BrokenWorld~黒鉄の装着者~   作:半笑いの妖精

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第六十一話:神の領域

 

 翌朝から新しい身体の実地試験に入った。

 工房でいくら挙動を確かめても、結局それは室内試験でしかない。

 欲しいのは、実戦の中でどこまで通じるのかという答えだった。

 シャングリラ・エデンを一時待機させ、周辺一帯の索敵を広げる。

 

 新技である展開霧装(ミスト・アーセナル)と遊離自機(セパレート・プレイヤー)。

 そして、権能へ進化した今の俺自身の確認の為。

 

 最初に接触したのは、岩山地帯を縄張りにするB-級モンスター。

 

▼

モンスター名:裂岩蟷螂(クレイグ・マンティス)

ランク:B-

詳細:岩肌へ擬態する巨大蟷螂。前脚の鎌は高周波めいた振動を帯びており、鉄板すら容易く切断する。外殻も高い防御力を持つ。

討伐P:1800万P

▲

 

 岩山の斜面に、まるで崖の一部みたいに張り付いていた。

 四メートル近い体長。

 前脚の鎌だけで人間の背丈を超えている。

 鎌をゆっくり持ち上げる動きには妙な滑らかさがあり、獲物へ飛び掛かる瞬間は空気を裂くように速い。

 しかし、数多の演算や補助を受けた俺にはストップモーションも同然。

 

 裂岩蟷螂がようやくこちらを捉え、鎌を振り上げる。

 その軌道が異様なくらい遅く見えた。

 避ける必要もない。

 左手を軽く振るう。

 指先を極細の侵食刃へ再編。

 白銀の線が一閃し、蟷螂の頭部から胴体中央まで綺麗に切り開いた。

 光の粒子になる。

 

『討伐ポイントを入手しました』

 

 なんというか戦闘というより作業だったな。

 元よりB級程度では相手にならなかったがそれに拍車が掛かった感じだ。

 

 次に向かったのは、湿地と森林の境目。

 

▼

モンスター名:重牙沼猪(ヘヴィ・ボグボア)

ランク:B

詳細:泥濘地を縄張りにする巨猪。超高密度の筋肉と脂肪層、重金属化した牙を備え、突進力は戦車に匹敵する。泥地での機動力も極めて高い。

討伐P:4300万P

▲

 

 湿地の泥をかき分けて現れたそいつは、沼地を暴走する猪だった。

 肩高三メートル超。

 全長は八メートル近い。

 牙は重機のドリルみたいに太く、泥へ半身を沈めたままでも圧だけで厄介さが伝わってくる。

 向こうもすぐこちらへ気付いた。

 鼻を鳴らし、足場の悪い湿地を無視して一直線に突っ込んでくる。

 以前なら、受けずに流して、関節か眼を狙って……と考えたところだ。

 今は違う。

 真正面から待つ。

 巨猪が踏み込み、泥が跳ね、牙が目前へ迫る。

 右腕を硬化。

 密度増加。

 拳形成。

 殴る。

 ただそれだけ。

 鈍い音が湿地に響く。

 重牙沼猪の顔面が中央から陥没し、巨体が前脚ごと崩れた。

 衝撃波で周囲の泥が波打つ。

 だが俺の腕には少し固いものに触れたくらいの手応えしか残っていない。

 

『討伐ポイントを入手しました』

 

 湿地に沈みかけた巨体を見下ろしながら、ゆっくりと拳を開く。

 

「……サンドバッグにもならないな」

 

 調子に乗っている。

 その自覚はある。

 慢心、油断、余裕。しかし、それを許容したとしても勝利できるだけの強さを持っているのも純然たる事実だった。

 

 次の地へ向かう。

 

 沼地より東、生い茂る森林の空を縄張りにするモンスター。

 

▼

モンスター名:雷哭翼獣(サンダー・グリーフ)

ランク:B+

詳細:雷雲を纏う大型飛行獣。咆哮による衝撃波と高圧電撃を主武装とし、飛行速度・空中機動性ともに極めて高い。

討伐P:5200万P

▲

 

 雲の切れ目から現れたそいつは、獣というより雷そのものが翼を持ったような姿だった。

 羽ばたくたびに空気が裂け、黒い雲が身体の周囲へまとわりつく。

 嘴の代わりに縦へ裂けた口があり、その奥で青白い光が明滅している。

 空戦能力の確認にはちょうどいい。

 背中から推進面を展開。

 空へ出る。

 相手もそれを待っていたらしく、一気に高度を取りながら咆哮した。

 衝撃波。

 続いて落雷。

 何本もの電撃がこちらへ落ちる。

 直撃。

 肩。

 胸。

 脚。

 だが。

 

「…効かねぇな」

 

 痛みすらない。

 熱も、痺れも、内部機構の負荷すら発生しない。

 雷哭翼獣はさらに二度、三度と電撃を重ねた。

 それでも結果は同じ。

 

 今度はこちらの番だと、近付く。

 相手は逃げようと旋回した。

 だが、遅い。

 セパレート・プレイヤーを三機、飛ばす。

 砲撃型を左右。

 刃型を上へ。

 包囲し、それを見た雷哭翼獣が咄嗟に高度を落としたところへ、展開霧装(ミスト・アーセナル)を散布。

 薄く広がった霧の中から、無数の細い刺突杭が生まれる。

 貫通。

 翼。

 胸。

 喉。

 動きを止めた所へ砲撃型のビームで胴体を貫き、刃型で首を断つ。

 

『討伐ポイントを入手しました』

 

 空に散っていく光の残滓を見ながら、山林を進む。

 

 お次の相手は山地を一帯ごと削りながら動く怪物。

 

▼

モンスター名:崩峰大亀(カタスト・タートロック)

ランク:A-

詳細:山岳地帯に棲息する巨大岩亀。甲殻は山壁級の強度を誇り、地脈を乱して土砂崩れや岩槍噴出を引き起こす。

討伐P:1億2500万P

▲

 

 最初に詳細が出た時はどれが対象か分からなかった。

 

 空から見下ろした事で全体像が見え、ようやく大地自体が巨大な亀型モンスターだと認識が出来た。

 甲殻の一枚一枚が崖みたいに積み重なり、首を出しただけで周囲の森林が薙ぎ倒される。

 A-級。

 ここでようやく戦いになるかもしれないという期待が湧いた。

 

 崩峰大亀は、こちらを敵と認識すると同時に地面へ魔力を走らせた。

 山肌が割れる。

 岩槍が無数に噴き出す。

 地脈の乱れがそのまま周辺一帯の破壊へ直結している。

 避ける。

 いや、避けなくても当たらない。

 岩槍が身体へ直撃した。

 胸に。

 腹に。

 肩に。

 それでも、何も起きない。

 刺さることすらない。

 接触した瞬間に砕け、砂塵になって崩れるだけだ。

 

「……A-でも駄目なのか」

 

 呟きながら、前へ出る。

 巨体の真正面。

 首。

 目。

 甲殻の隙間。

 どこを狙うか一瞬だけ考え、結局一番単純な方法を選んだ。

 展開霧装で杭型を形成。

 高密度化し、さらに内部へ振動層を追加。

 そのまま甲殻中央へ叩き込む。

 崩峰大亀の甲殻が、音を立てて割れた。

 山壁級の強度。

 確かにそうなのだろう。

 だが、それは今の俺を基準にした強度ではない。

 ひび割れた甲殻の内側へ遊離自機を一機滑り込ませる。

 内部で高出力炸裂。

 巨亀はそれだけで止まった。

 

『討伐ポイントを入手しました』

 

 甲殻の残骸が山みたいに崩れる。

 土煙の中に立ちながら、少しだけ無言になる。

 未だ作業感が払拭できない。

 

 今の戦闘を振り返り、少しずつ自分が得た力を理解し始めた。

 

 種族:機神(偽)。

 権能:人造機械偽神(デミ・エクス・マキナ)。

 

 説明は見たし、頭でも理解したつもりだった。

 しかし、まるで足りていなかったらしい。

 神の領域に立つ、というのはどういう事か。

 

 その意味がもう間もなく見え始めていた。

 まだまだ試験を続ける。

 今度は田畑と荒れた市街地の境目で、A級を見つけた。

 

▼

モンスター名:燼鎖冥騎(アッシュ・ネクロチェイン)

ランク:A

詳細:焼け崩れた王都跡を徘徊する冥府の騎士。灰の鎖と黒焔馬を従え、拘束・灼断・呪詛侵食を同時に行う高位不死系モンスター。

討伐P:2億9000万P

▲

 

 崩れた高架橋の上に立っていた。

 黒い馬。

 灰色の鎧。

 その全身から伸びる鎖が周囲の廃ビルへ絡み付き、まるで都市そのものを従えているみたいに見える。

 A級らしい威圧感はある。

 剣呑さも充分だ。

 

 燼鎖冥騎は、こちらを見つけるなり鎖を放った。

 数十本。

 束になった拘束具が空間を裂いて飛ぶ。

 直撃。

 腕。

 胴。

 脚。

 黒い鎖が身体へ巻き付き、そのまま呪詛と黒焔を流し込んでくる。

 普通の相手なら、その場で拘束されて燃やし尽くされるのだろう。

 しかし、やはりというか今の俺には何も起きない。

 鎖は食い込まず、炎は肌を焼かず、呪詛も届かない。

 

「無効化、と」

 

 少し拍子抜けしながら、逆に相手の反応を見た。

 燼鎖冥騎が明らかに動揺した。

 馬上で体勢を変え、鎖をさらに締め上げようとする。

 その動作に躊躇が混じる。

 多分、今の時点で向こうも理解したのだ。

 効いていない、と。

 だからそこで終わらせる。

 展開霧装を周囲へ散らす。

 黒い霧と灰の鎖がぶつかり合い、霧の中から生えた刃が鎖を寸断する。

 そのまま遊離自機の射撃型を三機展開。

 背後、高所、死角。

 斉射。

 燼鎖冥騎の胸甲と馬の頭部を同時に撃ち抜く。

 それでも動こうとしたので、最後は俺自身が高架橋へ踏み込み、腕を刀剣状へと再編しもろとも両断した。

 

『討伐ポイントを入手しました』

 

 A級。

 やはりダメージ無し。

 ここまで来ると、もはや確認作業に近かった。

 

◆

 

 それからも見つけたモンスターを討伐し続けていると索敵センサーが高脅威反応を示した。

 

 場所は、巨大なダム跡。

 崩れたコンクリート壁と濁流の中間。

 そこに立っていたのは、人型だった。

 いや、人型に見えるだけだ。

 近付くほど分かる。

 甲冑。

 大剣。

 背後に浮かぶ無数の刃。

 その全てが、刀剣で構成されていた。

 

▼

モンスター名:剣墓怨霊王(ソード・モーソレアム)

ランク:A+

詳細:数万の戦死者と武具の怨念が集合し、一つの王格を得た怪物。無数の浮遊剣による呪詛侵食や、本体自体も剣の極地とも言える技量を扱う。

討伐P:5億2000万P

▲

 

「……へぇ」

 

 ぬらりひょんに匹敵…いや討伐ポイントを見るなら更に上位に位置するモンスター。

 

 立っているだけで空気が張る。

 剣圧という言葉を、そのまま質量へ変えたような存在感。

 背後に浮かぶ剣は百を超え、一本一本が独立した殺意を放っている。

 A+。

 ようやく、まともな試験相手かもしれない。

 剣墓怨霊王はこちらを一瞥した次の瞬間、背後の剣群が雨のように飛んできた。

 

 剣群の一振一振が、緩急がつけられ、斬り込む角度も死角を作った上でそこを突くように襲い掛かってくる。更に、剣に纏う呪詛はぬらりひょんの時よりも濃密で少し前の俺だったら苦戦は必死だった事だろう。

 

 しかし。

 

 剣群が俺に届く事は無かった。

 

 薄皮一枚を裂くことすらできずに、直前で弾かれて地面へ落ちるだけ。

 

 A+ですら、足りない。

 偽物の機神である俺の元へ届くには。

 

 剣墓王はすぐにそれを理解した。

 距離を詰める。

 自ら剣を握り、近接戦へ切り替えてきた。

 速い。

 重い。

 踏み込みも、切り返しも、剣線も綺麗だ。

 純粋な剣技だけなら俺を凌駕していると言っていい。

 

 だが──届かない。

 

 斬撃が肩を掠める。

 首へ走る。

 脇腹を狙う。

 全てが神の領域によって防がれる。

 剣墓王の動きが一瞬だけ硬直した。

 信じられないのだろう。

 そこへ踏み込む。

 右腕を大剣形態へ再編。

 左腕と背中、両足を推進機構へ。

 加速しながら踏み込み、一閃。

 王の胴が斜めに断たれた。

 それでも終わらない。

 A+級らしく、剣群を全方位に生成し、展開。千を越える呪いの刀剣で最後の飽和斬撃を仕掛けてくる。

 このまま止めを刺すことも出来るが、実験に付き合ってくれた礼だ。

 他の技も見せてやろう。

 

 展開霧装の散布範囲を一気に広げる。

 周囲十数メートルを機械霧で満たし、その中へ遊離自機を滑り込ませる。

 そして、剣型から始まり刀、大鎌、短剣、曲刀、細剣、金槌、銃砲。

 様々な形態の武装群を展開する。

 

 武装群は剣群を呑み込みながら、そのまま剣墓怨霊王を穿ち、斬き刻み、抉り、殴り付ける。

 

 甲冑が砕け、剣はへし折れた。そして最後、高出力の閃光に呑み込まれた。

 

『討伐ポイントを入手しました』

 

◆

 

 それからも権能の性能、神の守護を確めるべく狩りは続いた。

 森、山、湿地、廃都市、河川、田畑。

 

 遭遇したものを片っ端から試し、潰し、記録していく。

 

 どの戦いでも、結論は変わらなかった。

 

 実に一方的な。

 戦いとも呼べないワンサイドゲーム。

 丸一日。

 数にして百三十一体。

 しかし、最後までダメージを負う事は無かった。

 そこでようやく理解できた。

 神の領域に立つというのは、こういうことなのだと。

 A級以下からの攻撃や干渉ではもう傷一つ負う事はない。

 

「……これなら」

 

 夜の空を見上げる。

 頭に浮かぶのはあの光人の姿。

 アドヴェント・ヒューマライト。

 未だに胸の奥へ棘みたいに残っている、最初の圧倒的上位存在。

 今なら。

 この力なら。

 あの時の雪辱を晴らせるかもしれない。

 

◆

 

 シャングリラ・エデンへ戻る。

 体に疲労はほとんどない。

 だが、思考は妙に静かだった。

 試験の結果があまりにも明白だったせいで、余計な興奮が抜け落ちている。

 司令・演算統括室へ入り、中央卓の前に立つ。

 ショップを開く。

 

【万物並びし神の商い(ショップ・オブ・サラスヴァティー)】

 

 カテゴリ。

 情報。

 人物。

 対象指定。

 

「アドヴェント・ヒューマライト」

 

 項目が揺れ、価格が表示される。8000万P。

 今の俺にとっては端金も同然。

 

「購入」

 

【情報購入:承認】

 

 頭の中へ情報が流れ込む。

 名称。

 ランク。

 性質。

 行動傾向。

 そして、現在の居所。

 その位置情報が立ち上がった瞬間、思わず目を細める。

 

「……そこか」

 

 ようやく、届く場所に来た。

 今度は追うだけじゃない。

 辿り着ける。

 辿り着いた先で、戦える。

 シャングリラ・エデンの外では、夜の雲海が静かに流れていた。

 次に向かう先は、もう決まっていた。

 

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