BrokenWorld~黒鉄の装着者~   作:半笑いの妖精

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第五十五話:旧拠点の置き土産

 

 空を行く道中、時折飛行モンスターの群れと遭遇し、そのたびにシャングリラ・エデンの迎撃機構や自分自身の戦闘能力を試しながら進んでいった。

 もっとも、それも今の俺にとっては足止めにすらならない。

 エデンの対空火線が空を薙ぎ、必要なら自分で出て落とす。

 そうして進む内に、眼下の地形情報は着実に埋まっていった。

 山脈の起伏。

 廃都市群の広がり。

 巨大迷宮の反応が出そうな空白地帯。

 飛行型モンスターの縄張り。

 地上からでは何日もかかるような情報収集が、今は空を移動するだけで手に入る。

 その合間にも、やることは多かった。

 量子AIが整理してくる地図情報を確認し、シャングリラ・エデンのさらなる改善案へ目を通す。

 兵器格納区画の拡張。

 極大淨滅砲塔(クリア・オール)分離後の自律運用パターンの最適化。

 生活区画の補修効率。

 反応炉負荷の平準化。

 そういった拠点側の課題を一つずつ潰しながら、同時に頭の片隅では、もっと先のことも考えていた。

 S級にどう挑むか。

 あの光人。

 あるいは、それに連なる超災害級の存在。

 今の俺は、以前とは比べものにならないほど強くなった。

 空中都市を持ち、兵器軍を従え、自分の身体すら戦闘用へ作り替えている。

 だが、それでもS級へ届くにはまだ足りない。

 その差を埋めるには、何が要るのか。

 どの方向へ伸ばすべきか。

 そういった計画を組み立てている内に、目的地へ辿り着いた。

 

 観測壁の向こう。

 見覚えのある廃ビル群が、崩れた街並みの中にぽつりと現れる。

 旧拠点。

 今の自分から見れば、あまりにも小さい。

 空を往くシャングリラ・エデンの規模と比べると、本当にただの一角に過ぎない。

 それでも、妙に目を引いた。

 

「エデン、この高度で待機。索敵は継続し、高脅威反応が出たら即時報告しろ」

 

【了解】

空域移動拠点(シャングリラ・エデン)、空中待機へ移行】

【周辺警戒を継続します】

 

 エデンを空に待機させたまま、俺は単身で降下する。

 外装を軽量寄りに整え、空中から旧拠点へ向かってゆっくりと高度を落としていく。

 風が頬を打つ。

 眼下の廃ビルが少しずつ大きくなる。

 大体、九か月振りだった。

 たった九か月。

 されど九か月。

 この世界では、その時間はあまりにも濃かった。

 着地。

 瓦礫の積もった路面へ足を着けた瞬間、空から見ていた時とはまた違う感覚が戻ってくる。

 地面の匂い。

 崩れたコンクリート。

 錆びた鉄骨。

 風が通り抜ける廃墟特有の乾いた音。

 

「……懐かしいな」

 

 思わずそう漏れた。

 あの頃の自分は、ここを拠点と呼んでいた。

 生き延びるために選び、手を入れ、罠を置き、物資を運び込み、少しずつ守りを固めていった場所だ。

 今なら、もっと効率の良い拠点なんていくらでも思いつく。

 立地も悪い。

 見通しも中途半端だ。

 防衛設備も、今の基準で見れば雑そのものだろう。

 それでも、当時の俺にはあれが精一杯で、同時にあれが確かな砦でもあった。

 ビルの入り口へ向かう。

 外壁には傷が増え、窓も何枚か完全に割れていた。

 雨風に晒され続けたせいか、以前よりずっとくたびれて見える。

 扉だったものは半ば外れかけ、内部へ吹き込んだ砂埃や落ち葉が入口付近に溜まっていた。

 中へ入る。

 薄暗い。

 静かだ。

 だが、あの頃とは違う意味で静かだった。

 生活の痕跡が消えている。

 人の気配が抜け落ちている。

 ただの廃墟に戻りかけた場所特有の、空虚な静けさだった。

 

「やっぱかなり荒れてるな」

 

 小さく呟く。

 床には瓦礫。

 運び込んでいた資材の一部は崩れ、適当に組んでいた遮蔽物も倒れている。

 通路の隅には雨漏りの跡が黒く残り、壁際の即席棚は半ば朽ちていた。

 誰かが意図的に荒らしたというより、長い放置と風雨とモンスターの侵入で、少しずつ壊れていったのだろう。

 それでも、見覚えのある配置がところどころ残っていた。

 この角の遮蔽物。

 ここに置いていた資材。

 ここから外を監視していた窓。

 ここに仮眠用の寝床を作っていた。

 その一つ一つが、まるで昔の自分の思考をなぞるようで、妙に胸の奥へ来るものがある。

 今の俺から見れば、幼いくらいに不完全だ。

 だが、その不完全な拠点で必死に生きていた時間があったからこそ、今がある。

 そう思うと、この荒れた景色すら否定する気にはなれなかった。

 ゆっくりと内部を見渡しながら、さらに奥へ足を進める。

 旧拠点は確かに荒れていた。

 だが同時に、まだ完全には過去になり切っていない気配も残していた。

 

 廃ビルの内部を探索しながら、かつて自分が使っていた区画を順番に見て回っていく。

 崩れた資材置き場。

 簡易的に封鎖していた通路。

 外を監視していた窓際。

 どこも荒れてはいたが、元の形を辛うじて残している場所も多かった。

 そして二階まで上がったところで、見覚えのある扉が目に入った。

 

「……ここか」

 

 休憩室。

 怪獣の戦争を目の当たりにして何もかも捨てて逃げ出した場所。

 少しだけ懐かしさを覚えながら扉を押し開ける。

 だが、その感傷は中を見た瞬間に吹き飛んだ。

 

「……ひどいな」

 

 部屋の中はかなり酷い有様だった。

 荒らされている。

 倒れた棚。

 無造作に散らばった食料の空き容器。

 引きずられた跡。

 砕けた窓際。

 そして何より、血。

 赤黒い血痕が床や壁、ベッドに至るまでべっとりと付着している。

 乾いて黒く変色している部分もあれば、まだ生々しく染み込んだように見える箇所もある。

 お気に入りだったソファーベッドは、もう一目見た時点で再利用は不可能だと分かるほど汚されていた。

 

 恐らく、俺がいなくなった後に他の生存者がここを使ったのだろう。

 そして、そのままモンスターに襲われて敢えなく──といったところか。

 血の量からして、一人や二人では済まない。

 もう二、三人が犠牲になっていても不思議じゃなかった。

 悪臭遮断機能を使っていなかったら、今頃は確実に顔をしかめていただろう。

 空気は淀み、死の気配が壁紙みたいに部屋へ貼り付いている。

 しばらく無言で見つめた後、俺は小さく息を吐いた。

 

「……せめて」

 

 名も知らない犠牲者だ。

 顔も知らない。

 ここでどんな経緯で死んだのかも分からない。

 だが、それでも。

 同じ世界で生き延びようとして、同じように廃墟へ身を寄せ、そしてここで終わった誰かであることだけは確かだ。

 

 だからせめて、黙祷くらいは──

 

 そう思った時だった。

 バイザーが、不意にウィンドウを開いた。

 

モンスター名:スキル・シャドウ

ランク:-

詳細:能力者が死亡し、残された能力を魔素が取り込み、モンスター化した存在。取り込んだスキルの強度や種類によって強さや性質が変動する。討伐することで核となったスキルを獲得可能。

討伐P:-

 

「……なに?」

 

 次の瞬間、部屋の中央、最も濃く血が溜まっていた場所から黒い影が滲み出した。

 液体みたいに床を這う。

 だがただの影ではない。

 それは周囲の赤黒い血痕を吸い上げるように濃度を増し、ゆっくりと人の形を象っていく。

 背丈は185センチ位か。

 俺よりも十センチ程高い。

 顔は無い。

 輪郭だけが人型をしていて、全身が黒く揺らいでいる。

 

 影法師。

 

 まさにそんな表現が似合う姿だった。

 

「能力者の成れの果てか……」

 

 胸の奥が少しだけ重くなる。

 だが感傷に浸っている暇はない。

 影法師は、こちらを見た。

 いや、目があるわけじゃない。

 それでも確かに認識したと分かる動きだった。

 そして、空中を叩くような仕草をする。

 その手元へ、拳銃らしき物体が現れた。

 

「召喚…そう言う能力か?」

 

 次の瞬間、そいつは躊躇なくこちらへ向けて発砲してきた。

 乾いた銃声。

 狭い部屋に反響する。

 だが、当然ながら今の俺のスーツにとってその程度の攻撃は何の意味もなさない。

 

 弾丸は外装へ当たり、ただ弾かれて床へ落ちるだけで傷一つ付く事はない。

 

 意に介さず、右の義手を上げる。

 

「小出力で十分だな」

 

 掌を向ける。

 発射。

 光とも熱ともつかない消滅の一撃が、影法師の胴体を直撃した。

 音もなく、胴が消える。

 黒い人型が中央から欠け、形を保てなくなった影が光の粒子へ変わって崩れていく。

 終わりだ。

 C級でもない。

 B級でもない。

 強さそのものは、今の俺にとって脅威と呼ぶほどではなかった。

 

 そしていつもの電子音声が流れる。

 

『未所有の固有能力:【万物並びし神の商い(ショップ・オブ・サラスヴァティー)】を認識しました。吸収し、固有能力を獲得します』

 

 直後に、頭の奥へ情報が流れ込んでくる。

 スキル・シャドウ。

 倒した能力者の残滓から、能力そのものを奪い取る存在。

 そして今、その核となっていた能力がこちらへ移ってきた。

 説明文通りにスキルが手に入ったらしい。

 

能力名:万物並びし神の商い

ランク:固有

能力詳細

・討伐ポイントを消費する事であらゆる物を購入可能。

 

「……おいおい」

 

 思わずそんな声が漏れる。

 脳裏に能力の詳細が次々と流れ込み、使い方を理解する。

 スーツ強化や兵器召喚と同じように、専用のウィンドウが存在する。

 そこから欲しい物を購入できるらしい。

 試しにウィンドウを開く。

 ずらりと並ぶ項目。

 食料。

 水。

 薬品。

 生活用品。

 武器。

 装備。

 情報。

 素材。

 果ては──能力まで。

 

「……何でもありかよ」

 

 凄いなんてものじゃない。

 食料や水だけでも十分に価値がある。

 情報が買えるのも強い。

 武器や素材は言うまでもない。

 しかし、それ以上に目を引くのは最後のカテゴリだ。

 

 能力。

 

 ただし、当然ながら安くはない。

 最低価格帯を見た瞬間、思わず乾いた笑いが漏れた。

 

「10億から、か」

 

 桁が違う。

 全く手が届かないほどではないが、それでも簡単にポンと買える額じゃない。

 

「…旧拠点に寄っただけで、えらい拾い物をしたな」

 

 部屋の中に残る赤黒い惨状を見渡しながら、そう呟く。

 

 ショップ・オブ・サラスヴァティー。

 

 これは、いよいよ本格的にポイントを稼ぐ必要が出てきた。

 現在の残高は十七億ちょい。

 少ないどころか、普通に考えれば充分以上だ。

 だが今の俺は、そこを充分とは思えなくなっている。

 何せ、見据えている相手がS級だ。

 

「……17億じゃ足りねぇよな」

 

 独り言のようにそう漏らす。

 今の自分を維持するだけなら十分だ。

 だが、更なる力を得ようとするなら、これの十倍──いや、下手をすればそれ以上あっても足りないかもしれない。

 だったらやることは一つだろう。稼ぐのみだ。

 

 

 旧拠点の探索を切り上げ、シャングリラ・エデンへ戻る。

 浮上した空中都市の内部は、相変わらず静かで快適だった。

 地上の廃墟を歩いた後だと、その差が余計に際立つ。

 司令・演算統括層へ入り、中央のホログラム卓へ立つ。

 右義手を軽く動かし、新たに得た能力の専用ウィンドウを開く。

 

万物並びし神の商い(ショップ・オブ・サラスヴァティー)

 

 専用画面は、兵器召喚や機器創成ともまた違う趣があった。

 

 カテゴリを開く。

 生活物資。

 装備。

 兵器。

 素材。

 能力。

 情報。

 

 情報のカテゴリを選択する。

 

 地理。

 人物。

 能力者。

 モンスター。

 迷宮。

 

 迷宮に関する情報を表示させる。

 通常なら、自力で足を使って探るか、能力やコネを持つ誰かから高値で買うしかないような情報群が、信じられないほど整然と並んでいた。

 

 位置。

 傾向。

 出現モンスター。

 報酬期待値。

 危険度。

 相性。

 推奨戦力。

 

「……いや、ヤバいなこの能力」

 

 思わずそう呟く。

 しかも、ただ一覧があるだけじゃない。

 条件を絞り込める。

 好条件なダンジョン。

 討伐効率が高い。

 報酬が大きい。

 現在の自分の戦力と相性が悪すぎない。

 そんな条件で検索を掛けると、一つの情報が引っ掛かった。

 価格は1億P

 

 安くはない。

 これは投資だ。

 迷宮核の価値次第では1億が何十倍にも化けるかもしれない。

 

「購入」

 

【情報購入:認証】

【消費:1億P】

 

 次の瞬間、頭の中へ迷宮情報が流れ込む。

 塔型。

 まず、その時点で悪くないと思った。

 塔型なら攻略ルートが比較的単純な可能性が高い。

 もちろん例外はいくらでもあるが、少なくとも広大な屋敷迷宮みたいに“どこへ何があるか分からない”タイプよりは見通しが立てやすい。

 出現モンスターの傾向は、無生物系。

 ゴーレム。

 リビングアーマー。

 石や鉄、鎧、像。

 そういう類。

 

「……更に悪くない」

 

 精神干渉や魅了、呪詛、そういう搦め手の生物系モンスターよりも、今の自分との相性はかなり良い。

 もちろん油断はしない。

 だが、少なくとも分かりやすい脅威が多いのは助かる。

 出現ランクはC+からS-。

 ここで一度、ホログラム卓へ出現モンスター一覧を展開する。

 

モンスター名:アイアン・ゴーレム

ランク:C+

詳細:鉄製の機体を持つモンスター。防御力は高いが動きが全体的に鈍重。

討伐P:6500

モンスター名:リビングアーマー

ランク:C+

詳細:騎士の無念が鎧に定着し動くようになったモンスター。鎧が本体のため、中身を攻撃しても効果が薄い。

討伐P:5000

モンスター名:ストーン・ヴァイパー

ランク:B-

詳細:巨大な石の蛇。純粋な質量もそうだが、石化の毒霧を吐き出すため注意や備えが必要。

討伐P:1900万

モンスター名:リビングアーマー・ジェネラル

ランク:B

詳細:リビングアーマーが永い年月を闘い抜き、一定の強さを身に付けた場合に変化するモンスター。存在が昇華されたことにより身体能力や鎧の性能が大幅に向上し、それを卓越した戦闘技法で使いこなす。

討伐P:4600万

モンスター名:地巌魔導師(グランテスタ・ハイマジシャン)

ランク:B+

詳細:高位地属性魔術を行使する魔導師型モンスター。

討伐P:5100万

モンスター名:泥濘の巨象(マキシマッド・エレファント)

ランク:A-

詳細:強力な精神を汚染する泥を吹き出す巨象。

討伐P:1億3000万

モンスター名:地呑鯨(アースイーター)

ランク:A

詳細:大地を泳ぐ巨大鯨。その一口は一つの都市を容易く呑み込む。

討伐P:2億6500万

モンスター名:三頭巨獣像(ケルベロック)

ランク:A+

詳細:地獄の素材、そして数多の罪人の命を消費して作られた地獄の三頭獣を模した巨像。疑似的に地獄の黒炎や獄卒獣型の像を産み出し、聖域を侵そうとする愚か者を罰する。

討伐P:4億6000万

モンスター名:勝利の偽神象(スタチュー・オブ・ゴッド)〈ニケ〉

ランク:S-

詳細:神域に踏み入れた石工が命を削って産み出した石像。数多の畏敬を浴びた結果、ただの石像は疑似的な神と化した。

討伐P:8億5000万P

 

 そして。

 報酬の迷宮核価値は560億P。

 

「……は」

 

 その数字を見て、思わず乾いた笑いが漏れた。

 冗談みたいな額だ。

 屋敷迷宮の10倍。

 ここまでの報酬が設定されている以上、内部の危険度も相応に高いのは想像に難くない。S-級まで出るんだしな。

 

 だが、だからこそ。

 

「……狙う価値がある」

 

 そんな迷宮の唯一とも言える欠点は距離だった。

 南西750キロ。

 地上で向かうとすればかなりの遠隔地だ。

 途中のモンスターや地形、夜営に補給等、昔の自分ならそれだけで一つの単元だった事だろう。

 

 だが今は違う。

 

 俺にはエデンがある。

 

 750kmという距離は、今のシャングリラ・エデンにとって大したものではない。

 各種リアクターの出力を速力へ振れば、数時間で到着するだろう。

 だが、それをしない理由が三つあった。

 

 一つ目。余計な戦闘を避ける為。

 

 空は地上より自由だが、その分だけ厄介な脅威も多い。

 B級以下なら問題ない。だが、A級やS級のような相手と鉢合わせになれば話は変わる。

 いくらエデンが強大とは言っても、損害を一切出さずに済むとは思っていない。

 A級やS級と戦うこと自体が主目的なら、それでも構わない。

 だが今回は違う。

 目的地のある遠征だ。

 途中で余計な消耗をする意味はない。避けられる火の粉は避けるべきだろう。

 

 二つ目。塔型迷宮への対策を立てる時間の確保の為。

 

 せっかく一億ポイントを払って事前情報を買ったのに、それを活用しないのは馬鹿のすることだろう。

 出現モンスターの傾向が分かっている。

 危険な個体も把握している。

 なら、それに合わせた兵装や戦術を組み立てる時間を取るべきだ。

 塔型迷宮は屋敷迷宮とは違う。

 無生物系が中心で、地属性や重量級の敵が多い。

 つまり、こちらも相応に装備や運用を寄せた方がいい。

 

 三つ目。単純に空の旅を楽しみたいから。

 

 エデンが完成して、まだ一日も経っていない。

 ようやく手に入れた、自分だけの空の拠点なのだ。

 ゆっくり進んで景色を見て、内部を歩き回り、空を行く都市という風情を味わう。

 そのくらいの贅沢は許されるはずだ。

 そんな訳で巡航速度をかなり抑えたまま南西へ進む事にしたのだった。

 

 ◆

 

 司令室の椅子に腰掛け、迷宮に出現するモンスターの情報をホログラムへ展開する。

 

 アイアン・ゴーレムとリビングアーマーは、戦力としては大した障害にならないだろう。

 問題はその上だ。

 ストーン・ヴァイパーの石化毒霧。

 リビングアーマー・ジェネラルの近接技量。

 地巌魔導師の高位地属性魔術。

 泥濘の巨象の精神汚染。

 地呑鯨の大質量。

 地獄の番犬像の疑似黒炎とその配下。

 そして、勝利の偽神象〈ニケ〉。

 

 視線を巡らせながら、思考を組み立てていく。

 石化対策は厚くした方がいい。

 精神汚染も耐性を積んだとは言え、追加の保険があった方が安心だ。

 巨大質量相手には重力系で複数の対策を組んでおく。

 他にも地属性魔術の想定パターンをできる限り書き出しておき、何が起きても対応できるようにもしておく。

 

 そうやって一つずつ噛み砕いていくと、漠然と危険だった迷宮が攻略可能な対象へ変わっていくのが分かった。

 

「……やっぱり事前情報を貰えると違うな」

 

 誰に聞かせるでもなく呟く。

 知っていると想定や準備、対策ができる。

 それだけで難易度は大きく変わる。

 

 

 準備の合間には、拠点の中をぶらつくことも多かった。

 食堂へ寄り、観測壁越しに流れる雲を眺めながら食事を取る。

 温浴区で空を見下ろしながら湯に浸かる。

 工房で義手義足の感覚を微調整し、兵装案を量子AIと詰める。

 格納庫へ降りて、汎用人型機が整備作業を進める様子を何となく見ていることもあった。

 どこへ行っても、今はまだ新鮮だった。

 

 構造も配置も知り尽くしているはずなのに、こうして実際に運用しながら歩くとまた違った顔が見える。

 食堂の窓際は思った以上に居心地がいい。

 工房区は夜の方が落ち着く。

 温浴区は湯気越しに見る雲海がやたらと映える。

 格納庫の搬送レールが動く音は、妙に安心感があった。

 自分で作った拠点なのに、今さら新しい発見があるのが少し可笑しい。

 そういう細かい満足を噛み締めながら、同時に思う。

 これは戦うための都市だ。

 だが、それだけで終わらせなくて良かった。

 住めること。

 休めること。

 落ち着けること。

 そういう要素を削らなかったからこそ、今この空の旅そのものを楽しめている。

 

 

 途中、空域の端で鳥型モンスターの群れが遠巻きに動くのが見えたこともあった。

 だが、エデンの巡航速度と進路調整、そして高高度の取り方が良かったのか、無駄な交戦には発展しなかった。

 高度を変える。

 少し迂回する。

 それだけで済むなら、その方がいい。

 焦って突っ切るより、こういう細かい回避を重ねた方が結局は消耗が少ない。

 進空式を終えたばかりの今は、そういう航行感覚を掴む意味でも丁度良かった。

 量子AIも、少しずつこちらの好みを学習している節がある。

 必要以上に戦闘を提案せず、かといって安全を軽視もしない。

 その案配がだんだんと馴染んできていた。

 

「お前、ちょっと賢くなったか?」

 

【継続学習中です】

 

「はは、その答え方が答えだな」

 

【記録します】

 

 そんなやり取りが少し心地いい。

 

 

 時間の流れ方も、地上にいた頃とは違った。

 昔は一日が短かった。

 次の襲撃。

 次の飢え。

 次の迷宮。

 次の能力者。

 そういう切迫した次ばかりを見ていたせいで、落ち着いて何かを考える余白がほとんど無かった。

 今は、移動の時間そのものが余白になっている。

 考える。

 備える。

 調整する。

 楽しむ。

 そして必要な時だけ牙を剥く。

 そのリズムは、正直かなり快適だった。

 

「…悪くないな…こういうのも」

 

 観測壁の前で、流れていく雲を眺めながらそう呟く。

 過去最高難易度である迷宮の攻略前だというのに、どこか穏やかでもある。

 もっともその穏やかさが長く続くとは思っていない。

 塔型迷宮へ着けば、また死地が待っているだろう。

 C+からS-までの無生物系モンスターは確実に楽な相手じゃない。

 

 だからこそ今の平穏な空気を満喫しておくのだった。

 

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