BrokenWorld~黒鉄の装着者~   作:半笑いの妖精

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第六十三話:弑虐

 

 内側へ入った瞬間、感覚の質が変わった。

 外から見えていた黒い光の輪郭は、内部ではもっと複雑だった。

 肉でも機械でもない。

 光と念動と権能が絡み合った、巨大な運動制御体。

 それが激怒せし動作の亜神(レイジング・デミゴッド・キネシス)の本質だった。

 神の腕。

 あらゆる物を意のままに動かす権能。

 それは単なる念動力ではない。

 周囲の物質を掴む。

 空間を捻る。

 質量を圧縮する。

 熱や衝撃すら手足のように扱う。

 その全てを支えているのが、亜神の内部に巡る黒光の流路なのだ。

 それを破壊する。

 侵入させたナノマシン群をより細く、より広く散らす。

 そして亜神の身体に根を張るまでは異物として認識されないよう、無害を装い流路の乱れに合わせて流す。

 熱の揺らぎ。

 圧の歪み。

 光の粒子。

 それらに紛れ込ませる。

 亜神の外側では、神の腕が閉じていた。

 爆心地全体を握り潰すように、黒い光が地表を歪める。

 都市跡が持ち上がり、瓦礫が圧縮され、空間そのものが軋む。

 同じくして亜神の全身へナノマシンが広がったのを確認する。

 

 もはや躊躇いはなく、内側から殺意の刃を突き立てる。

 

 ナノマシンが一斉に性質を変えた。

 無害な存在から、万物を分解し、侵食する存在へ。

 

 亜神の内部組織を分子レベルで解体し始める。

 黒い光の流路が裂けた。

 外部の瞳型に映る亜神が震えた。

 咆哮はない。

 声もない。

 だが、空間全体が揺れたことで絶大な苦痛を受けている事が分かる。

 

 神の腕が握っていた瓦礫の一部が制御を失い、地面へ落ちた。

 かなり効いている。

 亜神と言えども、内側から組織を分解される痛みは無視できないらしい。

 黒光の腕が乱れ、超念動の圧が途切れ途切れになる。

 今まで完璧だった制御に、初めて明確な空白が生まれた。

 そこへさらに広げる。

 

 神の腕を形作る流路へ、分解を流し込む。

 黒い光が膨れ上がった。

 亜神が無数の腕で自分自身を掴むような動きを見せる。

 内側の異物を排除しようとしているのだろうが…遅いと言わざるを得ない。

 既にナノマシンは、単一の異物ではない。

 全身のあちこちへ散らし、細かく分岐させている。

 一箇所を潰しても、別の流路へ逃げる。

 まとめて圧縮しようとすれば、粒子の形を変質させて見失わせる。

 

 逃がさない。

 

 亜神の周囲に浮かんでいた瓦礫、黒い光の腕、全部の動きが鈍った。

 特大のチャンスだった。

 逃す訳にはいかない。

 外に身体を再構築する。

 爆心地の端に散らしていた遊離自機の残骸を核に、腕を、脚を、胴を、頭部を形成する。

 そして戦闘形態《バトルモード》を展開する。

 ただし、今までのような近接用ではない。

 この超級の怪物専用に組み上げる超火力特化の砲撃型。

 

 右腕を砲身へ変える。

 肩から背骨にかけて炉心接続路を作る。

 胸部に超出力炉心を仮設。

 腰から脚部までを反動制御と重力固定に回す。

 背部へ放熱翼。

 両肩へ粒子制御リング。

 

 足元の地面へ、杭のような支持脚を何本も打ち込む。

 今までに散々撒いた展開霧装を巨大な回路として使う。

 空間に散らしたナノマシンを、砲身の延長として繋ぐ。

 原子分解砲。

 演算したスペック上、小惑星一つを軽く消し飛ばす威力。

 

【原子分解砲:構築開始】

【超出力炉心:臨界接続】

【重力固定:展開】

【対象:激怒せし動作の亜神】

 

 亜神がこちらを見た。

 顔はない。

 目もない。

 だが、確かに見た。

 黒い腕が動き出す。

 止まりかけていた神の腕が、俺の行動を阻止せしめんと苦痛を押し殺すように再起動する。

 瓦礫が動く。

 爆心地の外縁が持ち上がる。

 亜神自身の内部へ送り込んだナノマシンが排除されていく。

 まだ足りない。

 あと数秒。

 

 残った内部のナノマシンを追加で暴走させる。

 自壊前提。

 その代わり、分解速度を上げる。

 亜神の胸部内側で、黒光の流路がまとめて崩れた。

 動きが止まる。

 今。

 

「くたばれ」

 

 原子分解砲が開いた。

 可聴域を越えたのか音は聞こえなかった。変わりに凄まじい振動と衝撃。

 

 砲撃、というよりは──まるでキャンパスに引かれた修正液のようだった。

 

 クリア・オールを越えた極光。

 通った場所の物質が、原子の結合を保てずにほどけていく。

 空気が消える。

 熱が消える。

 瓦礫が消える。

 亜神を守る黒い腕が、触れた端から構造を失って崩壊する。

 神の腕が砲撃を掴もうとした。

 だが掴めない。

 これは塊ではない。

 熱でも、光でも、質量弾でもない。

 対象の構成そのものを解く一撃だ。

 黒い腕が分解される。

 一本。

 二本。

 十本。

 背後に広がっていた無数の腕が、砲線に触れた順から霧散していく。

 亜神の胴体へ届いた。

 黒い光の外殻が割れる。

 中からさらに濃い光が噴き上がる。

 それでも原子分解砲は止まらない。

 胸部を穿つ。

 内部を削る。

 神の腕の中枢へ食い込む。

 亜神が反撃する。

 残った腕が、砲線の周囲を握り潰す。

 空間を曲げ、砲撃を逸らそうとする。

 俺の足元の地面が持ち上がり、支持脚がまとめて引き剥がされる。

 砲身化した右腕に亀裂が走る。

 炉心接続路が焼ける。

 背部の放熱翼が半分融けた。

 

【砲身:崩壊進行】

【炉心接続:危険域】

【肉体構成単位:損耗大】

 

 しかし、亜神を倒す為のコストとして考えれば軽いとすら感じる。

 砲身としている右腕の装甲が崩れかけたそばからナノマシンを再構築し、砲身としての形状を保つ。

 それを繰り返して照射を維持する。

 亜神が一歩下がった。

 初めてみせる後退。

 それを見た瞬間、内側に残った僅かなナノマシンに起爆命令を下す。

 そのダメ押しが効いたのか原子分解がさらに深く、権能流路の奥へと届く。

 黒い光が大きく乱れる。

 原子分解砲の線が、胸部を抜けた。

 亜神の背中側の黒い光が裂ける。

 貫通し、大きな空白が生まれた。

 

 しかし、それでも倒れない。

 

 それがS+。

 それが亜神。

 

 存在そのものがしぶとくできているのだろう。

 

 胸を貫かれてなお、周囲の都市片を一斉に持ち上げ、こちらへ叩き込もうとする。

 空が瓦礫で埋まる。

 ナノマシンの結合を解き、霧化。

 降り注ぐ瓦礫をすり抜ける。

 そのまま亜神の胸部、原子分解砲で開いた穴へ飛び込む。

 外から駄目なら中から。

 中からでも足りないなら、さらに奥へ。

 黒い光の内側へ潜り込む。

 そこは熱も冷たさもない。

 ただ、運動と支配だけが渦巻いていた。

 神の腕の中枢。

 あらゆるものを動かす権能の核。

 その中心へ、俺自身を杭として打ち込む。

 一点へ、極小単位の分解、侵食、縮退、対消滅エネルギーを重ねる。

 亜神が内部から俺を掴む。

 ナノマシンの半分が潰れる。

 存在情報にまで圧が届く。

 今までのような物理的な損傷とは違う。

 俺という形を、神の腕が直接動かそうとしている。

 

 それを権能で押し返す。

 人造機械偽神。

 機械に関する神域級の行使権。

 俺の肉体はナノマシン──機械なのだ。

 自分の領域にあるモノの所有権を、亜神相手とは言え奪われる訳がなかった。

 掴まれた構成単位を全て切り離す。

 切り離した端から再構成。

 潰された分は捨てる。

 残った分だけで前へ進む。

 あと少し。

 黒い光の奥に、更に重厚な権能で護られた核が見えた。

 複数の腕が内側で絡み合ったような、奇妙な結び目。

 それこそが、権能【神の腕】の中心だった。

 そこへ左腕を伸ばす。

 腕が砕ける。

 再生する。

 また砕ける。

 それでも伸ばす。

 掴んだ。

 

「捕まえた」

 

 権能を全開にする。

 掴んだ中枢へ、ナノマシンを流し込む。

 原子分解砲の残留経路を内側から再接続。

 対消滅反応を局所起動。

 縮退砲の圧を極小範囲へ押し込む。

 神の腕の結び目が軋んだ。

 亜神の全身が痙攣する。

 外側では、黒い腕が暴れ狂うように周囲を掴み、瓦礫も地面も空気もまとめて押し潰している。

 だが、もう遅い。

 中枢に食い込んだ。

 そこから全身へ分解を流す。

 黒い光が、内側から白く抜けていく。

 腕がほどける。

 帯が切れる。

 背後の黒光が粒になって剥がれる。

 亜神はなお、俺を排除しようとする。

 存在そのものを外へ引き剥がそうとする圧が来る。

 耐えるのではなく、逆に深く潜る。

 全身を粒子へ崩し、神の腕の中枢へ混ざる。

 そこから、一斉に再構築。

 内側で刃になる。

 内側で砲になる。

 内側で炉心になる。

 最後の一撃。

 外側の身体が一度、完全に散った。

 その代わり、亜神の中枢へ全リソースを突っ込む。

 白銀と黒の光が、亜神の胸の内側で点る。

 

「…じゃあな」

 

 中枢が砕けた。

 

 

 爆心地の中央で、黒い亜神が動きを止めた。

 背後に広がっていた無数の腕が、一本ずつ落ちるように崩れていく。

 浮かび上がっていた瓦礫が制御を失い、雨のように落下する。

 持ち上がっていた地面が沈み、黒い光が薄れていく。

 亜神の胸部から、白銀と黒の亀裂が広がる。

 首へ。

 腕へ。

 背後の帯へ。

 脚へ。

 全身へ。

 最後に、顔のない頭部がこちらを向いた。

 そこに感情があったかどうかは分からない。

 怒りか、驚愕か、理解不能か。

 ただ、もう神の腕は動かなかった。

 亜神の身体が、内側から崩壊する。

 光の粒子ではない。

 黒い光が分解され、白い火花になり、さらに細かい無色の粒へ変わっていく。

 存在を支えていた権能の構造が破れ、ただの魔素へ戻されていく。

 

『討伐ポイントを入手しました』

 

 表示が出た。

 それを見た瞬間、ようやく外側へ身体を再構築する。

 爆心地の端に残していた遊離自機から、輪郭を戻す。

 脚。

 胴。

 腕。

 頭部。

 外殻。

 立つ。

 目の前には、もう黒い亜神はいない。

 ただ、巨大な火口と、降り積もる瓦礫と、熱を失いつつある地面だけがあった。

 

「勝った…」

 

 声は掠れていた。

 疲労とは違う。

 肉体は戻る。

 損傷も直る。

 だが、権能を限界まで回し、存在情報ごと削り合った負荷は重かった。

 膝が一瞬だけ沈む。

 すぐに戻す。

 空を見る。

 シャングリラ・エデンはもう無い。

 半年をかけて作った空の楽園は、光人を倒すための火葬炉になった。

 その代わり、あいつは消えた。

 降臨せし光人。

 激怒せし動作の亜神。

 かつて届かなかった相手を、今度はこの手で殺した。

 討伐ポイントの数字が残高へ加算される。

 35億。

 決して少なくない。

 だが、今は数字よりも、あの白い理不尽が消えたという事実の方が重かった。

 戦場に撒いていた霧を回収する。

 回収不能な粒子は切り捨てる。

 遊離自機を呼び戻す。

 ネメシス・ムーン三機の所在を確認する。

 エデンと共に大半の設備は失った。

 だが、俺自身は残っている。

 権能も、ナノマシンの肉体も、戦闘データも残っている。

 なら、また作れる。

 今度はもっと強く。

 もっと速く。

 もっと壊れにくく。

 焼けた大地の上で、俺はゆっくりと息を吐いた。

 次にやることは決まっている。

 帰る場所を、もう一度作る。

 




ちなみに主人公は日本領域だと上から数えられる程度ですが、この世界基準だとまだまだ下の方に位置してます。殺せば死にますし、因果にも逆らえないし、概念にも対応してませんしね。
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