を編み、聖氷麒麟は周囲の冷気と氷を強化し、過冷霊亀は防御と支援を司り、暴雪応龍は全体を束ねるように暴風雪を操る。
ただ強いだけなら、まだいい。
だがこいつらは、中心にいる極寒零妖妃の力を底上げしながら、同時にそれぞれが個別の脅威として成立していた。
戦況は最悪と言っていい。
…だが。
「……だからこそ」
低く呟く。
真正面から殴り合うだけなら、この迷宮に来る前の俺でもできた。
だがそれでは届かなかった。
壊され、削られ、置き去りにされるだけだった。
だから今は違う。
兵器召喚。
そして【
いま持てる全てを使い、全身全霊をもって目の前の敵を──ぶち殺す。
「ネメシス・ムーン。戦術演算。全開稼働」
【敵性対象:極寒零妖妃および従属四霊獣】
【戦域評価:極大脅威】
【最適装備演算:継続】
【兵器群連携:推奨】
表示と同時に、頭の中へ新しい線が走る。
点だった情報が繋がる。
吹雪の流れ。
冷気の節点。
氷壁の発生位置。
鳳凰の飛行軌道。
麒麟が補助を乗せる周期。
霊亀の防御膜の展開間隔。
応龍が雪圧を束ねる瞬間。
全部が、見える。
それでもなお勝てる保証などどこにもない。
だが、どう死ぬか分からない戦いではなくなった。
どう殺すかを組み立てる戦いへ変わっている。
極寒零妖妃が指を持ち上げる。
瞬間、氷冠鳳凰が空を切った。
翼が広がる。
舞い散る氷晶が、ただの雪片ではなく、鋭い多面刃へ変質していく。
上空一帯が、無数の氷刃の巣になった。
「防御支援機、上だ!」
命令と同時に、防御支援機が頭上へ割り込む。
展開された偏向障壁へ氷刃の雨が叩きつけられ、甲高い音が連続する。
受け止められない分は左右へ逸らされるが、それでも中庭の石畳へ突き刺さる一本一本が槍みたいに重い。
その横から、聖氷麒麟が地を駆けた。
蹄が氷面を打つたび、白銀の紋様が走る。
走った先で氷壁が厚くなり、吹雪の密度が増し、鳳凰の落とした氷刃にまで青白い輝きが宿る。
「クソ、バフ役か、よっ!」
悪態を吐きつつ避ける。
分かりやすい。
分かりやすいが、厄介さは分かりやすさと比例しない。
暴雪応龍が続く。
長い氷雪の巨体が中庭の外周を回り、動くだけで風圧が生まれる。
それがただの風ではなく、吹雪そのものの指向性を変えていた。
白い嵐が束になり、こちらの視界と移動経路を潰しに来る。
「まず潰すのはお前らからだ!」
脚を踏み込む。
ヘビースーツの脚部が氷面を砕く。
有機筋繊維補強を短く噴かし、吹雪の中を前へ出る。
まずは聖氷麒麟。
支援役を放置すると雪女そのものが硬くなる。
理解した瞬間にはもう、ネメシス・ムーンが兵装を切り替えていた。
【対象:聖氷麒麟】
【適装:補助断絶・中距離強襲仕様】
右腕へ収束破砕槍。
左腕へ短距離面制圧砲。
背部には短噴射用の機動翼。
防御を貫通させて突き刺すに特化した構成。
氷冠鳳凰が頭上から降下。
氷刃の尾を引きながら、真上を取ってくる。
「攻撃支援機!」
高空待機していた攻撃支援機が割り込む。
先ほどまでの高熱穿孔弾ではない。
ネメシス・ムーンの再適装で、砲口は多連小口径迎撃砲へ変わっていた。
鳳凰の落下軌道へ点の雨を浴びせる。
氷冠鳳凰はそれを嫌って翼を捻る。
その一瞬で十分だった。
正面の麒麟へ一直線。
だが、過冷霊亀が前へ出る。
低く重い氷殻の体を滑らせ、麒麟との間へ割り込む。
「
当然だ。
そう来る。
ネメシス・ムーンと戦術演算が加速。
右腕の破砕槍、その出力が微妙に再調整されるのが分かった。
貫くのではない。
滑らせて逸らす。
霊亀の甲羅前縁へ槍を叩き込み、角度を調整しそのまま脇へ抜ける。
その先には麒麟が見えた。
「オラァッ!!」
左腕の面制圧砲を至近距離で叩きつける。
氷の鬣と胸部装甲がまとめて吹き飛ぶ。
だが、まだ浅い。
聖氷麒麟は踏み止まり、逆に額の角へ冷気を集中させる。
突進。
速い。
まともに受ければ致命打になるのは必至。
しかし今の俺には一直線の速さ程度なら容易に読める。
半身を捻り。
脚を引き、肩を下げる。
紙一重で角を躱し、すれ違いざまに右腕の破砕槍を首の付け根へねじ込む。
砕けた。
今度は深い。
麒麟の首から肩にかけて大きく亀裂が走り、支援の青白い光が乱れる。
まずは一体…!
そう思った瞬間、極寒零妖妃が初めてこちらへ明確に腕を振るった。
凍てついた扇のように見える袖が揺れる。
それだけで、中庭の氷面が一斉に持ち上がる。
氷刃の津波。
「ッ、防御支援機!」
正面に出た防御支援機が最大障壁を展開。
受け止める。
だが、その背後から応龍が吹雪ごと突っ込んでくる。
長い氷雪の体が鞭みたいにしなり、障壁へ激突。
防御支援機が一機、弾き飛ばされた。
【防御支援機:中破】
【フィールド出力:低下】
「面倒な……!」
思わず吠える。
だがその混沌とした戦場こそ、兵器召喚の本領だ。
「戦術管制ユニット、分割管理!攻撃支援機は鳳凰牽制、防御支援機は応龍優先、残りは麒麟の再生阻止!」
【命令受理】
【分隊再編】
【役割更新】
小型浮遊砲台と防護重盾機が飛び出す。
回復中に購入していた兵器小隊。
個々ではあまり通用はしないだろうが、それを数で穴埋めする。少しでも意表を突ければそれだけで大手柄だ。
重盾機三機が応龍の進路へ壁みたいに割り込み、浮遊砲台が麒麟の亀裂部へ集中砲火を浴びせる。
攻撃支援機二機が鳳凰の頭上を取って、高熱と迎撃弾の混合火線を張る。
兵器召喚群が戦域を作る。
極寒零妖妃とその従者達に対し、こちらも個ではなく群で返す。
その混乱の中で、聖氷麒麟の体がついに限界を迎える。
頸部から胴へ亀裂が走り、青白い支援光が掻き消えた。
『討伐ポイントを入手しました』
改めて一体…!
支援役が落ちた。
その瞬間、中庭の氷壁の厚みと吹雪のまとまりが僅かに鈍る。
極寒零妖妃の瞳が、初めてはっきりとこちらへ殺意を向けた。
次に鳳凰が来る。
高空からの急降下。
両翼を広げ、氷雪を熱ではなく鋭さへ振った一撃。
防御支援機では受け切れないと判断する。
「ネメシス・ムーン!対空へ切断手段!」
【対象:氷冠鳳凰】
【要請:高速対空迎撃・切断仕様】
兵装転送。
左腕の砲が消え、代わりに青白い線刃が腕の外側へ沿って展開される。
背部翼も対空制御寄りへ変形。
脚部は跳躍補助重視。
鳳凰が近い。
雪と氷の王鳥。
その冷気の翼が視界いっぱいに広がる。
跳ぶ。
真正面ではない。
斜め下から、翼の根元へ潜る。
鳳凰の氷雪翼がこちらを切り刻もうと迫るが、そこはもう演算済みだ。
右へ捻り、半身で抜ける。
線刃を振る。
斬った感触はなかった。
ただ通り抜けた手応えがあった。
次の瞬間、鳳凰の右翼が根元から切り飛ばされた。
氷冠鳳凰がバランスを失う。
攻撃支援機がその隙を逃さず、換装し高熱穿孔弾を喉元へ叩き込む。
上空で氷の王鳥が砕け、白い粒子となって散った。
『討伐ポイントを入手しました』
二体目。
しかし喜ぶ暇はない。
過冷霊亀が前へ。
応龍は吹雪を束ねながらこちらの兵器群ごと圧殺しに来る。
そしてその後方で、極寒零妖妃が静かに両手を重ねていた。
嫌な予感。
「応龍を止めろ!
命令を飛ばし、自分は中央へ向かう。
霊亀が割り込む。
甲羅は分厚く、フィールドも厄介だ。
だが今は正面から壊す必要はない。
重盾機が左右から噛み付き、浮遊砲台が甲羅の節目へ集中砲火。
攻撃支援機が応龍を牽制し、吹雪の密度を散らす。
その一瞬の乱れを縫って、俺だけが中央へ抜ける。
極寒零妖妃が見える。
近い。
今なら届く。
だがそこで、過冷霊亀が最後の仕事をした。
甲羅の前で何層もの防御膜が重なり、雪女の周囲に巨大な氷晶結界を作る。
「……ッ、やっぱりそう来るよな!」
正面から割れば時間が掛かる。
その間に応龍が戻る。
極寒零妖妃の禁呪形態がどこまで持つかは知らないが、変に希望を持つのはノイズにしかならない。
ならば。
「ネメシス・ムーン、最大演算。兵器群、全出力連結」
【要求受理】
【複合適装:生成開始】
【支援兵器群:同期】
【有機出力:上限接近】
世界が、また一段ゆっくりになる。
応龍の雪圧。
霊亀の防御膜。
極寒零妖妃の冷気流。
攻撃支援機と防御支援機の位置。
浮遊砲台の射線。
重盾機の進路。
全てが一枚の戦術図へ変わる。
戦場そのものを装着者が勝てる形へ組み替わっていく。
兵装が変わる。
両腕が消える。
代わりに腕の外側から、収束と分散を同時に担う多重連装砲が展開される。
背部には環状ユニット。
脚部は地面固定杭へ。
胸部中央へ高密度の転送中継核。
俺一人の装備ではない。
兵器群と接続し、その出力と照準を束ねるための形態。
「全砲、過冷霊亀へ」
命令。
浮遊砲台。
攻撃支援機。
自分の多重砲条。
全部が一点を向く。
過冷霊亀の甲羅前面。
結界の節点。
撃つ。
同時着弾。
雷鳴みたいな轟音が中庭を揺らす。
氷塊が砕け、結界が軋み、甲羅表面が一気に焼ける。
それでも霊亀は耐える。
だがもう一歩足りない。
「有機筋繊維補強、最大」
筋力、敏捷性を強化し、加速。
煙と氷片の中へ突っ込み、右腕へ転送された高密度破城杭を甲羅の割れ目へ叩き込む。
破砕。
ついに霊亀の姿が砕けた。
『討伐ポイントを入手しました』
三体目。
極寒零妖妃の前が、開く。
応龍が怒号のような吹雪を上げて戻ろうとする。
だが防御支援機二機が自壊覚悟でその進路を塞ぐ。
攻撃支援機も残る火力を全部吐いて、応龍の視界を白熱で焼く。
時間は、ほんの一瞬。
それで十分だ。
極寒零妖妃がこちらを見る。
その瞳の奥に、ようやく明確な危機感が宿った。
両手を広げる。
中庭全域の氷が応じる。
世界そのものを凍らせるための本命が来る。
だが、その前に。
「遅ぇよ」
踏み込む。
ネメシス・ムーンが最後の適装を寄越す。
右腕へ、細く、青白く、恐ろしく静かな刀身。
高周波でも高熱でもない。
適応切断兵装。
相対する対象の抵抗に合わせて振動位相そのものを変える刃。
極寒零妖妃の前に透明な氷壁が幾重にも立つ。
以前俺を止めた絶対防御。
だが今は、もう見えている。
刃を振る。
一枚目、切断。
二枚目、位相変化。切断。
三枚目、四枚目、五枚目──全部、抜ける。
極寒零妖妃の瞳が見開かれる。
初めてだ。
この女が、明確に驚いた。
「終わりだ」
その胴へ、適応切断兵装を突き込む。
貫通。
白い和装が裂け、冷たい血ではなく、吹雪そのものみたいな光が噴き出した。
極寒零妖妃の体が揺れる。
だが、まだ終わらない。
禁呪で無理やりA-へ届いた存在。
そう簡単には消えない。
応龍が最後の咆哮を上げ、中庭全体の雪圧が収束する。
主人を守るための最後の暴威。
「ネメシス・ムーン!」
【最終殲滅処理】
【対象:極寒零妖妃】
【従属個体:暴雪応龍】
【適装確定】
刃が変わる。
突き刺した刀身の先で、位相が一段上がる。
そして同時に、攻撃支援機の残出力と自分の中継核が繋がる。
雪女の体内へ送り込まれるのは熱でも雷でもない。
凍結構造そのものを崩壊させるための共鳴し破壊する振動波。
「消えろッ!!」
中庭の中心が、白く爆ぜた。
極寒零妖妃の体が内側から砕ける。
応龍も、それに引きずられるように輪郭を失う。
吹雪が止まり、氷雪の龍体が崩れ、女王の姿が真っ白な光へ変わって散っていく。
『討伐ポイントを入手しました』
『討伐ポイントを入手しました』
遅れて、静寂が降りた。
凍り付いていた中庭が、ぱきり、とどこかで音を立てる。
池の氷面がひび割れ、石灯籠の霜が剥がれ落ちる。
白銀世界の支配が、ようやく終わったのだと分かった。
その場で膝をつきそうになる。
だが、どうにか踏み止まる。
ヘビースーツは傷だらけだ。
右腕はまともに上がらない。
凍傷もまだ残っている。
防御支援機は半壊。
攻撃支援機も出力限界ぎりぎり。
浮遊砲台と重盾機も相当数失った。
だが、勝った。
「……はぁ、っ……」
長く息を吐く。
極寒零妖妃。
A-となった元B+級の禁呪形態。
その上でB+級四霊獣を従えていた怪物。
それを今持てる全てで叩き切った。
中庭の中央に立ったまま、俺はしばらく白く砕けた光の残滓を見つめていた。
空気はまだ冷たい。
だが、さっきまでの世界ごと止めるような冷たさはもうない。
四霊獣の残骸も、雪女の光も、少しずつ粒子になって消えていく。
それを見ながら、ようやく肩の力が抜けた。
だが同時に理解している。
ここはまだ、屋敷迷宮の途中だ。言うなれば今の極寒零妖妃は中ボス。
中庭の雪女とその禁呪形態まで斬った。
それでも、屋敷そのものはまだ沈黙したままだ。
「……次があるんだろ」
誰にともなく呟く。
庭園の奥。
さらにその向こう。
本殿めいた建物の中心。
そこに、この迷宮の核へ繋がる何かがあるはずだ。
傷だらけのまま、ゆっくりと顔を上げる。
先を急ごうと歩みを進めた、その瞬間だった。
視界が、ぐらりと揺れる。
「……っ」
反射的に足を踏み出したが、膝が思うように前へ出ない。
たたらを踏み、どうにか倒れるのだけは防ぐ。
呼吸が浅い。
胸が重い。
右腕はまだ鈍く、左脚にも力が入りきらない。
視線を落とすと、自分でも分かるくらい膝が笑っていた。
「……限界、か」
乾いた声が漏れる。
無理もない。
門番二体。
屋敷内の群体戦。
凍雪妖女郎。
そこから禁呪による上位化を果たした極寒零妖妃と氷の四霊獣との死闘。
強敵との連戦に次ぐ連戦だ。
半死半生を一度越えてなお、無理やり戦い続けていたのだから、体が悲鳴を上げるのも当然だった。
正直に言えば、この迷宮内で休息なんて取りたくない。
出入口は封鎖済み。
屋敷そのものが迷宮。
いつどこから何が湧いてくるか分からない。
そんな場所で眠るなど、正気じゃない。
だがしかし、出られない以上仕方がない。
このまま意地で進んでも、次に強敵が出た瞬間に対応できない。
それどころか、雑魚の群れにすら足元を掬われる。
だったら今は、一度でもいいから脳と肉体を落とすべきだ。
「……最低限だけ、作るか」
中庭を見回す。
極寒零妖妃との戦いで荒れ果ててはいるが、逆に今は“敵を一度掃除し終えた場所”とも言える。
屋敷の中心へ進む途中の拠点としては最悪だが、仮の休息場所としてはまだマシな部類だった。
潤沢に稼いだ討伐ポイントへ意識を向ける。
「兵器召喚。小隊を五隊」
青い光が中庭の外周へ連続して灯る。
偵察ドローン。
小型浮遊砲台。
防護重盾機。
戦術管制ユニットがそれらを束ね、最低限の防衛網を組み上げていく。
さらに続ける。
「中型兵器、護衛用を五機」
今度は空間が重く唸るような感覚と共に、中型カテゴリの兵器が転送される。
中型多脚砲戦車。
中型高速飛行砲艇。
汎用変形機兵。
樹海拠点の時より数は限るが、今必要なのは数より万が一に対する抑止力だ。
中庭の四隅と進路側へ分散配置。
回廊と渡り廊下へ照準を向け、庭園の上空には飛行砲艇を浮かべる。
変形機兵は一番近い位置へ。接近戦になれば即応できるように。
バイザーへ簡易陣形が組み上がっていく。
【外周警戒:五小隊】
【中型護衛兵器:五機配置完了】
【交戦規定:護衛優先・高脅威は即時警告】
「後は……壁か」
陽光ポイントは、戦闘でかなり吐いた。
だがゼロではない。
幸い空が見えている為に有機循環強化と回復へかなり使った後でも、最低限の工作をする分くらいは残っている。
周囲の水分と残留冷気を逆に利用するように、有機性建材を展開。
黒緑の素材が中庭の一角へ根を張り、即席の半球状シェルターへ成長していく。
完全密閉ではない。
だが、外からの視線と飛来物をある程度切り、熱を逃がしにくい厚みは確保できた。
入口はひとつだけ。
そこへ防護重盾機一機を寄せ、盾代わりに置く。
さらに床面へ薄く有機建材を敷き、冷え切った石畳から熱を奪われにくいようにする。
中へ浄水生成機と簡易食料を最小限だけ出し、寝具を取り出す。
本当に、最低限だ。
樹海拠点のような整った設備とは程遠い。
だが“この迷宮のど真ん中で、一時的に身を横たえられる場所”としては十分だった。
中へ入り、背中を壁へ預ける。
静かだ。
外では兵器の駆動音が微かに響いている。
飛行砲艇の低い浮遊音。
変形機兵の待機音。
防護重盾機のシールド調整。
偵察ドローンの巡回ログ。
それらが、辛うじて自分の意識を繋ぎ止めていた。
「……寝るなよ、俺」
自分へ言い聞かせるように呟く。
少しだけ休む。
体力と集中力を回復する。
そう決めたはずなのに、脳がもう寝ていいと判断しているのが分かる。
有機循環強化を弱め、生体回復機能だけを細く残す。
ネメシス・ムーンは待機。
ヘビースーツは維持したまま、重武装だけを簡易解除。
最低限、襲われた時に即応できる余白だけは残した。
それでも、瞼が重い。
右腕の鈍痛。
脇腹の軋み。
凍傷の残る頬のヒリつき。
それら全部が遠のいていく。
寝具へ体を預ける。
固い。
冷たい。
快適さなんて何もない。
なのに、今の体にはそれですら十分すぎた。
壁の向こうで、何かが軋んだ気がした。
小隊が受理音を返す。
防護重盾機のフィールドが一度だけ点灯する。
それを聞いた途端、逆に安心してしまう。
「……少しだけ」
そう呟いたのが最後だった。
寝られると判断した脳が、そこで機能を停止させる。
意識が沈む。
白銀の中庭。
荒れ果てた屋敷。
傷だらけの外装。
即席の安息所。
そんな最悪に近い条件の中で泥みたいに深い眠りへ引きずり込まれていった。
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