BrokenWorld~黒鉄の装着者~ 作:半笑いの妖精
戦端を開いたのは
重く、低い駆動音。
広大な空間の後方へ据えられていた巨体が、砲身の内側へ青白い光を収束させていく。
その光はただ明るいだけではない。空間そのものを押し潰すような密度を帯び、発射の瞬間を待って脈打っていた。
「撃て」
命令と同時に、光が奔った。
轟音は一拍遅れて来た。
まず視界の中央を、一直線の破滅が貫く。
百鬼夜行の軍勢、その先頭から中列をまとめて薙ぎ払い、面鬼も影狗も針髪女も、幽霊武者すら纏めて吹き飛ばしながら、ぬらりひょん本人へと迫る。
普通の相手なら、それで終わりだっただろう。
ぬらりひょんは動かない。
ただそこに立ったまま、片手を軽く持ち上げる。
袖が揺れた。
それだけだ。
次の瞬間、砲撃の軌道上へ、黒く粘ついた何かが広がった。
影。
いや、影よりもっと濃い。
夜そのものを削り出したような薄膜が扇状に開き、ギガント・キャリアの高出力砲撃を真正面から受け止める。
光と闇がぶつかる。
激突音。
圧縮。
炸裂。
爆ぜた余波で周囲の妖が吹き飛び、空間そのものが震えた。
だが、ぬらりひょんの前に立った黒い膜は裂けきらない。
押し込み、削れ、揺らぎながらも、その奥へ通さない。
「……まぁ、そう簡単には通る訳ないか」
「全機、全力で行くぞ」
【命令受理】
【戦闘形態:総力戦へ移行】
【目標:鬼主および妖群】
ぬらりひょんの目が、ほんの僅かに細まる。
それは怒りでも驚きでもなく、観察に近かった。
まるでこちらの値踏みをしているような、余裕のある表情。
直後、足元の影が更に膨れた。
扇状に広がっていた黒が、今度は波になる。
そこから現れた妖の群れは、さっきよりも数が多かった。
数百。
いや、もっとだ。
面鬼の白い能面が一斉にこちらを向く。
影狗が低く唸りながら床を滑る。
針髪女の長髪が黒い幕みたいに揺れ、吊骨坊がどこからともなく天井側へ浮かぶ。
幽霊武者は鎧を鳴らさず列を作り、その隙間を提灯火童子の鬼火が無数に漂っていた。
無尽蔵。
確かにその言葉が相応しい。
「防衛線、前へ。中央戦線を維持しろ!」
防護重盾機が前へ出る。
分厚い盾板と偏向障壁が二重の壁になり、まず最初の群れを迎え撃つ形になる。
その後ろから小型浮遊砲台が斉射。
青白い光弾が面となって押し寄せる妖群へ叩き込まれ、最前列がまとめて消し飛ぶ。
偵察ドローンは上空へ散開し、敵群の厚みと死角を割り出す。
飛行砲艇は更に高く。
上から面制圧の射線を作り、吊骨坊や針髪女の上方支配を潰しにかかる。
中型多脚砲戦車はやや後方。
回廊も柱もないこの異空間では、あの砲撃の通りが良すぎる。
狙いを絞れば、妖群の塊を丸ごと穿てる。
そしてギガント・キャリアは、再装填へ入っていた。
巨体の各所が展開し、熱と光を逃がしながら、次の一発を作る準備に入る。
そのリチャージの間を、他の兵器群で繋ぎ切る必要がある。
「ネメシス・ムーン。対多群兵装。だが、ぬらりひょんを視界から外さない様にしたい」
【要求受理】
【複合適装:群体処理+首魁観測仕様】
兵装が変わる。
メットにぬらりひょんを観測するレーダーアンテナ。
両肩に小型散弾砲。
左腕へ面制圧用の収束散弾砲。
右腕には中距離から圧を掛けるための高密度穿孔ユニット。
背部には高速移動と急停止を両立する環状推進。
今はまだぬらりひょんを殺しに行く距離じゃない。
まずは軍勢を抑え、戦場を整える。
「行くぞ」
踏み込む。
防衛線の少し前。
重盾機の壁を飛び越え、最前列の妖群へ直接入る。
面鬼が三体、同時に来た。
能面の白が並ぶ。
爪が閃く。
左腕の面制圧砲を横薙ぎ。
まとめて面ごと吹き飛ばす。
同時に右肩の分散砲が自動で影狗の突進を潰し、背後へ回ろうとした吊骨坊へ飛行砲艇の援護射撃が突き刺さる。
いい。
噛み合っている。
今の俺は単独じゃない。
この場にある兵器召喚戦力の全部と、ネメシス・ムーンの演算で繋がっている。
正面の妖群を削りながら、その向こうを見る。
ぬらりひょんはまだ動かない。
ただ、無数の妖を溢れさせながらこちらを見ている。
その視線の先で、また影が膨らんだ。
「次も来るぞ!」
警告と同時に、今度は別種の気配が混じる。
今までの雑兵だけじゃない。
もっと重い。
もっと濃い。
中庭や深部で相対した上級個体に近い圧。
影の裂け目から、巨大な骨腕が現れた。
「餓者髑髏……!」
続いて、幽霊武者の列が倍以上の密度で現れる。
更にその奥では、大柄の氷鬼が影から浮かび上がりつつあった。
「戦術管制ユニット、第一陣を前進。第二陣は中距離維持。ギガント・キャリア、次弾はぬらりひょんの防御を削るように撃て」
【命令受理】
【陣形更新】
【次弾照準:鬼主中心域】
防護重盾機が押し上げる。
小型浮遊砲台がその上から火線を編む。
中型砲戦車が餓者髑髏の脚部へ砲撃を重ね、飛行砲艇が上から提灯火童子の群れごと空域を焼く。
大規模戦。
総力戦。
それをぬらりひょんは、一体で成立させていた。
ならこちらも、一人の戦い方では足りない。
「兵器召喚。超小型をさらに十、囮ユニットを倍。大型移動砲台をもう一基」
【召喚開始】
青い光が次々と戦場へ増えていく。
この空間が広いのは、今だけは都合が良かった。
狭所なら詰まる火線も、ここでは全部使える。
ギガント・キャリアの砲口が再び満ちる。
その横で新しく呼んだギガント・キャリアも展開を完了しつつあった。
飛行砲艇は上を押さえ、重盾機は足止め。
自律兵器は妖群の中へ食い込み、囮ユニットが意図的に密集を作る。
全部を、ひとつの方向へ向ける。
ぬらりひょん。
あれを落とせば終わる。
逆に言えば、落とせない限りこの百鬼夜行は尽きない。
影の波の向こうで、鬼主が不敵に笑った気がした。
その瞬間、足元の影が自分の真下から盛り上がる。
「ッ!」
跳ぶ。
遅れて、さっき立っていた場所から黒い腕が何十本も生えた。
実体か影かも分からない、ぬらりひょん固有の妖術。
今までの妖達とは質が違う。
意識の隙、死角、常識の外から来る。
「やっぱり、こっちも直接来るか」
空中で体勢を整え、着地。
だが今の一撃で確信した。
ぬらりひょんはただ後ろで召喚しているだけじゃない。
軍勢を放ちながら、自分でもちゃんと殺しに来ている。
つまり、そっちの意識も割れている。
なら、付け入る余地はある。
「……崩すぞ」
低く呟く。
鬼主。
百鬼夜行。
無尽蔵の妖群。
その全部が相手だ。
だがこっちにも、兵器召喚の総力とネメシス・ムーンがある。
広大な異界の中央で、ギガント・キャリアの二射目が唸りを上げる。
「兵器召喚。超大型、複数展開」
念じた瞬間、空間そのものが重く唸る。
青い転送光が、俺の前方と左右、さらに上空の広い位置へいくつも走った。
現れたのはギガント・キャリアを上回る、要塞車両めいた巨大砲撃兵器。
移動する機械城みたいな重装機構兵器。
戦車の下半身に多腕の上半身が付いている異形の機械巨兵。
それぞれが地を揺らし、空間の一角を埋めるだけの質量と圧を伴っていた。
「圧し潰せ」
短く命じる。
次の瞬間、超大型兵器群が前進を開始した。
面鬼の群れが逃げるより早く、超大型の脚部がそれを踏み砕く。
影狗が床を滑って死角を取ろうとするが、城壁みたいな装甲がそもそも死角を許さない。
針髪女の攻撃は、分厚い偏向障壁に弾かれ、吊骨坊は上空からの迎撃火線でまとめて焼かれる。
餓者髑髏クラスの大型妖すら、要塞車両の側面砲撃を受けた瞬間に膝から崩れた。
百鬼夜行が、圧殺されていく。
数の暴力。
物量の津波。
それを、今度はこちら側が上から叩きつけていた。
超大型兵器が踏み潰し、砲撃し、蹴散らすたび、妖の軍勢が光の粒子へ変わって消えていく。
広大な戦場の一角が、青白い閃光と赤黒い残滓で埋まり、影の波そのものが押し返されていった。
「そのまま行け。ぬらりひょんごと轢き潰せ」
命令と同時に、先頭の超大型重装機構兵器が鬼主へ向けて進路を取る。
このままいければ、少なくとも一度は本体へ圧を掛けられる。
そう思った、次の瞬間だった。
ぬらりひょんの足元。
そこから、一際濃い影が溢れた。
「……来るか」
低く呟く。
分かってはいた。
説明文にあった通り、こいつは全ての妖系モンスターを召喚可能だ。
つまり、ここまで迷宮で相対してきた妖の上位個体すら、引っ張ってこられる可能性がある。
だが、理解していたことと、実際に見せつけられることの間には、大きな差があった。
影が盛り上がり、輪郭を象る。
そこに立っていたのは──
昨日、苦戦の末、やっと倒したA-級モンスター達だった。
影からそのまま削り出したみたいに、二体がぬらりひょんの前へ現れる。
「……本当に、何でもありかよ」
九尾の赤い尾がゆらりと揺れる。
大嶽鬼の巨体が一歩前へ出る。
その存在だけで、超大型兵器群の進撃ルートが一気に遮られる。
ここで無理に押し込めば、超大型兵器同士の巨体が九尾の呪術と鬼の質量に足を取られる。
最悪、戦線ごと崩れる。
「やっぱり、一筋縄じゃ行かないか」
それでも、想定の範囲内ではある。
だったら、こちらも対応するだけだ。
兵器召喚を開き、追加召喚する。
青い光が、今度は中層の戦域へ雨のように降り注ぐ。
中型多脚砲戦車。
中型高速飛行砲艇。
汎用変形機兵。
衝撃装甲自走車。
自律走行砲台。
中型兵器群が、戦場の左右と中央へ一気に展開される。
「九尾と鬼はそっちで抑えろ。足を止めるだけでいい」
命令。
中型兵器群が即座に編成を切り替える。
多脚砲戦車が大嶽鬼の足元へ砲撃を集中し、変形機兵が接近戦でその膝を狙う。
飛行砲艇は高空から九尾の周囲へ継続的な火力を撒き、囮ユニットと組み合わせて魅了や呪術の向きを散らしていく。
超大型は妖怪軍勢の圧殺継続。
中型はA-級再現個体の足止め。
防護重盾機と浮遊砲台は全体戦線の維持。
戦場が、こちらの意志で層別化されていく。
その向こうで、ぬらりひょんが静かに立っている。
百鬼夜行の主。
こいつだけが、まだほとんど無傷で、余裕のある顔をしていた。
総大将同士の一大決戦。
それが、ここから始まる。
先手を取ったのは俺。
「【軌道適装衛星《ネメシス・ムーン》】、対首魁近接仕様」
【要求受理】
【対象:
【適装:首魁近接殺傷仕様】
右腕へ高密度斬撃兵装。
左腕へ対妖術干渉型の補助刃。
背部には瞬発加速用の環状推進。
脚部は急制動よりも、踏み込みを殺さず連続移行する構成。
踏み込む。
ぬらりひょんは、その場からほとんど動かない。
ただ、影へ手を差し込んだ。
そこから引き抜かれたのは、妖刀だった。
黒い。
いや、黒というより、呪いそのものを凝固させたような刀身。
刃文の代わりに、禍々しい紫と濃紺の揺らぎが走り、鍔すら影と肉の中間みたいな質感をしている。
嫌な感じしかしない。
同意するようにネメシス・ムーンの演算が警告を上げる。
だが、それを聞くより早く、ぬらりひょんはもう目の前にいた。
「っ!?」
速い。
いや、違う。
速いだけでは足りない。
近づいた認識と斬撃が同時だった。
慌てて右腕の近接兵装で受ける。
金属音──ではない。
もっと濁った不快な音。
次の瞬間、こちらの刃が途中から断たれた。
「なっ……!」
容易く切り裂かれた。
ただ鋭いだけじゃない。
触れた武装そのものを、呪と妖力の密度で上から断っている。
近接装備の刃を、まるで紙細工みたいに。
返しの二撃目。
左腕の補助刃で逸らす。
だがそれも深くは受けられない。
接触を続ければ続けるほど、こっちの兵装が先に死ぬ。
妖刀のせいのうだけではなく、刀捌き自体も異常だった。
ネメシス・ムーンの演算は、もはや未来予知レベルまで達している。
敵の重心。
癖。
殺気。
軌道。
全部を見ている。
なのに、その上をぬらりひょんは平然と踏み越えてくる。
予測しても、そこまで届かない。
演算が最適解を示しても、その最適解ごと断ってくる。
切り合わせる度にこちらの傷だけが増えていく。
近接戦では勝ち目が薄い。そう判断する。
「だったら…」
背部推進を吹かし、一気に距離を取る。
同時に兵装切り替え。
【対象:百鬼夜行の鬼主】
【適装:遠距離飽和攻撃仕様】
右肩、左肩、背部、腰部。
全身に隈無く多連装ミサイルユニットが展開される。
ただの火力飽和じゃない。
角度差、時間差、追尾補正。全てを計算した逃げ場を潰すための群れ。
一斉掃射。
数多のミサイルが空を埋め尽くす。
上から。
左右から。
弧を描き、回り込み、ぬらりひょんを中心に着弾点が収束していく。
その景色はもはや砲撃ではなく、ひとつの空そのものが落ちてくるようだった。
次の瞬間、地上に爆炎の花畑が現れた。
連鎖。
爆発。
衝撃波。
光。
熱。
影。
全てが一点へ折り重なり、鬼主の立っていた空間を呑み込む。
百鬼夜行の妖達すら、その余波でまとめて吹き飛ぶ。
影が裂け、妖が消え、床が見えなくなるほどの爆炎と砂埃が巻き上がった。
だが、こちらもこれで決められるとは思っていない。
本命は、その直後だ。
ミサイルを撃ち切った瞬間には、もう兵装を切り替えている。
「ネメシス・ムーン。超火力を寄越せ」
【要求受理】
【適装:超電磁加速粒子砲】
両腕が砲身化する。
背部に巨大な環状加速器。
胸部中央へ転送中継核。
脚部は完全固定杭。
チャージ開始。
十秒。
短くはない。
むしろ、戦闘中としては致命的に長い。
その間に動かれれば終わる。
だが今は、さっきの飽和攻撃で視界を塞げている。
ミサイルの海は、ただの削りじゃない。
この溜めを作るための布石だ。
磁化された粒子が集束する。
電磁加速環が唸る。
空気が震える。
城一つを消し飛ばす威力。
そう表現しても足りないくらいの破壊力が、目の前の一点へ集まっていく。
9…8…7…。
砂埃の向こうに、まだ動きは見えない。
6…5…4…。
兵器群がその身を賭して周辺の妖を押し留める。
中型がA-級を足止めし、超大型が軍勢を押し潰し、防御支援機が俺の周囲を固める。
3…2…1…!
照準、固定。
「ブッ飛べ」
撃った。
世界が白く飛ぶ。
音を置き去りにして、超電磁加速粒子砲の極太の光条が空間を貫いた。
ただ一点へ向けて、最高の暴力を叩き込む一撃。
砂埃ごと、爆炎ごと、影ごと、全部を焼き抜いて進む。
余波だけで周囲の妖怪達がまとめて消し飛ぶ。
空間の中央が、穴でも空いたみたいに真っ白へ潰れた。
これで決着していれば嬉しい。
だが、そうはならない事を心の奥底では理解していた。
チャージの反動で、全身が重い。
砲身化した両腕がまだ熱を持っている。
それでも、視線だけは中央へ固定したまま待つ。
砂埃が晴れる。
爆炎の揺らぎが収まる。
そして、そこにあったのは無傷のぬらりひょんの姿。
影のシールドを展開している──いや、していた。
その周囲に幾重にも重なった黒い膜がゆっくりほどけている最中だった。
さっきまでの妖群から切り離した濃密な影を、自分のためだけに何層も圧縮して盾へ変えたのだと直感できる。
そしてそれを超電磁加速粒子砲が削り切れなかったというわけだ。
ぬらりひょんは歪んだ笑みを浮かべていた。
余裕、嘲り、そして面白くなってきたとでも言いたげな、底の見えない笑い。
その顔を見た瞬間、背筋へ冷たいものが走る。
今の二段構え。
軍勢を削り、ミサイルで場を作り、超電磁加速粒子砲を叩き込む。
こちらが取りうる遠距離の決め手に近い一連を、あいつは防ぎ切った。
それでも。
「……上等だ」
低く、笑い返す。
無傷。
それは最悪だ。
だが同時に、見えたものもある。
あいつは今、確かに全力で防いだ。
そしてギリギリのところまで肉薄した。
つまりは影の耐久力にも限界はある。
鬼主は強い。
化け物じみている。
だが無敵じゃない。
この戦いはまだ始まったばかりだと、そう思い知らされるには十分すぎる一幕だった。
広大な異界の中央。
無傷のぬらりひょんが、影の残滓を従えながら立つ。
その周囲ではまだ百鬼夜行が蠢き、こちらの機械軍が戦線を維持している。
そして俺は、熱を持つ砲身化した腕をゆっくり戻しながら、次の手を考え始めていた。
遠距離の決定打は防がれた。
近接では刀が上回る。
軍勢は尽きない。
どう攻略していくのか。
その問いを残して鬼主との本当の死闘がここから更に深く沈んでいく。