BrokenWorld~黒鉄の装着者~   作:半笑いの妖精

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第四十七話:深部へ

 

 しっかりと休息を取り、体調が万全に戻った所でいよいよ屋敷の深部へ向かうことにした。

 

 兵器群の整理を中庭から屋敷へと再突入する間に行う。

 

 この先は、今まで以上に屋敷の内部構造が複雑になる可能性が高い。

 狭い回廊、入り組んだ部屋、急な曲がり角、障子と柱だらけの閉所。

 そうなれば、中型兵器や機械小隊はかえって邪魔になる。

 数で押し切るには狭すぎる。

 射線も通らない。

 

「護衛ご苦労だった」

 

 そう声を掛けて送還する。

 青い光と共に、中型多脚砲戦車、中型高速飛行砲艇、汎用変形機兵、機械小隊が順番に消えていく。

 

 今から先は、また単騎。

 

 それも仕方がない。狭い空間で有効なのは一点に集約された力なのだから。

 

 中庭の一角に作った安息所を出て踏み出した屋敷深部は、ここまで通ってきた領域よりさらに雰囲気が暗い。

 中庭の前。屋敷の表層では和風モンスター達の気配がそこかしこに滲んでいた。

 しかし今は障子の向こうにいるとか、梁の上に潜んでるとか、そういう雑多な気配がない。

 厳選された異形だけが、この奥には棲んでいる。

 そんな感じがあった。

 進むごとに増えていく頻度で異形は姿を現す。その質が明らかに変わってきていた。

 

「……敵の格が上がってきたな」

 

 今までのC級下位や中位が混ざった雑兵主体ではない。

 C+級の中でも上澄み。

 そして更にまばらにではあるが…B-級の存在すら混じり始めていた。

 

 最初に現れたのは、回廊の奥にゆらりと立つ鎧武者だった。

 だが、生者ではない。

 足音から下がない。

 鎧の継ぎ目の奥に肉がない。

 兜の奥は暗く、そこにだけ青白い火が燻っている。

 バイザーの解析が走る。

 

モンスター名:幽霊武者

ランク:C+

詳細:鎧武者の幽霊。物理的ダメージは効果が薄い為、討伐にはエネルギー攻撃が推奨される。

討伐P:5000

 

「なるほど…」

 

 剣や槍で斬り合う相手ではない。

 幽霊武者は、俺を見つけるなり音もなく踏み込んできた。

 幽体の癖に動きは重い。

 抜いた太刀が、青白い残光を引く。

 有機神経補助網を起動して軌道を読み、余裕を持って躱す。

 同時にネメシス・ムーンへ指示。

 

「近接のエネルギー装備をくれ」

 

【対象:幽霊武者】

【要請:近接エネルギー装備】

 

 左腕の兵装が変わる。

 実体の刃ではなく光の刃。

 高熱でも高周波でもない、普通のエネルギーブレードだ。

 幽霊武者が二撃目へ移る。

 こっちは前へ出る。

 刀の振り下ろしを肩でいなすように外し、その懐へ潜り込む。

 エネルギーブレードを胴へ横一閃。

 手応えは薄いが、確かに切れた。

 鎧武者の胴が中央からずれ、青白い火が掻き消える。

 そのまま鎧全体が霧みたいにほどけて消えた。

 

『討伐ポイントを入手しました』

 

「物理の効果が薄い代わりに、こういうエネルギーが刺さると」

 

 厄介だが、多種多様な攻撃手段を新たに作れる俺にとっては良いカモでしかない。

 

 幽霊武者がもっと出ろと願いつつ更に奥へ進む。

 回廊。

 広間。

 渡り廊下。

 何度も似たような構造が続くが、奥へ行くごとに屋敷の構造が複雑化していく。

 柱は太く、彫刻は濃く、天井は高い。

 部屋も人が住むためではなく何か大きなものを収めるためみたいな空間へ変わっていく。

 そして、その変化の意味もすぐに分かった。

 次に出たモンスターは、狭い通路ではなく、必ず広い場所にいた。

 大広間。

 吹き抜け。

 天井の高い儀式場めいた空間。

 そういう、巨大な何かが動くのに十分すぎる空間ばかりが舞台になる。

 最初に骨の指先が見えた時、少し遅れてそれが天井近くにあることへ気付いた。

 

「……でかいな」

 

 見上げる。

 そこにいたのは、巨大な骸骨だった。

 四肢は長く、肋骨の一本一本が梁みたいに太い。

 眼窩の奥と関節の隙間に蒼い炎が灯り、その炎がただの光ではなく、ゆらゆらと生き物みたいに揺れている。

 巨大な顎が軋み、ゆっくりとこちらを向く。

 骨の癖に、その視線には明確な飢えがあった。

 解析が走る。

 

モンスター名:餓者髑髏

ランク:B-

詳細:四肢や瞳孔に灯る蒼炎を操る巨大な動く骸骨。巨大だけあって破壊力はあるものの防御力は低い。操る蒼炎は餓者髑髏を倒すまで消えることはない。

討伐P:1500万

 

「丁寧な事だな…」

 

 皮肉が漏れる。

 

 餓者髑髏が出てくる場所は、お誂え向きに全部広い。

 大広間。

 吹き抜け。

 高天井。

 梁も柱も、こいつの巨体が動き回るのに不自由がないような構造になっている。

 つまり迷宮側も理解しているのだ。

 この骸骨が狭い場所では使えないことを。

 だからこそこの適した空間を舞台にしてくる。

 

「本当に性格が悪いな、この屋敷迷宮は」

 

 餓者髑髏はその言葉など当然理解せず、巨大な腕を持ち上げた。

 関節に灯る蒼炎が膨らみ次の瞬間、火の玉となって広間へばら撒かれる。

 避ける。

 だが、当たらなければいいという類じゃない。

 蒼炎は床へ落ちても消えない。

 畳を焼き、板を焦がし、柱の周囲で燃え続ける。

 ただの火ではなく、餓者髑髏そのものと繋がった呪いの火に近いのだろう。

 

「倒すまで消えない、か」

 

 面倒だが、逆に言えば本体を落とせば全部終わる。

 防御力が低め、というのもありがたい。

 B-級とはいえ、門番二体みたいな“ひたすら硬くて止まらない”類ではない。

 

「ネメシス・ムーン。対大型破砕、でも広間戦闘向きで」

 

【対象:餓者髑髏】

【適装:対大型・中空間戦闘仕様】

 

 兵装が変わる。

 両腕へ中距離収束砲。

 脚部は広間での跳躍と着地に向いた構造へ。

 背部には短時間滞空を補助する推進翼。

 肩部には蒼炎を受け切り離すための多層式の偏向板。

 いい。

 こういう相手なら、狭い回廊での奇襲戦よりむしろ分かりやすい。

 餓者髑髏は巨大な骨腕を振り下ろす。

 梁ごと潰す勢い。

 だが、その巨大さゆえに軌道も読みやすい。

 横へ飛ぶ。

 振り下ろされた骨腕が床を砕き、蒼炎が散る。

 その懐へ砲撃を叩き込む。

 胸骨の中央。

 肋骨の付け根。

 関節部。

 骨片が飛び、蒼炎が揺れる。

 

「確かに硬くないな」

 

 それでもB-級だ。

 一撃で落ちるほど甘くはない。

 とは言え、狙う場所を間違えなければ確実に削れていく。

 A-とB+の集団を相手した直後の俺にはぬるくすら感じる相手だ。

 

 

 そんな屋敷深部への進行は次第に濃密になっていく。

 狭い場所では幽霊武者を筆頭とした空間を使わないモンスターの群れ。

 広い場所では餓者髑髏が待ち受ける。

 他にもC+級のモンスターが徒党を組んでこちらを削りに来る。

 確実にその深度に相応しい質へと変わってきていた。

 

 つまりはこの屋敷の最奥が近いということだ。

 

「……そろそろか」

 

 巨大な広間で餓者髑髏の蒼炎を避けながら、そんな確信が胸の奥で膨らんでいく。

 深部の道のりは言ってしまえば本命へ辿り着く前の選別だ。

 

 幽霊武者を切り払い、餓者髑髏を砕き、和風の異形を潰しながら、突き進んでいると一際大きな大広間へ出た。

 

 今まで通ってきた広間や吹き抜けも十分に広かった。

 餓者髑髏の巨体が暴れ回るための舞台として、あからさまに天井が高く、柱間も広く取られていた。

 しかし目の前のこれは別格だ。

 広い、というよりは荘厳。

 磨き上げられた床板。

 左右に立ち並ぶ異様に太い柱。

 天井近くを走る梁の高さ。

 部屋そのものが、ここまでの戦いを越えてきた者へ最後の格を見せつけるために作られているかのような、妙に完成された空間。

 そしてその奥には、巨大な門があった。

 

 日本屋敷の中というシチュエーションには似つかわしくない。

 木でも紙でも石でもない。もっと別種の材質で出来た、しかし和の意匠は残した重く巨大な門。

 

 ここまでの流れを考えれば分かる。

 恐らく、その先にダンジョンボスが待ち構えている。

 

 もっとも。

 

「……総大将への最後の関門って訳か」

 

 小さく呟く。

 

 まず目に入ったのは女。

 大広間の中央、巨大門の少し手前。

 そこで静かに立つその姿は、一見すれば可憐ですらあった。

 白い肌。

 長い黒髪。

 艶やかな和装。

 その輪郭だけを抜き出せば、妖艶な姫君か、神域に侍る巫女のようにも見える。

 だがその背後に、九本の尾が揺れていた。

 赤い。

 ただの狐の尾ではない。

 白でも金でもなく、先端へ行くほど鮮血みたいな紅へ染まった九尾。

 ふわりと揺れるたび、床へ薄い赤の残光が散る。

 

 瞳が合う。

 

 その瞬間、脳の奥にうっすらと靄が降りた。慌てて目線を反らす。

 危険だと、今の一瞬で本能が理解する。

 可憐な容姿だ。

 だがその内側には底知れない人を狂わせる妖しいなにかがあった。

 バイザーが解析を始める。

 

モンスター名:傾城九尾の鮮血乙女(ナインテイル・ブラッディ・リリー)

ランク:A-

詳細:強力な魅了能力を持つ可憐な容姿をした九尾の狐人。彼女の一声で城が傾き、国が滅び、世が荒れる。また、魅了以外にも陰陽術や呪術を極めて高いレベルで修めており、九尾の狐の権能である神通力も使用する。

討伐P:1億5000万P

 

「……くはっ」

 

 この迷宮に入って何度目だかの乾いた笑いが漏れる。

 A-。

 それだけでも十分しんどい。なのに表示されている説明がそのしんどさを加速させていく。

 魅了。陰陽術。呪術。神通力。

 何でもありじゃないか。

 しかも、それで終わりじゃなかった。

 大広間の左にある柱の奥。

 そこに山みたいなものがあると、最初は思った。

 しかし、その認識は即座に改められた。

 鬼だ。

 あまりに大きい。

 大きすぎて一瞬背景と誤認する程の。

 

 赤黒い肌。

 盛り上がった筋肉。

 異様な長さの腕。

 額から突き出た角。

 その全身は、人型でありながら、人という枠組みを鼻で笑うような規模をしている。

 空間が歪められた屋敷の中。

 天井や壁が見えない程の大広間。

 そんな空間ですら、この巨体にはギリギリの舞台に見えた。

 

モンスター名:大嶽鬼

ランク:A-

詳細:山と同等の身体を持つ鬼。妖術によってその身体を自在に伸縮させ、規格外の質量による破壊力によって全てを滅ぼす。

討伐P:1億5000万P

 

「伸縮、ね……」

 

 だからこの大空間なのか。

 最初はこの広間でも窮屈そうだと思った。

 だが違う。

 こいつは本来、更に大きいのだろう。

 今は屋敷内であるために、わざわざそこへ収まるサイズへ落としている。

 

 つまりは、目の前にあるあの巨体ですら縮んだ状態ということになる。

 

「最後の関門にしては、豪華すぎるだろ」

 

 この後にラスボスが待ってるんだぜ?

 

 苦笑混じりに吐き捨てる。

 

 A-級が二体。

 片方は魅了に陰陽術に神通力と多彩な能力を持つ九尾の狐人。

 もう片方は純粋な質量暴力の極致みたいな大鬼。

 役割分担も明白だった。

 九尾が精神と術で崩し、鬼が物理で押し潰す。

 そこへ呪術や神通力まで重なるなら、正面から噛み合った時の圧は極寒零妖妃戦よりさらに厄介かもしれない。

 そう思った瞬間だった。

 極自然に視線が九尾の乙女を追い、薄く笑った(かんばせ)が目に映る。

 ほんのわずか。

 口元が柔らかく歪む。

 その直後、大広間の空気が底抜けに甘くなったような錯覚に陥る。

 まずい。

 そう思うより先に、バイザーが警告を弾く。

 

【精神干渉兆候:検出】

【魅了耐性補助:起動】

 

「チッ」

 

 バイザーの補助もあって堕ちる直前に視線を切れた。

 

 真正面から目を合わせ続けるのは危険だ。

 有機神経補助網を外部刺激遮断寄りに再配分。

 ネメシス・ムーンへ装備を要請する。

 

「ネメシス・ムーン。対精神干渉を最優先に対呪術、対超質量防御及び純火力近接装備を作れ」

 

【敵性対象:傾城九尾の鮮血乙女/大嶽鬼】

【敵性特性:精神干渉・呪術・神通力・超質量近接】

【最適装備作成演算開始…完了】

 

 兵装が変わる。

 頭部周辺へ精神防護用の微細な環状ユニット。

 胸部には呪術的干渉を散らすための偏向多層障壁。

 左腕へ中距離対応かつ術式を乱す作用のある高出力破断砲。

 右腕には、近距離で鬼の質量へ対応するための破城兵装。

 背部は重すぎず軽すぎず、回避と踏み止まりの両方を取る構成。

 良し。

 少なくとも、致命的になる要素は消した。

 だがその装備更新が終わるのを待つような礼儀は、当然相手にない。

 九尾の乙女が、袖口を口元へ添えるようにしながら、鈴を転がすみたいな声で笑う。

 凛とした魅力的、蠱惑的な声だった。

 だからこそ、余計に気味が悪い。

 

「■■■……■■■、■■■■■■■■■■■■■?」

 

 モンスターの言語なのだろう。意味は通じない。しかし耳に届いた瞬間、ぞわりと背筋が粟立つ。

 ただの声じゃない。

 言葉そのものに、蕩けるような何かが混じっている。

 思考の端へ入り込んで、抵抗を緩めようとするドス黒い甘さ。

 

【精神干渉:中】

【干渉遮断補助機構:稼働強化】

 

 頭部周辺の環状ユニットが回転し、耳鳴りにも似た微かなノイズを返す。

 視界が一瞬揺れる。

 だが、持ち直す。

 

「……怖ぇな」

 

 率直にそう言うしかなかった。

 これが魅了。

 対策なく無防備に浴びたら、即ゲームオーバーだ。

 その隣で、大嶽鬼が低く唸った。

 まるで大地の喘鳴のようなそれ。

 巨体に見合った低音が大広間の柱を、大気を鳴らす。

 そして次の瞬間、その巨体に似合わない速度で一歩前へ出た。

 

「ッ!」

 

 速い。

 巨大なものが動く時の鈍重さが皆無だ。

 右腕の破城兵装を前へ。

 踏み止まる。

 ぶつかる。

 衝撃。

 視界の端が白く飛ぶ。

 腕が痺れる。

 床が割れる。

 だがどうにか正面は止めた。

 

【右腕負荷:極大】

【衝撃吸収:限界接近】

 

「……っ、一発でオシャカかよ…ッ!」

 

 半ば吠える。

 大嶽鬼はまだ本気で殴ったわけですらない。

 ただ前へ出て、腕を振っただけ。

 それでこれだ。

 もしネメシス・ムーンの最適化前なら、今の一撃で外装ごと持っていかれていたかもしれない。

 その一方で、九尾の乙女は、静かに尾を揺らしている。

 九本。

 そのうち二本がふわりと持ち上がり、先端に赤い火が灯った。

 いや、火ではない。

 呪力そのものが可視化したような、血を煮詰めたような紅。

 

 横へ飛ぶ。

 直後、立っていた場所へ赤い狐火が落ちた。

 音は小さい。

 だが床が音もなく腐り落ちるように崩れる。

 ただ焼くのではなく侵食し熱と共に腐らせる類の呪い。

 

 実にいい組み合わせだな。ゲームのプレイアブル(自分で操作出来るん)だったら無双できそうだ。

 しかし、現実はそうではなく真逆。対峙する側からすれば最悪の組み合わせでしかない。

 巨体の鬼が前衛で圧を掛け、九尾が後ろから魅了、陰陽術、呪術、神通力と致命打を秘めた補助を重ねてくる。

 

 どちらか片方だけでも厄介なのに、二体で補い合っているせいで隙がない。

 

「ふぅぅぅ…」

 

 これの後にまだあることを考えると憂鬱でしかない。しかしそんな感情のままやればいい結果にならないことは必至。

 低く息を吐いてその事を忘れ、目の前の断崖絶壁と向き合う。

 

 大嶽鬼が再び腕を持ち上げる。

 九尾の乙女が笑う。

 赤い尾が広がる。

 大広間の中央で、俺はゆっくりと重心を落とした。

 

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