BrokenWorld~黒鉄の装着者~   作:半笑いの妖精

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第四十六話:一時休息

 

 ふと、目が覚めた。

 意識が浮かび上がるまでに数秒掛かる。

 視界へ入ってきたのは、黒緑の有機性建材で編まれた内壁。

 根と樹脂と金属繊維が混ざったような独特の質感が、薄暗い内部で鈍く脈打っている。

 

「……?」

 

 一瞬、ここがどこか記憶が結び付かない。

 拠点。

 いや、違う。

 そこと比べて狭いし即席感が満載だ。

 

 そう思った次の瞬間、外から響いてくる戦闘音が耳へ飛び込んできた。

 連続する砲撃音。

 硬いもの同士がぶつかる鈍い衝突音。

 偏向障壁が何かを弾く甲高い反響。

 そして、何十、何百という足音と唸り声。

 

「……ああ、そうだった」

 

 思い出す。

 ここは屋敷迷宮。

 極寒零妖妃(アプソリュートグレイシアス・クイーン)を倒した後、中庭に作った即席の安息所だ。

 半身を起こす。

 意外なほど体が軽い。

 全快ではない。が、しかし休息を取る直前の立っているだけでぐらつく感覚は大分薄れていた。

 

 有機循環強化と生体回復機能、それに短時間でも睡眠できたのが効いたらしい。

 

【生体損傷:回復進行】

【凍傷:軽減】

【右腕機能:限定回復】

【戦闘継続:可能】

 

「…80%ってとこか」

 

 立ち上がる。

 軽く肩を回す。

 右腕の深手は完治には程遠いが、使えない程じゃない。

 脚も動く。

 腰も問題ない。

 外の戦闘音はむしろ増していた。

 シェルターの入口へ向かい、外へ出る。

 

 

 そこには、半ば要塞化した防衛線ができていた。

 機械小隊と中型兵器が築き上げた防衛ライン。

 防護重盾機が前面で壁のように並び、その隙間から小型浮遊砲台が火線を吐く。

 偵察ドローンが上空を巡り、回廊と梁の上、廊下の奥、庭園側の動きまで拾っていた。

 さらにその後方。

 中型多脚砲戦車が低く身を構え、庭園へ繋がる主要通路へ砲口を据えている。

 中型高速飛行砲艇は少し高い位置で滞空し、屋根と中庭上空の両方へ睨みを利かせていた。

 汎用変形機兵は接近戦に備えて一歩引いた位置。

 必要なら即座に飛び込み、穴を塞げる配置だ。

 その向こう。

 和風モンスターの軍勢が、視界を埋め尽くしていた。

 面鬼。

 影狗。

 針髪女。

 吊骨坊。

 襖隠し。

 提灯火童子。

 一度見た連中が軍勢として押し寄せている。

 障子の破れた回廊。

 中庭へ繋がる石畳。

 屋根の上。

 池の縁。

 柱の陰。

 あらゆる場所が、和風の異形で埋まっていた。

 

「……うわ」

 

 想像以上だった。

 いや、想像はしていた。

 中庭の女王と四霊獣が落ちた以上、その配下が雪崩れ込んでくる可能性は十分あった。

 だが、実際に目の前へすると圧が違う。

 数が多い。

 とにかく多い。

 防衛ラインの先が、ほとんど黒と白の化生で塗り潰されていた。

 それでも、機械小隊と中型兵器は持ちこたえている。

 防護重盾機が針髪女の髪針を受け止め、浮遊砲台が面鬼の群れへ光弾をばら撒く。

 飛行砲艇が屋根上の吊骨坊をまとめて削り、多脚砲戦車の低い砲撃が影狗の密集地帯を吹き飛ばす。

 兵器同士の連携そのものは、かなり噛み合っていた。

 だが、押し返し切れてはいない。

 前線はじわじわと近付いている。

 このまま放っておけば、いつか数に押し潰されるだろう。

 

「寝起きのストレッチには中々ハイカロリーだな……」

 

 苦笑混じりにそう呟く。

 声に出すと、妙に落ち着いた。

 最悪な状況ではある。

 だが、やることは単純だ。

 起きた。

 なら片付ける。

 バイザーを開き、戦場全体を確認する。

 

【小隊損耗:軽中程度】

【中型兵器:稼働維持】

【敵性反応:多数】

【高脅威反応:未確認】

 

「高脅威は無し……雑魚の飽和攻撃って感じか」

 

 それならなにも心配要らない。

 中庭での死闘や極寒零妖妃との戦いに比べればイージーゲームとすら思う。

 

 ネメシス・ムーンへ意識を向ける。

 

「【軌道適装衛星(ネメシス・ムーン)】、対群掃討をくれ」

 

【敵性対象:群体雑兵】

【要求:面制圧・継戦・友軍連携重視】

【適装転送開始】

 

 兵装が変わる。

 重い一点突破装備ではない。

 広く、素早く、数を捌くための構成。

 肩部には広域掃射用の小型展開砲。

 前腕には中距離散弾収束面砲。

 背部には短距離高機動翼。

 脚部は跳躍と着地を繰り返すための分散補助。

 さらに有機循環強化を薄く起動。

 まだ完全回復ではない以上、出力は抑えつつ息切れしない構成へ寄せる。

 

「戦術管制ユニット。前線を五秒だけ開けろ。俺が出る」

 

【命令受理】

【防衛陣形:一時変動】

【中央突破路:確保】

 

 防護重盾機がわずかに左右へ開き、中央に細い道ができる。

 その向こうでは、面鬼の群れがもう目前まで迫っていた。

 能面の白が並び、提灯火童子の赤い鬼火がその隙間を漂い、影狗が床際を滑る。

 

「よし」

 

 息を吸う。

 そして、踏み込んだ。

 中央突破路を一気に抜ける。

 最前線へ飛び出した瞬間、面鬼が四体同時に爪を振るった。

 だがもう、こういう群れは慣れた。

 右へ半歩。

 左腕面砲を横薙ぎ。

 能面ごと二体を吹き飛ばし、返す手で肩の掃射砲を散らす。

 提灯火童子の群れが鬼火ごとまとめて消える。

 そのまま着地。

 影狗が足元へ噛み付こうとした所を、脚部補助で踏み砕く。

 

「前線、押し返せ」

 

 低く言う。

 背後の小隊が一斉に前へ出る。

 重盾機が壁を押し上げ、浮遊砲台の火線がその上を走る。

 中型多脚砲戦車の砲撃が、通路の奥で密集していた針髪女ごと障子を吹き飛ばした。

 いい流れだ。

 俺が前へ出たことで、兵器群が“守るだけ”から“押し返す”動きへ変わる。

 こうなれば強い。

 面鬼の群れを散らしながら、屋根へ跳ぶ。

 吊骨坊が梁伝いに寄ってくるが、飛行砲艇の掃射が先にそいつらを切り裂いた。

 そのまま上から見下ろすと、群れの厚みがはっきり分かる。

 多い。

 だが、所詮は雑兵の山だ。

 

「ネメシス・ムーン、局所面制圧」

 

【対象:屋敷内外周の群体密集域】

【適装:拡散制圧仕様】

 

 右腕へ拡散型の掃討兵装が形成される。

 肩部砲と連動。

 照準。

 最も密度の高い回廊中央。

 撃つ。

 青白い面制圧の光弾が扇状に広がり、廊下を埋めていた和風モンスターの群れをまとめて呑み込んだ。

 面鬼も影狗も提灯火童子も、まとめて光の粒子へ変わって散っていく。

 

『『『討伐ポイントを入手しました』』』

 

「……悪くない」

 

 寝起きとしては上出来だろう。

 

 胃もたれしそうな程のハイカロリー。

 

 しかし少なくとも目は完全に覚めた。

 

 モンスターの軍勢を掃除し終えると、ようやく一旦の平穏が訪れた。

 さっきまで耳障りなほど響いていた砲撃音も、偏向障壁の反響も、異形どもの唸り声も消えている。

 残っているのは、時折ぱきりと鳴る氷片の砕ける音と、兵器群の低い駆動音だけだった。

 

「……静かになったな」

 

 小さく呟く。

 もちろん、安心できる静けさじゃない。

 この屋敷迷宮に本当の意味での平穏なんてあるはずがない。

 だが少なくとも、今この瞬間だけは次の群れが押し寄せてくる気配はなかった。

 

「飯にするか」

 

 即席の防衛ラインを大きく崩さないまま、再び簡易安息所の中へ戻る。

 防護重盾機を入口へ。

 偵察ドローンを屋根上と渡り廊下へ。

 浮遊砲台は中庭寄りの死角を潰す位置へ据え直す。

 中型兵器も一歩引いた警戒配置へ戻し、いつでも砲口を向け直せるようにだけしておく。

 その上で、食料生成機へ手をかける。

 高カロリー。

 消化しやすい。

 塩分と水分も補えるもの。

 条件だけを指定して出力させる。

 数秒後、出てきたのは湯気の立つ簡易食。

 見た目は雑炊とスープの中間みたいな代物。

 だが今の体には、むしろこういう方がありがたい。

 浄水生成機から水も取る。

 喉は思っていた以上に乾いていた。

 冷気に晒され続けたせいか、口の中まで妙に荒れている感じがある。

 一口。

 水を飲む。

 

「…ぷはっ…生き返る…!」

 

 思わず、そんな言葉が漏れた。

 次に食べる。

 熱い。

 塩気がある。

 味は濃すぎず薄すぎず、ただ今の消耗した体にはちょうどいい。

 噛み、飲み込み、また一口。

 

 食事を摂りながら、同時に傷の治癒へ意識を向ける。

 有機循環強化。

 生体回復機能。

 有機装甲自己修復。

 全部を無駄なく回す。

 ネメシス・ムーンの兵装は最低限だけ残して大出力装備は解除。

 その分の余力を回復へ流す。

 戦うための兵装を削り、戦える体へ戻すための時間に充てる。

 外装の内側で、有機組織がじわじわと蠢くのが分かる。

 裂けた筋肉の補助。

 冷え切った末端へ熱を送る循環補助。

 右腕の貫通損傷を塞ぐための修復繊維。

 顔面や首筋に残った凍傷の緩和。

 徐々にだが確実に戻ってきている。

 右腕をゆっくり握る。

 まだ重い。

 それでも、さっきまでの半分死んだような感覚はだいぶ薄れていた。

 肩を回す。

 脇腹を軽く捻る。

 脚へ体重を乗せる。

 痛みはある。

 だが耐えられる。

 その痛みが少しずつ鈍い違和感へ変わっていく。

 

「……後、数十分もあれば」

 

 万全に戻りそうだった。

 もちろん、本当に完全無傷の意味ではない。

 蓄積した疲労まで綺麗に消えるわけじゃないし、右腕の深手も“何もなかった状態”にはならないだろう。

 それでも、今の感覚なら分かる。

 あと少し休めば、次の強敵とも真正面からやり合えるところまで戻せる。

 それは大きかった。

 

 食事を終え、壁へ背を預けたままバイザーを開く。

 外の兵器群の状態。

 弾薬代わりのエネルギー残量。

 防護重盾機の装甲損耗。

 飛行砲艇の熱状態。

 回廊の地図更新。

 そして、この屋敷迷宮の内部構造推定。

 ここまで進んで、見えてきたものがある。

 この迷宮は、単に広いんじゃない。

 奥へ進むほど格が上がる構造だ。

 門前にはB-級の門番。

 屋敷内にはC〜C+級の和風モンスターの群れ。

 中庭にはB+級凍雪妖女郎からA-級禁呪形態への上位化。

 その上で、四霊獣クラスの従属個体。

 つまり次があるなら、今度は屋敷の本丸…。

 つまりはダンジョンボスだ。

 

「……本当に難易度がバグってるだろ」

 

 一億の兵器を購入したんだからもっと楽に攻略させてくれてもいいんじゃないか?

 ぐちぐちと文句を垂れ流しつつ、思考を切り替える。切り替えた先は皮算用。

 

 こんな高難度の迷宮の報酬だ。期待しない方がおかしいと言うものだろう。ホームセンターダンジョンでは更なるスーツの強化。森林迷宮では兵器召還の解禁。

 

 一体次はどんな力が手に入るのだろうか。それを考えるだけで心が躍り、同時にその直前。ボスの存在に舞い戻り少々ゲンナリする。

 

 何が待ち受けているかは分からない。しかし極寒零妖妃よりも弱い訳がない。だから今の内に、少しでも万全へ戻しておくべきだ。

 

 安息所の外では、防護重盾機の向こうで冷えた中庭が広がっている。

 極寒零妖妃との戦いで砕けた氷と石灯籠の残骸。

 兵器群が踏み散らした白砂。

 穴だらけの回廊。

 破れた障子。

 屋敷迷宮の美しさは、もうかなり崩れていた。

 

 そんな景色を見ながらぼんやりと考える。

 

「……中心、だよな」

 

 ぼそりと呟く。

 日本屋敷めいた建物。

 その奥。

 今までの敵の並びを考えるなら、次はそこで待っている。

 

 視線を落とす。

 空になった食器。

 まだ温かい。

 自分の体温も、少しずつ戻ってきている。

 兵器群へ追加命令を出す。

 

「現状維持。索敵優先。高脅威反応が出たら即時報告。無理に交戦はするな」

 

【命令受理】

【索敵優先へ移行】

【高脅威時:警告優先】

 

 受理音が返る。

 少しだけ目を閉じる。

 眠るつもりはない。

 ただ、呼吸を整える。

 吸う。

 吐く。

 外装の脈動。

 有機組織の修復。

 生体回復機能。

 全部が重なって、少しずつ自分を元に戻していく。

 あと数十分。

 その感覚は、かなり確かだった。

 

「……よし」

 

 小さく呟く。

 次に動く時には、また一段マシな状態で立てる。

 その確信があるだけで、気持ちはかなり違った。

 ここまでは無理やり繋いできた。

 だが次は、ちゃんと整えた上で進める。

 この屋敷迷宮の最奥へ。

 その先にあるはずの、本当の中心へ。

 




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