BrokenWorld~黒鉄の装着者~ 作:半笑いの妖精
アドヴェント・ヒューマライトの現在地は掴んだが、すぐには挑まない。
相手は、かつて歯牙にも掛けられなかった存在だ。
避難所を壊滅させ、葛西さんたちを蹂躙し、俺自身も手も足も出ずに地面へ叩き付けられた相手。
積年の雪辱を晴らすなら、準備は入念に行うべきだった。
コンディション。
兵装。
ネメシス・ムーン三機の演算分担。
クリア・オールの照準と出力系統。
シャングリラ・エデンの姿勢制御。
艦内隔壁、防御機構、緊急送還ライン。
思い付く限り、すべてを万全にする。
「全系統の整備開始。クリア・オールからネメシス・ムーン、浮遊砲台まで、全兵器と全兵装を完璧に仕上げろ」
【了解】
【全兵装調整シーケンス開始】
工房区では、細かな調整を続けた。
再編した
ナノマシンによる兵装構築速度。
どれ一つ取っても、かつてなら切り札どころか世界を揺るがす兵器だ。
それでも安心はできなかった。
夜は温浴区で身体を流し、食堂で遅い食事を取る。
窓の外には雲海が広がっていた。
シャングリラ・エデンは静かに巡航しながら、決戦地点へ近付いている。
ラウンジの観測壁には、アドヴェント・ヒューマライトの予測位置が薄く表示されていた。
その白い点をしばらく眺めてから、意識を落とした。
◆
決戦当日の早朝。
シャングリラ・エデンは高高度を取り、目標地点を見下ろしていた。
眼下は都市跡。
高層ビル群はほとんどが崩れ、地表には大きなクレーターや裂け目が幾つも走っている。
中心部だけが妙に白い。
ガラス化でも焼失でもない。
もっと乾いた、無機質な白さだ。
その只中に、光人は立っていた。
▼
モンスター名:
ランク:S
詳細:超災害級の念動能力を持つ人型の光。その力は大地を浚い、海を割断し、星を落とす。討伐するなら不可視かつ不可知の一撃が推奨される。さもなければ空間を歪める程の怒りが襲うだろう。
討伐ポイント:12億
▲
人型。
だが、人の輪郭をあまりにも超えている。
白光で構成された肢体。
人に似た輪郭。
だが中身が質量や肉体でできていないことは、遠目にも分かった。
背後には幾条もの光の帯が漂い、翼にも触手にも見える残像を作っている。
立っているだけで、周囲の空間がわずかに歪んでいた。
「……見つけた」
観測壁越しに見るだけで、胸の奥が冷える。
以前感じた理不尽が、記憶よりも鮮明に蘇った。
だが今は、その冷たさを押し返すだけの実感がある。
届くかもしれない。
それだけで充分だった。
司令・演算統括室の中央に立つ。
量子AIが火器管制をエデン全域へ接続する。
「
【了解】
【主砲出力、制限解除】
【照準固定】
【撃発準備完了】
「
しかし、こちらの最大火力がどこまで届くのか。
相手がどう捌くのか。
それを知るだけでも価値がある。
砲身へエネルギーが充填されていく。
光が熱へ変わり、さらに質量めいた圧を帯びていく。
撃発。
放たれた一条は、砲撃を越えた破滅だった。
進路上の大気を消し飛ばし、雲を割り、空を裂く。
眼下の都市跡へ、一直線に落ちていく。
光人は動かない。
確実に気付いている筈なのに避ける素振りすら見せなかった。
ゆっくりと、片手が上がり──そして空間が歪んだ。
超念動。それによってクリア・オールの最大出力が防がれて…いや、受け止められていた。
包み込むように空間ごと掴んでいる。
光の奔流が一点へ潰され、螺旋を描きながら圧縮される。
大気。
空間。
周辺の景色。
「おい……!」
受け切るだけでも異常だ。
それをさらに圧縮している。
まるでこちらの最大火力を素材として再加工しているようだった。
次の瞬間、圧縮された破滅が打ち返された。
「
【受理】
【全防壁、最大】
【偏向層、多重化】
【
エデン前面に幾層もの防壁が走る。
偏向。
反転。
吸収。
逸らし。
ありったけを重ねる。
返ってきたのは、さっき自分で撃った最大出力よりも、さらに嫌な形へ圧縮された死そのものだった。
激突。
司令室の床が跳ねた。
第一層は蒸発。
第二層は熱と圧力で崩壊。
第三層が歪みながら威力を殺し、四層目でようやく勢いが鈍る。
【前部外装:大破】
【偏向障壁:損耗甚大】
【反重力系統:軽中損傷】
「……防げた、か」
完全ではないがそれでも耐えられた。
だが、安堵は一瞬で消える。
光人が動いていた。
打ち返しの一撃に紛れるように、既に上空へ飛び上がっている。
白い残光が、一直線にエデンへ迫っていた。
「迎撃準備ッ!」
【主要兵装:壊滅】
【迎撃困難】
「クソッ……!」
速すぎる。
打ち返したクリア・オールの陰に隠れ、突っ込む。
まさか特級の戦力を持つ存在がそんな策を弄するとは思わず、対応が後手に回った。
即席で迎撃兵装を創成し、砲火を張るが…効果が有るようには見えない。
光人の干渉が始まった瞬間、エデン全体が悲鳴を上げた。
司令室を飛び出す。
内部隔壁が侵入を防ごうと閉まり始めるが、ほとんど意味を成していない。
侵入箇所へ向かい、最初に見えたのは重盾機が障壁ごとビー玉サイズへ圧縮される光景だった。
中型砲戦車は宙へ持ち上げられ、紙粘土のように形を変えていく。
自分の行く進路こそが道であると言うように、光人は好き勝手に通路をねじ曲げ、道を作っていた。
黒と白銀の外殻が全身を走る。
光人が振り向いた。
顔らしい顔はない。
それでも、見られたと分かる。
重力方向が狂ったかと思う程の重圧が全身へ叩きつけられた。
床が割れる。
膝が沈む。
だが、あの時とは違う。
空間に掛かる圧へ抗う。
身体を動かす余裕ができたところで右腕を砲塔化。
高密度・高速度の圧縮弾を連続で叩き込む。
白い残像が揺れた。
初めて、光人の外側に明確な反応が出た。
避けたのか、受けたのか、その境界は分からない。
だが無効ではない筈だ。
空間へ薄い霧が広がり、刃と盾と感知層を同時に立ち上げる。
光人は右手を軽く動かした。
散布した霧が圧縮され、小さな黒い点になって消える。
後方から差し込んだ射撃型の火力も、指先の揺れだけで軌道をずらされた。
背後を取らせた近接型は、空間ごと捻じり潰される。
やはり強い。
まだ遠い。
だが、戦いにはなっている。
光人の姿がぶれた。
目の前。
速い。
左腕を盾化して受ける。
白い拳。
ただの一撃ではない。
超念動が渦巻き、触れた物質を塵へ変えるような圧を帯びていた。
A+級では傷すら付かなかった盾面が砕ける。
念動の余波で、左腕が肩まで消し飛んだ。
【左腕部:消滅】
【自己再構築開始】
吹き飛ばされる。
通路の壁を三枚抜けて、ようやく受け身を取れた。
失った部位を再構成する。
光人が追ってくる。
このまま本格的にエデン内部で戦闘を行えば、十分と掛からず破壊し尽くされる事だろう。
……ならば。
「量子AI! エデンの自爆シーケンスを起動しろ!」
【命令受理】
【炉心群:超過稼働開始】
【反重力系統:崩壊進行】
鉄屑にされるのを待つより、超大なダメージソースとして使う事を選択する。
反応炉系統へ圧が通る。
格納区画で爆発が走り、外殻の支持構造が一つずつ壊れていく。
船体が軋む。
床が傾く。
壁が割れる。
照明が明滅し、遠くで巨大なものが引き剥がされる音が重なった。
通路の奥では、白い人型が変わらず歩いてくる。
周囲の崩壊すら背景にしか見ていない足取り。
実に余裕綽々な態度だが、むしろ都合がいい。
「オラァッ!」
傾いた床を蹴る。
滑るように間合いへ入る。
右腕をパイルバンカーへ再編。
再生途中の左腕は無理やり重力刃へ。
霧を纏いながら、正面から突っ込む。
光人の腕と交錯した。
火花も音もない。
互いに干渉した空間だけが、ぐにゃりと歪む。
入った。
そう思った瞬間、逆にこちらの腕が消えかけた。
空間を捻る超念動。
競り合えば、腕から全身まで持っていかれる。
即座に右腕を自切し、影響範囲から脱する。
ナノマシン身体だからできる判断だ。
以前の肉体なら、そのまま終わっていた。
反重力機構が限界に近づき、エデンの巨体が断続的に沈み始める。
各区画の重量配分が狂い、格納層の大型レールが外れ、工房区の支柱が歪み、居住区の観測壁にひびが走った。
【第二外殻帯:崩壊】
【格納区画C:喪失】
【主推進補助翼:機能停止】
【中層生活区画:圧壊進行】
【反重力核、制御限界間近】
一つずつ、あるいは同時に壊れていく。
工房区の天井が落ちる。
兵器搬送ラインが千切れる。
食堂の壁面が剥がれ、空の風が吹き込む。
建造に費やした半年の記憶が、壊れる音に重なった。
それを決意の燃料にする。
エデンの犠牲は無駄にしない。
◆
一際大きな爆発と振動が起き、船体が大きく傾いた。
墜落まで秒読みだ。
量子AIが緊急退避ルートを表示する…が、離脱はしない。今俺が退避したら誰がこいつを自爆にまで足止めすると言うのか。
光人は墜ちゆくエデンの中で平然と立っていた。
崩壊する床も、渦巻く爆炎も、吹き込む空風も、その存在には影響を与えていない。
傾斜した廊下を蹴る。
床そのものが滑り台みたいに崩れていく中、重力制御で一瞬だけ足場を作りながら距離を詰める。
光人が片手を上げた。
見えない圧が来る。
霧を薄く散布し、圧の動きを把握。
圧力勾配の薄い一点へ体を滑らせる。
左腕を刃化し、肩口へ斬り上げる。
浅い。
だが通った。
光人の動きが変わった。
今までの緩慢さが消え、明確に速くなる。
反撃の拳。
空間ごと砕く一撃。
直撃直前、左半身の分子結合を解いてダメージを逃がす。
完全に無傷ではないが、まともに喰らうより遥かに軽い。
削れた輪郭を即座に再生成する。
次の踏み込みに入ろうとした瞬間、反応炉が連鎖的に誘爆した。
白に近いオレンジの爆炎が隔壁ごと通路を吹き飛ばす。
衝撃で船体が真横へ捻れ、俺も光人も同時に浮いた。
床も壁も天井も、意味を失っていた。
「量子AI、自爆最終段階まであと何秒だ?」
【主炉心群臨界まで27秒】
【推奨:即時離脱】
…この化物を27秒足止めか…OK…!
「……やってやるさ」
霧を散布。
遊離自機を四方へ放つ。
光人の周囲。
墜落するエデンの破片。
千切れた装甲板。
燃える兵装残骸。
その全部を足場と障害物に変え、最後の数十秒を削りに行く。
◆
足止めを完遂するため、権能を全力稼働させた。
墜落しつつあるシャングリラ・エデン内部で、俺は艦内の全てへ干渉する。
隔壁を内側へ向けて突き出す刺突杭へ再編。
搬送レールは捻れて持ち上がり、蛇のように光人の足元へ絡み付く拘束具へ。
砕けた装甲板は何十枚もの円刃へ変わり、壁や天井を滑るように飛び回る。
千切れた配線や流路は鞭になり、死角から四肢へ巻き付く。
崩落しかけた支柱は、檻になり、杭になり、空間そのものを狭める罠へ変わった。
エデンの大半は創成物だ。
つまり、ここにあるもの全てが俺の手数になる。
直進すれば槍衾。
上へ逃げれば回転刃。
下へ潜れば圧縮壁。
左右へ逸れれば収束砲の射線が交差する。
だが、それでも光人は止まらない。
白い腕が動く。
拘束具がまとめて捻じ切れた。
刺突杭が逆に跳ね返る。
回転刃は空中で静止し、次の瞬間にはこちらを襲ってくる。
光人の周囲だけ、物理法則が塗り替えられている。
それでも押し返す。
檻が砕かれれば、さらに外から檻を生やす。
壁が捻られれば、その捻れを利用して刃の渦へ変える。
通路ごと吹き飛ばされたなら、崩れた残骸を圧縮して質量弾に変える。
壊されては創り変え、また壊される。
その最中、遊離自機の一部を少しずつ戦場の外へ逃がしていく。
指先ほどの微小構成単位。
腕の一部。
感覚器官の断片。
霧へ紛れ込ませ、崩壊するエデンの外壁を抜けた先へ退避させる。
あとは時間を稼ぐだけでいい。
【主炉心群臨界まで10、9、8……】
光人が腕を振るう。
前方の通路がまとめて押し潰された。
厚い装甲も、重盾機の残骸も、創成した刃の群れも、一つの黒い塊へ圧縮される。
その塊が砲弾のように射出された。
避ける。
背後の区画が丸ごと消し飛ぶ。
反撃に、床一面から塔槍を生やす。
天井は落ちる槌へと変成。
左右の壁を噛み合わせ、万力のように閉じる。
遊離自機を霧の中へ潜ませ、白い輪郭の死角から高密度の穿孔弾を撃ち込む。
止まらない。
だが、遅くはなる。
確かに、ほんの僅かずつ足は鈍っている。
【3】
【2】
【1】
最後に、目の前の廊下そのものを畳んだ。
床と天井と壁を同時に折り曲げ、巨大な圧縮塊へと変える。
ありったけの質量を押し込み、光人を閉じ込めた。
そして──視界が白に染まる。
◆
一瞬のホワイトアウトを経て、退避させていた遊離自機の一つから、再構築していく。
足止めに割いていた権能のリソースを当て、復元速度を上げる。
指先ほどの断片から薄膜の感覚器官が伸びる。
装甲、内蔵兵器、兵装。
順に構築され、数秒で人の輪郭を取り戻した。
視界が戻る。
半径2キロ強。
その範囲が、灼熱と爆炎に呑まれていた。
ビルは熱で融け、地表は綺麗な円形に抉れている。
外周ではコンクリートが飴みたいに垂れ、鉄骨が赤熱したまま歪んでいた。
中心部は、もはや都市跡ではない。
巨大な火口だ。
エデンの残骸はほとんど見当たらない。
拠点一つと、フルカスタムしたネメシス・ムーンを含む自分の切り札の大半を代償にした自爆。
並みの相手なら、討伐を確信する一撃。
だが、相手はあの光人だ。
これで倒せているわけがない。
そして、その確信は残念な事に裏切られなかった。
爆心地が一瞬、白く強く発光し──次の瞬間、白は濁り、沈み、ドス黒く輝く光へ変わった。
情報が更新される。
▼
モンスター名:
ランク:S+
詳細:降臨せし光人が激怒に身を染め、本来の姿を表した姿。【権能:神の腕】を有しており、あらゆる物を意のままに動かす。
討伐ポイント:35億
▲
「……はっ」
どうやら今までは、まだ本気じゃなかったらしい。
遊んでいたら手痛いダメージを受けて本性を表した、ということだろう。
とは言え、それが分かったところで何かする訳でもない。
どちらが上か決するだけだ。
◆
黒い光が、爆心地の中心で脈打っていた。
人型は維持している。
だが、もはや白い光人ではない。
神々しかった輪郭は、黒を孕んだ光へ変質している。
背後に漂う帯は増え、幾本もの腕のように見えた。
実際、それは腕なのかもしれない。
本体だけでなく、周囲に広がる黒光までもが手として機能しているように見える。
周囲の景色が動いた。
抉れた地面が持ち上がる。
融けたビルの残骸が中空で止まる。
道路の破片、鉄骨、ガラス、瓦礫、爆心地の熱気すらも、見えない掌に掴まれたように浮遊する。
数百では利かない。
「これが神の腕、ってやつか」
文字通り視界に映る全てが来た。
都市そのものが砲弾になって殺到する。
ビルの残骸が槍になり、鉄骨が鞭になり、融解したコンクリートが大波になって押し寄せた。
右へ跳ぶ。
肉体の結合を曖昧にして隙間を滑り抜ける。
霧を撒いて軌道を撹乱。
盾化した遊離自機を前に出す。
直撃は避けた。
だが余波だけで地面が削れ、半径数十メートルが更地になる。
生半可な攻撃は容易く弾かれる。
下手をすれば初手のクリア・オールのように跳ね返される。
必要なのは、情報通りの一撃。
不可視かつ不可知。
感知されないから防がれない。念動の対象に取られない刃。
幸い、土台はある。
切り離して潜ませた遊離自機。
爆発で吹き飛んだ残骸に紛れ込ませた展開霧装。
敵の視線を引き付けるための本体。
「さて」
黒く輝く亜神と向き合う。
両腕を広げる。
掌から霧を解き放つ。
爆心地の熱で揺らぐ空気へ、白銀と黒の微粒子が静かに溶けていく。
目の前の亜神は、新たな腕を生やすように黒い光を広げていた。
都市跡全体が、その支配下へ落ちようとしている。
なら、こちらも同じだ。
ナノマシンを散布し、戦場そのものを俺のものへ変える。
◆
最初にぶつかったのは、支配権だった。
瓦礫が浮く。
霧が広がる。
互いの領域が、爆心地の空気の中で噛み合う。
神の腕は、あらゆる物を意のままに動かす。
なら、俺の霧も当然掴みに来る。
黒い光が指先のように伸び、展開霧装の一部へ触れた。
その瞬間、霧の一角がまとめて握り潰される。
だが潰された部分は、俺の肉体全体から見れば表層の一部に過ぎない。
即座に切り捨て、別の粒子群へ演算を移す。
今度はこちらが動く。
霧を刃にはしない。
盾にも変えない。
ただ、薄く、薄く広げる。
感知層。
熱。
圧力。
念動の流れ。
黒い光の腕がどこを掴み、どの方向へ動かしているかを読むための皮膚。
亜神が右手を払う。
爆心地の片側に残っていたビルの上半分が、まるごと横薙ぎに飛んだ。
数十万トンの瓦礫が、一枚の巨大な刃みたいに空を裂く。
避ける。
ただ避けるだけでは終わらせない。
ビル片の表面へ霧を貼り付ける。
掴まれた物質の流れを逆算。
神の腕が、どこを起点にどの角度で力を掛けているかを読む。
見えた。
完全ではない。
だが、圧の中心が分かる。
そこへ遊離自機を一つ潜り込ませる。
小指の爪ほどの小さな自機。
役割は攻撃ではない。
観測。
次の瞬間、黒い腕がそれを握り潰した。
「は、良く見てんな」
ならば、もっと小さく。
もっと薄く。
もっと意味を消す。
不可知の準備。
単に透明にするだけでは駄目だ。
熱を隠しても、質量が残る。
質量を隠しても、魔素の揺らぎが残る。
魔素を消しても、空間への干渉が残る。
なら、攻撃として存在させない。
刃ではなく、環境の揺らぎとして配置する。
武器ではなく、ただそこにある微小な誤差。
敵の認識に意味として拾わせない粒子群。
その設計を、戦闘中に組む。
亜神が腕を広げる。
爆心地の周囲から、瓦礫が一斉に持ち上がった。
今度は一点集中ではない。
全方位からの圧殺。
上下左右。
前後。
逃げ道を消すように、都市の残骸が球形に閉じてくる。
バトルモードを再構成。
背部に推進。
脚部に重力滑走。
肉体の輪郭を流動化。
展開霧装で圧の薄い箇所を検出。
抜ける。
瓦礫の隙間をすり抜けながら、体の一部を霧化し、硬い部分だけを後から再構成する。
それでも何発かは掠めた。
肩が消える。
腰の一部が削れる。
左脚の外殻が飛ぶ。
すぐに戻る。
ダメージというより、形が乱れただけだ。
だが、黒い光がそこへ追いつく。
掴まれた。
右半身の粒子群が、一瞬だけ引き千切られそうになる。
「っ……!」
神の腕は、物質だけではなく流動したナノマシンまで的確に掴んでくる。
ただ分散すれば安全というわけではない。
即座に右半身を切り離す。
握り潰される前に、自分から捨てた。
残った左半身側から再構築。
右腕、右肩、右胸。
数秒にも満たない時間で戻す。
その間にも、不可知の刃は少しずつ育てていた。
爆心地全体に撒いた霧の中、わずか一筋だけ。
光人の認識に攻撃として認識されない規模で創成する。
刃ではない。
弾でもない。
熱でも質量でもない。
ただ、空間に混じった微細な粒子の配置。
あとはチャンスが来るまで忍ばせるだけだ。
正面で派手に動き、意識のリソースを全て俺に向けさせる。
右腕を大型銃口へ再編。
対消滅砲は止めておく。
単純なエネルギー弾ではクリアオールのように跳ね返される可能性が高い。
代わりに、重力波と質量弾を混ぜたエネルギーと実弾を混ぜた様な疑似衝角弾を形成し、放つ。
亜神の黒い腕が、その砲撃を真正面から掴んだ。多少やり辛そうではあったものの、最終的には潰され、捻られ、返してきた。
予測済みだ。
返された弾道を、無数に生成した展開霧装の盾で受け流す。
爆心地の地表を抉りながら、逸らされた質量弾が遠方へ抜けた。
その隙に接近する。
神の腕が来る。
見えない掌。
触れられれば、身体の構成ごと持っていかれる。
霧で輪郭を偽装する。
本体の位置を少しずらす。
遊離自機を三つ、囮として前へ出す。
三つとも握り潰される。
だが、本体は抜けた。
懐へ入る。
至近距離。
黒い光の輪郭が、目の前にある。
拳を高密度化。
密度だけでは足りない。
打撃の瞬間、拳内部へ小規模な縮退反応を走らせる。
殴る。
初めて、亜神の胴体が大きく揺れた。
黒光の表面に亀裂のような乱れが走る。
だが、浅い。
直後、光背の黒い帯が腕へと変わる。。
四本。
いや、八本。
回避が間に合わない。
さらにナノマシンの結合を弱め、破裂する様に飛散しその場から逃れる。大部分は捕まったが、俺の場合は極論ナノマシンの一粒さえ残っていれば再生が可能だ。
ダミーとして他にも俺の姿を模した人形を同時に発生させつつ本体を数メートル後方、瓦礫が捲り上がった死角で再構築する。
心肺が無いから呼吸は荒れない。
筋肉もないから身体の運動能力が下がることもない。
しかし思考の負荷が凄まじい。
S+。
そして権能持ち。
やはり、A+以下とはまるで違う。
「いいじゃねぇか……!」
口元が勝手に歪む。
ようやく、戦っている感覚がある。
死なないだけでは勝てない。
届くだけでは足りない。
こちらの不滅性と、相手の支配力。
どちらが先に相手の理へ穴を開けるか。
勝負はそこだった。
◆
不可知の刃が、位置に着く。
亜神の背後。
黒い光の腕が最も薄く、しかし本体から離れすぎていない位置。
まだ撃たない。
防がれる。
一度でも存在を拾われれば、神の腕に掴まれて終わる。
だから正面で、もっと大きな危険を作る。
戦闘形態をさらに重くする。
人型から外れる寸前まで、腕と背を兵装化。
右腕に圧縮砲。
左腕に重力刃。
背部から無数の短砲身。
脚部は重力滑走と推進の複合。
攻撃の意味を強くする。
敵に、こちらこそ本命だと思わせる。
真正面から突っ込む。
亜神の腕が無数に広がる。
瓦礫が浮く。
空間が握られる。
熱気すら束ねられ、黒い光の槍になって降る。
全部を避けるのは不可能。
身体を散らす。
戻す。
削れる。
再生する。
切り離す。
拾い直す。
その繰り返しで進む。
近付けば近付くほど、圧が濃くなる。
神の腕の干渉密度が上がり、身体の構成単位が一瞬ごとに持っていかれる。
だが、戻る。
俺はもう単一の肉塊ではない。
バラバラにされても、俺である情報が残る限り組み直せる。
距離、二十メートル。
十メートル。
五メートル。
亜神が初めて、明確にこちらへ全ての腕を向けた。
正面。
圧殺。
空間が閉じる。
体が潰れる。
いや、潰される前に自分で解く。
全身を霧化。
存在情報を複数の遊離自機へ一時分散。
圧縮される空間を通り抜け、亜神の背後側で再構築。
同時に、本命を走らせる。
不可視。
不可知。
攻撃としての意味を持たせないまま育てた微細な刃。
空間の誤差として配置していた線が、亜神の背後から首筋へ触れた。
触れた瞬間に、意味を与える。
刃。
圧縮。
侵食。
切断。
黒い光の首筋に、細い傷が走った。
浅い。
だが、通った。
亜神の動きが止まる。
ほんの一瞬。
それで充分だった。
「見えなかっただろ」
その一瞬へ、真正面から拳を叩き込む。
縮退反応を乗せた拳が胸部を撃ち抜く。
黒い光が爆ぜ、周囲の腕が乱れた。
だが、倒れない。
激怒せし動作の亜神は、傷口からさらに黒い光を噴き上げる。
怒りが濃くなる。
神の腕が増える。
周囲の瓦礫どころか、地表そのものが持ち上がり始めた。
爆心地全体が、巨大な掌の中にあるように軋む。
都市跡が浮く。
いや、地面が剥がれている。
「……まだ上があるか」
亜神の背後で、黒い光の輪が広がった。
神の腕が、戦場全体を掴む。
逃げ場が消える。
不可知の刃は通った。
ダメージも入った。
だが、まだ足りない。
次は、あの傷を起点に中へ入る必要がある。
霧をさらに広げる。
遊離自機を再配置する。
全身のナノマシンを戦闘用へ振り切る。
黒い亜神が、空間ごとこちらを握り潰そうと腕を閉じた。
真正面から受ける気はない。
逃げる気もない。
俺は自分の身体を細かく裂き、霧の一部として爆心地全体へ広がった。
同時に、首筋に刻んだ細い傷へ、不可知の粒子群を流し込む。
外からではなく、中から。
神の腕が閉じる。
爆心地が潰れる。
その直前、俺の意識は亜神の内側へ滑り込んだ。