BrokenWorld~黒鉄の装着者~ 作:半笑いの妖精
戦場だった場所に、風が戻っていた。
クレーターの中心は、まだ熱を持っている。
溶けたコンクリートは黒く固まり始め、赤熱していた鉄骨も少しずつ色を失っていく。
空には薄い煙が残っていたが、先ほどまでの爆炎と黒光に比べれば、ひどく静かだった。
シャングリラ・エデンは無い。
半年かけて作り上げた空の楽園は、跡形もなく吹き飛んだ。
残っているのは、大型装甲片、原型を留めない炉心外殻の破片、熱で歪んだ搬送レールの残骸くらいだ。
勝った。
だが、失ったものも大きい。
俺はクレーターの縁に腰を下ろし、しばらく何もせずにいた。
ナノマシンの肉体に疲労はほとんど残らない。
損傷も復元できる。
だが精神の方は、そう簡単には切り替わらなかった。
「……終わったんだよな」
返事はない。
量子AIの本体は、エデンごと吹き飛んだ。
ただし完全に消えたわけではない。
重要データは俺自身の情報領域へ退避させてある。
復元は可能だ。
だが、今はまだ声が返ってこない。
静かだった。
あの騒がしいほど快適だった空中都市の稼働音も、汎用人型機の作業音も、格納庫の搬送レールの響きも、もうここには無い。
しばらくして、俺は立ち上がった。
感傷に浸るのは少しだけでいい。
敵は消えた。
俺は残った。
なら、次にやるのは後始末だ。
◆
最初にやったのは、戦場の残骸回収だった。
エデン由来の素材。
無事な部品。
炉心片。
損傷しているが再利用可能な反応炉補助材。
クリア・オール関連の制御部品。
ネメシス・ムーン用の予備演算結晶。
空間反転障壁の発生素子。
残骸の中から、使えるものを拾い上げていく。
以前なら重機や汎用人型機を大量に出して行う作業だった。
今は、自分の身体を広げれば済む。
霧状のナノマシンが瓦礫の隙間へ入り込み、必要な部品だけを選別し、熱を逃がしながら運び出す。
回収した部品はクレーターの外縁へ並べた。
「……思ったより残ったな」
完全に無駄にはならない。
それだけで十分だった。
次に仮の拠点を作る。
このままクレーターの縁で野宿はしたくない。今の俺の身体なら何の問題も無いが、快適に過ごせるならそっちの方が良いに決まっている。
周囲の瓦礫と創成物を組み合わせ、黒と白銀の簡易シェルターを組み上げる。
骨格。
断熱層。
遮音層。
簡易防壁。
内側に寝床。
小型調理機。
シャワーユニット。
作業卓。
癖で作ってしまった医療設備。
十分も掛からず形になった。
「……ひとまず最低限か」
シェルターの外には、召喚したネメシス・ムーン三機を低空待機させる。
本来の軌道衛星運用ではない。
今は索敵と補助演算機として周囲を巡らせ、索敵と警戒を任せている。
量子AIの復元も始めた。
作業卓の上へ小型管理核を創成し、そこへ退避させていた人格と管理データを流し込む。
エデンそのものは消えたが、その頭脳まで失ったわけではない。
【量子AI復元処理:開始】
【人格核:損傷軽微】
【都市管理データ:一部欠損】
【戦闘ログ:完全保存】
「よし、と。…戻ったらまず文句でも言われそうだな」
完全復元には少し時間が掛かる。
その間に、食事を作ることにした。
◆
ナノマシン化した身体に、食事は必要ない。
が、必要がないだけで食べられるし、食べたい気分だった。
ショップで購入した材料を調理器に入れる。
辞書程分厚い骨付きのガーリックステーキ。
濃い味の具沢山のコンソメスープ。
焼き目をつけたベースブレッド。
ミネラルを含んだキンキンに冷えた水。
クレーターが一望できる窓際に座り、ゆっくり食べる。
味は分かる。
香りも分かる。
舌触りも、温度も、以前よりも鮮明に感じられる。
「……美味いな」
誰もいない仮拠点で、普通に飯を食う。
それだけのことだが、今の俺には染み渡る。
食後はシャワーを浴びる。
汚れは自動で分解されるからほとんど無い。が、熱い湯を浴びるという行為自体が必要だった。湯船は…本拠点復活後の楽しみにとっておく。
戦闘の熱。
爆炎の残滓。
エデンが消えた時の音。
アドヴェント・ヒューマライトだったものの黒い光。
全部が消えるわけではない。
それでも、区切りにはなる。
シャワーを終え、簡易寝床へ横になる。
眠る必要はない。
それでも目を閉じ、意識を落とした。
◆
翌朝。
量子AIの声で目が覚めた。
【復元完了】
【おはようございます】
【現在、仮拠点の環境維持は正常です】
「戻ったか」
【はい】
【ただし、シャングリラ・エデン本体の喪失を確認しています】
【再建計画の策定を推奨します】
「第一声がそれか」
【優先度設定が高に設定されておりますので】
少し笑った。
戻ってきた声は、以前とほとんど変わらなかった。
それだけで、仮拠点の空気が少し軽くなる。
朝食を摂りながら、量子AIと今後の計画を整理する。
現在の資産。
回収できた素材。
残高。
ネメシス・ムーン三機の状態。
クリア・オールの再建可否。
新エデン建造に必要な工程。
エデンをそのまま再現することは可能だ。
だが、同じものを作る意味は薄い。
アドヴェント・ヒューマライト戦で分かった。
空中都市は強い。
だが、S級以上が相手になると、巨大さそのものが弱点になる。
なら、次は変える。
都市としての快適性は維持しつつ、戦闘時の被害を分散できる構造にする。
一撃で全てを失わない形へと。
【新規構想案:分散式空域機械都市】
【仮称:シャングリラ・エデンⅡ】
【特徴:複数中枢、分離再結合、自己再建機能】
「ただⅡを付けるだけってのはちょっと…アレだな」
【名称は後ほど変更可能です】
「また後で決めるか」
◆
数日は静かに過ごした。
クレーターの周囲を整備し、仮拠点を少しずつ広げる。
汎用人型機を新たに創成し、瓦礫の回収と資材化を任せる。
…実の所を言うと既に丸々創成できるだけの資金はあるのだが、節約できるところはしていくべきだろう。
ネメシス・ムーンは周辺警戒と新エデン構想の演算補助へ回す。
俺自身は、時々外へ出て身体を動かした。
機械の…ナノマシンでできた身体だし、鈍るとかはないのだが…、まぁなんとなくだ。
素の身体で歩き、跳び、手足を動かす。
軽く拳を振る。
霧を薄く散らす。
遊離自機を一つだけ飛ばす。
戻す。
再統合する。
単純な確認を繰り返した。
夜は仮拠点で食事を取る。
量子AIとくだらない会話をする。
たまに旧エデンの居住区データを再生し、失われた内装を見返す。
食堂。
温浴区。
ラウンジ。
工房。
格納庫。
どれも再建できる。
同じものは作れる。
だが、折角だ。より良いものにしたいのが人情というものだろう。
「次は、もう少し壊れにくくしよう」
【同意】
「あと、食堂の窓はもう少し広くしよう」
【設計に反映します】
「温浴区も広げたいな」
【反映します】
この世界では珍しいくらい、短く静かな平穏だった。
◆
その平穏が終わったのは、五日目の夜だった。
仮拠点の観測卓に、ネメシス・ムーン及び索敵に出していた機器からの警告が入る。
【高位空間震を検知】
【発生源:北東約三千二百キロ】
【通常迷宮反応ではありません】
「詳細を出せ」
観測卓へ地図が広がる。
北東。
海を越えた先。
そこに黒い空白があった。
地図情報が抜け落ちている。
衛星観測や、機械索敵がそこだけが黒く潰れている。
【同地点にて複数の高位反応を検知】
【推定ランク:S級以上を含む】
【反応形状:大陸規模構造体】
【名称候補:未登録大陸】
「……大陸?」
この地球には六つしかないはずの大陸。
そのどれにも該当しない座標。
しかも、今まで観測できていなかった空白領域。
ショップ・オブ・サラスヴァティーの情報欄が、自動で反応した。
【新規高額情報が出現しました】
【項目名:第七大陸に関する基礎情報】
【価格:30億P】
「第七、だと?」
知らない大陸。
S級以上を含む反応。
どう考えても、只事ではない。
さらに別の通知が重なる。
【警告】
【第七融合大陸から、こちらへの観測干渉を確認】
【対象:所有者】
【対象:権能:
【対象:激怒せし動作の亜神討伐記録】
観測されている。
こちらが見つけたのと同時、向こうもこちらを見つけたという事だろう。
しばらく黙ってから、俺は椅子へ背を預け、天井を仰ぐ。
「……平穏、短かったな」
【対応計画を作成しますか】
数秒程、外部情報を遮断し、感情を切り替えてから姿勢を戻す。
「…まず情報を買う。全部はそこからだ」
【了解】
表示された購入画面へ手を伸ばす。
アドヴェント・ヒューマライトを倒したことで、何かが動いた。
それは間違いない。
新しい大陸。
S級以上。
こちらを観測する何か。
購入処理は、いつものような軽い確定音では終わらなかった。
【情報購入:承認】
【消費:30億P】
【第七融合大陸に関する基礎情報を開示します】
観測卓の上に表示された地図が、ゆっくりと更新されていく。
北東三千二百キロ。
海上にぽっかりと空いた黒い領域。
そこへ、輪郭が浮かび上がった。
大陸。
ただし、既知のどの大陸とも違う。
外縁は滑らかな海岸線ではなく、ところどころが欠け、裂け、歪んでいる。
地形そのものが安定していないように見えた。
【名称:第七融合大陸】
【暫定呼称:
【状態:不安定】
【推定面積:オーストラリア大陸の約六百倍】
【危険度:測定不能】
【確認反応:S級以上複数】
【特記事項:権能反応への自動観測機構あり】
「……神蝕機殻大陸」
名前からして不穏過ぎる。
神を蝕む。
機械の殻。
大陸規模。
俺の今の権能と相性が良すぎる。
もちろん、良い意味ではない。
向こうがこちらを見てきた理由も、そこにあるのだろう。
【通常の大陸と比較して第七大陸は差異点多数】
【複数の機械文明、神性体系、超大型迷宮群が融合・圧縮・再展開された特殊大陸と推定されます】
【大陸内部には、自律進化する機械神性群が存在】
【権能保持者、特に機械系権能保持者を観測・捕食対象とする傾向あり】
「捕食対象、ね」
観測されている理由は分かった。
俺がアドヴェント・ヒューマライトを倒したから。
それも引き金ではあるだろう。
だが本質は、俺が【権能:人造機械偽神】を得たことだ。
機械系権能。
偽神級の存在。
それを、大陸規模の何かが見つけた。
次の情報が表示される。
▼
モンスター名:
ランク:S-〜S+混在
詳細:第七融合大陸の外縁部に無数に存在する移動式機械聖堂。内部に疑似神性炉を持ち、周辺の機械・兵器・魔導構造物を吸収して自己改築する。単体では都市規模だが、複数が連結することで一時的に巨大な機械神殿へ変化する。
討伐P:15億~30億
▲
▼
モンスター名:
ランク:A
詳細:神性反応や権能反応を検知し、対象へ群体で殺到する機械昆虫群。単体性能は高位モンスターに劣るが、数十万単位で出現し、捕食・入手した権能情報を大陸中枢へ送信する。
討伐P:1億5000万
▲
▼
モンスター名:
ランク:隠匿(ユーザーは閲覧権限を有していません)
詳細:隠匿(ユーザーは閲覧権限を有していません)
討伐P:隠匿(ユーザーは閲覧権限を有していません)
▲
最後の項目で、表示が一段暗くなった。S+級が見れてこいつが見れないって事は、状況から考えてそれ以上の存在って事だよな…。
「Sが最上位じゃないのかよ…」
【追加情報:第七融合大陸深層情報】
【価格:250億P】
「…高いな」
出せない額ではない。
だが、今ここで全てを突っ込む判断はしない。
基礎情報だけで十分危険だと分かったし、急いで向かうべき場所ではないことも分かったんだ。
こちらは今、シャングリラ・エデンを失っており、総戦力としては大幅に落ちている状態だ。
この状態で未知の大陸へ行くのは、わざわざ捕食されに行くのと変わらない。そう判断する。
「深層情報は保留だ。まず再建を優先する」
【了解】
【第七融合大陸関連情報を監視項目へ登録します】
観測卓の黒い大陸を閉じる。
向こうが見ているなら、こちらも見返す。
ただし、今すぐ殴り込む必要はない。
まずは土台だ。
◆
翌日から、仮拠点周辺は一気に慌ただしくなった。
汎用人型機を追加創成し、残骸回収と資材化を任せる。
クレーターの外縁に仮設工房を増設。
小型反応炉を三基。
整備ベイを六基。
ナノマシン精製槽を二十基。
量子AI用の演算中枢を仮設から恒久型へ更新。
今の俺なら、その程度は半日で済む。
クレーターに散らばるエデンの残骸は、ただの廃材ではない。
旧エデンに使った素材。
反応炉の欠片。
クリア・オールの制御部。
空間反転障壁の発生素子。
それらを回収し、分解し、再利用する。
壊れたものをそのまま捨てる気はない。
次のエデンは、旧エデンの残骸から生まれる。
【新規設計案を提示します】
【計画仮名称:
量子AIが、観測卓へ新しい構想図を広げる。
中央に中核都市。
その周囲を、小型都市艦、工房艦、砲撃艦、居住艦、資源処理艦が囲む。
単体の巨大都市ではない。
複数の都市機能を持つユニットが集合し、状況に応じて分離・合体する構造だ。
「深刻なダメージを受けた場所だけを切り捨てられる…つまりは単体で落とされても全損しない形か」
【はい】
【中枢は複数化】
【都市機能は分散】
【各艦は単独航行・単独防衛・単独再建能力を保有】
【所有者の権能接続により、全体を一個の都市として運用可能】
悪くない。
旧エデンは強かった。
だが、あまりに大きな一個だった。
S級以上を相手にした時、それは弱点になる。
次は、壊されても終わらない形にする。
「中核都市は小さめでいい。居住性は落とすな。工房と反応炉は分散。…そうだクリア・オールも一門だけじゃなく、分割運用できる構成にする」
【了解】
【
クリア・オールも作り直しだ。
あれもエデンと共に失われた。
だが、今の俺なら再建できる。
いや、以前より上へ持っていける。
◆
再建初日は、基礎設計で終わった。
夜になり、仮拠点の食堂で簡単な食事を取る。
外では汎用人型機がまだ作業を続けていた。
クレーターの一部には仮設照明が並び、黒い地面を白く照らしている。
窓の外を見ながら、スープを飲む。
身体に必要はない。
だが、温かいものが喉を通る感覚は悪くない。
【第七融合大陸からの観測干渉、微弱に継続中】
「まだ見てるか」
【はい】
【ただし、こちらの防諜霧装により詳細観測は遮断しています】
「全くもって趣味の悪い」
◆
仮初めの平穏は、それから三日ほど続いた。
仮拠点は拡張され、クレーターの外縁には小さな工業区のようなものができ始める。
資材処理ライン。
反応炉群。
工房。
仮設格納庫。
ナノマシン精製槽。
演算中枢。
権能に種族のブーストがあるから当たり前ではあるのだが、旧エデンを作った時より目に見えて速い。
建造工程そのものが半自動で回っていく。
俺は設計方針を決め、必要な部分だけ直接創成する。
あとは作業機械とAIが詰める。
昼は建造。
夕方は身体の調整。
夜は食事と少しの休息。
短いが、生活らしさが戻ってきていた。
そして四日目の朝。
そんな生活に、異物が混じった。
【警告】
【第七融合大陸方面より飛来物】
【数:1】
【速度:極超音速】
【推定着弾地点:クレーター外縁から二十二キロ】
「攻撃か?」
【不明】
【弾頭反応なし】
【生体反応なし】
【機械神性反応あり】
観測卓へ映像が出る。
空から、黒い楔のようなものが飛んで来ていた。
金属ではない。
石でもない。
表面に機械的な紋様が走り、中心で淡い紫の光が脈打っている。
迎撃するか、一瞬迷う。
もし攻撃ならもっと派手にやるか、はたまた気付かれずにやるだろう。そうではないという事は…他に意図が有りそうだ。
「着弾地点を囲め。俺が行く」
【了解】
◆
二十二キロ先。
黒い楔が地面へ突き刺さっていた。
周囲の地形は抉れているが、爆発跡はない。
落下の威力だけで、真っ直ぐ地面へ刺さったらしい。
近付くと、楔の表面に走る紋様が光った。
文字だ。
読めないはずの文字。
だが、権能が勝手に解析を始める。
【外部機械神性言語を検出】
【翻訳中】
数秒後、意味が脳裏へ流れ込む。
『招待状』
続けて、楔の表面が割れた。
中から一枚の薄い板が浮かび上がる。
黒い金属板。
そこに、短い文が刻まれていた。
【人造機械偽神へ】
【第七融合大陸は、貴機を観測した】
【貴機は未完成である】
【貴機は捕食に値する】
【聖堂と機虫群は、三十日後に相まみえるだろう】
【選択せよ】
【迎撃】
【逃亡】
【進化】
【いずれを選んだとて、貴機は試される】
「……喧嘩を売るにしても、随分と丁寧だな」
板の裏面にも文字があった。
【外縁侵攻予測座標:三十日後】
【目標:所有者現在地】
【侵攻戦力:
【随伴:
向こうから来る。
三十日後。
第七大陸の尖兵が、こちらを試しに来る。
逃げることもできる。
迎撃することもできる。
あるいは、それまでに進化しろということか。
中々に勝手で腹が立つが、都合もいい。
こちらは新エデンを作り直している最中だ。
実戦試験用の相手としては、これ以上ない。
「量子AI、見たな」
【はい】
【三十日後の迎撃戦を前提に再建計画を再編します】
「新エデンの初陣だ。間に合わせるぞ」
【了解】
黒い招待状を手に取る。
表面の機械神性反応は、まだ淡く脈打っていた。
これ自体も素材になる。
解析し、分解し、こちらの技術に組み込める。
敵が送ってきた挑発状を、こちらの強化素材にしてやる。
◆
仮拠点へ戻ると、量子AIは既に計画の再編を始めていた。
観測卓に浮かぶ建造予定表が、一気に書き換わっていく。
今までの方針は万全な再建を目標にしていた。
しかし、三十日後にS級戦力が来るなら話は変わる。
優先すべきは、居住性ではない。
まず迎撃能力。
次に継戦能力。
最後に快適性。
俺としては食堂や温浴区も妥協したくなかったが、流石に順番は理解している。
【建造計画を迎撃戦仕様へ変更】
【第一優先:中核防衛都市艦】
【第二優先:分散砲撃艦群】
【第三優先:工房艦・資源処理艦】
【第四優先:居住区画】
【第五優先:娯楽・温浴・環境区画】
「…やっぱ、風呂は最後だよな」
【戦術的優先度が低いためです】
「分かってるって」
黒い招待状を解析台へ置く。
すぐに無数の細いアームが伸び、表面の紋様を読み取り始めた。
展開霧装をさらに薄く流し込み、物質構造を内部から観察する。
ただの金属板ではない。
機械神性言語が物質そのものへ刻み込まれている。
文字であり、回路であり、呪いであり、認証キーでもある。
【機械神性符号を検出】
【一部解析可能】
【用途:観測・通信・階位識別・捕食対象認定】
「捕食対象認定って、嫌なタグが付いたもんだな」
【解除を試みますか】
「いや、残したままでいい。向こうが俺を見ているなら、その視線を利用する」
【了解】
向こうからの観測線を、完全には切らない。
細く、薄く、こちらが制御できる形で残す。
敵の視線は危険だ。
だが、逆に辿れば相手の構造も見える。
こちらを覗き込む機械神性の管。
それを、逆探知用の針穴にする。
「招待状を分解。使える符号は全部抽出しろ。そんで、できるだけ防諜に組み込んでくれ」
【了解】
【新規防御機構案:神性観測攪乱層】
「採用」
戦う前から、もう始まっている。
情報戦。
観測戦。
創成戦。
第七大陸の勢力は、こちらを捕食対象として見ている。
なら、こちらからは素材として見るだけだ。
◆
その日から、建造速度をさらに上げた。
まず作ったのは、中核防衛都市艦の基礎骨格だった。
旧エデンのような巨大な一枚都市ではない。
今度の中核は、円形ではなく多面体に近い。
黒と白銀の装甲が折り重なり、外殻そのものが分離可能な区画で構成される。
中心には複数の中枢核。
一つが潰れても全体は死なない。
反応炉も一基ではなく、大小二十以上に分散。
それぞれが単独運転でき、必要なら近接する炉心同士を束ねて高出力化できる。
さ 旧エデンは巨大な反重力核で浮いていた。
今度は、反重力核を分散して複数搭載する。
一つを失っても墜ちない。
複数を同時に失っても、残ったユニットで姿勢を立て直せる。
設計卓の前に立ち、全体図を見下ろす。
「中核都市は、戦闘時に分裂可能にする」
【分裂数を指定してください】
「基本は七分割。中央核一つ、周囲六区画。状況に応じて三分割から十二分割まで」
【了解】
【構造負荷を再計算します】
次に、砲撃艦群。
クリア・オールをただ再建するだけでは足りない。
かつての一門集中型では、相手に掴まれれば終わる。
だから、分割する。
一門の火力では旧型に劣る。
だが、十門、二十門と連動させれば総火力は上回るようにする。
もちろん、各砲撃艦は単独飛行可能にする。
分離後は遊撃砲台として動き、必要なら互いに軌道をずらして一点集中射を行う。
「クリア・オールという名称を系統名として扱うとしよう。何か案はあるか?」
【了解】
【新規兵装分類:極大淨滅砲塔群《クリア・オール・クラスター》】
「クラスターか。悪くない」
同時に、対機械神性用の兵装も組む。
招待状から抽出した符号を解析し、機械神性の通信・観測・捕食機構に干渉するノイズを作る。
単純なジャミングではない。
相手の認証体系へ偽情報を流し込む、毒餌のような機構だ。
【新規兵装案:神性符号汚染弾】
【効果:機械神性回路へ誤認識・自己診断錯乱・捕食対象誤判定を付与】
【注意:上位個体には効果減衰の可能性】
「量産しろ。虫の群れには効くだろう」
【了解】
神喰い工廠虫。
数十万単位で来るなら、普通に倒すのは効率が悪いだろう。
群体へ流し込んで諸とも殺す毒がいる。
これを機械神性用の防諜・妨害・分解機能を持つ広域防衛層にも組み込む。
【新規都市防衛機構:
【用途:観測妨害、群体侵入阻止、微細機械捕食対策】
「採用。中核都市と各艦に標準搭載にしといてくれ」
【了解】
◆
工業区として作っていた設備は、五日目には小規模な都市工場へ変わっていた。
汎用人型機の数は千を超え、作業用ドローンは万単位で飛び交っている。
ナノマシン精製槽は二十から百二十へ増え、資材処理ラインは昼夜関係なく稼働し続けた。
俺もただ指示しているだけではない。
権能で直接構造を編んだり。
巨大な装甲板を一枚の部品として創成したり。
反応炉の中枢構造を手ずから形成したりもする。
作業が進むほど、旧エデンの残骸は減っていく。
代わりに、新しい骨格が増えていく。
空へ浮かぶにはまだ遠い。
だが、地上に並ぶ黒銀の艦体群は、既に兵器としての輪郭を持ち始めていた。
そして十日目。
中核都市艦の第一外殻が完成した。
クレーター外縁に横たわるその姿は、まだ都市というより巨大な装甲要塞だった。
だが内部には、司令区画、仮居住区、工房区、演算中枢、反応炉群が入り始めている。
俺は外殻の上に立ち、夜の工業区を見下ろした。
低空に浮くネメシス・ムーン三機。
その下で動き続ける作業機械群。
遠くには、クレーターの中心。
さらに遠く、北東の空。
【残り二十日です】
「間に合わせるぞ」
【現在の進捗から判断すれば、迎撃戦最低構成は十五日以内に完成可能です】
「最低じゃ足りない。相手はわざわざ宣戦布告してくるような相手だ」
【最大限を目指します】
「頼んだぞ」
風が外殻の上を抜ける。
まだ空中都市ではない。
だが、もうただの仮拠点でもない。
新しいエデンは、少しずつ形になり始めていた。
◆
十二日目の夜。
招待状の解析が一段進んだ。
【機械神性符号から、一部通信経路の逆算に成功】
【第七大陸外縁部と推定される反応を捕捉】
「映せ」
観測卓に、粗い映像が浮かぶ。
海。
黒い波。
その上に、巨大な構造物が動いている。
無理やりそれを当て嵌めるなら聖堂、か。
だが、人間が祈るための建物ではない。
歯車と柱と砲塔と祭壇が無理やり融合した、動く機械神殿。
脚のような構造物で海上を進み、周囲には黒い雲のような虫群がまとわりついている。
今回来るのは、その一基。
映像の中で、聖堂の頂部がわずかにこちらへ向いた。
見られている。
画面越しでも分かる。
あれはただの兵器ではない。
祈りと捕食の機械だ。
「向こうも準備中か」
【随伴工廠虫群、増加傾向】
【推定数:現時点で約十八万】
【侵攻開始時、五十万以上の可能性】
「群れは霧壁と毒で受け、聖堂本体はクリア・オール・クラスターと俺で潰す」
【S級超過個体の出現可能性もあります】
「分かってる」
機殻聖堂一基だけで終わるとは思っていない。
招待状は試験だ。
なら、観測者もいる。
場合によっては追加戦力も来る。
だからこそ、新エデンは逃げるための構造も必要だった。
迎撃して、駄目なら分散離脱。
中枢だけでも逃がす。
逃げながら再建する。
そのための分散式だ。
◆
十五日目。
新エデンの中核都市艦が、初めて浮いた。
完全な飛行ではない。
地上から数メートルだけ。
だが、黒銀の巨大構造物が静かに持ち上がった瞬間、工業区全体の作業音が一瞬止まった。
【反重力核群:安定】
【姿勢制御:正常】
【分散炉心同期:正常】
「よし」
外殻の上で、足元から伝わるわずかな振動を感じる。
旧エデンのような一体感とは違う。
今度のエデンは、複数の心臓を持つ。
生き物で言うなら、単体ではなく群体に近い。
中核都市艦の周囲では、未完成の砲撃艦や工房艦が建造台に並んでいる。
まだ空へ出すには早い。
だが、迎撃戦には間に合う。
【仮称:エデン・リビルド】
【中核都市艦、第一次浮上試験成功】
「名称、変えるか」
【候補を提示しますか】
「…いや、決めた」
しばらく考えていた。
旧エデンの再現ではない。
単なる二代目でもない。
壊されても分かれ、集まり、作り直す都市。
「
【登録しますか】
「ああ」
【登録完了】
【旧
空へ浮いた中核都市艦の外殻に、青白いラインが走った。
名前を得たことで、都市そのものが一つの機構として噛み合ったように見える。
旧エデンは楽園だった。
今度のアークは、方舟だ。
戦い、壊れ、分かれ、それでも残るための空の方舟。
◆
二十日目。
クリア・オール・クラスターの初期構成が完成した。
砲撃艦は六隻。
一隻一隻は、旧クリア・オールの砲塔より小さい。
だが、それぞれが独自の反応炉と照準演算を持ち、単独でも都市一つを焼き払える火力を有している。
さらに六隻を連結照準させれば、旧型を超える一点火力を出せる。
分散して撃てば、相手の防御を複数方向から削れる。
俺は試験射撃場へ向かい、遠方の無人山塊へ照準を合わせた。
「一番艦から六番艦、照準同期。出力三割」
【了解】
【
六条の光が、空を裂いた。
それぞれが別方向から曲がり、空中で束ねられ、一点へ落ちる。
山塊の一部が白く輝き、次の瞬間には斜面ごと消えた。
爆発ではない。
焼失でもない。
削り取られたような消滅。
「三割でこれか」
【旧クリア・オール最大出力比、単純火力換算で約一・七倍】
【また、継戦時の炉心負荷は旧型より低下】
「採用。さらに増産だな。最低十二隻は欲しい」
【了解】
火力は足りないより過剰な方がいい。
特に、今度の相手は機械神性を名乗る大陸だ。備えはするだけしておくに越した事はないだろう。
◆
二十五日目。
神喰い工廠虫への対策が完成した。
都市外周へ展開する、機械神性特化の霧状防衛層。
見た目は薄い銀の靄に過ぎないが、その中には観測妨害、符号汚染、微細機械分解、逆追跡針が組み込まれている。
虫群が突っ込んでくれば、まず通信を乱す。
次に捕食対象を誤認させる。
さらに一定以上侵入した個体には、内部から機械神性符号を汚染する。
敵が虫を使って権能情報を送るなら、その虫に毒を仕込んで返す。
「これで全部止まるか?」
【情報が少ない為、確証はありません】
【しかし、A+級以下の工廠虫群には高確率で有効、S級個体には効果が減衰するという演算結果が出ています】
「十分だ。全部俺が相手するよりはいい」
同日、シャングリラ・アークの居住区も最低限整った。
食堂。
仮眠室。
温浴区。
工房直結ラウンジ。
旧エデンより小さい。
だが、悪くない。
窓は広めにした。
食堂から空がよく見える。
温浴区も、予定より少しだけ広げた。
量子AIは何も言わなかった。
◆
二十九日目。
迎撃戦の準備は、ほぼ完了していた。
中核都市艦一隻。
工房艦二隻。
資源処理艦二隻。
居住艦一隻。
砲撃艦十二隻。
支援艦四隻。
防衛ドローン群。
汎用人型機部隊。
完全ではない。
だが初陣には十分だった。
夜、俺は中核都市艦の外殻上に立ち、北東の空を見ていた。
観測卓から、量子AIの声が届く。
【侵攻予定時刻まで、残り九時間四十二分】
【
【随伴する
「予定よりちょい増ってとこか」
背後で、クリア・オール・クラスター十二隻が静かに浮上する。
黒銀の砲撃艦群が夜空へ並び、砲身を北東へ向けた。
都市外周には、デウス・ミストウォールが薄く広がっていく。
銀の霧が空域を満たし、見えない防壁を作る。
シャングリラ・アークの中核都市艦が低く唸る。
旧エデンとは違う音だった。
もっと細かく、もっと分散した、複数の心臓が同時に動くような音。
「来るなら来い」
空の向こうから、黒い点が見え始める。
それはやがて輪郭を得た。
海を越え、夜を裂き、機械の聖堂がこちらへ向かって来る。
周囲を覆う黒い雲は、神喰い工廠虫の群れ。
招待状の期限は、もうすぐ終わる。
迎撃戦が始まる。