BrokenWorld~黒鉄の装着者~ 作:半笑いの妖精
自然と目が覚めた。
目を開けた瞬間、まず感じたのは痛みではなく、軽さだった。
あれだけ積み重なっていた鈍痛や重さが、もうほとんど無い。
起き上がる。
肩を回す。
首を鳴らす。
右腕をゆっくり握ってから開く。
背中を捻り、脚へ体重を乗せ、膝を曲げ伸ばしする。
「よし……完璧」
生体回復機能と有機循環強化が、しっかり働いてくれたらしい。
もちろん、連戦で積み重なった疲労が完全にゼロというわけじゃない。
だが少なくとも、戦う体としては十分以上に戻っている。
右腕の深手も問題ない。
背部の重損傷も、今なら違和感程度で済む。
凍傷の痕もかなり薄れ、冷えに対する嫌な痺れも残っていない。
ダメージが戻ったなら、次はエネルギーの補給だ。
食料生成機へ手を伸ばす。
今度は軽めじゃない。
ガッツリ系だ。
肉。
炭水化物。
脂質。
塩分。
とにかくこれから戦う体へ突っ込むためのものを選ぶ。
数秒後に出てきたのは、かなりしっかりした食事だった。
湯気。
肉の匂い。
濃い目の味付け。
簡易生成とは思えないくらいに食欲を刺激してくる。
「悪くない」
座ったまま、一気に食う。
噛む。
飲み込む。
水を流し込む。
また食う。
空っぽだった胃へ、熱と重さが落ちていく。
そのたびに、体の奥へじわじわとエネルギーが満ちてくるのが分かった。
◆
腹を満たした後は、自然と体を動かしたくなった。
「腹ごなしだ」
独り言のようにそう言って、安息所を出る。
外では兵器群が相変わらず大広間を警戒していた。
偵察ドローンが高所と入り口周辺を巡回し、防護重盾機が要所を固め、浮遊砲台と中大型兵器が射線を押さえている。
青いランプや微かな駆動音が、静かな広間に一定の緊張感を保っていた。
ログを見る。
夜間、あるいは休息中に大規模な襲撃があった形跡はない。
小さな反応や周辺の雑音はいくつか拾っているが、戦闘に発展したものは無し。
この広間が最後の関門の先という位置付けだからか、雑兵は寄り付きにくいのかもしれない。
大広間の中央へ出る。
九尾と大嶽鬼の戦いで砕けた床板や柱の傷跡がまだあちこちに残っていた。
あの激闘がつい数時間前だというのに今は不思議なくらい静かだ。
兵器へ命令を飛ばし、広間の中央へある程度の空間を確保させる。
重盾機が一歩引き、浮遊砲台が少し上へ、変形機兵が脇へ移る。
まずは軽く肩慣らしから。
最初は有機性強化外装を基準に動かす。
その場でシャドー。
拳の軌道を確認。
腰の回転。
脚の踏み込み。
右腕の戻り。
左腕との連携。
良い。
ちゃんと戻っている。
次は武装。
短剣。
槍。
剣。
斧。
生成と切り替えを繰り返しながら、素人の自己流ではあるが型を確かめる。
床へ軽く踏み込んでの加速。
半歩での切り返し。
柱を使った跳躍。
着地からの二撃目。
全部問題ない。
「【
【対象:単独調整】
【要求:近接・回避・中距離・防御の各試験】
兵装が次々に切り替わる。
近接寄り。
防御寄り。
中距離火力寄り。
機動寄り。
いちいち実戦級の出力までは出さない。
あくまで切り替えのレスポンスと体の馴染み方を見るだけ。
だが、それだけでも十分に分かった。
最適化後のネメシス・ムーンはやはり別物だ。
しっかりと確かめる事なくここまで来たが改めて実感する。
兵装転送の速度。
切り替え時の違和感の少なさ。
そして、何より未来視レベルの情報解析。
ネメシス・ムーンは、その場の敵、その場の空間、その場の戦況に合わせてスーツを最適化し続ける。
この迷宮のように相手と状況が次々に変わる場所では、特にその強みが発揮されているだろう。
◆
ひと通り体を動かした後、最後に重武装スーツも呼び出す。
外装が厚みを増し、肩と背中に重さが乗る。
だが決して鈍くはない。
踏み込みの芯が深くなり、受けの安定感が増している。
広間の中央で二、三度踏み込み、短く前進してから止まる。
問題ない。
この状態でもちゃんと動ける。
さらに、念のため中距離火力仕様への切り替えも試す。
左腕砲。
肩部補助砲。
散弾寄り。
収束寄り。
どれも動作は良好。
ここまで確認して、ようやく本当に腹が決まった。
「……行けるな」
大広間の奥。
巨大な門へ視線を向ける。
ここまでで、門番を越えた。
群れを抜けた。
中庭の支配者を斬った。
最後の関門だった九尾と大嶽鬼も落とした。
なら次はもう、そこしかない。
門の先。
ダンジョンボス。
そして迷宮核。
呼吸を整える。
兵器群へ命令を飛ばす。
「全戦力、再編。俺を先頭に門前へ展開」
【命令受理】
【全兵器:門前集結開始】
偵察ドローンが上空を取り、浮遊砲台が左右へ広がり、防護重盾機が前面へ並ぶ。
汎用変形機兵、中型多脚砲戦車、中型高速飛行砲艇、大型移動砲台。
この広間に呼び出した兵器戦力の全てが、静かに隊列を組み始めた。
自然と息が深くなる。
ここまで来て、ようやく本当の総力戦だ。
そういう実感があった。
◆
召喚した兵器全戦力を率いて、巨大な門の前へ立つ。
門は沈黙していた。
九尾と大嶽鬼が立っていた時と同じく、威圧感だけを放ちながら、ただそこにある。
その前で、一歩、踏み込む。
次の瞬間。
右の門板へ、暗い紅の紋章が走った。
大嶽鬼の紋章。
山を思わせる角張った線と、鬼の角を模した巨大な印。
それが門板の右半分を鈍く照らす。
続けて左の門板。
そこには艶やかな赤の紋が浮かぶ。
九本の尾が渦巻くような、妖艶で禍々しい紋章。
傾城九尾の鮮血乙女の紋章だ。
「……なるほどな」
思わずそう漏れる。
両方の紋章が浮かび上がると同時に、門がゆっくりと開き始めた。
鈍い音。
低い振動。
ただの建具が開く音ではない。
何か大きな封印そのものが緩んでいくような、不気味な重さを伴った音だった。
どうやら、あの二体を倒すことが門を開く条件だったらしい。
最後の関門。
その表現が、そのままの意味だったわけだ。
門が完全に開く。
「行くぞ」
短く言って歩を進める。
◆
門の先は、常識外れの空間だった。
さっきまでいた大広間──大嶽鬼が自由に、とはいかないまでも動き回れたあの空間が比べものにならないほど狭く思える。
広大。
まず、その一言が浮かぶ。
柱はない。
壁らしき境界も遠い。
天井も、あるのかどうか一見では分からない。
それなのに、不思議と明るい。
光源は見当たらない。
灯篭もない。
窓もない。
だが、空間全体が柔らかな白に照らされている。
薄闇でもなければ眩しすぎるわけでもない、どこか現実感の薄い明るさ。
床はなめらかで、石とも木ともつかない。
足音は響くのに反響が濁らない。
外の屋敷迷宮の意匠を残しているようでいて、ここだけはほとんど別世界だった。
兵器群が後ろから雪崩れ込むように入ってくる。
重盾機。
浮遊砲台。
飛行砲艇。
変形機兵。
中大型兵器。
その全てが入ったところで、背後の門が閉まり始めた。
重い音。
退路が断たれるが、そもそも逃げる気など最初からない。
「……来るぞ」
自然と声が低くなる。
空間の中央へ、光が集まり始めていた。
最初は小さな粒。
それが徐々に束になり、線になり、輪郭になる。
人影。
一見すると、年若い青年に見えた。
烏の濡れ羽色の、艶やかで美しい長髪。
肌は白く、面差しは驚くほど整っている。
アイドルだったとしたら天下を取るであろうその容姿──
そこまで思った瞬間。
強烈な圧が襲ってきた。
「──ッッッ!!」
空気が重い。
重力が何倍にもなったかのような、圧迫感。
肩へ何か巨大な手が乗ったような錯覚。
兵器群の青いランプが一斉に警戒色へ変わる。
ただ立っているだけ。
ただそこに現れただけ。
それなのに、空間全体の支配権が一瞬で塗り替わった。
バイザーが解析を開始する。
▼
モンスター名:
ランク:A+
詳細:全ての妖系モンスターの頂点に位置する鬼の主。極めて高い身体能力や意識領域から外れる固有妖術は驚異の一言。しかし、このモンスターの恐るべき点は別に存在する。それは配下の妖系モンスターを無尽蔵に召還可能であることだ。それもそうだろう百鬼夜行の主の後ろには無数の妖が付き従っているのだから。
討伐P:5億
▲
「A+……!」
喉が鳴る。
九尾も大嶽鬼も、極寒零妖妃も強敵だった。
だが、目の前のこれは違う。
ただ強いだけの怪物じゃない。
この迷宮全体の妖系モンスターを束ね、従え、呼び出す王そのものだ。
ぬらりひょんが、ゆっくりと目を開く。
それと同時に、足元の影が扇状に広がった。
黒い。
濃い。
ただの影ではない。
液体みたいにうねりながら床を這い、空間全体へ広がっていく。
「総員、戦闘配置!」
叫ぶ。
だが遅い。
影の中から、つい昨日見たモンスター達が無数に現れた。
面鬼。
影狗。
針髪女。
吊骨坊。
襖隠し。
提灯火童子。
幽霊武者。
餓者髑髏。
無数の妖がぬらりひょんの背後から溢れ出してくる。
ただの群れではない。
軍勢と呼ぶべき規模。
A+級のボス一体と戦うだけでも十分驚異的だ。
その上で、無尽蔵の召喚。
正に百鬼夜行そのものだった。
だがしかし。
その光景を前にしても、不思議と足は止まらなかった。
むしろ逆だ。
屋敷迷宮の最奥。
巨大門の先。
常識外れの広大空間。
百鬼夜行を従える鬼主。
この迷宮の支配者。
「……いいじゃねぇか」
低く、笑う。
「全戦力、ここで吐き切る」
兵器群が一斉に構える。
防護重盾機が前へ。
浮遊砲台が上を取る。
飛行砲艇が散開し、変形機兵が左右へ展開。
中大型兵器の砲口が、無数の妖とその主へ向けられる。
俺もまた、広大な異界の床を踏みしめながら、ネメシス・ムーンへ意識を向けた。
「ネメシス・ムーン、総力戦仕様」
【敵性対象:百鬼夜行の鬼主】
【敵性特性:A+級/妖群無尽蔵召喚】
【全戦力統合演算:開始】
空気が張り詰める。
次の瞬間には、戦いの火蓋が切って落とされた。
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