BrokenWorld~黒鉄の装着者~ 作:半笑いの妖精
量子AIと権能が提示した強化案へ、順番に目を通していく。
兵器群の更新。
エデンの拡張と発展。
クリア・オールに並ぶ決戦兵装の追加。
S級を見据えた高位防御機構の増設。
どれも有用だった。
どれから手を付けても、今より確実に前へ進める。
だからこそ、逆に迷う。
工房区の設計卓には、白銀の立体投影が何層にも重なっていた。
空中要塞の断面図。
兵器の設計骨格。
反応炉の配列。
新型障壁の展開予測。
無数の案が静かに回転し、時折、量子AIが優先候補を前面へ押し出してくる。
その中で、一つだけ妙に視線を引く案があった。
肉体を流動的かつ可変的な集合体へ置き換える。
要するに、肉体のナノマシン化だ。
概要は単純。
全身を超高密度・超微細機械群へ置換する。
極小粒子の一つ一つが個別に演算し、接続し、再編される生きた
骨も、筋肉も、血流も、神経も、固定構造としては残らない。
代わりに、必要な時に必要なだけ束ね直される可変身体へ変わる。
利点は分かりやすかった。
仮に肉体の大半が消し飛んでも、塵一つでも構成単位が残っていれば俺という存在は残り、そこから再構築して復活できる。
不滅性。
少なくとも、生身とは比べ物にならないほど負傷のハードルは上がるだろう。
死の付与や存在否定みたいな──この世界だと探せば見つかりそうなのが怖いところだが──理屈そのものを押し付けるような攻撃でもない限り、死に届くことはまずないだろう。
利点はそれだけじゃない。
ナノマシン化された肉体そのものを組み替えることで、状況への適応力が跳ね上がる。
今までもネメシス・ムーンで瞬時換装はしてきた。
だが、あれはあくまで外部装備だ。
銃を扱うのと、銃になった腕を扱うのでは精度も速度も感覚も違う。
盾を持つのと、腕そのものを盾へ変えるのでも話は変わる。
刃を握るのではなく、指先から直接刃を生やす。
推進器を背負うのではなく、背中そのものを噴射面へ変える。
そういう差は、戦闘に入ればそのまま生死の差になる。
考えれば考えるほど、今の俺に一番必要なのはこれに思えた。
工房の中央へ立つ。
量子AIが周囲の設備を制御し、設計卓の上へ新しい骨格図を展開した。
人型の輪郭。
だが、従来の骨格図ではない。
筋肉や骨の代わりに、無数の微細な構成単位が脈のように流れている。
全身が固定されることなく、役割ごとに束ねられた流体機械群として再定義されていた。
右手を設計卓へ置く。
不安がないと言えば嘘になる。
人であることを捨て、別の存在へ寄せるのだ。
怖くないわけがない。
だが、それ以上に高揚があった。
これを経た後、自分がどこまで行けるのか。
それを考えるだけで、気持ちは自然と前を向いた。
一度深呼吸をして、開始する。
【要求受理】
【ナノマシン化プロセスを開始します】
【権能補助:全開】
【存在情報保護:正常】
【個体同一性維持:正常】
表示が流れる。
同時に、全身へ静かな熱が走った。
指先から感覚がほどける。
皮膚の下にあった筋肉の重さが薄れ、骨の芯が消え、代わりに細かすぎて輪郭を持たない粒子の流れがそこへ満ちてくる。
白銀と黒の微細な光が全身を走る。
血液の代わりに機械流体が巡り、神経の代わりに超高速伝達網が張り巡らされる。
視界の端で、自分の内部構造図がリアルタイムで更新されていく。
脳も例外ではなかった。
思考そのものが、より細かく、より広く、より速く流れられる器へ拡張されていく。
不思議なことに、自分が失われていく感覚はない。
むしろ逆だ。
今までの身体が、不便だったとすら思える。
重く、鈍く、不自由で、壊れ易く治し難い生の肉体から──軽く、速く、縛られない機体へ。
変換は指先から始まり、肩へ。
肩から胸、背中、腹、腰へ流れ、そのまま脚へ下りていく。
皮膚の下で、身体の意味そのものが組み替えられていく。
しばらくして光が収まった。
【肉体ナノマシン化:完了】
【存在格適合:正常】
【全構成単位:同調完了】
ゆっくりと、自分の手を見る。
見た目は意外にもほとんど変わっていない。
しかし、意識を向けると全くの別物だと分かる。
皮膚の下にあるのは筋肉ではなく、機能分化した粒子群。
骨の代わりに高密度の支持構造。
血流の代わりにエネルギーと情報の循環。
試しに右手の人差し指だけを細く、鋭くするイメージを持つ。
指先の形が音もなく変わった。
白銀の刃。
針。
あるいは分子レベルで対象へ侵入する侵食器官に近い何か。
解除。
今度は左前腕部を厚く、広く。
盾のように。
皮膚が流れ、肘から手首にかけて大きな防御面とバリアを発生させる機関が形成される。
ただ堅牢なだけじゃない。
受けた衝撃を全体へ逃がす構造まで、最初から理解できた。
解除。
今度は背中。
推進。
肩甲骨の辺りがほどけ、薄い翼みたいな噴射面が生まれる。
出力を絞って噴かせると、体が数センチ浮いた。
スーツ時の飛行とは感覚が違う。
あれは操作している感じだった。
今のこれは、手を動かす、歩くといった日常動作の延長程度の感覚だ。
戦闘に限らずあらゆる自由度が跳ね上がるだろう。
武装生成は一瞬。
損傷してもその部位だけ再構築すればいい。
四肢や胴体、頭部が欠損したとしても、痛痒にも介さず修復、再構築が始まる。
「なんかもう、反則だな」
そのあまりの不法さに笑いながらも、ナノマシンの制御を試していく。
拳を作り、密度を極端に増加──つまりは重く、硬くする。
そのまま設計卓の横へ置かれていた試験用合金塊へ軽く打ち込む。
鈍い音。
大砲の一撃すら弾く合金塊の中央が大きく凹んだ。
今度は脚部で逆の事を行う。
強度はそのままに密度を落として軽量化。
反発強化機構を構成して床を蹴る。
体が跳ねた。
巨大兵器も作成できる様にと高く作った天井にまで容易に到達した。
落下と同時に着地の事を考えていなかった事に気付いたが、既に演算が働いており、着地用の構成へと再編成されていた。一切の衝撃を発生させる事無くスマートに着地できた。
権能と種族補正が働いたのだろう。
思考を汲みつつも最善、最適な補助が自動で働く様だった。
それに満足したところで、今度はダメージ耐性を試す。
右手の指を刃化し、左の手首を切断する様に一閃。
生身の時なら間違いなく重傷。
だが今は、刃が入った端から傷口が塞がり、痕も残らない。
異物によって一時的に位置が乱れただけに終わった。
次に外装を確かめる。
今まで装着していたスーツは、能力が権能へと進化した時点で概念ごと再定義された。
意識を向ける。
装甲。
展開。
漆黒の外殻が、身体表層そのものを変形させて現れる。
肩から胸、腰、脛にかけて、必要な部位へだけ硬質な層が走る。
次に重武装化を試す。
ネメシス・ムーンを手に入れて以降、かなり出番が減っていた形態だ。
…高ランクモンスター相手だと単純に面積が増えると言うだけでデメリットなんだよな…。持てる武装の数が増えるのは良かったんだが、今だと兵器召喚とか機器創成があるし…。余裕ができたら有効活用方法を考えるとしよう。
重武装のテコ入れを頭のメモに書いた所で改めて意識を向ける。
右腕の主砲をエネルギー特化へ再編。
左腕は主砲を解体して防御機構へと再構成する。
背部のミサイルポッドには推進装置を増設。
脚部のマイクロミサイルポッドは解体して重力系の兵装と炉心を搭載する。
それぞれが一瞬で切り替わる。
外装。
兵装。
身体。
「もうスーツ自体が俺の身体な訳だし、これからは装着じゃなくて
◆
一通り肉体性能を確かめ、工房区を出る頃には試験ログがかなり溜まっていた。
量子AIは更なる提案を並べ始めている。
ナノマシン肉体を前提にした新兵装。
全身分離再編型の機動形態。
エデンとの直接接続強化。
超大型兵器との完全同期。
その中でも、すぐ価値が出そうなものをいくつか追っていく。
肉体の一部を切り離して独立兵装化。
全身を霧状に拡散して回避。
武装生成速度のさらなる高速化。
対消滅砲や縮退砲の負荷分散先として、自分の身体そのものを使う高位運用。
「……やれることが増えすぎてるな」
だが、悪い気はしない。
強くなるためにここまで積み上げてきた。
その結果として今があるなら、次にやるべきことは一つ。
使いこなし、経験を積むことだ。
なんて考えていると以前に設定した食事の時間を告げるアラームが鳴った。
ナノマシンと化したことで、食事や睡眠は必要不可欠な要素ではない。
しかし、これを削り出したらいよいよ人間じゃなくなっていく気がする。
非効率的だが、それを楽しむ事こそ人間の醍醐味でもあると俺は思う。
食堂へ向かいながら、思考を切り替える。
流石に今日は頭を使いすぎた。
全部を一日で飲み込むのは無理がある。
食事をして、休んで、明日からまた本格的に進めればいい。
工房区を出る直前、量子AIが次の強化候補を表示した。
その中に、妙に目を引く一案が混じっている。
肉体をさらに広域展開し、局所ではなく空間そのものへ機械群をばら撒く運用案。
単純な近接強化ではない。
戦場支配に近い発想だ。
「……次はそれを詰めるか」
◆
食堂で美食を堪能した後、俺の姿は工房区にあった。どうしても一つ思い付いたアイデアを形にしたくなった為だった。
量子AIはすでに作業卓を空け、先に伝えていた案の詳細を展開していた。
広域展開型ナノマシンの運用。
仮称ではあるが、内容は明快だった。
ナノマシンを拡散・展開し、周囲の空間そのものを機械的な支配領域とする運用方法。
設計卓へ手を置き、思念で設計、演算が働き、創成される。
空間へ薄い光が広がった。
新しい運用方法が身体に
数秒も掛からず、データが完成した。
ナノマシンを薄い霧のように散布し、それを操作、あるいは基点にして刃や盾、補助機構を遠隔で構成する技。
分かりやすく便利で凶悪だ。
試験を開始する。
右手を前へ。
掌からナノマシンを空中へ薄く散らす。
白銀と黒の粒子が、煙とも霧ともつかない状態で広がり、滞留する。
そのまま意識で形を与える。
刃。
霧の一部が瞬き、空中へ何本もの細い黒刃が生まれた。
解除。
今度は面。
粒子群が広がり、半透明の防御膜めいた層を作る。
派手さは無い。
だが、汎用性が高い。
これを煮詰めれば、もっと高次元な戦い方へ繋がる事だろう。
しばらく試す。
霧の密度。
展開速度。
再収束時間。
粒子の割り振り。
感知と防御の両立。
技を試している内に、もう一つアイデアが浮かぶ。
ナノマシンという非定常な肉体になった以上、自分の身体の一部をそのまま遠隔兵装として再構成して、運用する事も可能な筈だ。
兵器召喚や支援機とは違う、自分の感覚を持ったままの兵装。
小型のクリア・オールみたいな高火力射撃型。
ナノマシンの霧と連携して敵を切り刻む刃型。
視覚を共有し、索敵や解析ができる瞳型。
いろいろ機能を盛ったせいで少し時間が掛かったが、試作品が出来る。
命令に応じて空中を滑り、創成した標的を撃ち抜いた後、それらは俺の腕へ戻って再統合された。
量子AIが評価を表示させる。
【新規戦闘運用の有効性を確認】
【継続改良を推奨】
【命名しますか?】
「技名か。そうだな……」
ナノマシンの霧。
遠隔操作する自分の一部。
少し考えて、まずはナノマシンの霧の方へ名前を与える。
「【展開霧装《ミスト・アーセナル》】で」
【登録完了】
次に、自身の一部を遠隔操作する技。
「こっちは【遊離自機《セパレート・プレイヤー》】」
【登録完了】
工房区を出る。
今度こそ本当に休むとする。