BrokenWorld~黒鉄の装着者~ 作:半笑いの妖精
【義手義足との最初の朝】
新しい義手と義足を得て数日。
拠点の簡素な寝台で目を覚ました俺は、寝惚けたまま右手で顔を擦ろうとして、一瞬だけ動きを止めた。
感触がある。
頬に触れる指先の柔らかさ。
皮膚の温度。
寝起き特有の僅かな汗の湿り気まで、ちゃんと分かる。
「……やっぱりすっげぇな、これ」
小さく呟きながら、今度は左足へ体重を掛ける。
義足であるはずなのに、床板を踏んだ時の反発がやけに自然だった。
荷重が足裏のどこに掛かっているかまで、かなり正確に返ってくる。
とはいえ完璧に以前と同じかと言われるとそうではない。
階段の下りやとっさの方向転換になると、わずかに意識とは違う挙動になったりする。
だから朝の時間帯は意識的に身体を動かして違和感を消す事にした。
肩を回す。
義手の指を一本ずつ曲げる。
左脚で片足立ちしてみる。
その後、軽いストレッチをしながらバイザーの義肢診断画面を開き、神経同調率と応答速度を確認する。
【義手神経同調率:98.2%】
【義足神経同調率:97.9%】
【微調整推奨:足首荷重補正 0.3%】
「細かいな」
笑いながらも、その細かさがありがたかった。
人間の身体なんて、そういう僅かなズレで動きや疲労感が大きく変わる。
それを毎朝少しずつ詰めていくうちに、失った手足を補っているという感覚は薄れ、次第に自分の一部へと慣れていく時間へ変わっていった。
●量子AIとの最初の口論●
シャングリラ・エデンの建造初期。
都市管理級量子AIが本格稼働し始めてから、数日後のことだった。
【居住区画の最適化案を提示します】
そう表示された図面を見て、俺は眉をひそめた。
「……いや、風呂遠くね?」
【温浴区画は反応炉熱利用効率を最優先した配置です】
「効率は分かる。だが遠い。食堂から遠い。寝室からも微妙に遠い」
【移動時間差:平均42秒】
「その42秒がダルいんだって」
一瞬、沈黙。
次いでAIが別案を表示する。
【食堂・温浴区・休憩区を近接配置した場合、熱効率は3.2%低下します】
「全くもって許容範囲内だ。なんならそのためだけに新しく反応炉を作ってもいい」
【非合理的です】
「合理性だけで生きられるなら苦労しないんだな、これが」
【補足要求。『風呂上がりにすぐ飯を食って、その後だらけられる動線』は重要要件ですか?】
「超重要だ」
【…了解。最優先生活快適要件として再設計します】
なんとなく呆れたようなニュアンスの返答。AIだからそんなわけないんだが。
「分かればよろしい」
そのやり取り以降、量子AIは生活区画に関して妙に人間のだらしなさを考慮した提案を混ぜるようになった。
風呂上がりからラウンジまでの動線。
食堂から居住区への距離。
眠い時に長い通路を歩かなくて済む配置。
明らかに学習している。
その事実が少し面白くて、以後たまに無駄話めいた相談を振ることも増えた。
●汎用人型機の初仕事●
汎用人型機百体を創成した直後は、流石に少し圧があった。
無言で並ばれると普通に怖い。
だが、量子AIに役割分担させて実際に働かせてみると、印象はあっさり変わった。
建材搬送班は、樹海の中から集積しておいた素材を手際よく区分けし、有機建材加工区まで運ぶ。
整備班は格納庫の床や壁を磨き、兵器用レールの調整を進める。
農業補助班は有機培養床の湿度や栄養バランスを管理し、浄水機と食料生成機の副産ラインを整理する。
こいつら、仕事が早い。
しかも無駄がない。
ある日、様子を見に行くと、工房区で三体の汎用人型機が並んで工具を持っていた。
同じ型のはずなのに、一体は細かい配線作業、もう一体は大型部材の固定、最後の一体は端末で設計図の補助投影と、それぞれ役割が分かれている。
「お前ら、見た目一緒なのに結構器用だな」
【必要作業に応じて内部ソフトを換装済みです】
そう量子AIが補足する。
「じゃあ、その気になれば料理係にもなれるのか」
【可能です】
「……便利すぎるだろ。…汎用ってそういう意味じゃないんじゃないか…?」
試しに一体を厨房補助へ回したら、包丁さばきだけは妙にぎこちないくせに、材料の計量と火加減管理だけやたら正確で少し笑った。
その後、さらに十体ほどを生活区画整備へ回した結果、シャングリラ・エデンの内部は想定より早い段階でちゃんと住める空間”へ近付いていった。
●建設の合間のポイント稼ぎ●
建造中、ずっと拠点に籠っていたわけではない。
むしろ建設が軌道に乗った後は、数日おきに樹海や周辺地帯へ出て、討伐ポイントを稼ぐのが日課になった。
AIと汎用人型機に建築を任せ、自分は戦闘。
役割分担としてはかなり理に適っている。
ただ、以前のポイント稼ぎとは感覚が少し変わっていた。
もう“今日を生きるためのポイント”じゃない。
主砲一基。
障壁一層。
反応炉一群。
そういう未来の設備へ変わる数字としてモンスターを見るようになる。
樹海のC+級植物モンスターを斬りながらも、頭の片隅では、今ので汎用人型機が十体分か。次の群れで空調補助設備の増設分くらいは行けるな。
…みたいな計算をしていた。
ある日、大型虫系──タイラント・ビートルやメガマンティスどちらもC+級──の群れを片付けて戻ると、建築進捗を見たAIが報告した。
【本日の討伐ポイント増加により、格納庫区画の拡張案を実装可能です】
「お、マジ?」
【推奨します】
「じゃあやっといてくれ」
それだけの会話で、次に工房を覗いた時には、格納庫の天井が一段高くなり、搬送レールまで追加されていた。
「本当に金…いやポイントを突っ込んだ分だけ都市が育つな…」
実にありがたい。
その実感が妙に癖になって、戦いの手応えと建設の進行が一つのループとして頭の中で繋がっていった。
●夜の工房と義手の調整●
日中は建設と外回り。
夜は工房。
それが、シャングリラ・エデン建造期の半ば以降の生活パターンだった。
工房区には、何となく夜の方が似合った。
生活区や食堂は明るい時間の方がしっくり来る。
だが工房の青白い照明と、金属と有機繊維の混ざった匂いは、夜の静けさの中だと妙に落ち着く。
その晩も、俺は義手の指先感覚を微調整していた。
触感はほぼ完璧だ。
だが触れた時の初動反応が若干機械的すぎる。
柔らかいものに触れた時だけ、ほんの僅かに意識が先回りしてしまうのだ。
「ここの圧覚フィードバック、もう少し丸くできるか?」
【可能です。応答速度を0.7%低下させる代わりに、過敏さを緩和できます】
「じゃあそれで」
【了解】
微調整。
人工皮膚の下を走る感覚素子の配列が書き換わり、義手内部で小さな再起動が掛かる。
その後、試しに机の上へ置かれたガラスコップに触れる。
冷たさ。
硬さ。
表面の滑り。
全部が自然だ。
「……いいな」
そのまま工房の端に置かれた工具箱を開け、実際に細かいネジ回しまで試す。
ここまで来ると、義手だからどうこうという感覚はかなり薄い。
夜の工房でそんな調整をしていると、時折、汎用人型機が黙って紅茶や軽食を置いていくことがあった。
量子AIの指示なのか、学習した結果なのかは分からない。
だが、そういう小さな気遣いがある度に、ただの要塞ではなく住む場所へ近付いている気がした。
●初めて完成した温浴施設●
建設中のエピソードで、一番分かりやすく気分が上がったのは、温浴区の先行完成だった。
シャングリラ・エデン全体はまだ骨組みが多く、格納庫も工房も一部は仮運用。
外殻もまだ途中。
それでも量子AIが
【士気維持の観点から、温浴区の早期完成を推奨】
なんてと言い出したので、即採用した。
「気が利くねぇ!」
そう言って出来上がった大浴場へ、完成当日に飛び込んだ。
結果。
「……最高!!」
湯気。
湯の熱。
広さ。
人工石材と有機建材を上手く混ぜた内装。
風呂に浸かったまま見える樹海の夜景。
しかも、ただの風呂ではない。
微細な生体回復補助と筋疲労緩和機能がポンプに付与されており、その効能が湯に組み込まれていて、戦闘と建設で凝り固まった体が露骨に楽になった。
ちなみにサウナまであるし水風呂もある。
露天風呂風区画まである。
「ここだけ先に完成させたの、英断だったな……」
湯に浸かりながら本気でそう思った。
その日以降、外回りから帰ってきた夜に温浴施設へ寄るのが半ば習慣になった。
風呂というより、気持ちの切り替え装置に近い。
泥と血と機械油の匂いを洗い流した後で拠点の設計図を見ると、不思議と頭がよく回るのだ。
●空調区画を巡る地味な勝負●
大きな建造物を作っていると、派手な設備に目が行きがちだ。
主砲。
反重力核。
障壁。
格納庫。
だが、実際に毎日過ごすと地味に重要なのは空調だった。
ある日、居住区の一部で微妙に風の流れが悪いことに気付く。
暑いわけじゃない。
寒いわけでもない。
ただ、何となく空気が淀む。
「……これ、気になるな」
【空調効率に問題はありません】
そうAIは言う。
「効率じゃない。体感だ」
【主観要素です】
「だから重要なんだって!」
結局その日、俺は量子AIと三十分近く、居住区の空気循環について議論した。
結果、空調効率はほぼ変えずに、風の流れだけ少し柔らかくする調整案が採用される。
翌日、同じ場所に立ってみると、確かに空気の抜け方が違った。
「……ほらな」
【確認。主観快適性が向上しています】
「だろ?」
そんな地味なやり取りを繰り返したおかげで、完成したシャングリラ・エデンの居住区は、単に高性能なだけじゃなく長く住んでも疲れにくい…ストレスフリーな空間になっていった。
●建造の終わり、空へ上がる前夜●
完成間近のシャングリラ・エデンを見上げながら、一人で夜食を食った日があった。
まだ外殻の一部は仮組み。
主砲も最終組込前。
しかし、輪郭はもう既に空中都市だった。
汎用人型機達が夜間作業を続け、工房からも淡い光が漏れ、反応炉の試験運転音が低く響いている。
風呂上がりで体は温かく、義手義足の調整もその日は上手くいっていた。
簡易食料ではなく、少し気合いを入れた食事を用意させる。
肉。
米。
濃い味の汁物。
食堂の窓際へ座って、それを食いながら建造中の空中都市を見る。
「……随分と来たもんだな」
自然と、そんな言葉が出た。
屋敷迷宮で手足を失った時は、本気で一度終わったと思った。
そこから半年。
ちゃんと次の段階へ進んでいる。
…とはいえまだS級に届くとは思えない。討伐ポイントだけでそのモンスターの強さは測れない。C+級の話になるが8000Pより7000Pのモンスターの方が強いなんてざらにあるから一概には言えないが、しかし、ある程度の指標にはなる。
片手片足を失いようやく倒したぬらりひょんがA+級で討伐ポイントが5億。それに対してアドヴェント・ヒューマライト。あの災害の光人は12億P。約2.5倍だ。やはりあの時生き延びられたのは本当に運が良かったのだろう。
あの時よりも格段に強くなった今の俺でもぬらりひょんと再び戦えば負けないにしても苦戦はするだろうしな。
と、暗い話になってきたが、俺が言いたいのはこの半年は無駄じゃなかったと言うことだ。
むしろ、今までで一番未来に繋がる時間だったとすら思っている。
食事を終え、窓の外をもう一度見る。
巨大な都市が、夜の中で静かに育っている。
まだ飛んでいないのに、もう既に地上のどこよりも帰る場所に見えた。
「いよいよ明日、完成だ」
誰にともなくそう言って、その日は少しだけ早く寝た。
翌日、シャングリラ・エデンは空へ上がる。
その事実だけで、胸の奥に妙な高揚が満ちていた。