BrokenWorld~黒鉄の装着者~ 作:半笑いの妖精
それからの時間は凄まじい速度で過ぎていった。
量子AIが提案してくる設計と改修案を確認し、取捨選択し、必要があれば自分の構想を上書きする。
汎用人型機百体が昼夜を問わず働き、有機性建材が都市の骨格を育て、機器創成が必要な中枢を次々と生み出していく。
最初はただの作りかけの拠点だった場所が、少しずつ、だが確実に変わっていった。
外壁が伸びる。
内部区画が増える。
格納庫が開く。
動力炉群が沈み込む。
反重力核のための中枢空洞が形成される。
上下水道が走る。
空調循環路が通る。
生活区画が整えられ、風呂が、食堂が、休憩室が、軽運動施設が、工房が、医療区画が完成していく。
俺自身も、ただ眺めていたわけじゃない。
新しい義手義足の感覚を馴染ませながら、拠点外周でポイントを稼いだ。
モンスターの群れを幾つも潰してポイントを荒稼ぎし、創成コストの余裕を更に増やしていく。
兵器群の再建も進め、汎用人型機を簡易戦闘形態へ換装して外縁警戒へ回すこともあった。
時には都市管理級量子AIと議論もした。
「その砲塔配置だと生活区画に被りそうじゃないか?」
【修正案を提示します】
「温浴区画の近くに反応炉直結ラインを通すのはやめろ。落ち着かない」
【了解。動線を再設計します】
「格納庫の広さはもっと欲しい。超大型兵器は今後増やす想定数だ」
【拡張案を提示します】
人と話しているわけじゃない。
だが、確かに拠点と話している感覚があった。
シャングリラ・エデンは、作られているというより、育っていた。
◆
そして、約半年後。
俺だけの空の楽園が完成した。
初めて全景を見上げた時、しばらく言葉が出なかった。
樹海の上空。
反重力によって静かに浮かぶ巨大構造体。
空中都市。
要塞。
機動拠点。
そのどれでもあり、そのどれでも足りない。
黒と白銀を基調に、有機性建材由来の緑の脈動がところどころへ走る外殻。
都市規模反重力核の恩恵で、巨大質量の割に驚くほど静かに浮いている。
下部には安定板と姿勢制御翼。
側面には兵器格納湾。
外周には
中央には主砲──
上部区画は居住と管理。
中層は工房、整備、創成、反応炉、兵器管制。
下層は格納庫、搬送ライン、補助工場、防御機構、外殻整備帯。
ただ浮かぶ都市じゃない。
住みながら、補給しながら、創りながら、強敵を討てる移動拠点都市。
「……やったな」
ぽつりと漏れた言葉は、それだけだった。
ベタな名前だと思っていた。
だが、今こうして目の前にあるものを見れば、その名以外は考えられない。
シャングリラ・エデン。
理想郷。
楽園。
そして、この終わった地上を見下ろす戦うための空域移動拠点。
名前負けなんてしていない。
むしろ、今の段階ですら少し大仰すぎるほどに、その名に相応しい姿へ育っていた。
量子AIから報告が入る。
【空域移動拠点:主要機能全て正常】
【浮遊安定性:良好】
【主砲・障壁・居住機能・工房機能・兵器格納機能:全て運用可能】
【初期運用段階へ移行できます】
「……そうか」
短く返す。
右腕と左脚を失った所から始まり、機器創成で新しい四肢を得て、耐性を盛り、構想を形へ変え、AIと作業機を使って都市そのものを創り上げた。
今の俺はただの固有能力者じゃない。
空の楽園の主人にして兵器軍の統率者だ。
◆
ようやく完成したシャングリラ・エデンの進水式──いや、空へ上がるのだから進空式か?──を行うことにした。
別に観客がいるわけじゃない。
祝辞を述べる来賓も、紅白のテープも、拍手喝采もない。
あるのは俺、このシャングリラ・エデン本体、都市管理級量子AIと汎用人型機達だけだ。
だが、それで十分だった。
むしろ、この場に余計な人間がいないからこそ、これは純粋に俺の拠点が空へ上がる瞬間として完成するのだ。
「……進空式、開始」
半ば冗談めかしてそう口にすると、量子AIが即座に応答する。
【了解】
【空域移動拠点、第一次浮上シークエンスを開始します】
【全重力子反応炉:起動】
【第五元素反応炉群:安定出力域到達】
【都市規模反重力核:活性化開始】
拠点全体へ、低く重い振動が走る。
揺れというより、巨大な心臓がゆっくりと脈を打ち始めたような感覚だった。
床の奥深く。
壁の向こう。
都市全体の骨格に埋め込まれた反応炉群が一斉に目を覚ましていく。
青いラインが、外壁や床下の導管を走る。
白銀と黒を基調にしたシャングリラ・エデンの各層へ、順番に光が灯っていくのが見えた。
居住区。
工房区。
兵器格納層。
中枢司令層。
上部外殻甲板。
下部安定翼群。
全部が、ようやく一つの身体として繋がった感じがあった。
「……いいな」
自然とそう漏れる。
窓──というには余りにも広い観測壁越しに、外の景色を見下ろす。
樹海。
廃墟。
遠くの山並み。
崩れた高速道路。
もうずっと、自分が地面の上に縛られていたことを実感する景色だった。
そして次の瞬間。
シャングリラ・エデンが、浮いた。
微かに重力が軽くなったような感覚。
【高度上昇開始】
【浮遊安定率:97.2%】
【姿勢制御:正常】
【空間反転障壁:待機】
拠点の外周景色が、ゆっくりと沈み始める。
いや、沈んでいるのはこちらではなく地上の方だ。
樹海の木々が少しずつ遠ざかる。
拠点の下部安定翼群から青い光が流れ、巨大な都市構造体が信じられないほど静かに高度を上げていく。
「……飛んだ」
小さく、そう呟く。
実感は一拍遅れて来た。
浮いている。
この都市が。
俺ごと。
空へ。
大型戦艦が離水するような豪快な衝撃はない。
むしろ静かすぎるくらいだった。
その静けさが、余計に現実味を奪う。
ふと、窓の向こうに広がる景色へ目を奪われる。
樹海を見下ろせる。
廃墟の街並みを、山並みを、崩壊した世界そのものを、高い場所から眺められる。
今まで命懸けで這い回っていた地上が、今は下にある。
「すげぇ…!…本当に、飛んでるのか…!」
半年の苦労が報われた感覚。深い感動で胸を満たしている最中、量子AIは淡々と報告を続ける。
【第一次浮上完了】
【巡航高度へ移行可能】
【シャングリラ・エデン、全主要機構正常】
「…よし。巡航高度まで上げろ。安定したら内部確認に入る」
【了解】
拠点は更に高度を上げる。
雲の層へ近づき、視界の端を白が掠める。
それでも揺れは少ない。
都市規模反重力核と重力子反応炉群が、想像以上に綺麗に仕事をしていた。
◆
しばらくして、浮上が安定したところで、改めて内部の探検へ出ることにした。
建造中に何度も見ている。
構造も把握している。
どこに何があるかも、量子AI経由で知り尽くしている。
だが、それでもだ。
様式美というやつだった。
完成した新拠点なら、一度は歩いて回るべきだろう。
住む場所であり、戦う場所であり、これから先の全ての基盤になる都市なんだから、なおさらだ。
「まずは中枢から行くか」
右義手で軽く壁を叩きながら歩き出す。
通路は広い。
ただ広いだけじゃない。
有機性建材由来の柔らかさと、機械要塞らしい無機質な直線が不思議なバランスで混ざっている。
床は硬く安定しているのに、どこか足に馴染む。
壁面には青いラインと薄緑の脈動が走り、シャングリラ・エデン全体が“生きている機械”であることを感じさせた。
最初に向かったのは司令・演算統括層。
開いた自動扉の先には、広い円形の空間がある。
中央には戦況投影用の立体ホログラム卓。
その周囲に複数の制御端末。
更に一段高い位置に、拠点全体を見渡せる主座。
視界の前面には広大な観測壁。
その向こうには、現在の空域と眼下の地上が一望できる。
ホログラム卓を起動すれば、内部区画、外部兵器配置、反応炉状態、気流、重力分布まで一括表示される。
住居兼要塞兼空中都市の脳として、これ以上なく分かりやすい構成だった。
【都市管理級量子AI:主統括室への接続正常】
次は生活区へ向かう。
◆
居住・生産層はちゃんとした生活空間ができていた。
ただの休息地点じゃない。
空間設計の時にかなり口を出しただけあって、変に狭苦しくもなければ無機質すぎもしない。
まず目に入るのはラウンジ。
大きな窓。
ゆったりしたソファ。
低い照明。
木目調と金属質が混ざった内装。
窓の外には雲海が広がっている。
それだけで、もう居心地がいい。
ちゃんとくつろげる空間になっていた。
食堂も広い。
食料生成機や有機培養床由来の食材を使う調理区画が併設され、汎用人型機が既に稼働準備を始めている。
厨房機構も無駄に本格的で、長期滞在どころか普通にここで生活を完結できそうだ。
そのまま温浴区へ向かう。
扉が開いた瞬間、思わず感心した。
大浴場。
サウナ。
水風呂。
露天風呂風区画まである。
しかも露天風呂風区画は外壁観測窓と連動していて、空を飛びながら雲海を見下ろせる仕様になっていた。
趣味が良すぎる。
というか、作ってる時の俺がノリノリだった結果なのだが。
「……これは後で絶対入ろ」
真顔でそう決める。
医療区も確認する。
自動診断台。
治療ポッド。
義肢調整機構。
生体回復補助設備。
今の自分にはここがかなり重要だ。
右義手と左義足の再調整もここでできるし、有機性強化外装との同調管理もできる。
戦えば必ず傷は負う。
だったら回復設備の質は、火力と同じくらい重要だ。
◆
次は工房区。
ここは少し空気が違う。
生活区の柔らかさとは別で、何かを生み出す場所らしい緊張感がある。
機器創成工房。
兵装補修台。
有機建材加工区。
ネメシス・ムーン連携調整台。
義手義足の保守ライン。
そして、量子AIが随時設計案を投影できる設計卓。
「……ここが、一番長居しそうだな」
半ば確信してそう言う。
多分ここで、今後の兵装改修や拠点拡張の大半を考えることになる。
次の決戦兵装も。
新しい義肢の追加機構も。
兵器群の改造も。
全部、ここを中心に回りそうだった。
工房の奥には、汎用人型機専用の整備待機区画もある。
百体の作業機が必要に応じてここで換装し、整備、建設、搬送、警戒へ回る。
「便利すぎるだろ、これ」
思わずそう漏れる。
地上で一人、瓦礫の洞穴や簡易シェルターへ潜っていた頃から考えれば、隔世の感どころじゃない。
◆
そのまま格納層へ降りる。
ここはもう、はっきり言って浪漫の塊だった。
広い。
天井が高い。
床は強化され、巨大な搬送レールが幾重にも走っている。
中大型兵器用の整備ベイ。
飛行砲艇用の発着路。
超大型兵器用の格納スペース。
しかも全部が、ただ置くだけでなく補修・再武装・再展開を前提に作られていた。
空飛ぶ都市の腹の中に、空飛ぶ機械軍の港がある。
言葉にするとちょっと意味が分からないが事実そうなのだから仕方がない。
だがそれが、今目の前に現実としてある。
格納層の更に奥には、大型反応炉群へ続く保守通路が走っている。
軽くその様子だけ見ておく。
◆
最後に、上部外殻甲板へ出た。
空気が変わる。
内部の安定した環境から一歩外へ近づいただけで、風の気配が濃くなる。
外殻甲板は広く、兵装群と観測設備が整然と並び、必要以上にごちゃついていない。
視界の先には雲海。
更に遠くには、崩壊した地上世界が薄く見える。
風が吹く。
高所特有の乾いた、澄んだ風だ。
そこに立って、実感した。
シャングリラ・エデンは、完成したのだと。
ただの構想じゃない。
ただの一覧表でもない。
ただの設定でもない。
空に浮かび、暮らせて、戦えて、創れて、逃げられて、また帰ってこられる場所。
その全部が、今は足元の都市そのものになっている。
そして同時に思う。
これは終着点じゃない。
ようやく手に入れたスタート地点だ。
ここから兵器は増えるだろう。
工房も稼働して本領を発揮する。
理想郷でありながら、災厄へ届くための牙になる。
甲板の手摺に新しい右義手を置く。
左義足でしっかり立つ。
風に吹かれながら、しばらくの間ただ空を眺めた。
建造中に何度も見ているし、構造も知り尽くしている。
それでも、こうして改めて歩いて回るのは意味があった。
様式美。
確かにその通りだ。
だが、それ以上にこれからここで生きていくという実感を、自分へ刻み込むために必要な儀式だったのかもしれない。
◆
主統括室へと戻り、指令席へと腰掛ける。
考えるのは手に入れた空の楽園をどう運用していくか。
空の移動手段を手に入れたことで、行ける場所は一気に増えた。
樹海。
山岳地帯。
廃都市群。
迷宮の探索。
S級に繋がりそうな情報の収集。
まずは何から取り掛かるべきか…。
それらを考えてふと思い至った。
「……旧拠点の様子を見に行ってみるか」
あの廃ビル。
まだ何も持っていなかった頃。
ただのスーツだけで生き延びるために瓦礫と廃材を積み上げていた時の拠点。
思い返せば、そこから随分遠くへ来たものだ。
何の意味も無い場所。
特に何かが残っているとも思っていない。
ただ何となく気になった。
「進路を旧拠点方面…えーと、南西方面に変更」
【了解】
【進路を変更します】
【目標座標:旧廃ビル拠点跡】
量子AIの応答と共に、進路が静かに変わる。
空を行く。
巨大な都市が、青空と雲海の狭間を滑るように飛んでいく感覚は、何度味わっても現実味が薄かった。
眼下には崩壊した地上。
高速道路の残骸。
森に呑まれた住宅街。
骨のように突き出た高層ビル群。
そして、どこまでも広がる人のいなくなった景色。
その上を、自分の空中都市が通っていく。
「……あれから本当に変わったよな」
ぽつりと漏らす。
あの頃は、空を見上げる余裕もなかった。
それが今は、自分の拠点ごと空を行く。
能力も。
手札も。
視点も。
何もかもが、あの頃とは違う。
◆
だが、空は空で平穏ではない。
飛行モンスターと遭遇するのは、むしろ当然のことだった。
【前方空域に高速反応】
【小型多数/中型一】
【接触予測まで34秒】
観測壁へ視線を向ける。
雲の切れ間を縫うように、何かがこちらへ向かってくるのが見えた。
最初に映ったのは、小さい影の群れ。
数が多い。
そして、速い。
それぞれが鳥型だ。
だが普通の鳥の飛び方じゃない。
羽ばたきというより、身体そのものを回転させながら飛んでくる。
まるで飛ぶドリルだ。
その後方。
やや離れて飛ぶ一体だけ、明らかに格が違う大型個体がいる。
細身。
鋭い。
隼を思わせるシルエット。
だがその体表は鉄みたいな鎧殻で覆われ、翼の縁から伸びる羽根が螺旋状に捻れていた。
バイザーが解析を走らせる。
▼
モンスター名:
ランク:C
詳細:獲物を捕捉すると身体を高速回転させ突貫する。
討伐P:5000P
▲
▼
モンスター名:
ランク:B
詳細:鉄の鎧殻を纏った隼。高速回転する螺旋状の矢羽を撃ち込み獲物を仕留める
討伐P:2050万P
▲
「空の雑魚とそのボスって感じか」
小さく呟く。
穿孔蜂鳥の群れだけなら問題にならない。
だが、あのB級──螺旋鉄大隼がいるなら話は別だ。
シャングリラ・エデン初の対空迎撃戦としては、ちょうどいい相手かもしれない。
【敵群、捕捉完了】
【迎撃推奨】
量子AIが淡々と告げる。
「よし。エデンを対空迎撃戦闘モードへ移行。雑魚は防空火線で掃除。B級は俺が出る」
【了解】
【外殻兵装、対空優先配置へ移行】
【空間反転障壁:待機】
【飛行兵器群、発進準備】
シャングリラ・エデンの外周で、静かに武装が開いていく。
上部外殻甲板の迎撃砲座。
側面対空兵装。
小型浮遊砲台。
飛行砲艇。
迎撃レールに沿って汎用人型機補助の発進機構まで動き出す。
巨大都市が、一瞬で空飛ぶ要塞へ顔を変えた。
◆
最初に群れが突っ込んできた。
穿孔蜂鳥は獲物へ向かって一直線だった。
身体を高速回転させ、青空の中に細い螺旋軌跡を刻きながら、シャングリラ・エデンの外壁へ突っ込んでくる。
その速さは厄介だ。
だが、行動が直線的すぎる。
「迎撃、開始」
次の瞬間、エデンの対空砲火が火を噴いた。
青白い火線。
散弾。
小型追尾弾。
空へ広がる何層もの迎撃線が、蜂鳥の群れを真正面から呑み込む。
穿孔蜂鳥は速い。
だが、速いからこそ軌道変更が利かない。
回転突撃へ入った瞬間に狙いが固定されるため、予測火線との相性が最悪だった。
空で爆ぜる。
焼ける。
砕ける。
次々に光の粒子へ変わって散っていく。
『討伐ポイントを入手しました』
『討伐ポイントを入手しました』
『討伐ポイントを入手しました』
防空戦の初陣としては、上々だ。
「いいね。雑魚掃除は問題なし、と」
【穿孔蜂鳥群:損耗率72%】
【追加迎撃で殲滅可能】
そのまま火線を維持させる。
残った群れも、飛行砲艇の側面射撃と浮遊砲台の面制圧でほとんど潰れた。
だが、本命はまだだ。
螺旋鉄大隼。
あいつは群れを盾にしながら、まだ距離を保っている。
こちらの迎撃火線をじっと見ていた。
「学習してるな」
ただ突っ込んでくるだけのC級とは違う。
B級らしく、明確にどこが危ないかを見ている。
そして次の瞬間、その翼が大きくしなった。
「来るぞ」
放たれたのは羽だった。
いや、羽というには殺意が濃い。
螺旋状に捻れた矢羽。
それが高速回転しながら、弾丸のようにこちらへ飛来する。
【高貫通反応】
【対空障壁、正面展開】
イージス・リフレクターが起動。
シャングリラ・エデン前方空域へ、薄く歪んだ障壁面が何層も現れる。
螺旋矢羽がそこへ突き刺さった。
音。
火花。
空間の歪み。
普通の弾なら弾かれて終わる。
だが、あの矢羽は障壁へねじ込みながら穿とうとしている。
高速回転と貫通力に特化した厄介な性質だ。
「……面白い」
思わずそう漏らす。
エデンの障壁をただ受けるんじゃなく、捻じ破ろうとする発想は嫌いじゃない。
だが、それでも都市級防御を単騎でこじ開けるには足りない。
最終的に矢羽は空間反転層で軌道を逸らされ、横へ弾き飛ばされた。
だが、その反動すら利用するように、螺旋鉄大隼本体が急降下へ入る。
「そろそろ俺も行くか」
◆
外殻甲板へ出る。
現在の有機性強化外装を全身へ展開。
右義手と左義足が、黒い有機性装甲と青いラインの中へ自然に埋け込み、全身が一体化していく。
空は広い。
敵は速い。
なら、自分の方もちゃんと空戦仕様に寄せるべきだ。
「ネメシス・ムーン、対高速飛行型。で、近接も行けるやつ」
【要求受理】
【適装:高速空域接近戦仕様】
背部へ推進翼。
脚部へ機動補助。
右義手には高密度射撃機構。
左義足の重力制御核は空中姿勢制御用へ優先配分。
肩部へ小型迎撃ユニット。
いい。
かなり軽い。
そのまま甲板を蹴る。
空へ飛び出す。
エデンの外周を掠め、青空と雲の間へ身を投げる。
それと同時に、螺旋鉄大隼がこちらへ向きを変えた。
来る。
速い判断だ。
B級らしい。
螺旋鉄大隼はただ飛ぶだけじゃない。
飛行中ずっと細かく回転と姿勢変更を繰り返し、狙いを絞らせない。
空戦向きにかなり洗練されている。
「だが、こっちも前とは違う」
視界の先で、鉄の隼が再び矢羽を放つ。
今度は真正面からじゃない。
上、下、左右へ散らし、一拍遅れて本命を通す多重攻撃。
嫌らしいが、読める。
右義手を前へ。
掌から高密度のエネルギー弾を三連射。
上二本を撃ち落とし、下二本は肩部迎撃ユニットが処理。
本命の中央弾だけを左義足の重力操作で自分の重心をわずかに落として回避する。
すれ違いざま、螺旋鉄大隼の真横へ付く。
そこで初めて敵がこちらの脚を見た。
金属の瞳に、ほんの一瞬だけ警戒が走る。
「遅い」
左義足のグラビティ・コアを一点起動。
敵周囲数メートルの重力だけを一気に増す。
空中でそれをやられればどうなるか。
螺旋鉄大隼の動きが、目に見えて鈍った。
完璧に墜落するほどではない。
だが、いつもの軽い旋回が死ぬ。
十分だ。
その隙に右義手の内蔵砲を近距離モードで叩き込む。
鉄の鎧殻が弾ける。
片翼が砕け、敵が大きく姿勢を崩した。
それでもB級は終わらない。
螺旋鉄大隼は片翼を削られながらも、無理やり空中で身を捻る。
最後の一撃。
螺旋状の巨大矢羽を、ほとんどゼロ距離から撃ち込んできた。
「っ!」
避け切れない。
咄嗟に右腕の電磁バリアを展開。
衝撃。
腕が痺れる。
だが耐えた。
同時に、自分の身体は敵の真正面へ滑り込んでいる。
近い。
近すぎる。
だったら、もうこれでいい。
「終わりだ」
右義手の掌を、その胸へ押し当てる。
対消滅砲を撃つほどじゃない。
だが、エーテル・リアクターを全開に近い出力で流し込めば十分だった。
発射。
鉄の隼の胸が内側から吹き飛ぶ。
空中で一瞬だけシルエットを保ち、その次の瞬間には光の粒子になって散った。
『討伐ポイントを入手しました』