BrokenWorld~黒鉄の装着者~   作:半笑いの妖精

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第五十七話:三頭巨獣像

 

 中央の三つ首が、ゆっくりとこちらを向いた。

 左右の頭も少し遅れて追従する。

 獣の動きに見える。

 だが、よく見ればそれは生物のしなやかさとは違っていた。

 首の付け根は筋肉ではなく、石と鉄と黒い鉱層の積層でできている。

 皮膚ではなく外殻。

 毛並みではなく彫り込まれた石の畝。

 さっきまで地獄の番犬と見えていたものは、近くで見るほど作られた怪物の輪郭を強めていく。

 

モンスター名:三頭巨獣像(ケルベロック)

ランク:A+

詳細:地獄の素材、そして数多の罪人の命を消費して作られた地獄の三頭獣を模した巨像。疑似的に地獄の黒炎や獄卒獣を産み出し、聖域を侵そうとする愚か者を罰する。

討伐P:4億6000万

 

「……なるほどな」

 

 低く呟く。

 生き物じゃない。

 像だ。

 それもただの石像ではない。

 地獄を模倣するために、地獄の素材と罪人の命を混ぜて焼き上げたような、極めて悪趣味な大造形物。

 だからこそ、この圧がある。

 生物相手とは違う、命の気配の薄さ。

 それでいて、こちらを罰するためだけに研ぎ澄まされた攻撃性。

 三つの口が開く。

 黒炎が来る。

 

「前進」

 

 短く命じる。

 重盾機が一歩前へ出る。

 直後に黒炎の奔流が叩きつけられた。

 石でも金属でもない、罪と煤を煮詰めたような黒い炎が障壁へ食らいつき、焼くのではなく貼り付いて侵食していく。

 押し返される。

 重盾機の脚が床を削りながら後退する。

 今まで相手にしてきた火炎系とは性質が違う。

 熱そのものも重いが、それ以上に“消えにくさ”と“嫌な粘り”が目立つ。

 左右の頭も続けて黒炎を吐いた。

 一本ではない。

 三本の炎流が角度を変えて広がり、重なり、広間そのものを埋めにくる。

 

「散開!中央は空けろ!」

 

 部隊が左右へ流れる。

 火力の正面に固まれば、そのまま押し潰される。

 広間を使う。

 敵の正面火力を無理に受け切らず、角度をずらしながら削る。

 浮遊砲台が両翼へ展開し、斜め上方から収束弾を落とし始める。

 砲戦車は壁際へ散り、床を這うような低い射線で脚部を叩く。

 変形機兵は獄卒獣型の像へ迎撃に回った。

 黒炎の溜まりから、四足の獣が次々と這い出してくる。

 炎でできているように見えて、輪郭は石像じみて硬い。

 飛び掛かり、噛み付き、群れで重盾機へ纏わりつく。

 数は多いが一体ごとの格は低い。

 問題は、それを無限に近い密度で供給してくることだった。

 

 正面から見て左。

 その頭が、一番火炎の密度を作っている。

 中央頭が主制御。

 左右は補助と分散。

 そんな予感があった。

 左義足に荷重を掛ける。

 グラビティ・コア起動。

 足場の一部だけを重くし、踏み込みの支点を作る。

 跳ぶ。

 黒炎を斜めに裂いて前へ出る。

 肩部迎撃子が飛来した黒い火塊を撃ち落とし、右義手の掌砲で獄卒獣像を二体まとめて砕く。

 そのまま左頭へ切り込む。

 近い。

 近くで見ると、なおさら像だった。

 牙は石刃。

 眼窩には黒炎が灯っている。

 口の内側には溶岩めいた赤ではなく、暗い紫と黒の光が巡っていた。

 右義手の高密度刃を振るう。

 首筋へ一閃。

 硬い。

 だが斬れないほどではない。

 石と金属の混成外殻を削り、深い傷を一本通した。

 その瞬間、左頭が咆哮し、中央頭が噛み付くように首を捻ってくる。

 速い。

 巨体の割に、首の振りが鋭い。

 避ける。

 紙一重。

 黒い牙が顔の横を掠め、その風圧だけで頬の外装が軋む。

 右へ流れた先で、今度は右頭が黒炎を吐いた。

 至近距離。

 まともに浴びればいくら耐性を積んでいても足は止まる。

 右義手の電磁バリアを展開。

 受ける。

 耐え切る。

 だが、押し切れない。

 炎が重い。

 障壁が軋む。

 肩から肘にかけて熱が走り、エーテル・リアクターの出力配分が強制的に防御寄りへ傾く。

 

「ちっ……!」

 

 その一拍で、中央頭の前脚が来た。

 踏み潰し。

 大上段から叩き落とされる石の脚。

 まともに受ければ潰れる。

 左義足の重力制御で軌道をずらし、体を横へ滑らせる。

 床に着地した瞬間、広間そのものが震えた。

 質量を乗せた、地面ごとの圧し潰す破壊力。

 変形機兵が二機、側面から飛び掛かる。

 片方は斧、片方は槍。

 左頭の顎関節と前脚付け根へ狙いを合わせる。

 命中。

 だが、そのままでは終わらない。

 黒炎が首元から逆流するように噴き上がり、二機を呑んだ。

 装甲の表面へ黒い火が這い、機体が悲鳴みたいな警告を吐く。

 

「下がれ!焼き切られるぞ!」

 

 直後に浮遊砲台が援護。

 獄卒獣像の群れを面で削りながら、ケルベロックの胸部へ火力を重ねる。

 

 すると黒炎が胸部前面に膜のように広がり、弾が熔解されていく。

 

「防御にも使えんのか」

 

 嫌らしい。

 炎。

 獣像。

 本体の三連攻撃。

 全ての要素が一つの兵装体系みたいに噛み合っている。

 単体で完成した兵器。

 そんな印象だった。

 

 

 正面から削るだけでは、時間が掛かる。

 その間にこちらの持ち込み兵器が食われる。

 それは避けたい。

 なら、手数を増やす。

 半年の間に積み増したものを、ここで使う。

 

軌道適装衛星(ネメシス・ムーン)、全機展開」

 

【要求受理】

【軌道適装衛星:全機展開開始】

 

 広間の上方。

 空中に浮かぶ灰光の中へ、三機の機械衛星が浮かぶ。

 既存の一つに加え、増設した二機。

 半年の間にアップグレードと増設を重ねた、ネメシス・ムーン達だ。

 

 三つの月が、広間の上で静かに回る。

 一機目が俺本体の適装を担当。

 二機目が兵器群の最適化。

 三機目が敵挙動の演算補助。

 ただ増えただけじゃない。

 三機になったことで、処理の重なり方が目に見えて変わる。

 視界が広い。

 予測が速い。

 黒炎の流れと獄卒獣像の湧き方、三つ首の次の動き、それらがほとんど同時に分かる。

 

「いいねぇ…!」

 

 右頭が炎を圧縮し、左頭が噛み付きの前兆を見せる。

 中央頭は重心を僅かに落として、次の踏み潰しに備えている。

 つまり、真正面から来る。

 

「中央を叩く。左右は最低限だけ対処しろ」

 

 命令と共に、変形機兵が左右へ走る。

 砲戦車が中央頭の胸部と脚へ砲撃を集中。

 浮遊砲台は左右頭の眼窩と口腔へ角度違いの火力を差し込む。

 三機のネメシス・ムーンが、火力の通り方そのものを補正していく。

 細かい兵装運用が実に滑らかだ。

 ケルベロックが怒りの咆哮を上げる。

 

 中央頭の懐へ滑り込む。

 右義手を上げ、高周波ブレードを展開。

 前脚の腱に相当する外殻の薄い部分へ叩き込む。

 硬い。

 だが、入る。

 中央頭が傾ぐ。

 その瞬間、左頭が横から噛み付こうとした。

 予測済みだ。

 左義足の荷重を一瞬だけ抜き、逆にケルベロック側の首関節へ重力を乗せる。

 噛み付く角度が沈む。

 牙が俺の胸ではなく肩を浅く掠めて通り過ぎた。

 

【左肩部:軽損傷】

 

 その代わり、すれ違いざまに右義手を左頭の眼窩へ深く差し込む。

 エーテル・リアクターの出力を流す。

 内部から爆ぜる。

 左頭が大きく仰け反り、黒炎が制御を失って一帯へ散った。

 

「まずは一発」

 

 だが、まだ落ちない。

 相手は像。

 生き物の急所と同じ感覚では止まらない。

 首を一つ潰した程度で終わる相手じゃなかった。

 

 

 そこからの戦いは、明確にこちらが押し始めた。

 やはり三機に増やしたネメシス・ムーンの存在が大きかった。

 

 防御性能、出力を強化された重盾機が黒炎に対して最も持つ角度と姿勢を取る。

 火力が跳ね上がった砲戦車はケルベロックの脚部に負荷が集まるタイミングで射撃する。

 浮遊砲台は獄卒獣像の湧き出し位置を事前に塞ぐ。

 変形機兵の連携も更に上のステージへ登っている。

 斧型は装甲破壊。

 槍型は隙を見逃さずにダメージを与える。

 剣型は獄卒獣像の処理。

 高度な演算によって最適な動きをする機械の軍隊。

 

 ケルベロックは強敵だ。それは間違いない。

 

 しかし、苦戦する程では無かった。

 

 じわじわと形勢の天秤がこちらへと傾いていく。このまま削り倒せると無意識に油断が生まれたのだろう。それを察したケルベロックの右頭が、突然こちらではなく浮遊砲台群を狙って大口を開いた。

 黒炎を圧縮したような熱災の球体。

 

「っ…!まず──!」

 

 反応が一瞬遅れた。

 放たれた黒炎球が空中で弾ける。

 爆発ではなく、黒炎の雨。

 広間上部にいた浮遊砲台群の半数近くが巻き込まれ、黒い火を纏ったまま制御を失って落ち始めた。

 その隙を見逃さず、中央頭が前へ出る。

 

 超質量がそのまま前進してくる。

 

「重盾機、防げ!」

 

 前へ出る。

 だが、間に合い切らない。

 重盾機三機が正面で受けるものの、黒炎を纏った巨像の突進は重すぎた。

 一機目は踏み潰された。

 二機目は黒炎で焼かれ、三機目はバリアごと壁際まで押し込まれた。

 妨害を物ともせず、そのまま俺へと向かってくる。

 

「ふっ!」

 

 グラビティ・コアによって荷重を軽減し、床を蹴る。

 ただ避けるだけでは駄目だ。

 衝突線から外れつつ、通過後の側面へ入る。

 寸前。

 黒い巨像が視界を埋める。速度を維持したまま直角に曲がった。生物には無理な挙動だが、無機物であるこいつには関係ないのだろう。

 風圧。

 熱。

 呪いのような圧。

 グラビティ・コアとバリアを全力稼働させ、なんとか紙一重で躱せた。

 これをまともに受ければ、今の耐性があっても只では済まないだろう。

 

「危ねぇな……!」

 

 舌打ちをしながら振り返る。

 ケルベロックは、そのまま壁へ激突するかと思いきや、前脚で強引に体勢を立て直した。

 像のくせに妙に戦い慣れている。

 ただの暴走じゃなく、突進ですらちゃんと組み込まれた選択肢だ。

 

 数が少なくなった浮遊砲台の配置を変更する。

 砲戦車は左右へ広がり、クロスファイアの角度を作らせた。

 変形機兵を脚部と腹下へ入り込ませた。

 

 ケルベロック本体に集中させ、抑えが弱まったせいで獄卒獣が増える。が、関係ない。

 

 俺は中央頭の正面へ出る。

 目を引き付ける。

 三機のネメシス・ムーンが同時に火力と軌道動線を再計算。

 右義手は高出力収束モード。

 左義足は一点突破用の荷重制御。

 中央頭が噛み付いてくる。

 避けない。

 右義手の電磁バリアを最大出力で前へ展開し、真正面からぶつける。

 噛み合う。

 牙と障壁が軋む。

 肩から腕へ負荷が走る。

 だが、その一拍で十分だ。

 左右頭が援護に動く。

 その軌道は読まれている。

 二機目のネメシス・ムーンが変形機兵に換装指示を飛ばし、左右頭の顎へ大型アンカーを打ち込ませる。

 完全には止まらない。

 だが首の振りが半拍遅れる。

 三機目が砲戦車へ照準補正。

 腹下、前脚後方、胸骨に相当する中心線へ集中砲撃。

 火花。

 石片。

 黒炎の飛沫。

 

 左義足のグラビティ・コアを、今度はケルベロックの胴体中央へ叩き込む。

 広くではない。

 狭く、深く。

 像の心臓部に杭を打つような感覚で重力を増幅する。

 ぎしぎしと嫌な音が鳴った。

 胴体中央の外殻が軋み、四肢の接地が狂う。

 その一瞬、中央頭の噛み付きが完全に止まった。

 そこへ右義手の高出力掌砲。

 撃つ。

 収束した一撃が、胸部中央へ深く入る。

 表層だけでは終わらない。

 そのまま内部構造を焼き穿ち、黒炎の流路らしき部分をまとめて断ち切った。

 ケルベロックが吼える。

 三つの頭がばらばらに絶叫し、広間全体へ黒炎が噴き散る。

 だが、もう遅い。

 胸部中央から走った亀裂は、像全体の核へ届いていた。

 左右頭の眼窩から灯っていた黒炎が乱れ、獄卒獣像の生成が目に見えて鈍る。

 

 最後は総攻撃。

 砲戦車の斉射。

 浮遊砲台の集中射。

 変形機兵の物理攻撃。

 重盾機すら前へ出て、崩れかけた巨像を押し倒す側へ回る。

 ケルベロックはまだ動き、最後まで黒炎を吐こうとする。

 だが、もう制御し切れていない。

 中央頭が落ちた。

 左頭は砕けた。

 最後に右頭が広間の床へ叩きつけられた。

 俺はその胴体へ飛び乗った。

 ひび割れた胸部中央。

 そこへ右義手を差し込み、最後の一撃を流し込む。

 

「くたばれ」

 

 発射。

 内側から、像が爆ぜた。

 三頭巨獣像(ケルベロック)の巨体が、胸部から放射状に崩壊する。

 首。

 脚。

 胴。

 黒炎。

 全部が一斉にひび割れ、そのまま光の粒子へ変わっていく。

 

『討伐ポイントを入手しました』

 

 

 静かになった。

 黒炎は消え、獄卒獣像の残滓も砂のように崩れて床へ積もる。

 広間の中央には巨大な破壊跡と、機械の軍の損耗だけが残った。

 浮遊砲台はかなり減った。

 重盾機も数を失った。

 変形機兵も無傷ではない。

 それでも、壊滅には程遠い。

 勝った。

 A+級を、持ち込み戦力込みとはいえ、塔の内部で真正面から押し切った。

 

「……悪くない」

 

 息を吐く。

 少しのピンチでは済まない場面もあった。

 が、その程度だ。

 三機のネメシス・ムーンは静かに上空を巡っている。

 半年の積み重ねが、今の勝ちへ繋がった。

 増やして良かった。

 強化して良かった。

 そう思えるだけの手応えが、確かに残っていた。

 広間の奥には、さらに上層へ続く通路が口を開けている。

 A+級を番人に置いた先だ。

 この後に待つのは塔型迷宮の核心に近い領域。

 勝利の偽神象(スタチュー・オブ・ゴッド):〈ニケ〉。

 そしてその先の迷宮核。

 まだ終わっていない。

 だが、門はこじ開けた。

 俺は崩れたケルベロックの残滓を一瞥し、広間の先を見据えた。

 塔の攻略は終盤へ差し掛かっていた。

 

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