BrokenWorld~黒鉄の装着者~   作:半笑いの妖精

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第六十四話:実感

 

 戦場だった場所に、風が戻っていた。

 クレーターの中心は、まだ熱を持っている。

 溶けたコンクリートは黒く固まり始め、赤熱していた鉄骨も少しずつ色を失っていく。

 空には薄い煙が残っていたが、先ほどまでの爆炎と黒光に比べれば、ひどく静かだった。

 シャングリラ・エデンは無い。

 半年かけて作り上げた空の楽園は、跡形もなく吹き飛んだ。

 残っているのは、大型装甲片、原型を留めない炉心外殻の破片、熱で歪んだ搬送レールの残骸くらいだ。

 勝った。

 だが、失ったものも大きい。

 俺はクレーターの縁に腰を下ろし、しばらく何もせずにいた。

 ナノマシンの肉体に疲労はほとんど残らない。

 損傷も復元できる。

 だが精神の方は、そう簡単には切り替わらなかった。

 

「……終わったんだよな」

 

 返事はない。

 量子AIの本体は、エデンごと吹き飛んだ。

 ただし完全に消えたわけではない。

 重要データは俺自身の情報領域へ退避させてある。

 復元は可能だ。

 だが、今はまだ声が返ってこない。

 静かだった。

 あの騒がしいほど快適だった空中都市の稼働音も、汎用人型機の作業音も、格納庫の搬送レールの響きも、もうここには無い。

 しばらくして、俺は立ち上がった。

 感傷に浸るのは少しだけでいい。

 敵は消えた。

 俺は残った。

 なら、次にやるのは後始末だ。

 

 

 最初にやったのは、戦場の残骸回収だった。

 展開霧装(ミスト・アーセナル)を薄く広げ、クレーター全体を舐めるように走らせる。

 エデン由来の素材。

 無事な部品。

 炉心片。

 損傷しているが再利用可能な反応炉補助材。

 クリア・オール関連の制御部品。

 ネメシス・ムーン用の予備演算結晶。

 空間反転障壁の発生素子。

 残骸の中から、使えるものを拾い上げていく。

 以前なら重機や汎用人型機を大量に出して行う作業だった。

 今は、自分の身体を広げれば済む。

 霧状のナノマシンが瓦礫の隙間へ入り込み、必要な部品だけを選別し、熱を逃がしながら運び出す。

 回収した部品はクレーターの外縁へ並べた。

 

「……思ったより残ったな」

 

 完全に無駄にはならない。

 それだけで十分だった。

 次に仮の拠点を作る。

 このままクレーターの縁で野宿はしたくない。今の俺の身体なら何の問題も無いが、快適に過ごせるならそっちの方が良いに決まっている。

 

 周囲の瓦礫と創成物を組み合わせ、黒と白銀の簡易シェルターを組み上げる。

 骨格。

 断熱層。

 遮音層。

 簡易防壁。

 内側に寝床。

 小型調理機。

 シャワーユニット。

 作業卓。

 癖で作ってしまった医療設備。

 十分も掛からず形になった。

 

「……ひとまず最低限か」

 

 シェルターの外には、召喚したネメシス・ムーン三機を低空待機させる。

 本来の軌道衛星運用ではない。

 今は索敵と補助演算機として周囲を巡らせ、索敵と警戒を任せている。

 

 量子AIの復元も始めた。

 作業卓の上へ小型管理核を創成し、そこへ退避させていた人格と管理データを流し込む。

 エデンそのものは消えたが、その頭脳まで失ったわけではない。

 

【量子AI復元処理:開始】

【人格核:損傷軽微】

【都市管理データ:一部欠損】

【戦闘ログ:完全保存】

 

「よし、と。…戻ったらまず文句でも言われそうだな」

 

 完全復元には少し時間が掛かる。

 その間に、食事を作ることにした。

 

 

 ナノマシン化した身体に、食事は必要ない。

 が、必要がないだけで食べられるし、食べたい気分だった。

 

 ショップで購入した材料を調理器に入れる。

 

 辞書程分厚い骨付きのガーリックステーキ。

 濃い味の具沢山のコンソメスープ。

 焼き目をつけたベースブレッド。

 ミネラルを含んだキンキンに冷えた水。

 

 クレーターが一望できる窓際に座り、ゆっくり食べる。

 味は分かる。

 香りも分かる。

 舌触りも、温度も、以前よりも鮮明に感じられる。

 

「……美味いな」

 

 誰もいない仮拠点で、普通に飯を食う。

 それだけのことだが、今の俺には染み渡る。

 

 食後はシャワーを浴びる。

 汚れは自動で分解されるからほとんど無い。が、熱い湯を浴びるという行為自体が必要だった。湯船は…本拠点復活後の楽しみにとっておく。

 

 戦闘の熱。

 爆炎の残滓。

 エデンが消えた時の音。

 アドヴェント・ヒューマライトだったものの黒い光。

 全部が消えるわけではない。

 それでも、区切りにはなる。

 シャワーを終え、簡易寝床へ横になる。

 

 眠る必要はない。

 

 それでも目を閉じ、意識を落とした。

 

 

 翌朝。

 量子AIの声で目が覚めた。

 

【復元完了】

【おはようございます】

【現在、仮拠点の環境維持は正常です】

 

「戻ったか」

 

【はい】

【ただし、シャングリラ・エデン本体の喪失を確認しています】

【再建計画の策定を推奨します】

 

「第一声がそれか」

 

【優先度設定が高に設定されておりますので】

 

 少し笑った。

 戻ってきた声は、以前とほとんど変わらなかった。

 それだけで、仮拠点の空気が少し軽くなる。

 朝食を摂りながら、量子AIと今後の計画を整理する。

 現在の資産。

 回収できた素材。

 残高。

 ネメシス・ムーン三機の状態。

 クリア・オールの再建可否。

 新エデン建造に必要な工程。

 エデンをそのまま再現することは可能だ。

 だが、同じものを作る意味は薄い。

 アドヴェント・ヒューマライト戦で分かった。

 空中都市は強い。

 だが、S級以上が相手になると、巨大さそのものが弱点になる。

 なら、次は変える。

 都市としての快適性は維持しつつ、戦闘時の被害を分散できる構造にする。

 

 一撃で全てを失わない形へと。

 

【新規構想案:分散式空域機械都市】

【仮称:シャングリラ・エデンⅡ】

【特徴:複数中枢、分離再結合、自己再建機能】

 

「ただⅡを付けるだけってのはちょっと…アレだな」

 

【名称は後ほど変更可能です】

 

「また後で決めるか」

 

 

 数日は静かに過ごした。

 クレーターの周囲を整備し、仮拠点を少しずつ広げる。

 汎用人型機を新たに創成し、瓦礫の回収と資材化を任せる。

 

 …実の所を言うと既に丸々創成できるだけの資金はあるのだが、節約できるところはしていくべきだろう。

 

 ネメシス・ムーンは周辺警戒と新エデン構想の演算補助へ回す。

 俺自身は、時々外へ出て身体を動かした。

 機械の…ナノマシンでできた身体だし、鈍るとかはないのだが…、まぁなんとなくだ。

 

 素の身体で歩き、跳び、手足を動かす。

 軽く拳を振る。

 霧を薄く散らす。

 遊離自機を一つだけ飛ばす。

 戻す。

 再統合する。

 単純な確認を繰り返した。

 夜は仮拠点で食事を取る。

 量子AIとくだらない会話をする。

 たまに旧エデンの居住区データを再生し、失われた内装を見返す。

 食堂。

 温浴区。

 ラウンジ。

 工房。

 格納庫。

 どれも再建できる。

 同じものは作れる。

 だが、折角だ。より良いものにしたいのが人情というものだろう。

 

「次は、もう少し壊れにくくしよう」

 

【同意】

 

「あと、食堂の窓はもう少し広くしよう」

 

【設計に反映します】

 

「温浴区も広げたいな」

 

【反映します】

 

 この世界では珍しいくらい、短く静かな平穏だった。

 

 

 その平穏が終わったのは、五日目の夜だった。

 仮拠点の観測卓に、ネメシス・ムーン及び索敵に出していた機器からの警告が入る。

 

【高位空間震を検知】

【発生源:北東約三千二百キロ】

【通常迷宮反応ではありません】

 

「詳細を出せ」

 

 観測卓へ地図が広がる。

 北東。

 海を越えた先。

 そこに黒い空白があった。

 地図情報が抜け落ちている。

 衛星観測や、機械索敵がそこだけが黒く潰れている。

 

【同地点にて複数の高位反応を検知】

【推定ランク:S級以上を含む】

【反応形状:大陸規模構造体】

【名称候補:未登録大陸】

 

「……大陸?」

 

 この地球には六つしかないはずの大陸。

 そのどれにも該当しない座標。

 しかも、今まで観測できていなかった空白領域。

 ショップ・オブ・サラスヴァティーの情報欄が、自動で反応した。

 

【新規高額情報が出現しました】

【項目名:第七大陸に関する基礎情報】

【価格:30億P】

 

「第七、だと?」

 

 知らない大陸。

 S級以上を含む反応。

 どう考えても、只事ではない。

 さらに別の通知が重なる。

 

【警告】

【第七融合大陸から、こちらへの観測干渉を確認】

【対象:所有者】

【対象:権能:人造機械偽神(デミ・エクス・マキナ)

【対象:激怒せし動作の亜神討伐記録】

 

 観測されている。

 こちらが見つけたのと同時、向こうもこちらを見つけたという事だろう。

 

 しばらく黙ってから、俺は椅子へ背を預け、天井を仰ぐ。

 

「……平穏、短かったな」

 

【対応計画を作成しますか】

 

 数秒程、外部情報を遮断し、感情を切り替えてから姿勢を戻す。

 

「…まず情報を買う。全部はそこからだ」

 

【了解】

 

 表示された購入画面へ手を伸ばす。

 アドヴェント・ヒューマライトを倒したことで、何かが動いた。

 それは間違いない。

 新しい大陸。

 S級以上。

 こちらを観測する何か。

 購入処理は、いつものような軽い確定音では終わらなかった。

 

【情報購入:承認】

【消費:30億P】

【第七融合大陸に関する基礎情報を開示します】

 

 観測卓の上に表示された地図が、ゆっくりと更新されていく。

 北東三千二百キロ。

 海上にぽっかりと空いた黒い領域。

 そこへ、輪郭が浮かび上がった。

 大陸。

 ただし、既知のどの大陸とも違う。

 外縁は滑らかな海岸線ではなく、ところどころが欠け、裂け、歪んでいる。

 地形そのものが安定していないように見えた。

 

【名称:第七融合大陸】

【暫定呼称:神蝕機殻大陸(デウス・イーター・ブラスカントリー)

【状態:不安定】

【推定面積:オーストラリア大陸の約六百倍】

【危険度:測定不能】

【確認反応:S級以上複数】

【特記事項:権能反応への自動観測機構あり】

 

「……神蝕機殻大陸」

 

 名前からして不穏過ぎる。

 神を蝕む。

 機械の殻。

 大陸規模。

 俺の今の権能と相性が良すぎる。

 もちろん、良い意味ではない。

 向こうがこちらを見てきた理由も、そこにあるのだろう。

 

【通常の大陸と比較して第七大陸は差異点多数】

【複数の機械文明、神性体系、超大型迷宮群が融合・圧縮・再展開された特殊大陸と推定されます】

【大陸内部には、自律進化する機械神性群が存在】

【権能保持者、特に機械系権能保持者を観測・捕食対象とする傾向あり】

 

「捕食対象、ね」

 

 観測されている理由は分かった。

 俺がアドヴェント・ヒューマライトを倒したから。

 それも引き金ではあるだろう。

 だが本質は、俺が【権能:人造機械偽神】を得たことだ。

 機械系権能。

 偽神級の存在。

 それを、大陸規模の何かが見つけた。

 次の情報が表示される。

 

モンスター名:機殻聖堂群(マシン・カテドラル)

ランク:S-〜S+混在

詳細:第七融合大陸の外縁部に無数に存在する移動式機械聖堂。内部に疑似神性炉を持ち、周辺の機械・兵器・魔導構造物を吸収して自己改築する。単体では都市規模だが、複数が連結することで一時的に巨大な機械神殿へ変化する。

討伐P:15億~30億

 

モンスター名:神喰い工廠虫(ゴッドイーター・ファクトバグ)

ランク:A

詳細:神性反応や権能反応を検知し、対象へ群体で殺到する機械昆虫群。単体性能は高位モンスターに劣るが、数十万単位で出現し、捕食・入手した権能情報を大陸中枢へ送信する。

討伐P:1億5000万

 

モンスター名:大陸中枢機神(コンチネンタル・デウスコア)

ランク:隠匿(ユーザーは閲覧権限を有していません)

詳細:隠匿(ユーザーは閲覧権限を有していません)

討伐P:隠匿(ユーザーは閲覧権限を有していません)

 

 最後の項目で、表示が一段暗くなった。S+級が見れてこいつが見れないって事は、状況から考えてそれ以上の存在って事だよな…。

 

「Sが最上位じゃないのかよ…」

 

【追加情報:第七融合大陸深層情報】

【価格:250億P】

 

「…高いな」

 

 出せない額ではない。

 だが、今ここで全てを突っ込む判断はしない。

 基礎情報だけで十分危険だと分かったし、急いで向かうべき場所ではないことも分かったんだ。

 こちらは今、シャングリラ・エデンを失っており、総戦力としては大幅に落ちている状態だ。

 この状態で未知の大陸へ行くのは、わざわざ捕食されに行くのと変わらない。そう判断する。

 

「深層情報は保留だ。まず再建を優先する」

 

【了解】

【第七融合大陸関連情報を監視項目へ登録します】

 

 観測卓の黒い大陸を閉じる。

 向こうが見ているなら、こちらも見返す。

 ただし、今すぐ殴り込む必要はない。

 まずは土台だ。

 

 

 翌日から、仮拠点周辺は一気に慌ただしくなった。

 汎用人型機を追加創成し、残骸回収と資材化を任せる。

 クレーターの外縁に仮設工房を増設。

 小型反応炉を三基。

 整備ベイを六基。

 ナノマシン精製槽を二十基。

 量子AI用の演算中枢を仮設から恒久型へ更新。

 今の俺なら、その程度は半日で済む。

 クレーターに散らばるエデンの残骸は、ただの廃材ではない。

 旧エデンに使った素材。

 反応炉の欠片。

 クリア・オールの制御部。

 空間反転障壁の発生素子。

 それらを回収し、分解し、再利用する。

 壊れたものをそのまま捨てる気はない。

 次のエデンは、旧エデンの残骸から生まれる。

 

【新規設計案を提示します】

【計画仮名称:分散式空域機械再建都市計画(リビルディング・エデン)

 

 量子AIが、観測卓へ新しい構想図を広げる。

 中央に中核都市。

 その周囲を、小型都市艦、工房艦、砲撃艦、居住艦、資源処理艦が囲む。

 単体の巨大都市ではない。

 複数の都市機能を持つユニットが集合し、状況に応じて分離・合体する構造だ。

 

「深刻なダメージを受けた場所だけを切り捨てられる…つまりは単体で落とされても全損しない形か」

 

【はい】

【中枢は複数化】

【都市機能は分散】

【各艦は単独航行・単独防衛・単独再建能力を保有】

【所有者の権能接続により、全体を一個の都市として運用可能】

 

 悪くない。

 旧エデンは強かった。

 だが、あまりに大きな一個だった。

 S級以上を相手にした時、それは弱点になる。

 次は、壊されても終わらない形にする。

 

「中核都市は小さめでいい。居住性は落とすな。工房と反応炉は分散。…そうだクリア・オールも一門だけじゃなく、分割運用できる構成にする」

 

【了解】

極大淨滅砲塔(クリア・オール)再設計案を作成します】

 

 クリア・オールも作り直しだ。

 あれもエデンと共に失われた。

 だが、今の俺なら再建できる。

 いや、以前より上へ持っていける。

 

 

 再建初日は、基礎設計で終わった。

 夜になり、仮拠点の食堂で簡単な食事を取る。

 外では汎用人型機がまだ作業を続けていた。

 クレーターの一部には仮設照明が並び、黒い地面を白く照らしている。

 窓の外を見ながら、スープを飲む。

 身体に必要はない。

 だが、温かいものが喉を通る感覚は悪くない。

 

【第七融合大陸からの観測干渉、微弱に継続中】

 

「まだ見てるか」

 

【はい】

【ただし、こちらの防諜霧装により詳細観測は遮断しています】

 

「全くもって趣味の悪い」

 

 

 仮初めの平穏は、それから三日ほど続いた。

 仮拠点は拡張され、クレーターの外縁には小さな工業区のようなものができ始める。

 

 資材処理ライン。

 反応炉群。

 工房。

 仮設格納庫。

 ナノマシン精製槽。

 演算中枢。

 

 権能に種族のブーストがあるから当たり前ではあるのだが、旧エデンを作った時より目に見えて速い。

 

 建造工程そのものが半自動で回っていく。

 俺は設計方針を決め、必要な部分だけ直接創成する。

 あとは作業機械とAIが詰める。

 昼は建造。

 夕方は身体の調整。

 夜は食事と少しの休息。

 短いが、生活らしさが戻ってきていた。

 

 そして四日目の朝。

 

 そんな生活に、異物が混じった。

 

【警告】

【第七融合大陸方面より飛来物】

【数:1】

【速度:極超音速】

【推定着弾地点:クレーター外縁から二十二キロ】

 

「攻撃か?」

 

【不明】

【弾頭反応なし】

【生体反応なし】

【機械神性反応あり】

 

 観測卓へ映像が出る。

 空から、黒い楔のようなものが飛んで来ていた。

 金属ではない。

 石でもない。

 表面に機械的な紋様が走り、中心で淡い紫の光が脈打っている。

 迎撃するか、一瞬迷う。

 

 もし攻撃ならもっと派手にやるか、はたまた気付かれずにやるだろう。そうではないという事は…他に意図が有りそうだ。

 

「着弾地点を囲め。俺が行く」

 

【了解】

 

 

 二十二キロ先。

 黒い楔が地面へ突き刺さっていた。

 周囲の地形は抉れているが、爆発跡はない。

 落下の威力だけで、真っ直ぐ地面へ刺さったらしい。

 近付くと、楔の表面に走る紋様が光った。

 文字だ。

 読めないはずの文字。

 だが、権能が勝手に解析を始める。

 

【外部機械神性言語を検出】

【翻訳中】

 

 数秒後、意味が脳裏へ流れ込む。

 

『招待状』

 

 続けて、楔の表面が割れた。

 中から一枚の薄い板が浮かび上がる。

 黒い金属板。

 そこに、短い文が刻まれていた。

 

【人造機械偽神へ】

【第七融合大陸は、貴機を観測した】

【貴機は未完成である】

【貴機は捕食に値する】

【聖堂と機虫群は、三十日後に相まみえるだろう】

【選択せよ】

【迎撃】

【逃亡】

【進化】

【いずれを選んだとて、貴機は試される】

 

「……喧嘩を売るにしても、随分と丁寧だな」

 

 板の裏面にも文字があった。

 

【外縁侵攻予測座標:三十日後】

【目標:所有者現在地】

【侵攻戦力:機殻聖堂群(マシン・カテドラル)一基】

【随伴:神喰い工廠虫(ゴッドイーター・ファクトバグ)群】

 

 向こうから来る。

 三十日後。

 第七大陸の尖兵が、こちらを試しに来る。

 逃げることもできる。

 迎撃することもできる。

 あるいは、それまでに進化しろということか。

 中々に勝手で腹が立つが、都合もいい。

 こちらは新エデンを作り直している最中だ。

 実戦試験用の相手としては、これ以上ない。

 

「量子AI、見たな」

 

【はい】

【三十日後の迎撃戦を前提に再建計画を再編します】

 

「新エデンの初陣だ。間に合わせるぞ」

 

【了解】

 

 黒い招待状を手に取る。

 表面の機械神性反応は、まだ淡く脈打っていた。

 これ自体も素材になる。

 解析し、分解し、こちらの技術に組み込める。

 敵が送ってきた挑発状を、こちらの強化素材にしてやる。

 

 

 仮拠点へ戻ると、量子AIは既に計画の再編を始めていた。

 観測卓に浮かぶ建造予定表が、一気に書き換わっていく。

 今までの方針は万全な再建を目標にしていた。

 しかし、三十日後にS級戦力が来るなら話は変わる。

 優先すべきは、居住性ではない。

 まず迎撃能力。

 次に継戦能力。

 最後に快適性。

 俺としては食堂や温浴区も妥協したくなかったが、流石に順番は理解している。

 

【建造計画を迎撃戦仕様へ変更】

【第一優先:中核防衛都市艦】

【第二優先:分散砲撃艦群】

【第三優先:工房艦・資源処理艦】

【第四優先:居住区画】

【第五優先:娯楽・温浴・環境区画】

 

「…やっぱ、風呂は最後だよな」

 

【戦術的優先度が低いためです】

 

「分かってるって」

 

 黒い招待状を解析台へ置く。

 すぐに無数の細いアームが伸び、表面の紋様を読み取り始めた。

 展開霧装をさらに薄く流し込み、物質構造を内部から観察する。

 ただの金属板ではない。

 機械神性言語が物質そのものへ刻み込まれている。

 文字であり、回路であり、呪いであり、認証キーでもある。

 

【機械神性符号を検出】

【一部解析可能】

【用途:観測・通信・階位識別・捕食対象認定】

 

「捕食対象認定って、嫌なタグが付いたもんだな」

 

【解除を試みますか】

 

「いや、残したままでいい。向こうが俺を見ているなら、その視線を利用する」

 

【了解】

 

 向こうからの観測線を、完全には切らない。

 細く、薄く、こちらが制御できる形で残す。

 敵の視線は危険だ。

 だが、逆に辿れば相手の構造も見える。

 こちらを覗き込む機械神性の管。

 それを、逆探知用の針穴にする。

 

「招待状を分解。使える符号は全部抽出しろ。そんで、できるだけ防諜に組み込んでくれ」

 

【了解】

【新規防御機構案:神性観測攪乱層】

 

「採用」

 

 戦う前から、もう始まっている。

 情報戦。

 観測戦。

 創成戦。

 第七大陸の勢力は、こちらを捕食対象として見ている。

 なら、こちらからは素材として見るだけだ。

 

 

 その日から、建造速度をさらに上げた。

 まず作ったのは、中核防衛都市艦の基礎骨格だった。

 旧エデンのような巨大な一枚都市ではない。

 今度の中核は、円形ではなく多面体に近い。

 黒と白銀の装甲が折り重なり、外殻そのものが分離可能な区画で構成される。

 中心には複数の中枢核。

 一つが潰れても全体は死なない。

 反応炉も一基ではなく、大小二十以上に分散。

 それぞれが単独運転でき、必要なら近接する炉心同士を束ねて高出力化できる。

さ 旧エデンは巨大な反重力核で浮いていた。

 今度は、反重力核を分散して複数搭載する。

 一つを失っても墜ちない。

 複数を同時に失っても、残ったユニットで姿勢を立て直せる。

 設計卓の前に立ち、全体図を見下ろす。

 

「中核都市は、戦闘時に分裂可能にする」

 

【分裂数を指定してください】

 

「基本は七分割。中央核一つ、周囲六区画。状況に応じて三分割から十二分割まで」

 

【了解】

【構造負荷を再計算します】

 

 次に、砲撃艦群。

 クリア・オールをただ再建するだけでは足りない。

 かつての一門集中型では、相手に掴まれれば終わる。

 だから、分割する。

 極大淨滅砲塔(クリア・オール)の思想を、複数の砲撃艦へ分散する。

 一門の火力では旧型に劣る。

 だが、十門、二十門と連動させれば総火力は上回るようにする。

 もちろん、各砲撃艦は単独飛行可能にする。

 分離後は遊撃砲台として動き、必要なら互いに軌道をずらして一点集中射を行う。

 

「クリア・オールという名称を系統名として扱うとしよう。何か案はあるか?」

 

【了解】

【新規兵装分類:極大淨滅砲塔群《クリア・オール・クラスター》】

 

「クラスターか。悪くない」

 

 同時に、対機械神性用の兵装も組む。

 招待状から抽出した符号を解析し、機械神性の通信・観測・捕食機構に干渉するノイズを作る。

 単純なジャミングではない。

 相手の認証体系へ偽情報を流し込む、毒餌のような機構だ。

 

【新規兵装案:神性符号汚染弾】

【効果:機械神性回路へ誤認識・自己診断錯乱・捕食対象誤判定を付与】

【注意:上位個体には効果減衰の可能性】

 

「量産しろ。虫の群れには効くだろう」

 

【了解】

 

 神喰い工廠虫。

 

 数十万単位で来るなら、普通に倒すのは効率が悪いだろう。

 群体へ流し込んで諸とも殺す毒がいる。

 

 これを機械神性用の防諜・妨害・分解機能を持つ広域防衛層にも組み込む。

 

【新規都市防衛機構:機神霧壁(デウス・ミストウォール)

【用途:観測妨害、群体侵入阻止、微細機械捕食対策】

 

「採用。中核都市と各艦に標準搭載にしといてくれ」

 

【了解】

 

 

 工業区として作っていた設備は、五日目には小規模な都市工場へ変わっていた。

 汎用人型機の数は千を超え、作業用ドローンは万単位で飛び交っている。

 ナノマシン精製槽は二十から百二十へ増え、資材処理ラインは昼夜関係なく稼働し続けた。

 俺もただ指示しているだけではない。

 権能で直接構造を編んだり。

 巨大な装甲板を一枚の部品として創成したり。

 反応炉の中枢構造を手ずから形成したりもする。

 

 作業が進むほど、旧エデンの残骸は減っていく。

 代わりに、新しい骨格が増えていく。

 空へ浮かぶにはまだ遠い。

 だが、地上に並ぶ黒銀の艦体群は、既に兵器としての輪郭を持ち始めていた。

 そして十日目。

 中核都市艦の第一外殻が完成した。

 クレーター外縁に横たわるその姿は、まだ都市というより巨大な装甲要塞だった。

 だが内部には、司令区画、仮居住区、工房区、演算中枢、反応炉群が入り始めている。

 俺は外殻の上に立ち、夜の工業区を見下ろした。

 低空に浮くネメシス・ムーン三機。

 その下で動き続ける作業機械群。

 遠くには、クレーターの中心。

 さらに遠く、北東の空。

 

【残り二十日です】

 

「間に合わせるぞ」

 

【現在の進捗から判断すれば、迎撃戦最低構成は十五日以内に完成可能です】

 

「最低じゃ足りない。相手はわざわざ宣戦布告してくるような相手だ」

 

【最大限を目指します】

 

「頼んだぞ」

 

 風が外殻の上を抜ける。

 まだ空中都市ではない。

 だが、もうただの仮拠点でもない。

 新しいエデンは、少しずつ形になり始めていた。

 

 

 十二日目の夜。

 

 招待状の解析が一段進んだ。

 

【機械神性符号から、一部通信経路の逆算に成功】

【第七大陸外縁部と推定される反応を捕捉】

 

「映せ」

 

 観測卓に、粗い映像が浮かぶ。

 海。

 黒い波。

 その上に、巨大な構造物が動いている。

 無理やりそれを当て嵌めるなら聖堂、か。

 だが、人間が祈るための建物ではない。

 歯車と柱と砲塔と祭壇が無理やり融合した、動く機械神殿。

 脚のような構造物で海上を進み、周囲には黒い雲のような虫群がまとわりついている。

 機殻聖堂群(マシン・カテドラル)

 今回来るのは、その一基。

 映像の中で、聖堂の頂部がわずかにこちらへ向いた。

 見られている。

 画面越しでも分かる。

 あれはただの兵器ではない。

 祈りと捕食の機械だ。

 

「向こうも準備中か」

 

【随伴工廠虫群、増加傾向】

【推定数:現時点で約十八万】

【侵攻開始時、五十万以上の可能性】

 

「群れは霧壁と毒で受け、聖堂本体はクリア・オール・クラスターと俺で潰す」

 

【S級超過個体の出現可能性もあります】

 

「分かってる」

 

 機殻聖堂一基だけで終わるとは思っていない。

 招待状は試験だ。

 なら、観測者もいる。

 場合によっては追加戦力も来る。

 だからこそ、新エデンは逃げるための構造も必要だった。

 迎撃して、駄目なら分散離脱。

 中枢だけでも逃がす。

 逃げながら再建する。

 そのための分散式だ。

 

 

 十五日目。

 新エデンの中核都市艦が、初めて浮いた。

 完全な飛行ではない。

 地上から数メートルだけ。

 だが、黒銀の巨大構造物が静かに持ち上がった瞬間、工業区全体の作業音が一瞬止まった。

 

【反重力核群:安定】

【姿勢制御:正常】

【分散炉心同期:正常】

 

「よし」

 

 外殻の上で、足元から伝わるわずかな振動を感じる。

 旧エデンのような一体感とは違う。

 今度のエデンは、複数の心臓を持つ。

 生き物で言うなら、単体ではなく群体に近い。

 中核都市艦の周囲では、未完成の砲撃艦や工房艦が建造台に並んでいる。

 まだ空へ出すには早い。

 だが、迎撃戦には間に合う。

 

【仮称:エデン・リビルド】

【中核都市艦、第一次浮上試験成功】

 

「名称、変えるか」

 

【候補を提示しますか】

 

「…いや、決めた」

 

 しばらく考えていた。

 旧エデンの再現ではない。

 単なる二代目でもない。

 壊されても分かれ、集まり、作り直す都市。

 

分散式空域機械都市(シャングリラ・アーク)だ」

 

【登録しますか】

 

「ああ」

 

【登録完了】

 

【旧空域移動拠点(シャングリラ・エデン)後継機構として、分散式空域機械都市(シャングリラ・アーク)を正式登録】

 

 空へ浮いた中核都市艦の外殻に、青白いラインが走った。

 名前を得たことで、都市そのものが一つの機構として噛み合ったように見える。

 旧エデンは楽園だった。

 今度のアークは、方舟だ。

 戦い、壊れ、分かれ、それでも残るための空の方舟。

 

 

 二十日目。

 

 クリア・オール・クラスターの初期構成が完成した。

 砲撃艦は六隻。

 一隻一隻は、旧クリア・オールの砲塔より小さい。

 だが、それぞれが独自の反応炉と照準演算を持ち、単独でも都市一つを焼き払える火力を有している。

 さらに六隻を連結照準させれば、旧型を超える一点火力を出せる。

 分散して撃てば、相手の防御を複数方向から削れる。

 俺は試験射撃場へ向かい、遠方の無人山塊へ照準を合わせた。

 

「一番艦から六番艦、照準同期。出力三割」

 

【了解】

極大淨滅砲塔群(クリア・オール・クラスター)、低出力連携試射】

 

 六条の光が、空を裂いた。

 それぞれが別方向から曲がり、空中で束ねられ、一点へ落ちる。

 山塊の一部が白く輝き、次の瞬間には斜面ごと消えた。

 爆発ではない。

 焼失でもない。

 削り取られたような消滅。

 

「三割でこれか」

 

【旧クリア・オール最大出力比、単純火力換算で約一・七倍】

【また、継戦時の炉心負荷は旧型より低下】

 

「採用。さらに増産だな。最低十二隻は欲しい」

 

【了解】

 

 火力は足りないより過剰な方がいい。

 特に、今度の相手は機械神性を名乗る大陸だ。備えはするだけしておくに越した事はないだろう。

 

 

 二十五日目。

 

 神喰い工廠虫への対策が完成した。

 機神霧壁(デウス・ミストウォール)

 都市外周へ展開する、機械神性特化の霧状防衛層。

 見た目は薄い銀の靄に過ぎないが、その中には観測妨害、符号汚染、微細機械分解、逆追跡針が組み込まれている。

 虫群が突っ込んでくれば、まず通信を乱す。

 次に捕食対象を誤認させる。

 さらに一定以上侵入した個体には、内部から機械神性符号を汚染する。

 敵が虫を使って権能情報を送るなら、その虫に毒を仕込んで返す。

 

「これで全部止まるか?」

 

【情報が少ない為、確証はありません】

 

【しかし、A+級以下の工廠虫群には高確率で有効、S級個体には効果が減衰するという演算結果が出ています】

 

「十分だ。全部俺が相手するよりはいい」

 

 同日、シャングリラ・アークの居住区も最低限整った。

 食堂。

 仮眠室。

 温浴区。

 工房直結ラウンジ。

 旧エデンより小さい。

 だが、悪くない。

 窓は広めにした。

 食堂から空がよく見える。

 温浴区も、予定より少しだけ広げた。

 量子AIは何も言わなかった。

 

 

 二十九日目。

 

 迎撃戦の準備は、ほぼ完了していた。

 分散式空域機械都市(シャングリラ・アーク)

 中核都市艦一隻。

 工房艦二隻。

 資源処理艦二隻。

 居住艦一隻。

 砲撃艦十二隻。

 支援艦四隻。

 防衛ドローン群。

 汎用人型機部隊。

 完全ではない。

 だが初陣には十分だった。

 夜、俺は中核都市艦の外殻上に立ち、北東の空を見ていた。

 観測卓から、量子AIの声が届く。

 

【侵攻予定時刻まで、残り九時間四十二分】

機殻聖堂群(マシン・カテドラル)の反応、接近中】

【随伴する神喰い工廠虫(ゴッドイーター・ファクトバグ)群、推定六十三万】

 

「予定よりちょい増ってとこか」

 

 背後で、クリア・オール・クラスター十二隻が静かに浮上する。

 黒銀の砲撃艦群が夜空へ並び、砲身を北東へ向けた。

 都市外周には、デウス・ミストウォールが薄く広がっていく。

 銀の霧が空域を満たし、見えない防壁を作る。

 シャングリラ・アークの中核都市艦が低く唸る。

 旧エデンとは違う音だった。

 もっと細かく、もっと分散した、複数の心臓が同時に動くような音。

 

「来るなら来い」

 

 空の向こうから、黒い点が見え始める。

 それはやがて輪郭を得た。

 海を越え、夜を裂き、機械の聖堂がこちらへ向かって来る。

 周囲を覆う黒い雲は、神喰い工廠虫の群れ。

 招待状の期限は、もうすぐ終わる。

 迎撃戦が始まる。

 

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