BrokenWorld~黒鉄の装着者~   作:半笑いの妖精

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第二章:機神
第五十九話:権能


 

 祭壇空間の最奥へ続く道は、今までの塔内部とは明らかに違っていた。

 白い。

 床も壁も、継ぎ目が見えない。

 光を放っている訳ではないのに、暗くもない。

 足音だけが妙に乾いて響き、その反響すら数瞬遅れて消えていく。

 

 左手で脇腹の貫通傷跡に触れる。

 表面上の修復は進んでいる。

 だが、痛みはまだ芯に残っていた。

 義足の駆動も少し鈍い。

 そして何より──右側が軽い。

 右肩から先、義手ごと持っていかれた空白が、今もそこにある。

 

「……またかよ」

 

 掠れた笑いが漏れる。

 ニケとの最後の交錯。

 あの一点突破の楔を叩き込んだ瞬間、右義手そのものを杭として使い潰した。

 対消滅砲とエーテル・リアクターを暴走させるために、最初から無事で済む想定ではなかったが、こうして改めて欠損した感覚を味わうとやはり気分の良いものではない。

 

 だが、まあいいか。

 

 偽とは言え神と名乗る存在に勝ったのだ。

 その代償がこれならむしろ安いものだろう。

 右側の空白を無理やり意識の外へ押しやり、前へ進む。

 

 長いようでいて、実際にはそう長くなかった。

 白い通路の先で、空間がふっと開く。

 

 

 そこは部屋だった。

 祭壇でもない。

 広間でもない。

 塔の頂へ押し込められた、たった一つの宝物庫のような空間。

 広さはある。

 だが、それ以上に静かだった。

 中央の台座。

 その上に、迷宮核が浮かんでいる。

 

「……小さいな」

 

 思わずそんな声が漏れた。

 拳大。

 本当に、それくらいの大きさしかない。

 屋敷迷宮で見た核は家屋サイズだった。

 あれはあれで分かりやすく迷宮の心臓という感じがした。

 それに比べれば、目の前の迷宮核は拍子抜けするほど小さい。

 だが、それで軽んじれるかと言えば否だった。

 

 圧縮されている。

 濃度が違う。

 見ているだけで、空間そのものがそこへ引かれているような感覚がある。

 色も奇妙だった。

 透明とも白とも金とも言えない。

 中心には極小の太陽みたいな光が脈打ち、その周囲へ薄い幾何学模様が何層にも展開しては消えていく。

 格が違う。

 

「……綺麗すぎて、逆に怖いな」

 

 小さく呟く。

 荘厳。

 そんな言葉が近かった。

 怪物を産み、塔を維持し、S-級の偽神像まで置いていた中枢。

 そのはずなのに、目の前の核は禍々しいどころか、妙に神聖ですらある。

 その雰囲気に一瞬だけ見とれた。

 だが、ここまで来て眺めるだけで終わる気はない。

 左手を伸ばし、触れた。

 

 次の瞬間、光が走った。

 拳大の迷宮核とは思えないほど、凄まじい情報と熱量が頭の奥へ雪崩れ込んでくる。

 白い空間が消える。

 感覚が引き剥がされる。

 脳が、魂が、存在そのものが、何か大きな機構へ巻き込まれていく感覚。

 

『迷宮核の吸収を確認しました。能力が強化されます』

『…能力が強化上限に達しています。能力進化を開始します』

『…固有能力【有機性強化外装(バイオテック・パワードスーツ)】が権能【人造機械偽神(デミ・エクス・マキナ)】に進化しました』

『…権能によって所有者の存在格が引き上げられます…。【種族:人間】から【種族:機神(偽)】へと変化しました。それにより肉体及び存在情報が書き換えられます…』

 

「──っ!」

 

 息を呑む暇すらない。

 書き換わる。

 そうとしか表現できなかった。

 力を得る。

 能力が増える。

 外装が進化する。

 そういう次元ではない。

 もっと根本。

 俺が俺である情報、魂そのものへ、何か巨大な権限が直接手を入れてくる。

 右肩の欠損部が熱を持つ。

 左義足も、脇腹の傷も、首筋の裂傷も、全部がただ修復されるのではなく、存在に相応しい形へと更新されていく。

 骨。

 肉。

 神経。

 機械。

 情報。

 そういった境界が、内側から曖昧になっていく。

 視界の中で表示が開く。

 

権能名:人造機械偽神

ランク:権能

権能詳細

・機械に関する神域級の行使権。機械に関連する全ての創成制限が解除される。

種族名:機神(偽)

ランク:偽神級

種族詳細

・人間が権能:人造機械偽神を入手した事によって存在格が昇華し、生まれた種族。偽とは言え神の為、極めて強い攻撃か、同格以上の権能でしか干渉不可。また、機械に関連する創成コストが激減する。

 

「…な、ぁ…?」

 

 理解が追い付かない。

 権能。

 機械に関する神域級の行使権。

 創成制限解除。

 文字だけでも十分に馬鹿げている。

 その上で、種族そのものが変わった。

 人間から、機神(偽)へ。

 その瞬間、右肩の先へ感覚が戻る。

 義手のような後付けではない。

 もっと自然で、もっと気味が悪いほどに馴染んだ感覚。

 新しく生えたのか。

 再構成されたのか。

 創成されたのか。

 自分でも分からない。

 ただ、そこにあった。

 腕。

 手。

 指先。

 それが以前よりもっと精密で、もっと静かで、もっと強いものとして戻ってきていた。

 視線を落とす。

 全身が少し変わっていた。

 外装を纏っていないのに、皮膚の下へ機械的な光が走っているような感覚がある。

 瞳の焦点は以前より鋭い。

 呼吸も、鼓動も、どこか機械処理のように整い過ぎている。

 人間の身体にあった僅かな揺らぎが、別の何かへ置き換えられていた。

 

「……機神、ね」

 

 声に出すと、それがしっくり来る。

 偽神級。

 偽とは言え神。

 自分がそこまで来たのかという実感は、正直まだ薄い。

 だが、変わったことだけは否定しようがない。

 様々な演算結果が表示されるのではなく、自然と知っているに近い感触で流れ込んでくる。

 

 シャングリラ・エデンの存在も、遠くにあるはずなのに妙に近く感じた。

 あれも機械。

 兵器群も。

 工房も。

 反応炉も。

 全部が、自分の権能の、肉体の延長線上に入ったみたいな奇妙な一体感がある。

 そんな認識をしたところで、思考が中断される。

 

「……流石に、疲れた」

 

 それは紛れもない本心。

 ニケとの死闘。

 右義手の喪失。

 そして今の進化と書き換え。

 肉体も精神も、限界に近い。

 

 変わった姿はもちろん気になる。

 権能の詳細なんて調べる所などいくらでもあるだろう。

 機械に関連する創成制限解除など、考え始めたら止まらない。

 だが、今すぐにやらないといけない訳じゃない。

 少なくとも、迷宮の最奥で立ったまま考える内容ではないだろう。

 

 足元に、淡い光が広がる。

 帰還用の魔方陣。

 迷宮核攻略者を外へ送り返すための、最後の出口。

 以前にも見た。

 

「今はいいや。帰ろう」

 

 魔方陣へ足を乗せる。

 白い光が立ち上がる。

 次の瞬間、視界が切り替わる。

 帰る。

 シャングリラ・エデンへ。

 今はそれだけで十分だった。

 

 帰還用魔方陣の光に包まれ、次の瞬間には塔型迷宮の入口へ立っていた。

 灰色の巨塔。

 白い通路。

 ニケとの死闘。

 それらが一気に遠ざかり、外気の冷たさが肌を撫でる。

 迷宮の周囲だけが不自然なくらい開けていて、極大淨滅砲塔(クリア・オール)の試射で熔け、ガラス化した地面が鈍く光を返していた。

 そのままシャングリラ・エデンへ戻ろうとして、足が止まる。

 

「……あ」

 

 スーツがない。

 いつもなら意識するより先にある外装の重量感も、補助機能の被膜感も綺麗に消えていた。

 権能進化の過程で一度完全に分解されたのか、有機性強化外装という枠組みそのものが更新されたのか。

 理由は分からないが、とにかく今の俺は迷宮の外へ、生身に近い状態で放り出されていた。

 まぁただの人間とは比較にもならないのだが。

 

「さて、どうやって帰るか」

 

 そう考えた瞬間、脳裏に項目が並ぶ。

 

【兵器召喚】

【機器創成】

【機器情報】

【外装展開】

 

 今までならそれぞれ別々のウィンドウで管理されていたものが、一枚の思考の中へ畳み込まれるように並んでいた。

 

「……なるほど」

 

 権能の影響か。

 あるいは【機神(偽)】という種族そのものの変化か。

 どうやら今の俺は、スーツ機能を思考の延長で扱えるらしい。

 

 試しに輸送用の小型機をイメージする。

 

 軽量、単座席、高速。

 あと最低限の防御。

 

 地上からエデンまで真っ直ぐ戻るだけの小型輸送艇。

 選択肢を開いて確定する、という段階すらほとんどない。

 創成のイメージを持った瞬間、目の前の空間が淡く歪んだ。

 白銀と黒を基調にした小型機体が、一瞬で組み上がる。

 翼というより浮遊板に近い左右の制御面。

 下部には簡易反重力機構。

 後部には推進リング。

 機首は流線型で、表面には薄く青いラインが走っていた。

 

「……便利すぎるな」

 

 もはや少し呆れながら乗り込む。

 操縦席に座ると同時に接続が成立した。

 操縦桿はある。

 だが、握る必要はない。

 視線と意識だけで機体の制動が操作できる。

 浮上。

 旋回。

 上昇。

 小型輸送艇は音もなく地面を離れ、そのままシャングリラ・エデンの待機空域へ向かった。

 

 エデンへ戻る頃には、緊張が切れていた。

 ニケを倒し、迷宮核を吸収し、権能なんてものも得たのだ。

 疲れない方がおかしい。

 帰還を検知したエデンはすぐに着艦態勢へ入り、格納区画の一角へ小型輸送艇を受け入れた。

 機体を降り、そのまま医療区画へ向かう。

 右腕はもう自然に馴染み始めている。

 失われたはずの感覚が、違和感なくそこにある。

 診断台へ横になる。

 量子AIと医療設備が即座に状態確認へ入った。

 全身を薄い光が走り、内部構造が高速でスキャンされていく。

 

【肉体再定義:完了済み】

【存在情報更新:安定】

【機械構成比率:大幅上昇】

【種族変化後の状態:良好】

 

「良好、か」

 

 ならいいや。

 今は深く考える気力がない。

 必要な確認だけ済ませ、そのまま居住区へ戻る。

 軽食を流し込み、風呂はシャワーだけで切り上げ、そのままベッドへ沈んだ。

 

 

 次に目を覚ました時、窓の外には薄い雲海が広がっていた。

 体が軽い。

 頭も回る。

 つまりは変化した部分を確かめる余裕ができたと言うことだ。

 

 まず視界。

 何も起動していないのに、空間へ薄い情報層が重なって見えている。

 現在位置。

 エデン各区画の稼働状況。

 反応炉出力。

 兵器の待機状態。

 見ようと思ったものが、そのまま浮く。

 以前みたいにウィンドウを呼び出す感覚ではない。

 意識が触れた情報だけ、自然に前へ出てくる。

 

 次に右腕へ視線を落とす。

 そこにあるのは、以前の義手と似ているようでいて別物だった。

 有機的な人工皮膚の下に、白銀と黒の繊維的構造が脈みたいに走っている。

 見た目は生体寄りだが、意識を向けると内部の反応炉、回路、武装生成層まで把握できる。

 

 もっとも、右腕だけではないのだが。

 今の俺は生体であり機械でもある機神(偽)なのだから。

 

 ベッドから立ち上がる。

 その瞬間、外装展開の項目が脳裏へ浮かんだ。

 必要なら、その場で形成できる。

 そんな気配がある。

 試しに、軽装の外殻だけを思い描く。

 皮膚の表面に薄い光が走り、黒と白銀の装甲が音もなく現れた。

 肩。

 胸。

 脚。

 必要な部位だけが、必要な厚みで形成される。

 展開も解除も速い。

 

「……もはやスーツ、じゃないかもしれないな」

 

 そう呟いて解除する。

 

 次は創成だ。

 正直これが一番気になっていた。

 工房区へ移動し、設計卓の前に立つ。

 以前なら、候補を呼び出し、カテゴリを選び、仕様を詰め、コストを確認する流れだった。

 今は違う。

 創りたいものを頭の中へ置く。

 簡易観測ドローン。

 小型。

 自律飛行。

 高感度索敵寄り。

 それだけで、設計図が一瞬で組み上がる。

 候補を参照しているというより、その場で最適解を構築している感じだ。

 創成開始。

 小型ドローンが数秒で現れた。

 以前より明らかに速い。

 さらに消費されたポイントを見て、少し目を細める。

 

「創成コスト激減ってこれか」

 

 種族特性と権能特性が、そのまま機械関連の創成へ乗っているのだろう。体感だが、100分の1程にまで減額されているような気がする。

 

 他にも兵装や輸送機、設備機器等。

 試していくほど分かる。

 

 以前とは次元が違う。

 前が個人の趣味レベルだとするなら、今は巨大なオートメーション工場レベルだ。

 

 それからしばらくの間、工房区でひたすら試した。

 偵察ドローン。

 修理用の小型作業機。

 簡易防衛砲台。

 兵装アタッチメント。

 整備補助アーム。

 どれも、イメージから実体化までが異常に早い。

 しかも創った瞬間から使い方が分かる。

 操作方法を学習する必要がない。

 自分の権能から派生した末端機構だからか、最初から神経の延長みたいに馴染む。

 量子AIが静かに割り込んでくる。

 

【権能取得後、機器創成速度は旧比で大幅に上昇】

【創成精度も改善されています】

【試験項目を追加しますか?】

 

「そうだな…もう少し規模が大きいのをやってみるか」

 

 小型機ばかりでは変化の幅が分かりにくい。

 中型。

 できれば兵器寄り。

 

「可変式の迎撃機を一機」

 

 空戦寄り。

 高速。

 短時間なら高出力。

 エデンの外周迎撃に使える。

 必要なら白兵戦形態にも移れる。

 イメージを固める。

 量子AIが補助案を流し込む。

 三機のネメシス・ムーンが各部構造の最適化を走らせる。

 創成。

 目の前の空間へ、今までよりずっと大きな光の骨格が立ち上がった。

 白銀のフレーム。

 黒い外殻。

 推進ノズル。

 姿勢制御翼。

 胸部にエーテル系の補助反応炉。

 脚部は着地と近接を両立するために人型寄りへ再構成。

 数十秒後、完成。

 

「……早いな」

 

 以前なら、中型兵器を一から詰めるだけでもかなりの手間だった。

 今は違う。

 思考がそのまま設計図となり、必要な機構や機能が自動的に組上がっていく。

 試しに起動させる。

 滑らかに浮く。

 武装展開も問題ない。

 そのまま格納層へ送って、汎用人型機に整備計画へ組み込ませる。

 やれることが、急に増えすぎていた。

 

 

 午後には、シャングリラ・エデン全体との接続も試すことにした。

 司令・演算統括層へ行き、中央のホログラム卓の前に立つ。

 以前ならここで端末操作が必要だった。

 今は不要だ。

 意識を軽く向けるだけで、エデンの中枢へ触れられる。

 反応炉群。

 格納庫。

 主砲系統。

 生活区画。

 空調。

 兵装在庫。

 修復ライン。

 全部が、触れようと思えば触れられる距離にある。

 

「……便利って言葉じゃ足りないな」

 

 試しに工房区の空きスペースへ、新しい整備ベイを増設するイメージを作る。

 壁面。

 搬送レール。

 作業アーム。

 補助端末。

 有機建材との接続。

 以前なら工房で図面を詰めて、材料を出して、汎用人型機に組ませて…という段取りが必要だった。

 しかし今では、必要な情報がそのまま繋がって、創成が始まる。

 壁が開き、レールが伸び、作業アームが並ぶ。

 ほんの数分で一基分の整備ベイが形になった。

 

 権能。

 神域級の行使権。

 文字で見た時は実感が薄かった。

 だが今こうして使ってみると、その凄さが身に染みて分かる。

 機械に関してだけなら、確かに神の領域だ。

 

 

 夕方には、ようやく落ち着いて食堂へ寄った。

 窓の外には雲。

 その下に終わった地上。

 食事はいつもと変わらない。

 だが、食器に触れる指先の感覚すら以前とは違う。

 細かい温度差。

 硬さ。

 空気の流れ。

 全部の解像度が劇的に上がっている。

 

「……これは慣れるのに少し掛かりそうだな」

 

 食事を終えた後は、温浴区ではなくそのまま観測壁のあるラウンジへ向かう。

 ゆっくり座って、今後のことを考える。

 塔型迷宮の攻略で得たものは大きい。

 560億P。

 権能。

 種族変化。

 新しい創成領域。

 これで出来ることは、一気に増えた。

 増えたどころでは済まない。

 問題は、何から手を付けるかだ。

 兵器の総更新。

 シャングリラ・エデンの大規模増築。

 自分本体の再設計。

 決戦兵装の創成。

 対S級戦を前提にした戦術体系の組み直し。

 考えられることは山ほどある。

 

「……まあ、順番だな」

 

 まずは確認。

 次に、小さく試す。

 それから本格的に盛る。

 流石に、いきなり全部やるのは危ない。

 今の権能は強すぎる。

 それだけに、調子に乗って雑に使うとどこかで必ず足をすくわれる。

 そう考えていると、量子AIが静かに割り込んだ。

 

【新規創成候補を整理済みです】

【優先度上位は、兵器群更新、エデン拡張、機体再設計です】

【提示しますか?】

 

「出してくれ」

 

 空間へ案が並ぶ。

 以前とは比較にならない規模の候補群だ。

 空中都市全体を覆う補助障壁。

 新型の大型艦。

 工房を増設した創成特化区画。

 多脚要塞。

 量産式高性能迎撃機。

 軌道適装衛星の追加案。

 

 どれも心惹かれる。

 

「さて、どれから取り掛かるとしようか…!」

 

 

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