BrokenWorld~黒鉄の装着者~   作:半笑いの妖精

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第五十六話:塔型迷宮

 

 時間にして三日ほど。

 空の旅を満喫し、同時に出現モンスターへの対策も一通り立て終えた頃、ついにそれは姿を現した。

 灰色の塔。

 ただ高いという表現では足りない。

 昔に見た東京タワーを三倍ほど太くしたような質量感のまま、そのまま天を衝いている。

 表面に装飾らしいものはほとんどない。

 窓も、意匠も、余計なものを削ぎ落とした巨大な柱。

 その無骨さが、かえって迷宮としての異様さを際立たせていた。

 

「……でかいな」

 

 観測壁越しに見ながら、そんな言葉が漏れる。

 地上から見れば尚更だろう。

 塔というより、世界に打ち込まれた杭の様に見える。

 空に浮かぶシャングリラ・エデンの高度からでも、その頂がどこまで続いているのか一目では掴みきれない。

 

 無意味だろうとは思った。

 だが、試す価値くらいはある。

 

極大浄滅砲塔(クリア・オール)、最大出力」

 

【了解】

 

 その巨大な砲身が塔へと向けられる。

 収束。

 蓄積。

 照準固定。

 次の瞬間、極大の光が走った。

 白く、熱く、直視すれば視界そのものが焼けそうな奔流が、灰色の巨塔へ真正面から叩き込まれる。

 余波だけで周囲のモンスターが蒸発した。

 熱波が地表を舐め、土が熔け、遅れてガラス化していく。

 木々は炭化する間もなく吹き飛び、地上へ大きな焼け跡が広がる。

 だが。

 塔は、無傷だった。

 煙の向こうに現れた灰色の外壁には、焦げ跡一つ無い。

 罅も、削れた痕も、熱を受けた変色すら見当たらなかった。

 

「まぁ、そうだよな」

 

 予想はしていた。

 迷宮は攻略するまで外部からの干渉を許さない。

 今までの経験から考えても、それが一番自然な結論だ。

 だったら、後は正面から入って踏み潰すだけだ。

 シャングリラ・エデンを塔の近辺で停止させる。

 高度は抑えめ。

 いざという時に即座に主砲や兵器群を投下できる位置取り。

 同時に、離脱や再上昇にも移りやすい角度を確保する。

 

空域移動拠点(シャングリラ・エデン)、戦術待機状態へ移行】

【周辺空域・地表監視を継続】

 

 格納層が開く。

 重盾機。

 浮遊砲台。

 汎用変形機兵。

 中型兵器群。

 それらが次々と展開し、攻略軍の形を整えていく。

 単騎での攻略も不可能ではない。

 だが、今回はそういう気分じゃなかった。

 目の前にあるのは、屋敷迷宮を越える規模、難易度の塔型迷宮だ。

 最初から全力で踏み込む。

 その方が性に合っている。

 地上へ降り立つ。

 塔の根元に近付くほど、その巨大さはむしろ現実味を失っていった。

 見上げても、途中から首の角度では追い切れない。

 塔の外壁は滑らかで、近くで見ると石というより金属と岩の中間みたいな質感をしている。

 表面には薄い筋が走っているが、それが模様なのか構造線なのかすら分からない。

 入口は分かりやすかった。

 外壁の一部が巨大な門のように開いている。

 人を拒むために存在しているのではなく、入る者を選別するために口を開けている。

 そんな風に思えた。

 その前へ立つ。

 背後では機械の軍が静かに隊列を組んでいる。

 砲口が揃い、センサーが唸り、青い光点が曇天の下で整然と並ぶ。

 地上に立つ塔と、空に浮かぶ都市。

 その間で、俺だけが妙に静かだった。

 高鳴りはある。

 だが焦りはない。

 準備は終わっている。

 対策も立てた。

 後は始めるだけだ。

 

「行くぞ」

 

 短く言って、一歩前へ出る。

 塔の内部から流れてくる空気は冷たい。

 湿ってはいない。

 むしろ乾いていて、石と鉄の匂いだけが薄く混じっている。

 無生物系が多いという情報とも噛み合う、不気味なくらい生命感の無い空気だった。

 暗いかと思ったが、そうでもない。

 入口の奥には淡い灰色の光が満ちていて、通路の輪郭だけははっきりしている。

 歓迎ではない。

 ただ、殺すために見えるようにしているだけの光だ。

 口元が少しだけ歪む。

 嫌いじゃない。

 

「攻略開始だ」

 

 そう呟いて、俺は機械の軍を率いたまま、灰色の巨塔の内部へ足を踏み入れた。

 

 

 灰色の巨塔へ足を踏み入れた瞬間、外の空気とは質の違う冷たさが肺へ流れ込んだ。

 乾いている。

 湿気がない。

 生き物の匂いも、腐臭も、血の気配も薄い。

 石と鉄。それだけで満たされた、無生物のための空間だった。

 入口から続くのは、幅も高さも十分に取られた直線の通路だ。

 塔の外観に違わず、内部も余計な装飾は少ない。壁面には継ぎ目のような線が幾筋も走っているが、それが意匠なのか、魔力の流路なのかは判然としない。床は硬く、靴底の音を乾いた反響に変えて先へ返してくる。

 先頭に立つのは防護重盾機。

 その後ろを小型浮遊砲台と汎用変形機兵、中型砲戦車が続き、天井近くには偵察ドローンが散る。

 機械の軍は無言で、だが明確な意思を持つように塔の内部へ浸透していった。

 俺はその中央を歩く。

 有機性強化外装の内側で、右義手のエーテル・リアクターと左義足のグラビトン・リアクターが静かに脈を打っている。

 塔型迷宮の空気は、どこか“試される”類の気配に満ちていた。

 だが、こっちも最初から試される気分で来ているわけじゃない。

 選別されるつもりも、格を測られるつもりも無い。

 必要なのは攻略だ。

 そのために、踏み潰す。

 

 

 最初に来たのは、金属音だった。

 甲高くはない。

 鈍く、重い。

 硬いもの同士が遠くで擦れ合うような音が通路の奥から重なってくる。

 同時に、偵察ドローンからの映像が視界へ割り込んだ。

 そこにいたのは、人型の鉄塊だった。

 無骨な胴。

 丸太みたいな四肢。

 節々に埋め込まれた鈍色の関節。

 眼窩に相当する位置だけが赤く点り、二体、三体、四体と、通路の幅を埋めるように現れる。

 

モンスター名:アイアン・ゴーレム

ランク:C+

詳細:鉄製の機体を持つモンスター。防御力は高いが動きが全体的に鈍重。

討伐P:6500

 

「まずは挨拶代わりだな」

 

 そう呟いた瞬間、浮遊砲台群が一斉に火を噴いた。

 青白い光弾が、通路の前列にいたアイアン・ゴーレムの胸部へ叩き込まれる。

 火花。

 衝撃。

 赤い眼が揺れる。

 だが、一発二発では止まらない。

 情報通り、高い。

 防御力が。

 鉄そのものの塊だ。

 しかもただの鋳物じゃない。内部に魔力かそれに類する駆動核があるのか、装甲の厚み以上に通りにくい感じがある。

 だが、鈍い。

 前進速度は遅く、攻撃動作へ入る時の溜めも大きい。

 防護重盾機が前へ出て正面を押さえると、その横を汎用変形機兵が抜け、関節部へ刃を叩き込んだ。

 鉄が鳴る。

 膝関節が歪む。

 そこへ俺が踏み込む。

 右義手の掌を向ける。

 対消滅砲を使うまでもない。

 高密度エネルギー弾で十分だ。

 発射。

 近距離から撃ち込まれた凝縮弾が、胸部装甲の一部を内側から爆ぜさせた。

 赤い眼が消える。

 重い鉄塊が片膝をつき、そのまま前へ倒れ込んだ。

 

『討伐ポイントを入手しました』

 

 最初の一体が落ちると、残りも早かった。

 砲撃で牽制。

 関節に集中攻撃。

 最後に核がありそうな胸部か頭部へ高出力を叩き込む。

 単純だが、相手も単純だ。

 無理に格好をつける必要はない。

 数体を片付けたところで、通路の奥からまた別の影が現れる。

 今度は、甲冑だった。

 騎士の全身鎧。

 磨かれていた頃の名残などとっくに失い、くすんだ鉄の光沢だけを残した鎧が、剣や槍を携えて歩いてくる。

 中身は見えない。

 というより、最初から中身なんてないのだろう。

 兜の奥は暗く、その暗闇自体が意志を持っているかのような不気味さがあった。

 

モンスター名:リビングアーマー

ランク:C+

詳細:騎士の無念が鎧に定着し動くようになったモンスター。鎧が本体のため、中身を攻撃しても効果が薄い。

討伐P:5000

 

「こっちはゴーレムより面倒そうだな」

 

 リビングアーマーは、見た目より速かった。

 前へ出る。

 剣を振るう。

 槍で突く。

 動作そのものは人間の武技に近い。

 ただし、それが人間相手の間合いで成立すると思ったら大間違いだ。

 浮遊砲台が放つ光弾を剣で逸らし、重盾機の盾板へ滑り込ませるように斬撃を入れる。

 砲戦車の側面へ回ろうとする動きもあった。

 ただの歩く鎧ではない。

 戦い方そのものを知っている。

 だが、知っているだけだ。

 鎧が本体なら、逆にやることは分かりやすい。

 中身を狙う必要が無い。

 関節でも隙間でもなく、鎧そのものを壊せばいい。

 

「押し潰せ」

 

 号令と共に、変形機兵が前へ出る。

 斧。

 槌。

 重質量寄りの武装へ換装した数機が、リビングアーマーへ真正面から殴りかかった。

 硬い。

 だが、鉄は凹む。

 割れる。

 形を失えば機能しない。

 剣を受け、槍を弾き、それでも重い打撃で胴を潰す。

 首をへし折る。

 腕をもぎ、脚を砕く。

 その中を縫うように俺が進む。

 右義手の指先から伸ばした薄いエネルギーブレードで、兜の付け根から胸当ての継ぎ目へ斜めに一閃。

 切断。

 ではなく剥がすに近い感覚。

 鎧が胸元から大きく割れ、そのまま中空へほどけて消えていった。

 通路戦は、終始こちらの優勢で進んだ。

 雑魚というには硬く、単純というには戦い慣れている。

 だが、だからこそ対処しやすい。

 正面から圧し、壊し、次へ進む。

 塔型迷宮の一階層目は、そういう無機質な消耗戦だった。

 

 

 だが、通路をいくつか抜け、大階段を一つ上がった辺りから空気が変わる。

 塔の内部構造は予想以上に単純だった。

 中央に主通路。

 左右に広間や副路。

 奥へ行くほど天井が高く、階段や螺旋状の回廊が増えていく。

 その広間の一つで、初めて生物らしい輪郭を見た。

 広間の床一面に亀裂のような線が走っていると思ったら、それが動いた。

 巨大な石の蛇が、床そのものを剥がしながら頭をもたげる。

 鱗は岩盤そのもの。

 眼孔は暗く、口腔の奥だけが鈍い緑に濁っている。

 

モンスター名:ストーン・ヴァイパー

ランク:B-

詳細:巨大な石の蛇。純粋な質量もそうだが、石化の毒霧を吐き出すため注意や備えが必要。

討伐P:1900万

 

「ようやく、それらしくなってきたな」

 

 言い切るより先に、ストーン・ヴァイパーが大口を開いた。

 吐き出されたのは霧。

 毒々しい色をした煙ではない。

 むしろ薄く、透明感すらある灰色の靄。

 だが、床へ触れた瞬間に石へ変えていくのを見れば、危険性は一目瞭然だった。

 

「散れ」

 

 重盾機を前へ。

 浮遊砲台は上へ。

 変形機兵は左右へ。

 命令に従って部隊が散開する。

 霧は広がるが遅い。

 吸い込む前に距離を取れば問題ない。

 問題は本体の質量だ。

 ストーン・ヴァイパーは長い。

 そして太い。

 鱗の一枚一枚が岩塊そのもので、普通の砲撃では表面を削る程度にしかならない。

 なら、やることは二つ。

 一つは石化霧を封じること。

 二つ目は、その長い身体を制御しきれない形へ崩すこと。

 左義足へ意識を集中。

 グラビティ・コアを起動。

 広間の中央、蛇の頭部から首に掛けての重力だけを一気に引き上げる。

 ぎし、と空気が鳴る。

 ストーン・ヴァイパーの頭が僅かに沈む。

 完全に押し潰すには足りない。

 だが、一瞬でも軌道がぶれるなら十分だ。

 その隙に中型砲戦車が首の付け根へ砲撃を集中。

 変形機兵二機が尾の側から斬り掛かり、三機目が牙の下へ潜って下顎をこじ開ける。

 

「吐かせるな」

 

 砲撃。

 衝撃。

 石の蛇が広間を跳ね回る。

 床が砕け、壁が削れ、石片の雨が降る。

 だが、その頭が一度床へ叩きつけられた瞬間、俺が前へ出る。

 右義手の掌を広げ、今度は少しだけ出力を上げた。

 放たれた一撃が、石の蛇の口腔から頭部奥へ直撃する。

 石の外殻ではなく、内側から。

 頭部が内圧で弾け、巨体が大きく痙攣した。

 

『討伐ポイントを入手しました』

 

 広間に残るのは砕けた石と、石化しかけた床だけ。

 雑魚相手とは違う手応えだった。

 だが、今のこちらにとっては充分に処理可能な範囲でもある。

 

 

 階層を上がるごとに、敵の質は目に見えて変わった。

 単なるリビングアーマーは数が減り、代わりに“統率された鎧”が混じり始める。

 通路の曲がり角。

 吹き抜けに面した長い回廊。

 そこに、一体だけ格の違う甲冑が立っていた。

 重厚な全身鎧。

 黒ずんだ鋼の上に、長い年月で刻み込まれた無数の傷。

 ただ動くだけの甲冑ではない。

 立ち姿だけで分かる。

 これは、戦場を生き抜いてきた武の塊だ。

 

モンスター名:リビングアーマー・ジェネラル

ランク:B

詳細:リビングアーマーが永い年月を闘い抜き、一定の強さを身に付けた場合に変化するモンスター。存在が昇華されたことにより身体能力や鎧の性能が大幅に向上し、それを卓越した戦闘技法で使いこなす。

討伐P:4600万

 

 ジェネラルは、一礼するように剣を構えた。

 

「……騎士ごっこに付き合う気は無いんだがな」

 

 呟くと同時に、変形機兵が左右へ回る。

 浮遊砲台が頭上から火線を引き、砲戦車が遠距離から圧を掛ける。

 だが、通らない。

 いや、通ってはいる。

 だが、その前に捌かれている。

 ジェネラルは剣で弾き、盾で逸らし、時に最小限の歩幅で火線そのものを外す。

 生物ですらここまで綺麗に戦う奴は少ない。

 しかも鎧が本体でありながら、その戦技は洗練されていた。

 

「いいねぇ」

 

 少しだけ口元が上がる。

 こういう相手は嫌いじゃない。

 硬いだけでも、厄介な術だけでもない。

 純粋に戦い慣れている敵。

 俺が前へ出る。

 ネメシス・ムーンへ近接寄りの適装を要請し、細身の刃を右義手へ沿わせる。

 対するジェネラルも半歩だけ前へ。

 踏み込む。

 剣と刃がぶつかる。

 重い。

 だが、ぬらりひょんほど絶望的ではない。

 読める。

 速いが、人の理屈で戦っている。

 初撃。

 受ける。

 二撃目。

 盾で押してくる。

 三撃目。

 突き。

 その軌道を義足の荷重補助で半歩ずらし、刃を滑らせて鎧の脇へ浅く入れる。

 火花。

 傷。

 確かな手応え。

 だがジェネラルは怯まない。

 すぐさま肘打ちに近い盾の押し込み。

 そのまま剣を返して袈裟へ斬る。

 

「綺麗だな」

 

 思わず口に出るくらい、技として美しかった。

 だからこそ、崩し方も見えてくる。

 正面から競ると強い。

 なら、前後左右の意識を裂く。

 

「二時方向から入れ」

 

 命令と同時に、浮遊砲台が角度を変える。

 上からではなく、斜め後方からの火線。

 ジェネラルがそちらへ一瞬だけ盾を傾ける。

 その動きに合わせて俺が低く潜る。

 左義足の重力制御で踏み込みを加速。

 膝裏へ回り込み、右義手の刃をそのまま関節へ差し込んだ。

 鈍い音。

 膝が折れる。

 その一瞬だけ生まれた崩れを、変形機兵の槌が逃さなかった。

 横殴り。

 胴体が大きく歪む。

 最後に砲戦車の近距離砲撃が胸板を吹き飛ばし、将軍の鎧はそのまま崩れ落ちる。

 

『討伐ポイントを入手しました』

 

 B級らしい厄介さだった。

 だが、今の俺達はそれを真正面から乗り越えられる。

 

 

 塔の中盤域は、次第に地の魔術の色が濃くなっていった。

 壁面に走る線が、ただの構造ではなく魔術回路めいて見え始める。

 床の下で何かが脈を打ち、通路の角度や広間の形状までもが、敵のための陣地へ変わっていく。

 そして、吹き抜け状の広間に踏み込んだ時。

 中央に浮かぶ岩塊の上で、長衣を纏った影が杖を掲げた。

 人に似ている。

 だが、肌は石。

 目は鉱石。

 衣は土砂と岩盤の層そのもの。

 魔導師型。

 そして、B+。

 

モンスター名:地巌魔導師(グランテスタ・ハイマジシャン)

ランク:B+

詳細:高位地属性魔術を行使する魔導師型モンスター。

討伐P:5100万

 

 杖が振られた瞬間、広間そのものが動いた。

 床が隆起する。

 壁が牙になる。

 天井から巨大な石槍が降る。

 広間全体が、一個の巨大な魔術になっていた。

 

「散開!」

 

 部隊が散る。

 重盾機が防御陣形を組む前に地面が割れ、その足元を土槍が貫く。

 浮遊砲台は上へ逃げるが、今度は天井近くで岩塊が生まれ、叩き落としにかかる。

 

「面倒な──!」

 

 高位地属性魔術。

 情報通りだ。

 しかも一撃一撃が広い。

 狭所なら部隊運用を殺せる類の相手。

 だから、俺が出るしかない。

 空中へ跳び、魔導師本体へ向かう。

 その途中で岩の壁が立ち塞がる。

 右義手のエネルギー弾で破砕。

 二枚目。

 三枚目。

 全部を貫通しながら前へ出る。

 グランテスタ・ハイマジシャンは杖をもう一度振る。

 今度は足元の岩塊そのものが動き、無数の砲台のように石弾を撃ち出してくる。

 数が多い。

 だが散らばっている。

 なら、中央を落とす。

 左義足の重力制御を広くではなく鋭く使う。

 魔導師の足場、その一点だけへ荷重を集中。

 浮いていた岩塊が僅かに沈む。

 狙いがぶれる。

 石弾の密度が落ちる。

 そこへ飛行砲艇の援護砲撃。

 浮遊砲台の集中火線。

 魔導師が防壁を張るが、こちらの狙いはそれではない。

 防壁へ意識が寄った瞬間、俺がその真下へ入る。

 右義手を開く。

 今度は少しだけ深く。

 放った一撃が、魔導師の足場ごとその下半身を吹き飛ばした。

 石と土砂が爆ぜ、杖が回転しながら床へ落ちる。

 続けざまに変形機兵が飛び込み、胴体を叩き割った。

 

『討伐ポイントを入手しました』

 

 広間全体の魔術反応が、その瞬間に消える。

 生き物の術師を落とした時とも違う、機構そのものが停止したような静けさが残った。

 

 

 そこから先は、長い階段だった。

 塔型迷宮は本当に塔らしく、階を上るごとに世界が変わる。

 無生物系主体という傾向は同じでも、密度と圧が違う。

 敵が強くなるだけじゃない。

 空間の作り自体が強大なモンスターを迎えるものへ変わっていく。

 通路は広く。

 階段は大きく。

 吹き抜けは深く。

 つまり、大きいものが出る。

 そして、出た。

 次の大空間で待っていたのは、巨象だった。

 泥だ。

 全身が泥に塗れているわけじゃない。

 肉も、皮膚も、象としての輪郭はある。

 だが、その皮膚の皺から滲み出し、鼻から垂れ、足元を濁らせる泥が異常だった。

 ただの湿土じゃない。

 見た瞬間に分かる。

 あれは危険だ。

 

モンスター名:泥濘の巨象(マキシマッド・エレファント)

ランク:A-

詳細:強力な精神を汚染する泥を吹き出す巨象。

討伐P:1億3000万

 

 A-。

 屋敷迷宮以降、この文字に対する感覚は以前ほど鋭くはない。

 だが、それは慣れたのであって軽いという意味ではない。

 巨象は、こちらを見た。

 その小さな眼が濁っている。

 理性ではなく、もっと原始的な踏み潰して汚す意志だけが宿っているような目だった。

 鼻を上げる。

 

「来るぞ」

 

 次の瞬間、泥が放たれた。

 噴射。

 いや、洪水に近い。

 高圧で射出された泥流が広間の床を埋めながら押し寄せてくる。

 重盾機が前へ。

 障壁で受ける。

 だが泥は壁のように当たるだけでなく、触れた箇所から黒い染みを作りながら侵食しようとしていた。

 

「厄介だな……」

 

 耐性はある。

 精神耐性も汚染浄化機構も積んでいる。

 だが、だからといって浴び続けていいものじゃない。

 部隊単位で泥へ呑まれれば、行動阻害も視界阻害も一気に来る。

 なら、長引かせない。

 巨象は大きい。

 その分、狙いどころも分かりやすい。

 鼻。

 脚。

 頭部。

 そして、泥の供給源。

 浮遊砲台が上から火線を引き、砲戦車が側面へ回る。

 俺は正面からではなく斜めへ出た。

 巨象の真正面は泥流の射線が濃い。

 だが側面からなら、次の噴射までに一拍ある。

 左義足で加速。

 右義手から高密度弾。

 脚関節へ撃ち込み、泥にまみれた皮膚を抉る。

 巨象が吠える。

 その声だけで広間が震える。

 踏み込み。

 振り下ろされる前脚を重力制御で一瞬だけ重くする。

 体勢が沈む。

 そこへ砲戦車の斉射。

 片脚が大きく崩れる。

 だが、A-はそれでも止まらない。

 泥流が横薙ぎに広がる。

 避ける。

 避けきれない一部が外装へ掠り、嫌なぬめりと共に思考の端へ薄い濁りが差し込んでくる。

 

「……っ、なるほどな」

 

 ただ腐食するだけじゃない。

 精神へ沈める泥だ。

 やる気を削り、判断を鈍らせ、いずれ足を止める類。

 だが、その程度で今の俺は止まらない。

 浄化機構が即座に働き、薄い濁りを押し流す。

 その間に右義手の出力を一段階上げ、巨象の鼻の付け根へ照準を固定した。

 撃つ。

 高出力の掌砲が泥を裂き、鼻の根元から頭部へ斜めに食い込む。

 肉と泥と骨がまとめて吹き飛び、巨象が大きく傾ぐ。

 それを見逃さず、右義手の無反動対消滅砲を起動。一条の焼熱が巨象の脳天を貫き、泥濘の巨象(マキシマッド・エレファント)はその場で音もなく崩れ落ちた。

 

『討伐ポイントを入手しました』

 

 

 A級が出始めた辺りから、塔の構造がを変わり始めた。

 それまでも充分に広かった空間が、さらに大きく、深く、重くなる。

 天井の高さや幅も、明らかに巨大な何かを通すための作りへ寄っていた。

 敵の数は減った。

 だが、それは楽になる訳ではなく、選び抜かれた怪物だけになるということだった。

 

 

 階を上がり、最初に違和感を覚えたのはその広さ。

 大広間の端から端まで少なくとも5kmはある空間。今までとは桁違いのサイズだ。

 

 壁面は滑らかで上部は薄い灰色の光に沈んでおり天井の全容すら判然としない。

 

 広大な空間を解析していると低い振動が来た。

 ずん、と体の芯に響くような重い揺れ。

 身構えた次の瞬間、広間中央の床が持ち上がる。

 

 床の下から現れたのは、鯨だった。

 最初は本当に、地形の一部が動いているようにしか見えなかった。

 灰色。

 巨大。

 全身が岩盤と土の層でできているような外皮。

 口は広く、その一開きだけで建物一つ呑めそうな規模がある。

 鰭に相当する部位は地層のように重なり、頭部から背にかけては、大地そのものを削り出したような質量感があった。

 

モンスター名:地呑鯨(アースイーター)

ランク:A

詳細:大地を泳ぐ巨大鯨。その一口は一つの都市を容易く呑み込む。

討伐P:2億6500万

 

 事前に見た説明文の通りだ。

 都市を呑む、という表現は比喩でも何でもなく真実なのだろう。

 

 巨大な質量が潜行し、浮上し、そのたびに広間そのものが波打った。

 部隊が揺れる。

 浮遊砲台が大きく姿勢を崩し、重盾機が一歩二歩と後ろへ滑った。

 

「陣形を広げろ。密集するな」

 

 命令が飛ぶ。

 戦術管制ユニットを中継して、機械の軍が即座に散開する。

 密集していれば、あの巨体が一度浮上しただけでまとめて呑まれる。

 広く取って、射線を確保し、頭と動線を削る。

 地呑鯨は一度大きく身を捻り、そして口を開いた。

 次の瞬間、吸引が始まった。

 広間に散らばっている物全てが一斉に巨口へ引き寄せられる。

 

「固定!」

 

 左義足へ意識を落とす。

 グラビティ・コアを起動し、局所的に重くする。

 重盾機。

 砲戦車。

 変形機兵。

 周囲一帯の荷重を底上げし、踏ん張りを利かせる。

 完全に無効化はできない。1/5程は地面ごと引き剥がされ、シグナルロストした。

 

 吸引が終わると同時に浮遊機体には高度を取らせ、斜め上方から一斉に火線を引かせた。

 無数の光弾が再び開いた口腔へ吸い込まれるように飛び込んでいく。

 炸裂したが、まだ浅い。

 地呑鯨は頭を振るい、広間の床そのものを抉りながら軌道を変えた。

 その動きだけで、近くにいた変形機兵10機が吹き飛ばされ、巻き起こった瓦礫の嵐に消息を絶つ。

 質量が違う。

 真正面から競る相手ではない。

 

「奴を止めろ!」

 

 砲戦車が側面から砲撃を重ねる。

 重盾機が真正面で気を引く。

 変形機兵は尾側へ回り込み、機動を乱すために床を砕きながら後半部を狙うがその程度で止まらない。

 地呑鯨は床下へ潜るように身を沈め、そのまま別角度から突き上げる。

 広間の一部が爆ぜ、石の津波みたいな破片が巻き上がる。

 機械の軍は散開していたおかげで壊滅は免れたが、直撃した中型の兵器が一台、外装ごとひしゃげて転がった。

 

「……ちっ!」

 

 質量。

 機動。

 吸引。

 そして床下からの不意打ち。

 実に厄介。

 純粋に巨大な怪物として完成されすぎている。

 なら、崩すのは一箇所でいい。

 頭部。

 喉。

 口腔内。

 外皮は厚い。

 だが、口を開く瞬間だけは内部が晒される。

 その瞬間を作る。

 

「俺が行く。サポートしろ」

 

 無事な機兵達の射線と共に広間中央へ走る。

 左義足が床を叩き、右義手がわずかに熱を帯びる。

 地呑鯨は俺を認識した。

 その頭がわずかにこちらを向く。

 次の吸引が来る前兆。

 そこを狙う。

 グラビティ・コアを一点集中。

 今度は広くではなく、地呑鯨の頭部から喉元に掛けての局所へ重力を叩き込む。

 ぎし、と空気が悲鳴を上げるような感覚が走った。

 地呑鯨の頭が一瞬だけ沈む。

 規模が違いすぎる為に完全には押さえ込めない。

 だが、動きは確実に鈍った。

 口の開き方が僅かに乱れる。

 

「今だ」

 

 その声に合わせて、浮遊砲台が角度を合わせる。

 砲戦車が頭部側面へ集中砲撃。

 変形機兵が前脚のように広がる鰭部へ飛び掛かり機動を削る。

 そこへ俺が跳ぶ。

 地呑鯨の頭部へ着地。

 ざらついた外皮の感触が義足の裏から返る。

 そのまま一気に口腔近くまで駆け上がり、右義手を開いた。

 普通のエネルギー弾じゃ足りない。

 対消滅砲を撃つほどでもない。

 なら、その中間だ。

 エーテル・リアクターを深く回し、高密度の掌砲を喉奥へ叩き込む。

 発射。

 今までより一段重い手応えがあった。

 喉の内側から頭部へ向けて、凝縮された一撃が貫通する。

 地呑鯨がのたうつ。

 広間の床が割れ、壁面まで揺れる。

 だが、まだ足りない。

 頭部へ残った魔力反応が消えていない。

 A級らしく、致命傷を受けてもなお動こうとしている。

 

「止まれ」

 

 左義足を頭部へ叩き込み、グラビティ・コアをさらに加圧。

 頭が沈む。

 その一瞬の停滞へ、浮遊砲台の火線が集中。

 砲戦車の近距離砲撃が重なり、最後に変形機兵の大型槍が眼窩の奥へ突き立つ。

 それで終わった。

 地呑鯨の巨体が大きく痙攣し、そのまま動きを失う。

 石と土でできたような外皮がひび割れ、光の粒子へ崩れていく。

 

『討伐ポイントを入手しました』

 

 広間に残るのは、巨大質量が暴れた名残だけだった。

 砕けた床。

 抉られた壁。

 ひしゃげた兵器。

 だが、それでも部隊は生きている。

 こちらの優位も崩れていない。

 塔の上位層へ食い込めている。

 その実感が、はっきりとあった。

 

 

 地呑鯨を越えてからは、空気そのものが変わった。

 塔が静かになる。

 敵の数は更に減る。

 その代わり、一歩進むごとに濃度の高い殺気だけが積もっていく。

 通路は再び狭まり、だがそれは下層の閉塞感とは違う。

 余計なものを削ぎ落として、最後の番人だけを置くための道になっている。

 やがて、巨大な門に辿り着いた。

 石でも鉄でもない、黒い質感の扉だ。

 左右に獣頭の意匠が刻まれ、中央には煤けた炎のような紋がある。

 その前に立った時点で、向こう側に何がいるかはほとんど分かっていた。

 

「開けるぞ」

 

 命令に合わせて、重盾機が前へ出る。

 扉がゆっくりと左右へ開いていく。

 その先に広がっていたのは、円形の大広間だった。

 広い。

 だが、地呑鯨のいた空間程では無い。

 床は黒色。

 ところどころに赤い亀裂のような発光が走り、熱を感じるわけではないのに、見ているだけで息苦しい。

 壁面には鎖のような影が揺れていた。

 そして中央。

 そこに、三つの頭があった。

 巨大な獣。

 一つの胴に、三つの首。

 それぞれの頭が別の方向を向き、別の意志を持っているかのように、独立してこちらを睨んでいた。

 体毛は黒い。

 ただの黒ではない。

 地獄の底で煤け、燃え残り、なお消えない炎の色だ。

 皮膚の下には岩のような筋肉が走り、四肢は柱のように太い。

 足元では黒炎が生き物みたいに揺れ、それが床へ染み込むことなく波打っている。

 

モンスター名:三頭巨獣像(ケルベロック)

ランク:A+

詳細:地獄の素材、そして数多の罪人の命を消費して作られた地獄の三頭獣を模した巨像。疑似的に地獄の黒炎や獄卒獣を産み出し、聖域を侵そうとする愚か者を罰する。

討伐P:4億6000万

 

 

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